アークエンジェルの格納庫では現在、急ピッチで整備が進められていた。
まず第一に、第8艦隊との合流後補充された大気圏内用の戦闘機、“スカイグラスパー”の実戦に向けた調整である。
ムウ・ラ・フラガ大尉改め、少佐の搭乗機となる予定だ。
ムウが宇宙で搭乗していたメビウスは、宇宙戦でしか戦えないMAだ。必然、大気圏内での戦闘を想定しての補充があるのは当然であった。
スカイグラスパーの1号機と予備の2号機。現在は急ピッチで1号機の整備を進めており、マードックを始め整備班の面々。そしてパイロットであるムウに、病み上がりながらキラも出張っての整備であった。
「はぁ~それにしてもよぉ、ストライカーパックも付けられますって……俺は宅配屋かってんだよ。なぁキラ」
「それ……ストライクに乗る僕に言いますか?」
やっかみの様な言葉を受け、キーボードを叩いていたキラは思わず苦笑した。
言いたいことはわかるが、それを言われても、としか返せない。
「わかってて言ってるんだ。少尉の癖に少佐の俺を顎で使うとは許せねえんだよ。エンデュミオンの鷹を何だと思ってるんだ」
「意外ですね、そういう名声みたいなの、ムウさんはあまり誇示してないと思ってましたけど」
「時と場合による。ヒヨッコのキラにお届け物でーす、ってどうせストライクよりは戦果を挙げられないんだから援護に徹しろってことだろ?」
「うーん、そんな事無いと思いますけど……」
「いんや、そういう意味と俺は受け取ったね」
「大尉、じゃなくて少佐、何も坊主相手にそんな拗ねなくても。ストライカーパックはむしろスカイグラスパーの強化パーツって位置づけでしょう」
どこか不貞腐れたように口撃を続けるムウを、マードック軍曹改め曹長が窘める。
そんなマードックの助太刀に感謝してキラはスカイグラスパーを見上げた。
「僕も、そう思います。スカイグラスパーの攻撃バリエーションとして。尚且つストライクの緊急換装の予備機として。戦闘機みたいなバランスが難しい機体で戦闘中にストライカーパックを外したりする芸当は、それこそ普通のパイロットではできないでしょうし……」
「おっ? なんだキラ、もしかして気を遣って褒めてくれてるのか?」
「え、えぇ……まぁ」
「ははっ、世渡りを覚えやがって。こいつめ」
どうにも今日のムウは距離感が近い。キラは僅かにどうしたのかと疑問を抱く。
何かあったのだろうか……そう思ってなんとなく、これが本来のムウの距離感なんだと理解した。
今までは軍人と巻き込まれた民間人。
共に戦う。助けもした。戦友とも言えたが、それでもやはり所属を異にする2人だった。
今は名実ともに地球軍の軍人。だからこそ、1つ壁が取り払われたのだろう。
いわばこれは、ムウからの握手代わりの変化であった。
「それにしても、随分積極的になったな坊主。少なくとも今までは、機体や戦闘の事を普段からわざわざ考える様じゃなかっただろう?」
マードックの問いに、キラは僅かばかり顔を伏せた。
自身の変化に気づいたからではない。
自身の変化の理由が頭をよぎったからである。
「──タケルが、辛そうでしたから」
医務室で目を覚ましたタケル。
カガリの手を振り払い、誰にでもなくうわごとの様に謝罪を繰り返し。心ここにあらずと言った様子で動転していた。
傍から見ても、何かに追い詰められている事がひしひしと伝わってきた。
「ん? アイツももう目が覚めたのか?」
「はい……ただ、とても今は戦えない状態かと」
「──何が、あった?」
「わかりません。ただ、ひどく怯えてショックを受けてて」
怯えてショックを?
ムウもマードックも、キラの言葉に思案した。
「先の戦闘……艦隊の全滅が堪えたんですかねぇ」
「ん~あいつは元々技術士官らしいからな。主はアストレイの開発者で兼テストパイロットだろ?
そもそもオーブは、中立でまともに戦争してたわけじゃないし、俺達と同じ士官でも、実際に戦場に出たのはヘリオポリスが初めてって話だ」
「それじゃ、僕とあまり──」
「そうだな。軍人としての肩書こそあるが、戦場での歴で言えばあまりと言うか、全く変わらないだろうさ。まっ、シミュレーションぐらいはやってきてるだろうが」
「そう、だったんですね」
頼りになる存在であった──キラにとっては間違いなく。
戦いに出るキラを気遣い、無理をさせないようにと厳しい戦いに自ら飛び込み、どんな厳しい戦況でもタケルなら何とかできそうな。
そんな1つの安心感があった。
「それでもあいつは、オーブ軍人としての肩書を仮面にして、必死に戦っていた。初めての戦争を受け入れて、守れなければ己に価値は無いと言わんばかりにな……」
キラは想像した。
それはきっと薄氷の上を渡るような心地であっただろう。
1つ守り切れなければ、その責を被る。
1つ失えば、戦ってきたすべてが無駄になる。
そんな自己責任に雁字搦めの状態で、戦ってきた。
「そりゃあまたなんというか、きつかったでしょうね」
「ホントな……そんな姿見せられて、俺達がのんびりできたと思うか?」
「という事は、艦長達も?」
「あいつの危うさは艦長も副長も感じ取っていたさ。特に副長は、あいつの様子を気に掛けてたみたいでな。
俺達からすりゃスペックで劣るアストレイで、虎の子の最新鋭機であるXシリーズを……それも地球軍にあっては適わない、コーディネーターが駆るXシリーズを相手に、あれだけ大立ち回りしてきたんだ。
1つ戦えば勲章ものだろうよ。
アイツが地球軍だったら今頃俺なんて、階級追い抜かれて頭下げてるぜ」
「そんなに、ですか」
ムウの上官にタケル。想像して、あまりにも現実感が薄くてキラは目を丸くした。
「まぁ勿論、戦果だけを考えればだがな。アイツに佐官なんて向かないだろうぜ」
「良くも悪くも、神経が図太くないと、ですかね」
「お? 曹長、それは暗に俺が図太いって事かい?」
「あら、MA乗りなんて神経が図太くないとできないでしょう?」
やや遠めから飛び込んでくる、この格納庫には似つかわしくない高い声。
声の主はこちらに向かってくる艦長、マリュー・ラミアス大尉。こちらも改めて少佐である。
「これはこれは、艦長さんがなんでまたこんなむさくるしいところに」
「休憩がてらの散歩のついでです。状況はどうですか?」
マリューは整備状況をマードックへと尋ねた。
「スカイグラスパーは急ピッチで進めてますが、もうしばらくはかかるかと」
「ストライクと……アストレイは?」
「ストライクはまぁ多少傷があった部分が熱の影響で損傷してたんで、そこだけ少し装甲を交換しましたがそのくらいです。アストレイは……」
言い淀んでマードックは視線を向けた。
そこにあるのは剥き出しだった内部フレームが煤けて所々ひしゃげている、とても動きそうには思えない状態のアストレイがあった。
「──ボロボロ、ね」
「アマノ二尉が復調したところでどんな対応にするか決めようかと。ここまでくると、ストライクのパーツで補修しようにも、パイロットの意見が必要になります」
「そもそも、また出撃できるかもわからないんだろ?」
ムウの含んだ言い様に、マリューは眉を寄せた。
「──そう、ね。一度目を覚ましたらしいのですが、ひどく動揺していたと」
「さっき、俺もキラから聞いた。今は?」
「バジル―ル中尉が、診てくれています」
「副長が?」
「ええ、それが何か?」
「いやタケルの奴、一杯一杯なんだろ? 副長だって色々抱え込んでるみたいだし、大丈夫かなって」
「そうお思いでしたら、少佐からも手を差し伸べてください。MSとMAの違いはあれ、戦場の先輩でしょう?」
「そりゃあ、そうだが……俺はそれこそ大人になってから軍に入って戦ってきたからな」
多感な少年時代に、戦場に身を置いていたわけではない。
ムウとしても、先達とは言えタケルやキラの辛さなど簡単に思い描くことはできなかった。
「では彼の様に精神的に参ってるときはどうしてたんですか?」
「あっ、それは僕も気になります。ムウさんは辛いときとかどうしてたんですか」
「辛いときか……俺の場合は」
ん~と思い悩みながら、ムウは視線を1点に留めていた。
目の前に佇む美人艦長へと。
「えっと、何か?」
疑問符を浮かべて小首を傾げる姿がまたなんとも言い難い。
そしてそこから視線を僅かに下げれば……
と、半ば思い至ったところで我に返り、ムウは誤魔化すように頭をかいた。
「あーあまり参考にならないかもしれないな」
「そのようですわね。聞いた私がバカだったようで……」
残念ながらムウの視線も、そして考えていた事も、目の前の美人艦長には筒抜けだったようだ。
冷めた視線がムウを貫いていた。返された声と口調すら寒々しい。
「えっと? つまりどういう──」
「坊主は知らない方が良いってことだ」
「はっ、えっ? そうなんですか?」
「キラ君も辛いときは私かナタルに言って頂戴。決して少佐に相談などしないように。良いですね?」
「あっ、はい!」
「それじゃ、引き続き作業をお願いします」
「了解」
艦長らしい、良く通る強い声でその場を締めるとマリューは格納庫を後にしていった。
「はぁ~曹長、俺顔に出てた?」
「顔と言うか目に出てました」
「美人の冷めた目って言うのもあれはあれでクルものがあるが、嫌われたくはないもんだな」
「まぁ艦長も少佐の事は信頼してるでしょうよ」
「そうだと良いけど……さっ、作業終わらせようぜ」
「あいさー」
ムウもマードックもそうして作業へと戻っていく。
その場にはキラだけが残され、どことなく疎外感を感じて佇んでいた。
「ムウさん……何を考えていたんだろう?」
無垢な少年の疑問だけが、その場に空しく取り残されていた。
「(結局、言い出せないままに眠ってしまったか)」
医務室で、ナタルは静かに眠るタケルを見守っていた。
本来の目的であった、先の戦闘の折りに己が下した判断。その負い目の清算は、結局言い出せず終いであったが、それも仕方ないであろう。
そんな状況でもなかった。
「(まぁ、一先ずは落ち着いたことだろうし、また後程改めて話はしに来るとしよう)」
そう結論付けて、ナタルはタケルが握ったままでいる手を解こうとした。
まだ少年らしい。ナタルとそう変わらぬ大きさの手であった。
軍人らしくある程度鍛えた身体ではあるが、元々体格には恵まれていないのだろう。
身長もキラ・ヤマトと比べても僅かに低い。
この小さな身体で必死に戦い、その結果が今だと考えると、居た堪れない気持ちが胸を埋めていく。
ふぅ、と一息。競り上がってくる想いを吐息と共に吐き出して、ナタルは年相応の小さな手を解いた。
丁度その時、医務室のブザーが鳴る。
来客の知らせであった。
「誰だ?」
「バジル―ル中尉、私だ」
「カガリ・アマノか。今は眠っている、入っても大丈夫だぞ」
ロックを解除し、ドアを開けるとそこには不安げに医務室を覗くカガリがいた。
「兄様は、どうなった?」
「今は落ち着いている。問題も、恐らくは片付いた……と思いたい所だが、どうだろうな」
「教えて欲しい、バジル―ル中尉。一体兄様に何があったんだ?」
気になるのは当然だろう。
ナタルもその問いかけは予期していたのか、手振りで医務室へとカガリを招き入れた。
カガリは、先程までナタルが座っていた椅子へと座り、ナタルはドアを閉めるとその場で口を開いた。
「──先の戦闘、アマノ二尉はアストレイにて出撃。そして戦闘中、バスターの砲撃からアークエンジェルを守る為機体を別の方向へと寄せた。
その結果、避難民を乗せたシャトルが撃ち落とされたらしい」
かいつまんで、ナタルは事の原因となった出来事を説明した。
カガリはそれに息を呑む──シャトルの撃墜。カガリは見知った少女の面影がチラついた。
「そん、な……」
「あくまで本人の談だが、信憑性は高いだろう。そうでなければあれ程自責の念に駆られることもない」
「兄様が、シャトルを……」
「勘違いするな、カガリ・アマノ。あくまでアークエンジェルを巻き込まぬように動いた結果だ。そこにシャトルを墜とす気など微塵もない」
「でも、そんなのを目にしたら」
兄は、どれだけ辛かっただろうか。
シャトルが墜とされた事実だけでも、カガリはこんなにも喪失感に駆られるというのに、それが直接的でないとはいえ、己が原因で起きたとなれば……その辛さを、カガリには想像すらできなかった。
「──アマノ二尉はずっとうなされていたそうだな?」
「あ、あぁ。ずっと熱にうなされて……」
「大切な妹である君に、彼はずっと責められる夢を見ていたようだ」
「えっ」
自分に責められる?
それはどういう意味なのか。夢であるとは言え、それが兄にとってどんな意味を持つのか。
疑問符を浮かべるカガリに、ナタルは再び口を開いた。
「君が悪いわけでは無い事は言っておく。
だが、アマノ二尉にとっては、君から責められ、拒絶されることが最も辛い事であり、恐怖の対象だった。
それはつまり、逆を言えば、君からの拒絶こそが自責の念によって容易く自らを戒める最大の罰となる。だから起きた直後は夢と現実の区別が曖昧で君の手を振り払ってしまったのだろう」
「そんな……」
だとしたら、あの時自分が差し出した手は……兄を苦しめる罪と罰を象った、最も辛いものであったのではないか。
自らの手をみて、カガリは辛そうにその手を握りしめた。
「カガリ・アマノ。君のせいではないと言ったはずだ」
「だが、バジル―ル中尉! 私は知らなかったとは言え兄様を苦しめるような事を」
「それもアマノ二尉自身の問題だ。
そして……だからこそ落ち着いた今は、もう一度側にいてあげてくれ。今の彼には、君の存在が必要だ」
「あ、あぁ……勿論だ」
兄妹そろって、想い合っているというのに難儀なものだとナタルは僅かに苦笑した。
兄の為、妹の為。互いが互いを大切に思っているというのに、大切に思っているが故にどこか嚙み合わない。
だがそれも、似た者同士と思えば納得がいく気がした。
「あとで飲み物と食事を持って来させるよう手配しておく──ゆっくり休むように、伝えておいてくれ」
「わかった、必ず」
「ではな」
随分長い事、医務室に留まってしまった。
急ぎ片付ける仕事もあるだろう。周囲の状況がわからないアークエンジェルはまだ警戒態勢を敷いている。
ナタルは足早に医務室を去ろうとしたが、カガリがその背に声をかけた。
「あっ、中尉!」
「んっ、なんだ?」
目尻に涙を浮かべながら、カガリは小さく頭を下げた。
「本当に、ありがとう。感謝する」
ナタルの言葉と雰囲気から、兄をあの状態から救ってくれたのは彼女であることを確信して、カガリはその感謝を伝えた。
「──いや、それはこちらも同様だ。彼には改めて感謝を伝えておいて欲しい」」
「あぁ、わかった」
では──そういって医務室を出ていくナタル。
少し疲れ、だが胸の内はどこか軽かった。
実直に過ぎる感謝の姿勢は、やはり気持ちが良いものだとわかる。
本当に──似た者同士の兄妹だと、ナタルは小さく笑みを浮かべた。
そんなやり取りが成されているアークエンジェルを、遠巻きから見つめる2人の人影があった。
少年が1人。そして恰幅が良くもしっかり鍛えられていそうな体格をした髭面の男が1人である。
「あれが噂の地球軍の新造戦艦ね」
双眼鏡でアークエンジェルを覗く髭面の男。
その傍らで、少年の方は少し呆れたような声音で呟いていた。
「こんな砂漠で悠々と落ち着いちゃって……見てらんないぜ。んっ──どうした?」
腰に付けた通信機の音を聞きつけ、少年は応答する。
『虎がレセップスを出た。バクゥを5機連れて、その艦に向かっているぞ!』
それは、これから起こるであろう戦いを告げる知らせであった。
「だってさサイーブ。どうする?」
「さぁな……一先ずは見てから決めるさ」
双眼鏡から目を離し、サイーブと呼ばれた髭面の男は、口元を弧に歪めた。
「虎狩りの一矢──連中がそれを持っているかどうかを、な」
静かな夜の砂漠に、興味を乗せた男の声音が風に溶けて消えていった……
目標点を逸れて降下してしまったアークエンジェル。
軍人として、戦いの中に身を置くことを決めた子供達。
だがその想いは、闇の中を彷徨い、彼等の前には、新たなる強敵が姿を現す。
苦悩に沈む友のため、キラもまた、自らを追い込み力へと変える。
砂漠がもたらす新たな戦いを前に、キラの胸に宿るものとは。
次回、機動戦士ガンダムSEED
『燃える砂塵』
その力、解き放て! ガンダム!
いかがでしたか
これからの戦いを見据えて。そんなお話
感想お待ちしております