アークエンジェルを降りた一行は、呆気にとられる。
レジスタンス──その戦いは精々がゲリラ戦による小規模な抵抗。
そんなイメージとは違い、目にした明けの砂漠の拠点はかなりの規模と設備を有していたのだ。
岩肌にくり抜かれて作られた正に拠点。
人員も多く、武装も充実。十分な戦力を持っていると言えよう。
あくまでレジスタンスの規模で考えればではあるが……
アークエンジェルを降りた5人は驚きながらも、拠点を歩いて奥へと向かって行く。
「砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドでしたっけ? ザフトの隊長」
「ん? あぁ、そうらしい。昨夜の戦闘ではザフトのMSでバクゥが出てきたぜ」
「バクゥですか……この環境下では厄介ですね」
「だよなぁ。そんなザフトを相手に、この装備じゃな」
歩きながらムウは肩をすくめた。タケルもまた、目の前の現実にどこか厳しい表情をしていた。
自走砲。携行火器。種類も多く数もある。
だが、MSを相手取るには余りにも足りない。
MS開発に携わるタケルは、MSが当たり前に有している耐久度のラインを知っている。
サイズの差というのは、簡単に埋められるものではないのだ。
タケルは今一度の確認のためマリューへと疑問を投げた。
「ラミアス少佐、本当にレジスタンスと協力を? これではとてもザフトの部隊と渡り合うなんて」
「戦いは戦力だけではないでしょう? 今の私達には様々な情報が必要です」
「それは、そうでしょうが……」
拠点の奥、恐らくは中枢であり司令所となる場所。一際大きくくり抜かれて設置された大きな部屋を前にして、マリュー達は目的の人物を見つけた。
彼もまた、赴いたマリュー達を見て朗らかそうに笑みを見せた。
「おっ、ようやくお出ましか。待っていたぜ、ラミアスさんよ」
「お待たせしました。ナタル、艦橋から見ていたと思うけど彼がリーダーの」
「サイーブ・アシュマンだ」
「アークエンジェル副長の、ナタル・バジルールです」
「艦長さんもそうだがこっちもまた別嬪さんだな」
「どうも。それでこちらの2人が──」
「紹介は要りません。ラミアス少佐……多分気づいてないと思うけど、僕達は彼を知っています」
タケルの言葉に、マリューはおろかナタルもムウも。
そして当事者であるサイーブも目を丸くした。
平静でいるのはタケルとカガリの2人。その上2人はどこか嬉しそうな笑みを見せていた。
「む? 坊主達が、俺を知ってるだって?」
「はい。間違い無いですよ」
「久しぶりだからな。最後にあった時は、私も兄様もまだ小さかったし」
先程浮かべた嬉しそうな顔をそのままに、タケルとカガリは前へと出た。
そして小さく頭を下げたのだった。
「お久しぶりです、サイーブおじさん。
オーブのタケル・アマノとカガリ・アマノです。小さい頃、よくお世話になりました」
タケルの言葉に、マリュー達が驚愕を浮かべる中サイーブは投げられた言葉を受けて思い返す様に顎に手を当てて思案顔を見せる。
たっぷり数秒、サイーブはハッとしたようにマリュー達同様の表情を見せた。
「オーブのタケルと、カガリ……ってあの泣きべそタケルとお転婆カガリか!?」
「ちょっとっ!? なんでそんな恥ずかしい呼び名を覚えてるんですか!!」
「ふざけるなっ! 私がお転婆になったのはサイーブのせいだろ!」
懐かしき再会に喜色を浮かべていた2人は一転。恥ずかしそうに顔を赤らめて声を挙げた。
タケルは恥ずかしき過去を。いや、カガリも恐らくは恥ずかしき過去をマリュー等の前で晒されて、カガリはもはや拳を振り上げんばかりである。
「だっはっは! いやー大きくなったじゃねえかお前達。10年振りくらいか? まさかこんな所で会うとは思っても見なかったぞ!」
「最悪だ……小さい頃からなにも変わってないって暴露された……」
「兄様はまだマシだろ。私の方こそ黒歴史を晒された様なものだ」
愉快そうに声を挙げて笑うサイーブとは対照的に、タケルは顔に手を当て呻き、カガリは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
置いてけぼりとなったマリュー達は既に目が点となって固まったままである。
一早く我に返ることができたマリューが、おずおずと3人の中に割って入った。
「えっと、そのアマノ二尉とカガリさんはサイーブさんと知り合いなの?」
「あっ、ごめんなさい。蚊帳の外にしてしまって……サイーブさんは父さんの昔からの知り合いで、僕とカガリは小さい頃から遊んでもらってたんです──父さんは、いつも忙しい人だったので」
「はー、すごい巡り合わせだなおい。マジなのかタケル?」
「本当の事だ。アマノはオーブじゃ軍人の家系の名門だからな……私も兄様も、小さい頃はサイーブにお世話になっていた」
どこか含みを持たせた視線をカガリから投げられながら、サイーブは大柄な体に似合う笑みを見せた。
「懐かしい話だ。今でもよく覚えてるぞ……いつも喧嘩すると泣いて戻ってくるタケルと、相手を負かして帰ってくるカガリ。どっちが上でどっちが下かってウチのカミさんも良く言ってたもんだ」
「いや、だから……その昔の恥ずかしい話を少佐達の前で暴露しないでくださいって!」
「子供の頃の話だろ。もうやめてくれって、サイーブ」
今じゃオーブの軍人。しかもそれなりに階級を貰っているタケル。
カガリもまたタケルの前でこそ素顔が見られるが、基本的には落ち着いていて、キラ達よりも余程大人びて見えるように見せていただけに、2人とも過去の話を持ち出されるのは恥ずかしくて仕方なかった。
「それにしてもアマノの家の子であるお前達がなんで地球軍の戦艦に? それもあんな新造艦に乗って?」
「色々あったんです──今はどうにかオーブへ帰る事と、皆さんが地球軍本部のアラスカに行くのを手伝うために、あの艦に乗っています」
「まさかとは思うが──脅されていたりなんかはしないだろうな?」
俄かに語気が強くなり、猛獣を思わせるような視線がサイーブからマリュー達へと向けられる。
懐かしき再会。小さい時分の2人を見ていたことのあるサイーブにとって、10年来の再会であろうが我が子と変わらぬくらい大切な存在であった。
陣営を違くしての協力関係。そうはある事ではない。
サイーブの懸念は当然ながら考えられる事であり、それを許せるはずがないと、サイーブの気配は物語る。
「大丈夫だサイーブ。私も兄様も、進んであの艦にいる」
「むしろ、迷惑かけちゃってるくらいだから。気持ちは嬉しいけど少佐達にその疑念は向けないでください」
「そうか──悪かったな。あんた等」
「いえ、お気持ちは理解できますので」
「まぁ、疑うのも無理はないでしょ」
「あの、それよりそろそろ本題に……時間も無駄にはできませんし」
ナタルが少しだけ言い辛そうにしながらも、話が進まない事を遠回しに窘めた
「おっとすまねえ。懐かしい再会だったからついな。こっちだ」
サイーブは部屋の奥の大きな机の前に5人を誘導した。
周辺の地図がそこには広げられている。
「客人だ、人数分のコーヒーを入れてくれ」
「あいよ」
近くにいた仲間に一言かけてコーヒーを用意させると、マリュー達とは対面に位置取って状況を確認し始めた。
「アラスカに行くんだったな。んでオーブにも寄るとなると──」
「あの、ちょっとお待ちください」
「んあ? なんだいラミアスさんよ」
「アマノ二尉……オーブへ寄ると言うのは?」
コーヒーを受け取るタケルへと、マリューは疑問を投げた。
マリューの疑問は勝手に向かう先を決めるな、と言う事ではない。
マリューとしてはオーブの近くへと艦を進めタケルとカガリを降ろす。そのつもりでいたし、そこはナタルやムウとも話していた。
問題は、寄港までして大丈夫なのか。と言う事である。
アークエンジェルがオーブ近海を通るくらいであれば特に問題はない。が、寄港するとなれば別だ。
それはオーブの中立を崩す行為。オーブ軍人であるタケルにとって決して迎え入れられる事態ではないはずである。
「ここから、紅海へ抜けてインド洋へ。そして太平洋へと向かえばアラスカには行けるでしょう。
ですが、補給の一つもなしに行ける距離ではありません。オーブはその点、ちょうどいい補給場所になります」
「ですが、それは……」
「本当に大丈夫なのか? 士官とは言え、お前だって一介の軍人に過ぎないだろ? そんな国を危険に晒す様な事……」
「軍人として考えれば、まずいでしょうね……ですが、僕は技術士官。僕にしか見いだせないメリットがアークエンジェルにはあるんです。それを、行政府との交渉材料にします」
メリット?
マリュー達は考えるもすぐに答えには及ばず、疑問符を浮かべる3人にタケルは再び口を開いた。
「アストレイの実戦データ。そしてオーブも協力して開発したストライクとアークエンジェルの実戦データ──中立を理念とするオーブからすれば喉から手が出る程欲しいものです。地球軍からすればXシリーズを奪われた今、これらのデータに大きな価値はありませんがオーブからすれば違います」
元が技術士官であるマリューだけは直ぐに合点がいったように、表情を変えた。
「確かに、オーブへのメリットは大きいかもしれませんが……」
「勿論、そちらがデータ提供をできないと仰るようでしたら、寄港は難しいでしょう。ですが、アラスカへと向かう補給地点としてオーブは打ってつけです。モルゲンレーテならアークエンジェルもストライクも完璧な整備ができます。
データの提供で完全な補給と整備が受けられるのであれば、そちらのメリットとしてもデータより余程大きいものではありませんか?」
「だがよ、本当に入港させてもらえるのか? 寄ろうとして領海侵犯で追い返された、なんてなったら洒落にならないぜ」
ムウの懸念は尤もだ。
他国の戦艦で、中立とは言え領海を犯す行為。普通であれば警告を受け追い払われる。
強行すれば撃たれるだろう。
寄港するのは本来、選択肢としてあり得ないはずの行為である。
「忘れてませんか? アストレイの開発者は僕です。そしてそれを手伝うモルゲンレーテ所属のカガリ。ついでに言うと、僕はもう一つ大きい開発もしています。僕もカガリもオーブとしては簡単に手放せない人材のはずです──確約、はさすがにできませんが最後の切り札もありますから、心配は無用です」
6人を沈黙が包んだ。
マリュー達としては非常に魅力的な提案である。
太平洋を目の前にしたオーブに寄港できるなら、その後は大海原を進んでアラスカへと向かえる。
寄る地が無い大海は、追っ手を撒くには非常に有効な進路なのだ。
その直前で完璧な整備が受けられるとなれば、マリュー達にとっても喉から手が出る程のメリットである。
だが、本当に入港が許されるのか。それが目下の懸念であった。
タケルとカガリが自分達を陥れようなどとは考えていない事。それは百も承知だ。が、いかんせん情勢が情勢だ。ヘリオポリスの一件で中立の立場を怪しくしている今、オーブにアークエンジェルを招き入れる危険性。それをオーブの行政府が考えないわけがない。
タケルとしても、出過ぎた提案かと戦々恐々であった。
アークエンジェルがこの砂漠に降りる。その一端となってしまった事に責任を感じての提案であったが、受け取り方によっては善意より勝手な提案にも取れる。
気分を害すような発言であったかと、少し心配の顔を見せていた。
「本当に……大丈夫なのですか?」
「僕とカガリがいて追い払われるようなら、このまま地球軍の所属になり責任をもってアラスカまでお守りしますよ」
──違う、そっちの事ではない。
マリューもナタルも、そしてムウも。タケルの答えに少し眉根を寄せた。
入港できるか。それは重要ではあるが今は重要ではない。できないのなら必要な進路を考えるだけだ。
マリューが今問いかけたのは別の事。
責任を感じて無理をしていないか。無理を言っていないか──また、無理をさせていないかである。
だがきっと、それをタケルが認めることはないのだろう。
仮に無理をしていようと、自分が何とかする。そんな危うい少年であることはこれまでを見ればよく分かる。
マリューはタケルの答えに納得したかのように頷いて、口を開くのだった。
「わかりました。その提案に乗りましょう」
「艦長!」
「あとは私達次第よ、ナタル……少佐も、お願いしますね」
「それは、勿論尽力いたしますが……」
「やれやれ、決まっても大変な道のりには変わらないな。こりゃ」
目の前の危うい少年から示された道筋。
責任に押しつぶされない様見守りながら、自分たちの為にもその道を歩むことを決めたのだった。
「決まったようだな。じゃあ少し具体的な話を詰めていくとするか」
「はい、お願いしますよ、おじさん」
「頼むぞ、サイーブ」
「お前たちなぁ、ラミアスさん等の前でそれはやめろって。リーダーとしての威厳がなくなるだろうが」
「それはお互い様でしょ」
「何をいまさら」
久方ぶりに会う知人とのやり取り。
年相応の笑顔を見せる2人に、マリュー達は暖かな視線を向けて話へと入っていくのだった。
ザフトアフリカ駐留軍戦艦レセップス内。
司令室にてアンドリュー・バルトフェルドはいつもの日課であるコーヒーの探求に勤しんでいた。
昨夜の戦闘では興味深いものが見れたと言うのに、直後の横槍で些か不快な思いをした。
撤退の指示が僅か遅れたが為に、戦闘ヘリの幾つかを撃墜され無為な犠牲を出してしまった。
隊長として、隊に犠牲者が出るのは慣れたものではあるが、それが意味のある犠牲かそうでないかは別だ。
主目的としていないレジスタンスの攻撃で隊から犠牲を出したことはバルトフェルドにとって捨て置ける話ではなかった。
そんな燻ぶる怒りを呑み下すために、目の前のコーヒーに神経を注いでいた。
「隊長、失礼します──うっ、隊長、換気しませんか」
「ん~、そんなどうでも良い事をわざわざ言いに来たのかい?」
そんなわけないのを無論バルトフェルドは理解しているが、愚直な副官にはこのくらいおどけて返してやらないと、肩肘張ったままの対応をされるだろう。
隊長を前に硬い空気のままでいる副官への優しいサービス精神である。
「そう言うわけではありませんが……出撃準備、完了しました!」
「おう。どうもね……僕としてもあんまりきつい事はしたくなかったんだけどねぇ。まぁ、しょうがないか」
「は、はぁ……」
丁寧に淹れられたコーヒーを一口。
バルトフェルドは、僅かばかりその味わいに燻ぶった留飲を下げた。
「ん~いいねぇ。今度のには淡い粉を少し足してみたんだが、これも良い。ダコスタ君もどうだ?」
「隊長……私には隊長のコーヒーの良さがわかりません」
「嘆かわしいねぇ……男たるものコーヒーの良さくらい知っとかないとモテないぞ」
「至極、どうでも良いです」
「あれま……まっ、それじゃ行くとしようか」
くだらないやり取りを切り上げ、バルトフェルドは艦外へと赴いた。
そこには昨夜同様に出撃準備万端の様相で待機していたバクゥ部隊の面々があった。
眼前に居並ぶ部隊員達を前にして、バルトフェルドは隊長の仮面を被る。
「ではこれより! レジスタンス拠点に対する攻撃を行う。
昨夜はオイタが過ぎた──悪い子には、きっちりお仕置きをしないとな」
「目標はタッシル! 総員、搭乗!」
ダコスタの号令にバクゥ部隊が動き出す。
それを伴う様に、ダコスタが運転するジープにバルトフェルドも乗り込んだ。
「さぁて、それじゃ行こうかねダコスタ君──今日は、戦争じゃないがね」
「えっ……はぁ。了解です」
いまいち、この隊長の言う事は理解に及ばない。
そんな疑問を一瞬浮かべるもすぐに卸しきりダコスタはジープを走らせた。
向かう先はこの広大な砂漠にある街の一つ、タッシル。
これから数時間の後。
ザフトの避難警告がタッシルの街に響き渡り、定刻を迎えたタッシルはバクゥによる殲滅攻撃を受けることになった。
昨夜の戦闘から、ちょうど24時間後の事であった。
おまけ
夜を迎えた砂漠。
冷え込みはするものの、レジスタンスの拠点では皆火を焚いてそれを囲んでの食事をとっていた。
アークエンジェルクルーも一時とは言え轡を並べて戦う事になる彼等と共に、その場へと混ざり各々静かな時間を過ごしている。
そんな中、今後の話をある程度まとめたマリュー達は積もる話もあるだろうとタケルとカガリをサイーブの元に残し、士官同士で火を囲んでいた。
「なぁ、艦長。昼の話だが……」
「上手くいくならメリットは大きいでしょう」
「それはそうだが……あいつ、やっぱり無理してるだろう?」
タケルの提案。上手くいけば確かにオーブにもメリットがありつつ、アークエンジェルにとっても非常に助かる話。
だが、その成否はタケルとカガリの存在に……その両肩にかかっている。
また重責につぶれそうな提案をしてくるタケルの姿が、やはり無理をしているようにムウには見えていた。
だが、そのムウの心配を意外な声が切って捨てる。
「カガリ・アマノが傍にいるなら大丈夫でしょう。アマノ二尉のケアは問題ないかと」
「あん? そうなのか副長?」
「あの兄妹が揃ってああ言っているのです。互いの無理くらいは見抜いている事かと思います」
「ナタルがそう言うなら、本当に大丈夫そうね」
「べ、別に私は……客観的意見を述べただけで……」
マリューからの奇妙な信頼の言葉を受け、ナタルは僅か視線を逸らした。
それを目ざとく見止めたマリューは直ぐに口を開く。
「そういえばナタル。アマノ二尉の変調は、どうだったのかしら? 今日艦で見かけたらもうすっかりって感じで大丈夫そうだったから、私びっくりしちゃって」
重苦しくならない様少し軽い口調で、マリューは話しやすくなるようにナタルへと疑問を投げた。
ムウもそのマリューの声に何かを察したのか、同調するように口を開く。
「それだよな。俺もキラからしばらくは戦闘だってできないんじゃないかって聞いてたから、元気だったことに驚いてさ。んでもって、アイツ……副長相手の時だけかなり雰囲気違ったぜ。
なんつーか、いつも被ってる軍人の仮面が取っ払われてるみたいでよ。年相応っつーか、あの嬢ちゃんといるときみたいな感じ?」
「相当近しい存在として認められている、と言う事でしょうか? 興味深いわね、ナタル?」
「お二人とも……何が言いたいのですか?」
遠回しに何かを探ろうとする気配を感じて、ナタルは怪訝そうに2人を見た。
「情報共有は、必要ではなくて……ナタル?」
「あいつがまた折れそうなとき、参考になればと思ってね」
「黙秘権を行使します。アマノ二尉とカガリ・アマノの両名に深く関わる事です。2人の心の傷に関わります。私の一存で話して良い事ではありません」
きっぱりと断る意思を見せたナタルに、ムウは目を丸くし、マリューもまた意外そうにおどろきを見せた。
「おっ、今日は強気」
「そう言われると、深く聞くのは憚られるわね」
だが、この時のマリューはナタルよりも一枚上手である。
ナタルが見せた拒絶に興味深そうに笑みを深めていた。
「ご理解いただけたようでなによりです。状況と事情は後程報告書にも挙げますが今は──」
「でも私が聞きたいのはそれじゃないのよ」
「はっ?」
「貴方が、アマノ二尉に、何をしてあげたのか……よ」
状況と事情はどうでも良い。
そんなことは今ナタルに聞きたいことではないのだ。
相当に動揺していたと報告を受けていたタケルが、今日の昼間にはなんでもなかったかのようにカガリと一緒に過ごしていた。
そのような変化。それ相応の何かが無くてはありえないのである。
そしてそれをできたのは、昨夜医務室でタケルと共に居たであろうナタルである事。その報告がキラからされている。
「も、黙秘権を──」
「却下よ。2人の事情を聴くわけじゃないもの──軍人としての貴方が、何をしたのかは報告の義務があるのではなくて?」
「あらら、こちらは今日も強い」
こうなったときのマリュー・ラミアスは強い。
それを、キラ・ヤマトの軍事法廷を開いた日に苦い記憶と共に脳裏に刻んでいたナタルは、劣勢を悟る。
隣のムウはせいぜいが便乗で悪乗りするだけだがマリューは違う。
何故かとても弁が立つのだ。
「さぁ、喋って頂戴──あぁ、安心して。何もそれを聞いて問題を挙げようなんて訳じゃないの。
ただ私も艦長である前に人間だから。やっぱり心の平穏の為には癒しが欲しいのよ。貴方から聞ける話は、きっと私を楽しませてくれる……そんな気がするのよね」
「何とも……ご趣味が悪いようで」
「貴方も艦長になればわかるわ」
「では私は一生知ることは無いでしょう」
「あら、私よりもあなたの方がよっぽど適任だと思うわよ?」
「ご冗談を」
艦長らしさ……それは模範的な軍人を目指すナタルでは難しいと知った。
アークエンジェルは野戦任官の少年達もいる特殊な状況下の艦だ。
故に、母親の様な人柄であるマリューの方が艦長としては適任である
だがそれ以外にも、やはり艦内の人員に適する配慮をするには彼女の様な人当たりの良い人柄が望ましい。
お堅い軍人の自分ではできない事だと、ナタル自身これまでを見て理解していた。
折れそうで見ていられない、そんなタケルだからナタルも特別に気に掛けてはいるが、艦の人員皆を気に掛けるなどナタルにはできない。
軍人として引き締めることはできても、逆に彼女の様に気を緩めさせることはできない。
「ふふ、貴方がそうやって思い悩む様な顔をするなんて、珍しいわね。本当にアマノ二尉とは何があったのかしら」
「い、いえ、昨夜は別に大したことはしていませんので! 何があったも何も、彼が寝るまで見守っていただけです」
「へぇ……そう、頼まれたちゃったのかしら? それとも自らの意思で?」
「そ、それは……」
結局その日、ナタルはマリューとムウを前に、自分が何をしたのかを晒すことになった。
満足そうな笑顔を見せるマリューと、終始驚きとイヤらしい笑みを繰り返していたムウが印象的だったと、後にナタル・バジル―ルは語った。
砂漠を抜ける手立てを探して、レジスタンスの基地に入ったアークエンジェル。
が、その行く手には、砂漠の虎、バルトフェルドが立ち塞がる。
空を焦がす炎は、繰り返される戦いへの狼煙か。
暴走する心は、容赦なく敵を討ち、砲火は、新たな火種を生む。
次回、機動戦士ガンダムSEED
『ペイ バック』
必殺の一撃で、切り裂け! ガンダム!
いかがでしたか。
小さい頃よく遊んでもらったおじさんになってもらいました。
感想よろしくお願いします。