白亜の大天使アークエンジェル。
地球連合がXシリーズの運用母艦として建造した新造艦であり、対ビーム用のラミネート装甲や大型の陽電子ビーム砲塔などを搭載した、全局面に対応する万能戦艦であった。
しかし、先のザフト軍襲撃に伴い、艦船ドックも破壊工作に遭い、艦の運用に要する人員のほとんどが戦死。
生き残った僅かな人員のみでどうにか艦を動かすと、状況を打破する為ドッグの隔壁を艦載砲で撃ち抜きヘリオポリスの狭い空へと飛び出したのだ。
そんなアークエンジェルの艦長席に座る年若い士官、ナタル・バジルール少尉は周囲の状況を把握しながらクルーに指示を飛ばしていた。
「ストライクを狙うザフトの襲撃を牽制する。
スレッジハマー装填。レーザー誘導による照準を合わせ。絶対に地表やシャフトに当てるんじゃないぞ!」
指示に合わせて火器管制担当のクルーがシステム操作を進める。
戦艦の火器は基本的に弾幕目的だ。人の手による照準などは全くといって良い程無く、システムによる照準さえ行えていれば命中率はある程度確保できる。
操作のスピードさえ加味しなければどんな人間が操作してもある程度は当たるだろう。それが急ごしらえのクルーであってもだ。
「ノイマン曹長、艦を動かすな──スレッジハマー撃てええ!!」
アストレイとストライクへと襲撃をかけようとするラウのシグーに、アークエンジェルからミサイルが放たれた。
「ちっ、厄介なやつが増えたか」
急速に旋回してミサイルを振り払おうとするが、さすがは最新鋭の戦艦と言うところか。ミサイル1つとっても優秀で、簡単には振り切らせてもらえなかった。
ラウは、回避機動を続けながら一つまた一つとミサイルを撃ち落としていく。
その間に、アストレイは地上へと降り立ち、装備を換装していたストライクも準備を終えていた。
ラウにとって状況は一気に劣勢となった。
奇妙な動きで警戒を緩められない謎のMSと準備を終えた新型のMSストライク。そして背後には新造艦のアークエンジェルが目を光らせていると来た。
これまで数々の戦場で戦果を残し、勲章を欲しいままにしてきたラウとしてもこの状況は易しくは無い。
だが──
「隊長が艦を離れ戦闘に出向いておいて、戦果がムゥのメビウスだけでは嗤われてしまうな」
コクピット内で、仮面に隠された顔が愉快そうに笑う。
少なくとも情報は持ち帰らなくてはなるまい。
ラウはターゲットをストライクへと絞った。
アークエンジェルの援護を潰すべく、ラウはシグーを最大戦速で走らせる。
いく先にストライクと、何よりコロニーの地表があっては艦載砲など迂闊には撃てない。
「あの機体、また来るか!!」
その動きを察知して、地表から再びタケルはアストレイを飛翔させた。
だが、今のアストレイにはシールドは無く、対してラウのジンはアサルトライフルを構えている。
「甘いな、そう何度も同じ手は食わんよ」
「くっ!?」
狙いすました射撃がアストレイを襲った。
たまらずタケルは回避行動に移行。ラウはストライクへと続く道を切り開いたのだ。
「来る、う、うわぁああ!?」
シグーに急接近されたキラは半ば恐慌状態に陥りながら、ストライクのフェイズシフト装甲を展開。
鮮やかなトリコロールカラーを纏い、腕を組んで防御の姿勢を取った。
「さて、どの程度の物かな?」
ラウのシグーがアサルトライフルを駆け抜け様に斉射。強烈な振動と衝撃がストライクを襲うがその見た目に反してPS装甲のストライクは無傷であった。
「ほぅ、特殊強化弾頭のAPSV弾でもダメか……ならば」
次なる手を、そう思った瞬間にラウは殺気のような何かを感じ取る。
ライフルの斉射でさらなる恐慌状態に陥ったキラは、ストライクが装備した大型ビームランチャー“アグニ”を構えていた。
「まずい、キラ君ダメ!! その装備は」
「ダメだキラ君、そんなものコロニー内部で」
「ぁああああ!!」
マリューとタケルの制止の声は届かず、ストライクはアグニをシグーに目掛けて発射。
何かを感じ取っていたラウは警戒していたがその威力を見誤り、シグーの片腕を持っていかれる。
「何っ!?」
それだけに留まらない。アグニの火力はシグーの腕を飲み込んだ上で、その先にヘリオポリス地表へと直撃。外壁部を貫通し、ヘリオポリスには大きな穴が開いていた。
「MS一機にこれ程までの火力を持たせたか……潮時だな」
己がしでかした事に混乱しているのだろう。
ストライクに追撃の様子は無かった。それは他の面々も同じようで、アークエンジェルもアストレイも動きを止めている。
損傷したことを考えてもラウに撤退以外の選択肢は無かった。
アグニがあけた穴を通って脱出していくシグーを見送り、戦闘はひとまずの終わりを迎えるのだった。
それから、少しの時が経った。
戦闘の終わりが確実な事を確認した上で、ナタルはアークエンジェルをヘリオポリス地表へと着地させるように指示。
マリューもその動きに合わせてサイ等オーブの民間人とカガリをアークエンジェルへと誘導。
タケルは、混乱の途にあったキラを落ち着かせると2人でMSに乗ったままアークエンジェルへと着艦するのだった。
キラは移動中、タケルへと通信をつないだ。
「アマノさん……僕」
「不可抗力だよ、気にする必要は無い。誰かが被害に遭ったわけでもないし、キラ君は自分の身を守ろうとしただけだ」
「……すいません」
「謝るところじゃないよ。それを言うなら、危険な目に合わせてる僕やマリューさんの方が申し訳ないと思う所だ。そんなものに乗せてしまっているのだからね」
タケルが励ますも、内部カメラが拾うキラの姿を見るに効果は薄かった。
「コロニーを壊してしまって不安?」
「それはまぁ、その通りです」
「あの程度で壊れる程軟な造りじゃないよ。緊急時の自動機能で隔壁が動いて閉じるし、流出した空気だってすぐにシステム対応で内部気圧は戻る。心配することは無い」
「そうなんですか……良かった」
「ほら、もうすぐ着艦だよ、ちゃんと足元気を付けてね。間違って誰か踏みつぶしたなんてなったら本当に洒落にならないんだから」
「それは、笑えませんね」
言葉とは裏腹に、少しだけやわらかい表情に戻ったキラを見て、タケルも安堵した。
だが、それも着艦後にすぐ打ち砕かれることになる。
「君、コーディネーターだろ?」
着艦した2人が機体から降りるとその場は状況の確認となった。
そんな中、地球連合軍の士官の1人ムウ・ラ・フラガ大尉がキラにかけた言葉である。
その瞬間空気が変わった。
マリュー、ナタル、ムウが並ぶ背後で、連合軍の兵士が銃をキラへと向ける。
「何考えてるんだよアンタら!
キラはコーディネーターでも敵じゃねーよ。何見てたんだよ!」
たまらず、友人であるトールが前に出て庇う。
タケルとしてもこの状況は大いに怒りが湧くところであったが、先に爆発したのは彼女だった。
「銃を降ろせ! 彼はオーブの民間人だ!」
鮮やかな金糸の髪が揺れて、キラとトールの前に出るカガリ。その瞳は怒りに燃えている。
「そうやって、コーディネーターと分かれば誰にでも銃を向けるのが貴方達地球連合の正義なのか?」
「カガリ、落ち着いて。出過ぎちゃ──」
「いいや落ち着かない! そこのストライクもオーブのコーディネーターが開発した機体を元に作り上げたものじゃないか。この戦艦だって同じはずだ」
「カガリ、ダメだって」
「貴方達はコーディネーターの“誰か”が作った技術を使っているはずだ。コーディネーターの誰かが協力して、ここにあるものを作ったはずだ。貴方達が戦ってるのは“プラント”であって“コーディネーター”ではないはずだ!」
「カガリ!!」
本当に珍しく、怒声となったタケルの声だった。
我に返ったように、ハッとするカガリ。だがカガリによって凍り付いた空気は簡単に温まる事は無い。
「お嬢ちゃんは、随分と大きな話をするんだな」
「フラガ大尉、そんな呑気な事を言っている場合ですか。今のは明らかに一般人の言葉ではありません」
「アマノ二尉……確か、そちらのカガリさんは貴方の連れだと聞いてましたが?」
やってしまった、とタケルは胸中で呻く。
先のは明らかに事情を知ってる者の発言である。
当事者ともいえるタケルはまだしも、カガリのような普通の女の子が知っている話ではない。
訝し気な視線を向けてくる彼等に、タケルは冷や汗をかきながら対応した。
「彼女の名前はカガリ・アマノ。僕の妹です」
「妹、ですか……」
「カガリは国防軍の僕とは別でモルゲンレーテの方に勤めており、アストレイの開発には彼女も携わっております。それ故に今回の新兵器についても事情を知っています」
「ですが、先の発言はとても一開発者の視点ではありませんでしたが?」
手厳しい──針を突き刺すようなナタルの視線がタケルに突き刺さった。
だが正体は明かせなかった。代表首長の娘が連合の戦艦に乗っているなどとなれば、本当に大きな問題だ。
ただでさえ、ヘリオポリスでの新型開発によってオーブの立場を地球連合側に寄せてしまっているのだ。代表首長の娘が連合の戦艦に乗ってるともなれば、オーブの意思に関係なく、オーブの立ち位置が決まりかねない。
「それは僕とカガリがコーディネーターとナチュラルの兄妹だからです」
タケルは自身という札を切った。キラと同じく自身もまたコーディネーターであると。
ざわりと、また空気が震えた。
ムウとマリューは半ば確信を持っていたのだろう。特に驚く気配は見られなかったが、連合の兵士たちは再び険悪な雰囲気を纏う。
「まっ、あの機体の動きは俺も見てたしな。そうじゃないかとは思ってたよ」
「私も……アマノ二尉の工廠での動きからその辺りは察しがついていました。という事はカガリさんの方がナチュラルと?」
「そうだよ。だが私はコーディネーターだからと差別はしな痛っ!?」
これ以上しゃべるなと言わんばかりの拳骨がタケルから振り下ろされた。
面倒を増やすなの意味もあったし、仲の良い兄妹でしかない事を印象付ける為でもあった。
丁度アストレイのコクピットで瘤を作っていた場所だったのだろう。激烈な痛みにカガリはその場でうずくまって頭を押さえた。
「全く……どうもすいません。カガリの先の発言には理由があります。
中立のオーブとは言え、コーディネーターは多くありません。
幼少より様々な迫害を受けていた僕を見て、カガリは人一倍コーディネーターとナチュラルの差別を忌み嫌っています」
マリューを筆頭に、皆息を呑んだ。
確かにあり得る話だ。中立とは言えオーブは地球にある国。必然ナチュラルの方が多く住むだろう。
この戦争の根っこであるナチュラルとコーディネーターの確執。それが中立の謳い文句だけで消えるわけがないのだ。
知らず知らず、他人の心的な急所を突いていた事を思い知らされた。
銃を構えていた兵士達はバツが悪そうに銃を降ろし、追及を続けようと勇んでいたナタルは恥じる様に頭を下げた。
自身の不躾な追及が、彼らの私的な領分を公に晒させたのだ。
「そ、それは……大変失礼しました。配慮に至らなかった事、申し訳ありません」
「気にしないでください。疑問に思うのは当然です……そのかわり、熱くなりやすい愚妹の失言をお許し願います」
何でもないという風に、きっぱりと答えたタケルを見て、ナタルも冷静さを取り戻す。
ムウの発言から始まった騒動だが、どうにか落ち着きを取り戻せた様であった。
「さて、ラミアス大尉」
「はい……何でしょう?」
話題の切り替えを察するが、ここで自分に質問とは何だろうか。
先のナタルの事を考えると僅かばかり身構えてマリューは応じた。
「僕はともかく、カガリもストライクを目にしてはいますが……やはり監視下に置かれるのでしょうか?」
「そう、ですね……アマノ二尉は関係者として見ていただく予定でしたが、カガリさんは開発関係者とは言っても部外者ですし、同じ対応になるかと……」
「まぁ、やっぱりそうですよね」
一つ小さなため息が零れた。本当なら脱出艇を探してさっさと本国に送りたいところだ。
代表首長の娘……そう言えば逃れられるだろう。
だがそうなれば連合とオーブの癒着が外聞からは決定的になる。
タケルがとるべき道は1つであった。
「では、僕とアストレイの同行を許可していただきたい。監視下に置かれる彼等オーブの国民を守る為に。
この艦は現在、安全とは程遠いでしょう? 僕にはこの艦に乗せられる彼らを守る義務があります」
まるで屁理屈のような願いだった。
最新鋭の戦艦だ。搭載されている技術、構造、その他諸々。ストライクなど比べ物にならない位の機密の塊だろう。
陣営の違う軍属であるタケルが乗る事など許可できるはずがない。
「おーおー、無茶苦茶言ってくれるじゃない」
「アマノ二尉。民間人である彼等と軍属である貴殿とでは、扱いが違います。貴殿を最新鋭のこの艦に載せる事の意味。わからないわけでは──」
「分かりました。許可します」
「なっ!? ラミアス大尉!」
現在アークエンジェルは主だった予定の将校が全員殉職したため、艦長の任はマリュー・ラミアスにある。
そのマリューが出した予想外の許可にナタルとムウもまた驚きに染まった。
「ラミアス大尉、正気ですか!? 民間人を載せるのとはわけが違うのですよ」
「そんなことはわかっているわ。でもまずは、今の状況を切りぬけるのに戦力が必要よ。フラガ大尉のメビウスが使えない今……要となるのはストライクだけになる。
アマノ二尉、先程の守るという言葉……信用してもよろしいですね?」
「無論。妹が乗るこの艦……落とさせるわけがないです」
軍属の顔が薄れて覗く、少年らしい笑みであった。
マリューもまた艦長としてではなくまるで母が子供を見るような目となる。
結局の所彼が乗る理由はこれだ。“大切な妹を守りたい”。オーブの国民だのなんだの大義名分はこちらを説得するための方便。
個人的な理由の方がよっぽど強い。だがその方が信用も置けるし印象も良かった
「バジルール少尉。反対する気持ちは良くわかりますが、アマノ二尉に関しては機密がどうこう言っても仕方ありません」
「何故ですか?」
「アマノ二尉はストライクの開発の為に提供されたそこのアストレイの開発者です。ヘリオポリスにはオーブの技師も入っていました。Xシリーズの技術はある程度オーブにも流れます。
そしてこのアークエンジェルもそこら辺は大体同じ。つまりアマノ二尉がこの艦で得られる情報は、遅かれ早かれ彼が知る事ばかりなのよ」
「ならば、戦力として利用するべきと……」
「その言い方はやめて欲しいわね。どちらかと言うと、利用されたのはこっちよ」
「はっ? 一体何が……」
「さ、この話はおしまい! 全員作業に入って。出港準備を進めるわよ!」
マリューにはわかっていた。
タケルが考えたのは、下手に脱出艇でカガリを逃がすより、このまま自分の目の届く範囲において守っていた方が安心できる。そう言う事だった。
救命用の脱出艇とは言え確実に救助されるとは限らない。
それこそ、この後アークエンジェルが戦闘に入るのなら何らかの形で巻き込まれてしまうかもしれない。
脱出艇はあくまで、緊急時の最終手段なのだ。
ならば、自身がMSで出撃できて、最新鋭の戦艦であることも考慮すると、アークエンジェルで逃げる方がある意味では確実であるともいえる。
広大な宇宙。一度その星の海へと逃げ出せれば、そうは接敵する事がないのである。
こうして、タケルはアークエンジェルへと乗り込むことを承諾させ、キラのコーディネーター疑惑で生まれた剣呑な空気も晴れたのだった。
マリューの声に皆が動き出せば緊急事態であることを誰もが思い出して慌ただしくなる。
資材の搬入、周囲の状況と生存者の確認。そしてこの後控えているであろう、ザフトの襲撃に対する戦闘準備────やる事は山ほどあった。
そんな中、キラ・ヤマトだけが何もせず、先程まで己が乗っていたストライクを眺めているのだった……。
いかがでしたか。
お楽しみいただけたら幸いです。
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