機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-35 宿敵の牙

 

 

 

 ジープに揺られて、タケル達4人はバナディーヤの街を移動していた。

 

 先のテロによる騒ぎ。バルトフェルドとその部隊の者。そしてタケルとキラの活躍によって難を逃れた彼等だったが、たちまち周囲を部隊の者に囲まれ、有無を言わさずジープに乗せられたのだ。

 

 運転席で訝しむ副官のダコスタと、暢気に鼻歌交じりのバルトフェルドが対照的で印象的であった。

 

「(おい、俺達どうなるんだこれ?)」

「(私にもわかるかっ! 今はとにかく下手に抵抗するわけにも──)」

「それで、どちらに向かうんですか。虎さん?」

 

 物怖じせずに前方のひょうきん者に問いかけるタケル。

 移動が始まってから沈黙が続いていただけに、彼等に緊張が走った。

 

「ふぅむ……さっき言った僕が主催のパーティ会場ってところだね。君達のお昼を邪魔してしまったわけだし、お詫びのつもりなんだけどまずかったかな?」

「それならせめてこちらの都合を聞いてからにしてくれませんか? 今くらいの時間で両親と待ち合わせだったんですけど……」

「あれだけの戦闘を見せた君が、まさか一般人のご両親とこんな街に観光も無いでしょ。察してくれるさ」

「そりゃあ勿論、色々と察するでしょうね。問題はおっかなくて優しいお母さんとお父さんがたくさんいまして大騒ぎになる事なんですが……」

「ふぅむ……それじゃ伝言役を遣わそうか。ダコスタ君」

「はっ? はぁ……」

 

 呼ばれたダコスタは、また何を言い出す気だとため息交じりに身構えた。

 

「待ち合わせ場所まで行って彼等は安全に返すから心配するなと伝えてきてくれ──場所はどこだい?」

 

 後ろに乗るタケル達へと振り返り、さも当然の様にそれを聞いてくるバルトフェルド。

 タケルも、そしてキラ達も警戒を強めていた。

 既にこちらの素性は把握しているのだろう。出なければあの場のあのタイミングで接触などしてこない。

 誰が他人のケバブの喰い方にわざわざ口を挟むと言うのか。

 

「教えられるとでも?」

「教えられないのかな?」

 

 タケルとバルトフェルドの間で視線がぶつかり合った。

 互いに言葉を発さぬ空気のまま、どこか押し合うような視線の攻防。それが見て取れた。

 根負けした様に、タケルは頭を振る。

 

「──それならこうしましょう。アフメド君、降りてみんなに伝えてもらって良い? 無事に帰るから心配するなって」

「お、おい!?」

「大丈夫だよ。少なくとも敵意は無いから──遣いを出される方が、こっちとしては怖い」

 

 こちらの素性が把握されているなら、そのままそこで殲滅なんてことにもなりかねない。

 合流場所を教える等論外である。

 顔を寄せ、小声となったタケルの言葉を聞き、アフメドは小さく頷く。

 

「──わかった」

「と言うわけで、彼を降ろしてください。勿論、尾行なんて無しですよ。アフメド君も、上手く帰って」

「あぁ。お前達も、ちゃんと無事に帰ってこいよ」

「もちろん」

「まぁ良いだろう。ダコスタ君、一度止めてやってくれ」

「はぁ……」

 

 車両が通りの真ん中で堂々と止まり、アフメドが降りていく。

 降りるや否や、アフメドは雑踏を選んで直ぐにその姿を消していった。

 砂漠の街の住人で尚且つレジスタンスである彼なら、地元で尾行を撒くことくらい朝飯前だろう。

 尾行するとはタケルも思っていなかったが念には念を押しての、彼への指示であった。

 

「さぁ、これで憂う事もありません。パーティ会場へお願いしますよ。さぞかし美女が沢山居るんでしょ?」

「ん? はっはっはっは! そうか楽しみかぁ。君は面白い奴だよ本当に。奇妙なパイロット君」

「あとそれ、誰かと勘違いしてますよ。僕パイロットじゃないですし」

「なにっ!?」

 

 思わぬ答えに驚愕を見せるバルトフェルドを尻目に、タケルはジープが向かう先を見つめていた。

 ふと、視線を感じて目をやると、どこか痛い視線がカガリとキラから向けられている事に気が付く。

 

「ん? 何?」

「やましい気持ちでアフメドを逃がしたんだな──見損なったぞ、兄様」

「タケル、僕もちょっと見損なったよ」

「真面目に受け取らないでくれる?」

 

 まさか、気圧されないように発した軽口を本気にされるとは思わず、2人の言及にタケルはがっくりと肩を落とした。

 

 そんな彼等を乗せて、ジープは暫く街を走る。

 やがて辿り着いたのは、わかり易くこの街でも最大となる大きな建物の目の前。

 

「さっ着いたよ。ここが僕のお城と言うわけだ」

「随分凝った作りをしてますね」

「それなりに気に入っていてね。さ、どうぞ」

 

 バルトフェルドの歓待を受け、3人は階段を上り建物の中へと入っていく。

 内装は落ち着いた雰囲気で清潔感もあり、さぞかし良い暮らしをしているのだと思わせる。

 

「あら? この子ですの、アンディ」

 

 入るや否や声を掛けられて3人は視線を向けた。

 前髪にオレンジのメッシュを入れた黒髪の美女が彼等の前方から歩み寄ってくる。

 

「(付き人? 奥さんかな……? 身体的には鍛えて居そうだけど、あの程度なら)」

「兄様?」

「タケル?」

 

 思わず戦闘力の把握に彼女を凝視したのを勘ぐられたのだろう。

 再び向けられた白い目線にタケルは小さくため息を吐いた。

 

「──あのねぇ、そんなやましい気持ちじゃないって。大体可愛さならカガリが上だし」

「ばっ!? ふざけたことを言うな兄様!」

「あら、生意気な坊やね」

 

 ターゲットを捉えたようにタケルへと歩み寄ってくる美女は、不服そうにタケルへと顔を寄せて睨みを聞かせてくる。

 

「なんで僕は2人から怒られてるんだろう……」

「はっはっは! アイシャを怒らせるとはやるなぁ、少年──アイシャ、ひとまず彼女を何とかしてやってくれ。少年が言う通り本当は可愛い少女なんだが見ての通りでね」

「あぁケバブね。アンディ、うるさかったでしょう?」

「確かにな」

 

 ぶっきらぼうに答えるカガリを品定めする様に上から下へと視線を流すアイシャ。

 何を読み取ったか、少しだけ口元を弧に緩めると声を上擦らせた。

 

「う~ん、ホント。可愛いかも!」

「や、やめろよ。そういう事言うの!」

「それじゃ、いらっしゃい」

「綺麗にしてあげて下さいー! その子おしゃれに気を遣わないんで」

「はーい、任せて!」

「タケル、馴染みすぎでしょ」

「さぁ少年達はこっちだ」

 

 カガリとアイシャを見送った2人は、応接室と思わしき部屋へと通された。

 部屋に入った途端バルトフェルドはコーヒーを淹れ始め、タケルとキラは所在なさげに部屋を見渡す。

 

「先にも言ったが僕はコーヒーが好きでね。あぁ、掛けてくれ。くつろいでいてくれて構わんよ」

 

 そう言われるも、いきなりくつろげるわけもなく。

 部屋を見渡していたところである物が目について2人は視線を向けた。

 そこにあったのは何かの化石。そのレプリカであった。

 

「あぁ、エヴィデンス01ね。実物を見たことは?」

「プラントの住人でもなければ普通は無いかと」

「僕も、ないですね」

「それもそうか。にしても、何でこれが鯨石なんだろうね──これ、鯨に見える?」

 

 小さなコーヒーカップを手渡され、口を付けながら2人は思考を巡らせた。

 

「別の星の鯨と言われれば、まぁ良いんじゃないですか?」

「そんな身も蓋も無い事を……」

「だって目の前に実物が出てきたわけでもないですし、こんなの最悪は上手く作った偽物って可能性だってあるでしょうし」

「おお、なるほど。確かに誰かが作った偽物ってのは考えなかったなぁ」

「そもそも化石となっている以上、“存在していた”証拠にはなっても“存在している”証拠にはならないでしょう?」

「なんとも、夢がないなぁ君は。そっちの少年はどう思う?」

「まぁ、こんなの見たら、どこかに地球みたいに生物が住まう星が……とは考えてしまいますよね」

「そうだよねぇ、僕達と一緒。可能性を信じたくなる希望……」

 

 希望……そんな言葉をしみじみと発するバルトフェルドにキラは何も言えなかった。

 鯨石の可能性と、コーディネーターの可能性。

 どちらもが、人類のさらなる未来を夢見させる希望。

 外宇宙に生物が存在する証拠と、人類の能力に未だ先があるといえるコーディネーターの存在。

 

 それが、希望なのだと。バルトフェルドは言った。

 

「僕はエイリアンとかそれ系の映画が嫌いなんで態々外宇宙の生物を見たいとは思わないですけどこの鯨石だって、絶対に現物はゲテモノでしょ」

「君は本当に夢が無いな。夢見るおじさんを虐めて楽しいかね?」

「もうそんな夢見る年じゃないでしょうに」

「がっくし」

 

 痛烈にして辛辣な言葉に、バルトフェルドが意気消沈と肩を落とした。

 タケルの余りな言葉にキラも僅か、同情を禁じ得ない。

 

「タケル……その、ちょっと酷くない?」

「緊急事態とはいえカガリに頭からソースを被らせたからね」

「あ、そこだったんだ」

 

 辛辣な理由はそこか……と、タケルのらしい理由に納得してキラは1人ごちた。

 そんな微妙な空気となっている3人の耳に開かれるドアの音が聞こえる。

 

「アンディー」

「ん? おぉ、これはこれは」

 

 アイシャの後ろでもぞもぞと動く奇妙な物体。

 端々から薄緑の柔らかなドレスの生地が見え隠れし、バルトフェルドは興味深そうに声を上げた。

 

「うぅ……」

「あぁ、もう。ほーら」

 

 背中に隠れていたところをさらっと逆に背後を取られ、カガリはトンっと、軽く背中を押され前へと出る。

 

「うっ、あっ、とっ……ど、どうだ? 兄様、キラ」

 

 キラは思わず息を呑んだ。

 優しいけど、普段は勝気で芯が強い。キラにとってはどちらかと言うとトールの様に頼れる男友達に近い存在だったカガリが、薄緑のドレスに身を包み、綺麗に髪を結わえて、髪飾りまでつけている。

 優雅な身のこなしの令嬢。まるで高嶺の花を思わせるような出で立ちとなったカガリ。

 ヒールも履いていて綺麗な足元が見え隠れし、キラは思わず顔を赤くした。

 

「いやーみちがえ──」

「あんたには聞いてないでしょ。んー相変わらず綺麗だね。良く似合ってるよ、カガリ」

「えっと、その……凄く綺麗だと思う。カガリ」

 

 素直な賛辞に、カガリは少しだけ頬を赤く染める。

 

「そ、そうか……ありがとう」

「初々しいねぇ……でも彼女、随分とドレスが板についている感じだけど、どこの子だい?」

「それなら散々僕が着せ替え人形をさせてきたんで」

「あらま、そういう趣味?」

「変な勘繰りはやめて下さい。嘘に決まってるでしょう」

「君、そろそろおじさんも泣くぞ?」

「やめて下さい。おじさんの泣き顔なんて見たくない。せめてそちらのアイシャさんにしてください」

 

 ほう……そんな小さな呟きとバルトフェルドの目が光るのは同時であった。

 即座にとられるアイシャとのアイコンタクト。

 これまでさんざん嘗めた態度を取った少年の化けの皮を剥ぐべく、大人2人の攻勢が始まった。

 

「アイシャ」

「はーい」

 

 何だ、何をする気だ。

 そんな疑念をものともせず、堂々とタケルへと詰め寄っていくアイシャ。

 俄かにタケルが警戒を抱き始めた瞬間。

 アイシャはタケルの手を取って、その瞳に涙を滲ませた。

 

「アンディを……虐めないで?」

 

 正面に見せられる綺麗な顔。

 誰が見ても彼女を美女と評するだろう。そんな女性が涙を浮かべて己に懇願する。

 タケルの胸中に、瞬間的に居た堪れない気持ちが沸き起こる。

 思春期の。それも一度とて男女の付き合いの経験がない少年にとって、美女の涙は筆舌に尽くしがたい罪悪感を搔き立てるものであった。

 いくら敵陣だからと強がろうと、タケルの大元の根っこはむしろ小心者で臆病。卑屈で自信がないのである。

 泣かせてしまった……そう認識させたら最後。

 彼が罪悪感に抗う術はない。

 

「──善処、します」

「ふふ、良い子ね」

 

 攻防は一合で終わった。むしろ攻防など無かったと言って良い。

 よしよしと幼子の様に撫でつけられ完全敗北したタケルは、大人しくソファに座る事しかできなかった。

 

「化けの皮が剝がれたな」

「強がりだったんだね」

 

 そんなタケルを、点になった2対の瞳が見つめていた。

 

「んん! それで、そろそろ本題に入りませんか?」

 

 気を取り直そうと努めて声を平静にして、タケルはバルトフェルドへと問いかける。

 カガリも戻ってきた。役者はそろったはずである。

 

「本題? 特に無いけど?」

「怒りますよ。わざわざ部隊で囲ってここまで連れて来ておいて、何もないわけないでしょう」

「そうかもしれないが、う~ん……純粋に君達とお話をしてみたかったから、ではだめかね?」

「だめです」

「もーお、虐めないの」

「──ダ、メです」

「今度は耐えたな」

「耐え抜いたね」

 

 横から聞こえる冷めた声を無視してタケルはバルトフェルドを睨みつける。

 その視線に返すように、バルトフェルドも安穏とした空気を潜ませ、代わりにその名に相応しい鋭き眼光を見せた。

 

「じゃあ少し切り込ませてもらおうかな……少年達の内、あのストライクに乗っているのはどっちかね?」

「それならぼ──」

「僕ですよ」

「キラっ!?」

「ほぅ、そっちの少年だったか。道理で、奇妙な戦い方をするわけだ」

 

 顎に手を当て思い出すようにバルトフェルドは口を開く。

 

「さっきのテロリストの一件。そっちの少年には軍人的な戦いが良く見られたが、君は身体能力こそ高いものの訓練された形跡のある動きではない。

 確かに、あのストライクを見るにそのスペックとパイロット能力に任せた我武者羅と言った動きの方が近いだろう──合点が行く」

 

 核心に迫った問答。

 キラも、カガリも。最大限の警戒へと変わる。

 確認は取れた。ならばここで殺すだろうか……そんな疑念が湧きあがる。

 2人のその様子に、バルトフェルドは再び問いかけた。

 

「なぁ、君達に聞きたい。私達は今この場では敵かね?」

「敵では、無いんですか?」

「何をもって敵とする?」

 

 何をもって……それは地球軍とザフト。

 或いはナチュラルとコーディネーター。

 所属か陣営か。或いは……

 

「戦争にルールはない。始まりの合図も無ければ終わりの合図もない。ならば、昼も夜も常に戦い続けてると言えるか? どんな時も、どんな場所でも……君達は今この場でも戦争をしている。そう、言えるのかな?」

 

 再び思考の渦へとキラは陥っていく。

 戦争をしている、と聞けば広義的には常に戦い続けていると言えるだろう。

 だが、今この場で。彼等と相対して話をしているこの状況を、戦争をしていると言えるだろうか……キラには答えが出てこなかった。

 

「どこで終わりにする? どこで終わりにすれば良い? ────敵であるものを、全て滅ぼして、かね?」

 

 それは、キラがずっと抱いていた疑念であった。

 戦争が終わった時。戦争の先に求めてる世界。地球軍もザフトも、一体どんな世界を望んでいるのか。

 確かに、敵である者を滅ぼせば戦いは終わる。

 だが有史以来、そんな結末から戦争が無くなったことはない。

 相手を滅ぼせば次なる敵を作って人はまた争う。途中で和解をしてもどこかでまた軋轢が生じて争う。

 そんな事ばかりを人は繰り返している。

 

 ならば、一体いつ。戦いは終わりになるのだろうか。

 

「別に難しく考えなくて良いでしょ」

「タケル!?」

「ほぅ」

「僕達は戦いをしにここに来たわけでもない。まさか、パーティの誘いが偽りだったわけないですよね?」

「ふむ、元々は君達と話したかっただけだしね……」

「僕達は本来敵同士。でも、今こうして敵にならずに話せてるんだから。これも一つの、戦争の終わりじゃ無い?」

 

 それは違うだろう──そうは思いつつも、それも有りだとバルトフェルドは思った。

 キラも同じく。己の疑問の明確な答えとはならずとも、決して捨ておけない小さな答えだと思った。

 

「知ってますか虎さん。僕達人間は分かり合えるんです。ナチュラルとコーディネーターとか関係なく。僕とカガリの様に……」

「そうだな。私と兄様は、ずっと昔からわかりあう事ができている」

 

 最初はそうではなかった。だが、今では互いを想い合うことができてる。

 2人の間にもナチュラルとコーディネーターの溝はあったが、分かり合えているのだ。

 

「分かり合えるね……それができないから戦争になってるのではないかな?」

「それができないなら、鯨石の正体なんて夢のまた夢でしょうね。同じ人間同士で分かり合えないのなら、外宇宙の生物なんて見つけたところで滅ぼすだけだ」

「なるほど、それは正にその通りだろうね」

 

 納得する様に、バルトフェルドはその表情をどこかやるせなそうなものに変えた。

 

「ある論文に、こう書かれてたんです」

「論文?」

 

 突然の話題の転換にバルトフェルドもキラも。カガリもアイシャも。タケルが何を言い出すのかとその言葉を待っていた。

 

「コーディネーターとは人類の新たな種を表すものでは無い。

 その意は言葉の通り調整者──新たなステージへと上がる因子を発現する人類とこれまでの人類を繋ぐ、役割の名だって」

 

 コーディネーター。即ち調整者──その言葉の本来の意味を、現在のコーディネーターへと当てはめた、全く別の見方である。

 コーディネーターが新たな種となるのでは無く、人類の新たな革新を迎えた者達とナチュラルを繋ぐ調整者。

 

「夢があると思いませんか? 遺伝子調整なんてものじゃない、人類の本当の進化。その先にある、本当の未来────虎さんはまだ、夢見るおじさんなんでしょ?」

 

 問われたバルトフェルドは、小さく口元を緩めた。

 

「役割の名、ね……夢見がちな内容だけど、夢見心地にさせてくれる。良い話だな」

「僕は、カガリと分かりあった時から、そんな夢を見続けていますから」

「そうか……だから君も、そしてそっちの2人も、とても強いのかもしれないな」

「いえ、僕はそんな」

 

 どこか上機嫌に、バルトフェルドは天井を仰ぎ見た。

 

「今日はこれでお開きにしようか。

 帰りたまえ。おっかないお母さんとお父さんが大騒ぎなんだろう?」

「優しい、が抜けてます」

「おっと、これは失礼。君はどうやらお母さんとお父さんも大好きなようで」

「大事な家族ですからね」

「良いものだ……君とのやり取りは自然と口元が緩む」

「やめて下さい気持ち悪い」

「アイシャ」

「ふふ──全く、坊やは口が減らないのね」

「ちょっと、ずるくないですかそれ!?」

「そう思うなら、アンディを虐めないであげて?」

 

 数秒後、本日二度目の『善処します』で完全敗北したタケルは、先ほどまでの達観した様な雰囲気を欠片も見せることなく、その場を後にした。

 背中に刺さるカガリとキラの視線が、ひどく刺々しい事を感じて、タケルは胸に内でひっそりと涙を流した。

 最近色々とあったせいで、年上の女性に対してどこか逆らえない苦手意識ができてしまった様である。

 

 

 

 

 バルトフェルドと別れた3人は、夕暮れ時となっているバナディーヤの街並みを歩く。

 それぞれがそれぞれに想う所があるのか、そこに会話は無かった。

 

「兄様、今日言ってた事って……」

「僕も初めて聞いたよ。コーディネーターの本当の意味」

 

 カガリもキラも、同じ様な事を考えていたのだろう。

 口火を切ったカガリに合わせ、キラもタケルへと疑問の声を向ける。

 

「あれは、たまたま見つけた論文に書いてあっただけだよ。全然、世間的には評価もされていない」

「そうなのか? でもなんだか凄く」

「あの人も言ってたけど、夢見心地にさせるというか、聞いてて期待しちゃいたくなるって言うか」

 

 まるで理想の様な、ナチュラルとコーディネーターの関係だと思えた。

 キラとフレイの間を取り持ってくれた友人達の様に。

 

「うん、そう思う。だから僕も、ずっと覚えてるんだ……ナチュラルとコーディネーターは別な種ではないって思えるから」

 

 感慨深そうに、タケルも空を見上げながらつぶやいた。

 キラもそれに釣られて、同じように宇宙を見上げる。

 見上げる宇宙のどこかにいるであろう親友とも、今は撃ち合う関係だがいつか……分かり合える。

 互いに討つと約束しながら、そんな夢を見たくなってしまった。

 

「さっ、帰ろう。多分一緒に出て来てたバジル―ル中尉はカンカンだろうしね」

「うぇえ……考えないようにしてたのに」

「私と兄様は直接的な部下ではないからそんなでもないだろうが、キラにとっては上官だしな」

「怒られるんだろうなぁ、きっと……」

「少尉は護衛の意味を理解しているのか! ってね」

「ははっ、言いそうだなそれ!」

「カガリ、笑いごとじゃないんだけど」

「その時は助け船を出してあげるさ」

「頼むよ、タケル」

 

 

 夕暮れで茜に染まる街並みを歩く3人は、どこか軽い足取りと明るい気持ちで、仲間達が待つ場所への帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 共有していたはずの優しい時間、穏やかな記憶。

 が、時の流れは、想いを巡らす今をも瞬時に過去へと追いやり、

 人々の前には、新たなヴィジョンが姿を現す。

 進むことが幸福か、振り返るのが勇気か、交わされる言葉。それもまた。

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『狭間の平和』

 

 静かなる日、勝ち取れ、ガンダム! 

 




ナタルさんのせいでお姉さんに弱くなってしまった。そんなお話。

いつもご感想ありがとうございます。
お陰様で励みになっております。
本当に嬉しいです。
アンケの答えもありがとうございます。


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