プラント本国。
穏やかな空模様──とはいっても人工的に作られ制御されているプラントにおいては、殊更荒れるような空模様などないが、外で過ごすにも良い日よりの今日。
アスラン・ザラは車を走らせとある場所へと向かっていた。
助手席には花束。当たり前になってきた軍服姿ではなく、多少なりとも整えた私服を着ており、今日は休日でのお出かけであることが一目でわかるだろう。
現在、アスランが所属するクルーゼ隊は第8艦隊との戦闘直後に本国へと呼び戻され次の指令があるまで待機と言った状況である。
プラント評議会は、クルーゼが墜とし切れなかったアークエンジェルとストライクの脅威を重く捉え、現在大きな侵攻作戦の可決に向けて議論が進んでいた。
“オペレーション・スピットブレイク”
地上にある地球軍の基地の一つパナマ。
月面の基地への補給路の一つであり、同様の補給路であるアフリカのビクトリア基地と東アジアのカオシュン宇宙港が陥落している今、連合にとっては宇宙へと繋がる最後の砦だ。
これを宇宙からの大規模降下部隊によって一気に陥落し、連合を地球に閉じ込めようというわけだ。
無論、連合にとって宇宙との懸け橋となる最後の砦。簡単に陥落を出来るような防衛戦力ではないだろう。
基地の制圧となれば相手取るのはMSやMAの様な迎撃部隊だけではない。
それよりもっと簡単で効果的に運用できるであろう、設置兵器が多数存在する。
相手が向かってくるとわかっているなら、迎撃する方が遥かに有利なのだ。
墜とすにはかなりの規模の戦力を投入し、更にはかなりの被害も出ることが見込まれる。
だから現在、最高評議会は慎重な議論の末、作戦の可決を進めているのだ。
だが、今のアスランの頭にそんな作戦の話は一切無かった。
あるのは一つ……唯一つ。
現在向かっているクライン邸で待つ、ラクス・クラインとの逢瀬の事で頭が一杯なのだ。
いや、正確には少し違うかもしれない。
クライン邸へと着く予定時刻を遅れてしまった事で、頭が一杯なのである。
「(少し、遅れてしまったな。全く、ミゲルがいきなりあんな事言ってくるから……)」
助手席に置いた花束を見てアスランは独り唸った。
家を出ようとした矢先、ミゲルから通信が入り“遊びに来ないか? ”と、誘われたのである。
彼は本日、仲間内で集まって勉強会なのだそうだ。
ミゲルが勉強? と疑問符を浮かべたアスランだったが、どうやらミゲルの仲間とはパイロットやメカニック、エンジニアなどが集まってできたチームの様なもので、ミゲルの戦闘記録を分析し彼の戦闘をサポートしてくれてるとのことだった。
ミゲルがヘリオポリスでアストレイに敗北してからと言うもの、彼の意向を汲んで全力でのサポート中らしく、今回はアスランも一緒にどうだ? と言う事なのだ。
アスランとしても非常に魅力的な提案であったが、予定が予定の為これを断念。
その際に散々悩んでしまったが為に、こうして予定の時間を遅れてしまい後悔しているのである。
「(せめて、前日には言ってくれよな……当日に言うやつがあるか。俺だってオレンジとの戦闘経験はあるし、アイツの動きは是非とも分析したいって言うのに)」
素直にミゲルが今日やるであろう勉強会が羨ましかった。
クルーゼ隊の面々にとって、ミゲルと因縁のあるオレンジの評価は隊長であるクルーゼと同格と踏んでいた。
あの負けず嫌いのイザークですら、その評価に異を唱えることは無かった。
部隊内で最後に相対したであろうアスランとしても、あの機体とパイロットの事は詳細に分析したい所であった。
「(考えてても仕方ない。後日ミゲルには詳しく聞こう……どうせ今日の事でやっかみもうけるだろうし)」
断る理由として素直に今日の予定を伝えたため、後日ミゲルと会えば嬉々として今日の事を聞いて来るだろう。
プラントの人間からすれば、ラクス・クラインは高嶺の花という言葉すら足りないくらい手の届かないアイドル的存在である。
そんな彼女と未来が定められ、休日を共に過ごすなど、やっかみの一つも買うのは仕方ない。
ミゲルの場合はからかう方が主でやっかみではないのかもしれないが……
そんなことを考えていたら、クライン邸に到着していた。
アスランはゲートの前でインターホンのカメラに認識票を翳す。
「認識番号285002、クルーゼ隊所属アスラン・ザラ。ラクス嬢と面会の約束です」
『──確認しました。どうぞ』
数秒の後、無機質な機械音声が返されゲートが開く。
邸宅の前の駐車エリアにそのまま車を止め、アスランは来客を迎える執事が待ち構える玄関へと向かった。
「ようこそ。どうぞ」
「ありがとうございます」
「いらっしゃいませ、アスラン!」
執事に玄関を開けられ邸宅内へと迎え入れられると、アスランの上方から鈴の音の様な綺麗な声が届いて来る。
そこにいたのは、たくさんのハロを従えたラクス・クラインであった。
「すみません、少し遅れました。家を出る前に、友人から通信が入ってしまいまして」
「あら、どうされたのですか?」
「いえ、大した用事では。休暇中に集まろうと、誘いの話でしたから」
「そうでしたか。ならばお気になさらず──羨ましいですわ、御友人に恵まれている貴方が」
あっ、とアスランは少し罰が悪そうに顔を伏せる。
ラクス・クラインは本当に大切に育てられた箱入りのお嬢様だ。
その分、気軽に友人として接してくれる者は少ない。アスランにとってのミゲルの様に、気軽に通信で誘いをくれるような友人などは居ないのである。
そんな彼女の前で、友人の話をした自分の思慮の無さをアスランは僅かに恥じる。
「そんな顔しないでくださいな。今の私にはちゃんとお友達がいらっしゃいますから」
「えっ? そんな、いつの間に」
「何を言っているのですか。貴方にもお話したではありませんか。キラ様にタケル様、それからタケル様の妹のカガリ様。私にとってはもう大切なお友達ですわ」
「あぁ、そういう事ですか。それはその……良かったですね」
「はいっ!」
物静かないつもの雰囲気と違い、どこか屈託なく笑うラクスに、彼女の嬉しさが本物だと理解してアスランも思わず小さく微笑んだ。
地球軍の戦艦に乗せられて大変だっただろう──そう思っていたが、この箱入りのお嬢様は何ともたくましく、口下手な自分よりも余程社交的に友人達を作ってきたのだ。
その中に、共通の友の名があることも。アスランにとっては大きく嬉しさを感じる事であった。
「あ、これを──来る途中で用意したものですが」
「まぁ! ありがとうございます」
用意していた花束を渡す。
ラクスは目を輝かせて嬉しさを露わにし、そんな彼女にまたアスランは少し笑みを深めた。
そんな2人の周囲を、たくさんのハロが飛び回る。
騒がしい歓待の中、久方ぶりの2人の時間の始まりであった。
ミゲル・アイマンはプラント本国の街外れにある小さな工場へと赴いていた。
目立つ外装の装飾は無く、どこか寂れた雰囲気すらある。
ガレージのシャッターを開けて車を中に入れると、そこから工場の作業場の様な広い場所へと出る。
「お、来た来た!」
「待ってたぞミゲル」
「今日のネタも面白いんでしょうね」
到着したミゲルを出迎える、先にこの場で待っていた3人。
赤髪の少年がメカニックのケヴィン。
黒髪に無精髭でいかにもなおっさんがエンジニアのマイク
そしてプラント防衛部隊でパイロットをしている茶髪の軽そうな男、ヨシュアである。
チームDEFROCK。
彼らはミゲルの友人であり仲間でありチームメイトだ。
「少し遅れたか、悪い。ちょっと部隊の奴も誘ってたんだがな。今日は予定があったみたいでよ」
「いつもミゲルが言ってるハゲそうな奴?」
「あぁそうそう。考え込むのが悪い癖で今回も──」
「ここに来ないのなら別に良いだろう。ほら、早くデータよこせって」
「はいはい。ほら、こいつだ」
話が長くなる前に、マイクに促されミゲルは自身の戦闘データが入ったデータメモリーを差し出した。
それを受け取ったマイクが端末に繋げると、映像記録がスクリーンに映し出され4人は食い入るように画面を見つめた。
「ハイマニューバは乗りこなしてるみたいだね」
「既に物足りない気がしてるな。だが……」
「前回も見たけどこのオレンジに比べたら、ミゲルもまだまだのようね」
「あぁ。あいつに比べたらまだ俺の戦いは機体の性能を出しきれちゃいない」
「エンジニアの俺からすると目から鱗だなコイツは。どんな発想でこの機体使ってんだ。向こうのパイロットもメカニックも面拝んでみたいぜ」
「あぁそれか。俺達も驚いたぜ……まさか内部フレーム剥き出しで戦闘に出てくるとか、普通やらねえだろう?」
次々と各々が感想を言っていく。
映像に映し出されてるのはミゲルのハイマニューバと激闘を繰り広げたアストレイ。
その細かな機体の挙動。一挙手一投足を、分析していく。
「なるほどな。恐らく別の機体のパーツを流用して重量バランスが崩れたんだろう。それに合わせて一部外部装甲を取っ払ったんだ」
「普通ならやらないよねコレ。どんな神経してるんだろう?」
「自信、過信。そういう感じじゃなさそうだけど。ミゲルはやりあってどう思った?」
「この時はちょっと気が入ってない動きだったぜ。焦ってるのが丸わかりだった」
「機体性能を考えて仕方なくってところか」
「この事実だけでも、こいつを扱ってるパイロットはメカニックやエンジニアと一緒に重量バランスの最適解を導き出して上手く調整できるくらいMSに精通していることが見えてくるな」
「あん? なんでだマイク」
「こんな突貫での重量調整だ。最適解は整備する側だけじゃ決めらんねえ。最終的に動かすパイロットが操縦感覚と相談して決めるもんだ。これが時間をかけられる新型機の開発とかって言うなら話は別だが、緊急措置でこんな機体仕上げて使いこなすなんてなったら、パイロットが調整しているとしか思えねえ」
「そりゃあまぁ、確かにそうだな。ハイマニューバの重量調整とか言われても俺にはできないしどんな調整が良いかも多分わからねえな」
「でもそうなると不思議よね。連合はようやくMS開発に踏み出せたって言うのに。そんなMSに精通しているパイロット、いるのかしら?」
「そういや、確かにな」
「この映像見るにパイロットとしても結構なもんだろう?」
「最後に残った新型、確かストライクって言うんだがそっちのパイロットと併せて、どっちも相当な腕だ。俺達の体感だが、クルーゼ隊長に並ぶと評価している」
「あのクルーゼと、か。OKだ」
マイクがそう言うと、ミゲルを置いて3人は1つの端末の前へと集まった。
ミゲルを完全に蚊帳の外にして、反応速度の設定や関節の可動域が云々と何やらそれぞれが意見を出し合って何かデータを入力しているらしい。
ミゲルは彼らの後ろ姿を眺めながら、その作業が終わるまでをのんびりと待った。
たっぷり1時間。映像記録を何度も確認しながら作業を進めていた3人がミゲルを呼んだ。
「できたぞ、ミゲル」
呼ばれたミゲルは工場の中央に鎮座していた筐体、MS戦闘のシミュレーターへと入り込んだ。
「AIの反応速度をクルーゼのデータを参考にして引き上げた。それから機体の各関節の可動域を設定値最大に。後は映像を見るに機体の手足を上手く使う動きが多かったんでな。ちょっと変更を加えて武装の一環として手足を認識させている。再現度は推定70%ってところだ。ひとまずやってみてくれ」
「サンキュー。1時間くらいやらせてくれ。そっからまた調整を頼む」
そう言うや否や、ミゲルはシミュレーターに没頭し始めた。
映像記録から3人が作ったのはシミュレーターにおける仮想敵の設定データ。
メカニック、エンジニア、パイロットのそれぞれの視点から敵性能の推定をしてそれを仮想敵のデータに反映。
ミゲルのシミュレーター相手として仕上げているのである。
完全再現とはいかないだろう。詳細なデータはなく映像記録からでしか想定できないのだから。
だが各々の視点と、そして直接戦ったミゲルの意見が有れば再現性はずっと高まる。
こうしてミゲルは仲間達の協力を得て、打倒アストレイに向け牙を研ぎ続けるのであった。
クルーゼ隊所属であるニコル・アマルフィもまた、アスランやミゲルと同様しばしの休暇を自宅で静かに過ごしていた。
アスランの様に将来を約束した人との逢瀬であったり、ミゲルの様に先を見据えての訓練だったりといった形ではなく、正真正銘の正しく休暇であった。
それでもやはり、戦時下の情勢を気にする程度には完全に羽休めともならない。
ニコルもまたテレビで放映されている、パトリック・ザラの抗戦を訴える演説を聞いていた。
『私は何も、地球を占領しよう、まだまだ戦争をしようと申し上げている訳ではない。
しかし、状況がこのように動いている以上、こちらも相応の措置を執らねばならないのは確かです。中立を公言しているオーブ・ヘリオポリスの裏切り。先日のラクス嬢遭難の際の拉致事件……』
演説と同時に流される、Xシリーズの機体達が踊る戦場。
不安を煽るように作られた戦艦やMSの破壊シーンに、ニコルはどこか面白くないものを感じた。
現場で実際に戦っているからわかる。
確かにXシリーズの性能は驚異的ではあるが、依然として連合の主戦力はMAがほとんど。そしてザフトとしてもジンが主戦力である。
映像にでてるジンが数機撃たれてる裏で、ザフトは連合のメビウスを比べ物にならない程大量に墜としている。
少なくとも宇宙空間における彼我の戦力差は圧倒的だろう。
Xシリーズの影響を考えるなら、1機しか残らなかった連合より、プラントの方がより多くの実戦データを得て、コーディネーターの高い技術で更に高性能な機体の開発もできるだろう。
分かりやすい抗戦へのミスリードだと思えた。
「確かにな……」
「お父さん?」
「ザラの言ってる事は正しいさ。反対するクラインの方が分からん」
隣で出立の準備をしている父親の呟きであった。
父、ユーリ・アマルフィはプラント最高評議会の議員。今日これから行われるオペレーション・スピットブレイクの評議会に向かう準備の途上だった。
「お前の乗っているブリッツ、だったか。構造データを見たが、見れば嫌でも危機感を覚えるよ」
ユーリは評議会の中でも、ある程度MS等の軍事に造詣が深い議員である。MSの設計局や工場が多い、マイウス市と呼ばれる都市の代表議員なのだ。
だからこそ彼には、Xシリーズがもたらす脅威。今後の地球軍の戦力の充実が目に言えるようであった。
本来なら穏健派である彼も、今はパトリック・ザラの抗戦論に同調せざるを得なかった。
「あなた、そろそろ時間ですわ」
「あぁ、わかっている」
準備が済んだのだろう。
母ロミナの声に促され、ユーリは玄関へと向かった。
見送りにとニコルはテレビを消してソファから立ち上がる。
「オペレーション・スピットブレイク。何としても早急に可決させねば。ザラの言うとおり、我々には、いつまでもダラダラと戦争などをしている暇はないのだ」
「クルーゼ隊長も、そうおっしゃっていました」
「──可決されれば、お前もまたいくのだな」
「それが、僕の任務ですから」
「我が子を戦地へ送り出す為に、仕事をするとはな……すまないと思う」
「い、いえ……僕の事は気にしないでください。僕も、プラントを……お父さん達を守る為に、自分で志願したのですから」
「──そうか」
まだ15歳の息子を戦地へと送る事。年齢など関係なく、父親としては息子を戦地へと送るなど辛く悲しい事であるのは言うまでもない。
そんな父の葛藤を察して、気を遣う息子の言葉が尚の事ユーリの罪悪感を膨らませた。
「ニコル、私はお前を誇りに思う。せめて家にいるときだけは、好きな事をゆっくりとしなさい」
「はい、ありがとうございます」
「では、行ってくる」
「下まで、お送りしてくるわね」
「はい」
ユーリの見送りにロミナも共に家を出て行くと、ニコルは一つ小さなため息をついた。
ニコルは自ら望みザフトへと志願した。
その理由に父と母の存在があったとしても、それを決めたのはニコル自身であり、2人に負い目を感じて欲しくは無かった。
だが、息子である己を大切に思うが故だという事も理解している為に、それを素直に言うのはやはり謀られる。
ならば──と。心配し、負い目を感じている両親の心の負担にならないためにも、ユーリに言われたようにやりたいことをやろうと考えて、ニコルは自室へと向かった。
外が見えるガラス張りの壁の部屋に置かれたピアノ。
ニコルは先程まで考えていた余計な思考を捨てて、鍵盤へと指を置いた。
優しく、柔らかな弾き始め。
どこかもの憂げな雰囲気を醸し出す旋律と共に、ニコルは没頭するようにピアノの演奏に興じた。
自ら演ずる音に耳を集中させて、全てを忘れた。
ニコルはこの時間がたまらなく好きであった。
戦争なんか向いていない事は自覚している。両親が心配する事などわかっている。
それでも、守りたいものがあるから──戦争の先で叶えたい夢があるから。
だから、戦争を終わらせるために戦っている。
“ふっ、わかった。今度ラクスとあった時に言っておこう”
あっ、と小さく声を挙げてニコルの演奏が止まった。
ふと思い出した言葉に、気を取られ音を一つ間違えたのだ。
「アスラン……確か、今日ラクス様に会いに行くって言ってましたよね」
誰に問うでもなく、独り言が漏れた。
ちゃんと伝えてくれるだろうか──なんだかんだ優秀でありながら、自分の事になると一杯一杯で抜けてしまう彼の事だ。
「今度会った時には、どうだったか聞かないといけませんね……」
再びピアノの演奏に集中するニコル。
奏でられる旋律は先程のもの憂げな雰囲気から一転し、これからの出来事を楽しみに待つ、明るい旋律に溢れていた。
夕暮れ時となり、ラクスと2人きりでの楽しい時間を過ごし終えたアスラン。
日の当たるテラスで昼食を共にし、湖畔を雑談しながら2人で散歩をした。
別段特別な事をしているわけではないが、揃って過ごせる時間が非常に稀な2人にとってはそれこそが最も楽しく過ごせる事であった。
戦火を忘れて他愛ないおしゃべりに興じる。それが何よりも2人の絆を育んでくれると思えた。
午後も良い時間になった所でラクスから試したいことがあると言われ、強制的に彼女の子守歌を聞きながら寝かしつけられたのは、嬉しくもあり非常に贅沢な昼寝の時間であったとも思う。
目覚めたところで、この昼寝を最初にしてもらったのがアークエンジェルにいる親友だと聞かされ、思わず嫉妬に目覚めたのは内緒だ。
自身の歌で好きな人を癒したいと思う彼女に他意はないのだろうが、婚約者である自身にその事実を聞かせる事がどう思われるのか、そこまで考えが及んで欲しいとアスランは思った。
普段は相手の機微に聡いと言うのに、そう言ったところで抜けているのは彼女らしいとも思えたが……
そんなこんなで夕方となり、名残惜しそうなラクスに見送られながらも帰る時間となったのだ。
「残念ですわ。夕食をご一緒下さればよろしいのに」
「すみません」
「議会が終われば父も戻ります。貴方にもお会いしたいと申しておりましたのよ」
「やることもいろいろありまして……その、あまり戻れないものですから」
「そうですか……では、仕方ありませんわね」
分かりやすく顔を伏せるラクスに、慌ててアスランは弁解の言葉を紡ぐ。
「その、時間が取れれば! また伺いますので」
「本当に!? お待ちしておりますわ」
アスランが予想するよりもずっと、その言葉に顔を輝かせるラクスに。
アスランは素直に彼女を愛おしく思えた。
親が決めた……多分に政治的な意味合いも含まれる縁組。だが、そんな事に振り回されることなくアスランは彼女を好いている。
プラント全国民のアイドル的存在だ。自分には過分な相手であるとわかっている。が、それでも相応しい存在で在りたかった。
何か、気の利くセリフでも……と思ったところで、アスランは部隊の仲間の少年を思い出す。
「そういえば、私から一つお願いがあるのですが……」
「お願い、ですか? アスランからなんて珍しいですね。一体どんなお願いなのですか?」
ラクスは珍しそうに目を丸くするも、どこか嬉しそうに聞き返した。
これまでアスランからラクスへの要望などあった試しがない。
完璧な婚約者であろうとして、ラクスの要望を聞こうとはするものの、アスランから要望する事は無かった。
アスランにとってそれは一つの絶対的ルールでもあったのだ。
「もしかしたら、貴方も喜んでくれるかと思いまして。
以前少しお話したかもしれませんが、私の同期にピアノの演奏が好きな少年が居ます」
「あら、覚えていますわ。ニコル様、でしたか?」
「はい、そうです。彼は貴方の歌の大ファンと言う事でいつか貴方の歌と共演したいと……それで、是非次回戻ってきた時にはどうでしょうか? 彼との共演を……勿論予定が合えばの話ではありますが」
「まぁ! 本当ですか、アスラン!」
「え、えぇ」
少し気圧されるくらいに嬉しそうにアスランへとラクスは詰め寄った。
正に目を輝かせている。普段の物静かな印象をひっくり返し年相応に少女らしい無垢な喜びの顔であった。
「是非、私からもお願いしたいですわ。あぁ、ありがとうございます。アスラン」
「いえ、喜んでいただけたのなら私としても。彼もきっと喜ぶでしょう」
またも予想外に喜んでもらえたラクスの姿に、どこか任務を全うした様な満足感を感じて、アスランは口元を緩める。
ラクスもまた、そんな安心めいた感触を見せるアスランに、その胸中を察していた。
「いつも、貴方は私の事を一番に考えてくれますのね」
「それは、当然です。私にとって大切な人なのですから」
「本当に、ありがとうございます。アスラン」
アスランの想いを感じられて嬉しい──それを余すことなく伝えられるように、ラクスはそっとアスランへと顔を寄せた。
優しく漂う僅かな花の香りと共に、頬に伝わる柔らかな感触。
離れたラクスの顔に少しだけ赤味がさしていて、アスランは何をされたかを悟った。
「それでは、今日はこれで……おやすみなさい」
されるがままではいられないだろう。
どこか使命感にも似たものを感じ、アスランもまた彼女の赤みがさした頬へと口付けを返した。
「ふふ、おやすみなさい。必ず……無事に帰ってきてくださいね」
「えぇ、勿論です」
それでは──静かにそう言って玄関を出て行くアスランを、ラクスは満足そうに見送った。
ピョコピョコと傍らで跳ねてるハロを手に取ると、微笑みながら独り言をこぼした。
「大変そうですけど……今日は珍しく嬉しそうでしたわね。いつも、帰ることを申し訳なさそうにしていましたのに……ピンクちゃん、どう思います?」
『ミトメタクナイ!』
「あら、私の気のせいですか?」
『アカンデー』
「もう、そんな事ばかり……ダメですよ」
ハロとの他愛ない会話をしながらも、ラクスは終始穏やかな笑みを浮かべていた……
いかがでしたか。
爆ぜろ。そんなお話。
DEFROCKはミゲルをwikiったらそんなチームの設定があったのでせっかく生存した彼のお助けキャラとして取り出してみました。
彼がハイマニューバで活躍する様になった影の功労者というやつです。
原作でもこの段階では完全に好き合っていたアスラク。
まともにイチャ付かせたせいで、今後難しくなりそうと危惧しております。
キララク、アスカガ? この流れから行けるんかってなってます
あと毎日更新大分きついのでちょっと頻度落とします。
二日に1話で行こうと思います。
それでは。感想是非是非、お願いしたいです。