機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-37 狭間の平和

 

「ふぁああ、疲れた~」

 

 アークエンジェル艦内の通路を歩くタケル。その表情にはやや疲れたものが見え隠れはしているものの、やりたいことを終えた満足感も見えた。

 

「何とかまともに動かせそうだなぁ。流石にアストレイと同じようにはいかないだろうけど……後は明日軽く動かして挙動を確かめて、それから戦い方を考えよう」

 

 艦長室での一幕も終えて、日中にマードック等に仕上げてもらったジン・アストレイのOSを細かく調整していたのである。

 状態は良好。明日には動かして感触も確かめられるだろう。

 アストレイから様々移植した各部位は、あの流線形の色が強いジンのフォルムの中で酷く目立ち、武骨な印象を与えるものの、それに比して強そうな気配はあった。

 スペック情報も望んだ性能にかなり近いところまで仕上げられたのは偏に、マードック等整備班の賜物だろう。

 タケルは彼らに深く感謝しながら、OSの調整を終えてきたのである。

 不格好な合いの子の機体とは言え、ある種新たな機体の完成にウキウキしているのは、技術士官の性だろう。

 

 

 軽く水分補給でもしてから休もう。

 そう思って食堂へと顔を出したタケルは、そこで一人食事をとる人物を見かける。

 

「あっ、バジル―ル中尉」

「ん? アマノ二尉……こんな時間に。いえ、こんな時間まで作業をしていたのですか?」

 

 早速の慧眼である。こんな時間に起きてきた、ではなく、こんな時間まで作業をしていた、と問うて来るナタル。

 もはやタケルの行動などお見通しと言わんばかりである。

 

「あ……あはは。バレちゃってますか。

 マードック曹長達が仕上げてくれたジン・アストレイ。明日には試運転したかったので、今日の内に細かな数値の調整はしておこうと思って」

「今日の息抜きも結局息抜きにはならなかったのでしょう? あんまり根を詰めすぎると……」

「大丈夫です、もう休みますから。それに、バジル―ル中尉のお気遣いのお陰で、昼間は本当に良い息抜きになりました。ありがとうございました」

 

 タケルとキラを買い出しに向かわせること。

 2人の心的負担の軽減を考えて提案したのがナタルだと聞かされて、タケルは素直に嬉しさを覚えたものであった。

 アクシデントがあったとは言え、バルトフェルドとの語らいは決して悪いものではなかったし、カガリやキラと買い物をしてのんびり過ごせたとあれば、休息としては十分である。

 

「そうですか。それならば、私も艦長に進言した甲斐があるというものです」

「ところでバジル―ル中尉こそ、こんな時間に食事ですか?」

「艦長と交代で艦橋にあがります。私の時間はこれからなので」

「あぁ、そう言う事でしたか。ではちゃんと食べないとですね──ケバブ、どうです?」

 

 ナタルがその手に持って齧っている食べ物を見て、タケルは少しだけ笑みを浮かべながら問いかけた。

 タケル達が昼間の買い出しで仕入れてきたものである。

 

「これですか。やはり軍用の食事と比べれば、現地で直接調達したものは美味しいと感じます」

「それは良かったです」

 

 ナタルの答えに満足したのも束の間、タケルはナタルの手にあるケバブを見て何かに気が付いた。

 次の瞬間、年相応に少年らしい悪戯心に支配された考えがタケルの脳裏に思い浮かぶ。

 

「バジル―ル中尉、服にソースが垂れてしまってますよ」

「何っ?」

 

 これから艦橋に上がるというのに、軍服にソースなどついてしまえば一大事。

 ナタルはタケルの指摘に慌てて自身の服を省みた。

 その瞬間、タケルはテーブルに置いてあったチリソースの容器を取り、ヨーグルトソースのかかったケバブへさらっとチリソースを振りかける。

 

「なっ!? アマノ二尉、何をして」

「僕からのお勧め、ミックスソースです。騙されたと思って、食べてみてください」

「何をバカな。これは一体何の嫌がらせですか……」

 

 珍しいタケルの行動に、ナタルはどこか怪訝な表情を見せながらケバブへ視線をやった。

 赤と白の交わり。正しく異色の組み合わせ。

 その味、想像するだけで決して良いものになるとは思えなかった。

 ナタルの中でケバブが、得体の知れない謎の料理に変わる。

 タケルが促す様に笑みを浮かべている中、ナタルは恐る恐る赤と白に彩られたケバブを口にした。

 

 一口……ヨーグルトソースの酸味と、チリソースの辛味が、口の中で合わさって消えていく。

 二口……ソースのとがった部分が消えまろやかな味わいに、その分具材の味付けの良さが鮮明になってきて、ナタルは思わず目を見開いていた。

 

「ふふふ、良い顔してますね。予想外に美味しくて信じられないって感じの」

「確かに……この味わいは完全に予想外……です」

 

 なんの嫌がらせだとなじった前言を撤回して、ナタルは美味しそうな表情でケバブを口にしていく。

 

「ん、ソースが多くなった分、少々味のバランスが悪いですが、確かに悪くありませんね」

「あっ、それは……ごめんなさい。何も考えずに足しちゃって」

 

 悪戯心を発揮したタケルの言うがままに美味しいと認めるのもどこか謀られて、ナタルが小さく付け足した愚痴を受け取り、途端に申し訳ないと視線を落とすタケル。

 ナタルもまた、そんな様子を見せるタケルに慌てた。

 

「で、ですがこの程度なら、許容範囲ではあります」

「あっ、それなら!」

 

 何を思いついたか、タケルは食堂のカウンターに置かれた残っているケバブを皿にとると、それを半分に切って持ってきた。

 そして、2種のソースを適量振りかけるとその片割れをナタルへと差し出す。

 

「はい、どうぞ。その台無しにしちゃった半端、僕がもらいますから。こっちでミックスソースを食べてください」

「アマノ二尉はもう寝るのでしょう。こんなタイミングで食べるものでは──」

「これでも育ち盛りですから一応。まぁ、全然育ってませんけど……これくらいなら平気ですよ」

 

 ナタルの心配の声など何のそので、タケルは黙々とケバブを口にし始める。

 そんなタケルの様子に、ナタルは小さく笑みを浮かべて受け取ったケバブを共に食べ進めるのだった。

 

 

 

「不思議な奴だな君は」

「へ?」

 

 互いに食べ終えた所で、ナタルは唐突に口を開いた。

 

 先程の行い。普段のナタルであれば、厳格な姿勢を崩さずにいただろう。

 そもそも、この艦にいる人間の中で、あのような距離感でナタルと接する事が出来る人間などほとんどいない。

 精々が、お母さんモードのマリューと言った所だ。厳格な副長の仮面を剝ぎ取れるものなどいないのである。

 だが、タケルを相手にするときだけは別であった。

 それはなにもタケルを特別に扱っているわけではなく、タケルが特別というべきだが、ナタルが持っている優しい一面を知っているタケルからすれば、ナタルは接しやすい相手なのである。

 表現するなら懐いていると言っても良いだろう。

 故に、そんな距離感で接してくるタケルに対して、ナタルも一度その姿勢を見せてしまっている以上、厳格に接することができないのである。

 

「君と過ごしていると、軍人であることを忘れる時がある」

「それは大問題ですね。バジル―ル中尉にはいつも毅然とした態度で皆を引き締めてもらわないと」

 

 まるで何ともないと言わんばかりに。

 他愛無い話題だと思っているのだろうか……タケルはおどけた様子で返した。

 

「その通りだ。私にとっては大きな問題なのだが──だが、それをどこか嬉しく感じている自分もいる」

「んー、嬉しいのなら歓迎する事ではないですか?」

 

 それは人としての真理だろう。

 感情が、それを良い事と感じ取っているのなら迎え入れるべき事。

 タケルは、それの何がおかしいのかと不思議そうにナタルへと視線を向けた。

 

「そういうわけにはいかない。君が言うように、私は艦の空気を引き締める役割なのだからな」

 

 ナタルは最近、ふと悩む時があった。

 軍人の家系に生まれ、軍人として生きてきた。

 軍人であることが義務付けらえてきた彼女は、生来の生真面目さもあって彼女が軍人以外で在ることを許さなかった。

 だからこそ、タケルと共にいるとき。その仮面を剥がしてしまう時。どこかそこに忌避感を覚えてしまう。

 流されている──そう認識してしまっていた。

 

「んー? 本当にバジル―ル中尉がそれだけの人だったら、僕は貴女に救われてませんよ」

 

 バジル―ル中尉らしいですけどね。

 

 そう言って、タケルは食べ終えた食器をナタルの分とまとめて片付けた。

 

「あっと、時間も時間だし、僕はもう行きます。お疲れ様です」

「あ、あぁ、それでは、ゆっくり休んでください」

「はい!」

 

 日も跨ぐところだ。本当にこんな時間にケバブを食して大丈夫だったのかと若干の心配も抱きながら、ナタルはどこか先程の忌避感を含んだ嫌な気分が吹き飛んでいたのを感じていた。

 食堂を出て行く背中を見送ってから、ナタルはテーブルに置かれている自身の手を見つめた。

 

「救われた……か。君の言葉を信じるなら、私は君を救う事が出来たのか」

 

 あの日、怯えて涙を流すタケルの頬に触れた手。

 不安を拭い去るように涙を拭うと、タケルは安心したようにナタルの手を握りしめていた。

 あの時の自分の行動が、巡り巡って先のタケルの発言になったと思うと、もう忌避感が浮かんでくることは無かった。

 

 

「存外……嬉しいものだな」

 

 一人残った食堂で、ナタルは自身の手と人懐っこい少年とのやり取りを見つめ返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、タケルとナタルのやり取りが行われている頃。

 アークエンジェルの格納庫では、少々騒がしいやり取りが行われていた。

 

「フラガ少佐、頼む。この通りだ!」

 

 ムウへと真剣な表情で頭を下げるのは、カガリ・アマノ。

 だが、頭を下げられたムウは顔を顰めるばかりである。

 

「バカ言ってんじゃない嬢ちゃん。他国の民間人である君にスカイグラスパーを貸すことなんかできるわけないだろう」

 

 ムウの言葉からわかるように、カガリは次の砂漠の虎との戦いに向けて、乗り手のいないスカイグラスパーを貸せと頼み込んでいるのである。

 

「戦闘機での操縦は私だってできるし、戦力は多い方が良いはずだ!」

「確かにそれはその通りだが、そんな事になったらタケルがどうなるか……嬢ちゃんだってわからないわけじゃないだろう?」

 

 一番の問題。

 それはカガリに対して過保護と言って差し支えないタケルの存在。

 タケルが戦う理由の100%がカガリを守るためと言っても過言ではないだろう。

 カガリが戦場に出るなど、許すわけが無かった。

 その事が想像ついたか、カガリはムウの言葉に表情を歪めて目を伏せる。

 

「──兄様には後で話す」

「それは事後承諾って言うんだ。話すなら先に話せ」

「そしたら、ダメって言うに決まってる」

「そんなの当たり前だろう。わかってるじゃねえか」

「だがっ! もう、あんな風に守れなかった事に怯える兄様を見たくないんだ」

 

 振り返ろうとするムウを引き止める様にカガリは食い下がった。

 脳裏に思い起こされる、自身の手を払い拒絶した兄の姿。

 自分の行動に惑い、自分の行いを悔い、自分の所業に絶望した姿。

 あんな姿の兄を見るのは、もう二度と御免だとカガリは思った。ナタルのお陰でどうにかなったが、カガリには共に泣いてやる事すら許されなかったのである。

 

「お嬢ちゃん……」

「兄様はいつも私を守るために……誰かを守るために無理をしている。

 今日だって、私とキラを守るために虎を相手に気圧されまいと必死に強がって……」

 

 キラとカガリを不安にさせまいと、軽口の応酬。

 それはペースを握られまいと必死に抗い、余裕を見せるための強がりであった。

 元来卑屈で臆病なタケルにとって、決して簡単な事ではなかったはずだ。

 

「もう嫌なんだ。必死に戦う兄様に甘んじて守られるだけでいるのは……もう、私だって後ろで見ているだけでいるのは嫌なんだ」

 

 辛そうに身体を震わせるカガリに、ムウは仕方なく取り合う姿勢を見せた。

 ムウとて、自分が出れないときに味方が必死に戦っているのを見てるだけなのは辛いものだ。

 その気持ちはむしろ、軍人であるムウの方が良く知っているだろう。

 だが──

 

「守られるだけ……それが辛い気持ちは俺だって良くわかるが、アイツが必死で戦えているのは嬢ちゃんがこの艦で──後ろで見守ってくれてるからだろう?」

 

 絶対的な目的としてタケルの戦う理由となってるカガリの存在。

 そのカガリが戦場に出るとなれば本末転倒だろう。必然、彼女の願いは、タケルの戦う理由を否定することになる。

 それは戦友として、簡単に捨ておけるような話ではなかった。

 

「アイツが必死だって良くわかってるなら、その気持ちを無下にしてやるなよ。

 少なくとも、ちゃんとアイツに話してからにしろ。それで許可が出るなら、俺も艦長達に進言してやるから」

「だったら、兄様を説得できたら許可してくれ……」

「バカ言うなって。俺の一存で、こんな事決めらんねえよ。とにかく、一度ちゃんと話し合えって。艦長達には嬢ちゃんの意思を報告はしておくからさ。

 確かに、シミュレーターの成績を見たが嬢ちゃんなら戦力には成れるだろう。出てもらえるなら嬉しい限りではある」

 

 ムウの言葉に、カガリは俄かに喜色を浮かべる。

 そもそもなぜこんな話となっているかと言えば、第8艦隊との合流時にスカイグラスパーへの慣熟の為に搬入された、シミュレーターの存在が理由であった。

 トール等ヘリオポリスの学生組が、ほとんどまともに動けず撃墜判定をもらう中、たまたま居合わせたカガリがその場でとんでもないスコアを叩きだしたのだ。

 

 そして何気なく、ちょうどその場にいたマードックやノイマンが

 

 “地球軍なら文句なしにエースパイロットの腕前だ”

 

 等と零してしまった事に端を発する。

 それは世辞ではなく事実としてスコアだけ見れば、それだけの腕前がある証左であった。

 故にカガリは、自身も戦える可能性を見出したのである。

 

「少佐、それは本当か!?」

「嬉しい事は確かだ。だから、ちゃんとタケルと話し合え。嬢ちゃんが勝手な事をしたら、それこそアイツは気が気でなくなって戦えなくなっちまう」

「──わかった」

 

 数秒、考え込む様子を見せると、カガリは何かを決心したかのように踵を返して格納庫を後にしていった。

 ムウはそんなカガリの背中を見送りながら、肩をすくめる。

 

「やれやれ、若いねぇホント」

「ですねぇ。真っ直ぐなのは良い事なんでしょうが……どうします、艦長?」

 

 ムウに返したマードックは、マイクのみをオンにしていた通信端末を起動した。

 そこには、2人の会話を聞いていたであろう、マリュー・ラミアスの複雑そうな顔が映った。

 

『私としては本来、許可できるような話ではないのですが……状況が状況です。戦力が多いに越したことがないのは確かです』

 

 歓迎したいが、したくない。そんな複雑な心境を表す表情であった。

 

「タケルが良いって言うとは思えないがなぁ……あの嬢ちゃんにはとことん甘いだろうが、それは危険が無い事が前提だ。嬢ちゃんが自ら戦場に出るなんて、絶対許さないだろう」

『ですが、腕は良いのでしょう?』

「それはな。俺も驚いたよ……スカイグラスパー用のシミュレーター、学生組がやってた後で彼女もやったんだが、アストレイを動かせたのは伊達じゃないなありゃ。軍に所属してりゃ、ストライクのパイロット候補生はあの嬢ちゃんだったろうよ」

『そんなに、ですか?』

「何かあった時に身を守れるよう、タケルには機体の動かし方ってもんをレクチャーされてるらしい」

 

 だからと言って、あそこまで普通出来ないけどな。

 そう締めくくったムウの言葉に、マリューはため息をこぼす。

 

『皮肉なものね、彼女を想ってのその指導が、結果的に彼女を戦場に立たせる一因になるなんて』

「んで、本当にどうする?」

『アマノ二尉次第、と言うところでしょうか。私達としては望ましいですが、それで彼が戦えなくなるようでは困りますし』

「だよねぇ。ようやくアイツの改造したジンも仕上がった所だってのに……暫く不機嫌になるぞアイツ等」

『どっちも、譲らないでしょうね。互いに大切だと想ってるが故に……』

「難儀なもんだな」

「あっちの兄妹もそうですが、こっちの坊主も最近ちょっと気がかりですぁ」

 

 割り込むように口を挟んだマードックはストライクを見上げながら零した。

 

「ん? キラの方か?」

『マードック曹長、キラ君にも……何か?』

 

 2人の疑問の視線に、マードックは顎に手を当て考えこむようにしながら口を開いた。

 

「最近はとんとやる気もある。ストライクも損傷は無いんですが、何ていうか機体が悲鳴挙げてるっつーか……坊主の要求に機体が付いていけてない感じなんでさぁ。関節部の摩耗が以前より酷くて」

「乗りこなしてきてる、って事じゃないのか?」

「俺達からすると、あれは機体の限界なんか考えずに無理矢理動かしてるって感じです。ストライクのスペック何か頭に無くて、限界機動を振り切るような」

『キラ君は正式に訓練も何も受けてないものね。機動戦に於ける機体への負荷なんて恐らくは意識してないでしょう。操作すれば機体は応えてくれる……そう認識しているのかもしれないですね』

「そうでなくとも、戦闘中は必死だろうしな」

「一応負担が大きそうなところは重点的に整備してますが……」

『そうですね、落ち着いたらアマノ二尉も交えてキラ君に私から話します。今は必死に戦ってるでしょうから、余計な情報で彼の戦いを曇らせるのも得策ではないでしょう──砂漠を抜けるまでは』

「それが良いだろうな。機体に遠慮して動かせなくなっても本末転倒だし」

「まだ兆しって程度ですから、今すぐどうにかなるってわけでもないですが、よろしくお願いします」

 

 

 前途多難。

 そんな言葉が浮かび、3人は顔を突き合わせたまま、また一つ大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いを控え、アークエンジェルも準備を着々と進める中。

 ザフトもまた、失った戦力の補給をジブラルタル基地から受領していた。

 大型の輸送機から次々と運び出されてくるザフトの機体達。

 とても対レジスタンスを想定したものではない戦力である。

 

 砂漠の虎、アンドリューバルトフェルドは、アークエンジェルを完全に仕留める気でいるのだ。

 だが、そうは言っても気に食わない事もある。

 補給された機体のリストを見て、バルトフェルドはうんざりした顔を見せていた。

 

「何でザウートなんか寄越すかね……ジブラルタルの連中は。バクゥは品切れか?」

 

 そう、この砂漠におけるMSの王者。

 対局地戦用の機体の花形、バクゥの補充が無かったのである。

 アークエンジェルと、ストライクとの戦闘において、既に7機のバクゥを失っている。

 決して簡単に補充できる数ではないが、それでも全く補充が無いと言うのもおかしな話であった。

 

「これ以上は回せない、との事です。その埋め合わせのつもり何ですかね……彼等は」

 

 そして、バルトフェルドが気に食わない事のもう一つが、ダコスタの言う彼等である。

 補充機体のリストにある、Xシリーズ──デュエルとバスターの名前であった。

 連合から奪取した機体とはいえ、現行MSの中でも最新鋭の機体。

 これを送れば文句はあるまいと言った思惑が透けて見えた。

 

「かえって邪魔なだけの様な気がするけどなぁ。エリート部隊とは言っても、宇宙戦しか知らないんじゃ」

「隊長、私怨が見え隠れしています」

「言うようになったなダコスタ君。そして良く私を見ている……その通りだよ、僕はクルーゼが嫌いでね。アイツの部隊の奴なんてわざわざ招き入れたくはないのが本音だ」

 

 見上げてみれば、先日戦ったストライクと同系統の意匠が見られる機体が並んでいた。

 

「隊長、問題発言ですよ」

「そうかね? エリート気取りで生意気盛りの子供が最新鋭機に乗って協力に来ますとなれば、反感くらいは買うだろうさ」

「思っても口には出さないでください」

 

 バルトフェルドは向かって歩いて来る、件の機体のパイロット達を認めて、また少しばかり気が沈んでいくのを感じた。

 まだまだ少年の域を出ない2人。それをみれば嫌でも昨日の出会いを思い出した。

 陣営を異にする相手でありながら、彼等との会話は非常に有意義で楽しかった。

 必然、同じような事を期待してしまう。

 

「やれやれ、せめてあの少年達くらい楽しい会話ができれば良いんだがな」

 

 エリートの証である赤いパイロットスーツが、バルトフェルドの期待を望み薄なものへとしていた。

 

 

 

 

 

「まさか宇宙へ帰れずそのまま足つきを追えとはね。隊長も無茶言ってくれるぜ」

「──黙ってろディアッカ。俺は足つきを追えるなら一向に構わん」

 

 辟易したように愚痴をこぼすディアッカに対して、イザークはねめつける様に視線を向けてその愚痴を切って捨てる。

 イザークが見据えるのはストライクとの再戦のみ。どこであろうがその機会があれば構わなかった。

 

「そりゃお前はな。まぁ俺も、あのオレンジには一矢報いてやりたいけどよ……アスラン達も居ないとなると、簡単じゃ──うわっ!?」

 

 一際吹いた強い風が、砂と共に2人を襲う。

 思わず目を細めて、2人ともに顔を顰める。

 

「ぺっ、酷いところだなこりゃ」

「砂漠はその身で知ってこそってね。ようこそレセップスへ」

 

 突然投げられた声に、2人は居住まいを正す。

 ここら辺はやはり軍人らしく、声を投げてきた人物を見た瞬間、2人は敬礼を取った。

 

「クルーゼ隊、イザーク・ジュールです」

「同じく、ディアッカ・エルスマンです」

「指揮官の、アンドリュー・バルトフェルドだ。宇宙から大変だったな、歓迎するよ」

「ありがとうございます」

 

 形式ばったあいさつではあったが、バルトフェルドにとってはそれで十分だった。

 強い目でバルトフェルドへと返すイザークを見て、バルトフェルドは小さく笑う。

 

「んー、良い目をしている。負けん気が強い、パイロット向きの顔つきだね」

 

 だが──と、バルトフェルドは続けた。

 その視線は、イザークの顔の中心を斜めに走る傷へと注がれている。

 

「消せるであろう傷。残してあるのはそれに誓ったものがあるからだと思うが、どうかね?」

 

 バルトフェルドの問いに、僅かに歪む表情。この辺はまだ子供だと内心でまたバルトフェルドは笑う。

 昨日出会った少年なら笑って切り返してくるだろう。

 胸中を悟られる表情には、精神的な未熟さを感じた。

 アイシャに見つめられて敗北した姿を考えれば、昨日の少年も未熟さと言う点では一緒かもしれないが……

 

「誓い、等と大層なものではありませんよ。これはけじめです」

「ほぅ」

「そんなことより、足つきの動向は?」

「あの艦ならここから南東。180kmの地点にいるよ。無人機の映像もある。見るかね?」

「いえ、逃がすつもりは無いようで安心しました」

「ん? おやおや、僕の異名を知らないのかい?」

 

 飄々とした雰囲気から一転。

 バルトフェルドから刺々しい気配が漂う。

 イザークもディアッカも、俄かにその気配に気圧された。

 目の前にいるのは百戦錬磨の将。それも後ろでふんぞり返ってる様なやわな指揮官ではない。

 前線でその異名に相応しく敵の喉元へくらいつく。猛獣の如き軍人である。

 

「一度敵と見なしたなら、虎はもう容赦しないんだ──来たまえ、ブリーフィングがてら私の特製ブレンドを御馳走しよう」

 

 強気なエリートを迎え入れたバルトフェルドは、昨日の楽しい記憶とあっさり決別して、脳裏に浮かんだ敵を見据えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知ってしまった。出会ってしまった。

 互いに銃口を向け合う立場にいながら、運命は悪戯の様に交錯する。

 決戦となる砂漠を舞台に、少年達は戦火がもたらす無情さを知り、戦う意義に揺れる。

 果ての無い戦いの先へ視る未来に、少年達は何を想うのか。

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『無情の決戦』

 

 嘆きの心、解き放て、ガンダム! 

 




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