機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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幕間 カガリ

 

 

 翌日。

 ナタル等を伴ったサイーブが、バナディーヤの武器商人経由で仕入れた、補給物資の搬入も終わり一段落したところで。

 改めてマリュー、ムウ、ナタルの3人はサイーブと顔を突き合わせて作戦会議の最中にあった。

 拠点の指令室で地図を睨みながら、真剣に先に控える戦いへの議論を進める。

 

 

「この辺りは、廃坑の空洞だらけだ。そっちにとっても都合が悪いだろう──んで、こっちには俺達が仕掛けた地雷原がある」

 

 サイーブが地図で示すエリア。

 紅海へと抜ける手前のエリアだった。アークエンジェルの向かう先としても都合がよい。

 

「戦場にしようってんならこの辺だろう」

「だが良いのか? 俺達はともかく、アンタらの装備じゃMSには太刀打ちできない。被害はかなり出るぞ」

 

 ムウの疑問の声に、サイーブの顔が陰る。

 

「正直、あのストライクの坊主に言われて堪えたって奴もいる。虎に従い、奴の下で奴の為に働けば、俺達には確かに平穏な暮らしが約束されるだろう」

「昨日行った街の様に……か」

 

 ナタルの声には実感が込められていた。

 キラ程ではないが、ナタルとて砂漠の虎の本拠地であるバナディーヤの発展ぶりには驚いていた。

 そして街に住む人々の生活も。

 表面的なのかもしれない……だが、そこには確かに安寧の生活が見られたのだ。

 あれを見れば、レジスタンスに身を投げる事も憚られるというものだった。

 

「帰りを待つ女達からはそんな声も大きい。だが、支配者の手は気まぐれだ。一度下れば、こんどはいつ切られるかと怯えて暮らすことになる。それは、これまでの歴史が証明してるんだ」

 

 先程疑問を呈したムウも含めて3人は押し黙る。

 元よりここら一帯の歴史に詳しくはないし述べる事など何もない。

 なによりサイーブの言葉には、その長い歴史の辛みが見え隠れしていた。

 

「支配はされない、そしてしない。俺達が望むのはそれだけだ。虎が抑えた東の鉱区を取り戻せれば、俺達の自立も叶うだろう」

「本当に、良いんだな?」

 

 再度の念押しをするムウの言葉に、サイーブは陰った顔を一転させて答える。

 

「そんな顔してくれるな。俺達は都合よくあんた達の力を借りようってんだ。変な気遣いは無用だ」

 

 本来なら細々と抵抗するだけでしかなかった彼等にとって、降って湧いたような勝機。

 街を支配しに来たわけでもなく、だがこの地域を抜けていくためには砂漠の虎を倒さなければならない。

 彼等からすれば、本当に都合の良い援軍なのであった。

 それを利用できるというのなら──明けの砂漠に躊躇は無かった。

 

「オーケー、わかった──艦長?」

「はい、レセップス突破作戦への協力、喜んでお請けいたします」

「あぁ、頼んだ」

 

 艦長であるマリューの正式な返事と共に、ここにアークエンジェルと明けの砂漠の共闘が成立したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対許さないよ」

 

 自身でも驚くほど冷たい声である事を自覚しながら、タケルは目の前でバカな事を告げてきた妹に頭を振った。

 

 ここはアークエンジェルの食堂。

 丁度昼休憩の真っただ中であり、周囲にはキラやトール、サイ等の学生組もいた。

 タケルの冷たい声音に何事かと視線が集まる中、カガリは怯まずにタケルへと食い下がった。

 

「兄様、お願いだ! 私にもスカイグラスパーで出撃させて欲しい」

「なんで僕が戦ってると思ってるの? カガリをオーブに無事帰すため。それ以上でもそれ以下でもなく、カガリの命を守る事が僕の至上命題。

 なのにカガリが、棺桶の様な戦闘機に乗って出ていくなんて認めるわけないでしょ」

「棺桶なんて言い方をするな! フラガ少佐だって乗ってる機体だぞ」

「MSからすればMAも戦闘機も変わらない。どちらも等しく良い的だ。少佐はそれでもやれる技量があるけど、戦場なんか未経験なカガリが同じレベルなはずない」

「シミュレーションの成績は十分だ! 私は絶対に墜とされずに戦って見せる」

「そんなもので何がわかるのさ。言うだけなら簡単だよ。100の模擬戦より1の実戦。シミュレーションは所詮シミュレーションで実戦経験には遠く及ばない」

 

 完璧に反論してくる兄の言葉に、カガリが怯んだように行き詰まる。

 己の主張を通すために何か返さなくては──苦し紛れの言い分が口をついて飛び出していく。

 

「ヘリオポリスで兄様のアストレイに一緒に乗っていた──実戦経験ならあるだろ」

「それを実戦経験と呼べるならサイ君達は既に実戦経験豊富な軍人だろうね──どうだい?」

 

 普段のタケルとは違う冷たい声音と表情が、様子を伺っていたサイ達に向けられる。

 下手な事は言えないと皆が口を噤む中、名前が挙げられたサイが何とか口を開いて返した。

 

「それは、まぁ……とても実戦なんてできるとは思えないです、けど──」

 

 サイのその答えがカガリの言い分への何よりの反論であった。

 タケルは再びカガリへと目を向ける。

 

「わかるでしょ。経験もなく、棺桶の様な戦闘機で出るなんてどれだけ危険な事か。そしてそれを絶対に僕が認めない事も」

 

 手詰まりである。

 タケルの意思はともかく、当たり前の理由としてカガリに己の主張を通すだけの理は無かった。

 反論が出てこないカガリを見て話は終わりだとタケルが踵を返そうとしたとき、カガリは苦しそうに声を上げる。

 

「もう──嫌なんだ」

「ん?」

 

 上げたのは理を説く声ではなく、感情を乗せた声であった。

 言葉の方向性の変化を受け取って、タケルは再びカガリへと向き直る。

 兄として聞かなければならないだろう。

 バカな事をと頭ごなしに否定したが、そうなる事はカガリも承知のはず。こんな事を言い出したその理由は聞き届けなくてはならない。

 

「兄様が必死に戦ってるのに、ただ守られてるだけなのは、もう嫌なんだ」

「それを我慢するのがカガリの役目だよ」

 

 俄かに、周囲で見守っていたサイ達に不穏な空気が走る。

 タケルの言葉は、キラに守られているだけではいけないと奮って立った彼等の行動を否定するものだった。

 

 だが、彼等と比べれば状況が違う。

 艦船の艦橋に入るのと、戦闘機で出撃するのでは危険度が違うこと等語るべくもない。

 

「そうやって必死に戦っていられる兄様は良いだろう! だが、私は何もできないんだぞ! ただ待ってるだけで……兄様が大変な時に何も……」

 

 大切な人が己を守るために必死に戦っている。

 それを見ている事しかできない者の辛さは如何程だろうか。

 カガリの声と言葉には、待っているだけしかできない者の嘆きが乗せられたものであった。

 

「アマノ二尉」

「何、ミリアリアさん?」

 

 ふと割り込んでくる声。その声の主を見やって、タケルは返す。

 タケルが冷たい態度となるのは、この際仕方ないだろう。

 だが、ミリアリアは怯むことなくカガリの傍らへと寄り添った。

 

「私は、カガリの気持ちを応援します」

 

 告げられた言葉に、一瞬呆気にとられるも、すぐにその意味を理解し眉根を寄せた。

 

「君には関係ないはずだ。口を挟まないで──」

「関係ありますよ。私達はカガリと友達なんですから!」

「お、おいフレイ!?」

 

 サイの制止を気にすることなく、ミリアリア同様にカガリの傍らへと寄り添うフレイ。

 またもや部外者の乱入と、そして予想外の言葉にタケルは面食らった。

 慣れ合いの様相を見せる彼女達に、タケルは1つため息を吐きながら答える。

 

「フレイ・アルスター。君まで……何が言いたい?」

「カガリがこんな事言い出したのは、アマノさんのせいなんですよ」

「それは何で?」

 

 タケルのせい。確かにそうだろう。

 先の発言を見る限り、タケルが必死に戦っているのに待っているだけ、見ているだけでいるのはもう無理なのだとカガリは主張している。それは言い方をかえればタケルのせいとも見て取れる。

 だが、彼女達の発言にはそれ以外に別の何かがあると感じて、タケルは理由を促した。

 

「地球に降りたあの日。一番大切に想ってるはずのカガリを拒絶したのは誰でしたか?」

「大切なお兄さんが苦しんでいる時、何もできないとカガリを泣かせたのは、アマノ二尉ではありませんか?」

 

 数秒、反論の言葉が出てこずタケルは硬直する。

 

 確かにそうだ。自身があれ程までに動揺し、弱った姿を見せれば、心配もされる。手を貸したいと想うだろう。

 それこそ、優しく兄想いであるカガリなら当たり前の事だ。

 カガリがバカな主張をしてきた理由が、嘗ての弱かったタケル自身にあるとなっては、返す言葉がなかった。

 

「手痛い所を突いてくるね……つまり、僕が弱かったからカガリもこんな事を言い出した、と?」

「はい」

「そうです」

 

 だが、それも以前の話。

 今のタケルはナタルの助力もあって、守れなかった事に押し潰されそうになることはない。

 自身が守れたものもあるのだと知った今、あのような弱い姿を見せるはずもない。

 

「確かに君達の言う通りだよ。でもだったら、もう今の僕は弱くない。カガリを拒絶して泣かすような事は──」

「そんな言葉だけじゃ信じられないんでしょ? 言うだけなら簡単って言ってましたし」

「トール君、君まで」

「俺も、キラに守られてるだけじゃ嫌だって思ってアークエンジェルを手伝う事になったしな。同じ気持ちでカガリが戦うってなるなら、俺も応援したい」

 

 ミリアリアとフレイ同様、カガリの背を押すような位置に付き、トールもまたタケルへと目を向けていた。

 

「確かに、そうだな……アマノさん、俺も皆と同じ意見です」

「──サイ君まで」

 

 同じように並ぶサイ。

 ここに来てタケルは一気に反論の言葉を失った。

 カガリの気持ちを否定することは彼等の気持ちを否定する事と同義。

 そしてカガリの主張を否定するのは、自身が弱かった事を都合よく見ないふりをする事と同義である。

 

「タケル、僕もカガリを応援する」

「はぁ、キラまでときたか……なんだよもう、皆して」

 

 止めと言ったところだ。

 唯一、パイロットとして出撃し戦場の怖さを知っているはずのキラまでもがカガリの側について、タケルは僅かに目を伏せた。

 

「タケルがカガリを心配な気持ちは僕も痛いほどわかるけど、でも正直、カガリよりタケルの方が見てて危なっかしいから」

「どこがさ。少なくとも戦闘中はそんな危険な姿見せて無いと思うけど?」

 

 タケルの言葉に、キラは一度目を丸く。そして直後苦笑する。

 あぁ、これはカガリの言い分も良くわかるな、とキラは思った。

 

「それ本気で言ってるの? ノンストップで敵陣に飛び込んでいくし、射撃武装を構えられてるのに真正面から突っ込んでいくし──そもそも出撃したら必ず一番大変な所に飛び込んでいくのはタケルでしょ?」

「それはまぁ……この艦では一番の戦力である自負があるからね。危険な場所を受け持つのが、僕の役目だよ」

「それならもうカガリの事、何も言えないんじゃない?」

 

 最も大切な人が、最も危険な場所に飛び込もうとする。自らそれを選んで突き進むタケルに、その負担を軽くするため、自らも戦おうとするカガリを否定する資格があるのか。

 タケルはキラの言った言葉を良くかみ砕いて理解し、何も言い返せなくなってしまう。

 

 彼等の言う事はわかる。カガリの気持ちも。

 だが、それを許せる程タケルは戦場を楽観視してはいない。

 戦場に出れば絶対は無い。カガリが命を落とすような事があれば、自身はきっと耐えられない。

 そうなる事が何よりも怖いのである。

 

「ねぇ、カガリ。わかってよ……僕なんかより、カガリが無事である事の方がずっと重要なんだ。

 父さんだって、僕かカガリかと問われたら迷わずカガリを取る。それはもう、ずっと前に証明されてる」

「そう思っているのは兄様だけだ。私もお父様も、そんな風には思っていない!」

 

 ハッとしたように、タケルの言葉に怒りを覚えたカガリは、強く否定を示した。

 

 立場の違い。存在の重み。

 タケルが嘗てアスハの名を持っていた事。そして今、アマノと名乗っている事。それが、タケルにとっての絶対的な壁。

 カガリの命はタケルの命より重いという絶対的な命の価値基準である。

 カガリの命を危険に晒すこと等、あってはならない。

 

 だがそれはどこまでもタケルだけの価値観だ。

 言うなればタケルのエゴである。

 

「わかっていないのは兄様だけだ。気づいていないのは兄様だけだ。そうやって私の為に兄様が自分を犠牲にするような事──私もお父様も望んでいないというのに」

 

 理論では弱かったくせに、感情論となると一転して強いカガリであった。

 タケルの泣き落としも、まるで意に介さない。

 その考え方は間違いだと、タケルの想いを強く否定してみせる。

 

「とにかく、僕は絶対に許可しな──」

「なら、アマノ二尉も一緒に謹慎にしますか?」

 

 食堂内に飛び込んでくる落ち着いた声。

 皆が振り返ったそこには、サイーブと別れた後なのだろう。服装を正したままであるマリューとムウの姿があった。

 

「ラミアス少佐。フラガ少佐も」

「大きい声で話していたからね、聞こえてしまったの。立ち聞きしてごめんなさい」

「いえ、こんなところで話していた僕達が悪いですから」

 

 考えてみれば迷惑な話だ。

 昼休憩の時間。皆が集まる食堂の場でこんな話。

 場違いにも程がある。

 これも全部場所を考えずにバカな話を持ち出したカガリのせいだと、タケルは僅かに苛立ちを募らせた。

 

「それで、どういう意味ですかラミアス少佐。僕も謹慎とは?」

「先の発言を見る限り、アマノ二尉は自分の命を軽んじてるでしょう? そんな人に戦場へ出る事は許可できませんから」

「俺も、艦長に賛成だな。自分を大切にできない奴に、何が守れるって言うんだ?」

「誰も死にたいと思ってるわけじゃありませんよ。ただ、カガリの命の方が僕より大切だと言ってるだけで」

「それを背負わされる方の身にもなってあげてください。自分以外の……それも最も大切な家族の命をその背に負わされて待っているだけとなれば、誰だって辛いでしょう。

 それで貴方が死んでいけば、カガリさんは一生貴方の命を背負って生きていく事になるのよ」

「そんな重荷、背負わなくて良いだけです」

「それは彼女の命を背負って必死に戦っているアマノ二尉が言って良い台詞ではありません」

 

 カガリの命を背負って──タケルはマリューの言葉にそれを自覚する。

 確かにそうだ。タケルはカガリの命を守るために戦っている。それはカガリの命を背負っていると取って差し支えない。

 そしてそれは、タケルが戦う意義。タケルが背負うべくして背負った重荷。

 そんなタケルが、カガリに背負うなとは確かに言えないだろう。

 

「兄様」

 

 理論で押し負けた時の顔から一転し、再び決意の炎を瞳に宿らせて、カガリはタケルの前へと一歩出た。

 

「兄様が私の命を背負って戦ってるように、私も兄様の命を背負って戦いたい。兄様が守りたいものを、私も一緒に守りたい──私だって兄様を守りたいんだ」

 

 カガリはオーブの代表首長の娘で在る前に、カガリ・ユラ・アスハ個人で在る。

 必死に戦う大切な家族を、自身も共に戦い守りたい──力になりたい。

 それが、彼女自身が持つ願いであった。

 

 十秒か、あるいはもっとか。

 沈黙の中、カガリとタケルは無言で視線を交わした。

 己の意思を伝えるカガリと、その覚悟を見定めようとするタケル。

 

 沈黙を破ったのは、タケルがこれ見よがしに大きく吐いたため息だった。

 

「──わかったよ」

 

 了承の意を示す言葉。その瞬間、カガリの表情が輝いた。

 

「兄様、それじゃあ!」

「ラミアス少佐、フラガ少佐、それからバジル―ル中尉の命令には必ず従う事。絶対に自分の判断で行動しない。何があっても、自分の命を最優先にする事──良いね?」

 

 まるで幼子をあやす様な物言いでカガリへと申し付けるタケル。

 この時ばかりは、普段どこか幼さの垣間見えるタケルがまるで父親の様だとムウは思った。

 

「わかった。約束する! ありがとう、兄様!」

「あぁ、もう! 嬉しいのはわかったから、年頃の女の子として羞恥心を持ってもらって良いかな?」

 

 感極まって抱き着かんばかりのカガリを苦笑交じりに引きはがして、ミリアリア達の元へと送り返す。

 戦場に出る事を認めたというのに、はしゃぐ彼等に、タケルは再びのため息を禁じ得なかった。

 

「ごめんなさいね、アマノ二尉」

「全くです。2人まで出てきて寄ってたかって──でも、おかげで目が覚めましたよ」

「ふふ、それならよかったわ」

「良い勉強になったな。タケル」

 

 ミリアリアやフレイと嬉しそうに笑うカガリの姿を見て、タケルは知らず知らず背負わせてしまっていた重荷からカガリが解放されたのだと感じた。

 

「自分の命を背負わせている、ですか……知らないうちに、僕はカガリに随分と重たいものを背負わせていたんですね」

「大切な人の為、何て言ってしまえば、誰もがそうよ。ただ、アマノ二尉の場合はそれが目に見えて強かっただけで」

「それはそれでちょっと恥ずかしいですね」

「何を今更。最初からそんな調子だった癖に恥ずかしいなんて嘘つくなよ。嬉しいんだろ?」

「それはまぁ、可愛い妹から大切だと思ってもらえてるのはね……でも、本当に良いんですか?」

「あん? 何がだ?」

「スカイグラスパー。他国の民間人であるカガリに任せるなんて」

「おいおい、それもまた今更何言ってんだ」

「既に彼女の意思は聞いてました。我々としては、戦力に乏しい現状、歓迎する話ですから」

 

 やはり戦力的には苦しいのか。

 ジン・アストレイだって相当な急ピッチで仕上げたものだし、戦力的な不安は常にあるのだろう。

 そんな中でのカガリの提言はマリュー達からすれば渡りに船というわけであった。

 認めてしまった以上、カガリはスカイグラスパーで出撃する──改めて襲いかかる不安と恐怖を、タケルはどうにか御しきらなければならなかった。

 

「そうですか。わかりました──カガリ!」

 

 盛り上がっていたカガリ達に聞こえる様に、大きな声を上げるタケル。

 それを共に戦える嬉しさの表れだと取ったカガリは尻尾を振る犬の様にタケルの下へと向かった。

 

「なんだ、兄様」

「格納庫へ行くよ。まずは僕が入れるシミュレーションデータで徹底的にカガリの操縦を洗う。その後で、データを元にスカイグラスパーの調整をするから」

 

 瞬間的に、カガリが表情を青ざめた。

 その余りの変容に、様子を見ていたマリューやキラ達も訝しむ。

 

「うぇ!? い、今からか?」

「戦場に出るんだ。少なくとも僕が安心できるくらいには練度を上げてもらわないと困る」

「い、いや待て。待って欲しい兄様。私ちょっと前に食事をしたばっかりなんだ」

 

 お昼時、食事は終えたばかりかまだ取っていないかだろう。

 非常に残念なことにカガリは前者であった。

 どこか悲痛なカガリの言葉に、タケルは小さく頷く。

 

「わかった、周囲には誰も近寄らせないから遠慮なく吐いて良いよ」

 

 死刑宣告を受けた様な面持ちでカガリの表情が絶望に染まる。

 だがそんな彼女のこと等知った事かと言う様に、カガリの襟首をつかむと、タケルは意気揚々と格納庫へと歩き始めた。

 

「いやっ!? 待てっ!? 待ってくれ、兄様!!」

「待たない。戦場は待ってくれない」

「いやっ、頼む! 兄様! 無理だ絶対に! 今は耐えられない! だから頼む! いや! いやぁああ!!」

 

 真に迫った断末魔の叫びを残しながら、カガリが食堂から運び出されていく。

 そんな異様な光景を、誰もが目を点にして見送っていた。

 

 

 忘れてはならない。

 タケル・アマノはアストレイの開発者として、モルゲンレーテ所属のテストパイロットであるアサギ、マユラ、ジュリの教官である事を。

 彼女等に対して、地獄のシャトルランを罰則代わりに当然の如くやらせたことを。

 

 事、戦闘に関する訓練に置いて、タケル・アマノは鬼なのである。

 

 それはこれまでにタケルからMSや戦闘機の操縦訓練を受けてきたカガリに対しても全くの同様。

 むしろ家族である分尚の事カガリの方が厳しい。

 そして明日に待つのはカガリの実戦だ。

 教官としてのタケルも、気合が入るというものだった。

 

 

 

「艦長、俺……あの嬢ちゃんのシミュレーション成績が凄かった理由。わかっちまった」

「奇遇ですね少佐、私もです──あの子を後押ししたの、間違いだったかしら」

 

 よもやよもやである。

 あの優しさの塊のような少年が、訓練に置いてのみ鬼になるなどと誰が予測し得ようか。

 マリューもムウも、カガリの言葉を後押ししたことを僅かながら後悔した。

 そんなマリューとムウの言葉に、この先にカガリに起こるであろう悲劇が現実味を帯びてキラ達の脳裏に思い描かれる。

 自分達はとんでもない所へ、カガリの背を押してしまったのではと惑ってしまう。

 

「あーお前等。タケルもあの嬢ちゃんの事となると加減が効かないかもしれない。ちょっと交代で様子見てもらって良いか?」

 

 流石に、問題となるようなことはしないだろうが……先のカガリの様子をみるに不安を覚えずにはいられなかったムウが、焚きつけたキラ達へと願い出た。

 

「あぁ、はい。とりあえず僕が行きますよ少佐。一応パイロットですし」

「頼む。あとマードック曹長にもな」

「了解です」

 

 快諾したキラが、慌てたように格納庫へと向かうのを見送り、ムウはやれやれと肩をすくめた。

 

 

 

 その日。日付が変わるまで……格納庫から少女の悲鳴と少年の窘める声が途切れる事は無かったと言う。

 

 

 




いかがでしたか

本邦初公開。ドナドナされるカガリでした
真面目にドナドナされるカガリとかこの作品が初じゃないかと思いました

感想お待ちしております

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