機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-40 海へ

 

 

 

 僅かに訪れた楽しいひと時も終え、明けの砂漠の面々と別れを済ませたアークエンジェルは砂漠を進んだ。

 悠々と進むその様は、激戦を制した勝者の姿である。

 

「──海に出ます、紅海です」

 

 艦の操舵を握るノイマンが零す報告に、艦橋クルー皆の視線が、アークエンジェルが進むその先へと向いた。

 ノイマンの報告の直後、艦橋から望めるのは雄大な大海原の景色であった。

 

「うわぁ……」

 

 ヘリオポリス生まれで地球の海を知らないカズイからは染み入る様に感嘆の声が漏れる。

 海を知っている者達も同様で、艦橋は感嘆と共にどこか浮付いた空気に包まれた。

 

「少しの時間なら交代でデッキに出る事を許可します。艦内にもそう伝えて」

 

 浮付いた空気に乗っかるようなマリューの言葉で、トールやミリアリア達からは喜色の声が挙がった。

 

「マードック曹長! ソナーの準備はどうなっているか?」

 

 浮付いた空気を引き締めるようなナタルの声である。

 警戒態勢と言うわけでもないが、デッキに出る前から気が緩みすぎだとも思えたのだろう。

 鶴の一声で艦橋内の空気は一度落ち着きを見せた。

 

『中尉、今やってますぁー。坊主が最後の調整中です。もう少し待って下さい』

「急げよ。それと──」

『はい?』

「パイロットと親しいのは結構だが、自分より上の階級の者を坊主と呼ぶのはどうだろうな』

『うぃい!?』

「規律の乱れの元になる。少し注意する様に」

『──了解です』

 

 口の利き方を窘められて、少しばかり意気消沈のマードックはのそのそと歩いて、ソナーの調整中であるキラの下へと向かう。

 

「ヤマト少尉、急げってさ」

「あのー、僕は別に階級なんて」

「そうは言ってもここは軍だからな。まぁあの感じからすると面と向かって話すときくらいは良いだろうが、皆の前ではって所だろうさ。そう言うキラだって、俺の事は少佐って呼ぶだろ?」

「そりゃあ、まぁ」

「とりあえず締めるべきところは締めるって事でしょうさ。んでソナーの方はどうなんだ少尉?」

 

 キラの目の前には大きな機械が鎮座しており、手元にはケーブルで繋がれた端末。

 砂漠での戦いの折り接収した、ザフトの海中用ソナーの機械であった。

 

「どう、って言われても……元々ザフトのですし簡単にはできませんよ」

「だが、ストライクのOSなんて乗り込んですぐにやって見せたって話じゃねえか?」

「元々MSのOS関連は知ってたんです。でも僕はそれだけなので。こういう事ならタケルの方が良いと思うんですが……」

「仕方ないだろう。今のタケルはそれどころじゃねえからな」

「そうだぜ少尉。アレ……止められると思うか?」

「それはまぁ。無理ですけど──」

 

 キラ、ムウ、そしてマードックの3人が格納庫のある場所へと目を向ける。

 そこには、スカイグラスパー2号機に乗り込んで忙しなく機体の調整をしているタケル・アマノと。

 

「兄様! もう無理だ! クリアできない!」

「その口を動かす労力でミッションに集中すれば無理じゃないと思うよ」

「もう不可能なんだ!! 無理難題が過ぎる!」

「僕が乗るアストレイのデータから逃げ切ればいいだけだよ。ほら、もっと反応速度上げて」

「兄様は自分のおかしさに気づいていない!」

「失礼だね。これは妹を想う兄として真っ当な訓練をさせてるだけだよ」

「おかしいのはそこじゃないんだ!!」 

 

 過酷なシミュレーション内容に切実な声を上げるカガリがいた。

 きつい訓練を課せられること。それ自体はもはや慣れたくはないが慣れっこであるカガリ。

 タケルの想いも知ってるが故に、きつい訓練に異を唱える事はこれまでもそう多くは無かった。

 しかし、今回ばかりは違う。

 タケル・アマノは、ザフトの中に放り込んだとしても恐らくは最高峰の技量を持つMSパイロットであろう。

 機体が繰り出せる100%の動き。100%の性能を知っている。

 MS自体に精通したパイロットという優位性は極めて高い。

 カガリが言うおかしいとはそのまんま、タケルが乗ったアストレイのデータが繰り出す動きがおかしいのである。

 

「お願いだ、兄様ぁ……」

「はぁ、全く……仕方ないなぁ。それじゃ、休憩にしよう。その間にまたデータを吸い出して分析しておくから」

 

 涙声にまでなられては、流石にタケルもこれ以上の訓練を課すことはできなかった。

 元来負けず嫌いで勝気な性格であるカガリが、涙交じりに無理だと叫ぶのなら、そこにはそれだけの重みがある。

 

 タケルはスカイグラスパーから降りると、疲労でぐったりとしているカガリを抱き上げて休憩スペースへと運んで寝かせた。

 

「はい、タオルと飲み物。水分補給は時間を掛けながらね」

「うぅ……わかってるよ」

「あと丁度いいから今日は本当にお終い。ラミアス少佐のはからいで、デッキに出ても良いって話だから少し休んだら行ってきていいよ」

「本当か!? あ、でもオーブの民である私達が今更海なんてなぁ……」

 

 俄かに顔を輝かせたカガリ。

 その理由がデッキに出られることなのか、はたまた今日の訓練が思いがけず終わりとなった事なのか。その本心はわからないが少なくとも体裁としてはデッキに出られることを喜んでいる一方で、今更の感触もあるようである。

 オーブはいくつもの島々。諸島をまとめ上げて国家としている。

 そんなオーブの国民である、タケルやカガリからすれば確かに、海を見る事にさして新鮮味などは無いだろう。

 

「艦内生活も長いんだし、良いリフレッシュになるでしょ?」

「それはそうだが……それなら兄様は行かないのか?」

「僕は良いよ。時間勿体ないし……それに、この後ラミアス少佐達にも呼ばれてるから」

「艦長達から?」

「うん、進路相談」

「そうなのか……わかった。それじゃ、キラの作業が終わったら一緒に行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 訓練の時とは打って変わって、優しい声音になってカガリに休息を促すタケル。

 そのまま艦橋に向かうべく格納庫を後にしていった。

 カガリはそんな兄の、いつもと変わらない背中を見送った。

 

 忙しいはずである──それは休息もままならない程に。

 他国の軍人であり、この艦内においてカガリと併せて意味のある階級や役職を持たない身でありながら。

 今後の戦闘を考えてストライクでの空中、或いは海中での戦闘への対策。

 空中も海中も適性の無いジン・アストレイでどう戦うかの模索。

 そして徹頭徹尾カガリの為に行われている厳しい訓練。

 データの分析からシミュレーションデータの構築。

 そして訓練データからスカイグラスパーへの反映など、大きなウェイトを占めている事だろう。

 それを苦を見せる事無く行ってくれているのだ。

 だから、泣き言を漏らすもカガリが訓練を投げ出すことは無かった。

 共に戦いたい。戦場に出ると言い出したのはカガリ自身だから。

 

 だがそれによって、タケルは無自覚に大きな負担を抱える事となる。

 

 できる事をやっておこう。

 準備を万端にしておこう。

 そんな気配が、タケルからは滲んでいた。

 宇宙での一幕が未だにタケルを失う恐怖で縛り、突き動かしている気がした。

 

「バカ兄様め……一番休憩しなくちゃいけないのは自分じゃないか」

 

 カガリはそんなタケルへの心配を抱えながら、キラがソナーの調整を終えるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、気持ちいぃ!」

「地球の海、すっげー久しぶりー!!」

「トール、はしゃぎ過ぎだぞ。他の皆も居るんだから、もう少し静かに」

 

 アークエンジェルのデッキでは、一足先に休憩に入ったクルー達が潮風を満喫していた。

 軍服も着崩して、各々が完全にリラックスモードである。

 

「でもやっぱ、変な感じだな。こんな光景が地球の半分以上を占めてるんだろう」

 

 そんな中で、1人だけどこか戸惑う様子をカズイは見せている。

 

「そっかー、カズイは地球の海初めてだもんな」

「半分以上どころか、海が大半だな」

「そうなんだ……砂漠にも驚いたけどさぁ、何かこっちの方が怖いな。深い所は凄く深いんだろう?」

「そりゃあ、深い所は深いだろうけど。人間にとっては水深5mも100mも変わんないよ。足が届かなきゃどこも一緒だろ?」

「確かに、それもそうだね」

 

 サイの言葉に、深いところを想像して強張っていたカズイの緊張が解れる。

 

「あっ、でも……」

「なんだよ、ミリアリア」

「深い所なら、怪獣が居るかもよぉ?」

「えぇ!?」

 

 少しだけ意地悪な顔を寄せながらカズイへと囁くミリアリアの言葉に、思わずカズイは慌てふためいた。

 

「何言ってんだよミリィ。あんまりカズイを苛めんなよな。良く知らないんだから信じちゃうだろ」

「あはは、ごめんごめん」

「何だよ、嘘だったのか」

「実際には良くわからないって言う方が正しいかもな。海底なんて、ほとんど何もわかってない所だし。ミリィの言う通り、本当に怪獣みたいなのが居るかもしれないよ」

「ちょっとぉ! サイまでそんな事言わないでくれよ」

「ははは、ごめん。ところで──」

 

 サイはデッキから艦内へと続く出入口へと視線を向けた。

 

「フレイ、何でそこに?」

 

 何故かデッキまで出てこないフレイ・アルスターの姿があった。

 

「だって……日に焼けちゃうじゃない」

「そんな、ちょっとの時間くらいで……」

「フレイー、気持ち良いからおいでよ」

「私は良いわよ。サイが誘ってくれたから付いてきただけだもの」

「そんな堅い事言うなよフレイ。ちょっとの時間なら問題無いだろう」

「きゃっ!? ちょっと、何す──ってカガリ。それにキラも」

 

 今しがた来た所なのだろう。

 出入口で固まっているフレイの背を軽く押したカガリと、その傍で苦笑いなキラの2人もデッキに到着した。

 

「はぁー、気持ちいぃ! ほら、キラもこっちに来いよ!」

「あ、あぁうん……フレイ、ごめんね。嫌がってる所カガリが押しちゃって」

「何でキラが謝るのよ。悪いのはあの子でしょ」

「うん、そうなんだけど……カガリ、きっと悪気はないからさ」

「それもわかってるわ。大丈夫よ」

 

 ほら、あの子が待ってるわよ。

 そう言ってキラを促すフレイを見て、サイはどこか嬉しくなった。

 

 以前のフレイだったならカガリに食って掛かっただろう。

 悪いのはカガリだと言いつつも、それに食って掛かる事も、嫌悪感を示すこともない。

 折角だから一緒に楽しもう。そんなカガリの好意からくるものだと理解し、自身との違いを受け入れている。

 

 コーディネーターと言うだけで忌避感を抱いていたフレイは、もう影も形も見当たらなかった。

 そんな彼女を見て小さく笑みを浮かべたサイは自身の軍服の上着を脱いで、フレイの頭の上に広げて乗せる。

 

「はい、フレイ」

「サイ?」

「日除けの傘なんてものはないが、それでも十分日除け代わりにはなるだろう」

「あ、ありがとう……」

「さ、フレイもこっちにおいで」

「あっ、ちょっとサイー!」

 

 フレイの手を引いたサイは、カガリとキラが居るデッキの端の方まで歩いていく。

 

 サイの行動にどことなく抗議を含ませた声を上げるフレイだったが、その口元は少しだけ緩んでいた。

 

 

「って言うかカガリ、今日もアマノさんの訓練で地獄だって言ってたわよね? もう終わったの?」

「やめろフレイ! 思い出させないでくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。ラミアス少佐、バジル―ル中尉も」

 

 艦橋へと辿り着いたタケル。

 入ると目の前でマリューとナタルが相談中のようであった。

 

「丁度良い所よ。皆デッキに休憩にいって出払った所だったし」

「先程ソナーの調整も終わったと曹長から連絡がありました。これで航行の準備は完了でしょう」

「それは良かったです。それで、艦の進路についてという事でしたが……」

 

 早速と本題に入っていく。

 艦を預かる身である2人からの呼び出し。そして艦の進路についてとなれば、今ここでタケルが呼ばれたのは、アラスカへの中継として考えているオーブへの道筋の事だろう。

 

「砂漠でもお聞きした通り、オーブへの進路を取る事で考えているわ」

「ですが、紅海を下ってインド洋。そしてインド洋を突っ切るという事になると、何かあった場合に逃げこめる場所もありません。参考までに進路についての意見を聞きたいのですが」

「えっと、それはフラガ少佐には聞かなくて良いのですか?」

 

 この場にマリューとナタルが居て、ムウが居ない事にタケルが疑問を呈すが、それをマリューが呆れ交じりに答えた。

 

「少佐は自らお手上げだと匙を投げました。元より地球の情勢には詳しくないという事で、であればオーブの所属であるアマノ二尉の方がよっぽど良い意見が出るだろうと」

「らしいと言えばらしいですが、それで良いんですかねフラガ少佐……」

「やっぱりそう思うわよねぇ……」

「艦長。上官を悪く言う様で恐縮ですが、私も同じ意見です」

「言わないで頂戴ナタル。一先ず進路についてです。

 アマノ二尉、どう思われますか?」

 

 マリューに問われ、タケルは艦橋モニターに映された地図へと視線をやる。

 うーん、と唸る事十数秒。徐に口を開いた。

 

「逃げ込める場所がない、と言うのは海上を突っ切ろうが陸地を行こうが同じでしょう。であるなら、足を広げやすい陸地よりは海上を進んだ方が危険性は薄いと思います。

 それにザフトは地上に基地を作ってからも、積極的に領土の拡大を推し進めてきたわけではありません。陸地から離れた海洋の真ん中となれば、一番手薄なはずです。運任せな感じではありますが、インド洋を突っ切るのが一先ずは、と言うところですかね」

「そうですか。やはりインド洋を渡り、そこからオーブへと?」

「寄港の心配なら多分もう必要無いかと思います。ジン・アストレイも作っちゃったし、オーブに対してこの艦が持つ価値は火を見るより明らかです」

「そこまで、なのですか?」

「ジンに関しては乗機が半壊したアマノ二尉の為に明けの砂漠が譲渡してくれたものだから、そのままオーブで接収でしょう。緊急時に間に合わせで作った機体何て言うのは実戦向きでとにかく有用なデータの宝庫よ。実戦データが不足しているオーブが欲しないわけが無いわ」

「その通りです、ラミアス少佐。今や僕の方からオーブへの寄港をお願いしたいくらいですから。

 あぁ勿論、大切な妹も無事に家に帰したいですしね」

 

 とって付けた様な理由の物言いに、マリューは小さく苦笑した。

 オーブ寄港の本来の主目的はタケルとカガリの2人を無事に帰す為であった。

 だというのに、タケルにとってはオーブに帰る事より、アークエンジェルが寄港することで得られる事の方が大きくなり始めている。

 MS開発者としての性が、そこには見え隠れしていた。

 

「(こういう所は年相応というかなんというか。本来の彼、なのでしょうね)」

 

 胸に抱いた感触。

 戦いに備えたことではあるが、格納庫でマードック等整備班と機体の事をあれこれやっている時のタケルはどこか生き生きとしていた。

 戦いに出た時。戦いに出た後の彼の姿からは考えられない位に。

 

「んん! 艦長、母親の顔になっております」

「あら、ごめんなさい。奪っちゃったかしら?」

「そういう話ではありません。話が進まないと言っています」

「はいはい。

 それではアマノ二尉、インド洋を横切りながら北上。カーペンタリアを避けてオーブへと向かう進路を取ります。よろしいですね?」

「はい、助かります」

「こちらこそです……忘れないでください。これはこれまで艦を守ってくれたアマノ二尉とカガリさんへお返しする当然の対価なのですから」

「僕のせいで砂漠のど真ん中でしたけどね」

「貴方が居なければ第8艦隊との合流もできなかったでしょう」

「はは、手強いなぁ全く。バジル―ル中尉と良い勝負だ」

「貴方が弱いのよ……本来なら戦うべきではない位にね」

 

 弱い……そう評されるも、マリューの声にタケルを貶める雰囲気は無かった。

 どちらかといえば自戒の念であろうか。

 タケルやキラと言った、本来戦うべきでないはずの少年達に戦いを強いている。

 各々に戦う理由があるとしても、その理由と状況を創り出したのは紛れもなく地球軍であった。

 戦うべきではない──つまりは戦わせてしまっている自分達を呪っているのだ。

 

「──手厳しいですね。

 でもオーブに戻れば、もう戦いませんよ」

「それが良いかと。アマノ二尉に戦いは似合いません……カガリ・アマノと一緒に、MS開発を手掛けてる方がお似合いですよ」

「あはは、そうはっきり言われると男としては傷ついちゃいますね」

「戦って傷つくよりはマシでしょう? それとも、また医務室でナタルの手を──」

「わー!!」

 

 マリューの言葉に危険な香りを感じて、慌ててタケルは大声と共にマリューの口元を手で覆った。

 

「ちょっとラミアス少佐! 趣味が大変よろしくないのではありませんか!」

「ぷはっ、何のことでしょうか? 仰っている意味が良くわかりませんが?」

「絶対わかってて言ってますよね!?」

「全然、わかりませんよ」

 

 もはや言動と表情が正反対まである。

 口ではわかっていないというもののマリューのその表情はタケルが疑問に思う事の全ての答えであった。

 

 あの日、酔いつぶれたナタルを医務室に運んだあの夜。

 初めて体内に放り込んだ酒精が回ったタケルは、医務室に寝かせたナタルの手を握る事で彼女に救われた日の事を想い出し感傷に浸った。

 砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルドを無情にも討ってしまった事実を、ぐっすりと眠るナタルとのひとときで忘れたのである。

 目が覚めた時のタケルの気恥ずかしさといったら筆舌に尽くしがたいものであった。

 酔いに任せた自らの行いに誰よりも驚き、そして一目散に顔を真っ赤にして医務室から逃げ出した。

 マリューはそれをしっかりと見納めていたのである。

 

「うぅ……うわぁああ!!」

 

 マリューの言葉に、それらを思い出したタケルは、御しきれない感情が胸中に渦巻き、言葉が出せず二の舞の如く艦橋から逃走。

 飲んだことも無い酒精に遊び半分で手を出したツケが回ってきたと言うところである。

 

「あらあら、ああいう所は年相応ね」

「艦長──私はともかく、アマノ二尉まであのようにからかわれては」

「自覚がないようだから助けてあげてるだけよ」

「何を言っているかはよくわかりませんが、少なくともその嫌らしく楽しそうな笑顔では言葉に説得力が皆無です」

「あら、失礼ね。貴方が先に起きていた事、アマノ二尉に──」

「艦長! まさかずっと見ていたのですか!」

「そんなはずないでしょう。通信端末のモニターを起動しておいただけよ」

「下らない事に艦内設備を使わないでください!」

「そんなこと言っても、艦内の人間の状態を知るのは、艦長の責務でしょ?」

 

 ああ言えばこう言う。

 返す刀をすべて切り払われたナタルは、苦渋の表情と共に押し黙った。

 

「貴方の方は、そろそろ自覚があるのかしら?」

「────黙秘権を行使します」

「そう? 私は応援しているわよ」

「仰ってる意味が、良くわかりません」

 

 努めて平坦な声で返すナタル。

 それっきり、艦長席と副長席にそれぞれ座った2人の間に会話は無かった。

 

「まぁ、後悔だけはしないようにね」

 

 呟かれたマリューの声は、静かな艦橋の中ですらナタルに届かない、小さな小さな呟きであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『バルトフェルド隊長戦死の報に、私も大変驚いております。地球に足つきを下ろしてしまったのは、もとより私の失態……複雑な想いです』

「ふんっ!」

 

 モニター越しに見る無表情の仮面と、無表情を物語る声音。

 思わず鼻息荒くモニターへと視線をやる。

 カーペンタリア基地より出立し、潜水母艦にて移動中の彼はマルコ・モラシム。

 インド洋周辺を制圧下におくモラシム隊隊長である。

 ユニウスセブンの悲劇の折りに妻子を亡くした事もあり、地球軍への憎しみは人一倍深く。

 彼は今、砂漠での戦いの果てにインド洋へと至るアークエンジェルを討ちに作戦行動中であった。

 

 そんな最中に届いた、ラウ・ル・クルーゼからの通信。

 心にもない事を……と、そんな風にとらえてしまうのは彼の心が荒んでいるからだろうか、それともラウの心中を読み取れているからなのか。

 どちらにしても、彼にとってこの通信は面白くないものに変わりはなかった。

 

『オペレーション・スピットブレイクで、私も近いうちに地球へ降ります。その折りにはどうか、モラシム隊長にも、いろいろとお力をお貸しいただきたく思っております』

「ふんっ、クルーゼめ。こんな通信をお送ってくること自体が下手な挑発だ」

 

 その卓越した能力で数々の戦場に華々しい戦果を残した、正にザフトの英雄。

 そんな男が、地面を這いずり回る自分達へと殊勝な態度をとる事自体がおかしい。

 

 “討てるのなら討って見ろ”

 

 ラウはそう言っているのだとマルコ・モラシムは理解していた。

 

「まぁよかろう。その挑発に乗ってやる……足つきとやら、インド洋に沈めてやろうじゃないか。ははっ!」

 

 

 紅海を根城にする鯱が、虎を仕留めた大天使に。

 

 今、牙を剝く。

 

 




いかがでしたか

ようやく海へ。
砂漠編長かったです。
ここからオーブまでは多分みじか…いと思う

あとモラシムさん「紅海の鯱」って異名あったんですね。
初めて知りました

感想よろしくお願いします

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