機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-42 穏やかな海

 ザフト軍カーペンタリア基地。

 

 ミゲル、ニコル、アスランの3人は休暇を終え、任務の為にクルーゼ隊としてプラントを出立。

 可決されたオペレーション・スピットブレイクの為に地球へと降下し、ここカーペンタリア基地へと到着していた。

 

「アスラン、ミゲル。クルーゼ隊は第二ブリーフィングルームに集合だそうです」

「あいよ。行こうぜ、アスラン」

「あ、あぁ」

 

 大規模な作戦を控え、どうにも慌ただしい雰囲気の基地内に面食らっていたアスランを呼びつけ、3人はラウが待つブリーフィングルームへと向かった。

 

「失礼しま──」

「お願いします隊長! アイツを追わせて下さい!」

 

 アスランの入室の声を遮る、切実な嘆願の声に3人は面食らう。

 目の前では食い下がるイザークと、意思は同じ様で強い眼差しでラウを見やるディアッカの姿があった。

 

「イザーク、気持ちはわかるが感情的になり過ぎだぞ」

「ですがっ!」

「クルーゼ隊長」

「来たか、アスラン、ミゲル、ニコルも」

「一体これは何の騒ぎですか? それにイザーク……その傷は」

 

 騒がしいのはいつもの事だが、今回はどこか必死な様子のイザーク。そんなイザークを見れば顔に斜めの傷が入っていてアスランは更に疑問を呈した。

 

「ふんっ、貴様には関係ない!」

「気にするなアスラン。イザークのあれは戦士の誓いだ。別に悪い事じゃない」

「は、はぁ……それで先程のは?」

 

 ふむ、と小さく頷くとラウは立ち位置を変えて全員を見回せる場所へと移った。

 

「君達には残念な知らせになるが、足つきへの追撃は既にカーペンタリアの任務となっている。奴がデータを持ってアラスカに入るのは何としても阻止せねばならんが、もはや我らの手から離れたわけだ」

「我々の任務です隊長! 奴らは、必ず我々の手で!」

「隊長、自分も同じ気持ちです。連中だけは、俺達の手で……」

「ディアッカ、君もか」

 

 イザークだけならまだしも、普段ならストッパーであるディアッカまでもがラウに食い下がる。

 その姿にアスラン達は再び面食らった。

 

「自分達は、砂漠でバルトフェルド隊長が討たれるのを目にしました。宇宙で散ったゼルマン艦長の分も併せて、仇を討ちたいと思っています」

 

 ディアッカの言葉に、呆けていただけのアスラン達の目にも火が灯る。

 仲間の仇討ち。それが自分らも良く知る人物達の事となれば当然の反応であった。

 

「ディアッカ、イザーク。無論私とて想いは同じだ。彼等の死は偏に、ヘリオポリスで足つきを静められなかった我々の責だからな。だが、私はスピットブレイクの準備で動けん」

「でしたら、我々だけでも!」

「──ふむ、そうまで言うのなら。君達だけでやってみるかね?」

 

 ラウの言葉に、イザークとディアッカは喜色を浮かべた。

 勿体ぶった言い方だが、これは事実上の許可が下りたと言うべきだろう。

 

「はい!」

「やります!」

「隊長、自分達も同じ想いです」

「あのオレンジの為にシミュレーションもやったしな。機会があるならやらせてもらうぜ」

「僕も、退く気はありません」

 

 5人が各々にラウへと視線を向けた。

 そのどれもが、瞳に強い意思を宿して、自らの敵を討つ姿勢を示していた。

 

「ではイザーク、ディアッカ、アスラン、ニコル、ミゲルの5人で隊を結成しろ。指揮は……そうだな、アスラン。君に任せよう」

「えっ、隊長、私がですか? ミゲルの方が良いのでは……」

「おいおいアスラン、俺が隊長なんてタマかよ。頭ならお前の方が良いし、俺はこっちのバカどもと一緒で直情型だぜ。お前やニコルみたいに思慮深くないんだぞ」

「ですがっ!?」

「色々と因縁のある艦だ。難しいとは思うが、君には期待している、アスラン」

「──わかりました。拝命します」

 

 隊長であるラウ直々のご使命である。

 渋々ではあるが、アスランは隊長の任を受け止める事とした。

 

「ザラ隊、ね」

「ふんっ、お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 不敵な笑みを浮かべるディアッカとイザークの視線を受けながら、アスランは胃がキリキリと痛む気配を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潜水母艦、という事ですか?」

 

 マリューの問いに、ムウとタケルは頷いた。

 ここは艦長室。マリューとムウ、そしてナタルの4人は、先の戦闘から現在の状況を考えていた。

 

 アフリカ大陸、砂漠に駐屯していたザフトの部隊は撤退。

 近くで駐留しているザフト軍となると、カーペンタリア基地の駐留軍であるが、そうなれば紅海からインド洋へと出たばかりのアークエンジェルを捕捉するには早すぎる。

 

「この位置でカーペンタリアから直接は出てこれないだろう、普通? こっちだって動いてるんだしさ」

「何とか捕捉して戦えたところで、基地まで帰るのはまず無理ですからね。

 恐らくですが、砂漠での敗北の報せを受けて直ぐに、こちらへと網を張っていたんだと思います」

「洋上艦や航空機だったらこっちも見逃さないだろうが、水中となればこっちも不慣れ。ザフトのソナーをくすねてなきゃ無防備だったしな」

「こんな事なら陸路を提案するべきでしたね。見事に読まれてしまいました」

「そうは言っても陸路だってどうなるかわからんだろう。起きたことに対処するしかないさ」

「それはその通りでしょうが、進路の相談の折りに放り投げた少佐が言うのは如何なものかと」

「うぇ!? いや副長、それはだなー」

「ナタルの言う通りですね、少佐。俺にはわからんって投げ出しておいて、全く────はぁ~あ、一難去ってまた一難かぁ」

 

 マリューがまた一つため息を吐く。

 相も変わらず先行きの見えない旅路。少しは楽をさせてくれないものかと願うも、儚い願いは無情にも戦火に散らされていく。

 

 マリュー・ラミアスの嘆きが込められた渾身のため息に、その場にいた3人はその心中を察してやるせない表情を浮かべた。

 

「まぁとにかく、なるべく浅い海を行くようにしていけば何とかなるでしょう」

「また、根拠もなくそんなこと!」

「それが励ましってもんでしょ! なぁタケル?」

「僕は具体的な何かを出して励ましますけどね」

「うぉおい!?」

 

 タケルへと話を振ったところバッサリと切り捨てられてムウは一気に狼狽えた。

 

「少佐のそれは励ましではなく楽観視なのでは?」

「ちょっ、副長まで……きっついなぁもう」

 

 ナタルもそれに便乗。

 ムウの言葉を楽観視と切って捨てた。

 思わぬ厳しい言葉にたじろぐムウを見て、タケルは少しだけ笑う。

 先の進路相談の折り、タケルに任せて匙をぶん投げたムウへの抗議の意を込めたものだったが、ナタルと併せてムウの言葉を切って捨てるのは少しだけ気持ちの良いものだった。

 溜飲を下げたタケルは、今度はムウのフォローへと入る。

 

「ラミアス少佐、フラガ少佐はどうなるかわからない先の事にウダウダ悩んでても仕方ないって事を言いたいんだと思います」

「そうそう、俺はそれが言いたかったんだよ」

「年下の少年にフォローされて悲しくありませんか、少佐?」

「今日はえらくキッツいなぁ、副長ぉー」

「いえ、特に普段と変わりませんが?」

「自覚なしかよ……」

 

 そんなやり取りに少しだけ重苦しい空気も解きほぐされ、マリューは幾分か胸が軽くなるのを感じた。

 

「ありがとうございます。アマノ二尉、ナタル。それに少佐も」

「ついでと言っては何ですが、今日明日くらいは仕掛けてこないと思いますよ」

「あら、それは何故かしら?」

「現在地はカーペンタリアからかなり遠いですからね……先の戦闘でグーン2機を墜としたことを考えると、戦力の補充は必須でしょう。結果だけ見れば惨敗なわけですし、ちょっとの補充で攻めてくるとも思えません」

「確かにな。その分次の襲撃はきつくなりそうだが、無制限に戦力が補充できるわけでもないだろうし増えてもそこまでにはならんか」

「はい。先の戦闘を考えれば、こちらの方が戦力は整っていると言って良いです。

 正直Xシリーズを相手にするのと比べたら、何てことは無いと思います」

「それは……そうかもしれないわね」

 

 確かに、とマリューは思った。

 これまでの戦いは数の不利であったり敵機の性能の高さだったりと言った脅威があった。

 だが今回は違う。

 スカイグラスパーの2号機も運用できるようになったことで数も十分になり、突貫で仕上げられたジン・アストレイはある意味好き放題にいじくり戦況に適応できる万能機に。

 ストライカーパックを装備する事で戦闘機とは思えぬ戦闘力を発揮できるムウのスカイグラスパー。

 そして要となるストライクも、キラの成長によって正に艦載機のエースと呼ぶに相応しい戦闘能力を持つようになった。

 

「なるほど……確かにそう考えると、今回の相手はそれほど脅威には感じないわね」

「カーペンタリアの総力を上げて艦隊でも出てこられたらそりゃもうどうしようも無いでしょうけど、たかが潜水母艦1隻の戦力であれば、現状ではこちらの方がよっぽど上です」

「あぁ、ありがとうアマノ二尉。大分気持ちが楽になったわ」

「それなら良かったです」

 

 人懐っこく笑みを浮かべるタケルに、ムウは素直に感心した。

 理論を詰めて、相手の心に寄り添って見せる。

 相手の不安を読み、取り除いてやりたいと考えているからこそできる事だろう。

 とかくこの少年は優しいのだ。

 

「よし、じゃあ艦長の不安も和らいだところで。俺達は格納庫に行くか、タケル」

 

 不安を取り除いたのなら、ムードメーカーとなるのが自分の役目だろう。

 ムウは努めて明るい声を出した。

 

「そうですね。さっきの戦闘データを元にジン・アストレイの調整もしておきたいですし……ストライクの水中用OSも、キラと詰めておかないといけません」

「んぁ? 水中用のOSだって?」

「ジン・アストレイは装甲引っぺがして無理を通してますがストライクはそうもいかないでしょう。ストライクはまだなんとか海に潜れますからやはり水中での戦闘を想定しておくべきかと」

「次来るとなれば母艦を狙わなきゃならんからな……ジン・アストレイでディンを、ストライクでグーンをって事か?」

「はい。流石に母艦を狙うとなるとジンもストライクも長距離飛行は無理ですから、必然フラガ少佐とカガリに母艦は任せる事になるかと」

「オーケーオーケー。ならとっとと行こうぜ」

「了解です。それではラミアス少佐、バジル―ル中尉、失礼しますね」

「ええ、ありがとう」

「余り根を詰めすぎないようにお願いします」

「わかってます。それでは」

 

 どこか兄弟の様に連れ立って艦長室を後にしていく2人。

 マリューもナタルもそんな2人の背を、小さな笑みと共に見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、っと、この! ぐっ……あぁああ、やられた!!」

 

 悔しそうな叫びが格納庫内に木霊した。

 スカイグラスパー用のシミュレーターに乗っているのはカガリ……ではなく、トール・ケーニヒである。

 その傍らで、トールのシミュレーションを見ているカガリがいた。

 

「惜しかったな。でもさっきより良くなったんじゃないか」

「そうは言ってもなー。これ一番簡単なミッションなんだろ?」

 

 寄ってきたカガリへと振り向いて、トールは顔を顰めた。

 カガリがスカイグラスパーに乗って出撃して以降。

 支援機が増えたことによる戦闘への影響を艦橋で見ていたトールは、いずれ降りるであろうカガリの代わりにスカイグラスパー2号機に乗る事を決意する。

 カガリが艦を離れた時は自身が乗って、キラやムウと共に艦を守りたいと考え、カガリへと師事を願い出たのであった。

 

「私の中では一番簡単だったってだけで、兄様から訓練を受けた私と一緒にするものじゃないと思うぞ」

「はぁ、なんか情けないぜ」

「めげるなって。大体お前は緊張して力を入れ過ぎだ。そんな握り方じゃ微調整もできないだろう。ほら、こうやって──」

 

 傍らにいたカガリがシミュ―レーターへと乗り込み操縦桿を握るトールの手を取った。

 一度操縦桿から手を放して、握り手の位置を調整し、指を1本ずつ操縦桿に添えさせていく。

 

「こんな感じだ。握りはしっかり、だが強く握りしめちゃだめだ」

「な、なるほど……さっきよりしっくりくる。サンキュ、カガリ」

「それともう一つ、座り方もだ。画面があるせいで前のめりになってる。もっと深く座ってちゃんとシートに背中を預けろ。ほら、こうやって」

「わっ、良いってカガリ。自分で座りなおすから!?」

「シートの位置調整もしてやる。ほら、良いから!」

 

 シミュレーター内で揉みあう2人。

 アフメドの時もそうであったが、カガリはとかく異性との距離感に疎い。

 カガリとアフメドの、初対面らしからぬ近しい距離感にタケルが発狂した事は記憶に新しいだろう。

 その原因の一端……というよりは全てが、何かあれば塞ぎ込み放っておけなくなるタケルのせいである事は大いなる皮肉とも言える。

 つまるところ現在、カガリとトールは非常に近しい間柄の距離感でやり取りをしているのである。

 

「トール……浮気?」

 

 聞こえたのは底冷えする程に冷めた視線と冷めた声であった。

 

「み、ミリィ!? 何でここに!」

 

 少年は気づいていない。その第一声は誤解を生むことを。

 何故ここに──その言葉は、この格納庫が彼女が来ないであろう場所だと取れるからだ。

 それはつまり、隠し事をするにうってつけの場所であるとも。

 実際、心配をかけまいとトールはスカイグラスパーに乗る決意をミリアリアには隠していた。

 乗れるようになってから告げるつもりであった。

 だが、この場でその気配を見せたのは悪手である。

 

「サイから聞いたの。トールが格納庫に入り浸るようになったって……まさか、カガリと会ってたなんて思わなかったけど」

「ま、待て。待ってくれミリアリア! それは誤解だぞ! 私はトールに頼まれて!」

「ふーん、トールに頼まれて……ねぇ」

 

 カガリもまた、ここで悪手となる燃料を投下する。

 具体的に頼まれた内容を併せて告げれば良いものを、言葉足らずに頼み事となれば、ミリアリアの疑念はより深まるというものだ。

 

「確かに、カガリは可愛いもんね。良いわよ、私に飽きたならそれでも……でも、それならちゃんと話ぐらいはしてから……話してからでも……良かったじゃない」

 

 突然の出来事を、ようやく理解してきたのだろう。

 喪失の悲しみがミリアリアの胸中を埋めていき、だんだんとその声は涙交じりに変わっていく。

 

 そんなミリアリアの姿に、完全無欠の100%誤解を招いたトールとカガリは慌てふためいた。

 

「ミリィ、待ってくれって! ホントに誤解だから!」

「落ち着けミリアリア、早合点するな! 私はトールの事をなんとも思っちゃいない」

「これ、何の騒ぎ? あんまりうるさいとマードック曹長に怒られるよ」

「キラっ! 良いところに来た! 頼むよキラ、ミリィへの誤解を解いてくれ!」

「誤解って……あぁ、そう言う事ね」

 

 シミュレーターで近しい距離感のトールとカガリ。

 そして泣き崩れているミリアリアを見て、すぐにキラは状況を察した。

 

「とにかく、ちゃんと降りてきて説明しなよトール。それをやってる事も含めてさ。そしたらミリィだってわかってくれるだろうし」

「そ、そっか。そりゃそうだよな」

 

 突然の事態にトールもテンパっていたのだろう。

 慌ててシミュレーターのシートから抜け出たトールはミリアリアへと駆け寄った。

 

「ミリィ、説明するから一先ず泣き止んでくれ。ちゃんと初めから今までを説明するから」

 

 

 誤解の無いように言葉を選びながら、泣き続けるミリアリアへとトールは事情を説明した。

 スカイグラスパーに乗るのを決めたこと。その為にカガリに訓練を見てもらえないかと依頼した事。

 そこでなぜタケルではないのかとまた一悶着あったが、カガリの訓練模様を見ればタケルに依頼するのは気が引けるのも理解できるだろう。

 

 結局の所何とか誤解は解け、ミリアリアは涙で晴らした目を押さえながらもどうにか納得を見せた。

 

 

「カガリもさ、ちょっとその距離感は考えないとダメだって」

「何だキラ、いきなり」

「ちょっと無防備すぎるよ。皆が皆タケルとカガリみたいな距離感じゃないんだよ。というか、アフメドとの件を見る限りタケルはその辺ちゃんと理解してるし。反応はおかしいけどさ」

「別に、互いにその気がないなら関係無いだろう。そんな事」

「それが周りの人も同じだと思っちゃダメだって。今回の事も、カガリが原因なんだし」

「なっ!? 私のせいだって言うのか!」

「他に居る?」

「ぐっ、それは……」

 

 反論のしようがなく、キラの言葉にカガリは押し黙った。

 

 事態は何とか収束し、騒がしかった格納庫が俄かに静けさを取り戻した頃、艦長室から戻ってきたムウとタケルが格納庫へとやってくる。

 

「ん? なんだお前達。神妙な空気になって」

「ムウさん。いえ、別になんでも……」

「何でもって事は無いだろうキラ。そっちの嬢ちゃんだって泣いてるし……痴話喧嘩なら他所でやらないと曹長が怒るぞ」

「怒るかどうかはともかくつまみ出されるでしょうね。それでキラ、一体どうしたの?」

「あーその、実はね」

 

 余り大っぴらに話せる内容でもなく、キラはタケルへと顔を寄せて小さな声で事情を掻い摘んで説明した。

 最初こそ頷いていたタケルであったが、すぐにその顔が申し訳なさそうなものへと変化し、終いには頭を抱える事になる。

 

「うん、良く理解したよ。ありがとうキラ──カガリ、行くよ」

「えっ、おわっ!? なんだ兄様!」

 

 有無を言わさずカガリの手を引いたタケルは、ミリアリアとトールの元へと歩み寄った。

 

「ミリアリアさん、ごめんね。カガリのせいで辛い思いをさせちゃって」

「アマノ二尉……いえ……」

「トール君もごめんね。カガリが無防備だから余計な誤解を生んじゃって」

「いや、俺は別に……」

「はい、カガリはちゃんと謝って」

「兄様まで私のせいだって言うのか」

「砂漠でも言ったでしょ。その気もない男の子にその距離感はやめろって」

「その気がないんだから問題無いじゃないか」

「そう思うのはカガリだけ。まぁ、その一端は僕にもあるからあまり強くも言えないけどさ。とにかく、今回の原因はカガリにあるんだから、ちゃんと謝って」

 

 不満そうな顔を隠そうともせず、正に不満を漏らしながら、カガリは小さくトールとミリアリアへと頭を下げた。

 

「悪かった、2人とも……私のせいで余計な誤解を生んで」

「不承不承という感じだけど、これで許してもらえるかな」

「勿論、俺は全然……」

 

 気にしてないと頭を振るトールに対し、ミリアリアの表情は依然としてまだ晴れてはいなかった。

 

「その……ミリアリアさん?」

「ダメです」

「えっ?」

 

 聞き違いか? 

 ここは円満に終わる流れだと思っていただけに皆がミリアリアの言葉に呆気にとられた。

 

「その様子じゃカガリは、全然わかってません。私がどんな気持ちだったか……」

「そんな事は……」

 

 ない、とタケルは言えなかった。

 不満そうな顔で謝ったのは事実だ。ミリアリアが言う通り、自身が悪かったと理解はしていても納得はしていないだろう。

 

「だからわからせてあげます。私がどんな気持ちだったか」

「わからせるって……」

 

 何をする気だと、誰もが思う中ミリアリアは徐にタケルの手を取った。

 

「アマノ二尉、お昼はもう休憩を取りましたか?」

「へ? まだ……だけど?」

「それなら私と一緒に食堂に行きませんか? 最近CICの仕事にも慣れてきたから、私も何か次にできる事はって考えてて、少し相談に乗って欲しいんです!」

 

 わかり易く明るい声と雰囲気を作り、ミリアリアはタケルの手を、そして腕を取った。

 キラ、ムウ、それから一転し胸中穏やかになれなくなったトールは察する。

 これは当てつけだ。トールとカガリに対しての。

 

 男女の仲でなくとも、カガリにとってタケルの存在が如何に大きいかは周知の事実だ。

 そしてトールにとってのミリアリアも同じ。

 自身とタケルを近づける事で、ミリアリアは2人に対してささやかな仕返しを敢行したのである。

 

「良ければ、食後は艦橋まで上がって是非色々と教えて欲しいと思ってるんですけど……」

「うーん、聞いてあげたいとは思うけど、CICなら僕より艦橋クルーの皆さんに聞いた方が──」

「ダメ、ですか?」

 

 先程涙で腫らしたミリアリアの目が、再び僅かな涙を滲ませてタケルを見上げた。

 

 砂漠での1件以来、こういった状況にめっぽう弱くなったタケル。

 アイシャへの苦手意識がマリューやナタル相手にも伝搬し、年上の女性に強く出れなくなるのはもはやタケル自身、自覚すらある事だ。

 

 では同年代の彼女の場合どうだろうか。

 

 答えは簡単。もっと弱いのである。

 同年代となれば絶対的基準となるカガリの存在があるのだ。

 なんだかんだ言ってカガリには甘い。そしてカガリ程近しい関係に無い分、ミリアリアを相手にしてタケルが強く拒絶などできないのである。

 

「えぇっと、その……」

 

 周囲へと助けを求める視線を投げる。

 主に求めたのはキラやムウであったが、2人は既にその場を離れて我関せずと作業に入っていた。

 むしろ作業する振りをしてこの状況を楽しんでいる節すらある。

 現にその手は動いていない。

 

 タケルへと視線を向けるのは、烈火の如く湛える怒りを必死に抑えている形相のカガリと、了承してくれるなと切実な目を向けるトール。

 そして、涙交じりに見上げてくるミリアリアの3人である。

 

「アマノ二尉……お願いです」

 

 涙声で放たれる止めの一言であった。

 小さく吐いたため息を敗北宣言として、タケルは頷いた。

 

「はぁ、わかったよ。それじゃ、少しだけ付き合ってあげるから」

「ホントですか! ありがとうございます!」

 

 さっ、行きましょう! と、タケルの腕を引くミリアリアに、先程までの涙声はどこに行ったのかとタケルは再び胸中でため息を吐いた。

 

「ぐぬぬ、兄様~!」

「うぅ、ミリィー!」

 

 後に残された、奇妙な敗北感に打ちひしがれる2人。

 自身が招いた出来事なだけに、今ここで騒ぎ立てて2人を止める事もできない。

 

「あいつ……チョロいな」

「虎の奥さんの時もあんな感じでしたよ」

「マジかよ……ああなると大変だよな。お前はあんな風になるなよ」

「良い反面教師がいますから」

「それもそうだな。よし、作業進めるか」

「はい」

 

 我関せずを貫いた。キラとムウはそのまま静かに自らの作業を始めるのだった。

 

 

 

 

 余談だが、タケルの腕を取り連れ立って歩くミリアリアと。その後を情けなく追いかけるトールの姿を目にしてしまい、どこか悶々とする中尉がいたとか、いなかったとか。

 

 




いかがでしたか。
トールパイロットへの伏線とミリアリアと主人公のやりとりが作りたかった。
キラがいつの間にかやめてよねと真逆の事してる

ここら辺は原作だとフレイとキラの話から色々と描かれているんですが本作だとないのでやや蛇足になってしまいます。
感想、よろしくお願いします。



最後に含ませた没ネタ

「(あれは、アマノ二尉とハウ二等兵? 随分……仲が良さげだな)」
「待ってくれよ、ミリィ~」
「(なっ!? あれはケーニヒ二等兵。まさか、あれはつまり、そう言う事なのか?)」
「それじゃあお昼の後、少しだけいいですか?」
「良いけど、あんまり期待しないでよ」
「ふふふ、そうは言っても期待しちゃいますよ。トールとは違うでしょうし」
「(期待? 違う? なんの事だ? まさか…いや、そもそもこの狭い艦内でそんな……あのアマノ二尉がそんな事を……)」
「バジル―ル中尉、こんな通路の真ん中でどうしたのですか?」
「む、アーガイル二等兵か。つかぬことを聞くが、君達はいくつだ?」
「いくつって……年齢ですか? 僕は17でキラ達は1つ下の16ですけど……それが何か?」
「――これが、若さか」
「はい?」
「何でもない。ハウ二等兵に伝えておけ、軍務に支障が出ないよう程々にしておけとな」
「は、はぁ……」

って言うナタルさんを妄想して作者は悶々とする変態です

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