ザフト軍、モラシム隊の攻撃を辛くも退けたアークエンジェル。
問題であった潜水母艦も撃沈し、敵部隊の全てを撃墜。
砂漠に続いての激戦を制したアークエンジェルは本来、意気揚々と目的地へと邁進することができたはずであった。
戦闘が終わっても未だ帰らない、スカイグラスパー2号機の存在が無ければ。
「カガリが……戻らない?」
それは、絶望を孕んだ声であった。
帰投したジン・アストレイから降りたタケルは、格納庫の通信端末で艦長のマリューからその報告を聞く。
即座に見回す格納庫。そこにストライクとスカイグラスパー1号機から降りてくるムウの姿はあっても、タケルが望むスカイグラスパー2号機の姿は無い。
「う、嘘ですよね……ラミアス少佐。まだ帰投中なだけで──」
言葉が続かないタケルへ、画面越しにマリューは頭を振った。
『フラガ少佐によれば、カガリさんは先に帰投しているはずだと。スカイグラスパーのシグナルも、しばらく前にロストしています』
「くっ、カガリ!!」
マリューの言葉に、即座に振り返り機体へと乗り込もうとするタケル。
だが、それを戻ってきたムウが止めた。
「っ!? 放してください!」
「海にも空にも適性のないジン・アストレイで、何するつもりだ!」
「少しでも捜索するに決まってるでしょう! 何を悠長に──」
「落ち着けバカ! 何も考えずに飛び出してどうする!」
「落ち着いていられるわけないでしょう! カガリが……カガリが行方知れずだって言うのに……」
空虚な自身の両手を見つめ、タケルは全身を震わせていた。
掌から零れ落ちる水の如く、失ってしまうかもしれない大切な家族の命。
その喪失感の恐怖に、今のタケルは完全に押しつぶされてしまっていた。
これがカガリ以外の誰かであれば、タケル・アマノは冷静に状況を考えて対応できただろう。
ムウから状況を聞き出し、出来る最善を考え尽力する。それができたはずである。
だが、事カガリに関しての話となれば。それも最も恐れていた事態となってしまっては、失う恐怖に縛られ続けているタケルが冷静になる事などできなかった。
先遣隊の戦闘の報を聞いたフレイを、正しく写した様な恐慌状態に陥ってしまっていた。
「行かせてくださいよ……でないと……僕は……」
何かしていなくては、自分を保っていられない。
そんなひどく弱々しいタケルの姿に、ムウもストライクから降りてきたキラも苦々しい面持ちとなってタケルを見つめた。
こうまで弱くなってしまうのか──そこまでに、タケルにとってカガリの存在は大きいのかと、彼等は改めてその事実を認識した。
厳しい訓練も、徹底したスカイグラスパーの調整も、全てはカガリを失わない為。
いや、カガリを失い自身が壊れるのを防ぐ為。
ここにきてようやく、タケル・アマノにとってのカガリの存在の大きさを知る。
ムウも、キラも。カガリが戦場に出る決意を後押しした事に、僅かながらに後悔した。
タケル・アマノがいくら軍人として能力があろうとも、決してこの少年は失う事を許容はできないのである。
「──タケル、気休めかもしれないが、嬢ちゃんはナビゲーションモジュールに被弾をした為に俺が下がらせた。敵を追わせない様、帰投に向かう方向を少しだけズラしてな」
『アマノ二尉、シグナルのロストも艦の索敵範囲から外れたからだと思われます。ロスト直前も通信は繋がりにくい状況でしたから』
『浅い海域を進んでいた為に、この辺は小さな無人島が多数点在しています。カガリ・アマノは帰投の方角を見失い、推進剤の枯渇と共にどこかの島へ不時着した可能性が高いです』
ムウ、マリュー、ナタル等の言葉に少しずつ身体の震えを抑えてタケルは顔を上げた。
「それなら、やっぱりすぐにでも捜索に──」
「だから落ち着け! 付け焼刃の空戦仕様なジン・アストレイじゃ捜索範囲も確保できないだろうが」
『それに、そろそろ日が落ちるわ。上空からの捜索は困難を極めるでしょう……簡単な整備と補給だけ済ませてから、ストライクに海中からの捜索をしてもらう予定です』
「だったら僕がストライクで!」
「それもダメだよタケル」
「キラ……なんで!?」
「今のタケルは帰還の命令を無視してでも捜索しちゃうでしょ。それで稼働限界を超えて戻れなくなっても困るから」
「そんな事!」
「ないって、言い切れる?」
冷たく突き放すような声音だが、キラの言う事は事実であった。
これ程までに狼狽えたタケルが、素直に帰還の命令に従う事など考えられないだろう。
そうなればアークエンジェルはストライクまでも失う事になりかねない。
今のタケルに捜索を許可することはできなかった。
「気持ちはわかるけど、一度落ち着いてタケル。普段のタケルなら、自分ができる事をしてるはずだよ──マードック曹長、僕も手伝いますからストライクの準備を急ぎましょう」
「おうよ! お前等超特急で仕上げるぞ!」
冷静にタケルを諭したキラは、マードック等と共にストライクの準備に動き出した。
何も言い返すことができず、ただ己の無力感に悔しそうな表情を浮かべるタケルの肩に、ムウは手を置いて視線を合わせる。
「キラの言う通りだ、一度落ち着け。状況的には撃墜より帰還不能の可能性の方が高い。サバイバルキットだってあるし数日は問題なく生き延びることができるだろう」
「フラガ少佐……でも」
「お前の訓練は、あの嬢ちゃんがそんな簡単に墜とされる程やわなものなのか?」
「そんな事は、ないです」
徹頭徹尾が相応しく、どんな状況でも生き残れる様訓練を課してきた。
失いたくないから。死んで欲しくなかったから。
厳しい機体状況での生還を目指したミッションもたくさんやらせている。
タケルがカガリに課したそれらの訓練が、実を結ばないはずがない。
「信じてやれ。あの嬢ちゃんの腕前は俺だって認めてるくらいだ。簡単に墜とされはしない」
「は……い。そう、ですね。ありがとうございます」
気休めかもしれない。だが、ムウの言葉に信じられるものを見出し、タケルはひとまず落ち着きを見せた。
どこかフラフラとした足取りではあるものの、格納庫を去っていきそのまま休憩室へと向かっていく。
そんなタケルを見送ってから、ムウは大きく息を吐いた。
「悪い事をしちまったなぁ」
『安易にカガリさんを戦場に出した事ですか?』
「嬢ちゃんの意思を尊重するなんて聞こえのいい事言っても、結局はあの2人を利用してるわけだしな」
『ですが、それは今言っても詮無い事です。戦場に出たのは、彼らの意思ですから』
「そんな事言って、顔にしっかり後悔が見えるぞ、艦長」
言葉と裏腹な、後悔に塗れたマリューの表情。
それが言葉以上にマリューの心情を物語っていた。
この事態において、全てはカガリの出撃を許可した自分に責があると。
カガリが何を言おうが、許可せず突っぱねるべきなところを、彼女の決意に絆されて後押ししてしまった。
そもそもタケルが言っていた様に、キラの成長に伴い艦戦力は充実してきていたのだ。
今回カガリを出撃させる必要があるのかの疑問も残っていた。
『後悔、しないはずがないでしょう』
「アイツのあんな姿見て思うところがあるのはわかるが、あんまり気にしなさんなって。面倒見きれなかった俺も悪かったし、明日からは俺も必死で探すさ」
『ですが、現実問題ここはザフトの勢力圏内です。捜索に長い時間はかけられません。艦長、どうされるおつもりですか?』
『明日見つからなければMIAとするしかないわね。不本意極まりないけど』
「missing in action……ね。軍人でもない嬢ちゃんに、未確認での戦死扱いか。後味悪いったらないな」
『そうならない様に見つかることを祈りましょう』
それっきり3人が口を開く事はなく、キラとマードック等が整備を進めていくストライクを固唾を飲んで見守っていた。
その手はいずれも、何もできない自身の悔しさにきつく握り締められ震えているのであった。
無人島で向かい合うカガリとアスラン。
先手を取られたアスランにはカガリより銃口が向けられ、アスランは苦々しく表情を歪めながら突きつけられた銃口を見つめていた。
「くっ!?」
「動くな! 両手を頭の後ろに。そのまま後ろを向いて跪け!」
コーディネーターの高い身体能力があろうとも、完全に銃口を突きつけられた状況では姿をかき消すでもしない限り逃れられはしない。
飛び出そうとした足先を撃たれて機先を制されたアスランは、カガリの言うことに従った。
「(踏み出そうとした先を的確に撃ってきた。少なくとも銃の腕前は十分。下手に動けば撃たれる)」
「(兄様が言ってた。隙を見せればその脅威的な瞬発力で覆される。コーディネーター相手にはまず視界から外れる事)」
決して無為に近づく事はしない。安易な接近は相手に反撃の隙を与える。
接近するなら動けない様に手足を撃ち抜いておけとは、過保護な兄からの過激な教えだったが今この時だけはその教えのおかげでカガリは自身の優勢を崩す事が無かった。
「お前、さっきの機体のパイロットだな?」
「そう言うお前は、あの戦闘機に乗ってたやつか?」
自己紹介の様な確認。
その間にもカガリは背を向けている目の前の少年をどう制するかを考えた。
そしてアスランもまた、背後の“少年“への反撃の糸口を探した。
そして奇しくも互いに理解する。
「(ダメだ、近づかずに拘束する手段がない!)」
「(くっ、無理だ。ここまで不利な状況では、ナイフだって取り出せない!)」
互いに望む状況を作る事は不可能だと。
カガリはこのままアスランを拘束して安全を確保したいが、接近して拘束などしようものなら隙を突かれて逆に制圧されるのがオチだろう。
目の前の少年を殺せば何ら問題無いとは思うが、カガリにそれはできなかった。
スカイグラスパーで敵機を撃つ事はできても、銃を手に生身の人間を殺すことにはまだ抵抗があったのだ。
対してアスランもまた、背を向けた状態ではカガリとの距離もわからず下手に動けずにいる。
実際カガリにアスランを撃つ事はできないわけだがそんな事情を知るわけもなく。
跪いた状態では即座に動くこともできない為もはや背後のカガリに抗う術はないと認識していた。
「(ど、どうすれば良いんだ、兄様。こういう時は……)」
カガリは何か無いかとタケルの言葉を思い返していく。
敵勢存在との邂逅における様々を教わってきたが、そのどれもがカガリが生き残るためのものであり、敵を制圧するものではなく逃走を主眼に置いたものばかりだ。
カガリが望む答えは得られなかった。
“僕達は本来敵同士。でも、今こうして敵にならずに話せてるんだから。これも一つの、戦争の終わりじゃ無い? ”
ふと、思い出した。つい最近聞いた兄の言葉であった。
敵陣の真っ只中で、敵の指揮官の目の前でのたまった、この言葉。
これを聞いて、バルトフェルドも警戒を露わにしていたキラも毒気を抜かれたと言うか、戦意を失っていた。
「な、なぁ、おい」
気づけば、カガリは目の前の少年へと話しかけていた。
「──なんだ?」
「私は今、お前に銃を突きつけてるよな?」
「何が言いたい? 敗北を認めろとでも言う気か」
「そうじゃない。私は今、サバイバルキットが海に流されて困っている。お前がその足元にあるキットの中身を分けてくれるなら、この銃を手放してやっても良い。どうだ?」
「はぁ? 何を訳の分からないことを」
「良いから答えろよ! どうする? このまま撃たれるか、物資を分けて生き残るか?」
カガリの言葉に、アスランは逡巡した。
何の裏があるのか。必死に考えるも答えが出なかった。
物資が欲しいなら殺して奪えば良い。何も敵勢勢力と分け合う必要は欠片もありはしないだろう。
少なくとも自分が逆の立場ならこんな交渉はしない。というか思いつく事すらない。
だが、さっきから銃を突きつけてるとは思えないほど、背後の少年の声はこちらに歩み寄ってきた様な声音だった。
まさに交渉の気配を含んでいたのだ。
「目的は何だ? 銃を手放すって、そんなことをすれば今度は逆に制圧されるとは思わないのか?」
「今お前の命を奪えるところをしないと言っているんだ。つまりお前は私に命の借りが1だろう? その恩義を忘れてそんな卑劣な事をするなら、私の見る目が無かったって事だな」
あっけらかんと告げてくるカガリの言葉に、アスランは目を丸くし、同時にどこか苦笑を隠せなかった。
なるほど、そんな風に言われては不意をついて反撃するのも憚られる。相手の良心に訴えるのは戦場ではあまりにそぐわないというのに、そんな提案を出してくる少年にアスランは素直に感嘆した。
「本当に、良いんだな?」
「聞いてるのはこちらだ」
「わかった。その条件を飲もう」
「よし、一時休戦だ」
カシャカシャと、銃が転がった様な音がして、アスランはゆっくりと背後へと振り返った。
だがそこには依然として銃を構える少年の姿。見ればマガジンが一つ足元に転がっている。
呆気に取られたアスランに、カガリはどこか意地悪い笑みを見せていた。
「騙したのか?」
「まさか。だが手放しにも信用できないだろ。お前が約束を守る奴で安心したよ」
そう言って今度こそカガリは銃をホルスターにしまった。
強かである。こちらに歩み寄っておきながら、最低限のリスクヘッジを考えた見事な対応と言わざるを得ない。アスランは目の前の少年に再び感心した。
先のやりとりで、カガリはアスランの人としての性質も見極めたのだ。
「改めて聞きたいんだが、何でさっきの提案を? 素直に俺を殺して奪えば済む話だろう」
「何だよお前、殺して欲しかったのか?」
「そうじゃないが、意味不明過ぎるだろう。俺とお前は敵同士だっていうのに」
「さっき休戦って言っただろ。もう敵じゃない」
「はぁっ!?」
「ウダウダうるさい奴だなぁ。
私はお前の物資に助けられる。なのにお前を殺す様な事はしたくないって思っただけだ。良いだろそれで」
「しかし」
「お前、考えすぎってよく言われないか?」
むっ、とアスランは詰まった。
考え過ぎとはミゲルにもよく言われることである。
特に第8艦隊との戦いでゼルマンが散っていった事でふさぎ込んだ時にはニコル共々言われた者であった。
そんなクソ真面目なアスランの悪い癖を、このわずかな時間で見破られたような気がして、アスランは押し黙る。
「はは、図星みたいだな」
「う、うるさい……」
どこか気恥ずかしくて視線を逸らしたアスラン。
先程まで命のやり取りの最中に居たと言うのに、2人の空気にそんな気配は無かった。
おもむろにアスランの元へと歩み寄ってくるカガリは、もはや警戒もなくアスランの足元にあるサバイバルバックを手に取った。
「ふむふむ、分け合っても今日明日くらいは十分だな」
「この、勝手に」
「なんだよ良いだろう。もう私の物でもあるんだからな」
一気にカガリの距離感がまるで友人に接するそれに代わり困惑するアスラン。
未だ意図が読めず警戒を解けないでいるのはアスランだけで、既にカガリはアスランを疑う素振りすらなかった。
「と言うか私って……お前もしかしておん──」
「女か? って聞いたらぶん殴ってやる」
「女の子のふりしてるのかなーなんてへぶっ!?」
「同じだろうが、それじゃ!」
銃を突き付けていた時よりよっぽど敵意の込められた拳で殴られたアスランが地に伏せる中、カガリは憤怒の表情でアスランを睨みつけるのだった。
ザフト軍カーペンタリア基地ではブリーフィングルームでミゲル、ディアッカ、ニコルの3人が沈黙の中待機していた。
機体の輸送中に消息を絶った、隊長であるアスラン。
状況の把握にカーペンタリアに動いてもらっているが、まだ何も通達がなく焦れてきていた。
「やれやれ、あのおセンチ野郎は……囚われのお姫様にでもなってるのか?」
「ミゲル、その言い方はどうかと」
「そりゃあアイツの配役は姫を助けるナイトがだろうからな」
「いえ、そういう事を言いたいのではなくてですね」
「おいおいやめてくれよミゲル。頭の中でアスランがお姫様の格好して出てきちまったじゃねえか」
「お前の想像力にびっくりだよ俺は」
バカなやり取りをしながら待っていると、ブリーフィングルームの扉が開き、どこか面白くなさそうな顔のイザークが現れた。
「イザーク、アスランの消息は!?」
「ザラ隊の諸君、我が隊初の任務内容を伝える。それは────隊長の捜索だ」
「おいおい、自分たちで探せって?」
「スピットブレイクを前に本部は忙しいって事だ。自分達の隊長は自分達で探せとさ」
僅かな舌打ちがイザークの口から放たれる。
輸送機が落ちたとなれば、アスランに責は無いだろうが息巻いてアークエンジェルを追おうとした矢先のこれである。
戦意を削がれしかも捜索にあちこち飛び回る羽目になれば面白くない気分となるのも仕方ないだろう。
「やれやれ、幸先の良いスタートだねぇ」
「それなら、急いで探しに行きましょうよ」
「つったって今日はもう日が落ちる。捜索しようにも空からだろうし、明日からやるべきだろう」
「そんな、ミゲル!?」
「イージスに乗ってるんだ。落ちたって言ったって、そう心配する事はないさ。俺やイザークみたいに、大気圏を落ちたってわけでもないんだぜ」
「それは、そうかもしれませんが」
「とにかく、今日は宿舎で休みだ。明日になれば母艦の準備も終わるって事だ。気に食わないが、奴の捜索はそれからだな」
イザークがとりまとめ、その場をお開きとする4人。
ニコルは部屋から見える水平線を見つめて、1人心配の表情を浮かべるのだった。
カガリと停戦協定を結んだアスランは現在、イージスのコクピットで無線の調整をしていた。
中継器を海へと発射し、チューナーの調整をして何とか無線を拾おうとするが、雑音しか聞こえず。
天気のせいか、はたまた機体自体が不調か。どちらにしても今すぐどこかと連絡が取れる様な状況では無かった。
ふと、無線からのノイズとは違う音を耳が拾う。
「スコールか……こんな時に」
徐々に海が荒れて来ていたのもわかっていたが、随分と強い雨足で降り始める雨の音である。
これだけひどい天気では電波状況は尚悪くなるだろう。
通信状況の好転は絶望的と言える。
絶望的と言えばもう一つあった。
「おーい、通信状況はどうだー? 繋がらないのかー?」
イージスの足元で呼びかけてくる少年、もとい少女の存在だ。
隙をつかれたとはいえ見事に機先を制され、更には巧みに交渉をされて最後には自身の不用意な発言によって拳にのされてしまった。
決して自意識過剰なわけでもないが、エリート部隊であるザフトレッドの1人として。
ナチュラルの、それも同年代の少女にしてやられたのは大いにアスランの自尊心を打ち砕く事態であった。
「おーい、聞こえてるのかー」
「聞こえている。うるさい奴だな」
「何だよ、聞こえてるなら返事くらいしろよな」
ムスッとして見せるカガリの表情にアスランもやや不満な表情を見せた。
大体意味がわからないのだ。銃を突きつけた側と突きつけられた側の関係なのにこの距離感。
完全に友人の感覚ではないか。
一体どこの世界に敵軍と馴れ合う軍人がいると言うのか。
アスランはそんな胸中を表に出しながら、イージスを降りた。
「お前こそ、地球軍ならもう少しザフトの俺を警戒しろよ。無防備なお前を、俺はいつでも殺せるんだぞ」
「殺す奴はわざわざそんな宣言しないさ。大体さっきのやり取りでお前の性格はわかった。兄様並みの真面目な奴だってな」
またもどこか見透かした様なカガリの言葉にアスランの不満は募った。
ミゲルの様に同じ部隊で共に過ごしたわけでも、ニコルの様に同じ訓練時代を過ごしたわけでもない。
ついさっき初めて会ったばかりのこの少女に、自分の一体何がわかるのかと。
「あまりそういう見透かした事を言うのはやめた方が良い。相手によっては面白くないし、ムキになって逆の事をしようとするかもしれないぞ」
「あっ、ごめん。気に障ったか……」
胸中の不満を言葉にすると、カガリは一転してシュンと表情に影を落とし申し訳なさそうに視線を落とした。
カガリからすれば、真面目な良い奴だと言いたかっただけなのだろう。実際にアスランは真面目な部類の人間であるし、カガリの主観でしかないが、先のやりとりで騙し討ちをしてこなかったことからも良い奴だと判断できる。
まるで悪意の無いカガリの様子に今度はアスランが慌てる番だった。
「べ、別に俺は気にしないが、皆が皆そうじゃ無いと言いたいだけだ」
「あっ」
カガリはアスランの言葉に少し目を丸くした。
皆がそうじゃない、とはつい最近キラにも言われた言葉であった。
よく知る人物と同じ言葉で窘められカガリはまた一つ、アスランへと親近感を沸かせる。
「ふ、ふふ」
「何がおかしいんだ?」
「いや、やっぱりお前は良い奴じゃないかと思ってな」
「だから、そういう物言いは」
「それと私は地球軍じゃないからな」
「は? はぁ!?」
またも突飛な発言にアスランは混乱する。
この少女は苦手だ、とアスランは感じた。
次々と予想外の話を展開して来てまるでペースが掴めない。しかもこれを意図してやってないと思われるところが嫌らしい。
「私はお前達がヘリオポリスを壊してくれたおかげで避難することになったオーブの人間だ。地球軍じゃない」
アスランは再び驚愕する。
これまではまだ、ただ驚きに塗れるだけであった事実だがここにきてアスランにとって捨ておけぬ事実が飛び出してくる。
ヘリオポリス、そしてオーブ。
それはつまり、アスランにとって重要な存在であるアークエンジェルがチラつく名前だ。
「ヘリオポリス……オーブだって? それじゃお前、アークエンジェルの関係者なのか?」
「あれ、だってお前、私達を狙って来た増援部隊なんじゃ……」
ここに来てカガリはようやく悟る。
目の前の少年は自身を……正確にはアークエンジェルを狙ってここの空域を飛んでいたわけでは無いのだと。
実際にはアスランの任務はアークエンジェル撃破なので狙って来てはいるのだが、少なくとも現段階で、カガリの事をアークエンジェルの人間だとはわかっていなかった。
カガリは迂闊にもその事実を明かしてしまったのである。
「(し、しまったぁ〜。こいつアークエンジェルを狙って回されて来た増援部隊じゃ無かったのか。よ、余計なこと喋っちゃったよ! マズイマズイ)」
「その感じ、間違いないみたいだな」
「い、いやー何の事だ? アークエンジェルとか言われても、私には何の事だか」
「お前、良く隠し事ができないって言われないか?」
「う、うるさい! 大きなお世話だ!」
まるで誤魔化す気の無いカガリの声音に、立場を変えて焼き増しの様なやりとりをする2人。
ここに来てようやくペースを握れそうなアスランは追撃を加えていく。
「アークエンジェルは近くにいるのか? お前の機体は、アークエンジェルの艦載機だな? ストライクは? あのオレンジの機体はどうなった? 答えろ!」
「うぅう、うるさい! 何でお前にそれを答えなきゃいけないんだ!」
「自分から言い出しておいて……自分からバラした様なものだろう!」
「自分からバラした!? 人を裏切り者のスパイみたいに言うのはやめろ!」
振り返り、アスランへと背を向けたカガリは逃げる様に歩き出す。
だが、まだ聞きたいことが聞けてないと、アスランはカガリへ手を伸ばした。
「待て、まだ話は──」
「やめろ、放せ! って、うわっ!?」
「お、おいっ引っ張る──あぁ!?」
アスランはカガリの手を掴み引き寄せようとして、カガリはそれを負けじと振り払おうとして。
互いに力が強かったせいか、上半身の勢いが予想外に大きくなり足元が追いつかなくなり2人縺れて岩場の水辺へと倒れ込んでしまう。
バシャンと大きな音をたてて、2人は海水の中へと飛び込んだ。
「ぷはぁっ。おい、お前は男の癖に女の子1人も支えられないのか!?」
「お前こそ、男の俺を引っ張り込んで倒れるとか女のくせにどんな力してるんだ!?」
「言ったな! 私はその女だからって偏見が一番嫌いだ!」
「そっちだって男の癖にって今言っただろ! 同じような偏見に塗れてるじゃないか!」
互いのせいだと言って罵り合う2人。
既にアークエンジェルの事など頭にはなく、どこか気が合い、どこか気が合わない相手を互いに見つめる。
「くしゅん!?」
「あっ」
睨み合いの沈黙を破ったのはカガリが漏らした可愛らしいくしゃみの音だった。
「あ、あれ……そういえばさっきから寒いと思ってたけど……これ……」
「お前、熱があるじゃないか」
少し赤くなった顔。目元に力がなくなりどこか虚にも見える。
考えてみれば、しばらく前にスカイグラスパーから降りた時に海に飛び込んでから、カガリはずっと濡れたままの服でこれまで居た。
天候の崩れと共に風も吹いてくるとなれば身体を冷やして、風邪をひくのも無理はないだろう。
「くそっ、こんな状況で……風邪……なんて」
「お、おい!? しっかりしろ、こんなところで意識まで失うな!」
「ゴメン、兄……様……」
パタンとアスランにもたれかかりながら意識を落としていくカガリ。
うわ言の様に漏らしたカガリの言葉を聞きながら、アスランはやれやれとため息をつくのだった。
いかがでしたか。
後編も早々に投稿するつもりです。
カガリの事になると絶望的にもろい主人公。
主人公の代わりにドンドンしっかりしてくれるキラ。
でもどちらもまだ成長途中であります。
そして原作よりずっと素の表情をみせてる(つもりの)アスランとカガリです。
この二人にも注目して、是非是非お楽しみください。
ご感想、よろしくお願いします。