アークエンジェルの格納庫にて発信準備を完了するストライク。
カガリの捜索のため宣言通りマードック等と超特急で整備を済ませたキラは、戦闘の疲れも何のそのでそのままストライクに乗り込んでいる。
『無理をさせてごめんなさい。キラ君』
「僕は大丈夫ですよ、艦長。それに、タケルのあんな姿を見てしまうと、疲れたなんて言ってられないですし」
冷静にタケルを諭してみせたキラとて、本来ならとても落ち着いていられる様な胸中ではなかった。
すぐにカガリを捜索に行きたいと思う気持ちはタケルと同様であった。
だが、キラよりも余程動揺して、絶望の声を上げたタケルの姿に、キラは逆に冷静となれた。
カガリの捜索のために最善を尽くす。それが今まともではいられないタケルへの最大の助けになると思ったのだ。
『何にも手掛かりが得られなくても、2時間経ったら一度帰投して。その時は、また別の策を考えます』
「艦長、僕なら大丈夫ですから」
限界まで捜索させてください。
続くであろうキラの言葉を、マリューは察した。
必死な様子ではなく、至って冷静に。できると思わせる声で告げてくるキラの表情に、マリューは一度目を瞑る。
『──3時間までよ。貴方にも休んでもらわなくてはいけないわ。何かあった時、アマノ二尉があの状態な今、艦を守れるのは貴方だけなのだから』
「わかりました。ありがとうございます、艦長」
『お願いね』
「では、ストライク、行きます!」
マリューの譲歩に声を上擦らせて、キラは礼を告げるとストライクを発進させていく。
夜の闇の中、海へと飛び込んだストライクはカガリの捜索へとくらやみを進むのだった。
「う、うぅんぅ……あれ、私……」
少し気怠い感触を覚えながら、カガリは意識を浮上させた。
身体に被せられた薄手の布。背中には硬い岩肌の感触があるが、枕代わりに頭にはサバイバルキットが入っていたバッグが置かれ、少しでも寝心地を考えた配慮がみられる。
もちろん、そんな事を今この場でしてくれる人間など1人しかいないだろう。
「気が付いたか?」
「お前……そっか、お前が看病を」
「寄り掛かられて気を失われちゃな……戦闘もあって疲れてたんだろう。そこで身体を冷やしたのならそうもなるだろうさ」
「お前達コーディネーターにはわからない感覚だろう」
「風邪なんて引かないからな……そう言う風にできてる」
「悪い、別に嫌味を言うつもりじゃ」
「気にしてないさ。事実だしな」
周囲を見回せば、岩肌に小さく開いた洞窟だった。
スペースも十分で、アスランが起こしたであろう焚き火によって程よく暖かい。
その近くには、カガリが着ていたであろう服が干されている。
「あぁ、そのままじゃ良くもならないだろうと服は脱がせて乾かしてある。抗生剤の薬も打ったし、もう良くなって来てるだろう?」
もう一度言うが、カガリが着ていたであろう服が干されている。
カガリは恐る恐る布を持ち上げ自身の姿を確認した。
見るからに肌色の面積が多い。それはもう下着姿そのままなのだから当たり前である。
「あ……あ、あぁ……お、お前、脱がせたって……」
「なんだ? 濡れていたんだしお前が意識を失っていたんだし当たり前だろう。そのままにして余計具合を悪くするわけにもいかないし」
「だってお前、脱がせたって……その、私の身体を」
羞恥に顔を染めるカガリ。
その姿にカガリの言いたい事を理解してアスランも僅か、顔に赤みが増す。
「く、口にしないでくれないか。俺も……意識しない様にしてたんだ」
「ご、ゴメン!?」
一段と気まずい空気となり、互いに視線を逸らし合う2人。
カガリはいつの間にやら自身の身体を見られていた羞恥に。
アスランはその気が無いとは言え、意識がない同年代の女の子の服に手を掛け脱がせた事へ。
互いに意識をしない様心がけるほど、その羞恥に見舞われていく。
「と、とりあえず、助かった。あ、ありがとう」
「べ、別に、これで命の借りも無しだからな」
「それはサバイバルバッグの中身を分けてもらってチャラだろう?」
「俺を殺せば奪えたものだ。そんなので返したことにはならない」
「真面目なやつだなぁホント。でもまっ、それならそれで貸し借り無しで良いか」
まだ少し熱が残ってるのか、少し覚束ない雰囲気はあるが、カガリはクスクスと笑った。
アスランもその姿に小さく息を吐いて笑みを見せる。
気まずい空気から一転、今度はどこか心地の良い落ち着いた空気へと変わった。
「なぁ、お前あの機体に乗ってるって事はヘリオポリスを襲った奴の1人なんだよな?」
そんな空気の中、簡易食で食事を済まし2人で火を見ていたところで。
カガリは静かに問いかける。
アスランは急な質問とその内容に小さく瞠目するが、すぐに口を開いた。
「あぁ、それを知ってるって事は、その理由もお前はわかってるんだろ?」
「オーブが密かに地球軍へと技術協力して開発した機体……」
「そうだ。イージス、バスター、ブリッツ、デュエル……そしてストライク」
「確かに作ったオーブが悪いのはわかる。だが、お前達のあの襲撃のせいで、無関係な人達が巻き込まれた」
「それを俺たちに言うのなら、中立と謳いながら連合に加担したオーブの裏切りこそが事の発端だ。原因はまずそこだろう」
内容が内容なだけに、先程の空気をかき消す、剣呑な雰囲気へと変わっていく。
どちらも相手への敵意は持っていないが、相手の意見へ傾倒する気はなかった。
「それでも、あんな襲撃する必要があったのか。何の関係もない人を巻き込む様な襲撃……」
「お前だってあの機体の性能は知ってるんだろ。見逃せる様な代物じゃない。
俺達はプラントの為に戦ってるんだ。逃せばいずれ、プラントの脅威となる……破壊か奪取をするのは当然だ」
「それで今度はお前達が更に凄い機体を作り、今度は地球の脅威になる……お前は、その機体に乗ってたくさんの人を殺すんだろう?」
「露悪的な言い方をするのはやめろ。それは地球軍に対してだって言える事だ!」
「それならお前はどうすればこの戦争が終わると思ってるんだ。そうやって奪って、撃たれて。奪われてはまた撃ち返して。その先で、どんな平和な世界が待ってるって言うんだよ」
「ならどうしろと? プラントは黙ってやられろとでも言うのか!」
声を荒げるアスランに臆せず、カガリは強い視線でアスランを射抜いた。
まるで怯む気配のない強い瞳。ぶれる事のない芯が一つ通ってる様な、揺らぐ事のない気配であった。
「この間、砂漠の虎に会ったんだ」
「何?」
突然の話の転換にアスランは怪訝な表情を浮かべるも、カガリは構わず続ける。
「戦争にルールはない。始まりの合図も無ければ終わりの合図もない。ならば、昼も夜も常に戦い続けてると言えるか? どんな時も、どんな場所でも……私達は今この場でも戦争をしている。そう、言えるのか?」
「何を……」
「どこで終わりにする? どこで終わりにすれば良い? ────敵であるものを全て滅ぼして、か?」
アスランは息を呑んだ。
今まで、僅かなりとも抱いていた疑念。戦争の行く先。戦争の終わった先。
誰もが平和を勝ち取る為に謳いながら戦うと言うのに、肝心の平和の未来が見えなかった。
だが、今目の前でカガリが言葉にした未来が、現状の戦火に塗れる世界に一番近い未来だと、アスランにはそう思えた。
まるでパズルの最後のピースがはまる様な心地の中で、異常とも言える嫌な心持ちとなる結論である。
「敵であるものを全て……滅ぼして、か」
「アンドリュー・バルトフェルドは、そう問いかけてきたんだ。お前はどう思う?」
どう思う──そんな事を聞かれても今のアスランには答えようがなかった。
初めてにして明確に見えた戦争の答え。そんなものに、今すぐハイと意見など出るはずもない。
「俺には……わからない。そんな事、今まで考えたこともなかったし」
「私もだ」
「はっ?」
問うてきた割にはお粗末なカガリの答えに、アスランは間抜けな返事を返した。
「なんだよ、答えを教えてもらえるとでも思っていたのか。ははっ、残念だったな。私もまだまだ考え中だ。
あの虎は、答えを一緒に考えてくれることもないまま、逝ってしまったしな」
どこか悲しげな雰囲気を纏い、小さくため息を零すカガリ。
アスランは何故か、カガリのそれが敵であるはずのバルトフェルドを偲んでいるのだという事が理解できた。
「なんだよ、これ見よがしに話を始めておいて」
「だけど私の兄様は直ぐに答えを出してくれたぞ」
「はっ?」
二度目の間の抜けた返事を返したアスランに、カガリは小さく笑った。
「私達人間は分かり合える。ナチュラルとか、コーディネーターとか関係なく」
「そんな夢物語。この世界の惨状を見て良く言えるな」
「そうか? それなら聞くが、私達は本来敵同士……それでもこうして今敵にならずに話せてるのはなんでだ?」
「あっ……それは」
目から鱗と言った切り返しであった。
夢物語──そうアスランが切って捨てたカガリの言う答えを、外ならぬ今の自分達が証明している。
そう思えた。
「何で敵同士だった私達は今こうして話ができてるんだ?」
「それはお前が一時休戦だと言ったからだろう」
「いつから? いつまでだ? どんな条件で在ろうと、戦うことなくこうして平和にいられるならこれは戦争の終わりって言えないか? 休戦と停戦と平和と、言葉は違えど状況は同じじゃないのか?」
「それは、そうかもしれないが」
アスランは唸る。
言いたいことは分かる。言ってる事は理解できる。
だがそれは簡単に受け入れられることでは無い。
そんな子供の屁理屈の様な理論で戦争が終わるほど、世界は簡単ではないのだ。
でなければ、誰もが戦争を終わらせたいと願う中で戦争が長引くはずがない。
「お前の素直な気持ちを教えて欲しい──私とお前の2人は、今戦争中か? それとも、2人だけでも平和でいられているのか?」
それを平和と呼ぶのは夢物語だ。アスランはそうカガリの言葉を否定したかった。
だが脳裏に嘗て、婚約者が言った言葉が過る。
“諦めるより、信じてみませんか? 人は夢を見てここまで発展してきたのですから”
夢物語と言うのなら、その夢を信じるのも人の可能性ではないかと思える。
何より、先程抱いた戦争の先にある明確な答え。
あの異常に心持の悪い戦争の答えが過ったとき、そんな未来は願い下げだと本能的に拒否感を感じている。
アスランは未だ、キラ・ヤマトと友であることを諦めたくはないのだ。
「そう、だな……俺達は今、たった2人だけでも平和でいる」
認めた。ラクスが願い、カガリが述べた夢物語を。
自身もそんな未来を望むことを。
アスランの答えに、カガリは満足そうな笑みを浮かべる。
「私の名前はカガリだ。お前は?」
「──アスランだ」
名前を投げ合う。
それはこれまでから1つ先に踏み込むことを意味する。
「戦争を捨てて話をしないか? お互いの事を話して、くだらない事で笑い合ってさ」
「まるで友達だな……だが、それも悪くない」
2人は笑顔で語り合う。
互いの事。これまでの人生。家や国での出来事。
他愛もない話は弾み、2人は戦争で荒んだ心を癒す様に笑いあった。
2人が魅せる笑顔は、平和の中で見せる屈託のない笑みであった。
「大丈夫ですフラガ少佐。もう出られます」
落ち着いた声で、ジン・アストレイの前でムウに向かって啖呵を切るのはタケルである。
だが、そんなタケルへムウは厳しい目を向けた。
「さっきまでジンの装甲を剥がす作業に付きっ切りで何が出られるだ! 戦闘から戻ってからずっと、ジン・アストレイの作業を続けて、何時間たってると思ってる!」
「僕はコーディネーターです。ちょっとやそっとの疲労では」
「キラだって捜索後はちゃんと休んでるんだぞ。そんな言い訳が通るわけないだろう!」
「でも!!」
落ち着いていたのは作業に没頭していた為。
ジン・アストレイの装甲を徹底的に剥がし軽量化させ、十分な大気圏内での飛行能力を持たせることに成功したジン・アストレイが仕上がった今、タケルは再びカガリを捜索するべく無茶をはかる。
だが昼間の戦闘から夜になり、既に日も変わった。
それまで不眠不休のまま作業を続けていたタケルの体調が万全なはずもない。
そんな状態で、制御がさらに難しくなった暴走機体に近いジン・アストレイを乗りこなせる保証もなかった。
「落ち着け。あと5時間もすれば、日も昇る。そうなれば俺も出られるから……第一、暗い夜では俺もお前もまともに捜索なんかできないだろうが」
「わかってますけど……」
「何もできなくて情けないと思っているのは俺も同じだ。ホント、情けねえよ……お前には申し訳が立たない」
「フラガ少佐……」
何もできなくて悔しさに塗れるのは、なにもタケルだけではなかった。
ムウもまた、そんな悔しさに苦しむ内の一人である。
「伴だっていた俺の責任だ。俺が最後まで一緒に行動してりゃ、こんなことにはならなかった。
お前があの嬢ちゃんをどれだけ大切に思っているか知っていながら、安易に戦場に出る事を後押しした、俺達の責任だ。だから、必ず見つけ出す。お前も落ち着いて、最善の選択をしてくれ……日が昇れば見つかる。大丈夫だから」
力強く引っ張ってくれるムウに似合わない、優しい声音であった。
言い聞かすようなムウの様子に、タケルも徐々に冷静さを取り戻していく。
「ごめんなさい、フラガ少佐……カガリの事になるとどうしても、落ち着いていられなくて」
「気持ちは痛い程わかってる。俺も、艦長達もな。誰もそれを迷惑だなんて思っちゃいない、気にするな。なんせお前達兄妹には、助けられっぱなしなんだから」
「そんな、僕達だって助けてもらってばかりで」
「お前のその姿勢は謙虚で良いが、それも過ぎれば嫌味だぞ。ほら、少しでも横になって休んでおけ。
日が昇ったら、出るんだろう? 万全じゃなくてどうする気だ」
「はい……お気遣い、ありがとうございます」
ほら、行くぞ。
そう言って、タケルを伴ってムウは休憩室へと連れ立って歩いた。
未だ落ち着きを取り戻し切れない、身長の低いタケルの頭をポンポンと撫でてやりながら。
ムウは不安に押しつぶれそうな少年を休憩室で監視し続けるのであった。
「それでな、兄様は虎の奥さん相手に、“善処します”って完全に屈服しちゃってさ。あーでも、アスランも同じようになりそうだな……」
「何? さすがに俺はそこまで弱くは出ないぞ」
「本当かぁ? なんだか似たような気配がするんだよなぁ……」
他愛もない会話が弾むアスランとカガリ。
焚火に定期的に枝を放り投げながら、いつまでも尽きる事の無い話に花を咲かせていた。
「それにしても、カガリの兄さんは凄いんだな。ブルーコスモスのテロ相手に大立ち回りで、その後もバルトフェルド隊長を相手にそれだったんだろ?」
「気圧されない様に必死で強がってたって……本当は無理してるだけでそんなに強くないのに、いつもそれを隠して無理を押し通そうとするんだ」
「妹のカガリとしては大変か?」
「あぁ。だけど最近は頼れる人も出来たみたいでさ……少しずつ、そういう弱さを見せられる様になってきたんだ」
「カガリは良いのか? お兄さんを取られて」
これまでの話を聞いても、カガリにとってその兄の存在がいかに大きいかがわかる。
依存……それに近いと感じていたアスランはカガリにその旨を問いかけた。
「取られたって、なんでそうなるんだよ。兄様は私に変わらず接してくれてるし、別に私は兄様を私で縛ろうなんて気はこれっぽっちもないぞ」
「そうだったのか。俺はてっきり、カガリはそのお兄さんが好きなのかと」
「そりゃあ、大好きな兄様だが。だからと言って、いずれは私も兄様も本当に好きな人ができるだろうし……何なら兄様はもうその人が好きだろうしな。そうなれば、私は素直に祝福するさ。そうなった所で、別に私と兄様の関係性は変わらない」
「そう、だったのか」
過保護に過ぎる兄と、それを素直に享受する妹。家族としてそれ以上でも以下でもない関係だとわかり、アスランは何故かホッとした。
と言うより、目の前に自分がいるのに兄様兄様と話を広げてくるカガリの様子が何故か面白くなかった。
そしてもう一つ、こんな他愛もない会話の中で探るのは良くないとわかってはいても、カガリが言う兄様の正体にアスランは一つの疑念を抱いていた。
それは、あのオレンジのMSのパイロットである。
ブルーコスモス相手の大立ち回り──訓練された軍人でなければまずできないだろう。
そして、戦闘機に乗っているカガリ。その兄であるのなら、オーブの軍属である可能性は極めて高い。
そしてミゲルが言っていたある事実。
それはオレンジに乗るパイロットはMSの構造と特性を十分に熟知している人間だという事。
ストライクのパイロットがキラだという事は確定している事実だ。
その事実は、やはりナチュラルばかりの地球軍においてMSを扱い切れる人間はいないという事を指す。
であるなら、MSの構造と特性を十分に熟知し、尚且つそれを完全に扱い切れる人間など、地球軍にいるわけがない。
カガリの話を聞けば聞くほど、オレンジのパイロットはその兄であることを印象付けていくのだ。
「どうしたんだ、アスラン。そんな真剣な顔をして」
「あっ、い、いや何でもない。カガリの兄様がどんな人だろうなって思って」
ハッとして、作り笑いを浮かべた。
楽しそうに話すカガリに水を差すような疑念を、胸の内に留めたくは無かった。
「そうか、きっと気が合うと思うぞ。お前もラクスやキラに小さなロボット送るくらいは機械好きなんだし。絶対兄様とは気が合うさ。兄様も機械関係の技術者だからな」
「そっか……会えた時には今日の様に、こんな他愛ない話がしたいな」
「できるさ! 私達がこうしてできたんだから!」
確定的であった。
カガリの兄でコーディネーター。
恐らくはオーブの軍属であり、カガリはぼかしたつもりでいるだろうが軍属で技術者でヘリオポリスに居たとなれば、それはもうMS関係の技師しかありえない。
地球軍に都合よく凄腕のパイロット兼技術者がいる可能性より、よほど現実的だ。
つまりアスランは、今こうして楽しく話しているカガリも含め、カガリが慕う兄とも死力を尽くした戦いをしてきており、それはこの後も続いていくのだ。
「なんだよ、そんな浮かない顔をして……」
「こうして、カガリと楽しく話せたって言うのに、俺達は元の場所に戻れば敵同士となるんだよな」
アスランの言葉に、カガリもその表情に影を落とした。
いうなれば時間制限付きの平和。互いの立場を忘れ、今この時だけの短い平和。
ひとたび戻れば、その先は無情な戦場である。
それはバルトフェルドの時も同様であった。
いくら平和と嘯こうが、現実として世界は戦争を続けているのだ。
「そうだな……でも、それは仕方ないだろ。お互いに敵対する立場にいるのなら」
「仕方ないって……そんな簡単に」
「それが嫌なら、戦う事を止めるしかない。でもそれだってできないだろ? 皆、守りたいものがあるんだから」
「あぁ」
どうにも、カガリには諭されてばかりな気がする。少しだけ、カガリには頭が上がらない気がした。
先の戦争論に対する答えもそうだ。
アンドリュー・バルトフェルドが提言した問いへの答え。正確にはカガリの兄が出した答えではあるが、カガリなりにそれを自身の中で昇華している。
そしてそれは、悩むアスランにとって信じられるべき答えであった。
「さっき言っただろ。いつかコーディネーターとナチュラルは分かり合える。私と兄様も、私とアスランも。こうして分かり合えているんだから」
「だからそれまでは、立場に従い大切なものの為に戦い続けると?」
「立場に従うなよ。従うのは己の意思……だろ」
己の意思……また一つ、アスランは自身の戦いの意味を考えさせられた。
プラントを守る為にザフトへと入ったアスラン。
だがザフトとして戦ううちに、いつの間にかザフトとして戦う事だけが自身の戦う理由となっていた。
ユニウスセブンの悲劇で母を失い、二度とそんな悲劇を起こさせないために……プラントを守る為にと願った己の意思が薄れていた。
「従うのは己の意思、か……」
「軍人として戦場で出会うなら仕方ないだろ。それは互いに大切なものを守る為に戦場に出ているんだから。でも戦場で敵として出会ったからって、分かり合えないとは限らない」
カガリの言葉は聞こえの良い言葉を並べてるだけ。
そうは思っても、夢を見たくなる気持ちにさせてくれた。
疑う事のない眼差し。ぶれる事のない声音。そして心を侵して行く様な心地の良い言葉。
何より戦場で出会ってしまったキラとの事で思い悩むアスランにとって、カガリの言葉は正に的を射ている。
戦場で出会ってしまったからと言って、分かり合えないとは限らない。
それはきっと、自身が望む一番の願いだから。
『ア……ラン……アスラン……こえますか……応答……がいます』
不意に飛び込んでくる微かな音声。
アスランも、そしてカガリも血相を変えて飛び出した。
急いでイージスへと乗り込んだアスランは、音を吐き出している無線の様子を確認する。
「ニコル、ニコルか!?」
『アスラン! よか……た……今電波から位置を』
繋がった。
向こうの声もこちらの声も届いた。アスランは安堵の笑みを浮かべる。
「どうした!」
「無線が回復した!」
荒れていた空模様も良く晴れており、電波状況が改善されたのだろう。
捜索に来たニコルの位置も届きやすい位置に居たのかもしれない。
とにかく、アスランは仲間との連絡がついたのだ。
「ん……この反応?」
アスランは、ニコルの発信とは別に、違う通信の電波を拾った。
空を駆けるスカイグラスパーに乗るムウがちょうどその時、救難信号の電波を捉えていた。
「救難信号……キラ、タケル、捉えたぞ!」
急ぎ同様に捜索に回ってるキラとタケルに座標を送り、ムウも現地へと急行した。
朝日が差し込む無人島で、服を着直したカガリとアスランは互いに向き合う形で別れを惜しんでいた。
「こっちは救援が来る。多分そっちにも、海から反応が来てるから来るはずだ。カガリの機体がある方角から」
「そっか、お前が救難信号を飛ばしてくれてたお陰だな。ありがとう」
「俺はイージスを隠さなきゃいけない──できれば、ここで戦闘になりたくはないからな」
「あ、そうだな。私もそうはなって欲しくない……機体の所に戻るよ。隠れて様子を見てる」
楽しい時間が。その思い出が強い程、別れは惜しまれる。
ましてや離れれば敵対関係となる2人。こうして互いを知ったからこそ、別れは苦悩の時間となる。
だが、未練を断ち切るように一度目を瞑ってから、アスランはカガリを見つめた。
「生き残ってくれよ、カガリ。お前の兄さんとも、平和な時間を共にしたいからな」
「アスランこそ死ぬなよ。兄様みたいに、お前もなんか危なっかしいから」
「戦闘機でイージスに挑んできたカガリに言われたくはないな」
「はは、それもそうだな」
最後にひとしきり笑う。これでもう別れを惜しむ時間は終わり。
「じゃあな」
「あぁ」
最後に一言かわして、2人は互いに背を向け歩き出す。
もう2人の顔に、別れを惜しむ気配は無かった。
カガリはスカイグラスパーの元へと走っていく。
その道中で海へと視線を向ければ、海中から顔を出すストライクと、空中をかけてくるほとんど外部装甲の無いジン・アストレイの姿を見つけた。
「ストライクにジン・アストレイ!」
カガリはその顔を輝かせて、足を早めた。
「兄様! キラ―!!」
その顔は、朝日にも負けないくらい、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
アークエンジェルを追い詰めるアスランの部隊。
命令は撃破。再び見えた嘗ての親友は、既に紛う事なき敵国の兵士か。
未だ定まらぬ決心の中、アスランもキラも銃火を交える。
故郷を目の前にして、帰還する兄妹が告げる声は、戦火を映像に見る国に何を思わせるか。
次回、機動戦士ガンダムSEED
『平和の国へ』
舞い戻る翼、翻せ、ガンダム!
いかがでしたか。
本作において砂漠と合わせて大きく原作と変わったところ。
どうしてもなんか説教くさいのはお許しを。
それを言わせるだけのバックグラウンドは用意してきたつもりですが、、、
とにかくこの回はアスランとカガリでイチャイチャさせたかった。これにつきます。
前後編でほぼ2万文字でした。
お楽しみいただければ幸いです。
感想、よろしくお願いします
ちょっと次回は頑張った分お時間いただきます