機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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幕間 兄妹

 

 

 

 無人島でカガリを見つけたキラ達は、その地点をアークエンジェルへと打診し合流を果たした。

 

 自力での飛行ができないスカイグラスパーをストライクに担がせ、格納庫へと搬入する。

 1日にも満たない遭難であったが、カガリは妙に久しぶりな感触を抱きながら、アークエンジェルへと帰還を果たしたのだった。

 

「よっと。はぁ~大変な目に遭ったな本当に」

「何を暢気な事言ってやがる。本当に大変なのはこれからだぞ、嬢ちゃん」

「なんだよフラガ少佐。ようやく戻って来れたって言うのに……」

 

 スカイグラスパーから降りて、暢気に伸びなんかしながら帰還の安堵に包まれているカガリを、ムウは苦笑で出迎えた。

 ムウだけではない。出迎える整備班の面々もそうだ。

 変な空気を纏うムウ達にカガリは訝しむ。

 

「覚悟しておいた方が良いよ、カガリ」

「キラまで……一体何が言いたいんだ?」

「アレだよ。言っておくけど、これは2人の問題だからね」

「アレ? 2人? 何を言って──」

 

 キラが指さす先へとカガリが振り返ると、アークエンジェルのハッチから、極限まで装甲を減らし見るからに突貫で仕上げたであろうジン・アストレイが帰投してくる姿を目にする。

 入って来るや否や、急いでる(様に見える)気配を隠すことなくハンガーに収めてコクピットが開かれてくる。

 ラダーすら使う事もなく、その高い身体能力に任せて飛び出してくるパイロットスーツ姿の兄の動きに、それはもうキラの言う事を瞬間的に理解した。

 

 これはヤバい……空前絶後でヤバい。

 

 飛び出してきたと言うのにカガリを見やると、なぜかゆっくりと歩み寄って来るタケル。

 ヘルメットを取ったと言うのにその表情は俯いていて見えなかった。

 カガリはその様子に恐怖すら覚えて、反射的にキラの背後へと隠れる。

 

「(ちょっ、カガリ。ダメだって、ちゃんと──)」

「(だってあれ、絶対怒ってるじゃないか! いや、怒ってるなんてものじゃない。もはやあれは阿修羅の様じゃないか!)」

「(そんな大げさな。って言うか阿修羅みたいってどんな感じなのさ?)」

 

 カガリにはタケルの背後に一体何が見えているというのか……確かに随分と静かな雰囲気ではあるがそこまでカガリが怯える程の気配は、キラからは伺えなかった。

 

「──カガリ」

 

 静かで落ち着いた声であった。

 未だその表情は伺えないが、少なくとも怒りを必死に抑えているような気配ではない。

 

「ほら、カガリ」

「うわっ、ちょっ、き、キラ!?」

 

 するっと背後に回り込んだキラに背を押され、カガリはタケルの前へと躍り出た。

 

「カガリ……」

「──に、兄様。その……心配をかけて、ごめん」

 

 コトンと、タケルが抱えていたヘルメットが床に転がる。

 次の瞬間には、カガリはタケルの腕に抱きしめられていた。

 

「ちょっ、に、兄様!?」

「────た」

「え?」

 

 耳元で小さく呟かれた声。それは腕に抱かれたカガリですら聞き取れない程にか細い声であった。

 

「兄……様?」

「──本当に、無事でよかった」

 

 全身を震わせ、タケルは力なくカガリに体を預けながらも、カガリの存在を確かめるように腕の力を強めた。

 カガリはそんなタケルの様子に、自身がどれだけ兄の心に不安を落としたかを理解した。

 カガリが戦場に出ると告げた時見せたタケルの反応。自身の命よりカガリの命の方が重いと明言して見せたタケルが、彼女の行方不明の報にどれだけ心を重くしたか。そんな事は容易く想像できる。

 タケルがどれ程カガリを大切に想っているか。それを彼女は良く理解し知っているのだ。

 冗談でも比喩でもなく、それはもう死ぬ程辛かった事だろう

 今のタケルは、母を見失い1人彷徨い続けた迷い子の様な。そんな印象を抱く程に、小さく弱く見えた。

 

「ごめん兄様……本当にごめん。心配かけて」

 

 居た堪れなくて、カガリはタケルの背に手を回し、あやす様に撫でつけてやった。

 自分は無事に帰ってきてここにいる。確かに生きてここにいる。

 それをわからせる様に。

 

「──だから嫌だったんだ。カガリが戦場に出るなんて」

「あぁ、本当にゴメン」

「──棺桶の様な戦闘機じゃ、良い的だって言ったのに」

「私も懲りた。もう、出撃しないから……」

「──二度と言わないで。戦闘機で出撃するなんて」

「わかったよ。約束する」

 

 言いたい事を吐き捨てると、タケルはカガリから離れてヘルメットを拾い、顔を上げる事なくロッカールームへと走って行ってしまう。

 安堵に緩み切った涙腺が流す涙を見られたくなかったのだろう。と、傍で見ていたキラは思った。

 カガリの服の肩口が少しだけ濡れていたのだ。

 相変わらず変な所で強がるなぁと思ったが、キラは胸の内に止めることにした。

 カガリが居なくてタケルがどれだけ辛かったか。そして無事に戻ってきた事がどれ程嬉しいかは、傍で見ていたキラが一番良く知っていたから。

 

「すまないフラガ少佐。そう言うわけだから……私はもうスカイグラスパーで出撃できない」

「また出ろなんてこっちも言えないさ。嬢ちゃんがいない間、アイツは本当にひどい状態だったからな。また出るなんて聞いたら、今度こそアイツは戦えなくなるだろう」

「私から言い出したと言うのに、本当にすまない。ラミアス艦長達にも伝えて欲しい」

「その辺はもうこっちでも話してある。どの道嬢ちゃんは今後出撃させないつもりだったよ。タケルの想いを見誤って、嬢ちゃんの意見を後押ししたこっちにも責任はあるからな。気にしなくて良い」

「そうか……ありがとう」

「でもカガリ、本当に良いの?」

 

 キラはカガリに問いかけた。

 元々、無理をして危なっかしいタケルを戦場で助けたい一心で出撃することを考えたと言うのに、出られなければ今度はカガリがタケル同様に、また艦で待つだけとなり辛くなるのではないか。

 カガリとて、タケルを大切に思っているのは同じはずであり、その辛さは同じだけあるのではないかと、キラは考えていた。

 

「良いんだ、キラ。私も気がついた……確かに私は戦えるだけの訓練を兄様から受けてきたけど、それは戦う為じゃない。何かあった時に生き残る為。私を生かすためであって敵を討つためではなかったんだ。

 兄様が以前言った様に、後ろで信じて見守り、辛くても我慢するのが私の役目だ」

 

 カガリは昨日の事を思い出す。

 無人島で、アスランと対峙した時。カガリはタケルの教えもありアスランに対して優位な状況を作れはしたものの、アスランを制圧するまでには至らなかった。

 制圧する手段が思いつかなかった。

 それもそのはず。タケルがカガリに伝えていたのはあくまで身を守る術であり、敵と戦う事を考えたものではない。

 生き残る──その術を教えていたに過ぎない。

 

 カガリの出自を考えれば、彼女が単独で敵と相対する事などないはずだからだ。

 周りには誰かしか護衛がいる。

 カガリが修めておくべきは、有事の際に生き伸び続ける術であり、自ら敵と戦う術ではない。

 

 カガリはその事を、今回身をもって知ったのである。

 

「私が間違っていたんだ──だから、これで良い」

「そっか、それなら良いんだ」

「キラにも、迷惑かけちゃったな。私のためにずっとストライクで探してくれてたんだろ?」

「大した事ないよ。タケルに比べたらね……」

 

 キラは思い返す。昨日のタケルの様子を。

 落ち着きを取り戻してからのタケルは、それはもう必死に動き続けていた。

 ジン・アストレイの装甲を取り払うために細かな指示を整備班に出し続け、代わる重量に合わせた調整をコクピットで仕上げながら、自分も整備班の作業をそのまま手伝う。

 

 戦闘の直後からずっと。日が落ちる直前から日が変わるまでずっと……そんな調子で作業を続けて、機体が仕上がれば、今度は艦橋に上がりカガリの戦闘中の足取りから様々なデータを洗った。

 明け方にキラに渡されたデータは、それはもうかなり絞られた捜索範囲のデータであった。

 

 不安に押し潰れないためであろうとも、タケルの頑張りを考えると、キラは疲労を感じる事すら無かった。

 

「タケル、ロッカールーム行っちゃったけど……もう一度顔見せてあげたら? さっきはあんなだったけど、少しは気持ちも落ち着いただろうし」

「あぁ、確かにそうだな。ありがとうキラ、ちょっと行ってくる!」

 

 小走りに去っていくカガリを見送り、キラは穏やかな笑みを浮かべながら一息ついた。

 

 キラにとってタケルとカガリは、もうかけがえのない友であると言えた。

 突然の戦火に巻き込まれて、なし崩し的に戦場に立つことになった自分を、必死に守り助けてくれたタケル。

 戦う事に、敵を討つ事に思い悩むキラを諭して、その心を救ってくれたカガリ。

 そんな2人が大変な時、力になれたことが嬉しかった。無事に事が終わった事が嬉しかった。

 

「良かったな、キラ」

「そうですね。2人のあの姿を見るのは、自分のことの様に嬉しい気がします」

「俺達は助けられてばかりだしなぁ」

「僕はムウさんにも助けられてますけどね」

「おぉ、なんだぁキラ? 急に褒めてもなんも出てこないぞ」

「いや、別にそんなつもりじゃ……」

「わかってるさ。アイツ等見てると、なんか色んな人に感謝したくなるんだよな」

「互いに助け合ってるからでしょうね。それが目に見えてわかるから、それがすごく眩しく見えると言うか」

「良いこと言うなぁ、キラ君。確かに、お前の言う事はわかる気がする」

 

 さーて、艦長と副長に報告して来ないとな────そう言って、ムウも足早に格納庫を後にしていった。

 キラはそれも見送った所で、ようやく自分も少し疲れていることに気がつく。

 

「僕も、ちゃんと休んでおかないと」

 

 先に向かったカガリの後を追う形になるが、キラもロッカールームへと足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄様、入って良いか?」

 

 ロッカールームに着いたカガリは扉の前で声をかける。

 別に着替え中である事を考えて配慮してるわけではない。

 先の格納庫での一幕を見るに、少しだけタケルが気まずさを感じてる様な気がしたからだ。

 まだタケルの気持ちの整理がつかず、カガリと顔を合わせたくないのであれば、出直すつもりであった。

 

「──兄様、もう着替えて戻ったのか?」

 

 返事が返って来ず、カガリは今一度部屋の中へと声をかける。だが、やはり返事は帰ってこない。

 

「もう居ないのか……入るぞ」

 

 カガリはロッカールームの扉を開け、中へと踏み入っていった。

 すると、ロッカールームに備え付けられたベンチで横になってるタケルの姿を見つける。

 

「なんだよ兄様。居るなら返事くらい──」

 

 近寄っていった所で、カガリは口を噤んだ。

 静かに聞こえる寝息。カガリと変わらない身長でまだまだ成長途上な身体を狭いベンチに収めて、タケルは寝入っていた。

 パイロットスーツから着替えてすら居ない。

 カガリはそんなタケルの姿に、改めて兄に多大な心労をかけた事を悟る。

 元々MS開発の技術者であるタケルは、徹夜で設計やデータの作成、機体の調整などするのは慣れっこだ。

 昨日を寝ずに過ごした所で、そこまでの影響は出ないはずである。

 それが今、着替えすらする事なく寝入っていると言う事は、その疲労の要因が心的なものにある事は火を見るより明らかであった。

 

「──本当にゴメン、兄様」

 

 再び居た堪れない気持ちになったカガリは、いつかタケルにしてあげた様に寝入るタケルの頭を持ち上げて自身の脚を枕がわりにしてやった。

 せめて、少しでも楽に休んで欲しかった。

 

「カガリ、タケル。入るよ?」

 

 タケル同様パイロットスーツを着替えにきたのだろう。

 飛び込んできたキラの声に、カガリは声を抑えて答える。

 

「あぁ、大丈夫だぞキラ」

「それじゃ、入るね──って、タケル寝ちゃってるんだ」

「あぁ、私のせいでやっぱり疲れてたみたいだ」

「さっきも思ったけど、こうしてるとやっぱりタケルがお兄さんだとは思えないよね」

「なんだよキラ。急に」

「だってカガリの方がずっとしっかりしてるし、お姉さんっぽいでしょ」

「それはこの艦に乗ってからの兄様しか知らないからだ。確かに兄様は、元々精神的に強いタイプの人間じゃないけど、それでもオーブにいた時は私なんかよりずっとしっかりしてたんだぞ」

「そう言えば……確かにそうだね。アークエンジェルに最初乗った時は、カガリよりずっとしっかりしてる印象だったっけ」

「戦場に出て、命のやりとりをする様になってしまったから……私を守るために無理をする様になったからこうなってしまっただけなんだ」

「そういう事なら、きっと僕にも原因があるんだろうね。最初の頃は僕を守るためにもタケルは必死になってくれてたし」

 

 着替えを済ませながら、キラは染み染みと呟いた。

 アークエンジェルに乗ってから、徐々に強さの裏にある弱さが見えて来たタケル。

 やっぱり思うのは、彼は決して強くないという事だ。

 強く見せる事はできても本質は違う。今回の件でそれがより鮮明に浮き彫りとなった。

 タケル・アマノは失うことに耐えられない。なんならこの艦の人員で一番弱いかもしれない。

 

「カガリ、こんな所で寝かせるのもあれだし、医務室まで僕が運ぶ? その方がゆっくり休めると思うけど」

「いや、良いよ。気持ちだけありがたくもらっておく。苦労をかけたのは私だからさ……私が見てあげてたいんだ」

「そっか。それじゃあ、僕は先に戻ってるね。艦長達には、タケルはしばらく休んでるって伝えておくよ」

「あぁ、ありがとな」

「それじゃあね」

 

 キラがロッカールームを出ていくと、部屋の中には再びタケルの寝息だけが聞こえる静かな空気へと変わった。

 視線を落とせば穏やかな顔で眠る兄の姿に、カガリは慈しみを覚えてその頭を撫で付ける。

 確かに、こんな事をしていればタケルが弟でカガリが姉とキラが言うのも無理はない。

 だが兄がこんな姿となる以前に、行方不明となった妹の為に兄は全身全霊をもって捜索に心血を注いでくれているのだ。

 

 こんな手のかかる妹の為にである。

 

 キラが言うこともわからなくはない。が、心が弱く脆くとも、カガリはそんなタケルを兄に持つ事が誇らしくて仕方なかった。

 むしろ弱くて脆い方が良いとさえ思えた。

 そんな兄の支えになる事ができるから。

 

「私は兄様のお姉さんになるのは御免だな──私は妹が良い」

 

 きっとタケル自身もそれを肯定してくれると、カガリは信じてやまなかった。

 

「本当におつかれさま──そしてありがとう、兄様」

 

 静かな寝息を聞きながら。

 タケルの目が覚めるその時まで、カガリは慈しむ様にタケルの頭を撫で続けるのだった。

 

 

 




いかがでしたか。

カガリ遭難編は、見つかって良かったぁで終わりたく無かった。
原作とは違う形でカガリが戦う様になったからこそ、遭難の話にはちゃんと本作だけの大切な部分を描きたかった。
そんな補足回。

ご感想、是非是非お願いします。

読者が感じる主人公の魅力は?

  • しっかりしてるけど脆い所
  • カガリ大好きお兄ちゃんな所
  • 頑張って強がる所
  • 技術者兼パイロットの特異な強さ
  • ナタルとイチャつける人懐っこさ

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