「それで……何で私まで呼ばれたんだ?」
辟易とした様子でため息を一つ。カガリは目の前の“惨状”を見つめた。
アサギ達の提案によって開かれたお帰りなさいパーティ。
技術者としてタケルと関わり深いスタッフや、軍人であり一応は外部の人間になるタケルを来社時に応対する受付嬢など、数名の追加もあって現在目の前では簡易で盛大なパーティの真っ最中である。
何故かこのパーティーに、タケルからお呼びがかかって、カガリも参加となったわけだ。
「だって、おかえりなさいパーティって言うんだしカガリも一緒に帰ってきたじゃない?」
「あくまで兄様のためのだろう。私は場違いじゃ無いか!」
「別にカガリだって皆と他人って訳でも無いでしょ。アサギ達も歓迎してくれたし」
「それはそうだが!」
「嫌なら帰っても良いんですよ姫様。でも──」
良い感じに酔いが回ってそうなエリカが寄って来る。
既にその気配にカガリは警戒態勢であったが、耳元へと顔を寄せられて、カガリは小さく囁かれた。
「姫様がそんな態度を取ると……この後アマノ二尉は落ち込んでしまうかもしれないですけど、ね」
小首を掲げて疑問符を浮かべるタケルを視界に入れながらエリカにそんな事を囁かれ、カガリは固まった。
ある意味見事なまでの脅し文句である。
折角だから一緒に。2人とも無事に帰ってこれたのだから。
タケルはカガリとその喜びを分かち合いたくて呼んだ訳だ。端的に言えば、この場に一緒にいて欲しいのである。
それが馴染めないからと離れてしまえば、タケルはカガリに迷惑をかけたかと気になってしまってパーティーどころではなくなるだろう。
そんな事をして良いのか? と、エリカは暗に告げて来たのだ。
「シモンズ、少し酔いが回りすぎていないか?」
「誰のせいだと思ってるんですかぁ? 姫様が無鉄砲に飛び出して、アマノ二尉を独り占めしなければ、私もアサギ達も苦労しなかったんですよ」
清々しい程の責任転嫁である。
確かにカガリがヘリオポリスへと飛び出していったために、タケルも連れ戻しのための特務についたが、だからと言って今ここで羽目を外す理由にはならないだろう。
「エリカさん、カガリも遊びに行った訳では無いですから、ね?」
「アマノ二尉は姫様に甘過ぎます。もっと私達を労ってください」
「そうですよー!」
「私達ずっと自分達だけで頑張ってたんですよー!」
「もっと褒めてくださいー!」
エリカに続いてアサギ、マユラ、ジュリまで乱入しブーイングの嵐に見舞われるタケル。
これがカガリが言った惨状である。
理知的で理性的であるはずのエリカも、タケルがいなかった苦労のせいかタガが外れており、その被害を受けてアサギ達も漏れなく酒の餌食となる。
結果、酒精を知らぬ少女達は自制を彼方へと置き去りにし、普段の倍は騒がしく、普段の数倍距離感が近い。
目の前には酒精で顔を少し朱に染めた4人が詰め寄って来ており、タケルはカガリへと救援を求めるも、自分が悪者扱いされている今、不貞腐れたカガリにその気はない。
「あー、ちょ、ちょっと皆落ち着こう。色々おかしくなってるからさ」
「それじゃ、アマノ二尉もおかしくなりましょうか?」
「賛成ー」
「意義なーし」
「やっちゃいましょう」
「へっ? ちょっと、僕お酒はまず──がごぼ」
「バカ、兄様にまで何を飲ませてるんだ!?」
口内へと放り込まれる缶の中身。
もちろん、中は酒である。それもタケルが嫌いな苦い味わいのビール。
カガリが慌てふためく中、嚥下される事数回。
タケルの喉元が艶かしく動く様を見つめて、カガリはわなわなと震えた。
砂漠での一件。いたずらに酒精へと手を出した事で、酷い羞恥に見舞われたタケルは、カガリにこんな事を零していた。
“僕はお酒を飲んじゃいけない人間だ”、と。
カガリはその理由までは聞かなかったが、その時のタケルの表情を見るにとんでもなく酷い目に遭ったのだろうと悟った。
一息に飲み干して、座り込んでしまうタケル。
この状況は、少なくともタケルにとって相当にまずい状況ではないかとカガリは感じた。
「お、おい!? やめろ、兄様にこれ以上飲ませるな!」
「うぅ……苦い、まずい、美味しくない」
「大丈夫か兄様!? なんなら今すぐトイレで」
「だ、大丈夫だからカガリ……そこまで心配しないで。折角のこの場、台無しにしたくないし……」
まだ酒精ではなく嫌いな苦味にうめいてるだけだ。
だが既に耳元が赤くなって来ているのをカガリは確認した。
「兄様、ちょっと待ってろ、別の飲み物取ってくるから……シモンズ達はもう離れてろ! これ以上飲ませたら許さないからな!」
「むー、姫様横暴ー」
「うるさい、酔っ払い!」
猫が威嚇する様に酔っ払い共を追い払い、カガリは急いでお茶の類を用意した。
昔、父ウズミが二日酔いで苦しい時、よく茶を入れてもらっていた事を思い出したのだ。
「兄様、口直しにお茶を用意したから。ほら」
「うぅ、ありがとう……カガリ」
こくこくとカガリが用意した飲み物を飲み干していき、タケルはふぅと一息ついた。
「大丈夫か……」
「うん、なんとか」
覗き込んでくるカガリを視界に入れながら、虚ろな表情で答えるタケル。
一先ずはまだ酒精の影響もなさそうだと、カガリは様子を見た。
「ごめんね、カガリ。いつも」
「全く、ちゃんとはっきり断らないとダメだろ。そうやっていつも押し流されて……良い事なんか一つも無いんだからな」
「うん……ごめん……」
「困るのは兄様だぞ。アークエンジェルに居た時だって、自分の機体だけじゃなくて私と少佐のスカイグラスパーも見て、整備班の作業も手伝ったりして。訓練だって、トールの為に私と同じようにやらせたり」
「でも……皆、大切だから……」
「無理な事を無理って言うのは別に良いだろう。兄様一人で何でも応えてちゃ──」
カガリの言葉が止まる。
唐突にタケルが動いて、カガリをその腕に抱え込んだのだ。
「えっ、お、おい、兄様! 何をしている、放せ!」
「無理」
「バカ、今は無理っていう所じゃないだろ! 何を考えてる!」
オロオロと狼狽えるカガリの声を聞き流しながら、タケルは少し腕に込める力を強くした。
温かい……伝わる熱を感じ取って、タケルは虚ろな意識の中そんなことを思っていた。
砂漠の時もそうだったが、おぼろげな意識となったタケルがふと求めたのは、他者と触れた時の温もりであった。
地球への降下の折、ナタルの手に触れてその温かさに救われてから。
タケルは深層意識の中で他者の温もりが自身の力になる事を覚えたのだ。
そして今、またも突然放り込まれた酒精に虚ろな中、目の前には最愛の妹の姿。
酒精に酔ったタケルは、ナタルの時と同様、人肌恋しくなりカガリを抱き寄せたのである。
「カガリは……温かいね」
「馬鹿、何を言ってる!」
「良い匂いもする」
「ばっ!? ふ、ふざけるな、嗅ぐな変態!」
今ここに来て、カガリはタケルが飲酒に対して自戒した時のあの表情の意味を悟った。
タケルは言うなれば甘え上戸なのだ。
普段強がり、必死に強くあろうとするが為にその反動で、親しい人間に甘え温もりを求めてしまう。
なるほど確かに。卑屈で自信のない自分を理論と強がりで作った仮面で隠し必死に悟られまいとするタケルからすれば、そんな情けない姿など見せられない。
強がるタケルにとって、これほど格好のつかないこともない。
だから、自戒していたのだろう。
「カガ……リぃ……」
「や、止めろ、そんな猫撫で声で……耳元で囁くなぁ」
「ホント……無事で……よかっ……た……よ……」
途切れていく声。静かになるタケル。そして規則的に首元へと当たる吐息。
カガリの首元へと顔をうずめて、タケルはそのまま寝入ってしまう。
こうなると、またも大慌てとなるのはカガリだ。
起きていればまだ引き離そうともがいただろう。離せとタケルを窘めただろう。
だがタケルが寝入ってしまったとなると、それができなくなる。
タケルがそうであるように、カガリも結局のところはタケルの事が大好きなわけで、静かに寝入ってしまったタケルを起こせないのである。
「あー! 姫様何してるんですか!」
「アサギ、良かった。助けてくれ……兄様がこの状態で寝ちゃったんだ」
「姫様だけずるい!」
「何がずるいだ。というか大きい声を出すなよ。起きちゃうだろ」
「マユラ、ジュリ、こっち来てー!」
「お、おいやめろ。わざわざ騒がしくするな」
「何アサギ、ってアマノ二尉何してるんですか!?」
「マユラちゃん何を言って、ってえぇ!? 姫様とアマノ二尉ってそう言う関係だったんですか!?」
「バカ、全部お前達のせいだろうが!」
「許せないよねこれー」
「ずっと独り占めしてたくせに帰って来ても独り占めなんて」
「姫様はアマノ二尉独占禁止法違反です」
だめだこいつら、全員酔いで頭のネジが飛んでやがる。
カガリは全く話のできない3人に諦めを覚えて、周囲を見回す。
どうするか……この状況を打破する術を探すカガリだったが、そんなカガリを
「じゃあ私はアマノ二尉の左からー」
「じゃあ私は右!」
「え、えぇ……それじゃ私は、後ろから」
「なっ、何をしてるんだお前らぁ!?」
それぞれの位置から各々にカガリの大切な兄へと抱きついていく。
起こしてしまうことも忘れ、カガリは大きい声でそれに絶叫の声を上げた。
「あらあら、これは非常に面白いことになってるじゃない。ちゃんと残しておかないと」
カメラ機能を持った携帯端末を取り出し、5人の様子を激写するはパパラッチもといエリカ・シモンズ開発主任である。
もちろん止める気など更々ない。
タケルも、アサギ等3人も、明日この写真を見たら悶絶することだろう。この絵を撮れただけで、今日のパーティーは大満足の結果である。
「シモンズ、ふざけるな。画像を消せバカ!」
「あらあら、自分から見せつけておいてそんな殺生な。撮ってくれと言ってる様なものでしょう。アサギ、マユラ、ジュリ」
「いぇーい」
エリカからの目線を寄越せの指示に揚々と3人が答えて、再びもう1枚撮影。
十分だ……十分すぎる戦果である。
全く我関せずでカガリに顔を埋めるタケル。そんなタケルに体を寄せ嬉しそうな3人。
困り顔のカガリが1人だけ浮いているのも実に良いアクセントだ。
これだけでしばらくは酒の肴に困らないだろう。
エリカは至高の満足感を得て、携帯端末をポケットへとしまった。
「はい、OK。後は好きにじゃれついてなさい」
「はーい」
和気藹々と返事を重ねた3人は徐にタケルの身体を物色し始める。
そう、物色である。
あちこち触っては意外と鍛えてるだの、見た目に似合わずがっちりしてるなど。
異性の身体をここぞとばかりに弄る3人に、こいつら羞恥心と言うものを置き去りにして来てしまったのかと、カガリは震えた。
「やぁめろおおおお!」
独占欲によるものか、嫉妬か、或いはまた別の感情か。
とにかく目の前の光景が面白くなくてカガリは声を挙げた。
耳元でカガリが叫んでると言うのに渦中のタケルは変わらず、すやすや穏やかな寝息を立て続けるのであった。
その日の夜、ウズミはお忍びでオノゴロのとある店へと赴いていた。
外から見ても立派な料亭である。和室のゆったりとした個室が案内され、そこで食事と酒が用意されていく。
そのまま待っていると1人の男性が入室してきた。
「急な呼び出しすまなかった。こうして合うのは、久しぶりだな……トダカ」
そこにいたのは、タケルとの邂逅を終えやってきたトダカだった。
テーブルを挟んで向かい側に座ったトダカは、落ち着いた空気の中で一つ息を吐く。
「久方ぶりに帰ってきたアイツの事を考えますとね。互いに父親代わりとしては思う所がありましょう。とは言え、そちらはカガリ様の事もあるでしょうが」
「怪我の功名と言うべきかな……あれは今回の経験を糧に随分と成長してきたようだ」
「それはそれは。あの艦に感謝すべきことが増えましたね」
「全くだな。どれ、一先ず」
「はい──乾杯」
互いに一献。2人は静かに会食を始めた。
しばらくは部屋を沈黙が包む。互いに運ばれてくる料理を楽しみ、酒を嗜む。
静かだが、楽しい時間であった。
「それにしても、驚かされるものだ」
「何がです?」
「長い事、とは言っても数ヶ月。その間に、カガリはまるで違う面構えとなった」
マーナに連れられ、ウズミの元へと帰って来たカガリは、多くの事を報告した。
報告しろと命じられたわけではない。そもそもカガリは自らの意志でヘリオポリスへと向かい、オーブの罪を確認しに向かっただけだ。
ウズミに何かを言われて、見に行ったわけではない。
だがそれでも、カガリはこれまでに見て来たことを。聞いて来たことを。そして知った事を、ウズミに話した。
幼子がその日の出来事を親に面白おかしく話す様に、カガリは自らが感じて理解して来た世界をウズミに語った。
ウズミはそこに、為政者となるカガリを見た気がした。
「それはそうでしょう。オーブにいてはまず経験できない事ばかりなのですから」
「だが、戦争を知ってしまった……聞けば、前線にまで出たとも」
「タケルが居ながら、と言うのも驚きですがね。戦闘に出ることなど許しはしないと思いますが」
「あれの欠点だな。どうにも流されやすい」
「確かに甘い。特にカガリ様には」
それが悪いとは、2人も殊更考えるわけではなかった。
流されやすいというよりは身内に甘い。その程度だろう。
現にユニウスセブンでは学生組の作業分担の事でムウと強く対立していた。
流されやすいという表現が正しいのであればそうはならない。
「そしてやはり、脆いものだ」
「はい。先程会いましたが、一目でわかりました」
ウズミも、トダカも。タケルを見て気づいてしまった。
望まぬ戦場に身を置き、軍人として戦った結果、タケルの心に深い傷を負わせてしまったことを。
「あの子は戦場で戦う術を身に着け、そして戦場に身を置いてしまった」
「その結果、随分と辛い思いをしたのでしょうね。アサギ達と再会したところで泣いてましたよ」
「張り続けた気が緩んだのだろう──限界まで張っていた、な」
「遣る瀬無いです。あの男のせいで、なまじ能力が──」
「おやおや。前代表とその懐刀がこんな所で……よもや悪巧みの相談か?」
突然飛び込んでくる声。
襖を開けて、顔を覗かせるのは2人とそう変わらぬ歳の頃に見える男性の姿。
「アマノ……」
「貴様、何故ここに」
彼の名はユウキ・アマノ。
タケル・アマノの養父にして、オーブ国防軍の最高責任者。
そして……
「無能な息子に会いに来たのだが追い返されてしまってな」
今のタケル・アマノを作り出した、その元凶である。
いかがでしたか。
作者のイメージとしては
ナタルとはしんみりイチャイチャ。
彼女達とは和気藹々なイチャイチャ。
カガリとはホッとするイチャイチャ。
で据えてる感じ。
嗅ぐな変態! ってところ一番好き。起きちゃうだろって気にかけてくれるのも好き。献身的にお茶とか持って来てくれるの最高。
えぇ、作者は変態です。
そして作者はマユラ派です。
とりあえず作者がにやける為に書いてると言っても過言ではない。
作者の夢と望みと業が具現化した本作です。
(作者の癖に)ついて来れるやつだけついて来い!
これ系書いてる時はノリと勢いに任せてるので後書きもおかしくなる作者です。
というわけで、ついて来れる方は感想をお願いします。