キラ・ヤマトは現在、モルゲンレーテの工廠内に来ていた。
ストライクの修理を任せるとは言っても、キラがやるべきことがないわけでは無い。
機体の摩耗に合わせて調整してきた部分もあるし、同様に作業に出向してきているマードック等と改修している部分もある。
細かな武装への改良もあり、なんだかんだとキラは作業に追われていた。
今もまた、ストライクのコクピット内でOSの調整に勤しんでいる。
「うはー、お前キーボード早いな」
「えっ?」
コクピットの外から声を掛けられて、キラは思わず視線を上げた。
目の前にはオーブの姫君、カガリ・ユラ・アスハの姿。
「なんだ、キラだったのか。うちの技術者かと思ったよ」
「あぁ、カガリ」
現在、キラの格好はモルゲンレーテのスタッフと同じ作業服となっている。
それを見てカガリは社員と勘違いしたのだろう。
「こっちじゃ軍服はまずいって言われてさ」
「そりゃそうだろう。せっかく私と兄様で画策して密かに入港させてるんだからな」
「まぁ、確かにね。それにしても、カガリはいつもこっちにいるけど、何してるの?」
「ん? 私は暇だから兄様の手伝いに来ているだけだ」
「暇って……カガリはオーブのお姫様なんでしょ。色々やる事あるんじゃ?」
「うるさいな。姫とか言うのやめろよ……思ってもないくせに」
不服そうな素振りを隠そうともしないで、カガリはキラを睨みつけた。
その様子にキラは苦笑する。
フレイやミリアリアが騒いでいたし、女の子にとってお姫様とは1つの憧れ……そんな先入観があったが、目の前の少女は見事にそれを覆してくれる。
先日のドレス姿といい、間違いなく相応しい容姿をしているはずなのに。
もはや一種の嫌味ではないかとも思えた。
「僕はそんな風に思って無いけど。本当に嫌なんだね、そう言われるの」
「当たり前だろ。どこの世界に、私みたいなお姫様がいるって言うんだ」
「それ、タケルの前で言ったら多分怒られるよ」
「知らん。そんな事」
どこか拗ねたような様子のカガリに、2人の間でまた何か些細な事があったのだとキラは察した。
深刻な話ではないが、今はタケルと顔を会わせたくないのだろう。カガリの様子からはそんな気持ちが見て取れた。
「そういえば、サイやトール達は今日の午後から家族と面会って話だが、キラはこんな所にいて良いのか?」
「僕はこっちの仕事が滞っちゃうから時間をずらしてもらったんだ。ちゃんと、僕も後でいくよ」
「そっか、良かったな。ちゃんとご家族に会えて」
「──うん」
どこか間のあいた返事にカガリは違和感を覚えた。
大した事はない間であるが、ささくれの様に気になって仕方ない。そんな気配を感じる。
「キラ……何か、あるのか? 会いたくないとか」
「ううん、大したことじゃないよ。ちゃんと会いたいし、話もしたい。ただ──」
「ただ?」
カガリの追求に、キラは迷う素振りを見せながら口を開いた。
「会って、確かめたいことがあるんだ」
「確かめたいこと?」
「うん……僕を、なんでコーディネーターにしたのかなって」
「キラ、それは」
キラの言った事に、カガリは言葉を詰まらせる。
キラの問いに対して、カガリはその答えを推し量れない。返す言葉が出てこない。
正真正銘、当人にしかわからない事だ。
「どんな想いがあったんだろうって……オーブに付いて、両親に会えるとわかってから、ずっと気になっちゃって……」
「もしかして、ご両親を恨んでるのか?」
「そんな事はないよ。確かに、僕がコーディネーターじゃなかったら、こうしてストライクに乗ってる事なんて無かっただろうけど──」
その代わり、アークエンジェルは沈んでいた。サイやトール達も一緒に乗せたまま。
ナチュラルでストライクに乗れないキラが存在していたのなら、間違いなくそうなる。
そして恐らくキラ自身も、ここには居なかっただろう。
「今僕がこうして生きてるのは、コーディネーターだったから。
確かに、ストライクに乗せられて辛かったことはたくさんあった。カガリからシャトル撃墜の話を聞いた時は、タケル程じゃないけどショックだったしね……でもさ、父さんたちは僕をストライクに乗せる為にコーディネーターにしたわけじゃないよね」
「それは勿論、そうだろうさ」
カガリの同意に小さく笑みを浮かべて、キラはどこか遠くを見るように呟いた。
「もう僕は軍人になっちゃったから……もう父さん達の願った通りにはなれないから。だからせめて、その願いだけは聞いておきたいんだ」
両親の願いの形。
コーディネーターとして恵まれた能力を持って生まれた自分。
しかし今や、軍人となり地球軍の為に戦う立場にいる。
成り行きとは言え自ら選んでしまったその道。それは両親の願いから大きく外れている事だろう。
だからキラはせめてもの親孝行として、両親の願いを聞き届けてそれを胸に留めておきたかった。
軍人として戦うキラ・ヤマトではなく、ヤマト夫妻の息子であるキラ・ヤマトで在りたかった。
強くなり、より敵を討つようになった時、両親から授かった願いが大事な拠り所になると思ったのだ。
「ヘリオポリスであった時はヒョロヒョロで、全然頼りにならなそうだったのに……キラ、強くなったよな」
「何だよカガリ、急に……僕は別に」
「強いさ。ナチュラルとコーディネーターで争ってるこの世界で、地球軍に居ながら。コーディネーターである事より先に、ご両親の願う自分で在りたいと思えるんだからな」
はにかみながら言ってくるカガリに、キラは僅か目を奪われた。
カガリは自分の事では素直になれないが、他人を想うときは本当に真っ直ぐに言葉を投げてくれる。
尊敬を、敬愛を、感謝を。
相手が受け取って気持ち良い言葉を、彼女ほど真っ直ぐに伝えてくれる人物をキラは知らなかった。
「はは、カガリも凄いよね。何て言うか、余計な事考えずに燻る想いを全部吹き飛ばしてくれる感じで」
「な、なんだよそれ! 大雑把で悪かったな!」
「ちょっと待って、褒めてるんだって!」
詰め寄ろうと身を乗り出してくるカガリを慌ててキラは窘める。
「やっぱり僕は相応しいと思うよ」
「何がだ?」
「カガリがお姫様って事」
「キラ、まだ言うのか!」
「だって皆を安心させて引っ張っていけるのは、カガリみたいな真っ直ぐな人じゃないとできないと思うから」
誰もがそう思うだろう。
皆の上に立って引っ張ってくれるのは、少なくとも真っ直ぐな人間が良いと。
裏で何しているか……そんな風に思われる様な事があってはならないのだ
素直に受け取るには少々照れくさいキラの賛辞をカガリは視線を逸らして受け取った。
「や、やめろよな……兄様みたいな事言うの」
「あっ、タケルもやっぱりそう言うんだね」
タケルとの意思の疎通を感じて、キラはまた一つ嬉しくなった。
強くなったとカガリは言う。
だが、キラが強く成れたのだとしたら、それはきっとタケルとカガリが居たからだろう。
同じ苦楽を共にしてきた──キラよりずっと色々な重荷を背負いながら、タケルもカガリもずっとキラを支えて隣にいてくれた。
特にストライクに乗りたての頃は本当に救われたと思う。
最前線で戦い続けてくれているタケルが居たから、キラは共に頑張れた──目の前で奮闘する友が居たから、負けじと戦えたのだ。
だから頼った分だけ、助けられた分だけ、辛いときには支えてあげたいと思った。
タケルもカガリも、すぐに辛そうな顔をしてくれるものだから。
そうして気が付けば2人は、キラにとってかけがえのない友になっていた。
「ねぇ、カガリ……」
「なんだ?」
「仮に地球軍とオーブが敵対したら、僕達は友達じゃいられなくなるのかな?」
脳裏に過る、嘗ての親友の姿。
宇宙で彼の婚約者を送り届け、共に討ち合う事を決めた。
もう、キラにとってアスランは敵であった。
情勢が変われば、こうして親しくなったタケルやカガリとも、また討ち合う事になってしまうのか……それが、キラは怖かった。
「はぁ? なんだよ急に……そんなこと、あるわけないだろ」
「世界がどうなるかなんてわからないよ。僕も、ずっと戦争なんて起こらないと思ってたんだし」
「うぅ、まぁ確かにな……でも、敵対した事と友達でいる事は、両立できない事なのか?」
「両立できることなの?」
何てことなく答えるカガリに、キラは不思議そうに問いかけた。
「戦場であったのなら敵だろうな。でもそれで友達じゃなくなるのか? 私はそうは思わない……いや、そうは思いたくない。
だって私はキラの事が好きだしな」
「────えっ!?」
キラは突然の告白に思考を数秒フリーズさせてやっとの思いで間の抜けた答えを返した。
「ミリアリアだって、フレイだって皆良い奴だしな。トールも、カズイも、サイも……」
「あぁ、そういう……びっくりした」
「私の中では、敵であることと友達である事は両立するんだ。だからさ──」
カガリはキラへと向き直る。
人を信じさせる……そんな印象を抱かせる強い表情を湛えて、キラへと言葉を投げかける。
「またこの国で、友達のお前達と一緒に暮らせるようになる事を願ってるんだ。お前達だって元はオーブの国民だからな」
「そっか……そうだったよね。この国は、僕達の国でもあるんだった」
「なんだよ、身も心も地球軍になってたのか?」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……そうみたい」
「なら出国手続きしないとな」
「やだよ。手続き面倒だし」
「はは、違いない」
そう言って、軽口と共に互いに小さく笑い合う。
わかっているのだ。こんな時間はもう長くは続かない。
アークエンジェルとストライクの修理が終われば、すぐにでもオーブを出てアークエンジェルはアラスカへと向かうだろう。
そうなればいずれ……先の懸念が現実になる可能性もある。
だから、キラにとってはカガリとの語らいの時間は、とても大事な時間だった。
『トリィ!』
「あっ……こら、トリィ!」
ふとキラの肩に乗っていた鳥形ロボットのトリィがキラの肩を離れて飛んで行ってしまう。
キラは慌てて追いかけ、カガリもその後を追っていく。
トリィはそのままモルゲンレーテの工廠から屋外へと続く道へと飛んで行ってしまうのだった。
時刻は既に夕刻。
夕日が空と地表を茜にそめ、昼間の喧騒も徐々に鳴りを潜めていくこの時間帯。
ザラ隊の面々──とは言っても、ミゲルだけはまだ合流していないが、他4人はモルゲンレーテの敷地を目の前にして、意気消沈と言った状況であった。
「この世界情勢で中立を保ち続けているだけはあるな……ここまで警戒が厳重だとは思わなかったぞ」
「チェックシステムも何重にもあって、攪乱するには時間がかかる……通れる人間を捕まえた方が楽だろうな」
吐き捨てるようなイザークの言葉に、アスランも続いた。
昨日、今日と動き回ったが結局の所アークエンジェルの情報は欠片もつかめない。
市井での目撃情報も、関連する噂話も、何もかもがゼロだ。
徹底した情報統制が敷かれている。
その上、関わっているであろう軍港やモルゲンレーテの警備体制は完璧。
もはや彼等に打つ手はないと言っても過言ではない。
「アスランの言う通り、厄介な国だぜ本当にここはよ」
「正に羊の皮を被った狼……ですね」
表向き中立の体で居るが、実際には戦争をしているプラントや連合と何ら変わらない軍事力と、何より緊張感を持っている。
笑顔で平和を享受する国民はともかくとして、国防を担う部分では、平和の影も形もないのだ。
臨戦態勢──その表現がまるで相応しい。
「どうする? 一旦戻って方向性を考え──」
『トリィ!』
「ん? なんだありゃ」
ディアッカもイザークも、ニコルもアスランも、飛び込んできた声の出所を探した。
宙を舞う緑と黄でカラーリングされた小さな鳥。
それが彼等の元へと飛んできて、アスランの手元へと止まったのだ。
「なんだこれ?」
「へぇ、ロボット鳥ですか。凄いですね」
ロボットの鳥という物珍しい存在に驚く彼等とは別に、アスランもまた違う理由で驚愕していた。
彼は知っている、この鳥の持ち主を。
彼は知っている──未だ変わらず、この鳥の持ち主が彼が良く知る友人であることを。
「トリィー!」
聞こえてくる声に、アスランはびくりと肩を震わせた。
幸い仲間達は、再び飛び込んできた声の主に視線を向けている。自身の動揺は悟られていない。
「ん? あぁ、あの人のですかね?」
1つ、2つ。深呼吸と共に、アスランは動揺を抑えつけて視線を上げた。
モルゲンレーテの敷地を示す、高いフェンスの先で、彼が予想した持ち主が手元のロボット鳥を探していた。
「あぁもう、どこ行っちゃったんだ──あっ」
そしてキラもまた、トリィを手元に置いてフェンス越しに向かってくる友の姿を見つけた。
宇宙以来の再会。戦場で何年かぶりに再会したことと比べれば大した時を経ては居ないが、この時までに互いが経た変遷は決して小さくはない。
随分と久しぶりな再会だと思えた。
フェンス越しに、顔と顔を突き合わせるキラとアスラン。
「君……の?」
不器用な問いかけであった。
色んな気持ちがないまぜとなって、何を言って良いかわからない。
その結果絞り出された、酷く短い問いかけ。
「う、ん……ありが、とう」
宇宙で別れ際に誓った。
互いに、次に会った時は討ち合うと。
事実として、オーブ近海ではそうしていた。
だが、戦場ではないこの場での再会が、2人の誓いを揺るがせる。
「おーい、行くぞ!」
ディアッカの催促の声に促され、アスランは燻る想いを胸に留めたまま、振り返ろうとした。
「あっ、昔……友達に!」
不意に口を出てきたキラの想いがアスランの足を止める。
互いに名を呼べないこの状況。再会を喜べない立場となった今でも。
“敵対した事と友達でいる事は、両立できない事なのか? ”
カガリの言う通り、この場では友達でありたかった。
「僕の大切な友達がくれた、大切な物なんだ」
「──そう、なんだ。良かったね」
「うん……ありがとう」
「キラ―!」
キラの背後から駆け込んでくるカガリの姿に、アスランは迷うことなく振り返ってイザーク達と合流するべく歩き出す。
それをキラは、静かに見送り続けた。
胸中を切なさが募る。
討ち合う関係──フェンス越しで決して手の届かない敵対する関係が、今のキラとアスランの立ち位置であった。
ここで出会えたのは不運でもあり幸運でもあったのかもしれない。
キラもアスランも、互いに友達として再会することができたのだから。
だが、アークエンジェルがオーブに居る事は確実となった。
同時に、アスラン達がアークエンジェルを待ち構えている事も確実となった。
互いにもう、戦場で相対することが約束されたのだ。
もう、友達としては会えないのだろうと悟った。
夕日の黄昏に染められた2人は胸中の切なさと共に、先に待つ戦いへと決意を宿すのだった。
「ふむ、なるほどねぇ」
「こんな話しかできないけど、役に立った?」
「あぁ、助かったよ。ありがとう」
「そいつは良かった。それじゃな」
その場を去っていく男を見送り、ミゲルは1つため息を吐いた。
社交性に富んだミゲルは現在、雑誌の記者として取材という名目の下、情報収集を行っていた。
テーマは『オーブに隠れた噂』。
噂話という不確定な題材にすることで先日の戦闘の事を市民に聞いて回っていたのである。
だが、見事に空振り。
聞けるのは実は演習だっただの、プラントや連合と同盟を組もうとしてる等、実際にその場で戦っている身からすれば信憑性の無い情報ばかり。
やはり、アークエンジェルがオーブに入ったかどうかの確定情報は得られなかった。
夕日が沈む海岸線を眺められる遊歩道で、何の成果も得られなかったミゲルは1人黄昏ていた。
「アマノ二尉ー、早く私達のアストレイのOSもグレードアップしてくださいよー」
そこへ、姦しく騒ぎながら男女の集団が通り過ぎていく。
ミゲルは何とも無しにその声を耳に入れていた。
「あのねぇ、カガリに使わせたのはグレードアップじゃなくて再調整。よりピーキーな操作性が求められるからまだ3人には早いって言ってるの。あと、あんまりこういう所では話しちゃダメ」
「でも姫様には用意したじゃないですか!」
「そうやって姫様が妹だからってズルいです」
「あれはテストの為の一時的なものでしょ。それに、僕の動きを見ていたからって言うのもあるけど、カガリはテストで乗りこなせたよ」
「私達だってできますよ!」
「そうですよー!」
「あぁ、もうわかったから、今日戻ったら調整するから!」
「おいなぁ、そこの少年」
気づけばミゲルは、彼等に声をかけていた。
彼等の会話には聞き流せない言葉が多分に含まれていた。
二尉、OS、調整、グレードアップ、操作性にアストレイという単語。
MSの話と類推するには十分な情報である。
「ん? 僕ですか?」
「あぁ。今お前達が言ってたアストレイって何の話だ?」
「あぁ、僕が用意したレースシミュレーターの名前ですよ。彼女達レーサー志望で、それぞれのシミュレーターに分析用のAIとOSを乗せてるんです。だから彼女達はシミュレーターをAIの名称からアストレイって。
だけど、操作性がーってせっかく作ったのにアストレイの文句ばかりで、困っちゃって」
「へー、MSの事かと思ったんだが違ったんだな」
「MS? なんでさ?」
「少なくともお前、軍関係者だろ? 二尉なんて階級で呼ばれてるって事は」
「勿論、僕はオーブの国防軍所属だし、僕は技術者だけど……彼女達とは幼馴染でね。レーサー志望な彼女達の手伝いになると思って作ってあげただけだ。MSとは関係ないよ」
「レーサーにしちゃ随分と鍛えてるじゃねえか。その恰好、ランニングってわけじゃないだろう?」
今現在、アサギ達の格好はトレーニング用タンクトップと軍用のズボンの組み合わせ。
そして体のあちこちに残る、格闘術の訓練の跡。
見る人が見ればすぐにわかる。どんなトレーニングをしていたかが。
それは間違いなく、レーサーに必要な訓練ではない。
「うーん、ランニングついでにちょっと遊ばせていただけなんだけどね。まぁいいや──とりあえずアサギ達は先に戻ってて」
「えっ!? は、はいっ!」
先程までと違う雰囲気。
それは慕う教官の空気ではなく、軍人としてのタケル・アマノに切り替わった合図。
気配の鋭くなったタケルの声に、アサギ達は急いでその場を離れた。
「それで、ザフトの人がオーブに何の用だい?」
「何だ、お見通しかよ」
「まさか、可能性が一番高い所を言っただけだよ」
「食えねえ野郎だ」
「お互いにね」
軽口の押収と共に、互いに牽制の如くにらみ合う。
夕日に包まれる遊歩道の中でヒリついた空気が漂った。
「お前、少なくとも軍関係者なんだよな」
「アークエンジェルがどこに行ったか?」
「話が早いじゃねえか」
「それ以外に君達がこの国に居る理由が無いでしょ」
「だが、正直今俺が気になってるのはそっちじゃねえ」
「ん?」
タケルは警戒をそこそこのまま疑問符を浮かべた。
アークエンジェルの所在以外に何があるのか……皆目見当もつかなかった。
「さっき言ってたアストレイ……レーサーって話も恐らく嘘だろうしMSの事だな。そして、俺達がずっとアークエンジェルを追いかけてる間ストライクと一緒に出てきた白とオレンジのMS……あれがアストレイだろ?」
「さぁね。何のことだか」
「そのアストレイを使わせたら右に出る奴は居ないって言うような手練れのパイロットが俺は知りたいんだよ」
「またなんでそんな事を?」
「ここまで俺達ザフトはアークエンジェルを追ってきたが、そのアストレイって呼ばれる機体にずっと辛酸を舐めさせられていてな……ぜひともパイロットを拝みたいと思っていたところだ」
「それで、ここに居ると?」
「アークエンジェルがいるなら、居てもおかしくはないだろう?」
ミゲルの言葉に、内心危機感を感じながらもタケルは考える素振りを見せた。
彼の狙いがアストレイに乗って戦ったパイロットの情報だとしたら、今目の前にいる自分こそがそれだ。
タケルとしては上手く煙に巻きたい所であった。
「んー多分それ、ヘリオポリスでの技術協力で貸与された機体だよ。そのパイロットもオーブとは何の関係も無いと思うけど」
「それは無いな。主力がMAの連合で、あれ程までに機体の運動性を発揮して制御ができるパイロットはいないだろう。長い事パイロットやってるか開発関係者でもない限りあの動きはあり得ない。
奴の動きはヘリオポリスに居た時からそうだった。ヘリオポリスでようやくMSを手に入れた連合の人間じゃ、ああはいかない」
「もしそれがさっきの彼女達だと言ったら?」
「無いな。さっきの会話から察するにそのレベルじゃない。俺の予想じゃ、さっき名前が出てきたカガリって奴か、或いは──お前だ」
ミゲルが確信を持った視線でタケルを射抜いた。
或いは、などと暈しているが、ミゲルは恐らくタケルこそがそれだと信じている。
何故なら、無人島から帰還したアスランから聞かされていたのだ。
“オレンジはオーブの機体とパイロットである可能性が高い”と。
レーサーの誤魔化しが通らなかった時点で、アストレイという名称がMSである事は半ば確信に至り、そしてそのOSの調整やテストなどを目の前の少年が引き受けているであろうことが先の会話からわかる。
オーブで、アストレイというMSの関係者で、更には技術者となれば、アスランが言っていたパイロットが目の前の少年である可能性はかなりの高いだろう。
そしてもう一つ……先程から見せる、目の前の少年の気配である。
隙を見せれば、すぐに制圧されそうな、酷く危険な気配であった。
完成された軍人のそれ──MSパイロットを主としているミゲルにとって、決して侮れない気配だ。
「良い読みだね……迂闊だったなぁ。流石に潜入していたザフトの兵士がこんなところで黄昏てるとは夢にも思わないよ。って言うか潜入とかずるくない?」
「──どうやら、正解みたいだな」
「ご明察。君が探すアストレイのパイロットは僕だよ。改良型ジンのパイロットさん」
「なんだよ、やっぱりお見通しというわけか」
「僕からしても因縁のある相手だしね。宇宙ではどうも……君の相手は大変だったよホント」
ミゲルにとってのタケルがそうであるように、タケルにとってもまたジンハイマニューバを駆るミゲルには手を焼かされた。
正に因縁のある相手に、思わずタケルも悪態を零す。
「そっくりそのまま返してやるよ。バスターのパイロット何てお前のせいでトラウマになってるぜ」
「嬉しい報告どうも。突っ込んだ甲斐があったよ。
それで、どうするの? 言っておくけど僕はオーブの軍人。君達がヘリオポリスを壊してくれたせいで仕方なくあの戦艦に乗り合わせ、襲い掛かってくるもんだから仕方なくアストレイで迎撃に出た。
ようやく帰国した今、僕に再び戦場に出る気なんかはさらさらないけど?」
「何もしねえよ。とりあえず確証は得られたからな」
「確証? 確証も何も僕が君と戦ったパイロットだって」
「そいつが今こうしてオーブにいる。という事は、アークエンジェルは間違いなくオーブに入港したって事だ」
「ナンセンス。脱出艇1つで事足りる」
「あんな撃たれ方で追い払われて、連合がお前をオーブに素直に返すかよ。何食わぬ顔でお前がここに居るって事は、追い払われたより迎え入れられたと考えた方が自然だ」
「確証にはならないよねそれ。そんな可能性で良いの?」
「十分だろ。もし本当に追い返されて逃げたのなら、もうどこにいるかわからないしな。この国にいる可能性が高くなった時点で待ち構えてるには十分な状況だ」
ここに来てようやく、タケルはミゲルを煙に巻くことを諦めた。
穏便に済ませようと思ったのが間違いであった。
目の前の人物は、決して逃してはいけないのだと理解した。
「どうやら、君を逃がすわけにはいかなくなったようだね」
「やって見な。お前もコーディネーターみたいだがそれはこっちも同じ。容易く制圧できると思うなよ」
身構えて、じりじりと距離を測る両者。
2人とも、銃やナイフと言った装備は備えていない。
ミゲルは勿論怪しまれた取り調べを受けた時に誤魔化せなくなるから。
タケルもまた、平和な街中でそんな装備を持っている事はまずない。武器など無くとも、大抵の人間は制圧できるからだ。
タケルは飛び掛かるタイミングを、ミゲルは脱出のタイミングを計ってそれぞれ息を呑んだ。
「兄様! 大変だ、キラが──」
「来るな!!」
飛び込んできたカガリの声に、ぞくりとタケルは背筋を震わせた。
意識と視線を外してしまった──次の瞬間、タケルの目の前にはミゲルが持つ唯一の武器、調査用に持っていたペンが投げられていた。
「くっ!?」
「兄様!」
反応してギリギリ払い落すも、その頃にはミゲルは全力で疾走。
遊歩道を外れて、岩肌から海へと飛び込んでいくのが見えた。
「ちぃ!」
慌てて追いかけるも、水中へと潜られては見つけるのは困難だ。
夕日が反射して視認するのが難しい。
ミゲルは、タケルの手からまんまと逃げおおせた見せた。
「兄様! 今のは……」
「あーまずいかもしれない……カガリ、軍本部に連絡を。ザフトが潜入している」
「今の奴、ザフトだったのか。それなら、私もその事で話があるんだ」
「話?」
慌てて、カガリは説明した。
キラと一緒にトリィを追いかけたところで、無人島で出会ったザフト兵を見たこと。
そしてそれは、キラの親友であるアスランである事。
「それじゃもう、アークエンジェルがオーブに入った事は……」
「あぁ、多分知られちゃってると思う」
「──最悪だ」
タケルは思わず呻いた。
いや、実際には公的な証拠はない為最悪とは言えない。
アークエンジェルが入港する姿など、物的な証拠がないからオーブとしては別段問題ないだろう。
後はアークエンジェルが出ていくときに、上手くやるだけなのだから。
だが、タケルとしては別だ。
先のミゲルとの一幕でオーブを離れたアークエンジェルにはもう自身が居ないことが割れてしまっている。
搭載機が減った事が知れれば、ザフトは一気に攻めかかってくるだろう。
必然、オーブを離れたアークエンジェルはこれまで以上に危険な戦いに見舞われることになる。
「何とか……しなくちゃ」
自身が招いた事態に、タケルは密かに戦う決意を固めるのだった。
邂逅する友と敵。
望んだ未来を手繰り寄せるも、時の船は望まぬ航路へ突き進む。
再び砲火の嵐となるとき、波に消えゆく声は、悲しみと慟哭を呼ぶ。
新たな悲劇を知る時、アスランとキラは。
次回、機動戦士ガンダムSEED
『
その刃、切り裂く時を知れ、ガンダム!
いかがでしたか。
今作始まってからずっと影響を受け続けたキラの集大成かも知れません。
原作と大きく違うキラとアスラン。そして主人公はミゲルとライバル関係の様に
感想お待ちしております。