ザフト軍の潜水母艦へと帰投したザラ隊は状況の整理にブリーフィングルームへと集まっていた。
単独行動の中集合場所にも表れず、何かあったのではとアスラン達が気を揉んでいたところ、母艦への帰還の為に用意されたボートへと、まさかの海を泳いで到着したミゲルに一同唖然としたものだった。
事情は戻ってからまとめて話そうと言われ、一先ずは母艦へと帰投。
ミゲルはたっぷりと温かいシャワーを浴びてからブリーフィングルームへと顔を出して、ようやく5人は顔を並べてオーブ潜入の成果を報告することになった。
無論、イザークやディアッカ、ニコルの表情は硬い。
結局の所確たる情報は得られず、調査の成果は何も無い。
3人はただ、ミゲルの成果報告に期待するしかなかった。
「集まったようだな。それじゃあまず、ミゲルからの報告を聞く前に俺から報告させてもらう。
足つきはオーブに居る、確実にな。出てくれば北上するはずだ……ここで網を張る」
きっぱりと告げてくるアスランの言葉に、イザーク達は目を剥いた。
情報が何も得られなかったのは周知の事実である。
少なくともアスランと行動を共にしていたニコルに、アークエンジェルの所在を断言できる傍証は無かった。
「あ? アスラン、ちょっと待てよ。何を根拠にそんな事を言ってるんだ?」
「賭けに出るというのなら、一度カーペンタリアに戻って情報を洗いなおした方が良いのではありませんか? 居るにしてもすぐ出てくるわけでもないでしょうし」
「いや、居るんだ。
皆には伝えてなかったが、俺は無人島に遭難した時に地球軍機に乗っていたパイロットと出会っている」
「なにぃ?」
「マジかよ」
「乗っていたのは地球軍では無かったがな……そいつはヘリオポリスで巻き込まれて乗り合わせたオーブの人間だった。
そいつが……フェンス越しのモルゲンレーテに居るのを見た」
「あのロボット鳥の人ですか?」
ニコルの言葉に、アスランの鼓動が小さく跳ねる。
アークエンジェルがオーブに居るという確証の本当の要因は、アスランだけが知るストライクのパイロットがキラ・ヤマトである情報だ。
今話しているカガリの事は、彼等を納得させるための建前に過ぎない。
そもそも確証としてカガリがオーブに居たことだけでは少し苦しいだろう。
アスランは内心の動揺を悟られぬように気持ちを落ち着けるよう努めて口を開いた。
「奥に歩いていた奴だ。遠めだが間違いはない」
「おいおい、本当かよそれ」
「確証というには余りに心許ないぞ。見間違いの可能性はないのか?」
「いや、多分間違いないと思うぜ」
ここでミゲルも口を挟んだ。
アスランの言う根拠に、実に似通った状況の話が、ミゲルの得た情報にもあるからだ。
「俺もアスランと同じように、足つきがオーブに居るって確信している」
「そういえばまだ聞いてなかったな。集合場所にも表れず、海から顔を出してきた事情を」
「集合時間を守れなかったからってそうむくれるなよアスラン。学校の先生じゃあるまいし」
「茶化すな。何があったのかを早く説明してくれ」
「わかったわかった──俺は、聞き込みで調査をしていく中である人物を見つけた。
聞いて驚け、あのオレンジのパイロットだった」
瞬間、ミゲル以外の全員がまたも目を剥いた。
オーブにアークエンジェルが居る事より、ずっと彼等にとっては重大なことかもしれない。
これまで散々に苦渋を味あわされてきた敵機のパイロットの情報なのだから。
「おいミゲル、マジなのかよそれは!」
「どんな奴だった? 早く教えろ!」
「2人とも落ち着いて下さい! アスランも驚いてばかりいないで」
「あ、あぁ……すまない。余りにも突然の情報で……」
アスランの中ではオレンジのパイロットの検討が付いていたが、いざその正体が本当に割れるとなると、やはり動揺も大きい。
キラの存在によってアークエンジェルの所在が確定しているアスランにとっては、正にミゲルの情報の方がずっと気になる話であった。
「年齢はお前等と同じくらいか? 背丈はニコルぐらいだったな。んで、オーブの国防軍の所属。二尉だとさ」
「おいおい、オーブ軍人だって。なんでそんな奴が足つきに乗って戦ってるんだっつーの」
「アスランが無人島で出会ったってのはそいつと違うのか? 奴もヘリオポリスで巻き込まれてって言ってたんだが」
「多分違うだろう。あっちは民間人らしい」
「そうか。ならやはり足つきはオーブに居るだろうな。あのオレンジ……正確にはアストレイって言うみたいだがオーブの領海で戦ってる時も、アレの面影があるジンが出てただろ?」
「あの白いジンか」
「あぁそれなら間違いなく、あのジンに乗ってるのはそのアストレイのパイロットだろうさ。砂漠でも相変わらず目の敵にされてたんだからよ」
「ちゃんと伝えておいたぜディアッカ。アストレイの突撃がトラウマになっちまってるってな」
「うるせえよ!」
羞恥に顔を染めるディアッカを見ながら、アスランは状況を整理した。
確かにミゲルの言う通り、アストレイのパイロットと白いジンのパイロットは同一人物だろう。
そして艦を守るために戦っていた人間がオーブ国内に戻っている。となれば、カガリの話と含めても状況的にアークエンジェルがオーブに入港した可能性は高い。
いや、自国の軍人である人間が乗っている艦を、あれ程派手に砲撃で囲うなどあり得ないだろう。
間違えれば彼も、一緒に乗っていたであろうカガリも巻き添えだ。
「ちらっと一緒にいた連中との会話でわかったんだがよ。アイツ、あのアストレイの技術者らしい。それも機体の扱いを指南して細かな調整までできるレベルのな」
「技術者だと? なんでそんな奴がパイロットに」
「開発しながらも自身でテストパロットまで務めていたんだろうな……それなら、あれだけの技量も納得がいく」
カガリの言葉から、カガリの兄がMSの技術者である事は確定済みだ。
そしてミゲルの情報と照らし合わせれば、アストレイのパイロットにも紐づいていく。
そうなれば、アークエンジェルを囲んで砲撃する事には違和感しか生まれない。
軍人であるカガリの兄が、領海侵犯への自国の対応を知らないはずがない。
そして無人島で聞く限り、カガリの兄には妹への強い情がある事がわかっている。
みすみすカガリを危険に晒すこと等あり得ないだろう。
「凄い、凄いですよミゲル。大手柄じゃないですか」
「ぶっちゃけるとこの情報を手に入れる代わりに、アイツに拘束される寸前までいってな……それで逃げる為に仕方なく海に飛び込んだって話だ。悪かったなアスラン。間に合わなくってよ」
「これだけの情報が得られたのなら構わない。むしろ俺達はほとんど成果を上げられなかったしな」
「なら隊長さんよ、ここで待つなら補給の打診もしておこうぜ」
「あぁ……ディアッカ、ニコル頼めるか?」
「分かりました」
「あいよ、ついでに増援も送ってもらおうぜ。オレンジの野郎がオーブ軍人ってんならもう出てこないんだろう。足つきを確実に墜とすために、念には念をってね」
「構わない、俺からの要請で打診してくれ。そして今度こそ必ず足つきを墜とすぞ」
応、と一同気合いの声と共に返事を返し、その場は解散となった。
長きに渡る因縁。重ねた戦闘の数だけ彼等の気勢は上がる。
静かな海に漂いながら、ザラ隊の面々は決着の時を今か今かと待ち続けるのだった。
「はぁ……」
今日何度目かわからないため息が漏れた。
オーブへと帰国してから、慌ただしく忙殺されていたというのに。やる事ばかりでいっそ生き生きとしていたはずなのに。今ではそれも見る影もなく。
タケルは、完全に心ここにあらずと言った様子で演習場前の端末とにらめっこしていた。
勿論やる事は多い。というか依然として忙殺されている状態である。
目の前ではM2に順番に乗って動かしているアサギ達。
まだM2は1機しかないので空いている2人は原型ができたウェポンパックの試用に取り掛かっているし、今この場だけでもタケルがやるべきことはデータの収集と解析に修正と手が空くこと等ない。
ないはずではあるのだが、タケルの頭は別の事で一杯であった。
「(どうしよう……国防本部には連絡したけど、捕まえられなかった以上、証明できる物証もない。結局ザフトが居たとはわからずに有耶無耶で終わる。
でも、ザフトがアークエンジェルを待ち構えているのは確実。僕が居なくなってザフトは確実にアークエンジェルを仕留めに来るはずだ)」
「──尉」
「(ダメだなーホント。カガリが来たことに気を取られて逃げられるなんて。彼を逃がさなければ少なくとも)」
「アマノ二尉!」
「うわぁ!? っと……ジュリ、何?」
突然放り込まれた大きな声に飛び上がらんばかりに驚いて、タケルは振り返った。
見れば、明らかに少しだけ頬を膨らませ怒ってますアピールをちらつかせるジュリの姿があった。
「何? じゃないですよー。ずっと呼んでたのに無視するんですもん」
「あっ、ゴメン。ちょっとボーっとしちゃってて……どうしたの?」
「スナイプの兵装なんですけど、この狙撃用大型防盾って機体前部を覆うような感じじゃないんですがどう使うんですか?」
「あぁ、それね……ちょっとおいで」
そう言ってタケルはシミュレーターの1つに入り込んだ。
ジュリも覗き込むように顔を寄せると、タケルはアストレイの武装設定にスナイプパックを選択する。
「僕達人間もライフルで狙撃するときって仁王立ちじゃないよね?」
「はい。持ち手と撃ち手って言うんですかね。ライフルを支える手と引き金を引く手で持つために少し半身になって」
「そうすると、相手から見える面積はざっくり半分で済むわけだ」
「あ、そっか」
「重量バランスが厳しくなりそうだから全身をカバーできるような大型の防盾は備えられなくてね。
だから足を止めて狙撃する際の適する形として、半身になった姿勢で展開して正面から見える全身をカバーできる様にしたんだ」
「という事は足を止めての狙撃用、ということですか」
「うん。ただ、アストレイの持ち味は高い運動性と軽量化によって生まれた機動性。
僕としては足を止めての狙撃より、機動戦の中での射撃をジュリにはできるようになって欲しいかな。スナイプパックの狙撃用ライフルもどちらかというと、MSを動かすのが得意じゃない人向けに考えた兵装だし」
「む、無理ですよぉ。私、2人と違って機動戦は全然なんですから!」
「そんなことないよ。2人と少し劣るって程度なら、機動戦の適正は十分。それ以上に射撃戦の成績はずっと良いでしょ?」
「で、でもぉ」
どうにも自信が持てないジュリの様子に、タケルは苦笑する。
目の前の少女にはどこか親近感を感じていた。それはやはり互いに自分に自信を持てない者同士だからなのだろう。
だからタケルは、目の前の少女を応援したくなる。
「ジュリ、僕からするとね。射撃が強いって言うのは最高の資質なんだよ。その場から大きく動くことなく敵を制圧できるって言うのは、防衛の観点から見ればとても優秀な事なんだ。
いくら早く動ける機体でも、ビームや弾丸より早くはなれないからね」
「そう、ですね」
接近戦を主体とするなら、敵機を撃破するには近づかなければならない。
そしてタケルが言うように、いかに早い機体であろうとも放たれる射撃より早く動けるようなことなどないのだ。
つまり射撃型のタイプは、最も効率よく敵を撃破できると言って良い。
「いつか、きっとオーブは戦火に巻き込まれてしまう。そうならないように……そうなっても大丈夫なように、僕達は今頑張ってるけど。でもいざ戦う事になった時、僕が一番期待するのは射撃が得意なジュリ、君だ」
「えっ? 本当ですか?」
小さく頷いて返すタケルに、ジュリは沸々と喜びを込み上げさせた。
どこか感じていた劣等感。
狭い演習場内という事もあるが、模擬戦をやればどうしても彼女は負け越していた。
アサギやマユラに比べると大人しく我が弱い。協調性を重んじるジュリは、負けん気も弱く模擬戦での敗北を、事実として受け止めがちであった。
でもそんな事はないと。教官役であるタケルはちゃんとジュリの能力を見てくれている。
その実力を買ってくれている。
慕う教官の言葉に、彼女が嬉しくならないわけがなかった。
「ありがとう……ございます。頑張ります」
「うん、頑張ってジュリ」
「はい!」
力強く返してくれるジュリの様子に、タケルは一安心といった面持ちとなる。
だがそこへ──
「うぅー、ジュリばっかりズルいー!」
アサギ・コードウェルの参戦である。
M2のテストに乗り込んで意気揚々と動かして、テストも無事にこなしどんなもんだと機体越しにタケルがいるであろうはずの場所を見ればそこには誰も居ない。
そしてこともあろうかジュリと仲良くシミュレーターに潜り込んでいる(様に見えた)ではないか。
M2の試運転はアサギ達からしてみればカガリとの実力差も見える大事なテスト。
必然、意気込みも集中の度合いもそれ相応だ。
だというのに、監督するはずのタケルがまさかの見ていないとは。アサギが怒るのも無理はない。
「私がM2の試運転してたのにほっぽってー!」
「そんなこと言ったって……映像もデータの収集もちゃんとしてたから」
「アマノ二尉に見て欲しかったのにー!」
「最初はちゃんと見てたよ!」
「じゃあどうでしたか?」
うっ、とタケルは言葉に詰まった。
見ていた、とは言うものの最初の時は心ここにあらず。
ため息ばかりで半ば作業的にデータの収集を行っていたに過ぎない。
ジュリに呼ばれるまでは、まるで別の事を考えていたのだ。とても彼女のMS機動に何かを言えるようなことは持ち合わせていない。
おずおずと、タケルはアサギの顔色をうかがいながら口を開いた。
「──その、今から映像を確認しなおすから。ちょっと待ってて、ね?」
「やっぱり見てなかったんじゃないですかー!」
「わぁああ、ゴメンって!?」
わんわんと犬が吠える様にアサギがタケルを責め立て、タケルは思わず平謝りでどうどうと彼女を落ち着かせる。
そんなタケルの姿に、ジュリはらしくないほど大きな声で笑ったそうな。
ちなみにマユラは我関せずと1人ブレイドパックの試用に奮闘していた。
ストイックかと思いきや集中しすぎていただけで、後程一緒になって騒ぐのは御愛嬌である。
オーブ行政府。
ウズミが使っている執務室には、本日来客があった。
ハルマとカリダのヤマト夫妻。キラの両親である。
「お久しぶり、ですな」
「ウズミ様……二度とお目にかからないという約束でしたのに」
「運命の悪戯か、子供らが出会ってしまったのです。致し方ありますまい」
キラの親。そしてタケルとカガリの親。
どちらも親であり、どちらも苦渋に塗れている。
「息子さんは何と?」
「今は、忙しいと」
「忙しい……ですか」
アスランとの邂逅を果たしてしまったその日、キラは両親との面会の約束を反故にしていた。
気持ちの整理がつかなかったのだ。
親友との戦いが約束され、とても両親との再会を喜べる気分ではない。
ましてや、キラがアスランと戦い合う関係だと知れたなら、幼少の頃からアスランを良く知るカリダからすると苦しい事実だろう。
キラは自身の苦境を隠し通せる自信が無かった。
だが、折角の面会の拒絶となれば親としてやはり心配する。
そしてそこには、キラ・ヤマトが高い能力を備えたコーディネーターであることに起因した、これまでの戦争に因る何かだと容易に想像がつく。
それは逃れられない因果の様な気がして、ヤマト夫妻を苦しめた。
「あの子は真実を知りません。そして私達もまた、決して真実を伝えません」
「兄妹の事も、ですな?」
「知らない方が幸せな事もあるでしょう。可哀相だとは思いますが、その方がキラの……そして彼の為にもなるのではありませんか?」
ハルマが言う彼とは、ヤマト夫妻が良く知る事の無いであろうタケルの事。
タケル・アマノはオーブでも有名な人間だ。
アスハからアマノへと養子に出された事もそうだし、彼が積み上げてきた実績もある。
何より、カガリ・ユラ・アスハの大切な兄である事は周知の事実と言える。
それが、例え嘘の関係だとしても。
ウズミと、ヤマト夫妻だけはそれを知っている。
真実を明かすことが必ずしも良い事ではないと。
「全ては最初のお約束通り、こうしてウズミ様にお目にかかるのも、これが本当に最後となりましょう」
「わかりました……しかし、知らないというのも恐ろしい気がします。現に子供達は知らぬまま、出会ってしまった……」
「因縁めいて考えるのはやめましょう。私達がそんな風に捉えては、子供達にも伝わりましょう」
「左様ですか。とは言え、ままならぬものですな」
「はい」
それっきり、執務室内には静かな沈黙が流れた。
何も言えず、何も答えが出せなかった。
結局誰もが、正しい答えなど見出せない話なのだ。
親である3人共が、子供達の数奇な運命を呪ってその表情を険しくさせるばかりであった。
いかがでしたか。
流石にずっとセット絡みさせるのもね。
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