翌日。
正午を迎えたところで、アークエンジェルが収められている艦船ドックに注水が開始され出発の時を迎えていた。
「アークエンジェル、発進」
ゆっくりとその巨体が動き出しオノゴロのドックを出ていく。
整備に携わった技術者たちが遠くから見つめる中、アークエンジェルは遂にオーブを後にする。
同時刻。国防軍第2護衛艦隊もまた出港を始めていた。
目的は演習を名目にしたアークエンジェルの見送り。
領海内までは護衛艦隊を隠れ蓑にして、領海内にアークエンジェルが居た事実を作らない為である。
その一隻、艦船ホムラを任されているトダカに無理を言って、タケルは自身と、エリカに頼んで用意してもらったM1アストレイを同乗させていた。
「もうすぐ、領海線になります」
「周辺に機影なし」
「一先ずは、何も無さそうだな」
何かあっては困るが……トダカがその言葉を飲み込んだ時、タケルから驚くべき言葉が放たれる。
「トダカさん、2分でいいです。ジャミング最大で艦隊から突出してください」
「何だと? 一体何の具申だアマノ二尉」
「やらなきゃいけない事があるんです。僕の責任において」
「まさか、おかしいと思ったがその為にアストレイも?」
「洋上で試作武装のテスト射撃というのは本当ですよ。ただ、ターゲットが海かザフトのMSなのかって違いだけですけど」
「この事をアークエンジェルは?」
「僕がここに居る事だけは。何するかまでは言ってません」
「何をバカな」
「突出したらザフトが来るはずです。そしたら僕を艦隊の防衛の名目で発進させて直ぐに転進を」
「貴方を置いて逃げろと言うつもりか!」
「僕の勝手で艦隊を巻き込めません!」
タケルのどこか無茶苦茶な要望にトダカは戸惑った。
初めての事である。カガリならまだしも、タケルがこんな風に我儘めいたことを言い出すなど。
それも、国を巻き込みかねない事態を招くようなことを。
「僕が、アークエンジェルの存在を漏らしてしまったんです──これは僕の責任なんです。お願いします、トダカさん」
その呼び方に、トダカは悟る、
階級を付けないそれは、トダカ一佐ではなくトダカ個人。
嘗て護衛を務めた、タケルが慕うトダカへと向けられた言葉であった。
「くっ……後悔はないのだな。タケル?」
「体裁は守ります。火種は作りません。ただ、最大限、僕ができる援護をしたいんです」
「──わかった。機関最大、艦隊を離脱して前に出る。面舵15」
「ありがとうございます」
「──この大バカ者が」
「護衛艦群から、艦船ホムラが離脱。突出しています」
トノムラの報告に、アークエンジェルの艦橋内がどよめいた。
予定にない行動。そして、護衛艦と一緒に付いてくると語っていたタケルの言葉。
マリュー達にはその動きの意図が読めていた。
「まさか、囮になろうとでもいうの」
マリューの言葉で、ナタルの脳裏に昨晩のタケルの顔がよぎる。
必死に、不安を押し殺した声と表情。
その答えが、これだ。領海からアークエンジェルが出ていく前の最後の援護。
昨晩に自身の想いに気が付いたナタルは、目の前で見せられるタケルの想いに深く感謝した。
「アマノ二尉……最後の最後まで……艦長!」
「わかっているわ。彼の行動に甘えさせてもらう。機関最大、別方向に進路を取って艦隊を離脱する」
「ホムラと同じくジャミングを最大まで掛けろ。艦の特定をさせるな!」
「フラガ少佐、ヤマト少尉、ケーニヒ二等兵は搭乗機で待機。総員、第2戦闘配備!」
アークエンジェルは、少しだけタイミングを遅らせて護衛艦隊を離脱。
艦船ホムラとは別の進路を取り、速度を一気に上げた。
こうなれば、ザラ隊は追従するのが難しくなる。
同じ反応を見せて突出する艦影が2つ。
どちらかはフェイクである事は誰の目にも明らかだが、同時にどちらが本物かはわからない。
1部隊での対応は困難を窮めるだろう。
そう、1部隊であれば。
海中に潜むザフト艦。その数2隻。
アスラン・ザラの要請の元、増援が送られ、ミゲルを隊長に増援として来た2人とのスリーマンセルの部隊が発足していた。
ザラ隊とアイマン隊。2部隊であれば、2か所の反応に同時に対処できる。
「アスラン、こっちは先に出てきた方へ向かう。そっちは任せたぞ」
『だが良いのか? 仮にそっちが足つきなら──』
「それなら直ぐにこっちに来てくれれば良い。俺達でも足止めくらいにはなるだろうからな。そうして合流できれば、今度こそ落とせるだろうさ」
『──わかった。だが、仮にそっちが囮だったらさっさと離脱しろよ。オーブとこれ以上の接触は避けたい』
「わかってるさ。俺が向こうでバレたこともあるしな……ユーリ、アイク。行くぞ!」
ミゲルが乗る黄色に近いオレンジのパーソナルカラーに塗られたシグーと、ディンが2機。
潜水母艦より発進していく。
向かう先は艦船ホムラの方角。
因縁浅からぬ、タケル・アマノが待つ場所であった。
「接近する機影を確認。数3……MSです!」
もうすぐ領海を超えてしまう。そんな所であった。
ホムラの索敵が接近する機影を捉える。
かかったとほくそ笑むタケルと、かかってしまったと苦々しく表情を歪めるトダカ。
対照的な面持ちのまま、トダカとタケルはザフトの動きに意識を向ける。
「転進して機関最大。領海へと戻る! アストレイを射出しろ!」
ホムラより射出されたアストレイは近くの無人島へと降り立った。
敵機の接近を感じ取りながらも、タケルはコクピットの中で深呼吸をしてホムラへと通信を繋ぐ。
「わがままを言ってごめんなさい……トダカさん」
『らしくない──本当にな。必ず戻れよ、出なければ私がキサカと姫様に怒られる』
「多分僕はその倍怒られますから……その時は一緒に怒られてください」
『全く勝手に私まで巻き込んで……御武運を、タケル・イラ・アスハ様』
トダカがあえて口にした嘗ての呼び名。
タケルは嬉しさに口元を緩めた。その名で呼ぶのは本当に限られた人間だけだ。
その中でもトダカはタケルが幼い頃から慕ってきた人だった。
お転婆なカガリに比べ、内向的だったタケルはそれこそ良く懐いて世話になった。
トダカもまた、そんなタケルの面倒を良く見てくれた。
タケルが今軍人として生きているのには、アマノの教育は勿論のことだが、根本にはトダカへの憧れがあったと言える。
そんな人に武運を祈ってもらって、タケルが奮い立たぬわけもない。
「さて、やるぞアストレイ。長距離狙撃砲シュンライ展開」
重々しく背負われていた巨大な砲塔をアストレイは展開して腰だめに構えた。
スナイプパック用試作電磁投射狙撃砲。いわゆる、レールガンである。
通常の炸薬による弾丸とは速度も威力もものが違う。
その試作機の性能テストとして、海上から飛来してくる機体はまたとない得物である。
「(消費がでかすぎて機体のエネルギーは使えないから大型バッテリーによる回数制限付きの長距離狙撃砲だけど……威力と射程は十分)」
専用のスコープを展開させて、こちらへと向かってくる機体を確認した。
わかり易く派手な塗装を施された機体に、タケルはやはり因縁めいたものを感じた。
「3機って時点でなんとなくそんな気はしてたけど……増援まできてたとはね。って事は結局アークエンジェルの助けにはあんまりならないかな……さて」
んんっ、と喉の調子を整えると、タケルは全周波チャンネルで通信を開いた。
『この間オーブから這う這うの体で逃げ出した接近中のザフト兵士に告ぐ。君はオーブの領海に接近中だ。つい最近もあったわけだしこれで2回目だとわかってるかな?』
「お、おい、ミゲル……これって」
「外れだったんじゃ。捕捉したはずの艦も居ないし急いで引き返そう」
「ん? いや待て、散開しろ!」
『短いけど警告はしたよね。それじゃ──堕ちてもらうよ』
直後、巨大な号砲と共にシグーが乗っているグゥルが爆散する。
「なに!? 超長距離での狙撃……ヤロウ!」
無人島でアストレイが構える狙撃砲を視認して、ミゲルはその表情を歪めた。
まんまとしてやられた。
グゥルが打ち抜かれれば、別方向へと向かったアスラン達の援護にはまず向かえない。
シグーとて空戦を主とする機体ではないのだ。
そしてまっさらな海上で足場となりそうな唯一の無人島。
ミゲルは誘い出され、グゥルを失いその場にくぎ付けにされたのである。
「銃身が焼け付いちゃってるな……威力は十分すぎるけどこれじゃ使い物にならない。改良の余地はありだね」
バッテリーからの電力充填が終わり再びの狙撃。
しかし、それは銃身の僅かな歪みによって弾丸が逸れて当たらずに終わる。
そうこうしているうちに、ミゲルのシグーは無人島へと降り立ち、残る2機のディンもそれに続く。
久方ぶりに目にするオレンジ、もといアストレイの姿にミゲルはどこか昂る気持ちを押さえられなかった。
不意打ちは喰らった。相手の策にもハマった。
本来であればどうにかユーリとアイクだけでもアークエンジェルの方へと送らせたいが、目の前の機体がそれをさせてはくれないだろう。
それはつまり、ここでの戦闘は避けられないという事だ。
そして、それこそミゲル・アイマンが本来望んでいることでもあった。
ヘリオポリスから始まり、何度も味あわされた屈辱。それを返すためにプラント本国でも仲間達と分析を重ねシミュレーションをこなしてきた。
ミゲルにとっては、作戦目標であるアークエンジェルより余程目の前の敵との戦いの方が重要なのである。
「まさか、囮に出てくるとはな……」
「だまして悪かったね。でも情報だけ持ってちゃっかり逃げていった君が悪いんだよ」
「こちらが待ち構えているのを読んでいたというわけか」
「そのくらい当然でしょ? どれだけ追い回されたと思ってるのさ」
ヘリオポリスから始まり宇宙、砂漠、そして海上。
マリューが散々に悩まされたように、息つく間もない追撃。
アークエンジェルの所在が知られているなら、待ち構えているのはバカでも分かる事だ。
「それにしても、本当はXシリーズを釣りたかったんだけどね……君達がこっちという事は、アークエンジェルも襲撃の真っ只中かな」
「そうかもな。だったらどうする?」
「どうもしないよ。ここで君達を討ってそれで終わり。演習中に突然襲来してきたザフトを討つのなら大義名分もできるけど、流石に地球軍とザフトの戦いにまではね……これ以上は僕も介入できないよ」
「なるほど、体裁を保ちつつの精一杯の援護というわけだな? なんちゃって中立は辛いな」
「そうなんだよ。身の程も知らず大層なおもちゃを手に入れたからって意気揚々とバカみたいに平然と領海侵犯しようとしてくる様な頭の悪いのが相手だと……中々穏便な顔も続けられなくてね」
「良いのか? そんな挑発的な言葉を吐いて。ミッションレコーダーはこの会話を記録してるぜ」
「本当にバカなの? 残すわけないじゃん」
アストレイがビームライフルを構えた。
臨戦態勢。MS越しでありながら、まるで猛獣にでも睨まれた様な緊張感がその場を支配した。
「随分な自信だな。一人で全部抑えるつもりだったのか?」
「Xシリーズが来たらグゥルを墜として時間稼ぎすればいいだけ出し、君と雑兵2人くらいなら──十分に許容範囲内だ」
次々と吐き出される挑発的な言葉。
タケルらしからぬ言葉の応酬だが無論意味のない挑発ではない。
タケルとしてはここで彼等を引き留め続けなくてはならない。
アークエンジェルは今頃Xシリーズの襲撃に見舞われているはずだ。
そこにさらなる増援を送らせてはならない。
その為にわざわざ通信を繋いで会話を選んだのだ。
アストレイのパイロットを探してこだわっていたミゲルなら、必ずここで一戦交えようとするはずだと踏んだのである。
「ユーリ、アイク。お前達は援護に徹しろ。絶対にこいつに近づくんじゃねえぞ」
「おう」
「了解だ」
ミゲルの声に、アストレイを囲むようにディンが空中へと展開。
タケルは警戒を強めて、3機全部に気を配った。
「さぁ、これまでの因縁、ケリをつけてやるぜ、オレンジ!」
「そっちの方がよっぽどオレンジでしょ!」
「ぬかせ!」
スラスターを全開。互いの機体が飛翔してライフルと突撃機銃を撃ち合う。
タケル・アマノとミゲル・アイマン。
ヘリオポリスから続く因縁の対決が今、幕を開けた。
同時刻。
タケルが懸念した通り、アークエンジェルにもまたザラ隊の襲撃があった。
しかし、事前に予見していたアークエンジェルは即座に戦闘配備。
迅速な対応で、ザラ隊を迎え撃つ。
ストライクで出撃したキラ。
エールストライカーを装備したスカイグラスパーに乗るムウ。
そして、特訓の成果もありスカイグラスパー二号機へと乗り込んだトールが出撃。
甲板の上でキラのストライクは、ランチャーのアグニを構えていた。
「コンジット接続……補助パワーオンライン」
アークエンジェルからのエネルギーケーブルを接続し、射撃の準備は整った。
遠目に接近してくる機影を見つけて、キラは戦う決意を露わにする。
「戦うよ、アスラン。今は、敵同士だから……」
「ECM最大強度。スモークディスチャージャー投射! 両舷煙幕放出!」
ナタルの指示と同時に、煙幕弾と艦からの煙幕の両方が焚かれ、アークエンジェルは白い煙の中に消えた。
それは作戦開始の合図である。
スカイグラスパー2号機の中で、トールは緊張を押さえるべく唇をかみしめた。
「うぅ……やるぞ」
『緊張しすぎるな、トール。お前の先生は誰だ?』
「か、カガリと、アマノ二尉です!」
ムウの通信に驚いて心臓を跳ねさせながらも、トールは反射的に声高で答える。
ミリアリアとの間で誤解を生んだあのカガリからの教えと、その後の罪滅ぼしの為とタケルが誠心誠意で鍛え上げてくれた。
『あの二人に鍛えられたんだ。上手くやれるさ……上空からストライクの支援だけ、まずはやればいい』
「はい!」
『よし、良い返事だ。墜ちるなよ!』
颯爽と飛び去っていくムウには追従することなく、トールは指示された通り上空から敵機の位置データを拾う。
「こちらスカイグラスパー2号機。ストライク聞こえるか? 敵の座標と射撃データを送る!」
『了解……無理はしちゃだめだよ、トール』
「わかってる。送るぞ!」
届けられた座標と射撃データ。
それをアグニのロックオンとリンクさせる。
マーカーが煙幕越しに敵機を捉えた瞬間、キラは躊躇わずトリガーを引いた。
煙幕を貫き閃光が駆けぬける。
「っ!? 散開!」
不意打ちの射撃をかろうじて交わしたザラ隊はアスランの指示を受け即座に散開。
だが、それを追いかけるようにストライクは中空へと躍り出て次々とアグニで追撃を放っていく。
「くっそぉ!」
「散々待たされたんだ、ここから先へは行かせねえよ!」
何とかアグニを躱しきり、ストライクへ接近していくデュエルとバスターだが、落下していくストライクの背後から白亜の戦艦が姿を現した。
艦載主砲ゴットフリートが2機に狙いを定めている──
「てぇ!」
「ちぃ!?」
「やろう!」
ギリギリで回避が間に合うも、再び距離を取らざるを得ない。
接近を許されない波状的な攻撃に危うく堕とされかけた2人は慎重にならざるを得なかった。
先手は、完全にアークエンジェルが取っていた。
その頃、オーブのモルゲンレーテでは1つの騒動が起きていた。
「シモンズ! どういう事だ! 兄様が護衛艦にアストレイを載せていったって!」
「言葉通りですよ、姫様」
「何故それを許可した!」
「理由は試作兵装の電磁投射狙撃砲の試運転。沖合に出るなら丁度いいだろうと、目的も明確に申請されちゃ、断る理由が無いでしょ?」
「そんな理由、都合の良い言い訳だとわかるだろうが!」
「はいはい、落ち着いて下さいな。私だって言いましたよ。本当の目的は違うんでしょって」
「何?」
「そしたらアマノ二尉、必死な顔で言うんですもの。僕のせいなんです。お願いだから行かせてくださいって」
エリカにとって、タケル・アマノは決して無茶なお願いはしてこない人間である。
大体の事は自分でやろうとしてしまうし、今回の様な頼み事も最大限相手に配慮した依頼をする。
今回だって、少なくとも申請の体裁は整えている。
勿論エリカは、タケルの様子からそれが申請通りの目的でないことは理解していたが、体裁を整えられその必死な様を見せられれば、断る事はできなかった。
「初めて見たわよ。いつも一生懸命なのは知ってるけど、まるで誰かを人質に取られている様な……そんな追い詰められた表情で」
エリカの言葉に、カガリはハッとした。
昨晩の言葉の意味。タケルが抱く想いの強さを軽く見ていた。
オーブに戻ってきた以上、戦場に出て無茶をするようなことはないのだと無意識に信じ切っていた。
大切な人となった……互いの想いに気が付いて、もう一度生きて会いたいと願う事になったナタル。
彼女が乗る艦が襲撃にあうとわかっていて、タケル・アマノが黙って見ていられるはずがないのだ。
タケルにとってナタルは、カガリと同じ程に大切な人になってしまったのである。
「私のせいだ……私が焚きつけたから」
「そうやって自分のせいにするのはやめましょう。姫様もアマノ二尉も、自分に厳しすぎです」
「しかし、私は兄様を追い詰めて」
「何があったかは分かりませんが、選んだのはアマノ二尉です。どうするかを決めたのは彼自身です。姫様がやらせてるわけではありません」
後悔の念に苛まれるカガリを、エリカが窘める。
モルゲンレーテのフロアから見える大海原を見て、カガリは無茶しかしないであろう兄の無事を祈った。
空は、昨晩の月明かりが嘘のように曇天の空模様となっていた。
いかがでしたか。
ツッコミどころがあっても勘弁してください。
あと読者の皆様
ナタルさんとのイチャイチャにもっと触れて欲しいなって、、、
そこはちゃんと伝えろよとかのツッコミでもいいです。
折角久々出番で一番人気のヒロインとの大事な話だったので、、、ね。
感想、是非によろしくお願いします