機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-54 連鎖する波紋

 

 

 母艦へと帰投したザラ隊。

 

 ニコルが墜とされて、散々な撤退の様相を呈した。

 激昂するイザーク。普段なら諫めるはずのディアッカもが怒りにとらわれアークエンジェルへと向かおうとする。

 それを喪失で空虚な心になりながらも、アスランは2人を死なせまいと撤退を厳命した。

 逆らえば、カーペンタリアにまで帰投させると強い声で厳命され、イザークもディアッカも気圧されるように命令に従う。

 這う這うの体で逃げ帰った3人は今、ロッカールームで現実を受け入れられずにいた。

 

「くそぉ! くそっくそっくそっくそ! くそがぁ!」

 

 ロッカーを殴りつけ、未だ収まらぬイザークの怒り。

 いや、恐らくは悲しい気持ちを誤魔化すために怒りに頼るしかないのだろう。

 これまでニコルを軽く見ていたイザークではあるが、それでもザフトのアカデミー時代からの同僚。

 苦難を共に乗り越えてきた仲間であり、言うなれば戦友。

 情がないわけがない。

 この怒り様を見るに、むしろ彼は情に深い人間なのだろう。それを素直に表現する事こそそうはないが、自身に余裕がない時こそそれは顕著に表れる。

 

「イザーク、落ち着け!」

「何故ここで死ななければならない! こんなところで、アイツが!」

 

 誰から構わずと怒気をぶつけるイザークの言葉が、アスランの琴線に触れる。

 カっと頭に血が上り、アスランはイザークをロッカーへと抑えつけた。

 

「言いたきゃ言えよイザーク! 俺のせいで死んだと! 弱い俺のせいで、俺をかばってニコルは死んだとな!」

 

 こんなところで死ぬべき人間じゃなかった。

 死ぬはずだったのは自分。キラに討たれるのは、自分のはずであった。

 

 否……違う。

 あの時キラは、自身を見逃そうとした。

 追い詰めたその先で情けを掛けられ、下らない自尊心に駆られアスランはそれを振り払い抵抗を繰り返したのだ。

 

 ぞくりと背筋が震える。

 

 あの時、素直に撤退していれば。ニコルが出てくることもなく、少なくとも無事に帰投できたのではないか? 

 作戦の失敗を吞み込んででも撤退を指示していれば、今こんな事にはなっていなかったのだろうか? 

 その可能性が見えた瞬間、アスランは強烈な自責の念に駆られ吐き気を催した。

 

「ぐっ……うぅ……俺が、殺したのか?」

「アスラン!? イザーク、もうやめろ! おい、どうしたんだアスラン!」

 

 崩れ落ちるアスランを心配してディアッカが間に入るが、アスランは口元を押さえて必死に込み上げる不快な感触をとどめた。

 

「俺が……俺のせいで」

「誰のせいでもない! ニコルをやったのはストライクだろうが!」

「そうだ! ニコルも、バルトフェルド隊長もアイツにやられた! 俺だって傷をもらった!」

 

 イザークの言葉に、アスランはキラがいかに自分達にとって脅威なのかを再認識させられていく。

 敵なのだ、今のキラは……仲間を傷つけ、プラントの脅威となる。

 ならば、倒さなければならない。ザフトの一員として。

 

「くだらない自責の念など捨てて、次の戦いに備えろ!」

「──わかって、いるさ」

「ならば腑抜けた面を見せるな!」

 

 最後まで激情を崩さないままイザークはロッカールームを出ていった。

 残されたディアッカは未だ崩れたままのアスランを心配そうに見ていた。

 

「部下の死は隊長の責任、何て言わねえさ。俺達は好き勝手戦ってきちまってるしな……だが、イザークが言う通りそれでお前がそんな状態になられちゃ困る。きつい言い方になるが、落ち込んでる暇はないんだぜ」

「わかって、いるさ」

「ならいい──イザークの方は任せておけ」

「すまない」

「らしくねえなホント。2人ともだ」

「お前もだよ、ディアッカ」

 

 アスランの皮肉に、肩をすくめてディアッカもロッカールームを退出していく。

 今だけは、ディアッカの軽い声にアスランは救われる気持ちだった。

 ギリギリの状態である心を落ち着かせてくれる。

 だが、それを目の前の光景が無情にも崩してしまう。

 

「あっ……楽、譜」

 

 イザークが殴りつけて開いていたニコルのロッカー。そこからはみ出しているのは白い紙に記された緻密な楽譜だった。

 

 “今度ご予定が合いましたら是非にと”

 “本当ですか、アスラン! あぁ、ありがとうございます! ”

 

 自身がラクスと約束を取り付け、今度戻った時には彼女と一緒にと……そう言って用意していた楽曲である。

 楽しそうに、嬉しそうに。アークエンジェルがオーブから出てくるまでの時間も、アスランと話しながら練習していた。

 15歳……アスランやイザーク等より1つ下だ。

 それでありながら同じ立場に立ち、共に戦い、そして共に平和を夢見た。

 ユニウスセブンの悲劇を見て戦う事を決意した、心優しき少年であった。

 

 

 もう、アスランは涙をこらえきれなかった。

 

「あぁ……あう……くぅ……」

 

 嗚咽が漏れる。涙が零れる。

 既にロッカールームにはアスラン以外いない。

 声を殺しながらも、アスランは止めどなく涙を流し続けた。

 

「すまない……俺がお前を……俺の愚かさが……死ぬべきでないお前を……」

 

 考えればいくらでも。たらればを考えればいくらでも、ニコルを死なせずに済んだだろう。

 

 ヘリオポリスでストライクも奪取できていれば。

 アスランがストライクを鹵獲できていれば。

 アスランが意固地にならず撤退していれば。

 

 いくらでも考えは浮かんで、そして消えていく。

 

「許してくれ……ニコル……」

 

 もうニコルは居ない。

 あの無垢な笑顔も。ミゲルにからかわれて慌てる姿も。ラクスとの共演を夢見て必死に練習するひた向きな様も。

 もう、見ることはできない。

 

 滑り落ちてきたニコルの赤服を手にして、アスランは懺悔と共に涙を流しつづけた。

 

 全ては己の弱さが招いたことだと。

 

 

 

 そして、そこから先に至るは人の性だ。

 

 悲しみは転じる。

 喪失の空虚を埋める怒りが。深い悲しみに相応しい憎しみが。

 ダメだとわかっても、人は必ずそこに行き着いてしまう。

 

「ニコル、仇は必ず取って見せる──」

 

 弔わねばならない。死した友の無念を晴らすためには。

 それが、生者の生み出した幻想であろうとも。

 生き残った者はそれを背負ってしまう。

 死者の想いを騙り、自身に課した罪として。

 

 

「──キラを殺す。今度こそ必ず」

 

 

 濃緑の瞳が、激情の怒りに彩られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルへと帰投したキラ。

 格納庫は大賑わいであった。

 

 初めての実戦で十分な戦いをみせたトールの健闘を称え、ほとんど損傷なくこれまで散々追い回されてきた因縁のある部隊を退け。

 

 そして何より、奪われたXシリーズの1機。ブリッツをとうとう撃破したのだ。

 

 アークエンジェルクルーからすれば、浮かれるのは当然であった。

 

 “よくやった! ”

 

 口々に掛けられる言葉が、今のキラには辛く苦しいものであった。

 ストライクから降りてもみくちゃにされるも、彼等とて悪気があるわけでは無い。

 キラは必死に、込み上げる辛さを押し殺した。

 

「おい、お前等! まだ状況は終わってないぞ。次の襲撃がいつかもわからん。仕事に戻れ!」

 

 見かねたマードックの一声で整備班の皆が離れていく中、キラは小さく安堵の息を吐く。

 

「キラ! お前……顔が真っ青だぞ、おい!」

 

 そんなキラの様子を遠巻きに見ていたムウが心配して駆け寄ると、キラは今にも吐き出しそうな程青い顔をしていた。

 驚くムウに、キラは答えた。

 

「すいません少佐……少し、話を聞いてもらっても良いですか?」

 

 

 

 

 

 

 ロッカールームへと場所を移して、キラとムウは着替えてから向き合った。

 

「どうしたんだ。今回の戦い、一応戦果としては立派なものなんだぜ?」

「それが、原因で……」

「それがって、ブリッツを撃破した事か?」

「はい──たまたま、向こうもイージスを助ける為に割り込んで来たから通信回線が開いていたんです」

 

 キラの言葉に、ムウは息を呑んだ。

 その情報だけで今のキラの様子の原因がすぐに読めるのは流石という所だろうか。

 キラの次の言葉を、ムウは確信をもって待ち構えた。

 

「死ぬ間際の声が……通信越しで届いたんです」

「やっぱりか」

 

 想像は容易にできた。

 ムウとて軍人だ。通信越しに仲間の死に際の声など何度も聞いた。

 流石にキラの様に相手の声を聞いたことは無かったが、それでもキラが今抱いている苦しみは良く理解できた。

 

「今までは、討ったという事実しか見ていませんでした。それでも、苦しかったけど……戦場に出ているから。僕も相手も覚悟の上だからって、言い聞かせて」

「それが覆されちまったか」

「あんな声を聞かされたら、きっと向こうも許せないですよね。仲間の、あんな悲痛な断末魔を聞かされたら」

「返ってくる憎しみが怖くなったか?」

「はい……今でも手に、殺した感触が残ってるんです。今までとは違って、直接ナイフで殺したような気持ち悪さが。

 そして、そんな現場を見た敵の、怒りや憎しみがまるで目に見えるようで」

 

 ムウは思わず目を瞑った。

 痛々しい事この上ない独白である。

 タケルの陰に隠れていたが、キラも元より繊細なタイプの人間だ。

 命を奪い合う戦場など、本来不向きなはずの……

 多感な少年の時期に大人ですら簡単には御しきれないものを背負わされて、キラが無事なはずがない。

 

 

「キラ、医務室にいけ。それは今すぐどうこうできるような簡単なものじゃない。

 医務官に睡眠導入剤を処方してもらって今すぐ寝るんだ」

「寝て忘れろって事ですか。でも、その間に次の襲撃が来たら……」

「向こうも整備と補給がある。少なくとも今日の間は来ない。忘れろって事じゃない……今お前はそれを考えちゃいけないんだ。来い、俺が少佐権限でお前の休息を取りつける!」

 

 半ば強引に手を取られ、キラはムウに医務室へと連れていかれた。

 

 あらかじめ連絡をしておいた医務官によって直ぐに薬を出されて、そのまま強制的に睡眠をとらせる。

 

 一通り事が終わった後、ムウは医務室から艦橋へと通信を繋いだ。

 

「艦長、緊急事態に付き事後報告となるが、医務室でヤマト少尉には休息を取らせている」

『緊急事態!? 何があったのですか?』

「ちょっと訳ありな話でね。医務室に来てもらえるか?」

『──わかりました。ナタル、警戒態勢は暫くそのままに。索敵に感がなければ警戒態勢は解除して良いわ』

『了解しました』

 

 ナタルに艦橋を任せ、マリューはその場を後にした。

 無難に終えられた戦い。そしてブリッツ撃破の報に湧いていたのは格納庫だけではない。

 艦橋もまた同様であったというのに。

 

 ムウの報せはどうしてもマリューの心をざわつかせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オノゴロの軍港へと帰投した護衛艦船ホムラ。

 そこではカガリが忙しなく、ホムラの帰還を待ちわびて待機していた。

 側には、カガリの用命で護衛であるレドニル・キサカ一佐も控えており、事の重大さを伺える。

 

 艦から急ぎ足で降りてきたトダカの姿を認めると、カガリは足早に駆け寄った。

 

「トダカ! 兄様は!」

「姫様!? なぜここに」

「そんな事は良い! 兄様はどうしたんだ!」

「──領海端の無人島で、新武装のテストをしております」

 

 視線を交わさないトダカの答えに、カガリは頭に血が上りトダカへと掴みかかった。

 

「そんな報告を聞いて、私が納得すると思っているのか!」

「やめないかカガリ!」

「ふざけるな! 何をするかわかっていながら、みすみす兄様を──」

「あの御方のご指示です!」

 

 一喝する様なトダカの声に、カガリは気圧される。

 苦渋の決断だったことは、そのトダカの表情を見れば嫌でも分かる。

 

 あの時、オーブは演習の名目で領海内のアークエンジェルを護送していた。

 そしてタケル・アマノも新武装の試用運転の名目で艦を離れた。

 この動き、この演習に、ザフトの存在は関与していない。

 全てはオーブ側にとって予定通りの動きなのだ。

 だから艦船ホムラは演習の予定通り、他護衛艦と一緒に帰還した。

 だからタケルとアストレイは沖合の無人島で兵装の試用を行っていた。

 

 オーブもザフトも、タケルとアイマン隊の衝突は予定外の事態であり、そして両陣営ともに“無かった事にしたい”事態なのだ。

 明るみに出ればザフトは演習中のオーブの艦船を強襲した事実が生まれ、オーブは警告済とはいえ先手をとって攻撃を開始した事実が生まれる。

 

 

 戻ったトダカにできるのは戦力を持たぬ救命部隊を現地に派遣する事だけであった。

 

「直ぐに私は現地に戻ります。姫様はこちらで待機を」

「バカを言うな! ついていくに決まってるだろ!」

「万が一のことがあります。絶対に認められません」

 

 万が一……トダカのその言葉にはザフトと鉢合わせる状況としての万が一も含まれるが、それ以上にタケル・アマノが既に戦火に散っている可能性をも示唆していた。

 何も残ってない方がまだ良い。無残な死体ともなれば、そんなものをカガリに見せられるわけもない。

 

「カガリ、危険がある場所にお前を行かせるわけにはいかない」

「キサカ……しかし!」

「待つのが役目だと。お前はそう学んできたのだろう?」

 

 キサカの言葉にぎりっと奥歯を噛み締め、拳を震わせたカガリは、必死に自身を律する。

 確かにそうだ。スカイグラスパーに乗って、タケルに心配を掛けてから、カガリは自身の役目を理解した。

 信じて待つ──それがたとえ辛く苦しい時間でも。

 

 努めて気持ちを静める。深呼吸と共に、燻る熱を吐き出して、カガリは握りしめた拳を解いた。

 

「わかった……トダカ、直ちに現地へ向かってくれ。私は軍本部で連絡を待っている。一刻を争うはずだ、急いで欲しい」

「急ぎましょう」

 

 意識を切り換える。気持ちを押し殺す。

 以前のカガリであればできなかったが、今は違う。

 内心を大荒れの状態になりながらも、それを押し殺し、努めて冷静になりその場を後にすることができた。

 アークエンジェルで、タケルの横でカガリはしっかりと学んできたのだ。

 耐え忍ぶことを。

 まだまだ未熟ではある。先の様に直ぐに頭に血は上るし落ち着きが無いのは常だ。

 だがそれでも、彼女は確実に人の上に立つものとして成長を始めている。

 

「キサカ。姫様を頼んだぞ」

「心配をするな。既にあれは獅子の娘になりつつある……一度飲み下したならばもう動きはしない」

「そうか……あの御方と言い、良く成長したものだな」

「あの艦には、感謝しかあるまい」

「では、行ってくる」

 

 そう言い残すと、トダカは急ぎ足で救命ヘリへと乗り込み、現地へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブリッツのパイロットの断末魔を……ですか」

 

 マリューは沈んだ声でムウへと返した。

 医務室へと着いたマリューに説明されたキラの状態。

 

「俺だって味方の声はともかく、敵との通信はそうしたことがないからな……自分が討った敵の断末魔なんて、キラには致命傷みたいなもんだろう」

「様子は、どうでしたか?」

「顔は真っ青……今にも吐いてひっくり返りそうなくらいにな。ただ、抱え込まずに俺には直ぐに教えてくれたから良かったけどよ」

「助かりました。一先ず寝かせたというのも、良い判断だったかと思います。考える時間があるほど、今のキラ君には苦しいでしょうから」

 

 マリューは悲痛な面持ちで、ベッドで眠るキラを見た。

 薬による睡眠は深く、夢にうなされるような気配は無い。

 砂漠に降りた時のタケルの様な事にはならないだろうと、一先ず安心する。

 

「だがどうする? 次来た時に、アイツは多分、敵を討てなくなるぞ」

「辛いですが、無理を推して出てもらうほかありません」

「艦長!」

「わかっています。これが非情な決断だとは……ですが、アラスカへの道を乗り越えるには彼の力が必要なんです」

 

 ムウの強い声に反発する様に、マリューの語気も強まる。

 ムウが言いたいことはマリューとて百も承知だ。

 だが、あと1度……次の襲撃を切り抜ければ連合の制空権内。

 アラスカへの道が見えてくる。

 ここが乗り越えるべき最後の山場なのである。

 

「──ならせめて、他の坊主達と一緒に休息を取らせてやってくれ。砂漠でもそうだったし、アイツ等ならキラの辛さに寄り添ってくれるはずだ」

「少佐、今日はいつになく冴えていますね」

「ちょっとぉー、それはどういう事でしょうか? 俺は普段冴えてないって?」

「いえ、いつも助かってますよ、少佐。それで指示を出しておきましょう。ナタルには私から説明しておきますので」

「あいよ。まぁ、責めるような声をだして、こっちも悪かった」

「大丈夫です」

「無理すんなよ」

 

 小さく頷いて、マリューは医務室を後にする。

 彼女を見送るとムウもまた格納庫へと戻り自分の作業に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……あぁ? オチてたのか、俺は」

 

 シグーのコクピット内で、ミゲルは目を覚ました。

 直前の記憶を呼び起こす。

 アストレイと一騎打ちとなり、限界ギリギリの戦いをして。そして──

 

「奴は爆発して俺は生き残った、か」

 

 達成感は湧いてくるものの、機体の状況を見るにもうシグーは全壊も良い所。

 既に機体の機能は全てが失われ、救難信号1つ飛ばせない。

 ましてやこちらは3機での攻めだったのだ。

 正直なところ、ミゲルには微塵も勝利の余韻は存在していなかった。

 

「一応艦がシグナルロストを見て、来てはくれるだろうが……見つけてくれっかな」

 

 機体は何を触ってもうんともすんとも言わない。仕方なく、ミゲルはコクピットをこじ開けて外へと出る。

 

 空模様はあいにくの曇り空。

 雨は降る気配がないが、それでも気分を晴れやかにしてくれる模様ではない。

 コクピットを出て改めて機体を見れば、脚部、胴体とかろうじて形は保っており、少なくとも遠目からはボロボロなMSに見える状態であった。

 目印にはなるだろうとミゲルは砂浜に腰かけて救援を待つ態勢となった。

 

 手持無沙汰である。コクピット内からサバイバルキットも取り出したし、捜索に来るのもそう時間を置くわけでもない。

 こういった状況での艦船の対応はある程度定まっているのだ。

 迎えが来るまでは完全に暇となったミゲルは、パイロットスーツのまま砂浜に寝転び、勝利の余韻に浸ろうとした。

 

 長い事打倒アストレイを掲げて戦ってきた気がする。

 ヘリオポリスでの邂逅以来ずっとであった。

 クソ真面目にも本国の休暇期間まで使ってアストレイの対策に勤しんだ。

 だが蓋を開けてみれば、アストレイとオーブで見かけたあの少年は自身の想像を超える戦いぶりで拮抗してきた。

 スペックで劣り、数で劣り、機体の不調すらも抱えて。それでもミゲルとほぼ相打ちと言えるところまで持ち込んできた。

 自身が最大限の努力をしてきただけに、この結果にはもう勝利の余韻どころか敗北の念しか生まれなかった。

 

「本当に、厄介なやつだったぜ……ん?」

 

 耳に届く波音に違和感を感じてミゲルは身体を起こした。

 規則的な波音。だがそこに、別の音が混じる。

 不思議に思い、音の出所を探した。

 もしかしたらユーリかアイクが何とか脱出して海岸にでも転がっているのでは。

 そんな小さな希望がミゲルの胸に灯った。

 

「あれ、か? おい、まさか」

 

 見覚えのない色のパイロットスーツ。それを着た少年が浜に打ち上げられている。

 

 慌てて駆け寄ったミゲルは小さく呻いた。

 見覚えのないスーツに見覚えのある顔。

 オーブで出会った件の少年であった。

 

「おいおい、嘘だろ。生きてんのかよあの爆発で」

 

 意識こそ失っているものの、呼吸はある。

 脈もあるが……しかし、身体の随所には恐らくは爆発で散ったコクピットの破片であろう物が突き刺さっている。

 

「──散々仲間を討って来た。見捨てても文句はないだろう」

 

 ミゲルはタケルを見降ろして、小さくそうつぶやいた。

 同期のオノール。そして砂漠ではバルトフェルド隊。インド洋ではモラシム隊。

 そしてここでもまた、ユーリとアイクが討たれた。

 いわばザフトにとって最大級の警戒人物である。

 

 

 だが、ミゲルの脳裏には先日の邂逅の時の事が思い浮かぶ。

 和気藹々と、戯れるように友人達と歩く少年。

 MSに乗って戦うとは到底思えない、無邪気な様子を見せる少年の顔。

 

「……か、が……り」

 

 小さく呟かれた名前を聞き取り、ミゲルは深くため息を吐いた。

 聞いた名である。アストレイのパイロットの1人……そして恐らくは目の間の少年の大切な人なのだろう。

 

「故郷に大切な人がいる……か。ったく、これで見捨てたら目覚めが悪ぃだろうがよ!」

 

 ミゲル自身、守らなければならない大切な家族がプラント本国にいて、その為にザフトに志願して戦ってる身だ。

 こんなボロボロの状態でも名前が出てくるとはさぞかし大切な人なんだろうと思うと、もうミゲルにタケルを見捨てることなどできなかった。

 

「感謝しろよ少年。このミゲル・アイマン様にな」

 

 タケルを波打ち際から運ぶと、ミゲルはサバイバルキットでせっせとタケルの応急処置を始めるのだった。

 

 

 

 

 その数時間後、ミゲルは捜索に来た母艦によって、捕虜となったタケルと共に回収されてカーペンタリアへと帰還する。

 

 

 それはトダカが救命部隊と共に島に到着する、実に30分前の出来事であった。

 

 

 




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