アークエンジェルが観測している信号に変化があった。
スカイグラスパー二号機のシグナルが途絶し、その後に大きな爆発音と共にストライクのシグナルも途絶。
それをCIC席で見ていたミリアリアは呆気にとられる。
シグナルロスト──それは即ち、機体が信号を発信できなくなる程機能不全に陥ったか、観測範囲から離脱したかの2択。
だが、カガリの様に戦闘空域外に出るような事態は稀だ。スカイグラスパーはともかくストライクはまず戦域外に出るようなことはあり得ないだろう。
必然、側にいたはずのトールのスカイグラスパーも、戦域外に出ていること等あり得ない。
「えっ……トール?」
通信を繋ごうとするが無論返事はない。
通信が繋がる状況なら、機体からの信号が途絶すること等あり得ないだろう。
「トール! トール、応答して!」
「何があったの……ハウ二等兵! 状況を報告しなさい!」
爆発の光と衝撃に目を奪われていたマリューは我に帰ると、焦燥の声を上げるミリアリアを落ち着かせようと声を張り上げた。
「ハウ二等兵、状況を報告しろ!」
「っ!? はい──スカイグラスパーとストライクが共に、シグナルロストです」
おずおずと発したミリアリアの報告に、艦橋にいる全員が息を呑んだ。
先の爆発。そしてシグナルロスト。
タイミング的にも状況的にも、そう思わざるを得ない。
イージスによって、ストライクが討たれたのだ。
「キラ、トール! 応答して、お願い!」
再び繰り返されるミリアリアの呼び掛けを、誰もが諦めの境地の中で聞いていた。
現実を受け入れられていないのは何も呼びかけを続けるミリアリアだけではない。
艦橋にいるクルー全員が、簡単には信じられなかった。
元は民間人でありながら、戦いを重ねるごとに成長して活躍してきたキラ・ヤマトが。
圧倒的な汎用性で、不利な局面を覆し続けてきたストライクが。
今ここで、討たれてしまったのだ。
「キラ、トール! お願い、お願いだから……」
涙交じりになるミリアリアの声を聞いて、ナタルはいたたまれず、彼女へと歩み寄り通信のスイッチをオフにした。
「──もうやめろ。これ以上は無駄だ」
「で、でも!」
無情な言葉を突きつけるナタルにミリアリアは縋るように振り返るが、ナタルは沈痛な面持ちのまま首を振った。
「ハウ二等兵、部屋に戻れ。今の貴様は何もできん──アーガイル、彼女を連れていけ。どうせ今の艦の状況では火器管制もできる事はないはずだ」
「はっ、了解しました──行こう、ミリィ」
「いや、待って! トールが……キラも!」
CIC席から離れようとしないミリアリアを半ば引きずる様に、サイが連れていく。
それを苦渋の瞳で見送ると、ナタルは次いでマリューへと向き直った。
「──艦長」
「文句はないわ。適切な判断よ……パル軍曹、CIC席でストライクとスカイグラスパーへの打電を続けて頂戴。他の者は艦システムのチェックを。
マードック曹長、艦の被害は?」
通信を開いて損害箇所へと修理に入っているマードックをマリューは呼び出した。
一刻も早く、現海域を離脱しなければならない。
連合の勢力圏はもう目の前。こんな所で堕とされるわけにはいかないのだ。
『そう酷くは無さそうです! ホースブランケットの処置さえ終えれば飛べまさぁ!』
「急いで頂戴。それからナタル、島の位置をオーブへ打診して」
「捜索を願い出ると?」
「人命救助よ。今の私達ができないのなら、縋るしかないでしょう」
「──わかりました」
それではアラスカに戻ってからまた問題の種が増えるだろう。
ナタルは浮かんだ具申を飲み込んだ。
ただでさえオーブへの予定外の寄港とデータの譲渡は危ない橋なのだ。
その上更にオーブへの救助要請。
中立のオーブからすれば、自分で助けろで終わる話を聞き入れる理由はない。
聞き入れられたのならそれは、オーブに対して連合の立場を弱くする一手となる。
決して簡単に出して良い要請ではなかった。
覚悟の上なのだろうとナタルは悟る。
この情に厚い艦長は決してキラ・ヤマトとトール・ケーニヒの生存を諦めない。
仮にアラスカで責任を被ろうとも、前線で艦の為に戦った兵士を見捨てない。
できる事をやり遂げる気なのだ。
それが今は亡き恩師デュエイン・ハルバートンから受け継いだ遺志だから。
暫く艦橋クルーの被害報告と状況報告が飛び交う。
その中には遠方より接近する反応の報告もあり、ザフトの追撃が予想された。
歯がゆい思いで待つ事数十分。
マードックから修理報告が挙がった。
『艦長、いけまさぁ!』
「ノイマン少尉!」
「パワー、戻りました。航行可能です!」
「機関最大! 現海域からの離脱を最優先とする!」
不時着した島から、ゆっくりとだがアークエンジェルは飛び立つ。
未だ損傷の跡が酷く、速度も十分ではないがとにかく逃げるしかなかった。
その背後には、既に次の追撃部隊の足が迫っているのだから。
名残惜しさを押し殺して、アークエンジェルは戦闘海域を離脱した。
「トール……うぅ……なんで……」
現実を受け入れられず、サイに連れられて部屋へと辿り着いたミリアリア。
「サイ、ミリアリアも……どうしたの?」
部屋で待ち構えていたフレイに迎え入れられるも、尋常じゃない様子で戻ってきたミリアリアにフレイは驚きを隠せず2人に問いかけた。
「フレイ、俺は艦橋に戻らなきゃいけないから。ミリィを頼む……ミリィ、今はまだ状況が確定してないんだ。落ち着いて」
「ちょっとサイ。一体何が──」
「フレイ、こっちに」
ミリアリアを簡易ベッドへと座らせて、サイはフレイを部屋の外へと連れだした。
「何よ、サイ。一体何が──」
「フレイ、落ち着いて聞いてくれ」
「落ち着いてって……何が、あったの?」
サイの神妙な気配にフレイも嫌な予感を覚えてサイの言葉を待った。
サイもまた、それを口にするのがどこか恐れ多いような気配を見せながらおずおずと口を開く。
「さっきの戦闘中に、トールとキラの機体との連絡が途絶えた」
「ちょっと、それって……」
「艦長達はオーブに救援要請をしたけど、艦はザフトから逃げる為に、今アラスカへと向かっている」
「それじゃ二人は、見殺しにするっていうの?」
「生きてるか死んでるかもわからないんだ。艦長達も苦渋の決断だったと思う」
「そんな事って……」
「今はオーブからの連絡を待つしかない。だからそれまで、ミリィに付いててあげてくれ」
「それは勿論だけど────サイから見て、キラとトールが生きてる可能性はどうなの?」
先程から見せるサイの表情は決して明るいものでは無い。
フレイから見れば間違いなく、悲しさを押し殺している顔に見えた。
そしてそれはもう、フレイの問いの答えでもある。
「MIA──戦闘中の行方不明による戦死扱い。大きな爆発もあったし、まず生きてはいないと思ってる」
「やっぱり」
「ゴメン、俺もちょっと今は余裕ないからさ。艦橋に戻るよ。何かしてないと」
「わかったわ。ミリィの事は任せて」
「──頼むよ」
そう言い残して、サイは艦橋へと走っていった。
涙を流す一歩手前……そんなサイの気配に、彼が言ったトールとキラの戦死の可能性をフレイはひしひしと感じた。
同じである……フレイが見た、父の戦死と。
どんなに大切な人も、どんなに優秀な人も、呆気なく命を奪われ消えていく。
そこに例外は無く、淡い期待は裏切られるものなのだと。
戦争とはそういうものであることをフレイはあの日学んでいる。
サイ等ヘリオポリスの学生組の中で、フレイが一番戦争の残酷さを身に染みて理解しているのだ。
だからこそ、今のフレイは冷静でいられた。
彼等の中で一番、目の前の現実を受け止め、御し切る事が出来た。
無論、感情は悲しさを訴えている。
現実には涙を零そうとしている。
だがそれは、今の彼女の本意ではない。
呆気なく奪われた大切な人。残された人の慟哭が如何程なのかをフレイは良く知っている。
知っているのなら──今崩れそうな彼等を支えるのは自分であろう。
「ミリアリア」
静かに、彼女の頭を胸に抱く。
どうして良いか。どんな言葉を掛ければ良いか。
自身を救ってくれた少女の様に、相手を真に救う言葉も行動も思いつかない。
あんな太陽の様に温かで、真っ直ぐな少女にはなれない。
できるのはただ、自身が受け取った温かさを教えてあげるだけ。
「今は気持ちが一杯になってるから……泣いて。全部涙に流しましょ。そうして泣き疲れて眠れば、少しは気持ちも落ち着くわ」
「フレ、イ?」
「あの子みたいにはいかないけど、私が一緒にいてあげるから、ね?」
フレイの言葉に、ミリアリアは堰を切ったように涙を流す。
それを胸の内で受け止めながら、フレイは戦争のもの悲しさを改めて認識した。
戦いがある限り、誰かがこうして泣いている。
軍へと志願して、未だまともな仕事を持たずにいるフレイは常々、戦いを目にして胸の内に留める事を己の責としていた。
見ようとしなかった現実。
その中で、自身に何ができるかを考え続けていたのだ。
戦えない自分にできる事は何か──それは、目の前で悲しみに咽び泣く友の嘆きと共に、フレイの中で小さく芽を出し始める。
「(今は見てるだけ。アラスカに着いてもきっと私は見てるだけ……でも、必ずこんな世界は変えてやる)」
小さく芽吹いた反抗心は、フレイ・アルスターの心の深い所に根付くのだった。
「うっ、んぅ……ここ、は?」
意識が浮かび上がる。視界に入るのは見知らぬ天井。
タケル・アマノは、静かな病室で目を覚ました。
夕暮れ時であった。窓から差し込んでくる夕日が酷く眩しい。
目覚めたばかりのタケルは僅かに眩暈を感じる。
次いで、身体を起こそうとした所であちこちに痛みが走り思わず顔を顰めた。
「痛ぅ、酷いやこれ……」
「おや、気が付いたようだな?」
飛び込んできた静かな声に、タケルは思わずビクリと肩を震わせた。
気配を感じなかったために1人だとばかり思っていた。
声の聞こえる方へ視線を向けてみると、そこには丁度部屋に入ったばかりであろうことが伺える男の姿。
「──仮面? それにその服」
「想像の通り、ここはザフトが所有するカーペンタリアの基地だ──確かアストレイと言う機体のパイロットらしいね。君には驚かされたものだ」
色々と驚く情報は多々あるが、一先ず決して穏便には済ませられないことが知られている事に、タケルは警戒を露わにした。
アークエンジェルと共に戦っていたアストレイの存在。そしてそれに乗っていたパイロットがタケルだという事も割れている。
決して楽観視できる状況では無い事をタケルは察した。
「貴方は、どちら様ですか?」
「警戒はしなくて良い。君は扱い的には捕虜だが、正確にはただの要救助者だからな」
「捕、虜? 要救助者?」
いまいち状況を飲み込めないタケルは疑問符を浮かべた。
目の前の仮面の男も見るからに怪しいし、素直にここがカーペンタリアだと信じて良いのか。
そんな疑念すら湧いてくる。
「覚えていないかな? 君はミゲルが乗るシグーに討たれ重傷の状態ながらも生きていたために、彼によって救助された」
「救助って……良く殺しませんでしたね。散々そちらのお仲間を討ってきたというのに」
「それについては本人に聞いてくれたまえ。私は報告として救助したと聞いたまでだ。とは言っても公的に君達の戦闘記録は存在していない。あの場での戦闘は無く、ユーリ、アイクは作戦中の戦死。ミゲルも作戦中に機体を損傷し無人島に不時着。そこで重傷を負っていた君を見つけ今に至る。という筋書きだ」
「はぁ、そうですか」
タケルとしては概ね満足という所だろう。
あの島での戦いを無かったことにしてもらったのは都合が良かった。
これ以上中立のオーブの立場を悪くしたくはなかったし、少なくともアークエンジェルへの援護はできたのだ。
だがやはり、何故救助されたのかは解せない。
散々に邪魔をしてきたタケルの命を何故助けたのか?
だがその意図を目の前の仮面が知らないとなれば、今のタケルに言う事はなかった。
「起き抜けで長話もなんだろう。とりあえず暫くは席を外させてもらおう。君には色々と聞いてみたいこともあるのでな」
「機密でなければ何でもどうぞ」
「ふっ、おもしろい少年だ。部屋の鍵は一応掛けていく。心配無いとは思うが、無茶はしてくれるなよ」
「ご心配なく。どうせ動けませんし」
一先ず、懸念の1つが消えてタケルは少し投げやりになって返した。
動こうとすれば激痛で動けないし、無茶などできようはずもない。
それに、今のタケルには気になる事がある。
できるなら、上手く情報を抜き取りたかった。
「後程ミゲルが来るだろう。気まずいとは思うが、少し話をしてやってくれ」
「命を救われたならお礼くらいは言いますよ」
「あぁ、それで構わないさ」
そう言って仮面の男、もといラウ・ル・クルーゼは部屋を出ていった。
静かになった部屋で、タケルは冷静になり直前の記憶を思い返した。
「(確か、ギリギリの状態で戦って……そうだ、コクピットの真下を貫かれたんだ)」
あの時、シグーと刺し違えて……
アストレイの腹部を貫いたビームサーベルによって、バックパックが誘爆。
搭乗者は間違いなく死ぬはずの爆発であった。
「(アサギ達の事を考えて組み込んでおいた機能で、まさか自分が救われるとはね……)」
タケルは小さく笑った。
MSは危険の塊である。
それは戦闘時以外でも決して軽くはない。
動力部や、推進剤を蓄えているバックパック何かはかなり危険な部位と言えるだろう。
開発におけるテストパイロットになったアサギ達がアストレイに乗るとわかって、一番最初にタケルが手を加えた機能が、自爆機能ならぬ“自壊”機能である。
万が一、動力部やバックパックの不具合で危険な時。非常ボタンを押す1動作で、機体の各部を切り離し、その中でもコクピットブロックだけは隔壁の作動も併せて搭乗者を機体の爆発から守る。
これをとっさに機能させたタケルはアストレイの爆発によってコクピットごと海中へと投げ出された。衝撃で一度は意識を失うものの、海中で溺死する前に何とか意識を取り戻しコクピットを脱出。
だが、コクピットの破片による出血等の影響を受け脱出後には再び意識を失い、ミゲルの目の前に流れ着いたのである。
「諦めなくて良かったよホント。絶対死んだと思ったし……」
誰に言うでもなく、タケルは静かな病室で呟いた。
あの時、アストレイの状態も戦力的不利もあり絶望的な状況の中、タケルを例の覚醒状態へともたらした気持ち。
死ねない──死んで大切な人達を悲しませたくはない。
その想いがきっかけであった。
タケル・アマノにとって、自身の命は軽いものである。
少なくともカガリを守るためなら、喜んで命を差し出すだろう。
だがそれと同時に、自身を大切に思ってくれてる人が居るのを理解している。
それはオーブに帰国して、更に認識できたことであった。
カガリやウズミは勿論、アサギ、マユラ、ジュリの3人。
エリカやトダカだってそうだ。
皆、タケルの事を大切に思ってくれている。
そう信じているからこそ、タケル・アマノは強く成れる。
投げ捨てられる命。だけど、投げ捨てられない命。
矛盾する様で、だがその源泉となる想いは──1つ。
自身によって、大切な人を悲しませるようなことは許せないのだ。
「Superior Evolutionary Element Destined-factor──SEEDを持つ者、ね」
SEED。それは嘗て一度だけ学会に発表された一説である。
タケルはそれを後にエリカに見せてもらっただけであるが、その学説ではSEEDとはいつか新たなる進化へと至る人類の先駆け。
コーディネーターは文字通りナチュラルと新たな進化を見せる人類との懸け橋であり調整者であると述べていた。
今日まで行われてる戦争の根本を真っ向から否定する説である。
バルトフェルドにタケルが語ったように、その学説にタケルは魅入られた。
幼い頃からコーディネーターであることを疎まれていたタケルは、コーディネーターとナチュラルの差などまるで意に介さない様な、そんなSEEDを持つ存在に恋焦がれた。
“優れた種への進化の要素であることを運命づけられた因子”
SEEDの意訳である。
今回のミゲルとの戦いにおいて、タケルには感じ入る何かがあった。
扉が開かれた感覚。
それはこれまでの曖昧な感覚ではなく、もっとはっきりとしたきっかけと認識を残している。
「僕は、持っているのかな?」
自身を殊更特別な存在だと思える程、タケルは自意識の高い人間ではない。
だが、焦がれたものが手の内にある可能性を感じて、喜ばないほど悲観的でもない。
焦がれ、憧れるも、絵空事だと笑われた学説が、自身によって証明されるかもと思うと、少年らしく舞い上がってしまうのも無理はなかった。
「帰ったら、エリカさんにも聞いてみようかな」
「何をだよ?」
「どわぁ!?」
突然飛び込んできた別の声に、タケルはいつもの驚きの声を上げる。
慌てて聞こえた声の方へと振り向けば、そこには、タケルを落とした張本人。
オーブで出会った、ミゲル・アイマンの姿があった。
いかがでしたか。
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