機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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幕間 残されたもの、遺されたもの

 

 

 オーブ近海の無人島。

 

 直近の戦闘の痕を色濃く残す無人島へとカガリは降り立った。

 

 タケル・アマノの捜索は依然として実を結ぶことなく、手掛かりも得られないままに居た捜索隊にオーブ本国より一報が入る。

 それは地球軍のアークエンジェルより齎された人命救助の要請とその座標であった。

 

 カガリを伴ったトダカ等捜索部隊は、手掛かりを得られないタケルの捜索を断念しこの要請に応じる事に……ストライクとイージスが死闘を繰り広げた、激しい戦闘の痕が残る無人島へとやってきたのだった。

 

 

「これ……は……」

 

 

 目の前に光景にカガリは息を呑んだ。

 海辺に散乱する機体の残骸……そして原型は留めているものの明らかに爆発によってボロボロとなったストライクの残骸。

 

 直ぐにカガリは察した。

 ここでイージスとストライク──キラとアスランが討ち合ったのだと。

 以前に無人島で遭難した時の記憶がカガリの脳裏をよぎる。

 やるせなかった……敵としてではなく語り合う事の出来たアスランと、今は大切な友となったキラ。

 カガリにとって見知った者達が命を懸けた討ち合った事実が、カガリの心の深いところへ御しきれない痛みを生んだ。

 

「キサカ一佐! 向こうの浜に人が!」

 

 遠目から届いた報告にカガリは目を見開く。

 機体の残骸から見るに生存は絶望的だが、それでも僅かな希望が湧いた。

 

「キラか!」

 

 急いで声が聞こえた方へとカガリは向かった。

 浜に捜索隊の面々が集まるその場所へと──

 

「あっ……アス……ラン……」

 

 

 隊員たちをかき分けた先でカガリが目にしたのは──赤いパイロットスーツの少年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をだよ?」

 

 突然飛び込んできた別の声に、タケルは驚きの声を上げた。

 慌てて聞こえた声の方へと振り向けば、そこには、タケルを落とした張本人──オーブで出会った、ミゲル・アイマンの姿があった。

 いかんせん集中すると、タケルは周りが良く見えなくなる傾向にある。

 考え事に耽っている時などは特にそうだろう。

 オーバーリアクションで驚くタケルに、声をかけたミゲル・アイマンも逆に驚いた顔を見せていた。

 

「変な驚き方するなよ。普通に声掛けただけじゃねえか」

「せめてノックくらいしようよ。一応ここ、僕があてがわれてる部屋でしょ?」

「そこまで気を遣ってやる必要無いだろうが。敵同士だったんだし」

「じゃあなんで助けたのさ?」

「さぁな」

「何それ」

 

 軽く交わされるやり取りの間に、ミゲルはベッドわきに椅子を用意して腰かけた。

 

「ほらよ、食堂からくすねてきた。お前見るからに子供っぽいから甘いのが良いだろうと思ってな」

「カットオレンジ……何かの意趣返しのつもり?」

「たまたまだ」

「あっそ。どうも……」

 

 いちいち気に障る発言をして来るミゲルに軽くにらみを利かせて、タケルはオレンジを口に放り込んだ。

 起き抜けで喉も乾いていたし、酸味と甘味が丁度良い。

 

「ほらよ、飲み物」

「ん、ありがとう」

 

 不思議なやり取りであった。

 命を懸けて全力で戦い合った。正に死闘の後だというのに、どこか自然なやり取りが交わされる。

 タケルもミゲルも何故か、互いを見てわだかまりが沸き起こるようなことは無かった。

 

「ふぅ、御馳走様。流石にオレンジ1個じゃ物足りないけど」

「まだ食事の時間じゃねえからな。もう少し待て」

「そうなんだ──それじゃ、本題に入ろうよ」

 

 タケルは声音と空気を切り換える。

 不思議と自然なやり取りができた軽い空気から一転。目を合わせなかったタケルは、初めてミゲルの目を見た。

 

「何で、僕を助けたの?」

 

 起きて、ラウから救助されたと聞かされてからずっと抱いていた疑問。

 生き残れる可能性は確かにあっただろう。生き残ることを諦めきれなかったタケルは最後まで足掻いた。

 だが、何故敵対していたミゲルが自身を救ったのか……それが、タケルには理解できなかった。

 

「散々僕はザフトの人を討ってきたんだよ。君の仲間をたくさん殺してきている……あの場でもね。僕を助ける理由何かないはずだよ?」

「さっきも言っただろ。さぁなって」

「何それ、意味が分からないよ」

「そりゃそうだろ。俺だって何で助けたのか疑問だからよ」

「はぁ? 何言って──」

「ただ、強いて言うなら」

 

 真剣な面持ちとなり、ミゲルもタケルの事を見返した。

 互いの視線がぶつかる中、ミゲルは小さく不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「お前がオーブの人間だったから、かな」

「ん? 益々もって意味がわからないや」

 

 お手上げという様に諸手を挙げて、タケルはベッドに身体を投げ出した。

 そんなタケルを見ながら小さく笑ったミゲルは、ぽつぽつとその心を語り始めた。

 

「お前が地球軍だったら、俺も迷わず殺していただろうよ。

 だけどお前は中立のオーブの人間で、本当なら平和に故郷で生きてるはずのやつだろ? オーブで会った時も、楽しそうに仲間とつるんでたしな」

「まぁ、そりゃあね。僕はともかく、彼女達は平和の中を生きているわけだし」

「ついでに言うとお前、ボロボロの中カガリって奴の名前を呼んでたぜ。お前のコレか?」

 

 小指を立てて問うてくるミゲルにタケルは意味が分からず小首を傾げたが、少なくとも質問の枠組みは何となくわかり答えを返した。

 

「妹だよ。大切な家族」

「なるほどそっちか……とまぁ、そんなうわ言を聞いちまったらよ。殺すに殺せなくなっちまったんだ。一応、ヘリオポリスでオーブを巻き込んでおっぱじめたのは俺達ザフトだしな」

「へー、意外とそういう認識あったんだね」

「誰も好き好んで民間人を犠牲にしたくはないさ。戦争に無関係だったはずの連中を巻き込んで、死なせるなんてなったら、やっぱり後味悪いしよ」

「この世界に生きている以上、無関係ではいられないよ。現にオーブはもう戦火が広がる事を予見して警戒を強めている」

 

 軍備の増強をしている、とは流石にタケルも明かせなかったがミゲルもそれを何となく察してみせる。

 感嘆のため息を一つ吐いてミゲルは口を開いた。

 

「流石だよなオーブは。潜入した時も思ったが備えは盤石。中立を謳い続けてるだけはあるぜ。迂闊に手は出せねえ」

「国防軍に所属する身としては嬉しい言葉だね。とは言え、結果的に君には情報をすっぱ抜かれたわけだからやはり面白くは無いけど」

「部下への教育不足だな。国家での体制は整っていても、人員への教育までは行き届いていなかったと見える」

「彼女達は軍属じゃないからね。仕方ない」

「ん? それじゃあいつ等はなんなんだ?」

「流石にそれは企業秘密だね」

「なるほど、モルゲンレーテの社員って事か」

「そういう意味で企業って言ったわけじゃないんだけど……まぁ事実としてはそうだね」

「ふーん」

 

 大事な情報こそ渡してはいないが、それでも気さくに言葉を掛けてくるミゲルの距離感に、タケルは絆されつつあった。

 殺しあった仲であるというのに作られるこの距離感は、ある種タケルやカガリが求める関係の体現とも言える。

 戦場で敵同士になったとしても、タケルとミゲルは今敵同士とならずに話ができているのだ。

 

「なぁ、もう一つ聞いて良いか?」

「企業秘密じゃなければ何でも」

「ヒシャカクオチってなんだ?」

「あー、戦闘中に言ったやつ?」

「あぁ、何のことか気になっちまってよ。もう気になって夜しか眠れねえ」

「それは十分眠れてるんじゃないの? うーん、教えても良いけど、君は多分怒るよ?」

「ミゲルだ。別に怒らねえさ……正直俺は完敗だったしな」

「そう? それじゃ……紙とペン貰える? あと、僕はタケル」

「あいよタケル。なんか微妙に名前被るな」

「ちょっと僕も思ったよ。タケルとミゲル……」

「ははっ、コンビ名みたいだな」

 

 ミゲルから紙とペンをもらうと、タケルはオーブに伝わるとあるゲームの盤面を駒の配置を紙に書き記した。

 

「はい。これがオーブに伝わるテーブルゲーム、将棋だよ」

「駒を動かす戦略ゲームって所か。チェスみたいな?」

「そうだね。それで飛車角落ちっていうのはね、実力差のある対戦だとハンデとして、優秀な駒である飛車と角っていう2つを無い状態でプレイするんだ。場合によっては相手が手にしてたりもする」

「へー、それで飛車と角が落ちた状態のハンデがあの戦いと?」

 

 確認を込めてタケルへと視線を向けたミゲルに応えるように、タケルは肩をすくめた。

 

「だから言ったでしょ。多分怒るよって」

「いんや、怒る気にもなれねえさ。数の差も機体の性能差もあったのにあそこまでやられたんだ。お前の言う飛車角落ちが相応しいだろうよ」

 

 完敗であったのは言うまでもない事。

 機体の性能差だけでもミゲルとしては決して小さいものでは無いと考えている中、部隊で挑んだ数の利に加え、限界機動による機体の不調までアストレイは抱えていた。

 タケルの言う飛車角落ちは妥当と言えるハンデだろう。

 

「殊勝な態度だね。ザフトのコーディネーターなんて皆自尊心の高い奴ばっかりかと思ってたよ。あのデュエルのパイロット何か動き見るにそんな感じだよね?」

「ははっ! 流石の慧眼じゃねえか。御想像の通り、イザークなんてプライドが服着て歩いてるような奴だぜ」

「うわぁ、めんどくさそう……僕なんて絶対に目つけられてるじゃん」

「残念だったな、アイツはどっちかって言うとストライクにご執心だからよ。お前に目つけてるのはバスターのパイロットの方だろうな」

 

 目を付けている、と言うと語弊があるだろうがタケルとアストレイを意識していると冠画れば最もそれが当てはまるのはバスターであろう。

 アークエンジェル防衛において、もっとも危険な機体として常々タケルにはマークされていたのだ。

 折角の最新鋭機に乗りながら思い通りに戦わせてもらえないのは相当にストレスだっただろう。

 その結果がミゲルからの証言で分かりタケルは少しだけ得意な笑みを浮かべる。

 

「そりゃトラウマ植え付けたならそうだろうね。でもアークエンジェルを守る上で砲撃機のバスターを見過ごせないのはわかるでしょ?」

「まぁな。何の恨みがあるんだっつって叫んでたがそりゃしょうがねえよって思ってたぜ俺も」

「でしょ? そもそも、そんなこと言うくらいならきっちり対処すればいいだけの話じゃない?」

「おいおい、無茶言うなよ。お前の接近を躱しきるなんて、クルーゼ隊長でもない限り無理だっての」

「クルーゼ隊長ってもしかして、さっきここにいた仮面の人?」

「あぁ。ザフトでも超が付くほどの英雄。勲章や記録的な戦果ばっかりでザフト最強と言っていいパイロットだぜ」

「目茶苦茶気になったんだけど、何であの人あんな変な仮面してるの?」

「ばっ、バカ! それは聞いちゃいけねえ!」

「えっ、なんでさ?」

 

 妙に慌てた様子を見せるミゲルに、タケルは疑問符を浮かべた。

 仮面の理由を聞いただけ。差し当たって可能性としては顔のやけどの痕とかその程度かと思っていたのに、ミゲルの顔はどことなく恐怖すら浮かべている。

 ミゲルは一度部屋の外へと顔を出し周囲を確認してから戻ってくると、大きく深呼吸をしてから口を開く。

 

「いいか、これはザフト内じゃ噂の域を出てないんだが……クルーゼ隊長の素顔に興味を抱いた奴は、謎の戦死を遂げているんだ」

 

 非常に真剣な顔つきで語られるバカげた話に、タケルは一度目を丸くし次いで胡散臭そうにミゲルを見やる。

 

「はぁ……ひっそりと葬られてるとでも? 馬鹿馬鹿しい」

「冗談じゃねえんだってマジで。俺も一回だけ聞いたことがあるんだ……何で仮面してるんですかってよ」

「そしたら?」

「──戦場で死ぬときに成ったらわかるだろうって」

 

 十分に溜めてから語られたその言葉に、タケルも眉をしかめる。

 意味深ではあるが、ミゲルの言う事の信憑性もやや増す言葉であった。

 

「うわぁ、それマジな奴じゃん。なんでそれで隊長なんてやれてるのさ」

「それでも戦果は凄いからな」

「なるほど、ザフトは実力主義なわけね」

「結局は噂でしかないしな」

「ふーん。あっ、そういえばさ──」

 

 既に語ることは尽きなかった。

 何故か古くからの友であるかのように、妙に馬の合った二人は戦場で討ち合ったことを忘れて語り合った。

 

 互いの事を。国の事を。友人の事を。

 他愛もない話は、戦場でのことを忘れさせ、そこには平和な時間だけが流れる。

 

 平和な時間は、ラウが病室に来訪するまで続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……うぅ……くっ……」

 

 意識を浮上させたアスラン・ザラは目覚めと共に体に走る痛みに呻いた。

 夕暮れ時なのか茜色の日が窓から差し込んでおり、明かりを頼りに自身を省みれば簡易ベッドに寝かされているのだとわかった。

 

「ここ……は?」

「気が付いたか、アスラン」

 

 横合いから飛び込んでくる聞き覚えのある声に、アスランはハッとして視線を向けた。

 そこには、アスランを睨みつける様にして立っているカガリの姿。

 

「カガリ……か? なんで君が──」

「ここはオーブの飛行艇の中だ……私達は浜辺で倒れていたお前を発見して収容したんだ」

 

 記憶にあるカガリとは違い声が固い。アスランはそこに一つの推測を立てた。

 

「俺を見つけて収容って事は、見たんだろう? 戦場の痕を」

 

 自爆によって爆散したイージスの残骸に、巻き込まれたであろうストライク。

 それらを見れば、アスランがストライクを──キラを討った事は容易に想像がつくだろう。

 

「確認させてくれアスラン。ストライクをやったのは……お前なんだな?」

 

 想定通りの質問に、アスランは僅かに自嘲した。

 言葉にされて実感する……自分が、大切だったはずの親友に全力の憎しみを込めて戦いを挑んだことを。

 そして、その命を奪って見せたことを。

 

「あぁ……その通りだよ」

 

 虚無感しか感じられない声でアスランは返した。

 あれ程憎んで仇を討ったというのに……胸の内に去来するのは一つも浮かばれない自身の心。

 そしてそれ以上に、辛く思い後悔が心にのしかかってきていた。

 

「パイロットは……キラは、お前の様に脱出できたのか?」

 

 一つ一つ……落ち着いてる様で、だが震えた声でカガリはアスランに問う。

 捨てきれない希望──アークエンジェルで苦楽を共にし、大切な友人となったキラの生死に際して、カガリはその是非に恐怖していた。

 ただでさえ生死不明な兄の事が重くのしかかっているこの時にもたらされた、キラとアスランの死闘。

 カガリがその結末に恐怖するのは当然と言えよう。

 

「──なんで、カガリがそれを気にするんだ? アイツと知り合ったのだって、つい最近だろ」

「はぐらかすな! 時間なんか関係ない……私も兄様も、キラとはもう……大切な友達だ」

 

 そうだろうな、とアスランは胸中でカガリの言葉を受け止めた。

 無人島で出会ったばかりの自分ですら簡単に懐に引き込んだ少女だ。

 あの人見知りで内向的な親友であろうと、多少の時間を共にしたのなら簡単に引き込めたことだろう。

 そんな彼女との共通の友人であるキラを、アスランはその手で討ったのだ。

 

「キラは──俺が討った」

「っ!? お前!」

「イージスで組み付いて、自爆して……タイミング的に、自爆に気が付いたとしてもまず脱出は不可能だろう。確実だ」

 

 齎された事実に、カガリの表情が凍りついた。

 予想はしていたが覚悟はしていない。否、覚悟はできなかったと言うべきだろう。

 キラの死を、考えたくはなかった。カガリは必死に予想するその胸の内で否定し続けて保っていたのだ。

 

「くっ……ぅ……ぇぃ……うっ! くそぉ──!!」

 

 アスランの言葉に、身体を震わせ涙をにじませたカガリは、背後へと振り返って両の拳を壁へと叩きつけた。

 必死に堪えた──少しでも壁に向けて何かを発散しなければ、この空虚と共に襲ってくる怒りを憎しみに変えて、アスランへと向けてしまいそうだったから。

 

「あぁ……うぁあああああ!!」

 

 必死に声に変えて吐き出す。やるせない気持ちを、失った喪失感を。

 そんなカガリの姿に、アスランは目を伏せた。

 

「やっぱりお前は、アイツの為に泣いてくれるんだな」

 

 瞬間的に、カガリは頭へと血を上らせる。

 アスランが横たわるベッドへと一足飛びで駆け寄ると、アスランの胸倉を掴んだ。

 

「お前っ! そんな風に思うなら、なんで討ったんだよ!!」

「解らない……解らないさ、俺にだって!!」

 

 激昂するカガリに負けじと、弱々しくアスランも声を荒げる。

 

「止められなかったんだ! ニコルを討ち、仲間を傷つけたアイツへの憎しみが!」

「──だからって、友達のキラを憎んで殺したって言うのか! 親友であるはずのお前がっ!」

「あいつはニコルを殺した! ピアノが好きでまだ15で……それでもプラントを守るために戦ってたあいつを……敵を憎んで何が悪い!」

「だったら、何でお前はそんな悲しそうに泣いているんだよ!!」

 

 ガツンと殴られたような衝撃と共に、アスランは目を見開いた。

 当たり前に流れる涙と共に気づかされる……憎しみに終止符を打つべく仇を討ったはずだと言うのに、胸に残るのは虚しさと悲しさだけ。

 得られるものは何も無く……ただ大切な仲間と共に、“大切な友”を自ら失ったのだと。

 

「うぅ……くっ……ぅぅ……」

「そうして、殺されたから殺して……殺したから殺されて。それで本当に最後は平和になるのかよ! えぇ!」

 

 もはやアスランに涙を止めることはできなかった。

 失ったのだ──大切なものを。それも自らの弱さのせいでいくつも。

 

 

 そのまま、カガリはアスランに。

 アスランはカガリに縋るように。

 互いに泣き崩れた。

 

 夕日が差し込んでくる飛行艇の中で、2人の嗚咽と涙だけがしばらく続いた。

 

 

 

 

 しばらくそのままで涙を流し切ると、2人はようやく感情を静めて互いに離れる。

 簡易ベッドの傍らに座り込むカガリと、ベッドに横になるアスラン。

 何も言葉が出てこずに静かな時間だけが流れた。

 

「──あの時、無人島でカガリに言われていたのにな」

「えっ?」

 

 沈黙を破って呟いたアスランの言葉に、カガリは振り返った。

 

「戦場で出会ってしまったからと言って、分かり合えないとは限らない──俺もそれを信じて、キラともう一度笑い合える日を夢見てたと言うのに……俺はそれを忘れて、キラを憎んでしまった」

「アスラン……」

「戦場では互いに大切なものの為に戦っている……憎むなんておかしい話だと。そう割り切れなかった心の弱さが……俺自身が自ら大切なものを捨ててしまった」

「そんな、簡単に割り切れるものじゃないだろう……私だって、簡単にそんな風には考えられないだろうし」

 

 カガリでもそうなのだろうか。

 そう考えてふと、アスランの脳裏に頼りになる先輩の顔が過った。

 

 “重く受け止めるな。戦場での戦死は常だ”

 

 大切な仲間の死をそんな風に受け止めるミゲルの事を、アスランは薄情だとは思わなかったが決して良い感情で受け止めても居なかった。

 だが今ならわかる。こうして仲間の戦死を受け止めて自分を失えば、更に大切なものを失うのだと。

 

 割り切るべきだったのだ──仲間の死を。

 戦場に立った以上、仕方のない事。誰しもに起こり得る可能性なのだと。

 それが原因で、大切な親友に憎しみを向けることはお門違いだったのである。

 受け止めきれないのなら、戦うべきではなかったのだ。

 無人島でカガリが言ったように、嫌なら戦場に出るべきではなかったのだ。

 

「弱いな俺は……本当に」

「やめろよ、そんな言い方……誰かのせいになんかしたくない」

「誰かのせいも何も、俺のせいだろう?」

「悪いのはこんな戦争がある世界だ。私は、お前のせいだなんて思わないぞ」

「そう、か……」

 

 再び、沈黙が部屋を支配する。

 互いに何を言って良いか分からない。だが、あえて何かを言葉にする気にもならない。

 そんな奇妙なもどかしさがあった。

 

 また少し時間が経ったところでふと部屋の扉が開き、キサカが入って来る。

 

「カガリ、迎えが到着した」

「そうか……アスラン。ほら、迎えだ」

「え?」

 

 疑問符を浮かべるアスランを尻目に、カガリはアスランの手を引いてベッドより立たせた。

 

「発見と同時にカーペンタリアに連絡を飛ばしたら、近くにいたお前の母艦が迎えに来るって話だったんだ。

 ザフトの軍人を、オーブに連れ帰るわけにも行かないからな」

「そうだったのか。ありがとう、って言うべきなのかな……今は良く分からないが」

 

 促され、扉へと歩みだすアスランの背を見たカガリは何かに気が付いたような気配を見せると、アスラン背へと声をかけた。

 

「アスラン、ちょっと待て──」

「なんだよ。まだ何かあるのか?」

 

 どこかぶっきらぼうに返すアスランに近寄ると、カガリは首にかけていた小さな石のついたペンダントをアスランへとかけた。

 

「以前に兄様がくれたハウメアの護り石だ。お前、危なっかしいし……護ってもらえ」

「キラを殺したのに、か?」

「もう、誰にも死んでほしくないんだ」

 

 首元にぶら下がる紐と小さな石を見つめ、アスランはカガリの言葉に小さくうなづいた。

 

「ありがとう……カガリ」

 

 素直なカガリの想いを受け取り、アスランは空虚な心に僅かな熱を感じた。

 

 

 飛行艇のハッチには小型のボートが用意されており、カガリが言う通りアスランが乗っていた潜水空母がすぐ目の前に迎えに来ていた。

 アスランは、改めて礼を言おうと思ってカガリとキサカへと振り返った所で一つの事に気が付いた。

 

 これだけ早く迎えに来たという事は、恐らく戦闘からさして時間は経っていないだろう。

 そして、そんな早いタイミングでアスランを回収したカガリ達に疑問が残った。

 

「一つ聞いて良いですか?」

 

 アスランは、軍人らしい風体のキサカとトダカに向けて口を開いた。

 

「ん? なんだろうか?」

「何故オーブの飛行艇がここに? 領海からも随分離れていると思いますが……」

「アークエンジェルから人命救助の要請があったんだ。こちらは別件で領海の端まで赴いていたので本国からの連絡を受けて迅速にこちらに赴く事ができた。そうして君を発見したというわけだ」

 

 別件……その言葉がアスランの頭で点と点を繋いでいく。

 ついでのようにここまで赴いたというのに、救助を前提とした飛行艇。

 そしてミゲルから聞いた、アイマン隊とアストレイとの戦闘。

 

「もう一つ教えてください……別件とは、オーブ領海付近で行われた戦闘での捜索や救助ですか?」

 

 アスランの言葉に、キサカやトダカ。

 何より、カガリの表情が変わった。

 切望したタケルの消息──その気配を感じたのだ。

 

「──何か、知ってるのか……アスラン?」

 

 恐る恐る問いかけてくるカガリに、アスランは表情を歪めた。

 キラの死であれ程悲しみに暮れたカガリに、アスランは今気づいた事だが最もつらい事実を伝える事になる。

 しかし、伝えないわけにもいかない。

 無駄に捜索させても仕方ないし、何もわからない時間が続く方がよっぽど辛いだろう。

 

「こんな時にカガリにこの事を教えるのは気が引けるが……」

 

 意を決したように、アスランは口を開いた。

 

 

「先日の戦闘で、俺の部隊の仲間が……アークエンジェルと一緒にいたオレンジの機体を討ったと報告を受けている──パイロットごと、機体は爆散したらしい」

 

 

 

 それはカガリが待ちに待った、タケルの情報。

 

 そして最も恐れた、タケル・アマノ戦死の報であった。

 

 

 




あーあ、余計な事を、、、そんなお話。

原作の方がずっとグッと来るから書いててキツイですね今回のシーン。
特にカガリの魅力的なシーンであることもあって作者的にはかなり難しいお話でした。

しばらく作品に触れてなかったこともあり難産でしたが、お楽しみいただければ幸いです。
また、感想をよろしくお願いいたします。

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