地球軍本部アラスカ基地。
「アークエンジェルか……よもや辿り着くとはな」
会議室のモニターに映る戦艦の姿に、1人の将官が忌々しく口を開いた。
「ハルバートンの執念か。あるいはコーディネーターの子供の驚異的な力か」
「そう言ってやるなサザーランド大佐。幸いにもストライクとそのパイロットは土壇場でMIAだ。こちらにとっては都合が良い」
コーディネーター。
その単語が出た瞬間に少し空気が曇る。
地球軍の総本山、アラスカ基地は凝り固まった思想の軍人達の巣窟。
ブルーコスモスの思想に最も近い、あるいはその思想に染まった軍人達が集まる基地だ。
辿り着いたアークエンジェルから送られてきたデータ資料を閲覧した将校たちは、揃って顔を顰めた。
曰く、コーディネーターが護ってきた艦。
曰く、ハルバートンの妄執の残り火。
曰く、染まり墜ちた天使。
「全く迷惑なものだな。問題ばかりの艦と言えど戦果は上々。兵の中には英雄視するものも出ましょう」
「ボロボロなところがまたなんとも風格を漂わせるものだ。
だが、我々としては手放しに受け入れられまい」
「“アズラエル”にはなんと?」
「問題はこちらで全て修正する、と伝えてあります──不運な出来事だったのですよ、全ては。
そして恐らく、これから起こる事も」
決して気持ちの良い空気ではないまま、会議は終わりを迎える。
暗がりの会議室のなか、集まった将校達は最後に口を開くのだった。
「全ては、青き清浄なる世界の為に……」
満身創痍──そんな言葉が似合うだろうか。
白亜の戦艦は、度重なるザフトの追撃を乗り越えて、遂に目的地となるアラスカへと辿り着いた。
ようやくの目的地への到着となったものの、クルーに嬉しさや達成感と言った気配は薄かった。
勿論、常に危険に晒され続けた旅路からの解放に安堵した者は多いだろう。
ヘリオポリスから始まりここに至るまで。これ程の苦難と戦火を潜り抜けた艦など、そうありはしない。
戦争状態といえど、世界中で常に戦いが巻き起こっている事などありはしないのだ。
アークエンジェルの様にずっと敵軍の追撃に晒される様なケースは、非常に稀有だといえるだろう。
そんな状況からの解放は、クルー全員が息をついて安心できる事ではあるが……彼等に笑顔は見られなかった。
アラスカへと至る直前──最後の最後で失った仲間の命。
これまで必死に戦い、艦を守り続けてくれたストライクのパイロット、キラ・ヤマト。その友人であるトール・ケーニヒ。
大切な仲間の命を犠牲にしてアラスカへと辿り着いたことは、クルー全員の心にしこりを残す哀しき事実であった。
「入港管制局より入電。オメガスリーにて誘導システムオンライン。シークエンス、ゴー」
「ノイマン少尉、シグナルを確認したら艦を自動操縦に切り替えて。後はあちらに任せるわ」
「了解。誘導信号確認、ナブコムエンゲージ。操縦を自動操縦に──」
管制局とやり取りするノイマンとパルの声を聞き流しながら、マリューは小さく息をついた。
長い旅路であった──それも苦難しかない。
始まりからザフトの襲撃による緊急発進となり、追撃に次ぐ追撃。
部隊を変え、場所を変え、幾度となく危険に晒されてきた。
艦を……クルーの命を預かる身として、マリューの肩に乗せられた責任の重さは察するに余りあるだろう。
「ようやく、ですね」
「ナタル────えぇ、どうにかという所ね」
安堵半分。不安半分という所であった。
とにもかくにも辿り着いたアラスカ基地。だがその先に待つのは、これまでの旅路の清算。
沢山の出来事があった。多くの問題を抱えた。
何より、恩師を含む第8艦隊を犠牲にしてきた。
それらを贖えるだけの価値が、今のアークエンジェルにあるだろうか?
マリューは考え、その価値を見出すことができなかった。
最後の最後で要となるストライクとキラ・ヤマトを失ったのだ。
荷物を全て捨てて落ち延びてきた荷馬車に等しい。
逆に抱えるのは、軍規の違反にまつわる様々な問題。民間人のキラを徴用したことから始まり、他国の軍人であるタケルとの関わり。オーブへの軍事機密の流出。
マリューの心を沈めていくには十分に過ぎる事ばかりだ。
「艦長、この後も気が休まるわけでは無いと思われますが、今だけでも──」
「ありがとう、ナタル。大丈夫よ……大丈夫」
休息を促そうとするナタルの言葉に、マリューはやんわりと返す。
言葉と裏腹に漂う重い雰囲気に、思わずナタルは顔を顰めた。
ナタルの考える結論としてもマリューが懸念する通り、この後にアークエンジェルに待つのはこれまでの旅路の清算。査問会にて徹底的にこれまでの動向を洗われる事になるだろう。
明かされる問題の数々は、最終的に艦長であるマリューが負う事になる。
それが臨時で就いた肩書と職務だとしてもだ。
そうしなければ、ここまで辿り着けなかった。
そんな仮定は、上層部からすれば意味のない報告だ。
そんな仮定の話で問題行動を見逃せば軍規は乱れ、地球軍は何一つ統率のない烏合の衆へと成り下がる。
軍門の家系を出て、それを叩き込まれているナタルは当然ながらその事を理解している。
故に、マリュー・ラミアスへ処分が下されることは間違いないだろう。
「艦長。私はこれまでの艦長の判断に、誤りがあったとは思えません」
「ナタル……えぇ、ありがとう」
少し投げやりにも捉えられる、マリューの返答。
どこか、心の奥でナタル・バジル―ルに奮い立つものがあった。
以前、タケルに言った言葉を思い出す。
“私と艦長のやったことを過ちだと言わないでくれ”
ナタルはそう言って罪の意識に苛まれたタケルの心を救った。
今もまた同じ気持ちである。
苦難を共にし、戦い抜いてきた。
アラスカ基地へ辿り着く軍務の為に、必死に潜り抜けてきたのだ。
これまでの旅路は、一つ間違えればこうして辿り着くことは適わなかったと断言できる程に凄絶である。
傍で共に戦ってきたからこそわかる。彼女でなければ、ここまで辿り着けなかったはずだ。
戦いにおける判断ばかりではない。
生き残る為に柔軟に物事を受け入れ、キラを、タケルを、カガリを──オーブすらも、“利用”してきた。
それは模範的な軍人たらんとするナタルではできない事であった。
なれば、査問会で自身にできるのは徹底した理を説き、彼女の弁護をする事である。
自身の判断を……何より、これまでの旅路の最大の立役者であるマリュー・ラミアスの判断を、誤りだと断じられるのは我慢がならない事である。
「査問会はあるでしょう……ですが、及ばずながら私が全力で弁護致します」
「そんな事をすれば、貴女の印象も悪くなる。気持ちだけで十分よ」
「それでは、私が納得できません。ここで引けば査問会の過程も結末も、私が求めるものでは無くなるでしょう。そんな事、私自身が許せないのです」
「ナタル……?」
気負う気配を見せるナタルにマリューは訝しんだ。
「貴方の判断が無ければ、我々はここまで辿り着けなかった。ヤマト少尉を、アマノ二尉を重用し、負担大きい彼等を助け。そうしてここまで戦い抜いてこれたのは艦長のご判断があったからです」
「あ、ありがとう?」
「ですから、貴方だけに責任を押し付けるなど御免です。私はこの艦の副長として、全力で艦長の判断を弁護し共に責任を負います」
決意の瞳で見つめるナタルに、マリューは数秒呆気にとられ、後に笑った。
副長であるナタルの声は良く艦橋内に通り、いつもクルー達を鼓舞し統率していた。
今回もまた、いつの間にか艦橋クルー全員がその目をマリューへと向け、ナタルの言葉を肯定するように見つめている
「ふふ、以前の貴方からは想像できないわね。軍本部に楯突くような宣言をするなんて」
「艦長の判断が、艦の総意です。我々は1つとなってここまでたどり着いたのです。貴方1人で戦ってきたわけではありません」
言外に、見縊るなと言われてる気がしてマリューは苦笑した。
戦ってきたのは皆同じ。階級の上下こそあれど、皆艦長であるマリューの意思の下戦ってきたのだ。
今更放り投げてくれるなと、クルーの目が語っていた。
「ホント、貴女には適わないわね。私よりも簡単に皆をまとめちゃうんですもの。次からは私の代わりに艦長をやってみない?」
「私の席はそこではありませんよ。貴女の下が丁度良いです」
「いけずね」
「貴女の様には、背負いきれませんから」
そういって、ナタルもマリューも小さく笑みを浮かべた。
先に待つのはこれまでとは違う苦難。だが、決して逃げる事も負ける事もしないと、2人は心に決めるのだった。
空はとうに暗くなり、夜の帳が降りていた。
帰りの道中に言葉は無い。ただ粛々と、オーブに帰還した。
アスランよりもたらされた情報────タケル・アマノの戦死の報。
カガリも、トダカも、キサカも。
誰も何も言わなかった。
言えなかった。
飛行艇が発着場へと降り立ち、部隊の面々が次々と降りていく。
その最中、キサカはカガリを見やった。
まるで生気の無い顔。
明朗快活なはずであるカガリの、その死んだ様な表情にキサカは居た堪れなくなった。
軍人として、キサカとトダカは覚悟をしていた。
どれ程優秀であろうとも死ぬときは死ぬ。それこそ、タケルの様に背負い込みやすいタイプの人間は早死にする。
常々そうならないように周囲が言って聞かせてはいたが、実を結ばなかった──そう言う事だ。
無論感情はタケルの死を悼んでいる。が、それを立場と肩書で封殺し表に出すことはない。
だがカガリは違う。
齢にして16。年頃の多感な時期であり、ウズミの娘として為政者の資質こそあれどまだ少女。
キラの訃報に続き、最愛の兄であるタケルの訃報にカガリの心は完全に折れていた。
「──カガリ、着いたぞ」
「────あ、あぁ」
虚ろな返事をして、カガリはシートから立ち上がりゆらりと幽鬼の様に揺れ動きながら飛行艇を降りていく。
酷い姿であった。ウズミが見ればそんな姿を皆に見せるなと一喝されただろう。それもまた、タケルの訃報が泣ければの話ではあるが。
涙だけはかろうじて流さずにいられたのが、カガリの限界であった。
「トダカ、キサカ。戻ったようだな」
彼等を迎える声に、カガリはハッとして顔を上げる。
「ユウキ……アマノ」
そこに居たのは恵まれた体躯を軍服で包み、まるで周囲を睨みつけんばかりに険しい顔をしたタケルの父──ユウキ・アマノの姿であった。
「何故貴様がここに居る? ユウキ・アマノ」
「キサカ一佐、トダカ一佐。任務の報告をしろ」
カガリが食って掛かる声を流し、視線鋭いままキサカとトダカへと問いかける。
そこにはオーブの国防を担うその長──国防軍統括、ユウキ・アマノの顔が垣間見えた。
「報告します。再三の捜索をするも成果は得られず。捜索対象、タケル・アマノ二尉の生死は不明」
「その後連絡があったアークエンジェルの救難信号地点へと向かい、発見したザフト兵を保護。同軍へと引き渡しをしております」
「二尉の機体は?」
「爆発により散らばり、コクピットも見つかっておりません」
キサカとトダカが改めて言葉にして報告する事実が、再びカガリの表情に影を落としていく。
頭がそれを意識しないようにしていたのだろう。
ギリギリで保っていた心に、耳から入る情報が嫌が応にもその事実を認識させていった。
「報告はそれだけか? 姫様の顔を見るに、“生死不明”などでは無さそうだがな?」
ユウキの言葉に表情を険しくさせるトダカとキサカ。
数秒の沈黙を経て、重苦しくトダカが口を開いた。
「保護したザフト兵からの情報ですが、アマノ二尉の乗った機体は戦闘によってパイロット諸共爆散。戦死しただろうと……」
僅かに、だが確実に。ユウキの表情は歪んだ。
報告に視線を合わせていたトダカだけがその変化に気づいたが、瞬間をもってユウキの表情は元に戻る。
そして、これ見よがしに大きなため息を吐くのだった。
「愚かな。アマノの家の者でありながら、何の成果も出せずに死ぬとは……アマノの面汚しめ」
余りの言葉に目を見開く。トダカもキサカも。
無論、カガリは瞬間的に落ちていた感情に火を灯した。
「貴様! 必死に戦い、戦死した兄様に対してかける言葉がそれか! よりにもよって、父親であるお前が! 死した兄様をそんな風に貶めると言うのか!!」
激昂。
落ちていた分だけ、ユウキの言葉がカガリの怒りに火を点けた。
掴みかからんとするカガリをキサカが抑える中、激怒の表情を浮かべるカガリをユウキは冷たく見降ろす。
「必死に戦い? それで愚息はなにを成せたと言う?」
「何っ!」
キサカを振り払い睨みつけてくるカガリに、ユウキはため息交じりに口を開いた。
「下らん情に絆され、地球軍の為に戦い、我が軍のMSを失い、その上自身は戦死──良く考えろカガリ姫。あの愚息はオーブに何を遺せた?」
「なんだと!」
「奴は重要な任務の最中であった。我が国の防衛の要、M1に次ぐ次期主力量産機の開発。そして奴自身とカガリ姫の専用機の開発──姫様は知っておられるはずだろう?」
「くっ、それは……」
キッとユウキを睨みつけるも、カガリは押し黙った。
確かにそうだ。タケルは勝手に出撃し勝手に戦った。外交上はその記録が残っていないが、結論としては試作兵装の試射を隠れ蓑に地球軍の──アークエンジェルの援護の為に戦ったのである。
彼本等の役割である、オーブ国防の任を放って。
「あいつにしかできないことだった。だから任せたのだ。それがどうだ……わずか数日で放り投げて、国とは全く関係ない所で戦死とは……信任した私の目すら疑われる不祥事だろう」
「だからと言って、戦死した家族へとかける言葉がそれですか。アマノ統括」
我慢ならず、トダカが詰め寄るが変わらぬユウキの視線がトダカを射抜く。
トダカの怒り交じりの声すら意に介さず、ユウキは朗々と告げた。
「“国防の柱であれ”────それがアマノの家訓だ。貴様等が忌み嫌う俺の教育によってアイツにもそれは叩き込まれている。だというのに、それを目先の事にとらわれ放り出した出来損ないに、掛ける温情があるとでも? アマノの教育も使命も忘れ、ただ己の感情にまかせて突っ走った結果のどこに褒められる要素があるという。馬鹿も休み休み言え」
閉口する。
何一つ反論できない言葉であった。
軍務以外でのMSの使用。自国を脅威に晒しかねない行動の末に戦死。
プラントとの禍根が残らなかったから良かったものの、一歩間違えればオーブは戦争の真っ只中に飛び込む事になっていたかもしれないのだ。
浅慮と言わざるを得ない──ユウキを睨みながらも、カガリはその言葉を否定する事が出来なかった。
それでも──
「だとしても……父親である貴様が兄様の死を悲しまないなんて、あんまりじゃないか」
涙交じりに、カガリはユウキの薄情さをなじった。
カガリを守る為アークエンジェルへと乗り込み、ボロボロになりながらも必死に守り続けてきた兄が。
ようやく国に帰る事ができ、国防の為開発に奔走していた兄が、父であるユウキにこうまで貶められては、全く浮かばれないではないか。
沈痛なカガリの声と表情を、ユウキはみやる。
「泣きたいのは私の方だ」
「えっ?」
ため息と共に呟かれた声に、カガリは驚きを隠せなかった。
「どれだけ私がアイツに期待していたのか。アイツを育て上げる為に私がどれだけ心血を注いできたのか。お前達はわかるまい」
「何を──」
「国を……オーブの行く末を託せる。唯一無二の軍人と成れるはずだった。
それがこんなところで道半ばに潰えるとはな」
オーブを護る。
それはどこまで行ってもユウキの……そしてアマノの家のエゴであり、タケルはその犠牲となった。
だがそれでも、ユウキ・アマノは自身の手で教育しタケル・アマノを育て上げたのだ。
確かにそれは厳しい教育である。苛烈にして過酷。
とても10歳の子どもが受けるものではない虐待まがいの教育は、タケルを追い詰め歪めた。
しかし憎しみの下に行われたわけでは無い。
苛烈な教育はしかし、見方を変えればユウキ・アマノの愛情であった。
「下らん戯言だ、忘れろ。
キサカ、トダカ、ご苦労だった。姫様を送らせたら休みに入れ」
敬礼で返すトダカとキサカを見てから、ユウキはもうカガリを見やる事なくその場を後にした。
ユウキの神妙な声を……言葉を聞いたカガリは、沈んだ感情を忘れ、先のユウキの表情を訝しむのだった。
ザフト軍カーペンタリア基地。
怪我のせいで身動きも取れず、ベッドに寝た切りのタケルは現在珍妙な空気の中にいた。
「(うぅ……なんなんだよこの人)」
視線の先にはベッドのそばにある椅子に座って沈黙の途にいる一人の男。
その手には分厚い資料が握られ、静かにゆっくりとその資料を閲覧している様が見られる。
顔の大半を隠す様につけられた仮面──ミゲルがクルーゼ隊長と呼ぶ、ザフトでもとびっきりの英雄だ。
そんな英雄様が何故かタケルの病室で資料を読みながら考え事に耽っているのである。
「(何? なんでここでそれ読んでるの? 話しかけて欲しいの? 友達いないの?)」
若干失礼な事を考えながらも、タケルはそのラウが見せる奇妙な行動に何も声をかけられなかった。
打ち解けたミゲルならまだしも、ラウはタケルにとってほぼほぼ知らない他人。
ここはザフトの基地であり、タケルの事を知る者であれば罵詈雑言を投げつけてもおかしくないのだ。
フレンドリーに過ぎるミゲルが異端なだけであり、タケルはその他の人間に警戒を解いては居ない。
無言で資料を読むラウに、タケルは戦々恐々だった。
「──ふむ」
パタンと資料を閉じたラウに、タケルは思わずビクリと身構えた。
「やはり、おもしろい」
「お、おもしろい?」
「失礼、変な空気にしてしまってすまないね」
「それは良いですが、ミゲルを追い出してまでなんでわざわざここで資料を?」
そうだ、先程までミゲルはこの病室にいた。
何なら、何かとつけてミゲルはここに入り浸っていた。
ザフトの仲間と過ごしているより、タケルと話していた方が色んな発見があっておもしろい等とのたまい、他愛もない話からMSの話まで、ミゲルはここにきてタケルと雑談に耽る事が多かった。
監視目的か──とも思ったが、タケル自身周りに知り合いがいない今の状況でミゲルが来てくれるのは嬉しく、快く受け入れていた。
そんな状況を突如訪れたラウがぶち壊した。
入室するや否やミゲルに、少し外してくれと命令。
そうしてミゲルを追い出したかと思えば、ラウは持ってきた資料を読みふける。
一体何の嫌がらせだと、タケルは胸中で憤慨した。
「今読んでいたのは君の資料だ」
「僕の資料? なんでそんなものが──」
「あぁ失礼、語弊があるな。これは、君が我々の前に立ちはだかった戦いの記録だ」
数瞬呆気にとられ、その意味を理解し、タケルはラウへの警戒を引き上げる。
ここにきて、これまでの戦いへの言及──決して良い話ではないだろうと視線も鋭くなるが、対するラウに不穏な気配はない。
「そう警戒してくれるな。私は君に恨みつらみを抱いているわけではない」
「それじゃ、なんでわざわざここで資料を?」
「改めて確認したかった。君の驚異的な戦いの記録をね」
「ザフトの英雄である貴方からそう言われるのは悪い気はしませんね」
気圧されぬようにタケルはいつも通り強がった。
内心何を聞かれるのかとビクビクしているものだが、決してそれを表には見せない。
ここは敵陣の中なのだ──弱さを見せれば悪い方向にしか転ばない。
「覚えているかね? ヘリオポリスで君に手玉に取られた白い機体の事を」
「覚えていますよ。やたら反応が早くて相手してられないと早々に逃げに走った相手ですから」
「ほぅ、君からそんな風に評価されるのは光栄だな。あれに乗っていたのは私だよ」
「ういぇ!?」
奇妙な驚き方をしながらタケルは目を丸くする。
随分と前の話で記憶の片隅に追いやられていた強敵が、まさか目の前にいるとは夢にも思わなかったと言う所だ。
「そう驚く事でもあるまい。君とまともにやり合えるパイロットなど、ザフトでも限られるだろうからな」
「きょ、恐縮です……」
ミゲルから聞くに目の前の軍人はザフトの中でも最高峰の実力者だろう。
そんな人間からの過分な評価にタケルは完全に縮こまってしまった。
これが敵対した人間として悪意や敵意を向けられるのならタケルも心の仮面をつけて平常でいられただろう。だが素直な賛辞となればめっぽう弱い。
「不思議なものだ。その若さでその技量……ザフトも若い兵士は多いが、君程のレベルとなると簡単には見つかるまい」
「それは遠回しにそちらの部隊の人を褒めてるんですか? 僕は結局バスターもイージスも仕留められませんでしたが?」
「聞くところによれば君が乗るアストレイは彼らが乗ったXシリーズの元となった機体だろう? 機体性能で劣りながら彼等と渡り合った事実は十二分に評価に値する」
「きょ、恐縮です……」
本日二度目の縮こまりである。
恐縮しながら、タケルはラウの表情を伺う。伺うと言っても、その表情はほとんど見られないが纏う雰囲気を伺った。
どこか愉快で、おもしろいものを見るような気配である。
「あの、結局何が言いたいんでしょうか?」
「ふむ、そうだな。君のその類稀なる実力……その源泉を知りたいと言う所か」
「源泉も何も、必死に訓練してきただけですし……」
「必死に訓練、と言うだけなら我々ザフトにも当てはまる者は多くいる。それこそ中立のオーブより余程高度な軍事訓練を受けていると思うがね」
「違いますね、僕は訓練を受けてきたわけではありません。訓練してきたんです」
「受動か能動か。そういう意味であれば、指導者を持ちつつ自身で考えて訓練する者もザフトには多くいる。そこの違いではないだろう」
「むぅ……結局何が聞きたいんですか?」
話の底が見えない──そんな認識となり、タケルは訝しむようにラウを見やった。
「聞かせてくれないかね……君のその高い能力の秘密。君の出自についてを」
「出自、ですか?」
予想外な方向性の問いにタケルは再び訝しんだ。
「デリケートな部分ではあるだろう。もし良ければと言う程度のつもりだがね……」
「うーん、出自と言われましても。今の家は養子に出されただけですしそれ以前は──」
「タケル・イラ・アスハ。前代表首長ウズミ・ナラ・アスハの息子、だったかな?」
瞬間的に、タケルはここまでに緩んだ意識を転じ、警戒度を引き上げた。
タケルの嘗ての名はオーブで調べればすぐにでもわかる事だ。知っている事自体は別にそれ程不思議な事ではない。
だがラウが割り込んだタイミングと言い、変化を見せた怪しげな気配。
何より、全てを知っているかと思わせるようなラウの声音が、タケルは不気味で仕方なかった。
警戒を強めるタケルを尻目に、ラウは続ける。
「オーブにおいてアマノの家系は軍門の名家。その血筋は基本的に高い資質を持つものを養子に迎え入れる事で続いてきたらしいな」
「よくご存じで」
「そしてアスハの子であった君もまた、その資質を見出されアマノの家の養子にと」
「そこまで知っているのなら僕に何で聞くんですか?」
「言っただろう? 私が知りたいのは君の出自だと……君がアマノの養子になる前。アスハの名を持っていたその更に前の事だよ」
「アスハの名を持つ前? 何を言ってるんですか。物心ついた時から僕達はアスハの家の子です。幼いころに母は他界しましたがそれでも愛情深く父に育てられました」
警戒心から鋭くなった視線をラウへと向けて、怒りを混ぜながらタケルは返した。
ラウはその言葉に少し思案するが、どこか納得するように頷くと再び口を開く。
「ふむ、そうか。すまなかった、デリケートな上少し踏み入りすぎた質問だったな。許してくれ」
「別に、構いませんが。出自云々より、素直に僕のこれまでの努力の賜物だと評価して欲しいですね」
「悪かったね。これ以上はやめておこう……君の能力の源泉が見えて少しは胸のつっかえも取れた。礼を言わせてくれ」
「はぁ……」
結局の所、ラウの真意が掴み切れずタケルは何となく不完全燃焼な感触を拭いきれなかった。
しかし、わざわざ自分から再び話を切り返す気も起きない。素直にタケルは押し黙る。
「そろそろ仕事が溜まってきてしまうな。私はここいらで退散するとしよう」
「そういえば聞いておきたいんですけど、なんでわざわざここで資料読んでたんですか? 普通に読んでからくれば良いと思うんですが」
「監視の名目で君の所に入り浸る部下に釘を刺すためさ。彼とて暇なわけではないのだよ」
「それをここで仕事サボってた貴方が言うのは説得力が無い気がしますが……」
「私に物申せるような者はここにはいないさ」
「うわぁ……」
清々しいまでに自分の事は棚上げしているラウに、タケルは白い目を向けた。
そんなタケルの視線を受け流しながら、ラウは病室を出て行こうと背を向けて歩き出す。
と、途上でその足を止めて振り返った。
「そうだ、君の処遇についてだが認識票からオーブへの確認を取っているところだ」
「あ、それじゃあ……」
「確認が取れ次第オーブから迎えが来るだろう。残念ながらこちらはオーブに送る余裕は無いものでね。今しばらくここで過ごすことにはなるだろうが、近い内に国には帰れるだろう」
「それは、良かったです。ありがとうございます」
「ふっ、本当に不思議なものだな。あれほど手を焼かせてくれた君がオーブの人間で今ここに居るというのは」
「僕もそう思いますよ。まさかザフトの基地に拾われることになるとは思っていなかったです」
「そうか……ではな」
今度こそ、クルーゼは病室を退室していく。
その背中を見送り、タケルは一つ大きなため息をついた。
胸に残るはどこか御しきれない不安。
ラウとの話から抱いてしまった、小さな疑問。
「アスハの名をもつ、その更に前……?」
まるでそれを知っているかのような口ぶりであった。
否、自身の名はタケル・イラ・アスハ。その以前などありはしない。
そう否定しても、ラウの口振りと雰囲気が何かをタケルに予感させた。
「僕は……父さんの子じゃないの?」
不安を孕んだ呟きは、静かな病室に溶けて消えた。
生きようとした。守ろうとした。切り抜けようとした。ただそれだけ。
夢中で駈け抜けてきた道を、傷だらけの身で振り返れば、冷たく指し示されるその結果。
憤りのない憎しみが、形ある存在に向く時、なたるの胸に目覚めるものは。
次回、機動戦士ガンダムSEED
『胎動する意志』
その想い、何を討つのか、ガンダム!
いかがでしたか。
正直話はほとんど進んでないですね。ごめんなさい。
一度作品と執筆活動から離れると、再開した時に一度全部読み返して書くことを整理しなきゃいけないから、更新あくと余計につらいですね。
冒頭でも述べましたが私生活落ち着いたので
今回の更新からスイッチ入れて書き続けようと思います。
作者のモチベーションの為にも、是非とも読者の皆様感想をよろしくお願いいたします。
あと書いてて疑問だったんだけど、カガリはアスハとは養子縁組だったこと知ってたのかな?
アニメの反応視る限りウズミを実父だと思ってる感じだったんですが。
これ次第でちょっと今回の話は修正が入るかも