瞼を通して差す光に痛みを覚え、キラ・ヤマトは底へと沈んでいた意識を覚醒させる。
力の入らぬ体を認識すると同時に、僅かでも動かそうとすれば激痛が走り、キラの意識は急速に目を覚ましていった。
「うっ……うぅ……ここ、は?」
薄ぼやけていた視界が明瞭になり、瞳を煩わせる光の正体は陽の光だとわかる。
尤も、そこにあったのは快晴の空を再現した人工の空模様であり、陽の光もまた似せて作られた日差しではあった。
「プ……ラント?」
「お目覚めになられましたか?」
起き抜けで惑うキラの耳に、鈴の音を転がすような透き通った声が聞こえて来る。
傍ら──自身が横たわるベッドのすぐ側で椅子に座る少女がキラの目に入ってきた。
桃色の髪と綺麗な歌声を持つ少女──プラントの歌姫ラクス・クラインである。
「ラクス……さん? なんで」
「まぁ、ラクスとお呼びくださいな。キラ……でも、覚えていて下さって嬉しいですわ!」
久方ぶりの再会を喜び、嬉しそうに声音を高くするラクス。
キラの疑問は押し流されていった。
何故プラントに。
何故自分の目の前に彼女が。
些末な疑問に意識を回す気にはなれなかった。
全身を襲う倦怠感がキラの思考を鈍らせており、目の前の少女が見せる感情の起伏にすら煩わしさを覚えるくらいであった。
「彼が、目を覚ましたのですね」
「あっ、マルキオ様。はい、今しがたお目覚めに」
ふとまた、新たな声が飛び込んでくる。
キラが視線だけを回して目を向けると、そこには身なりの整った男性が静かに佇んでいた。
ラクスの口振りからプラントのお偉方だろうか。
瞳は開かれず盲目であろうことが杖を手にしていることからもわかる。が、静かで落ち着いた雰囲気を纏いどこか神聖な気配すら感じた。
「驚かれたのではありませんか? 怪我人である貴方が、このような場所で寝かされているなんて……ラクス様がベッドはどうしてもここでなくてはと聞かなくて」
「だって、こちらの方が気持ち良いではありませんか。お部屋の方より、ねぇ?」
同意を求めるラクスの視線にキラは声をもっての同意はできず、ぎこちなく口元を緩めるだけであった。
お昼寝気分であればそれも良いだろうが、起き抜けに感じた日差しの煩わしさを考えると同意はできない。
キラの事を想って考えてくれたラクスの気持ちは嬉しいところであるが、少なくともキラはもう少し静かで落ち着いた場所が良いと思った。
「むぅ……」
キラの胸の内の機微に気がついたのか、その意味を理解してラクスは少し膨れっ面の気配を見せる。
気持ちが良いですのに……とラクスが小さく呟けば、マルキオが窘めるのであった。
そんなラクスとマルキオの会話を聞きながら、ようやく起き抜けの混乱も収まりを見せ、キラの思考が回り始める。
身体に意識を向ければ、先程感じた激痛の原因である怪我の事も認識できた。
そこから次なる疑問へといたり思考が回っていく。
「どうして、僕は……ここに?」
湧いた疑問に答えるのはマルキオであった。
「貴方は傷つき倒れていたのです。私の祈りの庭で」
祈りの庭、とはマルキオが戦争孤児を引き取り一緒に暮らしている孤児院の事である。
オーブから少し外れた、キラとアスランが死闘を繰り広げた場所から程近い島の一つに、教会とログハウスを併せ備えた施設である。
そんなマルキオの施設の前に、死にかけた状態でキラは泥だらけのまま横たわっていた。
「覚えは、ありますか?」
その問いが何に対してなのか。キラは察することができた。
自身が傷つき倒れていた──そこに至る経緯を覚えているのかと問うているのだ。
覚えているに決まっている。
目覚めてから意識しないようにしていた、悪夢の様な現実だ。
“キラッ! “
”トール!? ダメだ、来ちゃ──“
”邪魔をするな! “
弾ける閃光。
それはトールの命を奪った光か。それとも自身の胸の内で迸る光か。
喪失の悲しみがアスランへの憎しみへと変わり、それはさらに転じて己への怨嗟へと昇華した。
守れなかった自分を──呪った。
冷たい戦いであった。
キラもアスランもいつか分かり合えると信じていたと言うのに。
互いに仲間を、友を討ちあい──喪い。
そうして2人は、己を罰してくれる存在を求めて、互いに討ち合った。
皮肉な事にこの瞬間、2人は嘗ての親友らしく分かり合い、理解し合い、その結果殺し合ったのである。
思い返して、キラの胸の内で痛みが暴れ出した。
針が飛び出してきそうな鋭い痛みだ。今すぐにでも痛みを忘れるために全身の怪我に刺激を与えたくなった。
「あぐぅ……うぅ……あぁ!」
「キラッ!?」
痛みに呻くキラに、すぐさまラクスは寄り添う。
華奢な指を持つ両の手がキラの肩に添えられ、伝わる温かさにキラの痛みは僅かやわらいだ。
しかしその分、思考には余裕が生まれキラは自身の感情に振り回されていく。
トールが死んだ
アスランを殺そうとした
アスランも僕を殺そうとした
殺し合った
過ぎる事実の羅列が、キラの心を追い込んでいく。
空回る様に早くなる呼吸と、強く激しくなっていく心臓がキラの神経を逆撫でていく。
「僕は……僕は!」
「──大丈夫ですわ」
すっと────まるで乾いた砂漠に雨が降ったかの様に。
静かで優しい声はキラの心に沁み入って来た。
我が子をあやす様に、ラクスはキラの頭を抱えた。
僅かに薫る花の香り。続いて紡がれるラクスの言の葉が、キラを落ち着かせていく。
「ラク……ス?」
「大丈夫、大丈夫です────キラも、誰も、
無遠慮に、踏み入る様に。
無神経に、踏み荒らす様に。
ラクスはキラの心へと侵入していく。
拒絶しようにもキラの身体は言う事を聞かない。
何より、ラクスに抱えられる感触は心地良くて。キラは身も心もまるっきり抵抗する力を失った。
「貴方は戦ったのです──守りたいものの為に、戦士として。そして貴方の敵もまた、戦士として貴方と戦ったのです。誰も、何も、悪い事などありません」
「でも……でも僕は!」
「キラ────貴方のせいではありません」
頬に両の手を添えられ、キラはラクスと視線を合わせた。
そこにあったのは慈愛の瞳。強い光を持ち、自身の言葉に一切の澱みを持たせず、そうしてキラの自責の念を根こそぎ刈り取る、強い眼差しであった。
貴方を許します──彼女の瞳がそう言っている気がして、キラは涙の堰を決壊させた。
滂沱の涙を流す。
それは積りに積もった、キラが内に溜め込んできた様々な想いであった。
理不尽に奪われた平穏。
友を守るために恐怖を押し殺して戦火に身を投げ、友を守るために嘗ての友と戦い。
奪いたく無い命を奪い、奪われたく無い命を奪われ。
果てに、抑えられぬ憎悪を身に宿して、友と命を喰いあった。
内気な少年には過酷に過ぎるこの数ヶ月は、彼の心を押しつぶすには十分であった。
疲弊していくのは当然だ。鬱屈するのも当たり前だ。
彼は本来、戦争において被害者でしかなかったのだから。
そうして溜め込んできた、戦争が生んだ痛み。
抱えてきた罪の意識も、守れなかった後悔も全部含めて。
ラクスは必死に戦ってきたキラのこれまでを労い、そして許してくれたのだ。
静かなクライン邸の中庭で、キラはラクスの胸に抱かれて、さめざめと泣き続けた。
泣き疲れて眠りについたキラをベッドに横たわらせ、ラクスはふぅと小さく息を吐いた。
内心ではかなり気を張っていたと思う。
表には出していないが服の内には汗が滲んでいたし、呼吸こそ落ち着いていても心臓は平時を越えて早鐘を打っていた。
マルキオがここにキラを連れて来てから数日。
甲斐甲斐しく看病している中で、ラクスはキラが魘される様を何度も見た。
アークエンジェルにいた時、艦を守る事も考え独断専行を覚悟の上でラクスを連れ出したキラ。
彼の意志の強さを目の当たりにしたラクスからすると、キラが今更戦いの恐怖に怯えるとは思えなかった。
必然、うなされるに値する何かがあったことは容易に想像がつく。
そしてその内容にも──薄々は感づくことができた。
アスランとキラ、その両方から聞かされている2人の関係。
追撃任務に就いているザラ隊とアークエンジェル所属のキラという構図を考えれば、キラが傷だらけとなって運ばれる事となった戦いにも見当が付くと言うものだ。
目覚めたキラに対して、迂闊な言葉は吐けなかった。
案の定、マルキオの言葉に記憶をたぐり寄せたキラは激しく動揺し、襲い来る悲しみに呻いた。
僕は──僕は、と。
執拗に自身に対しての何かを訴えようとするキラの姿は、まるで許しを乞う様でありながら、助けを求めるようにも見えた。
傷つき、疲れ──今のキラは少しのきっかけで壊れてしまいそうな危うさを持っていた。
居ても立っても居られなくて、ラクスはすぐさまキラの頭を抱え込んだ。
壊れものを扱う様に優しく。そして、できる限り静かに言葉を紡ぐ。
人々を癒す歌を奏でる、自身の声の力に全てを託して。
大丈夫だ──貴方は何も悪くない、と。
心地の良い言葉を受け入れられずにいるキラに、ラクスは抱える腕の力を強めて抗議した。
同じ意の言葉を再び紡ぎ、一切の疑念をもたせぬ様にキラを見つめる。
自身の言葉に澱みを含ませてはいけない。それを気配取った時、キラの心は壊れる。
そんな気がしていた。
揺らさなかった。揺るがなかった。
見つめる瞳も、胸に宿した想いと言葉も。全て本心だと声無き声で伝える。
何があったか──彼の戦いがどんな結果を産んだのか。
仔細をラクスは知る由もない。それでも、今のキラが求めている事はわかった。
自身を責めていることがわかる。
許されてはならぬと、ラクスの言葉を拒絶する。
だが、心を殺して守るために戦い続けた彼を、誰が悪いと言えるのか。
許しを乞う必要などない。助けを求めて良い。
何故なら──
私は貴方に、助けてもらったのだから。
「これは一体どういう事なんだ……ミゲル?」
アスラン・ザラは自分でも驚くくらい疲れた声が吐き出されるのを感じ取っていた。
オーブの救助艇に助けられ、母艦によって回収されカーペンタリアへと帰投。
母艦に戻った際にイザークから小さなやっかみも受けたが、仇敵ストライクを討った戦果にイザークですらいつもの敵意は成りを潜めどこか優しかった。
ニコルを失い、キラを討った事で傷心の途にあったアスランにとっては、そんなイザークの態度が少しだけ救いであった。
そうして、いつもより3割減になったお小言を聞きながらカーペンタリアへと帰還して、戦闘で受けた傷もあったアスランは医務室での療養となったわけなのだが──そこには、予想だにしない光景が広がっていた。
「だー! 少しは手加減しろよおい! こっちは初心者だろうが!」
「してるでしょ? 飛車角落ちの上に3回は待ったあげてるじゃん」
「その分お前全力じゃねえかっ! 一手一手確実に主要な駒落としていきやがって……指揮官適正まであるとかホントでたらめだなお前は!」
「こんなゲーム如きで戦場の話にまで波及させないでよ。というか、ミゲルは一つの駒しか見てなさすぎ。飛車角以外ほとんど動かしてないじゃん」
「まだ全部の駒の動き把握してないんだっての!」
「勝負以前の話だよっ!」
仲良さげ……なのだろうか?
なにやら小さな卓を用いて遊戯に興じる先輩と、見知らぬ人物とのやりとりが目に入って来る。
医務室まで付き添ってくれていたイザークとそろって、完全に目が点となってしまった2人は、来訪者に気が付いたタケルとミゲルが声をかけるまで固まってしまう。
「あれ? ミゲル……お仲間だよ」
「あぁ? ってアスランにイザーク! 帰投したのか。いやー無事で良かったぜ」
アスランとイザークの姿に喜色を浮かべるミゲルに、2人は惑ったまま曖昧に返事をする事しかできなかった。
社交的なミゲルではあるが、彼がここまで親し気にしている人間がザフトにいただろうか?
地球軍より上下関係が薄いとはいえ、ミゲルと親しくしている少年はパッと見でニコルと同年代くらいにみえる。少なくともミゲルと同期などではないだろう。
「これは……一体どういう事なんだミゲル?」
「まずそいつは誰なんだ一体! 見ない顔だが……どこの部隊だ?」
「あっ、あーそれはだな。どこから説明して良いものか……」
「なんだ歯切れが悪い! それだけ親しそうなんだ。どこの部隊か知らないわけじゃないんだろう」
「いや、どこの部隊っつーか……その、別の部隊っつーか……」
「別の? だから、その部隊がどこの部隊かと──」
「イージスのパイロット、アスラン・ザラと、デュエルのパイロットイザーク・ジュール、だね。初めまして、君達がオレンジと呼んだ機体、アストレイのパイロット、タケル・アマノだ」
「なっ!?」
「なんだと!?」
「お、おいタケル!」
割り込んだタケルの言葉に、ミゲルは慌てふためき、アスランとイザークは予想外過ぎる自己紹介に目を見開いた。
ザラ隊にとってアストレイの存在は大きい。無論そのパイロットの存在もだ。
それが目の前にいきなり現れたとなれば、一歩間違えれば一触即発の危険な状況にもなりかねない。
「どういうことミゲル! 貴様、敵を連れ込んで何を遊んで──」
「待てイザーク……ミゲル、本当なのか? そいつがオレンジのパイロットだというのは」
「あぁ。オーブ近海で俺の部隊とやり合ったオレンジ……まぁアストレイのパイロットで、これまで俺達とやり合ってきた奴だよ。これまでの事も話して確認も取れてるしな」
「だったら、なんでここに!」
「爆散した機体から放り出されたところをミゲルが助けてくれたんだ。お陰で僕は間一髪のところで命拾い。あの場での戦闘行動は外交上無かったことにされてるらしくて、僕の扱いも捕虜ではなくただの要救助者。そんなわけで、ここに居るよ」
「要救助者だぁ? 散々俺達と戦ってきた貴様がなんで──」
「今言っただろう。あの場での戦闘行動は無かったことにされているって」
「だがミゲル! それならばなんでこいつとそんなに親しくしている! 敵だったんだぞ俺達は!」
「俺も同感だミゲル。ヘリオポリスから始まり、そいつに墜とされた仲間はたくさんいる。要救助者だという事は理解したが、それが親しくする理由にはならないだろう」
「あーまぁ、お前らの言いたいことは良くわかるんだけどな……」
詰め寄るアスランとイザークに、ミゲルは少し気圧されながらも軽い空気を崩す事は無かった。
「オーブに潜入した時も言ったろ。こいつはそもそも地球軍じゃない。オーブの人間で、俺達のヘリオポリス襲撃に巻き込まれて仕方なく足つきの防衛の為に戦っていただけだ。んで、こうしてここで話してみれば割と気が合うやつだったし……いがみ合うよりは、こうして仲良くなって色んな話を聞く方がよっぽど良いと思ってな」
「強かだよねぇ……俺の操縦には何が足りないって、普通なら敵には聞かないもんね」
「そう言うなよ。俺だってお前の弱点ちゃんと言っただろう?」
「戦いにムラがあるってやつ? 大きなお世話だよ。自分でも自覚してるんだから」
「まっ、それで悪い時ですら俺と互角なんだからこっちは立つ瀬が無いんだがな。そうだ、折角だからこの2人にもお前の感想を聞かせてやれよ」
「えっ、それは────いや、まだ何も言ってないのにそんな睨まないでくれない?」
ミゲルの言葉にタケルへと視線を移して、アスランもイザークも、面白く無さげにタケルへ向ける視線を鋭くした。
ザフトレッドとして、MS戦闘にはある種のプライドがある。特にイザークはミゲル曰くプライドが服着ている様な奴と言う事もあって、より一層険しい。
だが同時に、これまで苦戦を強いられてきたオレンジ──アストレイのパイロットであるタケルから見た自身の実力の評価には興味もあった。
エリートとして体裁的には聞きたくない、が戦士として心情的には聞いておきたい。
そんな相反する思いが2人の胸中でせめぎ合っていた。
「えっと、いいのミゲル? あんな感じだけど……」
「おう、言ってやれ言ってやれ。こいつら俺と違ってエリートだからな。俺が言っても説得力が無ぇ」
「そんな事はないさ。少なくとも俺は戦士としてのミゲルを尊敬している」
戦闘面での実力とて十分に2人と遜色ないが、何よりその精神面において。
カガリとのやり取りもあって、戦士として揺るがないミゲルの精神面を、アスランは改めて尊敬していた。
戦いに感情を囚われない──ニコルの死も、隊員であったユーリやアイクの死も受け入れ、こうして敵であった相手とも気さくに話せる。そんなミゲルの戦士としての寛容さは見習うべきだと思った。
故に、ミゲルの提案をアスランは受け入れた。
ふぅ、と一息大きく吐いて心を落ち着けると、アスランはタケルを見やる。
「聞かせてもらおう。俺とイザークは、お前の目にはどう写っていたのか」
アスランの言葉に、少しだけ意外そうに目を丸くしたタケルは、未だぐぬぬと唸るイザークを尻目に少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「じゃあまずは、デュエルのパイロットの君から。
熱くなりすぎ。戦場では自分の感情より戦況を見定めないとダメだよ。突出するし無茶もするし……部隊での戦闘をもっと考えて動かないと」
「突出と無茶はタケルが言える事じゃないと思うぜ……」
「味方機が実質ストライクしか居なくてアークエンジェルを守らなきゃいけないこっちと一緒にしないでよ。こっちは突出して無茶しないと君達から艦を守れなかったんだから」
「あぁ、それもそうか」
「続けるよ──デュエルの機体特性は把握している? あれはXシリーズでも初期開発の汎用モデルで癖のない性能とシンプルな武装で中近距離での高い適性を持つ機体。本来ならあんな外部装甲でゴテゴテにするのはコンセプトに反しているんだ。ミゲルみたいに機体の重心や動きにおける反動を考えて戦えばもっと人に近い動きができる。強みである近距離での白兵戦でも、もっと動けてあんな外部装甲は無くても戦える機体だよ。MSはただの機動兵器じゃない、人型機動兵器なんだ。人ができる動きは疎か人にはできない動きすら理論的には可能だ。君はまだ、MSによる戦闘を理解できてない。ミゲルに教えてもらうと良いんじゃないかな?」
「なっ、なんだとぉ!」
「まぁ落ち着けってイザーク。少なくとも嘘は言ってないんだぜ」
「ぐっ、うるさい! こんなどこの馬の骨とも知れない奴に、俺の何がわかる!」
「お、おいイザーク!?」
ミゲルが止める間もなく、プライドをたっぷり傷つけられたイザークは逃げるように部屋を退散していく。
怒りか羞恥か。ともかく少し顔が赤くなっていたのを見て取れたタケルは、面白そうにそんなイザークを見送った。
「ミゲルの言う通り、本当にプライドが服着て歩いてるみたいだね」
「潜在能力は高いんだろうけどな……どうにもまだ大人になり切れてねえっつうか」
「ふぅん……それで、君はどうする? さっきの彼より、多分ボロボロに言うと思うけど」
「聞かせてもらうさ。イザークだって、内心ではちゃんと受け止めてるだろうから」
「そうなのか? 俺にはそんな風には見えなかったが……」
「本当に違うと思ってるならアイツはもっと食って掛かるさ。早々に出て行ったって事は、自分でも思う所があったからだと思う」
「ふーん、流石は同期。わかってるんだな」
「まぁ、隊長だしな」
「そう、それ」
「何?」
割り込んだタケルの言葉に、アスランは怪訝な表情を浮かべた。
「それって、隊長の事か?」
「うん。宇宙では母艦があったから別に指揮官が居たかもしれないけど、少なくともオーブ領海で襲撃してきた時は君が指揮官だったよね?」
「あ、あぁ……そうだが」
「正直、君は指揮官に向いてないよ。キ──ストライクとの戦いもそう。とにかく君は戦闘中に迷いが多い。ミゲルからクソ真面目過ぎて余計な事を考えすぎる奴だって聞いてたけど本当にそう。
イージスの役割を理解している? 指揮官機として開発されたイージスは高度なセンサーユニットを積んで戦況を把握、分析できる機体だ。なのに君はストライクに固執したり、僕を抑えるために単身で挑んできたり。指揮官として周りを見なさすぎ。ついでに言うと、さっきの彼も含めて隊の統率も全然できてないし」
「そ、それは……」
「ぐうの音も出ねえわな」
「彼の性格が問題で扱い切れなかった? それは論理的に彼を説得できるだけの指揮が君に出来ていないからだよ。戦況の把握も分析もまるでできておらず、ただ自分が戦うべきことしか考えてなかったからだ。はっきり言うけど、君がしっかり統率して、君達が連携できていれば────僕達はとっくに墜とされていただろうね」
「っ!?」
ズキリとタケルの言葉にアスランの胸は痛んだ。
言い換えればそれは、自身がもっとしっかりしていればストライクにもアストレイにも同胞たちが墜とされることなく済んだという事だ。
やはり──自分が弱かったから。
「タケル、その言い方は止めてやってくれ。統率も連携も、取れなかったのはアスランだけの責任じゃない。俺達の部隊全体の責任だ」
「ごめん。露悪的な言い方だったね──取り消すよ」
「いや、君の言う通りだ……」
そうだ。
自分がもっと、しっかりしていれば。
俯いて己のこれまでを見つめ返すアスランを見て、ミゲルは苦笑した。
「ほら見ろ。また思考のドツボにハマっちまった」
「なんて言うかちょっと前の自分を見てるみたいで、僕はちょっと恥ずかしい気分だけどね」
「あん? ちょっと前の自分?」
「僕もまぁ、つい最近まで戦闘の度に考えこんじゃって……自分の戦いに悪いところは無かったかってずっと自分を戒めてばかりだったから」
「そうなのか? お前ぐらい凄くても、そんな風に考えるんだな────贅沢な奴」
「うるさいなぁ。ミゲルみたいに軽くは考えられないだけだよ」
「おいおい、俺はこれでもしっかり考えてるぜ。受け止めてるだけだ」
「羨ましいよホント、その性格が」
ミゲルと軽いやり取りをしながら、タケルは未だ思考の渦から帰ってこないアスランを見つめた。
本当に、少し前の自分を見ている気分であった。
戦いの犠牲を自分のせいだと断じて、自分を許せないでいる。
既視感しかない。
「ねぇ、アスラン」
そんなアスランを放っておくこともできなくて、思考の渦から引き上げる様に。
タケルは意図して彼の名を読んだ。
敵対した人間としての距離感ではない。共通の知り合いを持つミゲルを間に挟んだ、少しだけ近くへと寄った距離感へと踏み込むために。
「自分がもっとしっかりしてれば……って思ってるよね?」
「当たり前だ! 今君がそう言っただろう。俺がもっとうまくやってれば、足つきは簡単に墜とせたって」
「確かにそう言ったけど――それじゃアスランは、これまで何もできなかったの?」
何? と、アスランは訝しんだ。
タケルの質問の意図が読み切れず、続く言葉を待つ。
そのアスランの表情に、タケルは少しだけ嬉しそうに口を開くのだった。
「アスランが居たからラクスは無事にザフトに戻れた。衛星軌道上ではアスランが僕を抑えたから、僕はバスターを墜とし切れなかった。敵の僕からではこれくらいしか思い当たらないけど、君が戦っていたからできたこと──たくさんあるんじゃない?」
すとんと腑に落ちる様に、アスランは目を丸くする。
キラがストライクに乗っている事。それを知っているアスランが居たからこそ、あの時ラクスは無事にキラによってザフトへと帰された。
仲間を死なせまいと奮起したアスランが居たからこそ、第八艦隊との戦闘においてアスランは尋常じゃない動きを見せるタケルに追従し、その圧倒的な戦いを抑え込むことができた。
アスランが居たから。アスランにしかできなかったことが、そこにはあった。
「忘れろとは言わない。後悔するなとも言わない。
だが、それ程までに自責にかられてしまうのなら、もっとその想いを信じてやれ。君が持つそれだけの想い……守れたものもたくさんあるはずだ──────僕を救ってくれた人の言葉だよ」
「ほぅ、良い事言うじゃねえか。同感だぜ」
「でしょ。本当に僕もそう思う……さっき言ったように、君は迷ってばかりだったかもしれない。でも、手を抜いてたわけじゃないよね?
そんな風に自分を責めてしまう君が、真剣でないはずがない。だから、君のこれまでの戦いは君が思う程責められる事では無いんじゃないかな?」
「そんな……そんな都合良く受け止めて良いわけが……」
タケルの言葉を簡単に受け入れることができなくて、アスランは視線を逸らした。
そんな生真面目で融通の利かない後輩に、ミゲルも口を開いた。
「お前が今、ニコルやディアッカの事で思う所があるのは良く理解している。だが通信でも言っただろう……戦場での戦死は常だ。そういうものなんだって。お前のせいどころか、誰のせいでもないんだ」
──誰のせいでもない。
つい先日も聞いた、少女の言葉をアスランは思い出した。
カガリは言った。
誰のせいでもない。強いて言うなら、こんな戦争がある世界のせいだと。
カガリははっきりと、戦いの結果をアスランのせいではないと強い声で断じてくれた。
「誰のせいでもない、か。そう……だな。ミゲルが言う通り、俺はどうしても考えすぎてしまう」
「ミゲル程考えないのもどうかと思うけどね」
「だから俺は考えたうえで受け止めてるんだって言ってるだろ」
また、タケルとミゲルは軽く言い合う。
不思議な気分だった──あれ程自責の念に駆られていたというのに、目の前で繰り広げられるやり取りがアスランの自責の念を軽くしてくれる。
彼等の言葉に納得し、目の前の現実を受け入れていた。
ミゲルとて、アストレイのパイロットであるタケルには散々苦渋を舐めさせられた憎い相手であったはずなのだ。
それが今こうして笑い合っている。
無人島でカガリが言っていたように、戦場で出会ってしまったからと言って分かり合えないとは限らない。
それを本当に現実のものとしていた。
だからこそ、誰のせいでもないと言ったカガリとミゲルの言葉はアスラン胸の内で渦巻いた自責の念を霧散させてくれる。
「ありがとう……ミゲル。それにタケル、君も」
「お、少しは湿気た面も成りを潜めたか?」
「君の心を助ける一助となれたのなら、僕としても嬉しい限りだ」
「あぁ本当に。流石はカガリのお兄──」
言いかけたところで、アスランは瞬間的に血の気が引く感触を感じた。
タケル・アマノ……アストレイのパイロットであり、カガリの兄である事をアスランは知っている。
そして、彼はミゲルとの戦いで戦死した────はずであった。
脳裏に確かに刻まれている。絶望をこれでもかと湛えた、カガリの表情。
キラの死に一杯一杯であったカガリに、まるで追い打ちの如くアスランの口から告げられた事実に、少女は崩れ落ちた。
「あ、あぁ……」
「アスラン、何だ急に?」
「なんか、気に障った?」
急にわなわなと震えるアスランの豹変ぶりに、タケルもミゲルも怪訝な表情を浮かべる。
「あぁああーーーー!!!!」
2人が心配そうに見つめる中、事の重大さを理解したアスランは、それはそれは大きな声を挙げることになるのだった。
その数分後、タケル・アマノの絶叫が響き渡った事は言うまでもない。
話進んでないって?知ってます。
でもここら辺はキャラクター達の様々な変遷が起こる所でじっくり書きたいというか……はい。
お時間いただきますが、是非楽しんで頂いて。また更新も待ち望んで頂ければなと。
そんな風に考えております。
多少更新は空いてしまってますが、完結は絶対させますので。
それまでお楽しみいただければ幸いです。
感想よろしくお願いいたします。
それでは。