機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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タイトル通り


PHASE-61 帰還

 

 

 ザフト軍カーペンタリア基地。

 

 

 時刻はお昼時と言った所だ。

 目も眩むほどの快晴であり、海の蒼に負けず劣らずの青が視界を染める。

 

 空を見上げていた視線を落とせば、タケルの目の前にはそれなりに見慣れた飛行艇の姿があった。

 

 あの、アスランからもたらされたとんでもない報告から翌日。

 幸か不幸か、あの後来室したクルーゼからオーブとの連絡が付いた旨と、翌日には迎えが来るとの報告を聞いたタケルは、逸る気持ちを抑えてオーブからの迎えを待った。

 

 

 “タケル……君が戦死したと、カガリに伝えてしまったんだ。”

 

 

 後悔をこれでもかと湛えたアスランではあったが、そのあまりにも予想外な報告にタケルは悲鳴を上げた。

 いや勿論、アスランを責めるようなことまでは口をついて出る事は無かったが、それでも内心アスランに対して余計な事をと恨めしく思ってしまったのは間違いが無かった。

 アスランもタケルのその思いを感じ取ったのか、しきりに“すまない”と繰り返すため、怒ろうにも怒れず。

 そもそも無茶を重ねた結果の現状を考えれば自身にアスランを咎める権利など無いと自戒し、ただひたすら、早くオーブへと戻る事だけを考えていた。

 

 そうして、眠れぬ夜を過ごして今この時と言うわけだ。

 

 発着場へとたどり着いたオーブの飛行艇。

 降りてきたのはタケルも良く見知った人物、トダカ一佐である。

 一先ず、カガリがいない事にタケルは安堵した。

 トダカと一緒に来ていたのなら、きっと今頃押し倒されて顔をぼこぼこに成るまでぶん殴られた事だろう。

 

「迎え、来た様だな」

「そうだね。アスランのせいってわけじゃないけど、かなり心配かけちゃったし、急いで帰らないと」

 

 タケルが座る車いすの後ろで、ミゲルがつぶやいた。

 車いすなんて大げさとは思いつつも、タケルは腹部に大きく切創していたこともあり、傷が開かないようにとのミゲルの気遣いであった。実際、傷の開きを考えればあと1週間は安静にしろと言われている。

 

「それにしてもミゲル。最後の最後まで僕と一緒にいてくれるなんて、本当に暇なんだね」

 

 病室にいた時からそうだが、ミゲルは何かにつけてはタケルの所に来て駄弁っていく。

 大きな作戦──既にタケルはユウキとの会談で掴んでいたが地球軍の宇宙港となる基地への攻略作戦が控えている大事な時に。ミゲルの様な優秀なパイロットが暇なのもおかしい話だった。

 

「あぁ? あー、まぁなんつーか実際暇なんだよ。ある意味、お前のお陰で」

「僕の、お陰?」

 

 苦笑い気味に返されるミゲルの言葉に、タケルは怪訝な表情を浮かべて返す。

 自身のお陰とはどういうことか。ミゲルの言葉の意味が皆目見当がつかなかった。

 

「ヘリオポリスからこれまで、お前に勝ちたいって思ってずっと鍛えてきてよ。お前の動きも取り入れてずっと必死にやってきたせいか、いつの間にかクルーゼ隊長からのお墨付きまでもらっちまうエースパイロット様になってたってわけだ。

 隊長からの強い推薦で、アスランと一緒に本国に戻って最新鋭機のパイロットに抜擢だとさ」

「それは……おめでとうって言うべき? テストパイロットならまだしも、その感じだと新型乗って戦果を挙げろって事だよね? これまでよりきついんじゃないの?」

「どうだろうな。認められたことは素直に嬉しいが、タケルの言う通りこれまでよりもずっと危険な任務に当てられるかもしれない──だがまぁ、俺も一応は一角の軍人ってやつだ。望むところって感じでは受け止めてる」

「そう、なんだ……それなら、僕が言うのは少し皮肉かもしれないけど。おめでとう──ミゲル」

 

 小さく不敵な笑みを浮かべて答えたミゲルに、抱いた心配は杞憂だと悟り、タケルは素直な気持ちを言葉にした。

 散々敵対して討ち合った関係だが、今や友人と言って差し支えないだろう。

 共にした時間はここ数日の話だが、関わった期間で言えばもっとずっと長い。

 奇妙な親近感が2人の距離をここ数日で大きく詰め、2人は今や親しき友と言える関係性を感じていた。

 

 タケルはふっと小さく息を吐くと、見上げていたミゲルへと自身の力で車椅子を動かして振り返る。

 おっ、と車いすから手を放して一歩下がったミゲルと、正面から向かい合う形となった。

 

「改めてミゲル。助けてくれてありがとう……本当に感謝してる」

「気にすんな……って言ってもお前はアスランと同じで気にするタイプだろう?」

「まぁね。正しく命の恩人なわけだし」

「んじゃ、終戦したらオーブに遊びに行くから案内してくれよ──勿論、お前の奢りでな」

 

 普段のおちゃらけた雰囲気よりは少し真面目な空気を纏い、ミゲルは小さく笑った。

 ミゲルの予想外の言葉に一拍、タケルは呆気にとられるも釣られるように共に笑った。

 

 互いに生き残り平和な時にまた会おう──今度は良き友人として。

 そう言う事なのだろう。

 最初から最後まで、本当にミゲルは良い奴だとタケルは思った。

 

「うん、勿論だよ。島国とは言えオーブは観光名所も多いからね。僕が案内させてもらうよ」

「おう、ついでにこの間お前が一緒にいた女の子達を紹介でもして──」

「殺されたい?」

「じょ、冗談だって。大体子供(ガキ)は守備範囲じゃねえよ」

「彼女達は17歳で僕より一つ上だけど……っていうかミゲルって幾つなの?」

「19だな。あれ、意外と近いじゃねえ──」

「殺すよ」

「だ、だから冗談だって」

 

 重傷の身だと言うのに戦闘中の時ですら霞むような殺気を放つ友人に、ミゲルは冷や汗をかいた。

 

「つーか、何でお前怒ってんだよ。あの子達全員と関係でも持ってんのか?」

「──そういえば、何で怒ってるんだろ僕?」

「俺に聞くなよ」

「まぁ、ミゲルって見るからに遊んでそうな雰囲気あるからさ」

「なんて偏見だお前は……ディアッカと一緒にすんなよ。むしろ俺は惚れたら一途だっての」

「そうだよね、ずっと僕とアストレイ一筋だったわけだし?」

「その言い方は色々誤解招くからやめてくれねえか?」

「僕もちょっと困っちゃうかな」

「だからそっちの気はねえっての!」

 

 全く最後の最後まで遊んでくれる奴だと、2人は声をそろえてカラカラと笑った。

 湿っぽいのは無しだ。このままの空気で別れよう────互いにそう言っている気がした。

 

 また一拍、呼吸を置いて。

 2人は最後に、手を握り合った。

 

「それじゃ、またね」

「あぁ、またな」

 

 もう言葉は無く、タケルは振り返りトダカが待つ飛行艇へと向かう。

 ミゲルはそれを静かに見送った。

 

 

 潮風が少しだけ傷に沁みる心地を感じながら、タケルは数度深呼吸をして車椅子を漕いだ。

 まだ身体を動かすと傷が痛むのか。数度漕いだところでタケルは顔を顰める。

 その様子を見止めて、トダカは慌てて足早にタケルへと駆け寄った。

 タケルは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら、迎えに来てくれるトダカを待った。

 

 

「ただいま、トダカさん」

 

 

 開口一番のタケルの言葉に、トダカは僅か涙が浮かぶのを禁じえなかった。

 

 アスランより聞かされて諦めていたタケルの生存。

 それが覆され、今こうして無事とは言えないが生きて再会することができた。その現実が、父親代わりで接してきたトダカの胸の内を埋める。

 

「────よくぞ、ご無事で」

「迷惑を、かけちゃいましたよね」

「迷惑などと……」

 

 国防軍のタケルとトダカではなく、ずっと以前からの知己としてのやり取り。

 トダカの受け答えが、タケルは嬉しかった。

 心配はかけてしまった。が、この人を悲しませずに済んだ。

 あの時無理を言ってトダカの制止を押し切って、その結果が自身の死では彼は一生己を許せなかっただろう。

 

 また一つ、自身の軽はずみな行動をタケルは省みた。

 

「カガリには……まだ?」

「ザフトからの連絡と言う事で、何らかの謀略の可能性も疑ってはいましたので。乗り込んだら連絡をする予定でした」

「えっと……どんな感じ?」

 

 どんな感じ……自身の戦死の報に、カガリはどんな状態になっているか。

 タケルの言外の問いに、トダカは少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべるのだった。

 

「覚悟しておいてください。姫様も……ウズミ様も。更にはユウキの奴ですら、貴方の戦死の報に嘆いておられました。戻ったら、説教のフルコースくらいはお受け下さい」

「うぅ、ですよね。トダカさん、少しくらい──」

「ご安心を。私も──()()()()ですから」

「あっ……はい」

 

 折角生きて帰れるというのに、まるで死刑宣告を受けたような面持ちとなったタケルは、どこか名残惜しそうにカーペンタリアへと背を向けて飛行艇へと乗り込んだ。

 

 

 憎らしい程に清々しい空の青さが、タケルは本当に憎らしく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の用意をしたラクスはカートを押しながら、キラが眠るベッドが置いてある庭へと向かっていた。

 今日は少し雲が見える晴れ模様の日で、程よく気温も温かい。

 昼食を外で取るには良い日和であった。

 

 しかし、向かった先ではベッドで寝ているはずのキラの姿が無い。

 

「あら? あらあら?」

 

 どこか気の抜けた声と共に、ラクスは周囲を見回した。

 キラの怪我は決して軽いものではない。

 怪我の範囲は全身に及び、そのどれもが深く、動けば傷口が開く可能性が大いに考えられる。

 

 庭のあちこちへと視線を巡らせた先、プラントの海……正確には巨大すぎる湖だが。それを望める庭のバルコニーにキラは居た。

 何をするでもなく、景色を眺めるその姿は、その実きっと目には何も写っていないのだろうとラクスは感じ取った。

 

「キラ、何を見ていらっしゃいますの?」

 

 問いながら、ラクスはキラの隣に並び立った。

 聞こえた声に、キラは振り返るも口を開く事は無く、再び目の前の景色へと視線を向けていた。

 

「キラの目は、いつも悲しそうですわね」

 

 未だ、気持ちの整理が追い付いていないのだろう。

 目に映る景色ではなく、目に浮かぶ光景にキラは想いを馳せている。

 すぐ隣にいると言うのに、まるで手が届かない程遠くにキラが感じられてラクスは僅か、哀し気に視線を落とした。

 

「悲しいよ……ずっと」

「なぜ、ですか?」

 

 ラクスは出来る限り静かに、淡々とそれを聞く。

 問い詰める様に聞くのは今の彼には酷だ。だがそれでいて、聞き出して吐き出させなければ、キラの心はずっと晴れないままだとも感じ取っていた。

 

「沢山……人が死んで、僕も……沢山殺して」

「わかっています」

「あの時こうしてれば。もっと頑張れていれば……そんな事ばかりが頭に浮かぶんだ」

 

 後悔を乗せた声が絞り出され、ラクスの胸を締め付けた。

 気持ちはよくわかる。

 キラの立場を、ラクスは良く良く理解していた。

 地球軍でありながら、コーディネーターであり。コーディネーターでありながら、ザフトと戦う。

 そしてその果てに、親友であるアスランと憎しみをぶつけ合った。

 

 どこかで何かが違えば……そうはならなかったのではないか。

 

 そう思ってしまうのは仕方のない事だ。

 生きていれば誰もがそれを思うだろう────人生など上手くいかない事の方が大半なのだから。

 だから人は起きてしまった事に目を向け、たらればを夢に見て自責の念に囚われる。

 それは詮無き事であるというのに、だ。

 

 人は過去から学ぶことはできても、過去を変えることはできないのである。

 しかし、それを今のキラに告げる事は憚られた。

 

 今のキラには過去を見つめる時間が必要である。

 気持ちを……起きてしまった現実を見つめ、ぐちゃぐちゃに崩れた感情を整理するためにも。

 

「貴方は戦ったのです──貴方の全てを賭して」

「戦った……そうだね」

「それで、守れたものも沢山あるのでしょう?」

「そう、なのかな?」

 

 自信なさげに応えるキラの肩に、ラクスは自らの手を添えた。

 

「始めてお会いした時、貴方は傷つき疲れ切っていました」

「うん、よく覚えてる。ラクスのお陰で、あの時は助けられて……」

「貴方のお陰で、私はこうして無事にプラントに戻って来れました。

 そうやって傷つきながら貴方は戦って、そして守ってきたのではありませんか?」

「──うん」

 

 静かに頷いたキラに、ラクスは声の調子を切り替えた。

 

「でしたら、また今度も私にキラを助けさせてくださいな。ここで、ゆっくり、時間をかけてお休みして……一先ず、今はお食事に致しましょう! もう一度温めてきますわね」

「う、うん……」

 

 そう言って、キラを伴いラクスはベッドの方へとキラを連れていく。

 今は共に──隣に居よう。

 心も体も傷だらけな彼が、少しでも安らげるように。

 

「大丈夫です。ここはまだ──平和です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦内通路を、ミリアリアは音もなく歩いていた。

 

 向かう先は、アークエンジェルに備えられた独房のある区画。

 あの、コーディネーターの少年兵が囚われてるはずの場所である。

 

 医務室での一件の後、ミリアリアはフレイに連れられ自室にて睡眠を取り、乱れ切った気持ちも落ち着きを見せていた。

 そうして、静まってきた感情に合わせて冷静になってくると、今度はどうしても抗えない欲求が彼女の胸の内に燻ぶった。

 

 あの戦いで戦場に居たパイロットだ。

 となれば、トールの死の原因を──トールを討った人の事もわかるのではないか。

 そう考えが行き付いた時、確認せずにいる事ができなかった。

 もしかしたらあの少年兵。確かディアッカ・エルスマンと言ったか……彼がそうかもしれないし、別の人かもしれない。

 だが彼に聞けば、現状は未だ不明なトールの生死もはっきりとして、気持ちに一つのキリも付けられるかもしれないと考えた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 近づくにつれ、心臓は胸の内に嫌な感触を沸かせながら早くなった。

 悲しみも、怒りも、未だ燻ぶっている。

 

 医務室の時のように心無い事を言われれば、また自分は酷く心を抉られるだろう。

 それが怖くもあるが、だからと言って足を止める気にはならなかった。

 

 辿り着いた独房エリアは、照明も通路側から差し込む光しかなく薄暗い場所であった。

 少しだけ目を凝らして、人の気配を感じ奥へと進む。

 

「はぁ……うぅ……」

「ん……あっ!?」

 

 独房の脇から中を伺うミリアリアの気配を察して、ディアッカが体を起こした瞬間、2人の視線がぶつかった。

 

「あっ……っ!?」

「お、おい、待てよ!」

 

 思わず逃げ出そうとした瞬間呼び止められて、ミリアリアは小さくその身を震わせながら、恐る恐るといった様子でディアッカへと振り返った。

 その様子……怯えるミリアリアの様子に、ディアッカは後悔を覚え思わず視線を逸らした。

 

「な……なによ?」

「あっ、その……あの時は」

 

 震える声で返したミリアリアに、ディアッカは後悔を募らせる。

 自身の発言がどれだけ目の前の少女を傷つけたのかはよくわかっていた。

 あの時の自分の言葉は、置き換えればニコルを役立たずと侮辱されたようなものだ。

 イザークであればキレて殺されてもおかしくない。アスランですら……いや、アスランこそイザークよりも怒りに狂うだろう。

 そんな言葉を自分は彼女に浴びせたのだ。

 

「その……本当に、悪かった。お前の彼氏とダチ……バカにするようなことを言っちまって」

「────うん」

 

 素直に謝られる事は想定外だったのか、ミリアリアは小さくうなずく事しかできなかった。

 

「その、お前の彼氏……どこで……その……」

 

 歯切れの悪いディアッカの言葉には、どこか恐怖を孕んだ声音で紡がれた。

 もし自分が彼女の大切な人を殺していたのなら、もはや殺されても文句は言えないだろう。

 さながら、死刑宣告を受けるかのような覚悟が必要な問いかけである。

 

「スカイグラスパーに乗ってたの……島で、あんた達が攻撃してきた時」

「スカイグラスパー?」

「戦闘機よ……青と白の」

 

 小さな声で交わすやり取りに、ディアッカは記憶を辿る。

 白と青の戦闘機と言えば、散々苦戦させられた機体だ。よく覚えている。

 そして島での戦いと言えば直近での戦いだろう。

 アークエンジェルから発進してきた該当の戦闘機は2機であったが、そのどちらもディアッカが撃墜した記憶はなかった。

 自身と一番やり合ったであろう機体も、損傷こそさせたものの爆散していないのは確認している。

 間違いなく自分が墜とした機体の中には無いはずであった。

 

 少しだけ、ディアッカは胸の内に安心を覚え独房のベッドへと身体を預けた。

 

「俺じゃない……」

「え?」

「討ったのは、俺じゃない。とは言っても、誰が討ったかは俺にも分らないけど……」

 

 図らずとも、ミリアリアが聞きたかった事の答えがそこにはあった。

 それ以上は語ることが無いと言わんばかりにベッドへと横になったディアッカに、ミリアリアは声をかける事ができなかった。

 

「──なんだよ、殺しに来たんじゃなかったのか?」

「ち、違う。ただ、トールを討った人が……知りたくて……」

「悪いが俺にはわからねえよ。それだけか? だったら、さっさとここから離れた方が良いぜ。ここに居るのを見られたら、俺を殺しに来たんだと勘違いされるだろ」

 

 ディアッカの言葉に、ミリアリアは僅か息を呑んだ。

 確かにそうだろう。医務室で感情に任せて彼を殺そうとしたばかりだ。

 その騒ぎはサイ達によって止められたものの、たまたま通りかかったパルとノイマンに知られるところとなった。

 

「ほら、聞きたいことが聞けたなら早く行けって」

「う、うん……」

 

 ディアッカに促され、ミリアリアは足早に独房から離れた。

 通路に出る際軽く周囲を確認したが、幸いにも近くには誰も居ない。

 ミリアリアは一度だけ独房の方へ視線をやってから、通路へと出て小走りに自室へと向かう。

 

 

 結局、胸の内にある疑問の全てが消えたわけではないものの、ミリアリアはもうディアッカへの恐怖心だけは霧散していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。

 

 オノゴロにある軍港へと着陸した飛行艇から、タケルはトダカの助力を借りてゆっくりと降りた。

 無事に帰れたことに、大きくため息を吐く。無事に帰って来れたことに、心から安堵した。

 

 まだまだ、自身にはやるべきことがたくさんある。

 生きて果たさなければならない約束がある。

 こうしてオーブに戻ってくることが出来て、改めてミゲルに感謝した。

 

 そして──少し先へと視線を向ければ、嬉しいことにそれはもう沢山のお出迎えが待ち構えているのが見えた。

 後で車椅子を押してくれるトダカの歩みが、どこか力強い気がしてタケルは四面楚歌の危機を感じ取った。

 

 飛行艇から降りて来たタケルの姿を認めて、嬉しそうにはしゃぐアサギ達。

 騒ぐ彼女達を窘めながらも、柔らかく笑みを浮かべタケルの帰還を喜ぶエリカ。

 タケルの姿を一瞥して、少しだけ力が抜けた様に肩が降りるユウキに、タケルは僅か驚きを覚える。

 キサカと並んで立つのはウズミであった。心底安堵した様に表情が綻んでいる。

 

 そして……恐らくだが余りにも落ち着かずにキサカに抑えられていたのだろう。

 両肩に手を置かれてキサカに抑えられた、カガリ・ユラ・アスハの姿があった。

 

「トダカさん、対衝撃体勢をお願いします」

「傷に障らないか?」

「心配をかけすぎた妹の気持ちくらいは、ちゃんと受け止めてあげたいですから」

「そうか……わかった」

 

 見れば既にキサカの手を振り払い、口々に挙がる制止の声を置き去りに、こちらへと駆け出してくる最愛の妹。

 既にその瞳から涙は溢れていた。

 わかりやすい妹の気持ちを察して、また一つタケルは己の軽率を自戒した。

 

「兄様っ!!」

 

 容赦なく車椅子に座るタケルへと飛び込んでくるカガリ。

 瞬間的に走る痛みを、タケルは難なく御し切って見せる。表情にも気配にも、それを微塵も出す事はなかった。

 

「カガリ、ただいま」

「うぅ、このっ…………バカ兄様ぁ!!」

 

 あらん限りの気持ちを込めた様な叫びであった。

 心配をかけさせられた怒りも。生きていてくれた喜びも。

 何もかもをひっくるめて伝えるかの様に、カガリはタケルの胸元へと飛び込み声を挙げて泣いた。

 抑えきれない感情がタケルの胸を叩き、溢れ出る想いが涙と共に零れていた。

 

 泣きじゃくるカガリの背を小さく撫で付け、タケルはただただ謝った。

 

「ごめん……本当にごめんね、カガリ」

 

 自分だって、カガリが遭難して行方知れずとなった時あれ程辛かったのだ。

 今回誤報とは言えアスランからタケルの戦死を聞かされていたカガリの辛さは、恐らくその比では無かっただろう。

 

「うっ……うぅ……絶対に……絶対に許さないんだからなぁ!」

「うん。許されると思ってないよ」

「死んだって聞かされて……私達が、どれだけ……」

「わかってる……もう二度と、こんな事しないから」

「信じられるものか! バカ兄様の言うこと何て!」

「流石にそこは信じて欲しいよカガリ。ちゃんと反省してるからさ」

「嘘だっ! 絶対に、バカ兄様はわかってないんだ!」

 

 未だタケルの胸で涙を流しながら、それはもう力強い声で否定されて、タケルは少しだけ困った様に苦笑いを見せた。

 とは言っても、それだけ辛い思いをさせたと言うことなのだと理解して、再びあやす様にカガリの頭を撫で付ける事にした。

 金色の髪が夕暮れ時の光に反射してさらさら揺れていた。

 夕日の色に染められたカガリの姿と、自身の生還にここまで感情を見せてくれるカガリの温もりに、タケルは太陽の様な暖かさを感じるのだった。

 

「ね、カガリ。顔あげて」

 

 出来るだけ優しい声音を意識して、タケルは語りかけた。

 言われて素直に顔を上げたカガリは涙で視界が滲み、まともにタケルの顔すらわからなかった。

 が、それもすぐに他ならぬタケルの手によって拭われる。

 

「心配かけてごめんね、カガリ。あと────ただいま」

 

 目の前で小さく笑うタケルに、カガリは再び感極まって車椅子ごとタケルを抱きしめた。

 まるでそこに存在する事を確かめるかの様に……強く強くその腕に力を込めて抱きしめた。

 

 

「おかえりなさい────兄様!!」

 

 

 

 こうして、タケル・アマノは、再びオーブへと帰還したのであった。

 

 




いかがでしたか。

ミゲルとのやり取りと言い、カガリとの再会と言い、あぁもうほんといいなぁって作者がニヤニヤする回です。

このあと幕間でちょっと補完予定。

是非是非、作者のニヤニヤを理解してくれる人は感想をお願いいたします。


それでは、読者の皆様がお楽しみいただければ幸いです

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