機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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幕間 妹

 

 

 その日、カガリ・ユラ・アスハは絶望を抱きながら泣き続けた。

 

 

 アスラン・ザラによってもたらされた、最愛となる兄の戦死の報。

 信じられなくて、信じたくなくて……だが、対峙したザフトの人間からの情報は確定的であった。

 わざわざアスランがカガリ達に嘘を吐く理由など無いのだ。何ならあの日アスランを保護したカガリは、互いに弱さを見せた故か彼の事を全面的に信頼していた。

 

 彼が嘘など……つく必要性が無かった。

 

 元々状況証拠だけでも疑われていたタケルの戦死が確実の物となり、カガリは久方ぶりに恥も外聞もかなぐり捨てて、ウズミの元へと向かい子供の様に泣きじゃくった。

 ウズミもまた、カガリがもたらしたその報に、娘と共に静かな涙を流した。

 

 その日の夜、アスハの家で泣き疲れてソファーで眠るカガリと、浴びる程に酒に溺れたウズミを見て、事情を知らないマーナはほとほと困り果てたと言う。

 勿論、彼女もまたタケルの戦死の報に大粒の涙をこれでもかと流したことは追記しておこう。

 

 とにかく、タケル・アマノ戦死の報はカガリを筆頭に、本当に多大な悲しみをもたらしたのである。

 

 翌日になってもカガリは疎か、ウズミですら家を出てくることは無かったし、そのさらに翌日になってモルゲンレーテへと顔を出したカガリはまるで死んだような目をしてエリカにとことん心配された。

 勿論、ここでもまたタケル・アマノ戦死の報がエリカを筆頭に駆け巡り、多大な影響を及ぼしている。

 

 エリカ、アサギ、マユラ、ジュリは滔々と涙を流してくれ、カガリがあまり知らない技術スタッフの中にも、本当に悲しそうにその事実を受け止めてくれる人がたくさんいた。

 妹ながらこれほどまでに様々な人たちから慕われる兄が誇らしく、そして同時に痛さと辛さが増した。

 

 彼等の悲しそうな表情を見れば見る程、その現実が重くのしかかってきて、カガリは何度も何度も溢れてしまう涙をこらえるのに必死にならなければならなかった。

 

 

 そうして、数日を失意の中過ごしていたところで、カガリの元にウズミから一報が入った。

 

 ウズミは本当にらしくない程に慌てており、そしてどうにも抑えきれない喜色を声に滲ませてとんでもない事をカガリへと告げる。

 

 それは死んだと思われていたタケルの生存報告であった。

 それも、もうすぐオーブへと帰ってくると言う。

 

 全くの予想外。俄かには信じられない報告に、カガリは何度も何度もその事実をウズミに確認した。

 

 曰く、認識票の番号が一致する事。

 曰く、プロファイリングの結果、認識票と同一人物なのが間違いない事。

 そして、知己であるトダカが迎えに行って間違いなく本人であることを報告してきた事。

 

 疑念を禁じえなかったカガリも、これらの情報から最愛の兄が生きていたことを確信し到着予定となるオノゴロの軍港へと急いだ。

 

 まだ日は少し高く、帰ってくる予定の時刻までたっぷりと時間があったものの、そんなことは気にならないくらいに兄の帰りが待ち遠しかった。

 

 死んだと思っていた兄が生きていた────喪った悲しみが深かった分、カガリの気持ちは大きく上擦った。

 

 そうして、長くもどかしい時間を過ごして、帰ってきた飛行艇からトダカに助けられて降りてくる、車椅子に座った少年。

 小柄で、年不相応な幼さを僅かに残した、カガリが良く知る兄の姿であった。

 

「兄様っ!!」

 

 気づけば、カガリは飛び出していた。

 

 嬉しさに涙はとめどなく溢れていた。

 涙で滲んだ視界でも、兄が優しく笑みを浮かべる顔だけは見て取れた。

 感情のままに兄の胸へと飛び込み、ここ数日で溜めこんだ分の想いを発露させた。

 嬉しさも、悲しさも、怒りも。全部全部、生きて戻ってきてくれた兄へとぶつけた。

 

 兄はそれを宥めながら、静かに……そして嬉しそうに全部受け止めてくれた。

 

 

「ただいま、カガリ」

「おかえりなさい、兄様」

 

 

 再び交わせた、極々普通のやり取りに、カガリは心の底から感謝したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇカガリ……いい加減機嫌直してくれない?」

 

 今日も今日とて快晴な青空の下、タケルは隣を歩く不機嫌な妹へと困ったように声をかけた。

 しかし不機嫌な妹は視線すら合わせようとせずに拒否の意向を示す。勿論、タケルとは正反対の方向へとそっぽを向く事で。

 

「はぁ……もう。いくらエリカさんに盛大にからかわれたからって、僕に当たらないでよ」

 

 せっかく再会できて、あれ程嬉しそうに自身の帰還を喜んでくれたと言うのに、ツンとそっぽを向くカガリの態度に少しだけタケルは悲しみを覚えた。まぁ、それも半分以上は自分のせいだと考えると文句を言うこともできないのだが。

 と言うのも、カガリが不機嫌な理由は、昨日帰還したタケルに向かって溢れる感情のままにその胸に飛び込んだカガリの行動を、エリカが盛大にからかったからなのだ。

 

 “まるで映画のワンシーンの様でした。アマノ二尉の事が大好きな姫様のお気持ちが目に見えて伝わってきましたよ”

 

 普段だったら……エリカやアサギ達の前であそこまで大っぴらにタケルに親愛の情を見せることはなかっただろう。

 意地っ張りで素直じゃないカガリの、奥底に眠る本音が見えたとエリカはご満悦な表情を見せ、カガリは抑えられなかった自身の感情の発露を後悔した。

 エリカの言葉に、それはもう羞恥の嵐に見舞われたのである。

 そうして、それは巡り巡ってタケルの所為と相成ったわけだ。

 

「元はと言えば兄様のせいだろう。無茶なことばっかりして、挙句の果てに戦死しかけて……私達がどれだけ辛かったと思ってるんだ」

「そうですよ!」

「反省してください、アマノ二尉!」

「私達だって、一杯一杯泣いたんですよ!」

 

 カガリの反論に応じて、姦しく騒ぎ立てるのは言わずもがな。車椅子を押してくれるアサギと、その両隣にいるマユラとジュリだ。

 こちらもまた、カガリ程ではないものの不機嫌さが垣間見える気配である。

 味方のいないこの状況に、タケルは乾いた笑い声で曖昧に返すことしかできなかった。

 

 現在、タケルは久方ぶりについた家路の途中であった。

 昨日は泣きじゃくるカガリとウズミによって、アスハの屋敷へと半ば誘拐されてしまい、マーナにもまた泣かれながら手厚い歓待を受けて帰還を喜ばれた。

 当然の様にエリカやアサギ達、トダカも招かれ共にタケルの帰還を祝ってくれたわけだが、お陰でゆっくりと家に帰って休むことはできなかったわけである。

 

 そんなわけで今はようやくの家路につき、もはやタケルを見張っていないと落ち着かないカガリや、車椅子では帰るのも大変だろうと付き添いを申し出てくれたアサギ達と一緒に海岸線を走る道を歩いているわけだ。

 

 そうして歩く事数十分。

 少し高台の海を望める屋敷の前へと5人は到着した。

 

「着いた。ここだよ、僕の家」

「兄様もそうだが、私も久しぶりに来たな……」

 

 えっ、とアサギ達は驚きに目を見開いた。

 タケルが案内し、そして目を向けるのはしっかりとした造りの屋敷。昨日招かれたアスハの家とまではいかないが、それでも十分な大きさの屋敷である。

 聞いていた限りではタケルはここに使用人と2人暮らしとの事だが、とても2人で過ごすには大き過ぎではないかと驚きを隠せなかった。

 一般家庭の優に2倍を超える敷地と建屋が目の前にはあったのだ。

 

「あの、ここが本当に?」

「うん。元はアマノの家の別荘だったんだけど、本邸を離れた時にこっちを譲り受けてね。今は僕と、使用人(仮)との二人暮らし。暫く空けちゃってたから、むしろ一人暮らしだったろうね」

 

 思い返して、タケルは小さく苦笑した。

 考えてみれば、アークエンジェルと共に帰国したその日にモルゲンレーテでお祝いに呼ばれ、その後はそのままモルゲンレーテに缶詰めで開発に勤しみ、更にはそのまま護衛艦と共にアークエンジェルの援護……帰国したというのにタケルは一度もこの家に戻ってきてはいなかった。

 

 同居人はさぞかしお冠だろうと、タケルは僅かに身を震わせた。

 

「あ、すいませんぼーっとしちゃって。寒いですよね。急いで入りましょう」

「そうですね。この立地だと、どうしても風が吹きますし」

「行きましょうか、アマノ二尉」

 

 献身的に車いすを押して進んでくれる3人に感謝しながら、タケルは正面の門を認証システムを通して開き敷地内へと押し進んだ。

 

 

「あら、どちら様でしょうか? 他人様の敷地に押し入ろうとするとは無礼な方達ですわね」

 

 

 だがその直後。背後より凛とした声が掛けられる。

 アサギ達が振り返るとそこには、長い黒髪を風に流した──誰もが見惚れるような美少女が険悪そうな目を向けてアサギ達を睨みつけて居た。

年の頃はタケルやカガリより一つ二つ幼く見えるだろうか。幼い分だけスラリとした肢体が目を引き、人形の様に整った顔立ちを引き立たせる。

先の言葉のせいで険悪となった目元だけがどうにも不釣り合いだが、それを差し引いても少女の容姿はアサギ達の目を惹きつけた。

 

「一体この家に何用でしょうか? 事と次第では貴方達を叩きのめして軍に──」

「久しぶりだね……サヤ」

 

 掛けられた……聞こえた声に、件の少女は目を見開いた。

 

 それは彼女にとって暫く聞けなかった、待ち望んだ声であった。

 焦がれ、何度も夢見た声の持ち主。

 

 突然の闖入者に面食らっているアサギ達をかき分け、少女“サヤ・アマノ”は目的の人物を、目の当たりにして涙を浮かべるのだった。

 

「お兄……様?」

「うん、ただいま。随分長い事家を空けちゃってゴメンね」

 

 そこにあったのは記憶通り、どこか幼さの残る少年の顔。

 サヤ・アマノにとって絶対的な敬愛の対象。大切な兄タケル・アマノの姿であった。

 

「お兄様!」

「わっ!? っと、嬉しいのはわかるけど、大袈裟じゃない?」

 

 既視感のある状況。

 またも負傷の身に襲いかかる、突撃の如き妹の抱擁に、タケルは僅かに顔を顰めた。

 カガリの時と違い覚悟していなかっただけに思わず表に漏れた痛みを何とか悟られまいと、すぐに努めて表情を元に戻す。

 

「ご無事に戻られましたこと、サヤは大変嬉しく思います……お兄様」

「えっとだね……アサギ達が混乱してるし、その辺でやめようかサヤ。変な勘違いしてそうだし」

「い、いえ……」

「アマノ二尉が妹好きなのは……」

「姫様を見ていれば理解してますから……」

「それは色々と穿った見方してるからね? 絶対勘違いしてると思うけど、僕の意思で使用人に妹を演じてもらってるわけじゃないからね」

 

 誤解、ここに極まれり。

 どうやらアサギ達は、目の前の美少女へタケルが妹を演じる事を強要しているのだと勘違いしている模様である。

 

「失礼ですね、そこな古妹と同じ等とは思わないで下さいませ。そんな汗臭い雌猫より、サヤの方がお兄様の妹には相応しいのですから」

 

 ふんっ、と冷ややかな視線をカガリに向けるサヤ。負けじと睨み返すカガリ。

 一体この少女とカガリの間にどんな確執があるのか……初対面であるアサギ達では知り得ない話ではあるが、凡その理由は、3人とも容易に想像がついた。

 片や素直には成れないものの、兄様兄様とタケルが大好きなカガリ。

 そして目の前の少女サヤも先の行動を見るに、間違いなくタケル・アマノを敬愛する妹の姿を見せていた。

 

 兄を慕う者同士の同族嫌悪──いわば、取り合いであろう。

 

「ふんっ、相変わらずだな、サヤ・アマノ。だったら私からも返そう……兄様には、アマノの家なんて相応しくないんだからな」

 

 負けじと返された言葉に、冷ややかな視線を向けていたサヤの表情が険しくなる。

 タケルとユウキ・アマノの関係はサヤにとっても決して簡単に流せる話ではないのだろう。痛いところを突かれたのか言葉に詰まっていた。

 

「はぁ……前から言ってるけど2人とも仲良くしようか。同じ妹に古いも新しいもないんだよ?」

「アマノの人間に、兄様を任せられるか」

「お兄様はアマノの人間なのです。お兄様の妹はサヤしかおりません! いっそお兄様の嫁子もサヤしかおりません!」

「話が飛び過ぎてるし勘違いも飛躍していくからやめてくれるサヤ? あとアサギ達もそれとなく車椅子から手を放して離れてくのは傷つくからやめてもらって良いかな?」

 

 いつの間にやらじりじりと距離を取っていたアサギ達に、俄かにショックを受けたタケルは慌てて3人を呼び止める。

 しかし、サヤ・アマノは追撃の口撃を止めない。

 

「構いませんお兄様。お兄様の傍にはサヤがおります。事情は知り得ませんがお兄様の身体が不自由とあればこのサヤ、全身全霊を掛けてお兄様のお世話を致します! 掃除洗濯炊事から、夜伽のお相手まで全て申し付け下さいませ」

「狙ったように間違った認識をアサギ達に与えないでくれる!?」

 

 距離を取っていたアサギ達が今度は何やらヒソヒソと小声で囁き合い始める。

 いよいよをもって、勘違いが加速していく気配を感じ、タケルは慌てて動けぬ身の代わりに大きな声で待ったをかけた。

 

「もう、ストップストップ! 全く……サヤ、車椅子押して貰って良い? あと3人共、とりあえず今抱いてる変な想像は全部リセットして」

「はぁ……」

「良いですけど」

「わかりました」

 

 どこか不承不承と言った感じは否めないが、とりあえず了承の意を示してくれる3人にタケルは胸を撫でおろした。

 

「改めて、この子はサヤ・アマノ……アマノの家の子で戸籍上は今の僕の妹。そして現在はこの家の使用人として一緒に住んでるんだ」

「なんで、アマノ二尉の妹さんなのに使用人何ですか?」

 

 至極真っ当なアサギの疑問に、マユラもジュリも同意を見せる様に頷いた。

 

「あぁ、それは──」

「お兄様が家を離れる時に父上に伝え、そうさせてもらったのです。

 既にお家はお兄様が継ぐことになっております。お兄様に劣るサヤが使用人としてお兄様に仕えるのは至極当然でしょう」

「何がどうしたらその当然がまかり通るのか私には理解できないがな」

「古妹は引っ込んでてくださいませ」

「まぁ……僕は認めてないんだけどね」

「お兄様、そのようなご無体な事を!?」

 

 どこか芝居がかった驚き方と併せて、悲しそうによよよと崩れ落ちるサヤに、タケルは白い目を向けた。

 本心でないだろうとまでは言わないが、胡散臭い事この上ない反応である。

 

「僕なんかの為に大切な可愛い妹が人生を尽くすなんておかしいよね。だから自由に生きてって言ってるのに」

「サヤは自由に生きているが故に、ここで敬愛するお兄様との時間を大切にしております」

「押しつけがましいんだよ……兄様の迷惑も考えろよな」

「お兄様、先程から雌猫がうるさいので早く家に入りましょう。色々とあってお疲れなのではありませんか?」

「うん、まぁ疲れてるには疲れてるけど……その大半が今ここでもたらされた疲労だって事に気が付いてくれる?」

「まぁ、お兄様ったら照れ隠しが過ぎますわ」

「あぁうん……もうそれで良いや」

 

 本当に言葉通りドッと疲れた様子を見せて、タケルは未だにらみ合うサヤとカガリを尻目にアサギ達へと向き直った。

 

「はぁ、というわけで。3人共ここまでありがとね。もうサヤもいるし大丈夫だから……モルゲンレーテに戻っちゃって。

 できれば……カガリも一緒に連れて」

「それは……わかりましたけど」

「むしろ別の意味で心配が」

「本当に妹さんと2人きりで大丈夫なんですか?」

 

 どうにも性格に難ありな様子を見せ続けるサヤ・アマノの存在に、アサギ達は不安を隠せない様であった。

 流石に危害を加えられる様な事は無いだろうが……怪我でタケルが動けないのを良い事に別な方向で暴走しないかが若干心配である。

 

「うん、まぁ大丈夫だよ。多分」

 

「「「多分!?」」」

 

 心配を消させてくれないタケルの言葉に、不安を滲ませながら。

 未だ険悪な雰囲気を纏うカガリを宥めすかして、一緒にモルゲンレーテへと帰っていく4人をタケルは見送った。

 隣にはどうにも満足そうな表情を見せる、もう1人の妹の姿。

 同年代の男性諸君が見惚れそうな涼やかで気持ちの良い笑顔の奥で、一体どんな腹黒い事を考えてるのやら……タケルは僅か身震いした。

 

 アサギ達が見えなくなる頃まで見送って、タケルは大きく息を吐いた。

 

「はぁ、初対面の人が完全に勘違いするからもう少し普通にして欲しいっていつも言ってるよね?」

「できない相談ですお兄様。サヤの気持ちは変わりません」

「それにカガリとの事も──」

「古妹の話はやめてください。お兄様の妹はサヤだけなのですから」

 

 取り付く島もない返答に、タケルはまた一つ大きくため息を吐く。

 アスハか、アマノか。その違いこそあれ、タケルにとってはどちらも等しく大切な妹。

 だと言うのに、肝心要の2人はどうにも仲が悪く、顔を突き合わせるたびに先の様ないがみあいに発展する。

 そのどちらもが、元を辿ればタケルを想ってのいがみ合いであるがために、タケルにとっては決して気持ちの良いものではなかった。

 

 カガリは、タケルを追い詰めたアマノの家を嫌い。

 サヤは、タケルを捨てたアスハの家を嫌ってると言うわけだ。

 カガリもサヤも、決して互いを嫌っているわけではなく、それぞれを通して互いの家を見ているのである。

 

「あのねぇ……前にも言ったでしょ。カガリが僕の大切な妹であることは変わらない。勿論今はサヤだって大事な妹だけど、だからと言ってカガリが僕の妹でなくなるわけじゃないよ」

「でしたら! サヤの事ももっとちゃんと見てくださいませ! この間だって、ようやっとお兄様がご帰還されたと聞いてお帰りを心待ちにしていたと言うのに、お兄様は全然家に帰ってきてくれなかったではないですか!」

 

 少しだけ悲痛な想いが見え隠れするサヤの声に、タケルも居た堪れなくなった。

 確かにそうだ。オーブに帰還したと言うのに、一度もこの家に帰らずモルゲンレーテで仕事をしていたのだからサヤの言うことは尤もである。

 1人寂しくこの家で待たされた妹の気持ちを察して、タケルは申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「ゴメン、悪かったよ……ただ、やる事が山積みでね。今日だって怪我があるからって帰ってきたけど、仕事は進める予定だし……」

「いえ、私の方こそ申し訳ありません。つい気持ちが先走って、お兄様の軍務が非常に重要かつ多忙な事を失念して勝手な事を……」

「う、うん……まぁ、ね(帰還して早々パーティしてたとか、フラフラ買い出し行ってたとか……言えないよね)」

 

 僅か涙を滲ませる様子のサヤを見て、タケルはこの秘密を墓場まで持っていく事を決意した。

 

「それじゃ、家に入ろうか。仕事もする予定だけど、しばらくの近況報告も聞きたいし。時間もちょうどいいからお昼にしよう」

「はい! 久方ぶりのお兄様との食事です。腕によりをかけて作らせて頂きます」

 

 パッと顔を輝かせるサヤを見て、タケルは表情を綻ばせた。

 車椅子を押すサヤ・アマノと、それを感謝しながら仲良く家へと入っていくタケル・アマノ。

 その後ろ姿はどこからどう見ても、仲の良い兄妹の姿そのものであった。

 

 

 




この間登場したボルト・ミュラー准将と併せて、今後はちょくちょく出てくるであろうもう1人の妹です。

い、いや決して作者が妹好きと言うわけではなくてですね。
タケルにはもうナタルがいるので、兄妹の枠組みの中でお姉さんは出せなかったといいますか、、、
そう言うわけで妹が増えました。

次回からまたズンズンと話を進めていこうと想ってます。

執筆意欲のために是非とも感想をいただければ幸いです。

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