機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE -62 新たなる鼓動

 

 

 

 あの辛く厳しい査問会から数日。

 

 アークエンジェルの直接の指揮官となったサザーランドの名前で、ようやくアークエンジェルへの通達があった。

 

 

 アークエンジェルはこれよりアラスカ本部の防衛の任に当たり、アラスカ守備軍へと編成されること。

 併せて、ムウ・ラ・フラガ少佐。

 ナタル・バジル―ル中尉。

 フレイ・アルスター二等兵。

 上記3名には本部より転属命令が発令された。

 

 アークエンジェルは汎用戦艦であるが、想定するところとしては宇宙での戦闘を見据えて開発された宇宙艦である。

 地上本部の防衛にあたるこの指令に疑問を抱くクルーも少なくなく、また艦の戦力の要とも言えるムウと、火器管制の全般を任されていたナタルの転属は、歴戦となったアークエンジェルを骨抜きにしたようなものであった。

 どこか異質な気配を感じる辞令に、マリュー達は訝しんだ。

 

 その上、捕虜であるディアッカ・エルスマンについても何ら触れられていないのである。

 

 不審……この一言に尽きるが、彼等は軍人。

 本部からの指令に抗う権限など持ち合わせているわけもなく、ムウ等3人は退艦の準備を進めていた。

 

 

 フレイとの別れを惜しむサイ。

 直近でトールとミリアリアの事もあり、この別れが今生の別れとなるのではと、サイは不安を湛えていた。

 

「フレイ……本当に?」

「仕方ないじゃない……本部からの命令なんだし」

「だからって」

「それに私、これまで何かに役に立ってたわけじゃないしね。正式にちゃんとお役目をもらうって事なんでしょ」

 

 確かに、決意して志願したのは良いものの、工業カレッジの学生だったサイ達と違いフレイに出来る事は無かった。

 ただ胸の内に燻ぶる戦争を憎む心を持て余して、精々が友人達の大変な時に少し力になろうと動いたくらいである。

 艦内において、出来ることが無かったフレイが転属となるのは、決して不自然な運びではなかった。

 フレイ自身が言うように、ようやくやるべきことを……彼女が選んだ戦いが始まるのだろう。

 サイと同じく別れを惜しむ気持ちはあれど、自身の戦いに向けて意気を上げているのも間違いはなかった。

 

「死なないでね、サイ」

「わかってる……って言っても、俺に何ができるってわけでもないけどさ」

「サイが死んだら、私も死ぬから」

「責任重大、だな」

「そうよ。だから必ず、生きてまた会いましょう」

「あぁ」

 

 アークエンジェルから退艦するとあって、見送りに来ていたクルー等の前で2人は互いに顔を寄せ口付けを躱した。

 なんだかんだ言って、2人は互いに想い合い過ごしてきた時間を着実に重ねてきていた。

 いつの間にやら周りの目すら気にしない程に、公然とその気持ちを見せあえるほど深い関係になっていたというわけだ。

 思わず目が点になる整備班のおっさんたちから、あらあらまぁまぁと言った様子で温かく見守るマリューまで、2人に向けられる視線は様々だが、皆今この時の別れの意味をよく理解している為、誰も騒ぐ様な事は無かった。

 これが最後の別れとなるかもしれないのだから。

 

「はぁ~若いって良いねぇ~」

「少佐もそこまで年が言っているわけでは無いでしょうに」

「そりゃ艦長副長と並ぶ分には大したことねえけどよ……あんな青春真っ盛りな連中を見ちゃうとなぁ」

 

 少々想定外だが微笑ましい光景に、ムウが軽口を叩きそれを少し冷めた視線で流すナタル。

 

「それは暗に私とナタルを年増だと言っているのですか? 少佐」

「お、おいおい、誤解するな! 大体、艦長はともかく副長も副長でタケルと──」

「おほん! 時間もありません。艦長、挨拶させていただきます」

 

 余計な事を言いかけるムウを制して、ナタルはマリューの前へと一歩躍り出た。

 世話になった艦からの退艦である。

 軍人として、ナタルはきっちりと挨拶をしてから去りたいらしい。

 間違っても余計なムウの発言を皮切りに自身が揶揄われることを恐れてではない。

 

「あら、私は別れの挨拶より少佐が言いかけた続きを聞かせて欲しいわ」

「お戯れも程々にしてください。どこに退艦の挨拶でそんな話をする軍人が居ると言うのですか」

「はいはい。最後の最後までお堅いわね」

 

 すっと一息呼吸を落ち着けて、ナタルはマリューへと敬礼を向けた。

 

「──本当に、お世話になりました」

「それはこちらも同じよ。貴女には本当に、最後の最後まで助けられたわ」

 

 先日の査問会。

 後手に回り反論の糸口を掴めなかったマリューを、ナタルは軍本部に真っ向から相対する形で反論して見せた。

 結論として、これまでの軍務の中にマリューへの責任が免れない事実はあるものの、彼女のお陰でそれが多分に軽くなったのは間違いない事だろう。

 本当に、彼女には感謝してもしきれないとマリューは敬礼を返した。

 

「艦長の助力と成れたのなら、私としても本望です」

「また……今度は戦場ではないどこかで、再会できると良いわね」

「終戦となればそれも可能でしょう。私は、死ぬつもりはありませんので」

「約束、しちゃったものね」

「別に、そういうつもりで言ったわけでは……」

「私も死ねなくなっちゃったわよ。楽しみで仕方ないもの」

「────それでは、これで」

 

 気恥ずかしそうに視線を逸らして敬礼を終えたナタルはその場を下がりハッチの方へと向かった。

 

「んじゃ俺も……これまで、世話になったな。艦長」

 

 続くようにムウも前に出て、マリューに向けて敬礼をする。

 成り行きで乗り合わせ、そして互いに艦を引っ張ってきた。艦長と艦載機の隊長という活躍の場の違いこそあれ、2人は正しく戦友であった。

 

「少佐のお陰で、ヤマト少尉もアマノ二尉も最後まで戦えたのだと私は思います。貴方が居てくれて、本当に良かったです、フラガ少佐」

「肩身が狭かったんだぜ、坊主共は俺なんかよりよっぽど活躍してたからな」

「知ってます」

「あらら、バレてたのね」

「それでも、少佐が居なければ彼等は潰れていたでしょう……本当に、ありがとうございました」

「──俺の方こそ、な」

 

 互いにそれ以上は口を開かず、これまでを思い返しながら敬礼のままにムウもその場を下がりハッチへと向かう。

 最後には、サイとの別れをすませたフレイ・アルスターだ。

 今ではすっかり形となった敬礼を見せて、マリューへと向き合う。

 

「マリュー・ラミアス艦長。これまでにたくさんのご迷惑をおかけしたこと、本当に申し訳ありませんでした」

「過ぎたことよ。それに貴方は成長して、そしてキラ君やタケル君の助けになってくれたでしょう?」

「助けられた分だけ、助けてあげたかった。それだけです」

「その気持ち、ずっと忘れないで頂戴」

「はい」

 

 短いやり取り。

 だがそこに確かな少女の成長を感じて、マリューは今日一番の笑みを浮かべた。

 様になった敬礼に恥じぬよう、マリューもまたきっちりと敬礼を返してフレイを見送った。

 

 

 名残惜しさを残しつつも、クルー全員がハッチを行く3人を見送っていく。

 

 

 その日は皆、いつもと変わらぬはずの艦内が妙に静かで、妙に広く感じた日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『へぇ、それで戻ってきてからも、姫様だけじゃなくてアサギ達まで何か不貞腐れていたのね』

 

 アマノの別荘。現在はタケルの居宅となる屋敷の自室にて、モニター越しにタケルはエリカと仕事の為の通話をしていた。

 とは言っても通話開始と同時に、なにやら言いたげな様子のエリカを見て問うてみれば、モルゲンレーテに戻った彼女たちがどうにも上の空だと言われ、タケルは苦笑い。

 原因は恐らくインパクトの強すぎたサヤとの出会いにあると考え、タケルは申し訳なさそうに頭を下げるのだった。

 

「ごめんなさいエリカさん。ウチの妹のせいでご迷惑をおかけして」

『別に構わないけど、今度ちゃんと紹介してくださいな。貴方の妹にしてアマノの家の子ならさぞかし優秀なんでしょう?』

「優秀過ぎて困るくらいですね。あの男の実の娘で僕と同じ様に教育されてきています。その上で僕なんかよりもずっと芯が強い────見事なまでの2世ですよ、サヤは」

 

 容姿端麗にして文武両道。いや、もはやそれらの言葉ですら霞むような完璧超人。

 兄の贔屓目を抜きにしても、サヤ・アマノはタケルにそう評される。

 養子としてアマノの家に入ったタケルと違い、サヤはユウキと今は亡きその妻との間に生まれた実子。

 未だ嘗て類を見ない程の才覚で国防軍総括となり、オーブの軍人のトップとなったユウキの血を受け継いだ子なのだ。

 既にタケル同様国防軍に所属し、本国の防衛隊へと編成され頭角を現しているという。

 開発部門であるタケルと畑こそ違うものの、アマノの家の子としての活躍ぶりはタケルのそれに引けを取らないと言って良いだろう。

 

「あのアマノ総括の2世か……末恐ろしいわね。ところで、その妹さんが兄である貴方を崇拝していると言うのは本当かしら?」

「嘘です」

「それこそ嘘ね、アサギ達から証言は取れてるわ」

「だったら確認しないでくれます?」

「別に良いじゃない。何が問題なの?」

「僕の精神がもちません」

「贅沢な悩みだ事」

「そんな事より早く本題に入りませんか?」

 

 ぐったりと疲れた様子を見せるタケルに、エリカは微笑ましそうな表情を見せていたが、端末を操作してタケルへとデータを送り付けた。

 

「──現在の状況は今データで送った通りよ」

 

 送られてきたデータを自身の端末から繋いでいる複数のモニターへと出力して、タケルはその全てを確認していく。

 

「M2は完成ですか……ありがとうございます。問題は?」

「貴方が挙げてくれたデータに合わせて仕上げを少し弄ったけど問題無し。一応完成したところでアサギ達にはかなり慣熟訓練させたけど、文句は出なかったわ」

「それは良かったです。量産についてはどうですか?」

「M1があったから体制も万全。進み次第随時配備されていく予定」

「了解です。それじゃあ……M2のウェポンパックについてはどうなってます?」

「そっちはちょっと停滞中ね。どの構想もパイロットに求める練度が高すぎて────あの子達はまだ良いけど、普通のパイロットだとあそこまで高機能なのは手に余るって印象ね。国防軍でも指揮官機に割り当てるのが妥当って結論に至ってるわ」

「そうですか……まぁ、それなりにパイロットとしての個性がなきゃ使いこなせる様なものでは無いですしね」

「量産化は一応予定してるけど……まぁ数は少ないわ。武装の方も、貴方が試験した電磁投射砲が行き詰ってるし」

「あぁ、ごめんなさい。そっちは直ぐに改良案を出しますね。折角命がけで試射してきたんですから、僕の命の分くらいは、しっかり有効活用しないと」

 

 何でもないように笑いながら言ってきたタケルに、エリカが眉を顰める。

 少しだけ目尻が吊り上がる様子を見せ、彼女はタケルへとにらみを利かせるのだった。

 

「ブラックがすぎるわよ、そのジョーク。私も一応貴方には怒ってるんですからね」

「──すいません」

「まぁ良いわよ。ちゃんと帰ってきてくれたし、放り投げる気ではなかったんでしょう?」

「それは勿論ですよ。M2も、シロガネとアカツキもまだなんですから」

「ならよろしい。それじゃ、明日までに行き詰ってたシロガネの武装データをお願いね」

「えっ、あ、はい、わかりました」

「その後はアカツキの基本構造を明日の午後イチで挙げてもらうから」

「えっ、いや、そのペースはちょっと」

「できないって言うの? 散々ザフトに行って遊んでたのに?」

 

 ジロリと細められた視線が向けられ、タケルはたじたじとなった。

 

「い、いえ、やらせていただきます」

「うん、よろしい。それじゃ、待ってるわよ」

 

 満足そうに笑みを見せたエリカが通信端末から姿を消し、自室には静寂が戻る。

 

「──はぁ」

 

 どっと疲れがまた戻ってきて、自然とタケルはため息を漏らした。

 本日何度目だろうか……ため息をつくと幸せが逃げると言うが、なれば自身は一体どれ程幸せを逃しているのか想像もつかなかった。

 

「お兄様、またそのように疲れた溜め息を……戻られたばかりなのですからもう少しご自愛ください」

「サヤ……うん、そうしたいのはやまやまなんだけどね」

「そう疲れていてはお仕事も進まないのでは? お茶を入れましたので休憩なさってください」

「そうさせてもらおうかな。ありがとう、サヤ」

 

 タケルの背後へと音もなく回り込み、サヤはリビングへと向かって車椅子を押していく。

 リビングの食卓にはサヤが用意した紅茶と焼き菓子が用意されており、リビングに入った途端紅茶と菓子の香りにタケルは耳ならぬ鼻を奪われた。

 

「良い匂い。アップルパイ?」

「はい。美味しいリンゴを近所のおば様から頂きましたので」

「相変わらず人気者なんだね。ご近所さんに」

「お兄様が家に寄り付かないから特に、です。年頃の娘の一人暮らしは大変だろうと」

「あ、あはは……それは完全に僕のせいだね」

「自覚がおありでしたら直してくださいませ。私もご近所様に兄と2人暮らしだと言い続けるのは疲れましたもの」

 

 取り分けられるアップルパイと差し出される紅茶を受け取り、タケルはサヤと向かい合った。

 一口、パイを頬張っては紅茶を口に含む。久方ぶりに過ごす妹との穏やかな時間に気持ちが緩んだのか、甘党なタケルは直ぐにパイに夢中になっていった。

 

「美味しいよ、サヤ」

「その顔を見ればわかりますわ」

「そういえば、軍の方はどう?」

「どうも何も、お兄様以上の殿方などどこを探しても居りません」

「サヤは国防軍に一体何をしに行ってるのさ」

「ふふふ、冗談ですわ。えぇ勿論、有事に備えての訓練に励んでおります。最近ではお兄様開発のアストレイも配備が進んできまして、ようやくサヤの元にもM1アストレイが回されてきました」

「やっとM1ってところか……部隊の皆の感触は?」

「揃いも揃って愚鈍な先達ばかりで呆れてしまいます。お兄様開発の芸術品の様な機体に乗りながら、まるで動けないのですから。正直、有事の際には期待できそうにありませんね」

「言っておくけど、初めてMSに乗ったのならそれが普通だからね。完璧超人なサヤと比べるのはやめてあげて」

「まぁ、お兄様ったら。負傷中のお兄様には添い寝ぐらいしかサヤめにはできませんが、お望みであればいくらでも」

「何をどう曲解していったら今の返しからその流れになるのか僕には全く理解できないんだけど?」

「完璧超人などとサヤを褒め殺して手籠めにし、戦火で溜まりに溜まったお兄様の邪な欲望をサヤにぶつけるのではないのですか?」

「そろそろ仕事の邪魔になるっていう名目でアマノの家に送り返すことも辞さないからね、サヤ」

「そ、そんなご無体な! お兄様、おやめください!」

 

 またもよよよと泣き崩れる真似を見せるサヤに、タケルは少しだけ冷たい目を向けて視線を背けた。

 流石にそろそろ悪ふざけが過ぎるというものだ。慕ってくれるのは嬉しいとは思うが、これ以上は妹の為にもならないだろう。

 

「お兄様、何卒、何卒お慈悲を……」

「あ~もうわかったから。そんな風に引っ付かないでよ。あっ、そうだ。訓練と言えば……ごめんサヤ。ちょっと僕の端末持ってきてくれる?」

「えっ、はい。少々お待ちを」

 

 足早に。既に身体に染みついているのか音もなく部屋を出て行き、そしてものの数秒でタケルの端末を手にしてサヤは戻ってくる。

 礼を言いつつそれを受け取ったタケルは、カタカタと手早く操作していき、一つの画面をサヤへと見せた。

 

「ちょっとサヤにも見て欲しいんだ。勿論、まだまだ極秘データだから他言は無用ね」

「その程度理解しております。お兄様が扱うものはどれも国防の重要機密ばかりでしょう……これは、MSの兵装システムですか?」

「うん。今開発中の機体の全く新しい……って程でもないけど、画期的な新しい武装。サヤはどう思う?」

 

 優しい兄としての顔は鳴りを潜め、そこには軍人としての厳しく真剣な瞳を向けるタケルの姿があった。

 軍人として。オーブを守るアマノの家の者として、このデータに対して何を思うのか。

 率直な意見を聞かせて欲しいと、タケルの目が物語っていた。

 

「端的に述べさせていただきます。少なくともサヤのレベルでは扱える代物ではありません。引いてはオーブの国防軍には扱える者はいないと断言させていただきます──可能性があるとすれば後は、父上というところでしょうか」

「そっか、サヤでも厳しいんだね。うーん、弱ったなぁ」

「あぁもちろん、お兄様であれば可能だとサヤは確信しています」

「うん。僕はまぁ、シミュレーションもしてみたからね……十分扱えるとは思ってるよ。問題はその……カガリなんだ」

 

 ムッと、カガリの名前が出てきた瞬間にサヤの表情が険しい物へと変わる。

 そこまであからさまに反応しなくても、とタケルは思ったが今ここでそれを言い出すとまた話が終わらなくなると思いぐっとこらえる。

 

「古妹の機体、ですか? いくらお兄様の熱心な指導があったとて、それを扱わせるのは流石に厳しいかとは思いますが」

「そうだよね……う~ん」

 

 ほとほと困った、と言うように唸るタケルに、サヤは嬉しさを覚えた。

 忌まわしきアスハの古妹の為と言う所は気に食わないが、国の為、誰かの為、大切な人の為。

 そうして必死に悩み頑張るタケルの姿を見るのが、サヤは好きであった。

 

 幼き頃に突然兄として家に入り込んできたタケル。

 当時からユウキより受け継いだ才気に溢れ、順風満帆な幼少期を過ごしていたサヤをして、アマノの子となったタケルに課せられたユウキの“教育”は苛烈に過ぎるものであった。

 明らかに物が違う教育の厳しさに、サヤは子供ながらにタケルの事が心配であったものの、当時のサヤに出来る事など無くただ見守る事しかできない自身が歯がゆかった。

 そんな折、訓練で疲れ果てたタケルが屋敷の道場で倒れ伏しているのを見止めて、サヤはつい問いかけてしまった。

 

『何故、逃げないの?』

 

『逃げたら、今度は君が同じ目に遭うんでしょ? だったら逃げられないよ』

 

 衝撃を覚えたものである。

 ギリギリもギリギリ。常に限界まで追い詰められて地獄の日々を過ごしているタケルは、妹となったサヤを守っている気でいたのだ。

 傲慢な……大きなお世話だと当時のサヤは憤慨した。

 見るからに気の弱そうなタケルが、ユウキの才を受け継ぎ何一つ苦をしらず訓練をこなす自身を守る──その日サヤは思いあがるなとタケルを罵倒した。

 しかし、来る日も来る日もかわらぬアマノの教育から、タケルは逃げずに耐え続けた。

 それがアスハに捨てられた故からくる恐怖なのか、サヤに言ったように彼女を守るためなのかはわからなかったが、いつしかサヤはタケルのその姿に心を奪われていた。

 思い上がりだとしても、大切な妹としてサヤを守ろうとしてくれるタケルその姿が好きになっていた。

 

 

 その結果、今もこうしてタケルが何かの為に必死に悩み、頑張る姿を眺めるのがサヤの至福の時である。

 自身の為でないとしても。その姿が見られるという事は、サヤが大好きな兄で変わらずいてくれる証左だからだ。

 

「お兄様、無理に全機能を扱わせる必要はないのではありませんか? 大切なのはその兵装によって古妹に何をさせたいのかでしょう」

「何をさせたいのか……そっか、そうだよね。あぁ、ありがとうサヤ! ちょっと糸口が見えたかも!」

「それは何よりです。古妹の為と言うのが少しだけ納得いかないところではありますが」

「もぅ、そんなこと言わないでよ。僕はカガリとサヤに仲良くなって欲しいよ?」

「いくらお兄様のお言葉でもそれは無理です」

「前途多難だなぁ」

「そもそも憂う前途がありません故」

 

 きっぱりと拒絶の意を示すサヤに、先程までと同じ思い悩む顔を見せるタケル。

 今度はその表情がサヤの心に響く事は無かった。

 困らせてるのは自分だと良く良く自覚しているし、これはタケルが頑張ってるわけではないからだろう。

 だからといって、サヤに譲歩する気持ちは全くと言ってないが。

 

「とりあえず、ちょっと仕事に戻るね。お茶とお菓子、ありがと」

「はい。先程も言いましたが、戻ってきたばかりですし本調子でもないのですから、ご自愛ください。これ以上サヤに心配をかけないでくださいませ」

「うん、気を付けるよ」

 

 そうして、仕事モードに入ったタケルは小さく何かを呟きながらも自室へと戻っていく。

 時折、あーだのうーだの思い悩む声が聞こえたかと思えば、これだ! と叫んだり、本当に楽しそうなタケルの声音に思わずサヤの表情は綻んだ。

 

「本当に、おかえりなさいませ。お兄様」

 

 本当の意味で自身の居場所へと戻った気がするタケルの姿に、サヤは嬉しそうに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍本部アラスカ基地。

 

 アークエンジェルを退艦し次なる任を受ける予定のナタルとフレイの2人は、アラスカ基地のとある部屋の前へと来ていた。

 

 まるでどっしりと構えてる様な雰囲気が垣間見え、思わず息を呑む。

 当然ではある。この部屋で待つのは階級の違いすぎる相手なのだ。

 

「アルスター、基本的には私がやりとりをする。私が促すまでは口を開かずにいろ」

「は、はい、わかりました」

「敬礼は入室時だ。私に倣え」

「了解です」

 

 緊張した面持ちで頷くフレイを確認して、ナタルは心を落ち着ける様に一度深呼吸してから目の前の部屋の呼び出し音を鳴らした。

 

「来たか、入れ」

 

 少し皺がれた、低く力強い声。

 それに促され、ナタルとフレイは入室する。

 

「失礼します! ナタル・バジルール中尉、フレイ・アルスター二等兵。要請に従い参上しました!」

「楽にしろ、2人とも。何、別に叱責しようと呼んだわけでもないのだ」

 

 ナタルとフレイの目の前には、体格の良い大柄な将官がいた。

 フレイは初めてだがナタルは見覚えがあった。

 あの査問会で、助け舟を出してもらったのだから。

 

 

 

「アルスターは初めましてだな。ボルト・ミュラー准将…………お前達2人の今後を決める、責任者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦火が広がる。発動されるスピットブレイクで舞台は更なる混迷へ。

 戦う意味は何か。戦う意志はどこか。迷い続ける回廊の中で答えは見当たるわけもなく。

 傷つき疲れ果てても尚、戦い続けようとする少年達に、未だ戦火の牙が剥く。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『悪意の宇宙』

 

 折れた翼、広げて飛べ、ガンダム! 

 




いかがでしたか。
物語が進んでくるところに入ってきました。
やっぱり重苦しいシーンよりこのくらいの方が書いてて楽しいですね。

ご感想よろしくお願いいたします。

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