機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-6 止まらない世界

 

 

 暗黒の虚空へと散っていくヘリオポリス。

 戦闘に出ていたアストレイやストライクは勿論、アークエンジェルがいる場所ももはや“ヘリオポリスがあった宇宙”となっており、彼らは皆暗黒の虚空へと投げ出されていた。

 

 メインシャフトを失い、支えをなくした事で分解していったヘリオポリスは、周辺宙域に膨大なデブリをまき散らし、通信障害や航行不能な地帯へと変貌させるだろう。

 

『X-105ストライク、応答せよ。X-105ストライク、聞こえてるか、応答せよ!』

 

 目の前の光景に我を失い茫然としていたキラは、呼吸を荒くしたままデブリだらけとなった宙域を目にしていた。

 

「ヘリオポリスが……壊れてしまった……こんな」

『X-105ストライク! 聞こえていたら……無事なら応答しろ! キラ・ヤマト!』

 

 ようやく目の前の現実を受け入れ始めたキラは、耳が拾う通信の音声を認識する。

 聞こえているナタルだけではない、コクピットには電波状況は悪いがタケルのアストレイからも再三にわたる応答要請が飛んできていた。

 

「ごめんなさい、こちらX-105ストライク……キラです」

『……はぁ、その感じは無事か?』

「はい」

『こちらの位置は分かるか?』

「えっと……はい、大丈夫です。確認できます」

『ならば帰投しろ。問題はないな?』

「はい、大丈夫です」

『キラ、本当に大丈夫? 崩壊の際に損傷とかは?』

「あ、タケル。うん……ありがとう大丈夫」

『アマノ二尉、通信の割り込みはご遠慮頂きたい』

『あ、すいません……ですが、何かあれば僕が動く必要があると思いましたから……』

「僕は大丈夫だからタケル。ありがとう、今から戻るよ。少尉も、ご心配ありがとうございます」

『それが私の仕事だ。帰投、急げよ』

「はい」

 

 繋いでいた通信を切り、小さく息をつく。

 ヘリオポリスの崩壊などと言うとんでもない事態に落ち着かなかったが、今のキラの胸は一つの安堵に埋め尽くされていた。

 それは自ら戦うために戦場に赴き、そして生き残れた事。

 タケルのアストレイが前に出てくれていたからと言うのは大きいだろう。キラがやったことと言えば、アスランと機体越しに会話をして、その後ジンがアークエンジェルに取りつかない様前に出て妨害していただけ。最終的にはジンをシュベルトゲーベルで両断したが、それはあくまでアークエンジェルの援護によって脚部に損傷を受け動きが鈍っていたからだ。自分一人の力ではない。

 

 それでも、自ら戦場に立ち、戦い、生き残ったことは、経験と言う意味でも大きいものだと思えた。

 

「考え込んでる場合じゃない。戻らなきゃ……ん、あれは……ヘリオポリスの救命ポッド?」

 

 みれば救命ポッドらしきものが少し離れたところを漂っていた。

 普通であれば射出された脱出艇はある程度の推進機能を持ってその場を離脱する。

 巻き込まれによる二次被害を避けるためである。それがこのデブリだらけの宙域にあるのはおかしかった。

 訝しんだキラは、ストライクをポッドへと走らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 巨体故に、大きな影響は受けずに宇宙へと投げ出されたアークエンジェル。

 艦橋ではキラとナタルの通信を聞き、ストライクの無事が分かった所で、マリューとムウが今後の事を話し合っていた。

 

「さて、こんな事になっちまったが……これからどうするんだ?」

「まだ戦闘状態を解除はできないでしょう。これだけの残骸であれば互いにレーダーの類は機能しないかと」

「つまり、追撃しようにもこの場を離れる、或いはこの宙域を抜けたところを狙ってくると?」

「追撃はあると想定して動くべきです。幸いにもストライクに損傷は無さそうですし、アマノ二尉のアストレイも、軽微の損傷だと聞いています」

「まともにやりあおうってのか? 坊主達の機体があった所で……」

 

 ムウは周囲を見回した。

 艦橋クルーの席には空席もあった。そしてまだ年若い士官ばかり。

 経験豊富なんて言葉は程遠いだろう。

 

「ここのクルーの陣容もこれじゃな、この艦でまともに戦闘をやり合おうって言うのは、正直厳しいと思うぜ……最大戦速では振り切れないのか? かなりの高速艦なんだろ、こいつは」

「高速艦なら向こうにもナスカ級が居ます。確実な保証はできません」

「厳しい状況だねぇ……まっ、そんな苦労多そうな艦長に報告だ」

「えっと、なんでしょう?」

「ヘリオポリスでタケルが色々と手伝ってくれたんでな。次の戦闘には俺のゼロも間に合うぜ」

「それは朗報ですね。ここに居ては大尉の力は宝の持ち腐れですし」

「ひでえ言い様だな。これでも不慣れなりに頑張ってたと言うのに」

「ふふ、わかっていますよ。ありがとうございます。ストライクへの援護……お見事でした」

「お、良く見てるね。まぁ、仕留めきれなかったから結果的には坊主の手を汚させちまったがな。

 まだ多分実感はないだろうが、戻ってきたころには思う所あるって感じだろうぜ」

 

 民間人の……それも戦いを忌み嫌ってそうなキラが。成り行きとはいえ戦場に出てしまい、無我夢中だったとはいえ明確に人を討って殺している。

 しかも、使用したのは近接武装の対艦刀だ。殺したという認識は、ライフルで討った時よりよっぽど強いだろうとムウは思った。

 さっきのナタルとの通信を聞く限りでは現状への混乱がまだ強いが、戻って一度落ち着けばそこに思考が行き付くはずだ。

 どう対応すべきかは、ムウもマリューもはっきりとはわからなかった。

 

「それについては一先ず置いておきましょう。今は今後の動きを……」

「ちょっと待て! 誰がそんな許可を出した!」

 

 マリューの声を遮ってナタルが大きな声を挙げる。通信での話のようである。

 

「バジルール少尉、何か?」

「いえ、それが……ストライクが無事帰投したのですが、救命ポッドを一隻保持していると報告を……」

 

 ムウとマリューは、何を言っていると言わんばかりの表情でナタルの方を見た。

 ナタルが端末を操作すると、艦橋内のモニターにキラが映し出される。

 

『認められないって、どういうことですか! 推進部が壊れて、漂流状態だったんですよ! 

 それをまたこのまま放り出せとでも!? 避難した人が乗っているのに!』

「脱出艇の射出情報は直ぐに近くのコロニーに発信され、そう時をおかずに救命艦が来る。

 我々は現在戦闘中なんだぞ。避難民を受け入れることなど、出来るわけが──」

「また、なんて拾い物を……良いわ、ナタル。許可して」

「ですが、艦長!?」

「揉めている時間がもったいないのよ。ストライクも早く収容してメンテしておきたいし、もちろんキラ君には休憩もしておいてもらわないと……ここで放り出しでもしたら、あんな子ですもの。休憩の一つもできないでしょ」

「た、確かに……その可能性は否定できませんが」

「状況は厳しいけど、この艦もストライクも決してザフトには渡せない。貴方には苦労を掛けると思うけど、どうかお願い……」

「────了解しました」

「ありがとう」

「では、今後の予定ですが、私から提案があります──」

 

 問題を持ち込んだキラの事も片付いたところで、マリュー、ムウ、ナタルの3人は今後の事を詰めていく。のんびりしている時間は無かった。

 ヘリオポリスが崩壊したこと以外、状況は何も変わっていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルへと帰還したタケルは、アストレイを所定の位置に寄せると大きくため息をつきながらコクピットを出た。

 キラと同様、タケルにとっても初の大きな実戦であった。

 軍属であること、シミュレーション等の経験。

 キラと違い、戦えるだけの下地があったとは言うものの、自分も死なずキラも死なせないと誓ったのはタケルにとって負担でもあった。

 そして……

 

「(ヘリオポリスを……破壊させてしまった)」

 

 重くのしかかってくる現実。

 直接的な原因はザフト……とは言えなかった。そもそもヘリオポリス襲撃の原因を作ったのはオーブだ。

 中立を裏切る新型開発。キラが外壁まで貫いたアグニ。いくら注意しようともコロニー内を無傷とはできないアークエンジェルの武装。

 決め手となったイージスのスキュラは、タケルがあそこでストライクとイージスの間に入らなければ、発射されることもなかったのかもしれない。

 

 “答えろ! キラが……なんで地球軍に! ”

 

 あの時イージスから届いた通信。

 その内容からキラとイージスのパイロットに面識があるのは一目瞭然である。

 タケルは戦闘する気ではなかった2人の間に入り込み、余計な横槍を入れたのかもしれないのだ。

 

「(犠牲者は……出ただろうな。新型奪取におけるザフトの襲撃の被害もある。オーブの選択が、国民を巻き込むことになったんだよね……)」

 

 考え込みながらコクピットを出たタケル。彼の目の前では、先に戻っていたストライクに乗っていたキラが見知らぬ女の子を受け止めていた

 

「兄様、無事でよかった」

「あ、カガリ……なんとか無事にね。キラも無事な様で良かったんだけど──あれは一体?」

 

 格納庫でタケルが戻ってくるのを待っていたのだろうか。

 飲料チューブを片手に無重力空間を飛んでくるカガリを受け止めながら、タケルはキラの方へ再び視線を向けた。

 

「なんでも推進部を破損していた救命ポッドが流れていたから拾ってきたらしい」

「そんな勝手に……ラミアス大尉達は?」

「さすがに詳しくは私も。一度は許可できないって騒いでたらしいけど」

「そりゃそうだよ。状況は一旦落ち着いたとはいえ、まだ戦闘がある可能性は否めないし」

「私もそう思う。だが実際投げ出すわけにもいかないだろ。ヘリオポリスのデブリに紛れちゃったら、救出されないかもしれないし」

「そっか、確かにね。僕もそんな可能性を考えてカガリとこの艦に乗ってるわけだし……」

 

 となれば、救命ポッドに乗ってた人はアークエンジェルにこのまま収容されることになるのだろう。

 タケルは状況を聞こうとキラの元へと向かった。

 

「キラ、無事で良かったよ。お疲れ様」

「あ、タケル。そっちこそ、ずっと前で戦ってたから無事で良かったよ」

「積もる話もあるし休憩にも入りたいんだけど、その子は?」

 

 タケルは不躾にならないように、さっと一緒にいる少女を見やる。

 赤い髪で可愛らしい印象を受ける子であった。

 キラよりは年上な印象だが、落ち着きが無く少々我が強いようにも見える。

 住んでた場所が襲撃され崩壊したのだから無理もない話だ。

 

「キラ、この人も地球連合の人?」

「あ、違うよ“フレイ”。彼はオーブの軍人さんで」

「タケル・アマノ二尉です。キラの友達かな?」

「友人って程でもないけど……」

「フレイは、サイのその……ガールフレンドなんです」

「なるほど、それでキラとも面識があると。

 なら丁度よかったね、この艦にはサイ君達も乗っているから。拾われた戦艦でも知り合いがいれば気も休まるでしょ。

 キラ、彼等の所まで案内してあげて。僕はストライクと併せてマードック軍曹と整備の話を詰めておくから」

「わかった、ありがとう──行こうか、フレイ」

「う、うん」

 

 フレイを連れて格納庫を後にするキラを見送って、タケルも前言の通りに行動を起こす。

 先の戦闘でアストレイの脚部に異常をきたしていた。早いうちに整備を進めないと、万全ではない状態で戦闘に出る事にもなりかねない。

 

「カガリ、飲み物ありがとね」

「ヘリオポリスで戦ってた時も汗びっしょりだったからな。必要だと思っただけだ」

「初戦闘だったからね……恥ずかしい限りだよ」

「そんなことは無い。私は……それで助かってるんだからな」

 

 どことなくそっぽを向いて感謝を告げてくるカガリ。

 ここで面と向かって伝えられないところが、タケルの良く知るカガリらしかった。

 そんな少し不器用な妹の、はっきりしない感謝を受けて、戦いで荒んだ心も落ち着いてくる。

 

「それじゃ、ここは作業も始まって危ないから、カガリも部屋に戻ってて。僕は整備が終わった後もラミアス大尉達と情報共有しておかなきゃいけないから、しばらく戻れない」

「わかった……兄様、あまり無理はするなよ」

「大丈夫。ちゃんと休むから、それじゃ」

 

 カガリと別れ、整備班の元へと向かう。

 タケルの口元は少しだけ緩く弧を描いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍ヴェサリウス艦内。

 アスランは先の戦闘における独断行動の件で、ラウに呼び出されていた。

 

「アスラン・ザラ、出頭しました」

「あぁ、アスラン。入ってくれ」

「失礼します」

 

 相変わらずの実直な態度のまま、執務室へと入ってくるアスランを出迎え、ラウは小さく笑みを浮かべた。

 

「呼び出しの理由がなんなのか、というのはその顔を見るに察しがついているようだな」

「はい」

「では聞かせてもらおう。優秀で規律を重んじる君が、まるでらしからぬ行動をとった、その理由を」

 

 ラウに問われ、アスランは一度情報を整理するかのように瞳を閉じた。

 その間は僅か数秒と言った具合だが、向かい合い会話をしている中では妙に長い沈黙になる。

 その分だけ、ラウの中には奇妙な期待感が膨れる。

 

「まずは報告が遅れたことを謝罪致します。ヘリオポリスの襲撃からここまで、戦闘配備状態にあった事と、情報の確信が得られなかった為、これまで報告ができませんでした」

「構わない。状況が状況だったのは間違いが無いだろうからな……それで?」

「先の戦闘における独断専行の理由は、あの最後の新型に乗るパイロットが誰なのかを確かめる為でした」

「ほぅ……始まりは最初の襲撃からと見るが、一体何があった?」

「イージスを奪取する際、連合の士官と交戦中に民間人を1人発見しました。そいつは……彼は、幼い頃の私の友人だったのです」

 

 表情を歪めながら、アスランは報告を続けた。

 

「彼は、連合の士官によってストライクへ共に乗り込みました。互いに長らく会っていなかった為、その僅かな邂逅では確証が得られず……」

「確認のために、もう一度新型の元へ向かった、と?」

「その通りです。隊長や艦長の命令に背いて個人的理由で出撃したこと。罰はいかようにも」

「慌てるな。私は別に君を罰する様なつもりはない」

「しかし……隊長」

「どうせ私が罰せずとも、イザークやディアッカが代わりにやってくれるだろう。私もそれについては何も言わないのでな。君への罰などそれで十分だ」

 

 ラウはアスランが独断専行に走った直後の事を思い返す。

 上官である自分や艦長のアデスに向かって、噛みつかんばかりにアスランの独断専行を咎めるイザークの剣幕は凄まじいものであったと記憶していた。

 アスランの行動を看過しアデスには黙認しろと告げてはいたが、隊を預かるものとして決して独断専行したアスランを庇う事は出来ない。

 ラウもその時は、独断専行を認めていないとイザークにはっきり伝えている。

 当然ながら、抜け駆けに独断専行とイザークのプライドを大いに刺激したアスランは、この後大変な気苦労をしょい込む羽目になるだろう。

 反省するには充分であった。

 

「隊長、それは……むしろ助けて欲しいのですが」

「それでは罰にならない」

「──そう、ですか」

「それで、結論としてはどうなったのだ?」

「はい、最後の新型……あれに乗るのは間違いなく私の友人です。名前はキラ・ヤマト。月の幼年学校で私と一緒だったコーディネーターです」

 

 これを聞いたラウの中で、幾つか推測がよぎる。

 アスランの言葉から察するに、オーブの国民でありヘリオポリスに住んでいた民間人という事だろう。

 だが、それにしてはおかしい点があった。

 MSなど触ったこともないはずであろう民間人が、ミゲルのジンを相手にしてあっさりと撃破する事が可能だろうか? 

 ラウが相手にした、もう一方の機体の動きには訓練された者の気配が垣間見えた。軍人である事に相違ないだろう。

 だがアスランの話を聞く限り、最後の新型に乗っているのはコーディネーターとは言え民間人だ。

 ましてや奪取した機体のOSは、全てまともに動けるような状態ではなかったと報告を受けている。

 つまり、アスランが見たキラ・ヤマトと言う民間人は、初めて乗ったMSでOSをその場で再構築した後に、ミゲルが駆るジンを抑えたというのだ。

 

 コーディネーターとて、果たしてそんな事が可能だろうか? 

 興味深い話に思わず口元が歪んだ。

 自身に向かってきた謎の機体にしてもそうだ。先の戦闘でもあった、武装を使わない戦闘。

 ラウへのシールドでの殴打であったり、ミゲルへの体当たりであったり。MS戦闘におけるセオリーからは外れた戦い方である。

 

「なるほどな、ひとまず状況は良くわかった。

 ついでにもう一つ聞かせてくれ。情報に無かったあの謎の機体について、掴んでいる事はないかね?」

「あの白とオレンジの機体ですか? 

 キラ・ヤマトの様に正体がわかるわけではありませんが、接触回線で声だけは聞きました。

 察するに、私と変わらない位の年齢だとは思います」

「そうか……わかった。

 それにしても、不幸な宿縁だな。時のいたずらか、大切な友と……立つ場所を違えるとは」

 

 ラウの言葉に、冷静に話していたはずのアスランの胸中が荒れていく。

 そうだ。何故自分とキラが銃を突きつけ合っているのだ。

 コーディネーターであるはずのキラが、何故ナチュラルの地球軍に……

 

「呪うか? この状況を」

「はっ、いえ。違います! 戦う必要があるのなら、私は」

「強がるな。仲の良い友だったのだろう?」

「いえ、私は……あいつを助けてやりたいんです」

「助ける?」

「昔からそうなんです。優秀なのにぼーっとしてて、周りに良い様に利用されて……今回だって、あいつがMSを扱えるとわかったから、地球軍に利用されてるだけで、きっと本心では」

「だが、それは君の希望的観測に過ぎないだろう。通信をしたのなら、向こうも君の正体に気が付いているはずだ。それでも尚向こうにいるとなれば、我々は撃たねばならない。戦闘中に説得などしていれば、自分も仲間も危険にさらす」

 

 ラウの言葉は真理だった。

 迷いを持ったまま戦えば、自分はおろか劣勢になり味方をも危険にさらす。

 説得によって敵か味方かわからなくなるような存在が戦場に居るのはどちらにとってもマイナスにしかならないのだ。

 少なくともラウは、そんな存在の為にリスクを取ろうとはしない。

 

「隊長。今一度、次の戦闘への出撃許可を。私が必ずあの新型とキラを取り戻して見せます」

「その意気込みは買うが、その意味を理解しているかアスラン? 

 君は今、ザフトとしての、部隊員としての戦いを差し置いて個人の希望の為に軍事行動をとろうと言っている。規律を重んじる軍人にとって、最もしてはならない事だ」

「──それでも、です。あの新型が手に入るのなら、リスクを取る意味もあります。

 それに……このままでは俺はまともに戦えません」

 

 決意の瞳がラウを射抜いた。

 ラウはその視線を受け内心ほくそ笑んだ。ラウにくぎを刺されて尚、自分の気持ちを押し出して主張してくるアスランの姿。

 アデスに言い含め独断専行を黙認した甲斐があったというものだった。

 自分を出せる事は、戦う意味も戦う理由も強くなるきっかけとなる。

 組織の一員として大義を掲げるだけでは、人間が保てるモチベーションなど限界があるのだ。

 勿論、自分を抑えなきゃいけない場面もあるが、アスランのこの変化はラウにとって迎え入れるべき大きな変化であった。

 

「ふっ、初めて見たぞアスラン。君がそうも自分の意思を押し出してくる姿を」

「も、申し訳ありません。出過ぎた真似を」

「良いだろう、君の思う通りにやってみたまえ」

「隊長……ありがとうございます!」

「ただし肝には命じておけ。ダメならその時は、討たねばならないと」

「──はい。その時は私が」

「わかった。その覚悟を信じる……では、しっかりと準備をしておけ」

「了解しました」

 

 毅然と答え退室していくアスランを見送り、ラウは再びほくそ笑んだ。

 

「面白いものだ。存外良い隊長を演じている」

 

 物わかりの良い、人格者たる隊長の証である仮面を外した。

 近くにあったモニタに映りこむ自身の姿は、良く見慣れたもので見る度に嫌悪が湧いたものであった。

 

「良い顔で嗤うじゃないか、ラウ・ル・クルーゼ」

 

 あの決意で固まった表情が、今後どのように崩れていくのか。

 この歪んだ笑みを浮かべる自分は……彼に、世界にどのような影響を遺せるだろうか。

 

「さぁ、終わりへの始まりといったところかな。

 精々私を楽しませてもらおう」

 

 他に誰もいない部屋で、ラウは小さく漏れ出る声をかみ殺して、口元を歪め続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、ミゲルの視界に入るのは白い天井だった。

 

 先の戦闘、アストレイとの交戦中に体当たりを受け、恐ろしい勢いでヘリオポリスの地表へと激突。

 黒い感情に支配されながらも、機体が受けた衝撃にミゲルもその意識を落としていた。

 

 状況を察するに、アスランに回収されてヴェサリウスの医務室、と言うところだろう。

 

「あのオレンジの奴……次こそは必ず、痛ぅ!?」

 

 ズキリと痛む頭部を抑えながら、黒く染まる感情を制御した。

 いくら息巻いたところで、万全でなければしょうがないし、自身の機体がどうなったかもわからない。

 逸っていても仕方ない状況であった。

 

「起きたのか、ミゲル」

「イザーク、ディアッカも」

「怪我はしてるが、元気そうだな」

 

 様子を見に来たのだろう。タイミングよくミゲルが目覚めたところで現れたあたり、足繫く様子見に来ていたのかもしれない。

 

「あの謎の機体にやられたんだって? ミゲル先輩ともあろう者が油断しすぎなんじゃないのか」

「言ってくれるじゃねえか、ヒヨッコが」

「俺達ももうヒヨッコとは呼ばせねえよ。隊長から通達があったんだ。次の戦闘では俺達があの新型に乗って出撃する事になった」

「誰かさん達がジンを全部潰しちまったからな」

「おいイザーク、口が過ぎるぞお前」

「ふんっ、エースだ何だともてはやされようがこんなものだ。たかがナチュラルに機体を潰され、怪我まで負わされて。もう先輩風を吹かすこともできないだろうさ」

「それについては大いに同感だな。お前に嘗められても仕方ないだろうぜ。だがなイザーク、それはそのまんまお前にも当てはまる」

「何?」

「今のお前の態度は、そっくりそのまま当てはまると言ってるんだ。

 地球軍だから……どうせナチュラルだと、そう甘く見てるなら、お前はむしろ死ぬかもしれないぜ」

「ふざけるな。オレがナチュラルに劣るとでも?」

「連合のパイロットが必ずしもナチュラルと言うわけでもない。それにあの機体の動きは、俺達なんかよりずっとMSを知っている動きだ」

 

 ミゲルは思い返した。

 機体重量を利用したMSの機動。それは正に、“運動性”という言葉を体現した綺麗な動作であった。

 ミゲルが見たアストレイの機動は、人間の動きを各部スラスターによって丁寧に再現した、人型機動兵器の1つの到達点とも思えた。

 ミゲルの攻撃を、逃げるのではなく避ける。

 その場からの移動で回避するのでは無く、攻撃範囲から必要分だけの回避をする。無駄のない動作であった。

 あんな動き、ペダルとレバーの操縦で動かす、MSでやろうとはこれまで考えたことも無かったのだ。

 

「意味が分からんな。MSの先駆者である俺達よりMSを知っているだと?」

「とにかく、油断だけはしない事だ」

「そこまで言うならわかった。一応頭には留めておこう……それじゃあな、先輩」

 

 最後まで嫌味のような言葉を吐いて、医務室を後にしていくイザーク。

 揚々と喋っていたが、最後はどこか面白く無さそうであった。

 

「悪いなミゲル。あいつアスランの事で鬱憤が溜まっててさ」

「いい加減何とかならないのか、あの無駄に高い対抗意識」

「何言ってんだよミゲル。高いのはプライドもだぜ」

「ははっ、違いねぇ」

 

 先程までの空気はどこへ行ったのか。

 ひとしきり声を上げてミゲルとディアッカは笑った。

 この部隊でもイザークの気性は有名だった。

 不必要に高いプライド。同期であるアスランへの対抗意識。

 コーディネーターのナチュラルを見下す姿勢はそれなりに共通のものだが、中でもイザークは酷い方であった。

 育て方を間違ったのか、母であるエザリア・ジュールの教育方針に物申したいとは、アデスの言である。

 そんな馬鹿な笑いが終わるころに、ミゲルは再び真剣な表情を見せた。

 

「マジな話だがディアッカ……イザークの手綱は良く締めておけよ」

「さっきから随分な言いようだが、そんなにやばいのか?」

「さっきも言ったろ。MSを知ってる動きだって。

 あのパイロットは少なくとも、“MSを動かす技術”に関しては俺達よりずっと上にいる」

「MSを動かす技術、ねぇ。とりあえず警戒はしとくさ。あの坊ちゃんにも言っておくよ」

「任せた」

「それじゃ、またな」

 

 退室していくディアッカを見送りながら、ミゲルは目を瞑ると脳内で先の戦いを思い返した。

 先の戦闘でアストレイが見せた、一挙手一投足である。

 機体が違うから、同じ動きをザフトの機体で求めるのは難しい。だが、今後自分が搭乗する機体であの動きができれば……

 自分はさらなる高みに登れるであろう確信があった。

 忘れぬうちに何度も、何度も……

 

 ミゲルは怪我している事も忘れて、ひたすら脳内で戦闘を思い描き続けた。

 

 目的はただ一つ。

 自分をコケにしてくれたアストレイへと、リベンジを果たすためである。

 

 静かな医務室で、ミゲルは復讐の牙を砥ぎ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守りたいと願い、戦うと決めた。

 平穏から遠ざかかり続ける彼等に、争いは追撃を緩める事は無い。

 無音を切り裂く砲火の中で、少年は己の役目に楔を打ち込み、ただ成すべきことに身を染める。

 虚しく空回る意志と覚悟が、その結果をもたらす時、少年の心根付くものとは。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『悪意の払拭』

 

 無音の闇、駆け抜けろ、ガンダム! 

 




いかがでしたか。

大きな変更点の一つ目、ミゲル生存ルートに入りました。
今後も活躍して貰います。

感想よろしくお願いします。

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