けたたましく鳴る警報の音に顔を顰めながら、ナタルとフレイは自身が乗る艦の列に並んでいた。
「あの、バジルール中……少佐」
「ん? どうした、アルスター」
「私達はこのまま逃げて良いのですか?」
言外に、一緒に戦わなくて良いのか?
そう問いかけてくるフレイに、ナタルは少し呆れた様子を見せる。
「アルスター。今後は君も軍属として真っ当に扱われるわけだから今の内に認識を改めておけ。
自身の職務から逸脱することは許されん。仮に今私達の目の前にアークエンジェルがあったとしても、今の我々の仕事は、あの艦に乗って基地を脱出することだ」
「でも、少佐なら」
「この基地を防衛する手助けぐらいはできるだろう。だが、それも所詮は1人の力。戦局を覆せるわけではない。
私達には既に次の戦いの場があるんだ。個人の勝手な感情で動くわけにはいかない」
軍人としては正論だろう言葉にフレイは押し黙る。
理解はできても納得できない。そんな心情がありありと出てるフレイの表情に、ナタルは少しだけ雰囲気を柔らかくして、フレイの肩に手を置いた。
「サイ・アーガイルの事が心配なのは良くわかる。だが、これが軍人だ。そして君は、それを承知で志願し転属命令を受けたはずだ」
「はい……その通りです」
「なら、呑み込め。どの道不安を感じたとて、私達には何もできん」
「そう、ですね。わかりま──」
「お、副長と嬢ちゃん。2人はこっちだったのか」
割り込んできた声に2人が顔を上げると、そこには見慣れた人物がいた。
ナタルやフレイと同じように、アークエンジェルを降りる事になったムウである。
「いやーどうやら自分の乗る艦がどこかわかんなくなっちまってな。さっきからウロウロ探してるんだが見つからなくてよ」
少し汗ばんだ顔。言ってる事はおかしくはないが、ナタルはムウの様子にどこか違和感を感じた。
端的に言えば焦っている……だろうか。
これまでの旅路を共にしてきて、ムウのことナタルはよく知っているつもりである。
迷子になった所で、目の前にいるひょうきんな軍人は焦るようなタマではない。
「────行くのですか、少佐?」
問いかけは確信を持ってかけられた。
まるで繕うつもりのなさそうなムウの気配が物語っている。
間違いなく、ムウはアークエンジェルへと戻ろうとしているのだ。
「ん、何のことだ?」
「そうですか……私から言う事はありませんが、せめて私の見えないところから出ていって下さい。
止めなかった等と文句をつけられるのは御免ですから」
「あらら、お見通しなわけね。了解──それじゃ、元気でな副長。嬢ちゃんも!」
来たかと思えば、颯爽とその場を離れて走り去っていくムウ。それをフレイは見送り、ナタルは明後日の方へと視線を向けて見逃した。
見送ったムウが向かった先は、この艦船ドックを出て行く出口である。
少なくとも、転属命令が出され、基地を離れる人間が向かう方ではない。
「バジルール少佐、今のってもしかして……」
「全く、少佐にも困ったものだ。こうも早く前言を覆すような事をしては示しが付かないと言うのに……アルスター、さっきのは見なかった事にしろ」
「そ、それじゃフラガ少佐は」
「少なからず納得いってなかったと言う事だ……私も、少佐もな」
ムウに出された転属命令は、カリフォルニアで次期主力となる機体に乗る予定なヒヨッコ達への教官となれ、というものだった。
今の情勢で、戦地を離れフラガ少佐に教官をやらせるなど愚かにも程があるだろう。
既に戦況は劣勢である事が先日のミュラーとの会談でも知れている。
先を見据え戦力を揃えるのは確かの重要だが、それも敗戦に至っていなければの話だ。
現役で優秀なパイロットであるムウを今戦地から引き離すなど、到底ナタルには理解できなかった。
ムウもそう考えて、この騒動に乗じて居るべき場所へと戻ろうと言うのだろう──戦友が待つ戦場へと。
ムウが走り去った方へと視線を向ける事はなかったが、代わりにナタルは僅かに寂しげな表情を見せていた。
決して、先程フレイを諭した言葉は嘘ではない。
軍令に則ろうとするのは軍人として真っ当な意見であり、彼女自身間違っているとは思っていない。
だが同時に、本心でもなかった。
ナタルもまた、本当であれば共に戦うことを胸の内で望んでいた。
ただそれを実行には移せないだけだ。
自身の思う正しきに従う。
軍人としてそれを良しとするか否かの違いだ。
どちらが正しいのかなんてわからない。
もしかしたら、これからのムウとナタルの行く末がそれを証明してくれるのかもしれない。
「そろそろ順番だな。乗り込むぞ、アルスター」
「あ、は、はい!」
共に戦えないことだけが心残りで、ナタルは胸の内で戦友の武運を祈るのだった。
海岸沿いの湾部と山の中に作られたアラスカ基地。
現在はザフトの強襲を受け湾部に守備隊が展開。
ザフトのMS部隊との戦闘状態に入っていた。
基地に備えられている迎撃設備も、今出せる人員で最大の稼働を見せていた、が…………戦況は絶望的であった。
ただでさえMSと戦闘機と言う兵器間でのハンデがあると言うのに、降下してきた部隊規模はまさに容赦のない数が確認されて、同時にカーペンタリアから来たであろう潜水母艦も水面へ浮上。更なるMS部隊のお出ましであった。
「バリアント、てぇー! スレッジハマー装填。ゴットフリート照準!」
「10時方向、ディン接近!」
「面舵15! イーゲルシュテルンを集中、弾幕を張って!」
艦の動きと火器管制の指示。
矢継ぎ早に様々上がる報告を一挙に引き受け、マリューは必死に指示を飛ばす。
宇宙艦とはいえアークエンジェルは最新鋭の艦だ。その戦闘力は現行戦艦として紛れもなく最強格だろう。
艦載砲の威力もさることながら、圧倒的な迎撃能力に、ラミネート装甲による防御力。
一隻でいくつものザフト艦を相手に奮戦する姿は正に獅子奮迅というところだ。
だがそれでも数の不利は大きい。いや、大き過ぎる。
元々が決して多くない守備軍しか居ない上に、ザフトは一大決戦の予定で戦力を集めてきている。
本来なら数の利を有する地球軍が数で押し負けているこの状況。
防衛線が長く持たない事は明白である。
「くそっ、してやられたもんだぜ司令部も!」
「主力は全部パナマ何ですか!?」
「そう言う事だろうさ!」
わかってはいる。だが少しでも残ってはいないのか。
チャンドラへと問いかけるサイであるが返される言葉は無慈悲であった。
「戻ってきてくれるんですよね……」
「それまで俺達が生きてれば良いけどな!」
ミリアリアもまた胸中の不安を抑えきれずに漏らすが、今度はトノムラがそれに答えた。
流石にヘリオポリスから野戦任官となった学生組は、明確な絶命の戦況に恐怖を押し殺す事ができていない。
カズイとて同じ事。先程から報告の声は常に震えている。
だがそれも仕方ない事だろう。これまでは、艦を守る機体があった。
劣勢。窮地。そんな事はこれまでにも山ほどあったが、それでも彼らへの信頼が、心の奥底で安心へとつながるものであった。
それが無くなった今、彼ら自身の手でこの窮地を全て乗り切らなければならない。
それを不可能と思える光景が……情報が、彼らには観測できているのだ。
「主力が戻ってくることを信じるしかないわ! それまでは何としても持ち堪える! ゴットフリート、てぇー!」
艦橋内に広がりかける恐怖と不安を振り払うように、マリューは強い声で指示を出し続けた。
振り払いたいのは自身も同じだが、自身が弱気を見せれば余計彼らを不安にさせる。
薄氷の上を渡るような心地の中、マリューは必死の集中力を繋ぎ止め、最善の指示を繰り出し続けるのであった。
戦端が開かれたアラスカ基地。その内部へと進行していくザフトのMS。
白く染められたシグーに乗るのは、ラウ・ル・クルーゼである。
ニコルの戦死。ディアッカのMIA。アスランとミゲルは共に本国へと戻り、今やクルーゼ隊はイザークを残すのみであった。
当然ながら部隊として有る以上、補充戦力も用意され部隊としての体は保っているが、かつてのクルーゼ隊程の戦力は到底望めない。
隊長であるクルーゼも高みの見物というわけにはいかず、こうして前線に出張っていると言うわけだ。
そうして、とある経路から入手した情報の通りに、アラスカ基地内部へと侵入する入り口を発見して、基地内部を進んでいる。
「ふむ、アズラエルの情報は確かなようだな。だが、いくら一枚岩でない連合とは言え、こうも簡単に味方を犠牲にするとは……本当に度し難いものだな、ブルーコスモスと言うのは」
尤も、自身にそれを言えた義理はないだろう、とラウは小さく自嘲の笑みを見せた。
シグーが進む先。アラスカ基地のほぼ中枢へとたどり着いた所で、ラウは機体を降りてそのまま司令室へと情報を確認しながら走っていくのだった。
「この感じ……ラウ・ル・クルーゼか!?」
それを、アークエンジェルは目指して走っていたムウは察知した。
嫌な予感しかないこの気配に、ムウは踵を返して基地内を再び走る。
中枢の司令室へとたどり着いたラウは、
地球軍本部で在りながら、この緊急事態に際して誰も居ないこの状況。
プラント評議会の決定として情報が漏れていたとは言え、あまりにもお粗末な主力部隊のパナマへの移動。
わかりやすい構図であった。
極め付けは──
「なるほど、こう来たか」
画面に表示されるは、この辺一帯を全て死の大地へと変える恐るべき兵器の情報であった。
「本当に、度し難いものだな……」
怒りでも、侮蔑でも無い。言葉から受ける印象とは違い、ラウの声音に含まれるは愉悦。
この状況がおかしくてたまらないと言うかの様であった。
「貴様もそう思うだろう────ムウ・ラ・フラガ!」
振り返ると同時、司令室のドアから様子を窺っていたムウへと、ラウは銃を撃ち放った。
顔を引っ込めるムウを確認した所で、別口へと向かいながらラウも物陰へと身を隠す。
「クルーゼ、なぜ貴様がここに!」
「久しぶりだな、ムウ。せっかく会えたのに残念だが、どうやら貴様に構っている時間は無いようでな──貴様もここにいるということはエンデュミオンの鷹もここじゃ用済みか? 堕ちたものだな、ムウ」
「何ぃ!?」
互いに牽制の様に撃ち合った直後、隙を見てラウはその場を離脱していき、残されたムウはラウが何を調べていたのかを確認するべく司令室の端末へと向かった。
「こ、これは……司令部の連中、ふざけた作戦を!!」
画面に映し出された情報に、ムウの中で点と点が線になっていく。
確信を得た恐るべき作戦に、もはやラウの事など考える余裕もなくムウは動かせる機体が残ってる可能性のある格納庫へと向かうのだった。
プラントの市街を進む。
クラインの家が持つにふさわしい高級感のある車内で、ザフトのエリートである証赤服を着させられたキラは、ラクスと共にある場所へと向かっていた。
「こうですわキラ、こう! ザフトの軍人さんのご挨拶は」
目の前で少しぎこちない様に見える敬礼を見せるラクスに、キラは少し苦笑して返す。
どこの軍でも概ね敬礼の形は同じだ。細部で違いはあるが、一応とは言え地球軍の軍人であったキラには大きな問題はなかった。
「ふふ、お上手ですわ」
柔らかに笑うラクスに、キラはラクスにわからない程度のため息をついた。
もしかして彼女は自分が地球軍だったことを忘れているのだろうか。
それとも敬礼すら知らないと思われているのだろうか。どちらにせよ、彼女にとって自分は世話の焼ける存在だと思われてる気がして、少し情けなくなる。
「もうすぐですわ」
向かう先、少しずつ見えてくる大きな建物。
車がたどり着いた先は、ザフト統合設計局が有する工廠であった。
「こんにちは、ご苦労様です」
まるで勝手知ったると言った様に工廠を進んでいくラクスに着いて行くと、一つの厳重そうな扉の前へとたどり着いた。
扉の横には2人の見張りがおり、ラクスとキラの到着に合わせて同時に扉のロックを解除する。
いよいよと言った感じで目的地となる格納庫へとたどり着くと、ラクスは止まって暗闇を見上げた。
照明に照らされ、主を待つかのように鎮座した灰色のMSがそこあった。
「これは、ガンダム?」
非稼働時の灰色の躯体。頭部や全身を形作る意匠。
どことなくストライクの面影も残すそれは、間違いなくXシリーズの系譜が見え隠れする。
「ガンダム、ですか? 少し違いますわね。これはZGMF-X1OAフリーダムです」
「フリーダム……」
「でも、ガンダムの方が強そうで良いですわね」
小さく笑みをこぼすラクスに対して、キラはまるで思考が追い付かないように惑っていた。
「ヘリオポリスで奪取した地球軍のMSを解析し、ザラ新議長の下開発された、ザフト軍最新鋭の機体だそうですわ」
「──これを、どうして僕に?」
そう言う事なのだろう。ここに連れてきて、自身に見せたというのは。
だがその意図が、キラには全く分からなかった。
軍でも最重要機密の兵器。それを、どこの誰とも知らぬ人間に譲渡しようと言うのだ。
「今の貴方には、必要な力だと思いました」
「必要な……力?」
「貴方は今、きっと大きなものを見据えて戦いに赴こうとしています。
ザフトも地球軍も。ナチュラルもコーディネーターも無く。ただ、終わりの無い戦いの連鎖を止めるために」
「うん」
自身が望む世界は──戦争の先にある平和は。もはやどちらの陣営も見えていない。
嘗てバルトフェルドが言ったように、この戦争の終わりは……敵である者を全て滅ぼすことに向かっている。
世界の為に、等と傲慢な願いを抱いているわけではない。
だが、自身の力で少しでも滅びの道を避けられるのなら──大切な人達を守れるのなら。
それは、辛くても戦う意味があることだと思えた。
「貴方のその想い……成したいと思う事に、この力は不要ですか?」
「でも……大丈夫なの?」
「力はただ力──想いだけでも力だけでも駄目なのです。だから、私も戦うと決めました」
「想いだけでも、力だけでも……」
繰り返し呟いた言葉が、キラの胸に収まっていく。
自身の想い。それを成すために彼女がくれた力。
そのどちらをも持って、キラは戦う事を改めて決意した。
迷いは無い。
成すべきことを見据え、その為の力を託された。
後は──この世界を止めるために戦うだけ。
「ありがとう……ラクス・クライン」
「お急ぎを、キラ・ヤマト。私も、平和の歌を歌いますから」
「気を付けてね」
「はい。貴方も……」
ふわりと花の香を感じると共に、キラの頬には柔らかな感触。
それが、優しい少女の口付けであることを理解して、キラは驚きに目を丸くする。
だがそれも一瞬。目の前で眩いくらいに笑顔を見せるラクスの表情に、キラは惑う事を忘れて笑みを浮かべた。
「それじゃあ」
「行ってらっしゃいませ」
名残惜しさを感じさせることのない動きで、キラはフリーダムへと向かう。
コクピットへと乗り込み、機体を立ち上げた。
どこか懐かしいOSの起動画面と共に浮かぶ、G.U.N.D.A.Mの頭文字。
何の根拠もなく、だがキラはこの機体を十分に扱える気がした。
「Nジャマ―キャンセラー? 凄い、ストライクの4倍以上のパワーがある」
機体の各部パラメーターを確認。
ストライクとの大きな違いに驚く中、全天周囲モニターが格納庫内の光景を映した。
格納庫を出て行こうとするラクスの後姿を見て、キラは言い様の無い高揚感と共にフリーダムを完全に起動させる。
PS装甲が展開し機体全体が白を基調として色づき、背面のウイングが蒼に染まる。
「想いだけでも……力だけでも……」
再び繰り返す彼女の言葉。それがキラの決意を後押しするように、スラスターのレバーとフットペダルを踏み込ませる。
最後の間際、格納庫を出て行くラクスへと目を向けると、彼女は飛び立つ直前のフリーダムへと手を振っていた。
『フリーダムが、動いている!?』
『本部へ通報! スクランブルだ!』
『誰だ貴様! 止まれ!』
フリーダムの起動を確認して、工廠が一気に慌ただしくなる中、フリーダムは悠々とその能力を見せつける様に宇宙へと向かって飛び出していく。
工廠の管制が必死に対応の声を挙げるも虚しく、彼等の手を離れたフリーダムは一挙にスピードを上げて、近くを巡回中のジンを置き去りにしていく。
「なんだあの機体は!?」
「早い!」
即座に対応するべく追いすがるジンの突撃機銃が火を噴くが、それをキラは僅かな動作でフリーダムを翻させ躱していく。
「頼む、僕を行かせてくれ────くっ!」
フリーダムのカメラが捉える。前方から向かい来る追加のジンが2機。
キラは、迷うことなく機銃の砲火に飛び込んでいく。
スラスターを更に開けて急速接近。同時、フリーダムの腰にマウントされたビームサーベルを抜く。
瞬間──何をされたかもわからない早さでジン2機はメインカメラを切り飛ばされていた。
前方の憂いを断ったフリーダムはそのまま地球へと向かう。
託された力。その意味と想いを胸に、キラ・ヤマトは自由の翼を駆って再び戦いへと赴いたのだった。
決意に心が震える躍動感。表現できてるかな。
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