機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-67 発動する業火

 

 

 突然の乱入者にザフトも、アラスカ守備軍も動きを止める。

 アークエンジェルの前に現れた蒼き翼を持つMS。その余りにも威風堂々たる姿に数瞬、目を奪われていた。

 

 だが、ここは戦場。呆気に取られたのはその僅かな時だけで、ザフトの部隊はアークエンジェルを守る様に立ちはだかったフリーダムを敵機と断定。

 即座に攻撃に移った。

 

「アークエンジェルは、やらせない!」

 

 向かい来るジンの部隊をセンサーで捉えると、キラは静かに呼吸を深くした。

 

 抱いた決意。託された想い。

 胸中に湧き上がる、戦う意志を感じ取りキラはそれに身を委ねた。

 

 

 ──種が開いた。

 

 

 何度も経験したあの感覚。

 視界を埋める数多を知覚し、戦場の全てを俯瞰する様な没入感と共に、キラはフリーダムを走らせた。

 

 背部に備えられる複合可変翼ハイマットウイングが開き、そこに格納されているバラエーナプラズマ収束ビーム砲と、腰に折り畳まれたクスィフィアスレール砲を展開。

 手に持つビームライフルと合わせた計5門を以って眼前の敵機を次々とロックオン。

 

 次の瞬間、5門による連続一斉射によっていくつもの敵機を撃ち落とした。

 その全て。機体のメインとなる武装や頭部のメインカメラに狙いを絞ってである。

 

「次っ!」

 

 立て続けに後方へと振り返ると、今度はアラスカ守備軍を狙うミサイルの嵐を迎撃。

 次射が来るまでの僅かな時間の猶予を作り出す。

 

「マリューさん! 早く退艦を!」

「えっ、いえ……ぁ」

 

 未だ事態の変遷に思考が追いついていなかったマリューだったが、キラの強い声を聞いて落ち着きを取り戻した。

 僅かにその表情を歪めながら、マリューは悲痛そうな声を絞り出して叫ぶ。

 

「本部の地下に、サイクロプスがあって……私たちは囮に」

 

 言葉にして改めて思う。自分達が軍の都合によって捨てられた事実を。

 信じて来た軍服に裏切られた……その事実がマリューの瞳に涙を滲ませていた。

 

「作戦だったの、知らなかったのよ!」

 

 マリューの言葉に、キラは息を呑んだ。

 状況を伝えるためにアークエンジェルから送られてくる仔細なデータを確認し、その効果範囲に驚愕する。

 その範囲、とても今から退艦して逃げるようでは間に合わないだろう。

 

「なんで、こんなもの……」

「だからここでは退艦できないわ! もっと基地から離れなくては!」

「わかりました!」

 

 二つ返事で了承を示したキラの答えに、その真意を図れずにマリューは呆気に取られた。

 しかし、キラは迷いの欠片も見せず次の行動に移ってフリーダムを動かしていく。

 

 飛翔すると同時に再びのマルチロックオン。そして一斉射。

 続いて全周波回線で戦場にいる全てに通信を飛ばした。

 

『ザフト、連合、両軍に伝えます。アラスカ基地は間もなくサイクロプスを作動させ、自爆します! 両軍とも直ちに戦闘を停止して撤退してください』

 

 全周波によってもたらされる唐突な通信音声に、戦場が再び混迷していく。

 その間にもキラは、次々とザフトのMSを“戦闘不能状態”へと落としていき撤退させていった。

 

 基本的にMSはメインカメラを潰されれば戦闘行為は行えない。

 緊急のために周囲を移すサブカメラは存在するが、頭部のメインカメラは正に周囲を観測するメインのカメラであり、光学映像だけにとどまらず各種感知センサー類も集約されているからだ。

 メインカメラを潰されれば、戦闘に必要な様々な情報をシャットアウトされる。故に戦闘継続は不可能となり撤退していく。

 それが、キラの狙いであった。

 

 

 今のキラは、軍属として戦ってはいない。

 友人達が乗るアークエンジェルを守るためにザフトと戦ってはいるが、既に彼にとって地球軍であるか、ザフトであるかは関係の無い話であった。

 今彼が戦う理由は偏に、戦場で一つでも多くの命を散らさないこと。

 

 戦場で一つ命が散れば、そこに悲しみが生まれる。憎しみが生まれる。

 それは巡り巡って次の命を散らす。

 そこからまた、悲しみと憎しみの連鎖が止めどなく続いていく。

 討つことも、討たせることも。誰にもさせてはいけないのだと、キラは悟った。

 互いに親友であったはずの自分達ですら、悲しみと憎しみには抗えなかった。抗えず、その身を喰い合うような死闘を演じたのだ。

 見知らぬ相手であれば、憎しみを向けることに躊躇など生まれるはずもない。

 

 ラクスに託された機体、このフリーダムに乗って。

 この止まることのない争いの世界から、手が届く範囲だけでも戦場で散る命を減らす。

 生まれてくる悲しみと憎しみを減らす。

 

 それがトールの死と、アスランとの死闘を経てたどり着いた、キラの答えであった。

 

 故に、今必要なのは呼び掛けること。

 サイクロプスが起動すれば、今この場で戦う者全員が死ぬ。

 ザフトもアラスカ守備軍もできる限りを救うには、戦って止める以上に自ら撤退させるしかない。

 これ以上どこかの誰かが考えた、命を無為に散らす戦争に付き合ってやる気はなかった。

 

「繰り返します。アラスカ基地は間も無くサイクロプスを作動させて自爆します。両軍とも直ちに戦闘を停止して撤退してください」

「下手な脅しを!!」

 

 放たれる光条をシールドで受け止めるフリーダム。

 イザークの駆るデュエルがフリーダム目掛けて突撃していた。

 

「デュエル! くっ、やめろって言ってるのに!」

 

 だがそれも仕方のないことだろう。

 突然現れて、アークエンジェルを守るようにザフト機を次々と戦闘不能に追い込み、そして先の通信。

 フリーダムがアラスカ守備軍。ひいては地球軍であるように思うのは必然だ。

 敵からの通信をまに受けて、作戦行動を中止する軍などあるわけもない。

 

 デュエルはビームサーベルを出力。

 フリーダムに切り掛かった。

 

「えええええい!!」

「やめろって言ってるだろう! 死にたいのか!」

「何を!」

 

 切り掛かってくるデュエルのビームサーベルをいなし、キラはフリーダムを翻させる。

 グゥルに乗っているだけで機動力は決して高くない。切り掛かった勢いをそのまま流され、デュエルの体勢が崩れたところでビームサーベルを抜く。

 

 一閃。脚部を切り落とす。同時に逆手に2本目を出力。

 二閃。背部にそのまま回り込みメインカメラを斬り飛ばす。そのままグゥルから落とされたデュエルを近くのディン目掛けて蹴り付けて落とした。

 

「急いで離脱しろ! ここから離れるんだ!」

「ぐっ、がぁ!?」

 

 なす術なく叩き落とされたイザークはそのまま友軍に連れられて撤退していく。

 機体の状況こそボロボロだが、その圧倒的な性能と力量の差を肌身に感じ取り、その上で無事に撤退の途につけたことに、イザークは驚きを隠せなかった。

 

「あいつ……何故……」

 

 サブカメラから拾える映像に目を向ければ、既にフリーダムは再び攻勢に転じて次々とMSを撤退に追い込んでいた。

 だがそれも、デュエル同様決して撃墜ではなく戦闘不能状態へと追い込むだけ。

 

「まさか……本当なのか」

 

 その姿に、先の通信の真偽を見た気がして、イザークは急ぎ母艦へと通信を繋ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 地球軍潜水母艦内。

 

 

「そろそろですかな」

「メインゲートが抜かれてしばらく。十分な誘因はできたでしょう」

 

 サイクロプスの起動装置の前で居並ぶ地球軍本部の将校達。

 その目には、友軍諸共消し飛ばす事に何も感じ入ることが無いのが見てとれた。

 彼我の損失。その数。

 彼らが見ているのはそれだけだ。

 今日、今この時散っている兵士達の事など頭には無い。

 

 戦争に勝つために。

 最も小さな味方の犠牲で、最も大きな敵への損害を。

 彼らにとって戦争は机上の数値で完結するものであった。

 

 だからこそ。戦場で戦う兵士達を尊ぶハルバートンとは相容れなかったのだろう。

 そのハルバートンが亡き今。彼らを止められるものなど、今の地球軍にはいない。

 

「この犠牲により、戦争が早期終結へと向かわん事を切に願う」

「青き清浄なる世界のために」

 

 2本の鍵を装置へと差し込む。

 遂にその時は訪れた。

 

「3、2、1……」

 

 かちゃりと小さな音を立て、2つの鍵が回される。

 

 

 ────サイクロプス、起動。

 

 

 

 

 

 

 

 初めにそれを察知したのは、後方援護に回って基地から多少の距離をとっていたザフト艦であった。

 

「アラスカ基地内に強烈なエネルギー反応! これは!?」

 

 幸いにも撤退して来たイザーク・ジュールからの強い進言で、艦の撤退準備を進めていたザフト艦は即座に周囲へと通信を繋ぐ。

 サイクロプス起動。全軍即時撤退。

 

 半信半疑であったために備えていた艦は多くは無いだろう。後はどれだけ逃げ切れるか──

 

 

 

 そして、艦の体勢を取り戻していたアークエンジェルでも同じように異変を察知していた。

 

「サイクロプス起動!」

 

 サイの報告に息を呑む。

 即座にマリューは声を上げた。

 

「機関最大! 退避!」

 

 アークエンジェルのメインスラスターが、まるで壊れたかのように火を噴く。

 いっそ壊れるほどにその機能を酷使しているだろう。

 逃げきれなければ、動力部の損傷だけでは済まない。

 機関部の損傷だけで助かるだけなら安いものである。

 

 

 次の瞬間、アラスカ基地は灼熱に包まれた。

 

 

 装置が正しく起動するまでに僅かなタイムラグ。

 巨大なエネルギーの発現を感知して動き出せたものは幸運であった。

 無論、既に手遅れな場所にいなければだが。

 超強力なマイクロ波の発生によって、範囲内にいた生物はそのほとんどが体内の水分を沸騰させて次々と破裂した。

 パイロットだけでは無い。機体においても、推進剤や弾薬が熱により誘爆し、兵器類もまた全て爆発していく。

 そして、湾部の海水は沸騰し蒸気となり、大気中の水分が急速に加熱され輻射熱によってアラスカ基地一帯を文字通り灼熱地獄へと変える。

 

 核兵器の様に、その土地を汚染する様な事はない。

 だが、間違いなくこれは戦略兵器と言えるだけの範囲と効果を持っている。

 紛れもなくこの瞬間、アラスカ基地周辺は、何ものも生き残ることのできない死の大地となったのだ。

 

 

 この光景を、生き残った誰もが絶望の眼差しで見つめていた。

 キラも、アークエンジェルの面々も、アラスカ守備軍もザフトも皆。

 これを画策していた、1人の人間を除いて。

 

「ふっ‥‥ふふふ……ははははは!!」

 

 仮面の奥で、狂気を孕んだ瞳が世界を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ。

 モルゲンレーテ本社。

 

 時刻は夜を回ってからしばらくと言うところ。

 タケル・アマノはシミュレーターでデータの調整をしながら画面と睨めっこしていた。

 正直、今すぐ家に帰らないと心配性な妹に怒られる時間なのだがそうは言ってもこの男。開発等に頭を悩ませるのが大好きな人種である。

 より良い物をと頭を悩ませて、それが実現できた時の達成感に取り憑かれている。

 考え始めたら止まらない、などという事はしょっちゅうだった。

 まぁそのせいで前回は家に帰る事を忘れて、サヤから大目玉を食らっているわけだが。

 

 そんな性分であるが故に、アサギ等への訓練は厳しくなるし、その訓練で得られた物は存分に活かす事ができる。

 

 今日も今日とて、昼間の内に行われていた彼女達の訓練データを吸い出して解析。

 その間に少し、シロガネの機体データもシミュレーターへと入れて調整しているというわけだ。

 

「うーん、武装面はもう少し実際のができてこないと不確定だなぁ。現状だと既存の武装データを運用させてのシミュレーションしかできないや。

 まぁそれでも、かなりぶっ飛んだ性能なのは間違い無いけどね」

 

 機体自体はかなり出来上がっている。測定されたスペックデータだけでも、シロガネは抜群の高性能機となった。

 だが、まだ武装と一体となっているバックパックができていない以上、今の段階では完全なシミュレーションデータを作成できない。

 タケルは一旦、シロガネのデータを放置して、解析に回していた訓練データの方を確認する。

 

「ふむ、アサギ達は大分使いこなして来てるみたいだね。というか、このレベルならXシリーズくらいならやりあえるんじゃ無いかな…………アスラン達の仮想データ、作ってみようかなぁ」

 

 そう考えたところで、タケルはもう気になって仕方なくなってしまっていた。

 M2アストレイは基本スペックだけでもXシリーズと互角。その上各種ウェポンパックによる性能強化と、武装の充実がある。

 機体の性能で考えるならむしろM2の方が上と言って良いかもしれない。

 そしてそれを扱うのは、M2アストレイをこれでもかというくらい乗りこなし、理解してきた彼女達だ。

 戦場を知るムウや、その高い身体能力でストライクを乗りこなしたキラ。M1で共に駆けたタケルと比較すると、パイロットとしての能力では劣るかもしれないが、機体への完熟という点ではなんら引けを取らないだろう。

 

「まずい、仮想データとか作ってる場合じゃ無いけど作りたくなって来ちゃった」

 

 自身が見てきた教え子達と、自身が開発してきた機体。

 それが、ザフトのエリート達が操る連合の最新鋭機と互角かもしれない。

 これほど興味をそそる話もないものだ。

 

「アサギにバスターを翻弄してもらって、ジュリがブリッツを遠距離から完封。そしてマユラにはデュエルと全力でやりあってもらう感じかな。うーん、勝てそうな気も──うわひゃあ!?」

 

 突如、タケルは本当に奇妙な声を挙げた。

 何故そんな事に、と問われるなら理由は簡単。

 突然頬に冷たい感触を感じたからだ

 

「──ま、マユラ」

 

 先程の冷たい感触の正体。冷たい缶ジュースを2本持って、驚いたタケルに笑みを浮かべるマユラがいた。

 

「ふふ、こんな時間までお疲れ様です。アマノ二尉──はい、コレどうぞ」

「あ、ありがとう……じゃなくて、いきなり何するのさ。とんでもなく変な声出しちゃったよ」

「すごい驚き方でしたね。やった私もびっくりしました」

「いや、私もびっくりって……」

「そんなことより良いんですか? こんな時間までこんなところでお仕事してて。サヤちゃん、お家で待ってるんじゃないんですか?」

 

 シミュレーターの傍に座り込みプシュッと小気味良い音を立てて缶を開けたマユラは、これまた良い音を鳴らしながらその中身を嚥下していく。

 トレーニング後で喉が乾いていたのだろう。結構な勢いである。

 タケルもシミュレーターから出て彼女に習うように缶を開けると、こちらはちびちびと飲み始めた。

 

「一応メールで遅くなるから先に寝ててとは言っておいたから、多分大丈夫だよ」

「ここまで迎えに来そうな気がしますけど……ちゃんと帰ってあげないとダメですよ。サヤちゃん、アマノ二尉の事が大好きなんですから」

「そ、そんなことよりマユラもこんな時間までトレーニングしてたんだね。こっちにはいなかったからトレーニングルームにいってたの?」

 

 見るからに運動後の気配を感じるマユラの姿。

 動きやすい軍用のズボンと、タンクトップという非常にラフな格好を見て、トレーニング後だというのは一眼でわかる。

 

「はい。ブレイドパックに新しく加えてもらった脚部のビームブレイド。あれを使いこなすために、少し蹴り技の動きを確認してました」

「あぁ……あれの為に、腰部にサブスラスターとかも増設できるようにブレイドパックは改良するからね。今のうちに蹴りの動作をよく理解してMSでの動きに落とし込んでおくのは良いね。流石マユラ……熱心だね」

「いえ、私は最近アサギやジュリと比べると少し見劣りしちゃってるから……少しでも頑張らないとって」

 

 卑屈、というわけではないが、少しだけ思わしくない気配を感じてタケルは小首を掲げる。

 特にこれと言ってマユラの動きに悪いところは無い。それは先ほどまでデータの解析をしていたから、よく分かることだ。

 

「見劣りって……そんな感じはないと思うけど。なんでそう思うの?」

「だって、アマノ二尉と特訓してからアサギは全然落とされなくなったし、ジュリは落とされないどころか、私達2人の援護まできっちりこなせる様になってきて。

 私は、アサギが敵を引きつけてくれて、ジュリが敵の攻撃を射撃で牽制してくれて、ようやく接近戦に持ち込むことができて倒せてるだけ。2人がいなきゃ、何もできないですし」

「あぁ〜、なるほど。そういうことね」

「だから、この前アマノ二尉にも言われたように、選択肢を増やして使いこなさないと。私だけ、ついていけなくなっちゃうと思って」

 

 同い歳で、同じ場所で、同じ時間を過ごして成長して来た彼女達。

 だからこそ、自分と比べて他2人の成長がどうしても目についてしまうのだろう。

 それが嫉妬とならずに、自らを高めるやる気となるのは彼女達の良いところだ。

 特にマユラは、アサギやジュリと比べると自身に対してストイックな面が見られる。

 しかしその分、マユラ自身の成長に対しては認識が浅い。

 

 故にこの時間まで自主練となったのだろう。

 

「うーん、選択肢を増やすのは良い事だけど……見劣りって言うのはマユラ、ちょっと違うよ」

「えっ、でも……」

「そもそも前衛っていうのは危険な役割なんだ。敵陣に斬り込むとなれば相応に攻撃を受ける。敵の前線へ食い込もうって言うんだから、その分援護が必要なのは当たり前でしょ?」

「は、はい。そうですね」

「ウェポンパック使い始める前は、3人とも個性無しでやって来たけど今は違う。アサギにも、マユラにもジュリにも、それぞれに役割を持って機体を使いこなしてもらってるんだ。

 アサギは高い機動性を活かして敵機の攻撃を引きつける囮役。攻撃もできるけどそれは牽制の意味合いが強くて、出来るだけ生存し続けることに意味があるポジションだ。

 ジュリは広い視野と正確な射撃を活かした後方支援。敵機との距離をとって自由に戦えるけど、反面相手に防御・回避の能力があれば決定打にはなりにくい。弾薬やエネルギーの消費も大きくなりがちだしね」

「それじゃ、私が担う前衛の役割は……」

 

 マユラの問いに、タケルはシミュレーターへと戻り一つのミッション画面を開くと、彼女を手招きする。

 そこに映し出されていたのは互いの陣営が距離を取り、撃ち合う状況。

 どちらもが戦線を維持し、見て分かる膠着状態の盤面だった。

 

「ちょっと見ててねマユラ」

 

 そう言って、タケルはミッションを開始。

 機体はM2アストレイのブレイドパック。

 開始と同時に、タケルのアストレイは銃火飛び交う戦場を駆け抜ける。

 遠慮無しに突撃する様にマユラは僅か驚きを見せるも、その中でタケルのアストレイは遮蔽物を利用し、地を這うように駆け、牽制の射撃を放ち、見る見るうちに敵陣へと接近していく。

 そして、十分に近づけた所でライフルを一射。敵機の眼前を爆砕し目眩しとして、敵陣へと飛び込む。

 そこから先は目も当てられない状況であった。

 内部に入り込まれた敵陣は一気に瓦解。フレンドリィファイヤが怖くて射撃は出来ず、かと言って近接戦闘など仕掛けようものなら、タケルの変態軌道によって瞬く間に解体されていく。

 もはや八面六臂の大活躍だ。

 

 凄い──と、素直にそう思うものの、マユラは少し冷めた気持ちでそれを見つめた。

 これは彼だからできる事だ。同じ事を、自身に求められては困る。

 そう思っていた。

 

「まだだよマユラ。そのまま見てて」

「えっ」

 

 思っていたことが顔に出ていたのだろうか、と思うもタケルに画面から目を離した様子はない。

 言われた通りに、マユラはシミュレーターが観測する戦況データへと再び目を向けた。

 

「あっ……」

 

 小さな感嘆と共に溢れる吐息。

 画面内でマーカーが忙しなく動き、タケルが突破した所を起点に、敵の戦線が崩れ味方機が一挙に優勢となっていく様が見てとれた。

 

「そっか、一度入り込まれちゃうと、戦線を維持するのは難しいんだ」

「そう。注視するべき敵が自陣に飛び込めば、そちらへの対処に追われる。必然、撃ち合っていた前面への圧力は弱くなる。そうなれば勿論、次々と味方が続いていける。

 僕やマユラが担う前衛って言うのは、戦局を覆す一矢なんだ。味方の援護を一身に受け、最も危険な道を駆け抜け、敵の攻撃を掻い潜り────そして、敵陣に楔を打ち込む」

 

 ミッションはそのまま、もはやタケルが何もせずとも終わっていた。

 結局、タケルがまともに敵機を撃墜したのは敵陣に飛び込んだ時の数機だけ。

 後は死なない様に立ち回ってる間に、戦線は後続となった味方によって崩壊し、敵陣営は全滅となっていた。

 

「今サラッとやっちゃったけど、アサギやジュリの援護無しでこれをやれって言うのが難しいのは分かるよね?」

「はい。敵だって入らせまいと必死でしょうから、攻撃は集中します」

「うん。だからブレイドパックはPS装甲を部分的に使用したガントレットやプロテクターで防御面を強化してるんだ」

「何としても突破して、戦線を瓦解させる一矢となるために、ですか」

「正直、適性があるとはいえこんな苦しいポジションをやれって言うのは、心苦しくはあるんだけどね……そのせいでマユラ自身も思い悩んじゃってたみたいだし」

「い、いえ思い悩むなんてそんな。ただちょっと、私だけ上手くやれてないなぁって思っちゃってただけで」

「うん、だからちゃんと僕から保証してあげる────マユラはちゃんとやれてるよ。

 援護があったとしても、敵陣に飛び込んで行けたのならそれは十分に前衛としての役割をこなせた強烈な一矢。自分一人の戦果じゃないからって、アサギやジュリと比較して見劣りするなんて事無いよ」

 

 とくん、と小さく心臓が脈打ちマユラの胸中に燻っていた小さなしこりが取り除かれる。

 マユラの思い悩んでいた部分への、正に完璧な解答であった。

 実演してくれて、色々と納得できる説明をしてくれて。

 でもそんな事より、彼がしっかりと自分の事を見て評価し、認めてくれてることが嬉しかった。

 

「あ、ありがとうございます。そんな風に言ってもらえるとその……凄く嬉しいです」

「無理や無茶を言っちゃってる自覚はあるからね。本当なら国防軍で戦闘シミュレーションについては適役を探すべきかも、とは思ったんだけど……君達以上にアストレイを理解してくれてる人は絶対に居ないだろうし。それで完成度が低くなるのは納得いかなくて……」

「いえ、お陰でこうしてアマノ二尉とこんな近い距離感で教えてもら……え……て」

 

 尻すぼみになっていくマユラの声。その変化に、タケルが首を傾げる。

 

 さて、ここで状況を整理しよう。

 現在タケルはシミュレーターに乗り込みミッションをこなしていた。

 そしてマユラもまた、その画面を見るために、同じシミュレーターへとほぼ乗り込んだ様な状態となっている。

 端的にいえばその距離は、互いの顔が至近にある程にとても近い距離であった。

 

 そしてもう一つ。現在マユラ・ラバッツの服装はトレーニング後だと言うことが一眼でわかる程のラフな格好である。

 

 そう、トレーニング後なのだ。

 

 たっぷりと汗を掻いた。それこそ、先の様に思い悩んでいたマユラは根付き始めていた劣等感に押し負けぬ様に、しっかりとトレーニングしていた。

 そうしてシャワーを浴びようと思った所で、うんうん唸っているタケルを見かけて冷たい飲み物による奇襲を敢行したわけだ。

 

 年頃の女の子としての羞恥心が、その現実を理解してフル稼働。

 一足飛びでシミュレーターを離れ、タケルとの距離を取った。

 

「──マユラ? どうしたの?」

「な、なんでもないれす!」

 

 あまりの羞恥心に盛大に噛みながらも、マユラは必死に冷静を装った。

 無論、装い切れてなどいないし、明らかに挙動不審なのはタケルの怪訝な表情が物語っている。

 

「何か、気になる事言っちゃったかな?」

 

 急に距離を取られたこともあって、怪訝と言うよりはいっそ不安気な声音すら滲み出てくるタケル。

 むしろマユラは羞恥心に合わせて、罪悪感のダブルパンチであった。

 そんな不安にさせるために距離を取ったわけではないと言うのに。汗臭くなかったかとか、女の子らしく無いなどと思われていないかとか、むしろ不安なのは彼女自身だ。

 

「マユラ、何か気に障ったなら謝──」

「ご、ごめんなさいアマノ二尉!! 今日はこれで失礼します!! また明日!!」

 

 色々と限界に至ったマユラは、顔を赤く染めたまま脱兎の如く駆け出してその場を離れていった。

 

「──気に障るような事、言っちゃったのかな?」

 

 結局その場には訳もわからず取り残された……もとい訳もわからず大切な教え子から距離を取られ逃げられて、微妙に心に傷を負った少年だけが取り残されるのであった。

 

 

 オーブはまだ、ギリギリの所で平和である。

 




片やサイクロプスで大惨事だっていうのに、オーブではイチャる主人公。
温度差が激しいですね。

フリーダムの活躍シーンもあって緊迫した雰囲気の余韻をぶった斬る今回の構成に作者は驚きを隠せません。
だって、、、これからもう真面目パートしか続かないですし。

平穏な内にやることやっておかないと。



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