機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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幕間 明かされる生

 

 アマノ家別邸。

 

 時刻は夜を迎えたところ。

 タケルとサヤが暮らすアマノの別邸には珍しい……と言うよりは初めての客人が訪れていた。

 

「それで、どう言う風の吹き回しだ? お前が私を呼びつけるとはな」

 

 リビングの大きいテーブルを挟んでタケルと対峙するのは、現在の彼の父に当たる男。

 ユウキ・アマノである。

 以前にタケルがトダカに頼んで彼を自宅へと呼び出した。それが今日である。

 対峙するタケルをどこか心配の目で見つめるサヤであったが、タケルの目には敵意はなく、かと言って昔を思い出して怯えている様子もない。

 

「サヤも座ってて良いよ。多分……長話になると思うから」

「えっ。あ、はい、わかりましたお兄様」

 

 普段の兄と変わらぬ様子に、少なからずサヤは安堵して指示された通りに椅子を用意して邪魔にならないところで座る。

 部屋には、僅かに沈黙が流れた。

 

「長話、か……お前が私とそれを望むとは」

「僕も望んではいない。だけど、そうならざるを得ないだろうと思ってるだけだ」

「そうか、ならば早く始めろ。私は忙しい」

「言われなくても」

 

 ばさりと音を立てて、ユウキの目の前に紙の束が差し出される。

 ちらりとユウキが視線を向ければ、そこには戸籍情報が載っていた。

 無論、内容はタケル・アマノのものである。

 

「なんだ?」

 

 紙の束の事ではない。書かれている内容のことでもない。

 ユウキの一言に込められた言葉は、“何が言いたい”であった。

 それに答えるように、タケルは視線を鋭くさせたまま口を開く。

 

「単刀直入に聞く────僕とカガリは、どこで生まれた?」

 

 静かに、極わずかではあるが、タケルはユウキが息を呑んだ様な気がした。

 

「いきなりなんの話だ?」

「自分の出生を調べる奴はそうはいない。僕もそうだった。

 だから、今の今まで知らなかったよ……僕とカガリが、アスハの家に養子縁組で迎え入れられてた事を」

「そうだったかもしれんな。私は良く知らないが」

「オーブの氏族には慣習がある。特に政治を取りまとめる五大氏族には……後継として直系の子を据えることはないらしいね」

「そうだな。良くも悪くも実力主義である事。もう一つは血筋にとらわれてしまう事を良しとしないからだな。古くからの慣習だ」

「だから、父さん──ウズミ様は僕とカガリを養子縁組で引き取ったと」

「その通りだ。特段大きな事ではあるまい。私とお前もその関係だ。今更血がつながっていない事を悲しんでいるのか? 今のお前にそんな暇は無いはずだ」

 

 ユウキの言葉に、サヤの表情が揺れる。

 いくらタケルとユウキの関係性が最悪の一言に尽きるとしても、今の言葉はあんまりでは無いだろうかとサヤは目を伏せた。

 実の父親であると思っていた。それが血の繋がらぬ間柄であったと知れればそれなりにショックはあるはずだろう。

 無論、タケルはウズミからの愛情を疑っていないし、父であったウズミを慕っている。

 それこそ目の前の父もどきに比べれば、ウズミは血が繋がってなくともタケルにとって偉大な父親であった。

 

「確かに、今更血が繋がっていない事くらいで僕もカガリもショックを受けたりはしないだろう。だが、だとしたら……僕達の本当の親は誰だ?」

「それを私に聞いてどうする。何故私に聞く? お門違いも良いところだ」

 

 まるで取り合う気のないユウキへ、ばさりと、二度目の紙の束がユウキの前に差し出された。

 ユウキはもう、視線を向けることすらせずに、タケルへと続きを促す。

 

「調べてみたよ。オーブの病院に僕達の出生記録はない。そしてそれはヘリオポリスでも同様だ……僕とカガリは、まるで降って湧いてきた様にアスハの家の養子となっている」

「だからなんだ、はっきり言え。回りくどいのも大概にしろ」

 

 苛立ちをわずかに募らせたユウキの声に、タケルは怯まずに鋭い視線のまま答える。

 

「最初に聞いたはずだ。僕とカガリはどこで生まれた?」

 

 再びの問いかけに、ユウキは沈黙で返す。

 数秒か数十秒か。張り詰めた空気があってか、サヤにはそれが長く感じた。

 視線を交わすユウキとタケル。

 睨み合う様な雰囲気の中、静かにユウキが沈黙を破った。

 

「何故、()に聞く?」

 

 それは対外的な関係であろうとする仮面をとった合図であった。

 ようやく話す気になったかとタケルは小さく息を吐き、それに答えた。

 

「アスハの子になるんだ。国防の責任者であるあんたが僕達の素性を知らないはずが無い。いずれは国を背負って立つ予定となる人間……調べないわけがない」

「では何故ウズミに聞かない? 本人に聞くのが一番手っ取り早いだろう」

 

 ユウキの言葉に、タケルは僅かに目を伏せた。

 

「父さんはきっと教えてはくれない……今はその時じゃないって、きっとそう言うだろう。僕やカガリが傷つくと思って」

「だから俺と言うわけか。確かに俺はお前を慮ってやる事はしないだろう。聞くには好都合だ」

 

 少しばかり口元を歪めるユウキの声音には、言葉程タケルを嘲る気配は無かった。

 大きく息を吸い、そして吐く。

 何かを飲み下した様な、そんな深呼吸を置いて、ユウキは今一度鋭い視線をタケルに向けた。

 

「確認させろ。何故疑問をもった?」

「カーペンタリアにいた時、戦場で僕と相対した敵から話を聞いた。

 僕の能力はコーディネーターでも異質な程高い方だと。コーディネートには多額の金がかかる。恐らく、僕のコーディネートにはとんでもない額がかかってるはずだ……普通に考えて、そんな子を養子に出すわけがない。父さんだって、そんな子を養子に出せとは口が裂けても願い出ないはずだ」

 

 オーブの五大氏族は、むしろナチュラルがほとんど。

 未だオーブにコーディネーターは少ないのだから当然である。

 何より、求めるのは素養であって能力では無い。

 つまり、高い能力を約束されたコーディネーターを、わざわざウズミが欲する理由もないのである。

 

「必然、僕とカガリの養子縁組には何らかの事情があったはずだ。僕とカガリを手放さなきゃいけない、何かが」

「それを知ってどうする? 本当の両親でも探すつもりか?」

「違う、そんなんじゃない。ただ……僕は知らなきゃいけないと思ったんだ。

 コーディネートされたのなら、本当の両親にもきっと願いがあったはずだから。僕をコーディネーターとして生んだ理由が────想いが」

 

 瞬間、ユウキが瞠目したのをサヤは見逃さなかった。

 数秒の出来事であった。タケルは目を伏せていたがために気が付かなかったが、ユウキのその変化を見たサヤは、嫌な予感を感じながらユウキの動向に集中する。

 

「知らなければいけない、か……確かにお前の言う通り、俺はお前の出自を知っている」

「だったら──」

「だが、知りたい事が必ずしも良い事であるとは限らない。それでも聞きたいと……知りたいとお前は言うのか?」

 

 サヤは再び嫌な予感を感じ取った。

 ユウキがタケルに対して欠片も容赦しないのは周知の事実と言えよう。

 だが今、ユウキは明らかにタケルの事を考え、タケルのためを思って聞くなと言っている。

 それは即ち、タケルにとって非常に辛い真実が隠されている──それを予感させる対応なのだ。

 

「どんな事実があるにしても、あると知ってしまった以上、僕は知らないままでは居られない」

「────そうか、良いだろう。サヤ、茶を入れてくれ。少し、長くなる」

「あっ、ハイ!」

 

 一息ついて考えをまとめる時間が欲しい。

 ユウキはサヤに促して、その間全てを話すべきか話さぬべきかを逡巡した。

 いや、話すしかないだろう。とユウキはすぐに結論をつける。

 ここで話さなくてもタケルは自身の手で答えに辿り着く。

 調べるか、聞き出すか──手段は変わっても結論は同じ。いずれは答えに行き着くのだ。

 ならば、これ以上無駄な時間を取らせる必要もない。

 本来であればこんな事に拘ってる時でもないのである。燻る思いを抱えたままで居るよりは、マシであるのかもしれない。

 

「失礼します、父上」

「あぁ、すまんな」

「お兄様も、どうぞ」

「ありがとう、サヤ」

 

 一口、サヤが淹れてくれた茶に口をつけてから再びユウキとタケルは視線を交わした。

 

「良いんだな?」

 

 ユウキの問いに、タケルは無言のまま小さく頷く。

 意志の変わらない気配に、ユウキは数秒の間を置いてからゆっくりと口を開くのだった。

 

 

「始まりは──ある研究からだ」

「研究?」

「知っての通り、人のコーディネートには高い技術と金が必要だ。一般の人間が手を出すにはまだまだ不可能な技術である事は周知の事実だろう」

「その上コーディネーター同士では出生率が低い。だから、コーディネーターの絶対数は少ない。そのくらいは知ってる」

「高い技術と金が必要な上、決して安定した技術ではない。それがコーディネートの大きな課題でもあった。

 コーディネートできるのはあくまで受精卵の段階。そこから胎児として成長していく過程で、必ず母体という不確定要素を通す。生まれた子供がコーディネート通りに生まれてこない事などザラにある」

「僕からすれば吐き気がする物言いだ」

「ブルーコスモスの言い分も、幾分かはわかると言うものだ。

 そこである研究グループが母体による不確定要素を無くす研究に着手した」

「母体の不確定要素を、無くす?」

「胎児に最適な安定した生育環境を作り、間違いのない成長を促す────人工子宮だ」

 

 タケルもサヤも息を呑んで、その表情を苦々しく歪める。

 遺伝子をいじり、更には母体すら介さない。

 それはもはや生み出される命ではなく、造り出される命。

 言いようの無い忌避感が、2人の胸を埋めた。

 

「研究は困難を極めた。当然だな。未だ人類は、自身の身体のメカニズムを仔細に把握できては居ない。解明に至っていない命が生まれ出ずるメカニズムを、模倣しようなど、愚かの極みだ」

「でも、研究は続き、成功した……?」

 

 タケルはおずおずと問いかける。

 失敗に終わったのなら今こんな話を持ち出す必要は無い。

 そして、自身の出生の秘密がここに集約されていることも、タケルは感じ取っていた。

 

「悲しきかな、実験は成功した。完成された人工子宮1号機によってたった1人だけ、成功して生まれた子供がいた」

「それが、僕だと?」

 

 ユウキは俄かに首を振った。

 

「そうであったら、お前にとってどれだけ良かった事だろうな。そう、実験は成功した……数多の被験体の果てに。

 こんな研究だ、被験体は山程必要になる。だが、わざわざそんな事に大切な我が子となる受精卵を提供する酔狂は居ない。必然、被験体の確保にはある技術が使われた」

 

 人体実験。それを確保難しい受精卵などでやろうものなら、必然的にその手法が浮かんでくるだろう。

 それが更に忌避感を抱く手法であったとしても。

 

「──クローニング技術」

「その通りだ。どこの誰とも知らぬ提供者の受精卵を冷凍保存してクローニング。そうして被検体を確保して研究は進められた。

 胎児の生育を見る都合上、時間のかかるために2号機まで試作してな。研究チームは熱心に、毎日命を弄んだ」

 

 サヤがあまりのショックに口元を抑えた。

 既に図式はできている。成功体がタケルで無い以上、この話でタケルが出てくる余地は一つしかない。

 

「本当に、吐き気がする……話だ」

「違うな」

「えっ?」

「本当に愚かなのはここからだ」

 

 これ以上があると言うのか。

 ユウキの言葉に、タケルとサヤは僅かに身を震わせた。

 

「ユーレン・ヒビキは本当に愚かな男だった。お前達が予想するより更にな。

 晩年となった研究。既に被験体の数は200を超えていた。だがどうにか、成功へと近づけてはいた。

 そしてユーレン・ヒビキはいつしか、“最高のコーディネーター”と言う夢を見始めた」

「最高の、コーディネーター……」

「人工子宮により母体の不確定要素がなくなれば、あらゆるコーディネートができる。

 他のコーディネーターすら置き去りにする、隔絶された能力を持つコーディネーターがな。

 研究の最終段階。奴は満を辞して自身と妻の間にできた子供を被験体にした。

 男女の双子……その片割れを受精卵から摘出して人工子宮1号機にて生育。あらゆるコーディネートを施して最高の能力を持つ息子を生み出した」

 

 ユウキは一度大きく息を吐いた。

 本当に大きな、そして何かをためらう気配である。

 

「心して聞け、タケル。

 生み出された男の子の名前はキラ。そして母であるヴィア・ヒビキから産み落とされた女の子の名はカガリ────キラ・ヤマトとカガリ・ユラ・アスハは正真正銘、実の双子だ」

「ぇ」

 

 微かにもれた声だけで、タケルの驚愕。否、声の震えからすればもう恐怖である。

 それがサヤには伺えた。

 思わず、タケルの側に寄り添ってその肩を抱くが、まるで意に介さないようにタケルの肩は震えている。

 

「お前は、人工子宮2号機で生育された最後の被験体、そして唯一無二の実験体の中での成功体としてヒビキ夫妻の子より少し早く生まれた。どこの誰とも知らぬ受精卵から繰り返しクローニングされてきた被験体の果て。被検体番号283──これが、お前の最初の名だ」

 

 

 

 

 

 一息をついた。

 あまりにも予想だにしていなかった事実に動転していたタケルをどうにか落ち着かせ、サヤは冷めた紅茶を淹れなおしにキッチンへと向かう。

 

 思わずため息が口をついて溢れた。

 人工子宮の話が出てから嫌な予感はしていたが、想像を超える程に兄にとっては辛い話であろうと思えた。

 タケル・アマノにとって、カガリ・ユラ・アスハは間違いなく最も大切な人に位置付けられる人間だ。

 幼き頃より共に生きてきた双子の片割れ。そう信じて、生きてきた。

 タケルがカガリを想う源泉には、大切な妹であるから、というところが大きい。

 だからこそサヤにもまた、タケルは愛情深く接してくれている。そんな兄をサヤは慕っている。

 その思いの支えとなる柱が崩れたのだ。そのショックは計り知れないだろう。

 

 紅茶を淹れなおしてリビングに戻れば、未だ不動の姿勢でいるユウキと何とか平静にもどったタケルの姿が目に入る。

 

「どうぞ、父上」

 

 ユウキは閉口したまま静かに頷くだけであった。

 

「お兄様も、飲んで一度落ち着いて下さいませ」

「あり、がとねサヤ。僕は、大丈夫だから」

 

 大丈夫──その言葉がこれほど似合わぬ表情も無いとサヤは思った。

 蒼白と言っていい。肩に力は入ったままだと言うのに、酷く弱々しい目をしている。

 その姿に居た堪れなくなって、サヤは椅子を取り寄せるとタケルの傍へと座った。

 少しでも、これから聞く話のショックを和らげてあげたかった。

 

 話はまだ──終わっていない。

 研究の被験体だったとして、ならばなぜタケルはカガリと共にアスハの家に養子に出されたのか。

 ヒビキ夫妻の子であるキラとカガリが何故、別れて別々の家へと引き取られているのか。

 明かされていない事がまだあった。

 

「大丈夫か? などとは言わん。お前は聞くと言った。知らなければならぬと言った──己の言葉を違えるなよ」

「わかって、います」

 

 再びユウキへと視線を定めて、タケルは続きを聞く姿勢を見せた。

 サヤにはそれがどうにも、怖かった。

 聞けば壊れてしまうのではないか…………そんな気がした。

 

 静かに、ユウキの話は再開された。

 

「研究は成功した。人工子宮も、最高のコーディネーターもな──だがそのすぐ後に、研究所は襲撃を受けた」

「──ブルーコスモス」

「あぁ、その通りだ。遺伝子操作だけでも発狂する連中だ。人工子宮による……ましてや最高のコーディネーター等、連中が生かしておくわけがない」

「どうなったの?」

「全滅だ。研究員は全て殺された。施設もその全てを破壊されこの研究にまつわるものは何も残らなかった──お前達以外はな」

「こうして、生きてるからね」

「ヒビキ夫妻は襲撃が来ることを予期して、ヴィアの妹であるカリダ・ヤマトにお前達を預けた。本当は逃げ延びて引き取りにくるつもりではいたのだろうな……だが、それは叶わなかった」

「ですが父上。それであれば何故お兄様がカガリ・ヒビキと共にアスハの家に?」

 

 至極真っ当な疑問がサヤから出される。

 なぜわざわざ双子の片割れだけアスハに。そして、双子だと偽ってタケルまで引き取られたのか。

 

「姉が姉なら妹も、と言うことかな──お前は体の良い身代わりにされたんだ。

 ブルーコスモスは成功体が居た事までは掴んでいた。最高のコーディネーターとして生み出された男女双子の片割れ、男児の方だとな。当然、露見すればキラ・ヤマトはブルーコスモスの最大の標的とされた事だろう」

「ま、まさか!?」

「カガリ・ヒビキの双子の兄として、お前をアスハへ共に差し出したのさ。

 キラ・ヤマトのブルーコスモスに対する目眩しとしてな。当初は双子を分つことだけで目を眩ませるつもりだったのだろうが、それにはどうあってもお前の存在が邪魔だった。

 姉の忘れ形見はキラ・ヤマトだけだ。ましてやお前は実験体とはいえ成功した存在。キラ・ヤマト同様にブルーコスモスに対する爆弾になる。抱えてはいられないだろう。

 まぁ、一般人であるヤマト夫妻に放り投げられても酷な話だとは俺も思うがな」

 

 双子という事実からキラを隠し、双子の兄としてタケルを挿げ替える。

 あまりにもふざけた兄への扱いに、サヤは最大限の侮蔑をヤマト夫妻へと抱いた。

 そんな利用の仕方があって良いのか。被験体として親もなく生み出された、誰に求められるでもなく、ただ身代わりとして扱われる。

 そんな事が許されて良いのか。

 

 だが人とは得てしてそう言うものだ。

 ヤマト夫妻にとってはキラの方が大事であった──それだけである。

 サヤが憤るのはタケルを慕っているが為にすぎない。

 立場によってその扱いが変わるのは当然だ。

 

「そうして、被験体番号283はウズミの元に引き取られた。カガリ・ヒビキの双子の兄としてな────これが、お前の真実だ」

 

 

 長い……長い出生の秘密を明かし、ユウキは目を伏せて静かに紅茶へと口をつけた。

 それ以上はもう話す事がないと言う様に閉口し、ただタケルの反応を待った。

 サヤは隣の兄の様子に気が気ではなくなりそうな焦燥感を覚える。

 

「もうひとつだけ──教えて下さい」

 

 消え入りそうな声で、タケルは呟く。

 

「父さんは、それを知っていたんですか?」

 

 父さん──タケルがそう呼ぶに足る人物は1人だ。それは目の前にいるユウキではない。

 ウズミ・ナラ・アスハ。タケルが心から慕う父親である。

 

「ウズミはヤマト夫妻から全てを聞き及び、承知の上でお前を引き取った」

「そう、ですか──わかりました」

 

 静かに、タケルは立ち上がる。

 サヤが思わずその手を掴もうとするが一拍遅く、その手は空を掴む。

 

「お兄さ──」

「聴かせてくれてありがとうございました、義父(ちちうえ)。もう十分です」

「ショックで仕事ができませんなどと言うことは許されんぞ」

「父上!! その様な事を今ッ!」

「大丈夫だよ、サヤ。僕は、大丈夫だから──明日からちゃんと仕事はしますよ。ご安心を」

「ならば良い」

「それでは、失礼します」

「お兄様!!」

 

 サヤの声に見向きもせず、タケルは部屋ではなく屋敷を出て行った。

 扉が放つ空虚な音が部屋に響き渡り、次いで静寂が部屋を包む。

 

 しかし、サヤの胸の内は荒れに荒れてユウキへと怒りの視線を向ける。

 

「父上! なぜあの様な事を! お兄様がどれ程傷ついたか、お分かりにならないのですか!」

「本人が望んだ事だ。それで職務を疎かにして良いはずはない」

「それは、そうですが! それでも言い方というものが──」

「甘えるな。普通の人間ならそうだろうがあいつには許されん。それだけのものが今のあいつの双肩にかかっている」

「で、ですが……」

「いずれは乗り越えるべき話だ。遅かれ早かれ、あやつは知った事だ。早いか……遅いかだ」

 

 反論の弁が出てこず、サヤは唇を噛んだ。

 脳裏によぎる、先ほどの兄の顔がまるで呪詛の様にサヤの不安を掻き立てる。

 

 生きていながら死んだ様な顔。それが相応しい。

 だが兄は自身の責務から逃げないだろう。父が言う様に、明日から普段通りの職務をこなすはずだ。

 何事もなかったかの様に……

 

 それは、生きてはいても心を殺す行為だ。

 大切な兄の、大切な部分が全て抜け落ちてしまう様な……そんな危機感をサヤは感じ取っていた。

 それほどまでに、先に見た兄の顔は酷いものであった。

 

「────お兄、様」

 

 何もできない自身を呪い、サヤは一筋の涙を流すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──歩く。

 

 どこへ行くでもなく。

 

 ──泣く。

 

 何が悲しいのか、それすら理解できていないまま。

 

 

 屋敷を出たタケルは、涙にまみれたまま1人道を歩いていた。

 

 何を考えれば良いか、わからなかった。

 

 カガリと兄弟では無かったことか? 

 カガリの兄弟がキラであったことか? 

 自分が実験の被験体であったことか? 

 自身の親がどこの誰かもわからないことか? 

 キラの身代わりとして、都合よくカガリの兄にあてがわれていたことか? 

 

 それとも──

 

 父であったウズミですら、タケルをキラの身代わりと見ていたことか? 

 

 

 わからなかった。

 

 

 どれをとっても、タケルの胸は痛んだ。

 何を考えても、涙は溢れ続けた。

 視界に映る全てが、タケルに空虚だけを押し付けてきた。

 

「僕は──なんなんだろうね」

 

 誰の子でもなく。

 誰に望まれるでもなく。

 誰に求められるでもなく。

 

 そうして、生まれてしまった。

 

「最高のコーディネーターね……それなら納得だよ。ミゲルの言う通り、本当に僕はでたらめな存在だったんだね」

 

 言葉にすると、胸がまた痛くなる。

 タケルは道の端に座り込んでしまった。

 

 何も見たくない。

 何も聞きたくない。

 何も、考えたくない。

 

 膝を抱え、俯いて。誰にも涙を見られないようにして、タケルは痛みを涙に変換して流し続ける。

 明日にはいつも通りの調子を取り戻さなければいけない。

 シロガネの調整も万全にしておきたいし、アカツキだって仕上げてカガリに合わせた調整をしなければならない。

 カガリに──合わせて。

 

 会えない──きっと今の自分は、カガリと会えない。

 会えば今日聞いた事を考えてしまうから。

 痛くて涙が止まらなくなるから、会えない。

 

 こんな時、彼女ならなんと言ってくれるのだろうか……

 

「今度は、何と言って、僕を助けてくれますか──ナタルさん」

 

 何度も救ってくれた彼女を思い出して、タケルは縋るようにナタルとの思い出に浸る。

 脳裏に想えば、声が聞こえるような気がして、タケルは必死に記憶を手繰り寄せた。

 

『また泣いているのか。本当に君は涙脆いな』

「また泣いてるの? 坊やはあの時と変わらず泣き虫さんね」

 

 脳内に響いた声と、耳が拾う声は奇しくも似たような声音と言葉を湛えていた。

 

「えっ」

 

 少しだけ驚きながら、タケルは現実に聞こえた声に顔を上げた。

 そこには誰もが見惚れそうな美貌を湛えた、1人の女性が佇んでいた。

 

「アイ、シャ──さん?」

 

 屈託のない笑顔と、翡翠の瞳がタケルを優しく見つめていた。

 

 

 




明かされました主人公の秘密

一応補足しておきますと、ヤマト夫妻を貶めるつもりはないです。
あくまで一方からのものの見方が語られてるだけです。
ただ形としてはそう取れる、と言う話でしかありません。
ご理解ください。

ツッコミどころはあるかもしれませんが、これが主人公の全容となります。
どうぞ温かい目で見守っていただければ幸いです。

次回こそミゲルの活躍予定


現在90話で70万文字の本作。
このままだと130話で100万文字くらいでseed完結かな。と予想。
もうしばらく読者の皆様にはお付き合いいただきたく、よろしくお願いします。
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