機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE -71 生きてきた理由

 

 

 赤熱し赤く染まった視界が、徐々に色を取り戻してくる。

 大気圏を突入した影響はないかと機体のパラメータを確認するが、さすがは新型機と言うところか。ディバイドに異常は見受けられなかった。

 

 ミゲルは意気揚々と眼下に広がる大地を……大量に居並ぶ敵機を見据える。

 

「おーおー、派手に撃ってくるじゃねえか」

 

 自走砲、迎撃設備、その他一切が全てディバイドに向けられ放たれてくる。

 ミサイル等の弾頭ならまだしも、通常弾頭でこの距離では撃つだけ無駄だろうと、ミゲルは僅かに呆れた。

 ましてやディバイドは核動力で半永久的な持続エネルギーを持っている。PS装甲が落ちない以上、通常弾頭やミサイル等ではこの機体に損傷は与えられない。

 

「さーて、後続部隊のためにも、少しは引きつけてやらねえとなぁ!!」

 

 フルスロットル。背部の大型バーニアが火を吹きディバイドを一気に走らせる。

 高高度から一気に接近してくるディバイドに、再び迎撃の嵐が放たれるが、それをミゲルはランダム回避運動と機体前面に構えた盾で受けていく。

 

 地上には地球軍の主力部隊が所狭しと配置されていた。正に狙い放題の状況に、ミゲルは小さく笑みを浮かべた。

 

「そら、こいつから行くぜ!」

 

 バーニア横にマウントされている大型ビーム砲塔ガラディンを展開。

 砲身が組み代わり、散弾砲形態へと変わる。そのまま地上に居並ぶ自走砲部隊へと光の雨を降らせた。

 直上から降る光の雨に自走砲部隊は回避の気配すら見せずに壊滅していく。

 たった1射で多くの部隊が沈黙し、パナマ基地司令部では僅かな混乱が起こった。

 

 そのまま連続射撃。次々とガラディンが火を吹き、地球軍を殲滅していく。

 

 今回のパナマ攻略戦は基地の確保が目的ではない。

 目的は、基地の陥落。そして宇宙への足がかりとなるマスドライバーの破壊。

 基地設備への被害に配慮する必要はないのである。

 ミゲルは容赦なくトリガーを引き続けた。

 

 ある程度減らしたところで、敵機が居なくなった地表へと降り立つ。

 山肌に作られた迎撃設備は直上からでは狙えない。

 ガラディンをマウントしビームライフルを装備。

 相変わらず四方八方から放たれる攻撃をPS装甲とシールドで受け流しながら、迎撃設備を次々とライフルで射抜いていく。

 

 と、そこでミゲルは見逃せない攻撃を感知。ディバイドを翻した。

 緑の光条が走り、先程まで機体がいた空を切る。

 

「っと! ビーム兵器も配備されてるのか。油断はできねえな」

 

 反撃とばかりに、ライフルを撃ち放ち、脅威度の高いビーム兵器を破壊。

 ミゲルは一度、降りてくる味方部隊と合流するべく空中へと離脱した。

 

「ふぅ、これで後続も降りてきやすくなっただろう……カーペンタリアから来る地上の部隊はどこだ?」

 

 センサーが拾う情報を確認すると、ミゲルが一戦交えてる間に後続の降下部隊が次々と降りてきていた。

 そして海側からも地上部隊の出現を確認。

 

 パナマ攻略戦が本格的な開戦の模様となっていく。

 

「よぅし、初陣にしちゃあ上々だろ。ここからは──」

 

 慣らしは済んだ。機体の挙動も十分に把握できたし、武装についても理解してきた。

 ここからは適応していくだけだ。

 より早く、より正確に機体を動かして、武装を使いこなしていく。

 殆ど脅威となる敵がいないこの基地での戦闘は、新型を乗りこなすにはちょうど良い舞台であった。

 

「あいつ程じゃなくてもよ……少しは張り合いってもんを見せてくれよ!!」

 

 楽しげな笑みを浮かべて、ミゲルは再びディバイドを走らせた。

 

 パナマ攻略戦はまだ、始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カランコロンとドアから音が鳴る。

 

 夜も深くなり始めてくる時間帯。

 だと言うのに、そこはやけに暑く騒がしい場所であった。

 

「あの……アイシャさん。何で僕をここ──」

「そんな事は良いから、そこのカウンター席に座って」

「座ってって、僕未成年ですけど」

 

 そう。アイシャと共にタケルが訪れた……‥もとい拉致されてきたのは小さなバーであった。

 

 先程まで道端で俯き、涙に溺れていたタケル。そしてそんなタケルを見つけたアイシャ。

 予想外すぎる彼女との再会にタケルが思考を停止する中、アイシャはまるで当然のようにタケルの手を取ると、この店まで連れてきたのである。

 

「マスター、彼に何か出してあげて」

「あん? なんだアイシャ、ガキなんか連れて……隠し子か?」

「あら失礼ね。こんな大きい子がいる年齢に見えるの?」

「まさか。それより来たなら早くステージに上がってくれ。皆待ち侘びてるぜ」

「はぁい。それじゃ坊や、ゆっくりしていきなさい」

 

 タケルが未だ平静を取り戻せていない内に、ウインク一つを残してアイシャはバーの片隅に用意されたステージに上がる。

 既にそこには観客が囲むように待ち受けていて準備は万端だった。

 すると軽やかな音楽が鳴り始め、男達の歓声を受けながらアイシャはステージで歌を歌い始めた。

 

「うわぁ……」

 

 思わずタケルは感嘆の声を漏らす。

 以前、砂漠でバルトフェルドと共に出会った時の落ち着いた印象とは違う。

 楽しげで、躍動感があって、なんとなく生命力を感じる様な歌であった。

 

 生きていると。自分はここにいると。

 周りに知らしめるような、そんな歌を歌うアイシャの姿にタケルは見惚れた。

 

「ほれよ坊主」

「あ……どうも。ってミルク、ですか?」

「ガキに酒は出せねえだろう」

 

 マスターからグラスに入れられたミルクを出されて、タケルはキョトンとしながらそれに口をつけた。

 少し甘いのは何かしか足したのだろうが、それが当然と思われてることだけはどこか釈然としなかった。

 

「それで……僕は何でここに連れてこられたのでしょう?」

「そんな事俺に聞くなよ。あいつに聞けあいつに」

「あっ、そうですよね……」

 

 いつの間にやら2曲目に入っているアイシャへと振り返り、タケルは今一度冷静になって状況を整理した。

 場所は連れてこられた小さなバー。周囲にはアイシャ以外に知り合いは無し。アイシャも知り合いとするにはかなり厳しい間柄だが、少なくとも顔見知りではある。

 後はちょっと気の利きそうなマスターと、現在アイシャを囲って夢中になってるおじさん達がたくさんというところであった。

 

「(何で、こんな事に……)」

 

 急な状況の変化にいつの間にやら涙は止まっていた。

 胸の内にあった痛みも、空虚も、なりを潜め落ち着いてきてはいた。

 存外単純なものだとタケルは胸中でごちた。

 周囲の雰囲気に引っ張られているのだ。

 楽しそうな空気に、騒がしいこの場所に、先程まであれほど心を蝕んでいた悲しみが押し出されていた。

 

 ふと、歌っているアイシャと目が合う。

 タケルの視線にアイシャも気が付いたのか、愛らしい笑顔を振り撒きながらまたウインク一つ飛ばされた。

 鼓動が一際大きく跳ね、タケルは思わず顔を赤らめて視線を逸らしてしまう。

 砂漠で、彼女に手篭めにされた事は記憶に新しい。

 涙交じりの懇願が、今この場では世の男性を虜にする魅力的な笑顔に変わっただけだ。

 タケルが見惚れるには十分であった。

 

 それが妙に恥ずかしくて、照れ隠しにタケルは振り返るのをやめ、手元のミルクへと視線を戻した。

 

「あの、マスターさん……聞いてもいいですか?」

「あん、どうした坊主?」

「アイシャさんは、ここで働いてるんですか?」

 

 バルトフェルドが討たれ、行く場所が無くて、そうしてここに流れてきたのだろうか。

 タケルは抱いた疑念を解くために、目の前の主人へと問いかけた。

 

「ちげえよ。あいつはただここに歌いにきてるだけだ。んでもまぁあんな調子だしよ……夢中になってる連中も多いからその分店の売上は上がってるし、その分の謝礼は出してるからここで働いてるってのは間違いねえかもしれんがな」

「そうですか……」

「なんだ坊主、あいつの事が気になるのか? やめとけやめとけ……ありゃ一癖も二癖もある女だ。坊主じゃとても相手にならねえだろうさ」

「知ってますよ。もう経験済みですから。あの人の笑顔と涙は恐ろしいです」

「だよなぁ。俺もあの不敵な笑みというか読めない表情がどうにも怖くて」

「あら、それはどう言う意味かしら?」

 

 聞こえた声にびくりと背中を震わせて、タケルはそっと右後方を。逆にマスターは何かを隠すような仕草でそっぽを向いて聞こえた声から目を逸らした。

 そこには歌い終えて少し汗ばんだ様子のアイシャが、タケルが苦手とする笑顔を貼り付けて立っていた。

 

「相変わらずかわいく無いんだから──でも、そう言うところはアンディと一緒ね」

「それはどう言う……というか、可愛いと言われても嬉しく無いです」

「ふふ、照れないの」

「照れてません!」

 

 これ以上はからかわれるだけだと、タケルは視線をミルクへと戻してまた一口飲んだ。

 本当ならこんな場所で、こんな風にしている気分では無いのだ。

 ここに連れてきたアイシャの真意は不明だが、早々に飲んで立ち去りたかった。

 

「隣、座るね」

「──好きにすればいいじゃないですか。どうせ断っても座るんですから」

「もぅ、泣いてたと思ったら怒っちゃって、本当に坊や見たいね」

「っ!? 大きなお世話ですよ」

 

 思わず、声を荒げそうになりギリギリでタケルは踏みとどまった。

 周囲は未だアイシャの歌の余韻に浸って盛り上がっている。そんな場を壊したくはなかった。

 

「聞いてもいいかしら?」

「──どうぞ」

 

 どうせ断れないだろう。そんな諦めの境地の中タケルは投げやりに答える。

 

「何で、泣いてたの?」

 

 まぁ、そうだろう。

 あんなところで道端に座って泣きじゃくっていたのだ。疑問には思うだろう。

 詳細な説明などしたくない……というよりできなくて、タケルはアイシャに背を向ける。

 

「──色々あって、です」

「じゃあ今は泣かなくて平気なの?」

「ここはそういう場では無いでしょう」

「じゃあ、そんなに大したことじゃ無いのね?」

 

 カッと再び声を荒げそうになるのをタケルは必死に押し殺した。

 ひとの気持ちも知らず勝手にこんな場所に連れてきて、勝手なことばかり言って。

 本当なら泣きたいのだ。辛く悲しい現実から目を逸らして。

 無理やりこんな騒がしいところに連れてきておいて何をいうか。

 そんなアイシャに今度こそタケルは鋭い視線を向けた。

 

 だが、当のアイシャはまるでどこ吹く風である。

 

「我慢できるなら、大丈夫なんでしょ?」

「知った様な事言わないでください!!」

 

 押し殺す限界を迎え、タケルは遂に店中に響き渡るような声をあげてしまう。

 

「貴方に僕の何がわかるんですか! ここで楽しそうに歌って、求められて生きている貴女に! 

 誰にも求められず生まれて、知らぬうちに身代わりにされて! 都合よい身代わりに仕立て上げられていた僕の気持ちが!」

 

 一度自制心を壊すと、もう止まらなかった。

 感情が声を荒ぶらせて、悲しみは涙を溢れさせた。

 その場がどうこうという認識は意識の片隅に追いやられ、タケルはアイシャに胸の内をぶちまける。

 

「裏切られていたんです! 偽りだったんです! 

 信じていた、大切な家族にすら────信じていた、大切な繋がりさえも」

 

 消えいるような声が……静かになった店に溶けていった。

 今や店中の視線がタケルに向けられ、落ち着き始めたタケルは自分の行いを理解する。

 

「坊や……」

「──すいませんでした。場の空気を悪くして……失礼します」

「待て待て待て、坊主!」

 

 居た堪れなくなって慌てて店を出ようとしたタケルを、しかし1人の客が止める。

 

「な、何でしょうか?」

「言いっぱなしはずるいだろう? 言いたいこと言ったんだから聞いてくれなきゃフェアじゃねえ。マスター、坊主に一杯出してやってくれ」

「バカ言ってんじゃねえ、ガキに酒は出さん」

「じゃあこっちで俺達が奢ってやらぁ、それ!」

 

 不意に腕を掴まれ引っ張り込まれると、タケルは大きなテーブル席の方へと放り込まれた。

 

「えっ、あのっ、ちょっと!?」

「遠慮すんな。ほれまずは飲め飲め!」

 

 おっさん達の渦中へ放り込まれたかと思えば即座に空のグラスが目の前にすっと出され、見事な連携で氷とウィスキーが注がれる。

 ちなみに両サイドには屈強なおっさんが座り、肩を組まれロック状態だ。

 

「それ、まずは駆けつけ一杯ってな!」

「いや、僕お酒は──ふごぼっ!?」

「あーあ、やりやがったよバカ共が」

 

 ため息交じりに吐き出されるマスターの嘆きを耳に入れながら、タケルは琥珀色の苦い液体を嚥下していく。

 以前にエリカに飲まされたものより余程強烈な酒精に喉が焼けるようであった。

 

「んっく……ごほっ!? うぅ、にっが。しかも喉が焼けるみたいに熱い」

「よーし、いい飲みっぷりだ坊主。これで俺達は飲みダチってわけだ。さぁ、トップバッターは誰だ!」

「よっしゃ、俺からだ!」

 

 ドカンと、タケルの対面に座るのは1人の男。

 既にそれなりに飲んでいるのだろう。その顔は少しばかり赤い。

 

「なぁ、聞いてくれよ坊主」

「は、はい……」

 

 もはや断る雰囲気でもなく、押し流されるようにタケルは頷いた。

 

「実はよ、俺コーディネーターなんだ」

「そ、そうですか……」

「はっ?」

「そうだったのかお前」

「知らなかったんだが?」

 

 そりゃあオーブなんだからコーディネーターくらいいるだろうと思ったタケルの反応とは裏腹に、周りからは驚きの声が上がる。

 逆に今それをカミングアウトして大丈夫なのかと、タケルは疑問を覚えた。

 

「んでよ、俺をコーディネーターにしたせいでガキの頃に俺の両親はブルーコスモスのテロによって殺されちまった……俺を狙ったテロでな」

「え?」

 

 マジかよとか、いきなり重過ぎだろとか。

 そんな声が周囲から聞こえる中、タケルも目の前の男の強烈な過去に目を見開いた。

 

「それで、オーブに?」

「あぁ。ここくらいしかコーディネーターが安心して暮らせるところはないだろうしな。つっても、聞いての通り素性はほとんど隠して生きてきたが」

「オーブとは言え、ナチュラルからの風当たりは強いでしょうからね──そんな話、今ここでして良かったんですか?」

「不味いと思うか?」

 

 目の前の男に問われ、タケルは周りをひっそりと観察した。

 驚き、はあるのだろう。しかし嫌悪はない。忌避も、恐怖も、周囲の客からは見られない。

 それが、目の前の男の人となりを皆知っているが故にくるものだと、タケルは思えた。

 

「大丈夫、見たいですね」

「そう言うこった」

「おーし、次は俺だな」

「えっ、代わる代わる!?」

 

 待ち構えていた次の男性がタケルの前にまたもドカンと座る。

 どうでもいいが、どうしてここにいる人たちは皆それなりに屈強な体つきをしているのだろうか……タケルは少しだけ気になった。

 

「俺はよ、今でこそ独り身なんだが以前は嫁も娘もいてな──」

 

 次に聞かされた話は痴情のもつれであった。

 要約すれば妻に裏切られ、別の男に全てを奪われ逃げられた。

 残された時は死のうとも思ったが、それでも生きてきた。そんな男の独白であった。

 ちなみにこちらも、周囲から初耳だと驚きの声が上がっていた。

 

 そうして次々と、対面に男達が座り、タケルに自身の何かをカミングアウトしていく。

 

 中には最近娘に避けられているとか、家に帰ると冷たくされるため帰りたくないとか。

 そんな取るに足らない話もあったが、戦火に全てを奪われオーブに逃げ延びてきた者や、コーディネートに失敗して両親に捨てられた人もいた。

 

 それなりの人数の話を聞く頃には、タケルは最初の一杯による酒精に少し頭がふわふわしていたが、それでも彼らの話に共感して荒んでいたはずの心を落ち着けていた。

 カミングアウトの名乗りが上がらなくなったところで、タケルはようやく終わったかと小さく息を吐いた。

 

「ふぅ……」

「はは、悪かったな坊主。だがさっきのお前さんの叫びを聞いたら見過ごしちゃおけなくてな……」

「いえ、おかげで冷静になれました。それにしてもこのお店、随分と訳ありの人が多いんですね」

 

 最初にタケルを捕まえた男──金髪碧眼の偉丈夫のような男だが。

 彼は隣に座り込み、タケルに今度はミルクの入ったグラスを差し出した。

 それを受け取り口にしつつ、タケルは今さっきまで聞かされたことを振り返離ながら問いかけた。

 

 普通であれば、ここまで特異な境遇の人達が揃っているような事はないだろう。

 よく聞く話といえばよく聞く話だが、それでもそんな事情を抱えているような人は多くはない。

 こんな場末の酒場で、今日という日にこれほどそんな人間が揃っているのには、理由がある気がした。

 

「マスターが聞き上手なもんでよ。人知れず何か抱えているような人間が集まりやすいってわけだ」

「そう、なんですか……でも、そういう場所があるのは良いですね」

 

 自身のように、思い悩むことが多い人間にとっては凄く価値のある場所だと──そう思えた。

 いつの間にか、タケルはここの空気が好きになっていた。

 

「なんで、貴方は僕の事を……?」

「ヴァンだ。別になんて事はねぇ、ただお前さんが気に食わなかっただけだ」

「あっ、タケルです。気に食わない──ですか?」

 

 あぁ。と、ヴァンは口髭を生やした顎を撫でつつ、小さく笑った。

 

「自分が一番不幸って顔してよ。さっきアイシャに言ったろ? 求められてる貴女に何がわかるんだってな」

「はい」

「じゃあ聞くが、()のお前さんは誰にも求められていないのか?」

 

 ヴァンの言葉に、ハッとしてタケルは目を見開く。

 

「誰にも認められず、誰にも見てもらえず、望まれず……そんな風に生きているのか? 

 俺には坊主が、随分頼り甲斐のありそうな人間に見えるけどな」

 

 タケルは、投げられた言葉を噛み締めた。

 確かにそうだ。

 自身の功績は認められている。頼られてもいる。

 アサギ、マユラ、ジュリ。エリカだってそうだ。

 先程、屋敷ではサヤが心底自身の事を心配してくれていた。

 妹ではないとわかったカガリだって、仮にこの事実を知ったとしても変わらず接してくれる──その確信がある。

 カガリがこんな事実で自分との関係性を変えない事は、アマノに引き取られた時に証明されている。

 

「俺もな、まぁ色々と辛いことはあったがよ。いつの間にか悲観するのはやめた」

「悲観するのをやめる、ですか?」

「いろんな生まれ、いろんな事情が人それぞれあるだろう。騙され裏切られ、嘘を吐かれ、人生なんてそんなことばっかりだ──でもよ」

 

 一拍を置いて、ヴァンは唸るように息を吸うとタケルに視線を向けながら口を開いた。

 

「それまでを生きてきた、自分の意志だけは絶対に嘘じゃねえだろ?」

「自分の……意志」

「俺が気に食わねえって思ったのは、坊主が生きてきた理由を他人のせいにしたことだ」

「他人のせい、ですか?」

「誰かのため、大切な人のため、そんな欺瞞で自らの行いをひとのせいにするな。

 お前がこれまで生きてきたのは自分のためだろう? 頑張ってきたのは自分のためだろう? 自分がそうしたいから、やってきた──生きてきたんじゃ無いのか?」

「そう、ですけど」

 

 オーブの為にMSを開発した。

 カガリの為に必死に戦った。

 

 誰かのために、何かのために。

 だがそれは所詮主観的な見方だ。そしてもっと主観的に見るのなら。

 

 タケルはオーブを守りたいからMSを開発してきたし、カガリを守りたいから必死に戦った。

 それらは全て、自分の為である。

 

 そして、そうやって生きてきたから今のタケル・アマノがある。

 

「でもそれは……強い人の言い分ですよ」

「違うな、それは弱いやつの言い訳だ」

「手厳しいですね……」

「他人のせいにするよりは自分を御し易いってだけだ」

「なるほど」

 

 真理ではある。

 誰かの、何かのせいにしていては何も変わらない。

 全ては自らのせいであり、自らのためである。言葉にすれば妙に利己的にも見えるが、だからこそ自分を見失わないともタケルには思えた

 

「俺には想像もつかない何かが、坊主にはあったんだろうな。

 だが、今の坊主を形作るのはこれまでの坊主だろう? 自分を──見失うなよ」

 

 どこか忠告めいた言葉を残して、ヴァンは再び飲むことを再開した。

 言いたいことは言ったのだろう。

 もうタケルを見ることはなかった。

 

「ふふ、大人気だったわね坊や」

「アイシャ、さん……」

 

 待ち構えていたかのように、今度は隣にアイシャが座った。

 タケルを待っている間にアイシャも多少飲んでいたのだろう。

 赤みかかった彼女の顔色に、また幾分か心臓の鼓動を早めさせられたタケルは、おずおずと切り出した。

 

「先程はすいませんでした。不遜な物言いで酷いことを言ってしまって」

「ん? 何のことかしら?」

 

 まるで何も気にしてない様に……事実気にしていないのだろう。

 アイシャはタケルに対して悪感情を欠片も見せずに接してきた。

 

「アイシャさん、改めて聞きたいんですけど、どうして僕をここに連れてきたんですか?」

「んー、なんとなく?」

「なんとなくって……そんな理由」

「あら、いけない? 人間なんてそんなものでしょ?」

「僕とアイシャさんでは、人間の定義が随分違いますね」

「坊やは考えすぎなの。だから考えすぎて泣き虫さんになっちゃう」

「ほっといてください」

 

 もう声を荒げることも、怒りを覚えることもなかったが、代わりに羞恥を覚えてタケルは視線を逸らした。

 今思えば、バルトフェルドと一緒に彼女に出会った時は必死に取り繕っていた仮面が剥がれ、今日の再会で散々泣き顔を見られた。

 恥ずかしいことこの上ない。

 尤も、アイシャはすでに砂漠でタケルが涙脆いことを知っていたがために、今更ではあるわけだが。

 

「ヴァンが言ってたでしょ? 自分のために、自分のせいにして生きなさいって。

 だから坊やは余計なことを考えずに自分のために生きてればいいじゃない?」

「他人のせいにするな、ですか?」

「アンディが死んだのだって、貴方達のせいじゃないもの」

 

 びくりとタケルの肩が震える。

 アイシャがあまりにも普通に……普通というには少し語弊があるかも知れないが、それを感じさせず接してきたために気が付かなかったが、本来であればアイシャにとってタケルは地球軍にいて敵対していた、バルトフェルドの仇。

 恨み辛みの一つがあってもおかしくない。

 

「アイシャさんは、僕達を恨んでいないんですか?」

「言ったでしょ? 自分のために生きてきた結果。誰かに恨みをなんて気はないわ」

「──強いんですね」

「弱いわよ……だから自分の世界に逃げるの。その方が、疲れないから」

 

 なるほど、そういう考え方もあるのか。と、タケルは感心した。

 ヴァンの言葉は強い人の言い分だと言ったが、アイシャからすれば弱い故に自身のせいにするという側面を持つのだろう。

 タケルもまたこれまでに、散々自責の念に駆られてきている。

 そう考えれば、弱いからこそ自分の世界に逃げるというアイシャの言葉にも納得できた。

 自分のせいにしていた方が、気が楽な人もいる。

 

「結局僕は、どう受け止めれば良いんでしょうかね?」

「ん、何を?」

「知りたくなかった真実。裏切られた関係────僕の、存在している意味」

「そんな事、聞かれて答えられる人なんていないわ」

「それも、そうですね」

「でも──」

 

 何かを言いかけるアイシャに、タケルはどこか緊張した面持ちで彼女が口を開くのをまった。

 

「これまでそれを知らなかったのなら、今の貴方が貴方でいることに、それは何も関係ないんじゃないかしら?」

「関係……無い?」

「だって知らないまま生きてきたんでしょう? 今知ったところで坊やの何が変わるの?」

「あぁ、なるほど──確かに、そうですね」

 

 腑に落ちる。

 確かにそうだ。それを知ったところで、タケル・アマノがやるべきことは変わらない。

 やりたいことは変わらない。

 真実を知ったところで、オーブを守りたい気持ちは変わらないし、カガリやサヤを愛する気持ちも変わらない。

 アサギ達やエリカだって大切な仲間のままだし、アークエンジェルの皆とも戦友のままだ。

 

 変わるとすればウズミと、カガリの本当の兄弟であることがわかったキラを見る目だけは変わるかも知れない。

 が、全てを知っていたウズミはともかく、キラは何も知らないだろう。

 そんな彼に、タケルが何かを思うことはなかった。

 

「ありがとうございます、アイシャさん。何だか、凄く……気持ちが楽になりました」

「そう? それなら良かったわ。

 泣き虫なままの坊やじゃ、私も見守り甲斐がないもの」

「見守り甲斐、ですか?」

 

 意図の読めないアイシャの言葉に、タケルは疑問符を浮かべた。

 

「アンディはね、自分の代わりに坊や達と仲良くしてくれって。自分はそれを叶えられないから、私に代わりにってね」

「バルトフェルドさんが……」

「えぇ。だから私は今、ここにいるの」

「そうだったんですか。あの人が……」

 

 そう考えると、巡り巡って今は亡きバルトフェルドに助けられた気がしてタケルは一つ、また心が温かくなった。

 やはりあの人はずるい人だ。自分だけ先に逝って、こうして後出しで手を差し伸べてくるのだから。

 だったら自分で手を差し伸べに来いと、タケルは胸中で似合わぬ悪態をついた。

 

「ありがとうございます……バルトフェルドさん」

「ところで坊や、顔が真っ赤だけど大丈夫かしら?」

 

 不意にアイシャが顔を寄せてきて、タケルは思わず仰け反った。

 誰が見ても見惚れるであろう整った顔立ち。

 酒精の影響とは別に、思わずタケルは赤面した。

 

「だ、大丈夫ですよ。今は落ち着いていますから。近い、近いですって!」

「でもフラフラしてる……帰りにどこかで倒れられても困るわ。今日はマスターに泊めてもらいなさい」

「大丈夫ですから!」

 

 慌てて立ち上がるも、足元はふらついた。

 幸か不幸か──ふらついた先がアイシャのいる方であったのはタケルにとっては不幸であったのかも知れない。

 

「ほーら、そんな状態で帰せるわけないわ」

 

 さらっとタケルを受け止め、そのまま流れるように横抱きへ移行

 多少、同年代の少年より小柄とはいえ男であるタケルを軽々と抱えた。

 

「えっ、ちょっ、あ、アイシャさん!?」

「マスター、2階の部屋借りるわね。ちょっと坊やを寝かしつけてくるから」

「部屋代は今日の分から引いとくぞ」

「はぁい。いいわよ」

「いやっ、ちょっと待ってください! 僕は帰りますって!」

「こーら、暴れないの。危ないでしょ」

「アイシャさん、勘弁してくださいよ!」

 

 タケルの文句もなんのその。アイシャはそのままタケルを抱えてバーの奥から2階へと上がっていき、その先にある小さな部屋のベッドへとタケルを寝かせた。

 

 

 余談だがその夜、タケル・アマノは16歳にして年上の女性に子守唄を歌われ寝かしつけられるという屈辱を味わうことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パナマ基地は既に壊滅に近い状況であった。

 

 主力を配備していた。

 十分な戦力を用意していた。

 

 だが、ザフトのアラスカにおける部隊損耗率は当初の予定を2割下回る6割。

 そして、非道な作戦を実行した地球軍に怒り心頭のザフトは、アラスカの弔い合戦と士気も上々。

 極め付けに、ミゲル・アイマンとディバイドによる部隊誘引もあり、降下部隊への初期迎撃に失敗した事で部隊は総崩れ。

 司令部では次々と部隊の全滅報告が流れていた。

 

「第3中隊壊滅! 敵MS部隊、第2防衛ラインを突破!」

「第6機甲部隊壊滅! 部隊損耗率45%を突破!」

 

 司令官である将校は苦々しく戦況を見詰めた。

 

「第13独立部隊を展開しろ……」

「よろしいのですか?」

「何の為に作らせたMS部隊だ。奴らに、我々の底力を見せてやるわ!」

 

 

 

 ザフトのMS部隊を、緑の光条が襲う。

 

 戦場に現れたのは濃青と白に彩られたMS部隊。

 地球軍がXシリーズの量産化に成功した正式採用の主力機体。

 “ストライクダガー”と呼ばれる機体であった。

 

「ストライクとか言う連合のMSか?」

 

 突如現れたMS部隊に次々とジンやザウートが撃ち抜かれていく。

 その様を、グゥルに乗ったデュエルのコクピットで、イザークは苦々しく見ていた。

 

「チッ、あの程度のMSに……」

「そう言ってやるなイザーク。俺達と違って、他の連中は対MS戦闘なんか知らねえんだからよ」

 

 今までMSと言えばザフトの機体がほとんど。

 ようやく開発した連合のMSであるXシリーズも、ストライクを除きザフトに奪われている。

 つまり、ザフトの兵士の殆どが、MSとの戦闘を知らないわけだ。

 浮足立つのは無理もない事であった。

 

「その声、ミゲルか?」

「よっ、イザーク。ちょい久だな」

「貴様、そんな機体に乗って何を悠長な。急いであれをやるぞ!」

「そう言うと思ってたぜ。引きつけなきゃいけねえからな……突っ込むぞ、イザーク!」

「無論だ!」

 

 ディバイドは腰に備えたビームソードを、デュエルは弾薬も残り少ないアサルトシュラウドをパージして、グゥルより飛び降りた。

 

 狙うは接近戦。

 幸いにも出てきたMS部隊の数は多くはなかった。

 乗りたてのヒヨッコどもに負ける気など、ミゲルにもイザークにも毛頭ない。

 

「いやあああ!!」

 

 気合一閃、サーベル片手にデュエルがストライクダガーの部隊に突撃していく。

 ディバイドからそれを見ていたミゲルはふとその光景に既視感を覚えた。

 

「イザークの奴……さてはシミュレーターで相当練ってやがったな。完全にあいつの動きじゃねえか」

 

 味方に攻撃が向かないよう、先立って突撃し敵陣のど真ん中に入り込む。

 そしてデュエルの持ち味である白兵戦を最大限に生かす立ち回り。

 

 カーペンタリアでタケルに言われたことが相当ショックで、必死に鍛錬してきたのだとよくわかる動きであった。

 

「あんなの見せられたら、こっちも先輩として本気で行かねえとな!」

 

 イザークの動きに奮い立ったミゲルは、ディバイドのビームソード出力を最大値に設定。

 その名の通り、敵を分つ巨大な光の剣が形成されると、デュエル同様ストライクダガーの部隊へと突撃していく。

 

「っしゃぁ!」

 

 デュエルと違うところはその速度。そして何より最大出力となったビームソードの範囲であろう。

 背部の大型バーニアがもたらす圧倒的な速度を持って急速接近。

 ダガー部隊が迎撃のビームライフルを構える暇すら与えずに、すれ違いざまの一振りで複数の機体を一挙に両断していく。

 

 ガラディンによる変幻自在の射撃と、ビームソードの圧倒的出力による防御すら許さない接近戦。

 これが、ディバイドの本領だ。

 

 センサーが拾う新たな敵機反応。

 ミゲルにとって嬉しいことに、まだまだストライクダガーの部隊はいるようであった。

 

「はっ、そうこなくっちゃな。そろろグングニールも投下されるだろうし……お前達は全員、俺とディバイドの練習相手だ──さぁ、いくぜ!」

 

 

 新たな敵機の出現に舌なめずりをしつつ、ミゲル・アイマンは戦場に躍動した。

 

 




いかがでしたか。
これにて、主人公の出生と乗り越えの流れ終了。

主要な人物や、関りのある人じゃなくて
ふらっと何となく出会った人から、きっかけをもらうって展開が好き。
でもアイシャにもちゃんと関わって欲しい。そんな流れから出来上がりました。


次はアンディとの再会が楽しみですね。


ミゲルと一緒にイザークもちょい強化。後々活躍してもらいましょう

感想、よろしくお願いします。

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