機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-72 心の在り方

 

 

 ──パナマ基地陥落。

 

 

 その報に、オーブは揺れた。

 

 それはオーブだけに限らず地球軍にも言える事ではあったが、ともかく戦争の情勢を変える大きな一手となった事は間違いがなかった。

 

 

 ザフトの進行部隊は、最新鋭機ディバイドの活躍もあり優勢に戦況を進め、新兵器グングニールを投下。

 EMPと呼ばれる電磁性衝撃波によって……電気仕掛の兵器を一挙に使用不能にできるこのグングニールが発動し、虎の子のストライクダガーは疎か要となるマスドライバーも、超伝導体レールが影響を受け崩壊。

 

 そして、なすすべ無く抵抗する力を失った地球軍は投降の姿勢を示すも、アラスカの惨劇を目の当たりにして怒りに燃えていたザフトの兵士達はこれを拒否。

 組織的な集団虐殺が行われて、パナマの地は凄惨を極めた地獄絵図となった。

 

 パナマにいた兵士、設備、その一切を、ザフトは殲滅した。

 

 

 

 

 

 

 だが、そんな世界の情勢など露知らず。

 タケル・アマノは見知らぬベッドで目を覚ました。

 

 起き抜けに感じたのは喉の違和感。

 どうも腫れぼったい。タケルはそれが昨日摂取した酒精のせいであると断じた。

 

「はぁ、結局されるがままだったなぁ」

 

 帰ると強硬に訴えてもどこ吹く風。実際問題、足元がおぼつかなかったのは否めないが、かと言って女性に抱えられ、ましてやベッドに運ばれて……あまつさえ子守唄まで歌われるなどと。

 完全に子供扱いであった。それもただの子供ではない、幼児とかそう言うレベルでの子供扱いだ。

 いくら酒精による影響や、それこそ出生を知り精神的に参っていたとはいえそんな事をされては逆の意味でキツイ。

 

 ──ダメだ記憶を滅却しよう。

 タケルは彼方へと昨夜の記憶を封じ込めた。

 

「あら、起きた?」

「ひゃい!?」

 

 と思いきや、記憶に出てきた当事者が姿を現す。

 本人を目の前にすれば記憶は想起されるもの。

 タケルの思惑はあえなく失敗。気恥ずかしくて、アイシャから目を逸らした。

 

「まだ朝は早いけど、マスターが気を利かせて朝食は用意してくれたわ」

「そうですか、ありがとうございます」

「それで、今日の予定は?」

「な、なんで聞くんですか?」

「付いていこうと思って」

 

 可愛らしく笑みを浮かべてアイシャが告げてくるが、タケルは前途多難と言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「ダメに決まって──あっ」

「ん?」

 

 しっかりきっかりはっきりと断ろうと思ったタケルだが、ふと頭にあることが過った。

 目の前の女性はMSを扱える人間だ。

 色々と性格に難はあるが……本当に性格に難はあるが、実力もはっきりしているパイロットである。

 

「どうしたの、坊や?」

「その……坊やって言うの、やめて貰って良いですか?」

「泣き虫が直ったら、考えてあげるわ」

「ぐっ、またそんな判断しにくいところを……」

 

 タケルにもオーブ軍人としての体裁がある。

 しかし、そうは言っても彼女は前言を変えないだろう。タケルはため息と一緒に諦めの境地に至る。

 

「わかりました。それはいいです……ただ、付いてくるのならお願いしたい事があります」

「お願い?」

 

 またどこか可愛らしく小首を傾げるアイシャに、タケルは真剣な表情を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍大西洋連邦政府。

 

 首都ワシントンでは、連邦政府の高官たちが一堂に集っていた。

 

 理由は勿論、一気に傾いてしまった情勢の為である。

 

「なんたる失態だ。ジョシュアが成功したところでパナマを落とされては何の意味もないではないか!」

「パナマポートの補給路が断たれれば月基地は早々に干上がる。これでは反抗作戦どころではないぞ!」

「ヴィクトリア奪還作戦を立案してはいるが……無傷でマスドライバーを取り戻すとなると、容易ではないぞ」

 

 紛糾する議会。

 パナマが陥落した今、宇宙との懸け橋となるマスドライバーを所有するのは占領されたヴィクトリア基地。

 そしてもう一つが、中立のオーブだけである。

 

「オーブは……オーブはどうなっている!」

「再三の徴用要請はしておるが、頑固者のウズミ・ナラ・アスハめ! どうあっても首を縦に振らん!」

 

 集まった高官たちの表情が険しさを増していく。

 そんな中、身なりの良い恰好をした一人の男が騒がしい議会を黙らせるような声を挙げた。

 

「おやぁ、中立だから……ですか?」

 

 金髪の若い男──彼の名はムルタ・アズラエル。

 アズラエル財閥の御曹司であり、連合の軍需産業を一手に引き受ける国防産業連合の理事であり、そして────ブルーコスモス。反コーディネーター思想の政治団体の盟主でもある人間だ。

 

 その莫大な資金力から、連合においては最大の出資者であり功労者。

 故に大西洋連邦内では非常に強い発言力を持っている。

 

「中立、中立ねぇ……いけませんねそれは。皆命を懸けて戦っているというのに──人類の敵と」

 

 まるで、コーディネーターを人間ではなく別種の存在と扱うような発言に、その場にいた高官たちは顔を顰めた。

 確かにコーディネーターは敵だ。だが彼が言うように、人類の敵などとは誰も思っていない。

 

「アズラエル。そのような物言いは止めてもらえんかね? 我々はブルーコスモスではない」

「これは失礼。しかしまた何だって皆様、この期に及んでそんな理屈を振り回しているような国を優しく認めてやってるんです? 

 もう中立だのなんだのと、言ってる場合じゃない。そうでしょう?」

「オーブとて主権を持つ国家だ。それこそ、そのような事は押し付けられまい」

「地球にある一国家なんですよ。であればオーブも連合に協力するべきです──違いますか?」

 

 高官たちは呻きを漏らして押し黙る。

 アズラエルの言い分は、地球を一つの国家としたときの話だ。

 この戦争はあくまで、地球にある主権国家の連合とプラントの戦争。

 地球とプラントの戦争ではない。

 だが、アズラエルの言葉に倣い、オーブを取り込むことで現在抱える多くの問題が解決する。

 

 マスドライバー。プラントと戦う戦力。

 そのどちらもが手に入るとなれば、オーブを取り込むことに否が無いのが本音だ。

 

「皆さんがお忙しいようであれば。僕の方で、オーブとの交渉、お引き受けしましょうか?」

「なに?」

 

 まさかの申し出に、一斉に怪訝な雰囲気が流れる。

 オーブとの交渉は簡単ではない。

 眠れる獅子の如く、未だその底が見えない国力──軍事力。

 技術力が高いのはXシリーズで周知の事実なのだ。へたに手を出せば、それこそ手痛い反撃を受けかねない。

 自信満々に交渉を引き受けるには、それなりに勝算があるはずであった。

 

「もしかしたら、あれのテストもできるかもしれませんしね」

「まさか、あの機体を使うつもりかね?」

「それは向こうの出方次第ですが……そのアスハさんが噂通りの頑固者なら、ちょっとすごい事になるかもしれませんねぇ」

 

 不敵な笑みを浮かべてアズラエルは議会を見渡す。

 既にその場は、ブルーコスモス盟主ムルタ・アズラエルの独壇場であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの格納庫にて。

 

 フリーダムを見上げながら、キラは先程聞き及んだ事実を反芻していた。

 

 

 ──パナマの陥落。

 

 オーブ国防軍は既にその話で持ち切り。

 詳細な情報を掴もうと奔走する中、キラはカガリからオーブ侵攻の可能性を聞かされていた。

 

 そうなれば、戦わなければならないだろう。

 

 オーブ(ここ)には守るべきものがたくさんある。

 家族が居ることだってそうだし、自分の国だと言う事もそうだ。

 何よりウズミが言うように、ナチュラルとコーディネーター。そのどちらもが滅ぼし合う未来に向かっている今……そんな未来に従う気は無かった。

 キラが望むのは、友人達と──プラントのアスランも、ヘリオポリスのサイ達も、タケルもカガリも。

 皆と生きる未来なのだ。

 

「お前は、一人でも戦う気か?」

 

 いつの間にか近くに来ていたムウの声に、キラは振り返る。

 

「はい──出来る事と、望むことをするだけです」

「それが難しい事だとわかっていても、か?」

「このままじゃ納得できないですし、僕自身、戦わないままでいられるとは思っていないから」

「そうか──そうだよな」

 

 どこか納得したように、ムウは頷いた。

 キラの言葉に何かが腑に落ちたのだろう。その表情にはどこか晴れたものがあった。

 

「キラ!」

「あっ、カガリ。どうしたの?」

「エリカ・シモンズが来て欲しいってさ。モルゲンレーテに……なんだか見せたいものがあるって」

「見せたい……もの?」

 

 ムウと顔を見合わせたキラは、カガリの案内を受けモルゲンレーテへと共に向かった。

 

 

 

 

 

 

「戻られたのなら、お返ししたほうが良いかと思って」

 

 キラ、ムウ。それから同様に呼ばれたマリューを伴って。

 モルゲンレーテに付いて案内されたのはMSの格納庫であった。

 エリカが示す視線の先にあったのは、今は懐かしいとさえ思える機体。

 

 完全修復されたX-105ストライクの姿があった。

 

「ストライク……直してくれてたんですか」

「回収した際にアストレイのOSを乗せておいたのよね。ウチの娘達に乗せてみようと思って」

「それって確か、タケルが作ったっていうナチュラルの嬢ちゃん達用の?」

「えぇ、そうです少佐。ただ、キラ君には新しい機体があるみたいだし、今度は別のパイロットが乗るのかなぁって思ったものだから」

「確かに、僕はもう乗らないですけど……どうしますか、マリューさん?」

「そうね。艦に置いておいても宝の持ち腐れになってしまいますが──」

「大丈夫だ、俺が乗る」

 

 名乗りを上げたのはムウ・ラ・フラガであった。

 その声に、キラはどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。カガリもまた、それが妥当だと思ったしエリカも納得の様子を見せる。

 ただ一人、マリューだけはどこか驚いた様子を見せた。

 

「少佐!」

「違うな艦長。俺も、艦長も……もう少佐なんて肩書いらないだろう。()()()()()()

 

 それは訣別の言葉。

 纏っていた軍服に背を向け、自ら考え望む戦いに身を置くことを決めた覚悟の証。

 そんなムウの言葉に感化されて、マリューは逡巡したのちに、同様に覚悟を決める。

 

「そうですね……ムウ」

「よし、それじゃキラ! いっちょ模擬戦と行こうぜ!」

「えっ、いきなり僕と模擬戦は……いくら何でも無茶苦茶ですよ」

「うるせー! 生意気言うんじゃないよ。ホラ行くぞ!」

 

「ん、あれ? フラガ少佐に、ラミアス少佐……ついでにキラまで。何でモルゲンレーテに?」

 

 飛び込んでくる声。

 彼等が振り返った先には、声の主であるタケル・アマノの姿があった。

 隣には、見知らぬ女性を連れてきており、キラとカガリが奇妙な反応を示す。

 

「た、タケルっ! その人!?」

「兄様! なんでそいつが!」

 

 振り返り、声をかけてくる2人に、僅かにタケルは息を呑んだ。

 

 関係無い──2人と自分がどんな間柄で在ろうと。

 これまでに築いてきた関係は。タケルが2人に向ける想いは変わらない。

 吞み下す。湧いてきた……抱いたわだかまりを。

 僅かに強張る体を叱咤して、タケルは笑みを浮かべようとした。

 

「ほら、怖い顔しないの」

 

 ポンと頭に手を乗せられる。

 小さな変化を機微に感じ取ったアイシャに背を押され、タケルは今度こそ全てを呑み下した。

 

「ちょっと待ってね、2人とも。今は先に皆に説明するから」

「おいおいタケル。誰だそのえらい美人さんは」

「説明するからそんなに食いつかないでくださいフラガ少佐。それと隣の女性に目を向けてください」

「へっ、隣?」

 

 そこには美人に鼻の下を伸ばすムウへと冷たい視線を向けるマリュー・ラミアスの姿があった。

 冷たい視線をうけてタジタジとなったムウを放っておいて、タケルはエリカへと向き合う。

 

「エリカさん。こちらはアイシャさん。M2のコーディネーター用の調整をするためにテストパイロットとして協力をお願いしました」

「ちょっとアマノ二尉、流石にどこの誰ともわからない人を」

「馬鹿なのか兄様! バカなんだな兄様!」

「タケル、流石に僕も彼女をテストパイロットっていうのは……」

「あぁ? キラとカガリの嬢ちゃんは知ってるのか? この美人さん」

「はい、一応……その、砂漠でアンドリュー・バルトフェルドさんが乗っていた機体に一緒に乗っていた人です。恐らくは、火器管制を担当していたかと」

「はぁ!? 砂漠の虎の?」

「何でそんな人がまた、こんなところで……しかもアマノ二尉が連れてくるなんて」

「そうだ、なんでお前がこんなところに──」

「はいはい、ちょっと待ってカガリ。連れてきたのは僕。そして、彼女の能力が有効に使えると思ったから連れてきた。それだけだよ」

「あら、使うだなんて、ちょっと悲しいわ」

「思っても居ない事を口にしないでください。あと、余計な茶々も入れないでください」

「はぁい」

 

 どこか気心が知れた様子でアイシャへと睨みを利かせるタケル。それを受けて肩をすくめるアイシャ。

 その様子に、警戒を見せていたキラとカガリは不思議そうにしながらも毒気を抜かれた。

 

「アマノ二尉、どういうつもり? 今更アサギ達とは別にテストパイロット?」

「はい。現在M2に積んでるナチュラル用OSとは別に、コーディネーター用のも用意します」

「何故? 必要性は?」

「ナチュラル用は汎用で作ったOSです。国防軍パイロット全員が扱えるように作られています。

 ですが、オーブには潜在的にいるコーディネーターも多い。そもそもOSにおけるナチュラル用とかコーディネーター用とか言うのは少し違くて、ナチュラルでも器用で能力があればより高度なOSで動かせるんです。

 だから、彼女には現在のOSの一段階上を作る為に協力してもらいます。それと、火器管制用のサポートシステムの開発にも」

「火器管制用のサポートシステム?」

 

 また新たに出てくる単語にエリカが眉を顰める。

 

「アカツキの武装を十全に使うためのサポートシステムです。実際に戦場で複座の機体に乗って火器管制を担っていた彼女から、そのサポートのノウハウを取り入れて完成させます」

「成程ね。いわば彼女の能力を機械的に作り上げようと?」

「そう言う事です。これを作る上で彼女以上に適任は居ないでしょう」

「なるほどね……はいはい、わかりましたよ。どうせダメと言っても聞かないんのでしょう? 本当に姫様の事となると徹頭徹尾で妥協しないんですから」

「当然ですよ。大切な──妹なんですから」

 

 いつも通りに、タケルはカガリの為と口にした。

 それが今は、自身のためでもあるという事を忘れず。

 そうして、どこか温かな視線を向けるタケルに、カガリは疑問符を浮かべた。

 

「な、なんだよ兄様……そんな嬉しそうな顔して」

「良いや、なんでもない」

 

 そして今度はキラを見やる。

 考えてみれば、アマノの人間であると言うのに未だカガリはタケルの事を兄と慕っているし、タケルもカガリを妹として見ている。

 そして昨夜、キラはカガリと実の双子であると聞いた。

 

「(そうすると、キラは僕の弟って事かな? そうだよね。良いよね、僕の弟で?)」

 

 誰に問うわけでも無く、脳内で自己完結してタケルはキラを弟認定する。

 恐らくキラからすればこんなに危なっかしくて、心配をかけるタケルが兄などあり得ないと言うだろう。

 

「な、何? タケル?」

 

 だがしかし、タケルにはカガリの兄という揺るぎない立場がある。

 勝敗は、既に決していた(何と戦っているかはよくわからないが)。

 

 タケルは再びどこか温かな視線を向けて、キラへと嬉しそうに笑むのだった。

 

「ううん、何でもない。

 そういえば、フラガ少佐にラミアス少佐は何でこちらに?」

「ん? あぁそうだった。ストライクをモルゲンレーテで回収してもらってたんでな。今度は俺が乗ることになって、今からキラと模擬戦をな。ほら、行くぞキラ!」

「いえ、ですから。いきなり僕となんて早すぎますって。大体ムウさん、MSを動かした事も無いじゃないですか」

「うるさい、俺は習うより慣れろってタイプなんだよ!」

「そんな無茶苦茶な!?」

「んー、それじゃあ手始めにアサギ達とやって見ます?」

「あぁ、それなら良いんじゃないか。彼女達なら良い練習相手になると私も思うぞ」

「あの元気っ子3人組か? そんなにやれるのか?」

「──それは、アサギ達では役不足だと?」

「まぁな」

 

 テストパイロットとは言え相手は戦場を知らない素人。

 軍人として。MAとは言えエースパイロットの名を欲しいままにしていたムウは、流石に素人には負けるはずがないと思った。

 そんなムウのどこか軽んじる言葉に、タケルは冷ややかな笑みを浮かべるのだった。

 ちなみにこの瞬間、キラとカガリはムウがこの後受けるであろう地獄を察して表情を青ざめた。

 

「安心してください。彼女達で満足できなければ僕が少佐の相手をしますから。それはもう懇切丁寧にねっとりたっぷりと教え込んであげますよ」

「いや、カガリの嬢ちゃんの訓練見てたからお前のそれだけは御免だ」

「ムウさん、そこまでわかってて何でさっきの様な言葉を……」

「さっきの言葉?」

「だ、だから」

「キラ、余計な事は言わなくて良いよ。さぁ少佐、準備しましょうか」

「お、おう……」

 

 どこか張り詰めた空気をムウが感じ始める中、タケルは携帯する通信端末でこんな事態になってるとは露も知らぬアサギ達をコール。

 

『はい、アサギ』

『こちらマユラです』

『ジュリです』

「3人とも、ちょっと訓練やめてハンガー来てくれる?」

 

 瞬間的に通信機から息を呑んだような気配が伝わる。

 これは未だ嘗てない程にヤバい状態に入った鬼教官の声だとすぐに察したのだ。

 

『りょ、了解!』

『イェッサー!』

『す、すぐに行きます!!』

「うん、急いでね……それじゃ、少佐はストライクで準備を。今のうちに少しでも慣れておかないと──相手になりませんからね」

 

 先程から感じていた張り詰めた空気。

 そして今放たれた挑戦的な言葉に、ムウはようやく虎の尾を踏んだ事を理解した。

 

「お、おい……タケル?」

「さぁ、ムウ。急いでストライクに乗った方がいいわ。アマノ二尉が言うように少しでも慣れておかないと……多分意味ないと思うけど」

「マリューっ!?」

 

 ボソっと付け足された言葉にムウは目を見開いた。

 この場で唯一の正規軍人である彼女であれば。戦場を知る彼女であれば。

 いくらタケルが訓練を見てきた少女達とは言え、ムウの勝利を疑わないだろうと信じていた。それだけに、そのショックは大きい。

 ムウは四面楚歌の様相となった場の空気から逃げるようにストライクへと駆け込んでいく。

 

 ちょうど入れ替わりでやってくるアサギ、マユラ、ジュリの3人。

 それを笑顔で迎え入れたタケルはすぐに口を開いた。

 

「急に呼んでごめんね3人とも。今からフラガ少佐と一対一で模擬戦やってもらうから。

 トップバッターはジュリね。次にアサギ、最後にマユラで行こう」

 

「「「は、はい!」」」

 

「さて、作戦なんだけどフラガ少佐はMSでの戦闘が初だ────だから、手加減なしできっちり仕留めに行こうか。こう言うのは最初が肝心だからね。

 ジュリはまず機体制御に集中ね。MAとMSじゃメインカメラが拾う映像がまるで違う。懐に潜り込むか、横か、背後か。ストライクの動きを読んでアストレイの柔軟性を活かして躱してからのカウンターで仕留めてごらん。

 アサギは逆に開幕から攻めに。ジュリ戦で慎重になったところへ苛烈に攻めたてよう。模擬サーベルに意識が集中したところに蹴りで向こうのサーベルを蹴り飛ばして後はボコボコにして良いよ。

 最後にマユラね。僕から指示する事は無いよ。ブレードパックで完熟してきたマユラがフラガ少佐に負けるわけないから思う存分やっちゃって」

 

「「「はい!」」」

 

「OK。それじゃ各自M2で準備を」

 

 自信たっぷりな返事に満足したのかタケルは再び顔に笑みを貼り付けて彼女達を見送った。

 そんなタケルの様子と先ほどの指示の内容に、少しばかりムウへと同情してしまうカガリとキラ。

 

「えげつないな兄様。流石に作戦まで与えるのは酷く無いか?」

「僕もそう思うよ。いくら彼女達が軽く見られたからって……」

「何言ってんのさ2人とも。いくらフラガ少佐が熟練のパイロットだからっていきなりMSを完璧に扱えるわけないんだ。戦場の経験だけで勝てたら苦労はしない。

 MSとMAは全然違うんだから、機体を動かす経験はちゃんとリセットしてもらわないと。MAや戦闘機の癖が残っても困るしね。

 だから、少佐には一分足りとも“自分がMSを扱える”なんて認識与えちゃいけない」

 

 私怨ばかりでは無かったかと安心するも、未だ冷笑は消えず。

 タケルの本音がどちらかなのは推し量れなかった。

 

「坊やったら、そんな顔もできるのね?」

「そんな顔ってどんな顔ですか。後ここで坊やはやめてください」

「あら、ごめんなさい」

 

 ふふふ、と小さく笑うアイシャに、タケルは先程までの冷笑を潜ませ苦々しい表情へと変わる。

 案の定、坊や呼びにカガリやキラ。そしてどこか目が光った気がしたエリカとマリューが小さく反応する。

 

「さぁ、僕たちは管制室に行きましょうか。そろそろ準備も終わるでしょうし」

 

 からかわれる気配を先取ってタケルは皆を管制室へと促した。

 何はともあれ模擬戦である。

 これまでの訓練の成果を見るにもちょうど良いと、タケルは別の意味でも楽しみであった。

 

「そうだ、そっちの坊やと子猫ちゃんもこれからよろしくね」

「ちょっ、僕まで坊やはやめてください!」

「誰が子猫ちゃんだ!」

 

 

 背後で騒ぐ姉弟を尻目に、タケルは上機嫌で管制室へと向かうのだった。

 

 

 余談だがこの日、モルゲンレーテには真っ白に燃え尽きた1人の佐官が横たわっていたそうな。

 

 




教官激おこって話。
実際問題MAと戦闘機なら互換性もありそうですがMSとなれば別ものでしょう。
初乗りマンと戦場未経験とは言えガチ勢の戦いでは勝負になるわけもなく。

ただその後オーブ戦役で普通にストライク乗りこなして大活躍なのはムウさん強すぎぃ問題。

さてそろそろオーブ戦役。
シロガネの初出撃がすごく楽しみな作者であります。
読者の皆様もどうぞご期待ください。

感想よろしくお願いします

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