[ウマ娘×TOUGHシリーズ] オグリ家と宮沢家との日常シリーズ 作:日常系好き
「やっぱり、まだ“違和感”あるなぁ…」
中央の中庭のベンチに座り、自身の脚を擦っている彼女の名は“サクラチヨノオー”。
かつて日本ダービーの激戦を制した物の限界を超えた事によって多大な負荷が掛かった彼女の脚は療養を余儀なくされ、最近になって包帯も取れてリハビリを開始するも本調子を取り戻せずに頭を抱える日々を過ごしていた。
「みんなから評判の宮沢さん親子の施術も受けてみたけど、『ほぼ完治してるけど心が追い付いていない』って事だったし…どうすれば調子を取り戻せるんだろう……」
現在の中庭に居るのは幸か不幸か彼女一人しか居らず、そんな悩める少女を眺める者は噴水に設置され、ウマ娘の始祖と呼ばれた“三女神像”のみであったのだが…気付くとチヨノオーの視界の端には“周囲を見回す男の姿”が確認出来た。
「あれ…? あの人、中央では見た事が無かったけど…記者さんかな?」
「キョロキョロ)………」
「その割には辺りを見回し過ぎだし…ひょっとして不審者?」
最低限の荷物を背負って殆ど表情を変えずに周囲の状況を把握しようとしている男にチヨノオーは不審者の線を疑うも、よくよく見ればその男の雰囲気は『困っている』様子が見て取れたので生来の気質が“良い子”であった彼女は僅かばかり逡巡した後、意を決してその男に話し掛ける事を決めた。
「あ、あの! お困りでしょうか!?」
「………(コクッ」
「ここは中庭ですので、宜しかったら私がご案内しますが……」
「………」
チヨノオーに話し掛けられた事によって男は反応を見せるも、それはまるで“耳が聞こえていない”様子であり、途方に暮れかけていた彼女の表情を見た男が荷物の中からタブレットを取り出して“文章”を打ち込んだ後、それを目の前に見せて来た。
【困らせてしまって済まない 俺の名はマーシオ・ジェット・内藤 耳は聞こえない身の上だが本日付けでこの中央で世話になる事になった 君は此処の生徒だな? 宜しく頼む】
「マーシオさん…新しいトレーナーさんですね!? 私はサクラチヨノオーって言います……って! “耳が聞こえない”んだったら今の自己紹介じゃダメでしたね えっと…私の“チヨノート”は確か……」
【問題無い 君の口の動きで何を話しているかは理解出来ている それと俺の事は『ジェット』と呼んでくれ 世話になった人達からはそう呼ばれているからな】
「は、はいっ! ジェットさん、宜しくお願いします!!」
タブレットで会話するジェットという不思議な男から感じるどこか“悲し気”で“優し気”な雰囲気にチヨノオーは初めの内に抱いていた警戒心が薄れ、彼女本来が持つ元気さと礼儀正しさを備えた挨拶を行った。
そんな彼女をどこか“眩しい物”を見る目で見ていたジェットであったが、彼女の立ち方に違和感を感じてタブレットに打ち込んだ質問を見せる。
【チヨノオー 君の脚だが、不調を抱えているのか?】
「えっ!? そ、そうなんです…施術師さん曰くもう殆ど治ってるらしいんですけど、『心が追い付いていない』らしくて…お恥ずかしい限りです」
【君が許可してくれるなら俺が按摩を施しても良いか? これでも地元では名の知れた施術師だったんだ】
「…わ、分かりましたジェットさん お願いします」
こうして始まったジェットによる按摩であったが、施術中の彼の表情は真剣そのものであり、その様子と宣言通りの高い腕前にチヨノオーは脚に溜まっていた疲れが抜けて行くのを感じ、施術が終わると自身の脚が新品になったと錯覚する程であった。
「うわぁ…スゴイ、スゴイです! ジェットさん! こんなに脚が軽いのは初めてです!!」
【あくまで俺がやったのは溜まっていた疲労を取り除いただけで、君の脚がほぼ完治しているのは事実だ 中央の施術師の判断には何の間違いも無い】
「そうなんですね…宮沢さん達だけじゃなくジェットさんみたいなスゴイ人が中央に入ってくれるなんて、とっても嬉しいです!」
「………」
「あ、あれ? どうしました? ジェットさん…」
自分の口から出た『宮沢』というワードを目にした瞬間にジェットの反応が鈍くなった事に気付いたチヨノオーは『何かまずかったのか』と思い、彼に質問を行ったがしばらくすると本人が首を横に振って再び持っていたタブレットに文章を打ち込み始めた。
【済まない、心配を掛けた 宮沢家の者は俺にとって親戚で、それこそ命を救ってくれた恩がある 当時の事を思い出していただけだ】
「そ、そうだったんですね…そんな壮絶な過去があったとは露知らず、気を悪くさせたのなら申し訳ないです」
【本当に気にしないでくれて良い 母を失ってからは天涯孤独だと思っていた自分に突然降って湧いた家族の存在は俺にとっても救いだ 話をされて気分が悪くなる事はないさ】
「…ジェットさん 今は“幸せ”なんですね?」
【ああ、そうだ そもそもこの中央に来る事になったのも家族の勧めだからな 格闘家として闘いを通じた相互理解を学べたが、今度は君達ウマ娘を通じて競技者としての心構えを学ばせて貰おうと思っているんだ】
「格闘家…ジェットさんって“闘う人”だったんですね」
「……(カタカタ」
【キー坊とはハイパー・バトル決勝で闘ったが、知らないか 女性で畑違いの競技であればそれも仕方ない】
「あ、あの強いキー坊さんと!? それは失礼しました!!」
チヨノオーが自身の浅学を謝罪するとジェットの方も『気にするな』という旨の文面を見せる。
【俺だって今更ながら君が日本ダービーを制したウマ娘だと気付いたんだ 失礼はお互い様さ】
「い、いえ私は…当時の事もただ必死に『負けたくない』って思いが先行して最後の方はあまり覚えていない状況でして……」
【その思いが君の限界を超えて自身の潜在能力を引き上げたんだろう 現在の心が追い付いていないという不調もそのズレが引き起こしているのだろうな】
「…そうなんですか?」
【俺も父の指導を受けて経験がある 壁を越えた後に新たな壁に直面した時、『越えられないんじゃないか』という思いは感じたが、既に自分にはそれを越える力が備わっていたという事を実感出来た経験がな】
「……な、成程」
【だから今は焦る必要は無い 休養期間中であるなら、その間にズレは自然と矯正されるだろうからな】
「…ありがとうございますっ! ジェットさんって名トレーナーさんなんですね!?」
ジェットの自分の経験から来るアドバイスを目にしたチヨノオーが目を輝かせながら礼を言った事に対しての本人の反応は“首を横に倒す”という“疑問を感じた物”であった。
【分からない 俺はトレーナーとしては未熟だから自分の経験則でしか君にアドバイスを出来なかった 今の君の不調だって別の要因なのかもしれないのだから全面的に信用されるのも困るぞ】
「いえっ! ジェットさんの言葉…文章には“力”を感じます! 私の心のモヤモヤが吹っ飛んじゃったんですから、きっと今のアドバイスは“正しかった”んです!!」
「…(カタカタ」
【そう言ってくれるなら、助かる 俺もウマ娘のトレーナーなんて初めての経験だったから君の言葉で少しだけ自信が持てたよ】
「はいっ! 自信持ってください! よぉしっ、今日の事は“チヨノート”に残しちゃおう!!」
【チヨノート? 君はノートに日記を書くのか?】
「いえ…日記というよりはアドバイスを格言の様に書いた物でして…例えば、今日の事なんかは『格闘家の金言、道にも通ず』みたいな感じですね」
「……(カタカタ」
【具体的なアドバイスは記載されてないが、それで君が分かるのであれば別に問題は無いか】
「はいっ! 大丈夫です! 今日頂いたアドバイスと共に『目指せ、憧れの人へ』ですね!!」
そう言って更に目を輝かせたチヨノオーを眩し気に見ていたジェットであったが、気になる事があったのか彼女に質問をする事にした。
【憧れの人、という事は君は明確な目標を持って競技者をやっているんだな?】
「そうなんです 私が子供の頃に見た憧れ、“スーパーカー”マルゼンスキーさん! 彼女を目標にし、いつか超える事が今の私の“夢”なんです!!」
【そういう気持ちなら俺にも分かる 幼い頃から俺を育ててくれた父の存在だ 鍛え上げてくれた彼への恩返しとして彼を超える事こそが現在の俺の目標なんだ 今回、中央のトレーナーをやる事になった理由の一つもそこにある】
「そう言えばジェットさんは『家族の紹介で中央へ来た』って仰ってましたもんね 宮沢さんの親戚という事は“お父さん”は……」
「ジェット、こんな所に居たのか 何時まで油を売ってるつもりだ、早く必要書類を書きに来い」
チヨノオーとジェットの前に現れたのは中央で『敏腕』と名の知れてはいる物の、殆どの女生徒から怖がられている存在である“宮沢鬼龍”であった。
そんな存在がジェットへ“彼の基準からすれば親し気に”話し掛けるのを見たチヨノオーは二人の関係を察したが、その時にはジェットは鬼龍の所へ向かおうとしていた。
「あ、あの……」
【チヨノオー、今日はありがとう この中央で最初に会えたのが君の様なウマ娘で本当に良かった】
「い、いえ…それなら良かったです」
「来て早々に有望な娘に現を抜かすのも結構だが手続きが済んでいない以上はお前はまだ“部外者”なんだ さっさと事務室へ行くぞ」
「コクッ)……」
こうして本日、宮沢鬼龍の息子の一人であるマーシオ“ジェット”内藤が中央へ赴任する事になった。
彼が来た事によって中央はどういった変化見せるのかをチヨノオーは一抹の不安とそれ以上の期待を持って事務室へと向かう二人の…“親子”の後ろ姿を見送るのであった。
オマケ
「ジェットよ、どうだ“
【地元でもウマ娘の按摩はやった事があったが、少なくとも今日出会ったチヨノオーはモノが違う それは生まれ持った脚質に加えて、この環境のお蔭で育まれた物なのだろうな】
「その通りだ 競技者としての敗北は上位層になるにつれ…“全てを懸けた者”になるにつれ『己を殺された』と錯覚させる程の屈辱感が襲う それを乗り越えて来た者達を凡百と比べるなぞ烏滸がましい事だ」
【あくまでやっているのは競い合いだが、彼女達はそれにより心から分かり合っている 俺とキー坊が体験した事を血を流さずに出来ているんだ あなたから誘われなくても興味自体は前からあったよ】
「それは結構な事だ…それで? お前は
【それは分からない だけど】
父である鬼龍の問い掛けにジェットは今日出会ったチヨノオーの“眩い笑顔”を思い出し、この場所には他にも『彼女の様な輝かしい存在が数多く居るのだろうか』という期待に胸が膨らむと自然と口角が上がるのを感じながらタブレットを叩く。
「………(カタカタ」
【楽しくなりそうだとは思っているよ 父さん】