鬼殺の子らと小鬼の話   作:ふみどり

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お館様と小鬼の話

 われらは鬼である。ほかに名はない。

 身の丈はほんの三寸ほどだが角はある。いっぽんづのもいればにほんづのもいる。角があれば鬼なわけではないが、角がなくては鬼といえまい。しかるにわれらは鬼である。

 ひとのこがこれほどまで増える前からぴょいこらぴょいこら存在し、その家の陰にそっと隠れて住まう、慎み深いわれらである。時折ひょいっとたべものを頂戴するが、ひとのこが食うに困らぬ程度にするのが嗜みというもの。奪おうと思えば根こそぎ奪えるが、それをせぬわれらは褒められ崇められるべきなのだ。

 そんな気の向くまま風の吹くままのわれらだが、残念なことに悩みがないでもない。われらよりも後から出でて、勝手に「鬼」を名乗る不届きもののことである。

 まったく礼のなっていない。そもそも鬼とはわれらのことであるのに、あのようなぽっと出の輩にその名を奪われ幾久しい。同じ鬼を名乗るならばまず先達たるわれらに頭を下げるべきであろうに、しれっと無視をしてはや千年。いかに寛容なわれらとて、さすがに千年待ちぼうけは許してやれぬ。

 しかもあのニセモノ、聞けば陽の光に弱く、ひとのこを喰らって生きるという。真の鬼たるわれらは陽の当たる縁側でぽかぽか微睡むのを心より好むし、ひとのこのようなまずそうなものは口にしない。それどころか食事は嗜好に過ぎず、食べなくても何とかなるのである。左様なわれらに比べ、ニセモノの何と哀れで貧弱なことか。やはり一緒にされては困るのである。

 

「それは確かに一緒にされたくないね」

 

 であろう、であろう。さすがはあまねの選んだおのこ、話がわかる。

 うん? あまねはこの屋敷に来る前からわれらのことが見えていた。ひとのことは不思議なもので、われらの姿が見えるものと見えないものがいる。だんだんと見えなくなるものもいるし、ふとしたときに見えるようになるものもいる。

 お前が今まで気づかなかっただけで、われらはずっとこの屋敷に住んでいた。それこそお前が生まれる前から、ずっと。夜泣きするお前をあやしてやったこともあれば、転びそうになるのを支えてやったこともある。さあさあ見えるようになったいまこそ、これまでの恩義に報いるがいい。

 

「ふふ、そうだね、ありがとう。お礼は何がいいかな、金平糖は好きかい?」

 

 ころりと輝く小さな星。多くを作り出してきたひとのこの、なかでもとりわけ上等の。時折あまねもころりとわけてくれるが、われらはこれに目がないのである。

 さすがはあまねの夫、良いこころがけと頷いて、われらは金平糖に手を伸ばす。ころころころり。何と甘美な。この大きさがまたちょうどいい。ちいさなわれらのもみじの中にもころりとおさまる。嗚呼、嗚呼、まるでわれらのために作られた甘味である。善哉、善哉。

 

「おかわりもありますよ」

 

 そう言うあまねの手には籠一杯のおほしさま。きゃわきゃわ喜び手を伸ばす。

 血筋なのか、あまねの一族のものは皆われらの姿が見えている。こっそり話しかけてくれたり甘味をわけてくれたり、それはそれはよくわかっているものたちなのだ。だから義に厚いわれらは、時折あまねたちに助言してやることにしている。

 曰く、雨が降ってきたから洗濯物を取り込め、と。

 曰く、こどもたちが外に出ようとしているぞ、と。

 曰く、耀哉がひどく咳き込んで苦しそうだ、と。

 

「なるほど、咳が酷くなるとすぐにあまねが白湯を持ってきてくれるのは、きみたちのおかげだったんだね」

「あら、ばれてしまいました」

 

 あまねはころころ笑い、耀哉はふふふと笑う。あわせてわれらもきゃらきゃらと笑った。

 われらは目立たぬ暗がりに在るが、あのニセモノのように陰鬱な性質ではない。あたたかいものは好ましく感じ、やさしいこころに引き寄せられる。それらを慈しみ、守るのもまた、われらの在り方であるが故。

 耀哉、かがやと名を呼べば穏やかにその瞳が揺れた。

 

「何かな?」

 

 何故耀哉にわれらの姿が見えるようになったのかはわからぬが、万事には意味があるという。やさしい耀哉の瞳に我らがうつり、そして助けを求めるならば、きっとわれらはそれに応えるべきなのだろう。鬼とはそういうものなのだ。しかるに。

 

「わたしたちを助けてくれるのかい?」

 

 耀哉とあまねがお礼の金平糖を忘れなければ、と付け加えれば、仲睦まじいふたりはもちろん、と楽しそうに笑った。

 

 

 ***

 

 

 その日から、われらは遠慮なく耀哉の前に現れるようになった。

 咳き込んでいればあまねを呼びに行き、眠れぬというなら外で見かけた面白い話をしてやり、少し体調の良いときは縁側で茶飲み話に付き合ってやった。もちろん対価は金平糖である。

 からからと口の中で星が転がる。われらが頬をおさえて堪能するさまを、耀哉は微笑ましそうに見ていた。

 

「きみたちは本当に金平糖が好きなんだね」

 

 もうひとつ、と耀哉は白い星を差し出した。われらは喜んでそれを受け取り、またからころと口の中で転がした。

 

「後から聞いたけど、こどもたちも君たちのことが見えるんだね。たくさん遊んでくれたと聞いたよ。ありがとう」

 

 何、構わぬとわれらは頷く。

 あまねの血が強く出たのか、ふたりの子どもたちは皆われらのことが見える。記憶も残らぬ幼少期だけ見えるこどもは多いが、あれらはどうやらそうではなかったらしい。今もわれらを見つけては、こっそり遊んでくれとせがむのだ。われらのことは耀哉には秘密だぞ、と約束すれば健気にそれを守ってくれていたよいこたちである。

 毬遊びに隠れ鬼、ままごとに付き合ってやったこともある。特に唯一のおのこである輝利哉はわれらと遊ぶのを好み、ひとけのないところでよくわれらを探していた。何とも健気で愛らしいことである。邪気のない童はわれらにとっても愛すべき存在であり、面倒を見てやるのもやぶさかではなかった。

 

「わたしのまわりだけかもしれないけれど、意外と見えるひとは多いのかもしれないね。ほかにも誰か、きみたちのことが見える人はいるのかい?」

 

 無論、いるとも。ほかではわれらを見えるものは希少も希少だが、何故だか鬼殺隊とやらにはそれなりに見えるものたちが集まっている。

 たとえばあいつ、それからあいつ、それにあいつ、いやあいつは見えるように見えて実は見えていないのだ、しかし疑わしい、ではあいつはどうだったか。

 指折り数えていく我らを、ふんふんと耀哉は興味深そうに聞いていた。

 

「そうだったのかい。……へえ、なるほどね。そうだな、話を聞いてみたいね」

 

 少し、わたしに付き合って一緒に遊んでくれるかい、とそう言った耀哉の瞳は、珍しく悪戯っぽく輝いていた。もちろん構わぬとわれらは大きく頷いた。

 われらは楽しいことが大好きなのである。

 

 

 ***

 

 

 ころんころん、すってんころん。ぴょいこらころり、ひょいころり。

 いつになく堂々と、陽の下にて転がってやればあら不思議。いつもわれらから目をそらす傷だるまは、滝の汗を流しながら困っている。嗚呼、愉快、ゆかい。日ごとに傷の増えていくこのひとのこは、幼い時分よりわれらのことが見えるのだ。

 

「どうしたんだい実弥、顔色が悪いよ」

「……な、んでもありません、お館様」

 

 耀哉の膝であくびをするわれもいれば、その背中をよじのぼるわれもいる。肩に座ってあしを揺らすわれもいるし、実弥にあっかんべをするわれもいた。耀哉はぜんぶ見えているのに知らんぷり。嗚呼、ああ、いじわるな耀哉。嗚呼、ああ、可哀想な実弥。その顔を見ながら、われはお茶菓子に出されたおかきに手を伸ばしてぱくり。がりごり、ごっくん。すうっと実弥の顔が一段と青くなる。われらの姿が見えぬものには、もちろんおかきがひとりでに浮かんで消えたように見えたであろう。

 テメェら、と実弥のくちが声にならない言葉を紡いだのを見て、堪えきれなくなった耀哉の肩が揺れる。嗚呼、もう少しあそびたかったのに。

 

「すまない、実弥、心配しなくていいよ。見えているから」

「、お館様」

「ほらほら、悪戯はおしまい。実弥に謝ろうね」

 

 きゃたきゃた笑うわれらはもちろん謝らない。悪戯もまたられらの本分であるし、何よりからかうと面白い実弥が悪いのだ。このひとのこときたら、昔からわれらのことが見えるくせに一向に慣れることがない。

 いや、思い出してみれば少しは慣れたのだろうか。幼い頃はぴいぴい泣いてばかりだったのに、弟妹が出来てからは泣かなくなった。必死で涙を堪えながら、弟妹には手を出すなと震える足で申すのだ。そんな健気なことをされてしまえば、さらにからかうのを止めることも出来ず。しかし、せめてと思い弟妹のいるときにはなるべく堂々と出ないようにはしてやった。もちろんはなから傷つけるつもりなどなかったが、見えぬはずのものが見えている実弥が弟妹から妙な目で見られるのは避けてやらねば。やさしいわれらの慈悲と言えよう。

 

「……見えて、おられるのですか」

「最近ね、急に見えるようになったんだよ。あまねは昔から見えていたそうだけど。話を聞いてみたら実弥も見えると言うから驚いてね。昔からなのかい?」

「物心ついたときには見えていました。俺にしか見えないと気づいたときには頭がおかしくなったのかと思いましたが」

 

 じろりと飛んでくる胡乱な目線。どんな凶悪な眼で見つめられたところでわれらに通じるものか。まことの鬼は恐れなど抱きはせぬ。その目線にもう一度あっかんべをかえせば、ぎりぃと実弥の奥歯が鳴った。愉快。

 耀哉の肩に乗るわれが、こしょこしょこしょと秘密をひとつ。

 

「うん? ……へえ、実弥は休みの日、誰にも見つからないように朝一番でおはぎを買いに行くのかい」

「!」

「育てているカブトムシの世話をしてから、それを食べるのが楽しみ、と。そうなんだ」

「なっ、テメェらァァァアア!!」

 

 わずかに顔を赤くする実弥に、耀哉と一緒にけたけた笑う。顔が凶悪になってもなんともからかいがいのあるひとのこよ。いくつになってもわれらから見ればひよこのぴよっこなのである。嗚呼、愛らしいこと。

 

「仲が良いんだね」

「違います」

「ふふふ。実弥はこのこたちがどういう存在なのか知っているかい? 私も正直なところよくわかっていないのだけれど」

「いえ……俺たちが殺している鬼どもとは違うということくらいしか」

 

 実弥はニセモノを知るより先にわれらのことを知っている。よって、われらとニセモノが別物であることを知っている。からかいがいがあるところだけでなく、そういうところもわれらのお気に入りなのだ。実弥の言葉に、われらは大きく頷いた。

 

「ただ、こいつらは個という概念があまりないようです。どういう理屈なのかわかりませんが、このうちひとりが見聞きしたことは、すぐ全員に伝わるようで」

「へえ?」

「……そのおかげで、何度か助けられました」

 

 実弥は恐る恐ると言ったふうに、われらにおかきを差し出してきた。金平糖には劣るがおかきもまたなかなかに美味である。受け取るままにぼりぼりと頬張った。うむ、掠めとったおかきも美味いが、捧げられたおかきはまた格別の味がするというもの。もっと寄越せと手を伸ばせば、実弥はまた面倒くさそうにひとつ寄越した。

 

「……迷子になった弟の居場所を教えてくれたり、ろくでなしの父が家に帰りそうなときを知らせてくれたり」

「やさしいこたちじゃないか」

「その何倍も悪戯を仕掛けられてますが」

 

 不機嫌そうな実弥に、きゃたきゃたと笑ってみせる。すっかり不貞腐れた実弥は、幼き日とおんなし顔。うむうむ、どれだけ傷をこさえようが、どれだけ粗暴に磨きがかかろうが、やはり実弥は実弥、たかが数年程度の月日でひとのこは変わらぬ。いや、幾年重ねたとてそう変わるものではないのだ。もう星の数ほどの歳月を過ごしてきたわれらは、ひとのこよりひとのこに詳しいのである。

 われらは知っているのだ。実弥の抱えるもの、その胸に渦巻くもの、そしてその背に負うものを。やさしい実弥が、ただやさしいだけの実弥ではいられなくなった理由。かよわいひとのこのくせに、よくもまああえて修羅の道を選ぶものと、背負うことを知らぬわれらはまこと不思議に思うのである。

 またそっと耀哉の耳に、こしょこしょこしょ。それを見たおこりんぼの口元がひくひくひく。今度は何を言いやがったと睨まれるが、われらは素知らぬ顔で口笛ぴゅうぴゅう。われらは知っている。こういうとき、ひとのこは口笛を吹いてみせるのだ。

 そしてわれの耳打ちを聞いた耀哉は、小さく吹き出して、言った。

 

「知っているよ、実弥が良い子だということくらい」

 

 おや、真っ赤な傷だるまの出来上がり。

 

 

 

 

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