胸を張って言おう。われらは悪戯が好きである。
声を上げて驚くさまはもちろん、首を傾げて混乱する者を見るのも好ましいし、何なら叫び声をあげて逃げてられれば愉快が過ぎてころころ転がってしまうくらいである。とはいってもやはり、ものには限度というものがあろう。
「いやああああああやっぱりいるぅう!! 最近見ないと思ったのにいいいいい!!」
われらは賑やかさも静けさも同様に好むが、ただただやかましいのは好まぬ。
この黄金の髪色のひとのこときたら、とにもかくにもきゃんきゃんわあわあうるさくて仕方がない。実弥とて幼い時分はぴいぴい泣いていたがここまでではなかったし、何より弟妹が出来ればそんなこともなくなったというのに。
このひとのこ、齢は十六にもなるはずなのにこれまた臆病で泣き虫なのだ。
「落ち付け善逸! どうした? どこか痛いのか? そっちには何もいないぞ?」
「ほらね炭治郎には見えてない!! やっぱ俺にしか見えてない!! 何でよりにもよって俺にしか見えないんだよこの鬼ぃいいいい!」
「鬼!?」
「あっ違うその鬼じゃないけど鬼がいるの!! たぶん俺にしか見えないんだけど!!」
あんまりやかましいので普段は姿を見せないようにしているのだが、われらうっかり。誇り高き鬼といえどそういう日もある。
このひとのこ、昔からわれらのことが見えたわけではなかった。いつであったか雷に打たれ、黒かった髪が今の金色になり、どうしたわけかわれらのことが見えるようになったのだ。初めてわれらを見たときの汚い声ときたら、失笑を軽く飛び越えて思わず五歩ほど引いてしまったほどの。われらをして後ずさりをさせたものなど、この永い永い記憶を駆使してもおそらくこの善逸くらいのものである。まこと見事な汚い高い声であった。
今日も今日とて騒ぎ立てるいかずちのこに、やれやれとため息をつきつつまた物陰へてちてちてち。ふと近くにかりんとうが目に入る。これ幸いとひとつ掠めとっていこうと手を伸ばすと、直前で奪われた。
「こいつは俺様のだ!」
嗚呼、この猪も違う意味で頭が痛い。
「? 誰に言っているんだ? 伊之助」
「知らん! 何か奪われそうな気がした!」
ばりぼりとかりんとうを噛み砕きながら伊之助は堂々とほざく。そう、この猪頭、われらのことが全く見えていない。にもかかわらず、甘味をかすめ取ろうとすると野生の勘なのか即座に反応し、それを口に放り込んでしまう。よもや本当は見えているのではと勘繰っていくらか悪戯を試しはしたが、たべものに関わるもの以外は全て見事に引っかかってくれた。どうやら本当に見えておらず、勘だけで察知しているらしい。山育ちにもほどというものがあろう。
「伊之助それ見えてんじゃないの!? 見えるの!?」
「何がだ!」
「あっこれ見えてない!! 見えてないのにかりんとう取られそうだったのわかったの!? お前すごいね!?」
「俺は山の王だからな!!」
涙を流しわめきながら感心するとは、善逸もなかなか器用なひとのこである。そして何を言われているのかもわからぬまま、とりあえず胸を張る伊之助は何ともはや。
ちなみに伊之助、赤子のころはわれらのことが見えていた。昔はたかはるの家に来るたびに声をかけてやり、時には鬼事や隠れ鬼にも付き合ってやったものだ。誰のおかげでこれほどまでにひとの言の葉を覚えたのか、少しはわれらに感謝の念をもっても良かろうに。慎み深いわれらは口には出さぬが、甘味を取られるたびにそんなことをちょっぴり思ったりするのである。
ところで伊之助の粗暴な物言いはわれらではなくたかはるの影響であるとだけは明言しておこう。
「……俺の目には何も見えないけど、何かいるのか?」
ひとりきょとんとする、赫灼の子。嗚呼、このひとのこまで混乱させては少しばかり可哀想だ。善逸がわれらのことを話すにしろ話さないにしろ、見えないところに行ってやった方が良いだろう。
炭治郎はわれらが見えぬ。幼き時分から、ちらりとも見えぬ。伊之助のように感じ取ることもないようで、たいていの悪戯にも軽く引っかかってくれる。それもまた血筋なのだろう、炭治郎の家族は誰もわれらが見えなかった。
「……いや、えっと……信じなくてもいいんだけど……」
ちらちらとわれらを見ながら言いにくそうにしている善逸。その瞳にあるのは畏怖や嫌悪でなく、純粋な気遣いであった。嗚呼、われらの存在がひとに知られて良いのかどうか迷っているようだ。われらがそれを嫌がりはしないかと。
まったく善逸ときたらわれらを見れば悲鳴をあげるくせに、そのわれらにいらぬ気遣いを見せる。つくづくお人好しで、健気なひとのこであることよ。われらは少しだけ笑いを堪え、すたこらさっさと陰へ走った。
われらは故あって赫灼の子とその背の箱で眠っている妹には甘いが、別に善逸に優しくしてやる義理はない。われらのなかでもとりわけ世話やきのわれが善逸に向かって小さく頷いてみせたような気がしたが、それはきっと気のせいなのである。
***
草木も眠る丑三つ時、われらはこっそりとある部屋を訪れる。さて、今日は起きているやらいないやら。目当ての箱から小さく控えめにかり、という音がする。嗚呼、どうやら今宵は目を覚ましているらしい。
「……うー……」
中から這い出てきたのは長い髪が愛らしいめのこであった。うむ、うむ、目を覚ましたということは身体の調子も悪くないということ。傷ひとつないその顔、われら安心。
禰豆子に、われらの姿は見えない。幼き頃からずっとそうであったし、そうでなくてもニセモノの鬼たちはどうも皆われらのことが見えぬらしい。見える素質があったものも、ニセモノになりはてるとわれらのことは見えなくなっていた。
禰豆子は動きやすいように身体を大きくして部屋の中をきょろり。そして目当てが布団で眠っているのを見つけ、そっとその傍に寄った。
「う」
ぺちりと炭治郎の頬に触れる禰豆子。しかし今日も鍛錬で疲れ切った炭治郎は目を覚まさぬ。禰豆子もわかっているのだろう、少しだけ不満げな顔をしたが、その隣でころりと横になった。しばらく炭治郎の頬をつっついていたが、飽きたのかそのまま目を閉じる。安らかな寝息がふたつに重なった。
われらはそっと近づいて、仲睦まじい兄妹におでこに触れる。
ふたりからは、おひさまの匂いがする。温かなおひさま、そして炎、そして森、そして雪。それはわれらにとってもひどく心地の良いものであった。ひとのこの真似事をして、そうっとその額を撫でてみる。ひとのこはこうされるとたいてい嬉しそうに細めるようだが、われらの紅葉ではおそらくそうはなるまい。ほんのわずか寂寥のようなものを感じた気がしたが、われらは誇り高き鬼、気のせいであろう。
われらはもちろんこのふたりのことは生まれたときから知っている。まこと、仲睦まじい兄妹である。まこと、仲睦まじい家族の生まれであった。その誰もがわれらのことは見えなかったが、それでよい。本来われらのことなど、見えなくてよいのだ。ひとのこはひとのこの領分を守って、幸いに生きればよい。このふたりとて、そうなるはずであったのに。
「んん……? ねずこ、か……?」
その鼻で妹を感じ取ったのであろうか、兄は細く目を開ける。隣に眠る禰豆子をゆるりと撫ぜ、自分が掛けていた布団を妹にまでのばしてやった。己の身も妹に少し寄せ、また目を閉じる。夢うつつであったのだろう、すぐにまた深い寝息が聞こえてきた。
起きてもいないくせに妹を気遣うというのだから、炭治郎に染みついた長男魂も大したものである。お前とて、まだ十五の童であるというのに。
われらは全てを見ているが、ひとのこを救う力は持たぬ。手を出すことも許されぬ。ひとのこにはひとのこの領分というものがあり、われらはそれを見つめるだけ。ひとのこが切り開くその道を、われらは決して阻まない。たとえそれが痛みを伴う道であり、その道の果てが地獄であったとしてもである。それを嘆いたことなどただの一度もなかったが、この兄妹については思うところがないでもない。
ただニセモノに殺されたのであれば、よくある話。ひとのこなど、天災で、人災で、病で、ぽろぽろとよく死ぬ。哀れに思わぬでもないが、それもまた仕方のなきこと、ひとの世の習いというやつである。ひとのことはいつか死ぬものであり、それが早いか遅いかというだけなのだ。
されどその身をニセモノに変えられ、その身を焼くほどの欲望をねじ伏せ、兄を、ひとのこを守る禰豆子。
そして愛しい妹をニセモノに変えられ、刀を帯びて妹をひとのこに戻す道を模索する炭治郎。
守られてしかるべきの童たちに、何という仕打ちであろう。お前たちにはあのまま、家族そろって山の中で炭を焼き慎ましく生きる道があったはずなのに。
何故、炭焼きのこが決死の思いで刀を持たねばならぬ。
何故、日向の似合うめのこがおてんとうさまを恐れねばならぬ。
少しずつ少しずつ、ふたりはには血の匂いが染みついていく。あんなに心地の良い、おひさまの匂いを纏うひとのこたちであったのに。
ふと、禰豆子がわずかに身じろいだ。われらの紅葉には気付かぬはずであるが、何かを感じ取ったのであろうか。われらは慌てて手を引っ込める。起こすつもりはないのだ、どうかこのまま安らかに。
そうだと思いつき、小さな声できゅいきゅいきゅわり。さて、このひとのこたちの母がうたっていたのは何の歌であったか。われらほど永く生きていれば、子守歌の十や二十は知っている。嗚呼そうだ、あの歌だ。長い耳と赤い目が愛らしい、子うさぎの歌。
そっと耳元で歌ってやれば、あどけない寝顔を浮かべる妹は聞こえていないはずのに音に頬を緩める。うむ、うむ、そのままおやすみ、やさしいこたち。せめて夢の中では、おてんとうさまに照らされて、あどけない童の顔で笑えますよう。
ふたりの寝息を確認し、われらは部屋を後にした。
***
その翌日のことである。ひどく元気な声がその屋敷に響き渡った。
「小鬼さんいらっしゃいませんか!!」
「だからやめろって馬鹿ああああああ!!」
「がはは、負けねえぞ!」
はて、もしや。いや、もしや。さて、もしや。
呼ばれているのはわれらであろうか。永い永い、気の遠くなるような年月を重ねてきたわれらであるが、ここまで馬鹿正直に大声で呼ばれたのは初めてのことで、われらとしたことがぽかんと口を開けてしまった。
どたどたと走る音がみっつぶん、われらを呼んでいるのは赫灼の子。それを止めようと雷の子が追いかけ、それを鬼事と思った猪頭がさらに追いかけているようである。
われらを見えぬ炭治郎が、はて、われらに何の用であろうか。少し悩んでから、向こう見ずわれがひょっこり顔を出す。
「あ、いた!!」
「いるのか!? どこに?」
「あの……天井のひび割れた穴から、ひとり顔出してる……」
おずおずと善逸がわれを指さした。それに合わせてばっとこちらを向く炭治郎。ひとつ遅れて伊之助もまたこちらを見る。ふたりの眼にわれがうつっていないことはわかっているが、あまりに凝視するものだからなんとなく気まずく思う。鬼たるわれらに気まずい思いをさせるとは、何ともこのひとのこたち、恐れ知らずも良いところである。
「何もいねえぞ!」
「だ、だからいるんだって! いっぽんづのの小さいやつ!」
慌てたように善逸がいうので、思わずからかってみたくなる。いっぽんづの、なるほど、今顔を出しているわれは確かにいっぽんづのである。なれば。
「あっにほんづのに入れ替わった! えっまたいっぽんづの! あーもうまたにほんづの! また入れ替わって……えっお前らさんぼんづのもいるの!? 初めて見た!!」
「何お前ひとりだけ楽しそうにしてんだ!!」
かわるがわる顔を出してやれば面白いほどに反応を返す善逸。その慌てっぷりにすぱんと伊之助の平手がはしり、いでっとまた汚い声を上げた善逸にきゃらきゃらと笑った。やはり悪戯をするのならこうでなくては。
ふと、真剣な顔をしていた炭治郎が一歩前に出る。
「小鬼さん!」
われらのことは見えておらぬはずなのに、その眼はまっすぐにわれらの方を向いていた。
「ありがとうございました!!」
そして、折れたのかと思うほど勢いよく頭を下げる。善逸と伊之助ぽかん。われらも再びぽかん。不覚である。
「……昔から、ふと気付いたときに傍に花とかきのことか、山菜がおいてあることがありました。いったい誰なんだろうとずっと思っていたんです。善逸から目に見えない小鬼さんたちのことを聞いて、もしかしたら貴方たちだったんじゃないかって」
違うかもしれませんが、とても嬉しかったので、お礼を言わせてください、と。そう微笑んだ炭治郎は、まるでおてんとうさまのようで。確かに炭治郎の家族は貧乏であったから、気まぐれにものを置いてやったわれがいなかったとは言わぬ。なれど、まさかこうも迷いなく礼を言われるとは。何とも健気で、何ともやさしく、何とも温かい。
これだからわれらは、炭治郎に甘くならざるを得ぬのである。
「……善逸、小鬼さんたちは今どうしてるんだ?」
「……笑ってるよ。なあ、本当にそれ小鬼たちなのか? 俺そんなのもらったことないんだけど」
「むしろ食い物奪っていくやつらなんじゃないのか?」
「わからないけど。でも、本当にそうだったら、やっぱりお礼は言わなきゃいけないだろう?」
出来たら何かお礼もしたいんだけど、とそんな殊勝なことを言われてしまっては、われらも乗らぬわけには行くまい。くぴくぴと笑いを堪えながら、にほんづののわれがぴゃっと廊下に降りたっててちてちてち。ひえっと善逸が情けない声を出すが、構う気はない。その足元に寄って耳を貸せと手招きをする。精一杯の背伸びをして、おそるおそるしゃがみ込んだ善逸の耳にひそひそひそ。うん、うん、と善逸は頷いて、情けない顔で笑った。
「炭治郎、お前、目をつけられちゃったよ」
「え?」
「礼をしたくばこれからずっと金平糖を献上しろってさ。それから、」
はやく禰豆子ちゃんと一緒に日向で笑ってるところを見せてくれって。
われらの言葉を受け取った炭治郎は、これまた眉を下げた情けない顔で笑って、ああ、と元気に頷いたのであった。
ところでこのとき即座に「金平糖ってなんだ!?」と喚いた猪頭、お前は少し空気を読むべきなのである。