鬼殺の子らと小鬼の話   作:ふみどり

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炎と風と子鬼の話

 われらは別に、喜んでなどいない。

 耀哉を交えて話をして以降、実弥は以前よりわれらの存在を認めるようになった。ひとがいるところでは今まで通り見えないふりをするが、ひとがいないところであれば声をかけたり、甘味をわけてくれたり。今のように肩に乗せることも許すようになった。

 もう一度言う。われらは別に、喜んでなどいない。だから別に、たまに実弥の役に立ちそうなことをこっそり零してみせるのも、ただの気まぐれなのだ。

 

「おお、不死川ではないか!」

「……煉獄かァ」

 

 耀哉に任務の報告をした帰り、よく見慣れたやかましい男と出くわした。まったく、その声の勢いだけで実弥の肩から転がり落ちそうである。

 

「任務の帰りか?」

「あァ。お前はこれからか」

「いや、俺も終わったところだ! しかし不死川、最近は特に活躍が著しいらしいな! 不確かな情報の中から正確に本当の鬼の情報を選り分け、迅速に討伐に当たっているとお館様が褒めておられたぞ!」

 

 うむ、うむ。それが誰のおかげか知っているわれらにっこり。実弥はかすかに肩にいるわれに目をやって苦い顔。われらのおかげで耀哉に褒められたというのに、なんという顔か。しかし照れ隠しとわかっているので寛大なわれらは許してやるのである。

 何、別に大したことはしておらぬ。ニセモノの仕業かもしれぬという不穏な噂があった場所に住まうわれらに、先んじてその噂の真偽を問うてやっただけ。そしてその結果を実弥が近くにいるときに噂話をしてやっただけのこと。

 ひとのこの営みに大きく影響を及ぼすことは許されぬが、まあこれくらいならば許されようというのがわれらの言い分。われらはただ噂話をしているだけであり、それをうっかり聞いてしまった実弥が何をしようが知ったことではないのである。

 

「……俺ァいつも通りだ」

「そうか! 俺も負けぬように励まねば、……?」

 

 実弥の言葉に頷いた炎のようなおのこと、ばっと目が合った。――ような気がしたが、無論気のせいである。このひとのこ、もちろんわれらのことは見えてない。見えていないのだが、伊之助以上に勘が鋭いのである。

 こいつお前らのこと見えているのかと視線だけで問う実弥に、ふるふると首を振ってみせる。われらとて幾度も疑い、幾度も試してはみたが、やはりこの炎のこはわれらを照らさぬ。だというのに、幾度もわれらと視線を合わせてみせるのだ。

 ふたつ息をする間、杏寿郎はわれらの方を見ていたが、ひとつ首をひねって実弥に視線を戻した。

 

「うむ、不死川の肩に何かいたような気がしたのだが、気のせいだな!」

「……何もいねえよォ」

「どうも昔から虚空に何かの気配を感じることがあってな! 疲れを感じているわけでもないのだが、気でも立っているのだろうか!」

「鬼を滅したあとだ、無理もねェよ」

 

 少しばかり引き気味の実弥がそう言うと、杏寿郎はそうだな、とこれまたひときわ元気よく返した。その声のあまりの勢いに肩に乗っていたわれのひとりが後ろにころり、肩から落ちかけて慌てて実弥の着物を掴む。そのはずみにくしゃりと着物が歪み、また杏寿郎が首をひねった。

 

「? 不死川、やはり肩に何かいるのか? いや背中か!」

「何もいねェよ。気のせいだろ」

 

 わざわざ実弥の背中を確認して、むう! と杏寿郎は唸る。

 

「やっぱ疲れてんじゃねえのか。とっとと休めェ」

「……そうだな! 夜を徹しての任務の後だ、そうしよう!」

 

 どこか納得いかないような杏寿郎だったが、実弥に促されてようやく引いてくれた。

 ではまた、と背を向ける杏寿郎を見送ると、実弥は周囲にひとの影がないことを確認してわれらに目をやる。

 

「……おい、あれ本当に見えてねえのか?」

 

 われらとて疑わしいが、あの家系のものは皆われらのことは見えていないのである。

 実弥は信じがたいように杏寿郎が去った先に目を向けた。実弥の気持ちもよくわかる。われらとて、あの大きな眼に幾度と射貫かれたように思うのに、その眼にわれらはうつっておらぬというのだ。あの炎の家系はわれらのことが見えぬわりに勘の良い者が多いが、杏寿郎はその中でもとりわけ鋭かった。

 そういうもんかい、と実弥は息をつく。

 

「見える見えないに家系も影響すんのか」

 

 必ずしも家系によるわけではないが、傾向はあるような気はしている。しかし我らは考えぬ。考えてはならぬと思っている。

 それにしても、今日の実弥は質問が多い。われらのことと言えど、われらがすべてを知るわけではない。首をひねりつつ眼を向ければ、実弥はばつが悪そうに白状した。

 

「……お館様が急に見えるようになっただろィ。それが気になっただけだ」

 

 ははあ、としたり顔で頷くわれらに、実弥はその顔やめろと顔を赤くする。

 実弥が耀哉のことを真に慕っているのは見ていてよくわかっていた。うむ、うむ、あのやさしい耀哉のこと、いかに素直でない実弥とて慕ってしまうのは仕方がない。

 耀哉が急にわれらを眼にうつしたのだ。何か異変があったのではと心配するのも無理からぬことである。

 しかし、われらが急に見えるようになるひとのこは、数こそ少ないがまったく存在しないわけでもなく、そのあと急に何かあるわけでもなく。見えるようになった理由はわからぬし千差万別あるであろうが、耀哉に何かがあったとは限らぬ。そうひそひそ噂をしてやると、実弥は少しだけ安心したように胸をなでおろした。

 うむ、健気で愛らしいことである。この可愛らしいところを普段から見せれば、ほかのひとのこから怖がられることもなかろうに。

 

「余計なお世話だ」

 

 けっと苦い顔をする素直でないが可愛いひとのこ。その方が都合が良いなどと、まったく困ったことを宣うものよ。どれだけ悪ぶったところで、どれだけ強がったところで、その優しい心根は知らず知らずに伝わってしまうものだと言うに。どれだけ辛く当たったところで、お前を大切に想う者は離れてくれはしないと言うに。

 そんなこともわからぬ二十そこらのぴよっこに、われらは笑うしかないのである。

 

「……んだよ」

 

 にまにまと笑って見せるわれらを、気味悪そうに見つめるぴよっこの傷だるま。何と無礼な、それを怒らぬわれらの寛大さに感謝せよ。そう言いつつぺちぺちとわれらの紅葉で頬を叩くと、実弥はうっとおしそうに顔をしかめた。うむ、面白い。

 

「金平糖買ってやるからやめろ」

 

 おっと、そういうことならば仕方がない。ちょっこりと姿勢正しく肩に座りなおしたわれらに舌打ちをひとつして、実弥は歩を進めた。

 まだ実弥に次の任務の話は来ていない。このところニセモノ狩りに励んだ実弥には、耀哉よりいくらかの休息を申し渡されていた。少し眠って、われらに金平糖を献上し、そして茶を飲む暇くらいはあるだろう。

 ひとのこは少々の疲れでも、時にぽっくりと逝ってしまう弱い生き物である。それも時には天命であろうが、今実弥にいなくなられるのは、われらとて面白くない。

 家に帰ったらよぅく休むのだぞとわれらが珍しく慈悲深さを見せてやれば、お前らが邪魔しなけりゃなと傷だるまはとげとげの憎まれ口。なるほど、期待をされているのであれば応えねばと頷けば、金平糖食いたいならやめろとつつかれた。

 われら相手に左様な振る舞い、まったくいい度胸である。

 

「……このところお前らにも世話になったしな。()()()()()()も買ってやるよ」

 

 よろしい、その心意気に免じて枕元で古今東西あらゆる怪談を囁き続けるのは勘弁してやることにする。

 

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