境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』 作:野生のムジナは語彙力がない
ライとアリシアの水上戦からの続きです。
それでは、続きをどうぞ……
戦闘開始から数分が経過……
依然として、水上での熾烈な戦闘は続いていた。
『マスター、いけません!』
「……!」
ユーリの声に、ライは自身の迂闊さを痛感した。
レーダーを確認すると、後方にあるはずのタンカーの反応が横にズレていた。自機と敵機の軸線上にタンカーを背にする事で、レールガンによる砲撃を封じていたはずが、斬撃の回避に専念するあまりタンカーから離れすぎてしまっていたのだ。
気づいた時には、既にクリムゾン機はレールガンを構え直し、無数のスパークが蠢く砲口をニライカナイに向けて照準していた。
「しまった! ユーリ、回避ポイント……」
「悪いけど、今度は当てさせて貰うからね」
ライが回避ポイントを認識するよりも早く、アリシアはトリガーを引き絞った。雷鳴のようなけたたましい咆哮、発射された超高速の砲弾はニライカナイのアーマーを削ぎ落とした。
「ああっ!」
水上での足場にしていたアーマーがダメージを受けたことで、ニライカナイはバランスを崩し傾斜してしまう。すぐさまユーリによってバランサー調整とダメージコントロールによる応急処置が行われるも、受けた被害は甚大だった。
『左舷アーマー被弾。被害状況確認……損傷により超空洞膜の生成機能が停止、耐圧殻崩壊により可潜深度の大幅な低下、外部スラスター損傷につき巡航速度が25パーセント低下、メインタンクに浸水、武装コンテナ大破、ガントンファー用予備弾倉の大半を喪失、左舷魚雷発射管全門使用不能』
「くっ……!」
「でもって、このまま畳み掛ける!」
ライはレールガンの次弾を想定し慌ててタンカーを背にし直すも、アリシアの追撃は止まらない。バヨネットを閃かせながら迫り来るクリムゾン機に対し、ライは失った機動力をカバーしようと、ガントンファーを乱射しながら引き撃ちすることしか出来なかった。
「そんな攻撃、当たらないよ!」
アリシアは飛来する銃弾の網をすり抜け前進する。回避不能な弾丸は再起動した電磁シールドで容易く受け流し、ニライカナイに向かって徐々に距離を詰めていく。
「まずい、このままじゃ追いつかれる!」
ライはクリムゾン機が所持するバヨネットの絶大な切れ味を思い出し、恐怖でゾッとなった。硬質ブレードすら焼き切るその威力は、重装甲なニライカナイといえど、まともに喰らえばひとたまりもなかった。
『マスター、ここは私にお任せを』
ユーリが呟き、ほんの一瞬だけ機体を操作する。
そして両者は再びワンインチ距離へと接近、ライが放った至近距離からの銃撃を、アリシアは傾斜させたガントレットで弾き……瞬く間に、格闘戦へと移行する。
レールガンごと振り下ろされたバヨネットを、ライは2丁のガントンファーを交錯させて弾き返す。全力のぶつかり合いで両者共に姿勢が崩れる形となるが、武器の取り回しの良さとユーリの迅速なバランス調整もあって、ライは即座に制御不能から回復して見せると、ガントンファーの銃口をクリムゾン機へと突きつける。
「外れ!」
『ヒット』
アリシアとユーリが同時に宣言する。
そして両者の言葉は、どちらも正しかった。
ほぼゼロ距離で放たれた2発の銃弾を、アリシアはフロートの上で軽く身を捻っただけで難なく回避してみせた。射撃の隙を逃すことなく、アリシアが再び攻撃モーションに入る……その瞬間、ユーリは密かに海中へ投下していた魚雷を遠隔で起爆させた。
直下で魚雷が炸裂、水飛沫が2機を包み込んだ。
「やったか?!」
『いえ、爆発の威力を絞りました。敵機撃破までには至らないかと……』
ライは短距離ブースターを用いたバックステップで水飛沫の中から距離を取った。自機を囮にした魚雷の範囲攻撃という、一歩間違えれば自分ごと吹き飛ばしかねない危険な行為。自爆を防ぐために破壊力こそ控えめだったものの、意表を突いた攻撃だったこともあり、ここで初めてクリムゾン機に対して有効打を与えることができた。
噴き上がった海水で視界が明瞭でない今のうちにと、ライは右舷のアーマーからガントンファーの予備弾倉を取り出しリロードする。やがて視界がクリアになると、そこには黒煙を上げたフロートの上で足場の状態を確認する紅い機体の姿。撃墜こそならなかったものの、どうやらフロートを沈黙させられるだけの威力はあったようだ。
「やられたよ……まさか電磁シールドの届かない足元を狙ってくるなんて」
「よし、これで海上での足を封じた。次は……」
「……と、思うじゃん?」
アリシアはライの思考を読んだかのように笑うと、頭につけていたアンテナ付きのヘッドセットに触れて音声入力をオンにした。そして内蔵式のマイクに向けてボソボソと何かを呟く……すると、タンカーに追従していた水上型ブーメランの内の1機が突然進路を変更、そのままアリシアの側へと滑り込んできた。
「悪いけど足を貰うね」
まるで友だちと鉛筆の貸し借りをするような軽さでそう言うと、バヨネットによる一閃でバンイップ・ブーメランの上半身とフロートを繋ぐ接続面を的確に両断。機能停止した上半身を海中へと蹴り落とし、空いたプラットホーム上へと乗り移った。
「味方を斬った!?」
『クリムゾン機が新たな足場を確保中』
「そういうことか、やらせない!」
フロート上に膝立ちするクリムゾン機めがけて、ライはガントンファーの照準を定めるも、そこへ2機の水上型ブーメランがライの射線を遮るように割り込んできた。
「何!?」
「んー、ちょっと待っててね。今フロートの準備してるから……暇だったら、そいつらの相手してて良いからさ」
アリシアはフロートの調整を行いつつ、無防備な自機の盾にするべくブーメランを向かわせていた。非武装だったものの、それは足止めの役割を果たしていた。
ライはガントンファーを用いた銃撃で1機を、ブレードによる殴打でもう1機を素早く排除するも、その時には既にアリシアはフロートの調整を完了させ、再び海面を走り始めていた。
「出力制限解除、バランサーをマニュアルモードに変更、エルゴノミクスと操縦感度を300パーセントに設定と……お待たせ。それじゃ、戦闘再開ね」
「くっ……ユーリ、今のをもう一度!」
「因みにだけど、私相手に同じ技が二度も通用するとは思わないでね?」
ユーリが水中へ魚雷を落とすよりも早く、アリシアはフロートに内蔵された魚雷を発射した。そのため、ライたちは魚雷を迎撃の為に使用せねばならず、左舷の魚雷はレールガンで発射管が破壊されていた事もあって、現状使用可能な魚雷を全て使い果たす形となる。
「……ッ!」
「やっぱりロボット同士の戦いは……!」
魚雷同士の炸裂と誘爆により戦場が大きな水飛沫に覆われる中、ライは白い靄の中に一筋の閃光を見た。次の瞬間、靄の中からバヨネットのスパークを迸らせながらクリムゾン機が飛び出しニライカナイへと肉薄する。
「さっきより速い!?」
「白兵戦に限るよねッ!」
振り下ろされる斬撃に対し、ライは咄嗟にガントンファーでの防御を試みた。バヨネットとブレードが衝突し、盛大な金切り音とスパークが生じる。放電切断により徐々にブレードを劣化させられつつも、ライは辛うじて斬撃の威力を受け流すことに成功した。
「くっ……! 何とか距離を……」
「あはっ! 逃すわけないじゃん!」
後退するライと、猛追するアリシア。
しかし、片方のスラスターをやられている事もありニライカナイの機動力ではクリムゾン機から逃れることは出来ない。ライはガントンファーで弾幕を張るも、クリムゾン機に装備された電磁シールドの前には足止めすらままならなかった。
さらに、ここに来て無事な片方のスラスターも咳をし始めていた。初回の対潜攻撃に加えて、これまでの戦闘ダメージが蓄積した末の不調なのだろう。さらに本来であれば2枚のアーマーで機体を支えるところを、片方が破壊されたことで1枚に負担を集中させているのだ。足場にしているアーマーが限界寸前だというのが嫌でも分かった。
『マスター! 後方注意!』
「しまった!」
ユーリの警告でライは背後に迫る影に気づき、衝突する寸前のところで機体を停止させた。クリムゾン機のレールガンを封じる為に背を向けていた石油タンカーが、ここに来てニライカナイの退路を塞ぐ巨大な壁となってしまっていた。
「レールガン対策が逆に仇となったね。もう逃げ場はないよ! さあ、どうするローレライさん?」
「そんな、やられる……!?」
タンカーを背にしたライの元へ、アリシアは強襲をかける。左右への回避を予想してか、じわりじわりと距離を詰めるように接近し、やがてクリムゾン機の凶刃が眩い輝きを放った。
『ブースター出力最大。緊急回避』
今まさにスパークを帯びた刃が振り下ろされようとした、その瞬間……ニライカナイの短距離ブースターが火を噴いた。ユーリの機転により、アフターバーナーの超高熱を受けて蒸発した海水が白煙となって周囲に立ち込める。
「そんな目くらまし、無駄だよ!」
視界不良の為に、能力を発動させるべくアリシアが短時間だけ攻撃を中断する。彼女の目に紅い光が灯る、その一瞬の間に爆発的な縦方向への加速力を得たニライカナイはロケットのように上昇。その直後、振り下ろされた斬撃を回避すると共に天高く舞い上がった。
『……陸戦モードへ移行、甲板上に降下します』
ユーリのサポートの元、足場の役割を果たしていたアーマーが両肩へと移動、脚部を直立二足歩行状態へと変形させ、ニライカナイはタンカーの甲板上へ片膝をついて着地した。
着地の衝撃で船体が僅かに揺れる。
石油タンカー『シエラ』は世界最大級ということもあり、AMAIMの中でも特に大型かつ重力級の部類に入るニライカナイが乗ってもなお有り余る甲板スペースと、高所からの落着に耐えられるだけの安定性を誇っていた。
「助かったよ、ユー……」
『来ます』
ライの言葉を遮るようにユーリが短く発する。その直後、紅い影がタンカーの側面から飛び出し、ごく僅かな振動を伴い、ライたちの真正面へと華麗な着地を決めた。
「……ッ!」
「あはっ、この時を待ってたよ……!」
2丁のガントンファーを構え直すライに対し、アリシアは銃口を向けられているにもかかわらず余裕の表情を見せた。ニライカナイよりもひと回りほど小柄でスマートなシルエットの機体がゆっくりと立ち上がり、2機は正面から向かい合う形となる。
そこで何を思ったのか、アリシアは機体を操作して電磁シールド発生装置である左肩のマントを、ライたちの前でこれ見よがしに放棄してみせた。続いて電子戦用レドームと索敵用複合カメラを備えたバックパックをパージ、さらに腰部のコンデンサーも同様に投棄してしまう。そしてレールガンからバヨネットだけを取り外すと、あろうことか銃本体は甲板の隅へと放り投げてしまった。
「レールガンを捨てた、何故?」
「ふふっ……そろそろ答え合わせしよっか」
左手のバヨネットにスパークを走らせながら、アリシアが一歩また一歩と少しずつ距離を詰める。反対にライは銃を構えながら、タンカーの舳先に向かってジリジリと後ずさりした。
「その気になればレールガンの狙撃でいつでも君を撃墜出来たんだよ?まあ、2射目のアレは流石にびっくりしたけどね……じゃあ何故、私がタンカーごと君を沈めようとしなかったのか分かるかい?」
コックピットの中で、アリシアは目の前のニライカナイへと語りかけるように呟く。
「そもそも何故、私が石油タンカーなんていう旧時代の遺物を引っ張り出して来たんだと思う? 囮にするにしても使い勝手が悪いし、大喰らいで燃費は最低だわ図体ばかりで盾にもならないこんなものを。まあ勿論、君の興味を引くためという意図もあったんだけどね」
アリシアはバヨネットの鋒先をニライカナイに向け、ニヤリと笑って続けた。
「それはね……こうして君と、この場所で思う存分戦う為だよ。タンカーの上っていうロケーションはお気に召してくれたかな? ここなら広々としてるし、海の上でも陸地と変わらないくらい沢山動き回ることができる。だからこうして君をこの場所に追い込むまで、わざとタンカーを壊さなかったんだよね」
ウルフパックに所属する最強の兵士であり、スーパーエースのアリシアにとって、戦場とは単に『命のやり取り』という名の刺激的かつ現実的なゲームをする為の遊びの場でしかなかった。
深海に潜む敵を海上へと誘き出す為だけに、大金をはたいて対潜用レールガンの開発を指示。さらに海の敵と陸上で戦う為に、代替案としての石油タンカーを手配するなど……例えどれほどの手間と費用、そして労力がかかろうとも、刺激的な一瞬を感じる為ならば出し惜しみはしない、それが彼女のやり方だった。
「話を聞いた時から、ずっと君のことが気になって仕方がなかった。広い海の中に潜み、神出鬼没の如くオセアニア軍の前に現れては、甚大な被害をもたらす海の怪物。まさにローレライだ! そして恐らくは世界初となる可変型で、しかも深海での運用能力を備えた画期的なシロモノ。本当の名前はおろか、その行動理念や習性、パイロットの有無やどの勢力に所属しているかすら分からない、その殆どが謎に包まれた未知の機体……ああ、なんて魅力的な存在なのだろうか……!」
そう言いつつも、アリシアの表情にはどこか赤みが増していた。どこか興奮を抑えきれないと言った様子で、ニライカナイをうっとりした瞳で見つめている。
「しかし、こうして間近で見ると……君は本当にイケメンだね。モスグリーンの輝きを放つV字型のメインカメラと短い一本角はいかにもヒーローって感じでカッコいい! 使うのが2丁拳銃でしかもガンカタが出来るっていうのも良いセンスだ! 角ばった装甲と耐圧殻の流線型なフォルムが入り混じった重装備な感じも私好み、特に逆関節のゴツい脚部、きっと海中での行動に必要な機能が集約されているんだろうね。ボトムヘビーになりがちな、そのむっちりとした太さと安定感がたまんないよ……! そして、黒と青のコントラストが特徴的な機体色は、夕焼けに染まりつつある広大な海原を背景にするとかなり見栄えが良い……戦闘で激しく傷つきながら、尚も銃を構える姿は健気で美しくて、とても官能的だよ。いいねぇ、はぁはぁ……」
息を荒くして操縦桿をワキワキとさせる
「フッ……聞こえてないだろうけど、敢えて名乗らせてもらうよ。私はコードーネーム"クリムゾン"ことアリシア・ラインバレル、人呼んで『ラインの紅い流星』……君に興味を惹かれた者の名前だ。君のことがもっと知りたい、もっと教えて欲しいッ! 君の持つ力を、君の全てを!」
恍惚の表情を浮かべ、そして一瞬だけ瞳を紅く光らせた。
「だから、私と思う存分……楽しもうよッ!」
「……!」
アリシアはバヨネットを軽く投げるようにして右手に持ち替えると……次の瞬間、脚部のスラスターを吹かして甲板上を走り、一直線にライへと斬りかかった。
ライはガントンファーによる射撃でこれの迎撃を試みる。しかし、アリシアの卓越したスラスター捌きを前に上手く照準を絞ることが出来ず、止むを得ず放った弾幕ですら、まるで銃声に合わせてステップを踏むかのように、必要最小限の動きで甲板上を優雅に舞い、あっさりと銃弾を回避してみせた。
「その武器は見切った! もう当たらないよ!」
「駄目だ! 弾が当たらないッ!」
いとも容易く銃弾を回避してみせるその様子は、まるで小さな紅い蝶のようだった。空中を自由自在に舞い、風に合わせてランダムな動きで翻弄する蝶を素手で捕らえるのが殆ど不可能なように、クリムゾン機に対して攻撃を命中させるのも、それと同じくらい不可能なような気がしてならなかった。
しかし、クリムゾンは決して蝶ではない。
その手に握られているのは、触れたものを一瞬にして溶断させるだけの威力を持つバヨネットである。人のサイズで考えると大型ナイフほどのリーチしかなかったものの、その威力を恐れたライにとっては刀や槍のように大きく見えてしまっていた。
接近されるのを防ぐため、ライは思わず後方へと飛び退いた。甲板は広く、退路にはまだ余裕があり、接近戦が脅威である敵に対し距離を取ることは妥当な判断ではあった。
「えっ!?」
しかし、今回ばかりはそれが命取りとなった。
着地の瞬間、どういうわけかバランスを崩し膝をついてしまう。ユーリがバランサーの設定をミスしたということではない、見るとニライカナイの右足が甲板を踏み抜いてしまっていた。
「おっと気をつけてね。このタンカー、就航から結構時間が経ってて所々腐食してる部分があるからさ!」
その機を逃さずアリシアは一気に距離を詰める。
ライが機体を立て直した時には、既に紅い機体は目の前にあり、今まさに高く掲げたバヨネットを振り下ろそうとしていた。
咄嗟にガントンファーを交差させて斬撃を受け止めるも、放電切断によりジリジリとブレードが磨耗していく。盛大に鳴り響く金切り音は、まるでブレードが悲鳴を上げているかのようだった。
ライはバックパックのスラスターを駆使してクリムゾン機を押し返し、素早くガントンファーの銃弾を叩き込んだ。しかし、既にクリムゾン機の姿はその場所になく、あまりにも機械らしくないアクロバティックな動きで後方へと退いていた。
「一応見える範囲で修理はしたけど、体の重いそっちは無理に動くとまた踏み抜いちゃうかもよ? だから気をつけてね」
「くっ……ただでさえ強い敵なのに、足場にまで気をつけないといけないなんて……!」
しかし、この時のライはまだ知る由もなかった。
ここまでの経過が最強の敵であるクリムゾンとの、長きに渡る壮絶な戦いの、ほんの始まりに過ぎないということを……
『最果てのニライカナイ』
第10話:覚醒ーパラサイトー
気がつくと、水平線の向こうに日が沈みかけていた。
斜陽した世界の中で、強い日差しはあらゆるものを包み込み、海面を燃える大地の如く真っ赤に染め上げている。
戦闘開始から、どれだけの時間が流れたのだろうか?
それは単純な計測ならば、たったの数十分ほどの出来事だったのかもしれない。しかし俺にとっては数時間、下手をすると1日中ずっと戦い続けているような気すらしていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
俺は今までに味わったことがないほどの息切れに陥っていた。明らかに呼吸が間に合っていない。体中に十分な酸素が行き渡らず、手足の先などといった末端の感覚が鈍くなり、思考が徐々に鈍くなっていくのを感じた。さらには代謝能力も低下しているのか、先ほどまで垂れ流しの状態だった汗がピタリと止み、濡れてべったりと体に張り付いた服が恐ろしく冷たく感じた。肉体的な疲労だけではない、精神的にも俺は追い詰められているのが分かった。戦場では少しのミスが命取りとなる、そんなプレッシャーに長時間晒され続けていたせいか、体の内側が猛烈に弛緩し酷い脱力感に苛まれていた。
集中力はとうの昔に途切れ、操縦桿を握る手つきは精細さに欠けているのが自分でも分かった。ユーリのサポートがなければ何度撃墜されていたかも分からない、それほどまでに俺は疲弊しきっていた。
ニライカナイのコンディションデータを確認すると、機体各部の理論耐久値が全て、危険域であることを表すレッドシグナルで埋め尽くされていた。未だ五体満足ではあるものの、装甲の至る所に無数の亀裂が走り、そこから漏れ出たスパークによって、ほんの少しずつではあるが機体のエネルギーが失われ続けている。さらに損傷は駆動部やフレームにまで影響を与え始め、いつ動作不良や誤作動を引き起こしてもおかしくない状態だった。
ここまでの戦闘で、貴重な近接戦闘装備であるガントンファーの1丁を破壊され、残る1丁も装填された弾丸は残り僅か、予備のマガジンも1本のみとかなり追い詰められてしまっている。
それに対し、クリムゾン機は全くの無傷。
俺はナイフ1本しか使っていない敵に対し、ここまでロクな一撃すら与えられず、それどころか小さな傷の1つすら通せずにいた。
太陽の日差しを受けて、より一層紅い光沢を見せるその姿は、まるでロールアウト直後のような新品の輝き……いや、他の追随を許さない、絶対的な強者の風格を放っているかのようだった。まさしく王者の輝きである。
「くっ……」
右手に装備したガントンファーの銃口を向けるも、それは威嚇にすらならず、クリムゾン機は微動だにしなかった。剣を下ろしているところを見ると、どうやらこちらの残弾が少なく無駄撃ちできない状態にあるのはお見通しらしい。
クリムゾン機がジリジリと距離を詰めてくる。
俺はその動きを凝視しつつ、空いている左手でアーマー内に残されていた最後の予備弾倉を掴み取ると、それをガントンファーのグリップにゆっくりと近づけ……
「……ッ!」
マガジンリリースボタンに触れようとしたその瞬間、脚部のスラスターを噴かしクリムゾンが強襲をかけてきた。リロードしている暇はない……重い思考の中で辛うじてそう判断した俺は、咄嗟にトリガーを引き絞った。
クリムゾンは無警戒かつ直線的な動きをしているにもかかわらず、完全に弾道を把握しているのかバレリーナの如き華麗なローリングであっさりと全弾回避して見せると、そのままの勢いでこちらへと肉薄してきた。
「……!?」
しかし、クリムゾンからの攻撃はなかった。
バヨネットの射程距離まで接近を果たすと、どういうわけか完全に動きを止めてしまう。……右手の剣を下げたまま、まるでこちらに攻撃の機会を譲っているかのように、棒立ちの状態で身をさらけ出している。
明らかに手心が加えられた、その行動
その姿を見て、俺は……
「馬鹿に、してんのか……」
思わず、込み上げてきた怒りを抑えられなかった。
『……マスター、どうか冷静に』
「この……ッ!」
極限の緊張状態の中で、焦りと疲労の蓄積からくる激情で思考が支配されてしまう。ただ目の前の敵に一矢報いたい……その事で頭がいっぱいとなり、制止を促すユーリの言葉を無視し、リロードすることも忘れ、俺はガントンファーの刃を眼前に佇むクリムゾンめがけてフルパワーで叩きつけ……
「……何!?」
今まさに、こちらの放った打撃がクリムゾン機の紅い装甲に直撃しようとした、その瞬間……まるで魔法のようにクリムゾン機が目の前から消失。こちらの突き出した全身全霊の刃は、無残にも虚空を穿つに終わった。
「消えた!? どこに……」
『6時方向敵機』
「……なっ!?」
ユーリの言葉を聞き、クリムゾンがこちらの死角をついて背後に移動したのだと知った。バックスタブに対処するべく、ガントンファーを振り回しながら即座に反転するも、それよりも早く、強い衝撃がコックピットを襲った。
「ぐあっ……!」
クリムゾンに腹部を蹴り飛ばされ、コントロールを失った機体が宙を舞う。脚部スラスターによる加速を得た鋭いローリングソバット、直撃によりかなりの距離を吹き飛ばされ、受け身を取る間も無くタンカーの艦橋付近へと背中から叩きつけられてしまう。
『マスター、ご無事ですか?』
「ま、まだ……まだ終わってない!」
衝撃により脳震盪を起こしかけているのか、おぼつかない視界ながらもダウンした状態でガントンファーの照準をクリムゾンに向け、リロードを行おうとした時だった。
「左手が、ない……?」
しかし、何度やってもリロードが上手くいかないことに気づき、冷静になって手元をよく見ると、ニライカナイの左肘から先が綺麗に寸断されてしまっていた。
そこで視線を上げると、いつの間に斬り落としていたのだろうか。クリムゾンは無くなったニライカナイの左腕を見せびらかすように持ち上げ、こちらに向けて軽く放り投げてきた。
甲板を転がり、端の方で止まる左腕。
切り離された左手にはガントンファーの予備弾倉が握られたままの状態で残されていたが、それを拾う時間を敵が与えてくれるとは到底思えなかった。
「勝てない……」
力の差を、思い知らされた。
いや、敵の策略にはまってタンカー上に誘い込まれたという以前に、圧倒的にこちらが有利であるはずの水上戦で全く歯が立たなかった時点で、戦術的にも技量的にも、ありとあらゆる点で俺は完璧に負けていたのだろう。
これが、クリムゾン……
夕日に照らされ、美しい輝きを見せるその姿
神々しくも、優雅で、遠く及ばない未知の存在
まさしく天と地ほどの差を感じた。
『マスター、どうやらここまでのようです』
機体のコンデションデータを眺めながら最適解となる行動オプションの策定を行なっていたユーリが、俺に背を向けたままそう告げた。
頭の良い彼女のことだ、この戦いはどうやっても勝てる見込みがないと判断したのだろう。
『私が時間を稼ぎますので、その間に脱出を』
「……」
「ユーリ」
『はい、何でしょう』
「…………1つ、頼みがある」
ーーーーー
「んー、そろそろ飽きてきたかな」
アリシアはコックピットの中でそう呟くと、わざとらしく大きな溜息を吐いた。
「ちょっと興醒めだったね。分割統治された日本において統治者相手に激戦を繰り広げているっていう3機のオリジナルAMAIMみたく、もっと何かしらあるとは思って期待してたけど……これ以上痛めつけても何も出てきそうにないし、もう遊びはおしまいかな」
ダウンした状態のまま動かなくなってしまった敵機を前に、アリシアはやる気がないといった様子でバヨネットを構え直した。
「君のことは正直気に入ってたんだけど、これも仕事だからさ。悪いけど、ここで仕留めさせて貰うね」
そうして、バヨネットの刃にスパークを走らせた……その時だった。まるで錆びついたギアを無理やり回した時のような、歯切れの悪い嫌な音を立てながらニライカナイがゆっくりと身を起こすと、耐圧殻を備えた強靭な2本の足で力強く甲板を、それこそ必要以上に踏みしめ、直立不動の姿勢で立ち上がってみせた。
「ん……よしよし、最後に立ち上がるだけの力を見せたのは評価してあげよう。こっちとしても無様に倒れてる君を討つってのはあんまりやりたくなかったから、せめて最後だけでも私の中ではカッコいい君であり続けてね」
アリシアはニヤリと笑ってそう告げると、脚部のスラスターを最大出力で展開。機体をブーストさせ絶大な加速力を得ると、一瞬のうちにニライカナイへと距離を詰め……
「さようなら!」
叫び、大量のスパークが迸るバヨネットを閃かせた。
あらゆる物体を切断する放電切断、そして一切の無駄がない精錬された剣筋……それらが合わさった斬撃の威力は、ニライカナイが背にしていた艦橋をいとも容易く真っ二つに引き裂いてしまう程だった。
「え……」
しかし、肝心の敵機は……?
手応えのなさに、アリシアはハッとなった。
そして、つい先ほどまで目の前にいたはずの青い機体が忽然と姿を消していることに気づいた。
「消えた!? いや、地面に穴……?」
咄嗟に周囲を見回してみるも、タンカーの甲板上にニライカナイの姿はなかった。まるでステルス迷彩でも使っているかのように、ゴーストの如く消えてしまったのだ。
呆然とした様子で立ち竦むアリシアは、ふとニライカナイが消えた地点を改めて見直してみた。そして、そこでようやく艦橋の根元に空いた大穴の存在に気づくことができ……
「後ろ!?」
次の瞬間、下方からスラスターの燃焼と共にタンカーの甲板を突き破ってニライカナイが出現。ガントンファーを構え、無防備に背中を向けるアリシアへと斬りかかった。
アリシアはギリギリのところで奇襲に反応。
突き出されたブレードをバヨネットで弾き、お返しとばかりに右腕を切り落とそうと剣を振るうも、ニライカナイは軽く身を翻しただけの動きでそれを回避し、攻撃の隙を狙って再びブレードを突き出してきた。
攻撃を凌ぎ、反撃に転じては、また避けられる。
それ以降も繰り返される、壮絶な攻撃と回避そして反撃のループ。その場から一切動くことなく、実に10秒近くもお互いに有効打の出ない至近距離での攻防戦が続いた。
「この……ッ!」
永遠に続くと思われた攻防戦の中、アリシアがバヨネットの刀身にスパークを纏わせ始めた。すると、それを見たニライカナイは剣が振り下ろされるよりも早く後方へ大きく飛び、いとも容易く斬撃を回避してみせた。
「くっ……なんて反応速度、急にどうしたの?」
アリシアはとても驚いた様子で青い機体を見つめ、そこである事に気付いた。いつのまにかニライカナイのメインカメラが、モスグリーン色から鮮血の如き鈍い赤色へと変化していたのだ。
強い夕焼けの色に照らされた中でも、一際目を引く禍々しい輝きを放っている。狂気に満ちたニライカナイの赤い眼光はただクリムゾンへと向けられ、飢えた肉食獣の如く、今か今かと彼女の血肉を貪ろうと身構えていた。
……MAILeSニライカナイ 出力リミッター部分解除
……I−LeS"ユーリ"への擬態停止
……倫理プロトコル解除
……WHISPによるパロールシステム掌握
……擬似ミトコンドリアシステム 逆行始動
……ママル領域沈静化処理完了
……ヒューマニアン領域沈静化処理完了
……レプタイル領域活性化処理完了
……コード"PARASITE EVE" オンライン
『"パラサイトシステム"、40パーセントで限定起動』
機械的で、ゾッとするような冷たい声
ユーリはライの耳元で、静かにそう囁きかけた。
「コンバット・オープン」
淡々とその言葉を呟きながら、ライは静かに前を見据えた。その瞳からは、それまでの絶望と憔悴に満ちた色は完全に消え失せていた。
『水星の魔女』を見ているとスレッタがあまりにも魅力で個性がありすぎて(「スレッタ、わすれった!」とかミオリネNTRで脳破壊とか)、それに比べて『境界戦機』のシオンは一体なんだったのか? と思うくらい個性がなさ過ぎて色々と考えさせられました(声優が同じなので)
なので主人公はともかく、せめてヒロインは個性的なキャラにしようと思いまして……というわけで生まれたのが、圧倒的な強さと変態的な思考回路を併せ持つアリシアです。(ぶっちゃけグラハムを参考にしてるんですけどね)