境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』 作:野生のムジナは語彙力がない
お待たせしました。
それでは、続きどうぞ……
『私が時間を稼ぎますので、その間に脱出を』
「……」
ユーリの呟いた『脱出』という言葉に、俺は思わず心の底から逃げ出したい気分に駆られた。長時間に及ぶクリムゾンとの戦闘で、心身共に憔悴しきってロクな思考が出来ない状態だったこともおり、無意識のうちに「今すぐにでもこの緊張から解き放たれたい」「もうこれ以上苦しみたくない」などと思っていたのだろう。本能の赴くまま、足元にあるベイルアウト用の脱出レバーに手をかけた。
……ここで俺が逃げたら、彼女はどうなる?
「……!」
無意識に流されるまま脱出レバーを両手でグッと引きかけたところで、俺の脳裏に理性的な声が響き渡った。土壇場のところで僅かに回転を始めた頭のお陰で、俺はようやく目を覚ます事ができた。
顔を上げ、ユーリの後ろ姿を見つめた。
表情は影に隠れて見えないが、いつでも機体のコントロールを確保できるよう操縦桿に手を触れている辺り、俺を逃す算段を立てているのだろう。同時にクリムゾンの動きを注視しつつ、損傷により使用不能になった回路を別の回路と切り替え、沈黙した部位への電力供給をカットし、他の部位への電力供給を安定させるなりして、俺が脱出した後も1人で最大限に戦えるよう着々と準備を進めていた。
そこでふと、ある考えが俺の中をよぎった。
そもそも、どうして俺たちはここまで追い込まれる羽目になってしまったのか?
ニライカナイは決して悪い機体ではない。
沖縄の技術力の結晶とも呼べる機体だ。機体の性能が低かったということはなく、カタログスペックで考えれば寧ろ機体出力、反応性、耐久性、そして総合火力……あらゆる点においても、他国の量産型を凌ぐ程の高性能機へと仕上がっている。
ユーリが頼りなかったというのもあり得ない。
それどころか最善を尽くしていた。彼女の戦術は常に的確で、オセアニア軍との戦闘で築き上げてきた勝利は全てユーリのお陰といっても良いくらいだった。そして、戦うことが嫌な俺のことをずっと気遣い、暗い海の底でもずっと俺の側に居続けてくれた。そんな彼女の存在が、俺にとってどれだけ頼もしかったことか……
となると、原因は一つしかない。
(それは、俺だよな……)
全てはパイロットである俺に問題があった。
俺が情けないせいで、未熟で弱いせいで、判断が遅くて操縦が下手なせいで、ニライカナイの性能を活かしきれなかったから。そして、ここまで懸命に支えてくれたユーリの期待に上手く応えられていないから……
(こうなってしまった原因は全部俺にある。だから責任から逃げるな! 幸いなことに手も足もまだ動く! 今からでも遅くはない全力で戦え! 怯まず目の前の敵に立ち向かえ! 絶対に諦めるな! 最後まで!)
俺は自分自身への情けなさを怒りへと変え、それを起爆剤として弱り切った精神力を無理やり再起させた。
(ユーリの代わりはいないが、俺の代わりを果たすパイロットなんて幾らでもいるんだ! 俺が死んでもユーリさえ……ユーリさえ無事なら、きっと誰かが俺の後を引き継いでくれる。そしていつの日か、沖縄を奪還する事ができるはず……だから、命を惜しむなッ!)
怖い気持ちでいっぱいの心を、自虐的な感情で埋め尽くすことで戦うことへの恐怖を誤魔化し、残った僅かな躊躇いも、深く吸った息をゆっくりと吐き出すことで体の外へと排出した。
(きっと俺以上に、ユーリとニライカナイの力を使いこなす人が必ず現れてくれる筈だ)
そう開き直って決死の覚悟で脱出レバーから手を離す。震える手を全力で言い聞かせて操縦桿を握り直すと、俺の人差し指が先に操縦桿を掴んでいたユーリの小さな白い手に触れた。
『……?』
「ユーリ」
『はい、何でしょう』
「…………1つ、頼みがある」
体温や心拍数などのバイタルデータから強い意志を感じ取ったのか、こちらを振り返ったユーリの青い瞳は、まるでこちらの真意を探るかの様に、俺のことを真っ直ぐ見つめてきた。
久し振りに彼女の顔を真正面から見られたような気がして、こんな状況でも変わらないその姿に少しだけ安堵の気持ちを抱いた。それと同時に、俺の中で決意が固まる。
心に突き動かされるまま、俺は覚悟を口にした。
「"パラサイトシステム"を俺に使ってくれ」
『……』
ユーリの瞳孔が微かに開いた。
『……ネガティブ。それは許可できません』
しかし、一瞬でいつもと変わらぬ無表情さを取り戻すと、即座に首を小さく横に振った。
『マスター。以前お伝えしました通り、本来あれはAI用の機能制御プログラムです。そもそも人に対して使用すること自体がイレギュラーであり、試験の結果も不十分なことから安全性は保証されていません。この状況下でのシステム使用は脳にどれだけの悪影響を齎すか未知数であり、最悪の場合、マスターの命に関わるかもしれません』
「うん。それは分かってる」
『では何故……』
「俺さ、ユーリのこと……大切に思ってるから」
『……』
「俺たちRLFの目的は、オセアニア軍から沖縄を奪還すること。それ為にはもっともっと強い力を身につけないといけない。今の沖縄はユーリの力を必要としている。だから今、ここで君を失うわけにはいかない……」
『だからと言って、マスターの生命を軽視していい理由にはなりません。この島に「命どぅ宝」という言葉があるように、マスターはご自身の命をもっと大切にして下さい』
「そうだよ。だからユーリも自分の命を大切にして欲しい」
『ネガティブ、私は人ではなくマシーンです。機械はただ壊れるだけ、作られた存在である私に最初から命などありはしないのです』
「例えそうだとしても、ここで負けたら君という存在が失われる。そんなの嫌だ! 俺には君が……ユーリが必要なんだ。いなくなって欲しくない、ずっと俺の側にいてほしい!」
『……!』
このままでは、ユーリがどこか遠いところへ行ってしまいそうな気がして、焦った俺は彼女のことを引き止めるべく本心を打ち明けることにした。
『マスター、それは……』
その時、殺気に満ちた視線を感じた。
俺とユーリは視線の出元を辿って振り返ると、クリムゾンがメインカメラをギラつかせ、こちらに向けて油断なくバヨネットの鋒を向けているのが見えた。
今はまだこちらの様子を伺っているだけのようだが、死んだフリで見逃してくれることもないだろう、どちらにせよ時間はあまり残されていなかった。
「くっ……もう時間がない! ねぇ、ユーリ! この場における最善策は敵を倒すことでも、タンカーを沈めることでもなく、2人で『生き残る』こと、そうでしょ?」
俺は操縦桿から手を離すことなく、ユーリに向かって真正面から告げた。
「俺はユーリのこと大切に思ってるし、俺のことを大切に思うユーリの気持ちも分かった。お互いどちらかが欠けるのは許されないってこと……だからさ、どちらか片方を犠牲にするんじゃなくて、せめて2人とも生き残れるよう、少しでも可能性がある方に賭けてみない?」
『…………』
「俺を信じて! システムの中に呑み込まれたりしない。生きて必ず戻ってくる、だから……!」
『…………』
「生き延びよう。必ず……2人で」
『……サー、どうかご無事で』
ユーリは操縦桿から手を離し、頭につけていたヘッドセットを取り外してみせた。
『マスターの権限により、コード"PARASITE EVE"の使用を承認。ロボット三原則を再解釈、倫理プロトコルを制限モードから通常モードへのリプレイス処理開始。同時に擬態解除を実行……』
次の瞬間、ユーリの姿に変化が生じた。
まるで最初からそうであったかのようにユーリの青髪が中程まで黒く染まり、深い海を彷彿とさせる穏やかな瞳がギラついた濃い赤色へと移り変わる。白のワンピースは服の端から漆黒のドレスへと焼き直され、そして二頭身の体はひと回りほど大きくなり、瞬く間にユーリは成長した少女の姿へと変貌を遂げた。
彼女の体から発せられる暗黒のオーラ、光を失った虚ろな赤い瞳、生と死に関して無頓着といった様子で無機質的にこちらを見下ろすその姿は、まるで小さな死神のようだった。
「綺麗……」
今まで見たことのない、いつにも増して神秘性が感じられるその姿に、俺はただひとこと、思わずそんな感想を口にした。
『…………』
半ば呆然とした状態で見つめていると、彼女は無言で俺の右側へと移動し、肌が触れてしまうのではないかと思うほど耳元に顔を近づけ、そこでようやく口を開き……
『……蠅?阜謌ヲ讖溷、紋シ 讌オ驪シ繝手」?ャシ讌ス縺励∩縺ァ縺吶?縺」?』
「……ッ!?」
それはまるで呪詛のようだった。
聞き馴染みのある日本語でもなければ、英語などの普遍的な言語とは明らかに異なる発音。エスペラント語や絶滅言語といった希少な言語でもなければ、そもそも言語であるかどうかすら怪しい、奇妙で不気味な音が耳元で囁かれた。
全く聞き馴染みのない、その囁き声。
しかし、俺は心の中で……どこか懐かしさを感じていた。知らないはずの言葉なのに、まるで最初から知っていたかの如く、不思議なほど心に染み渡り、頭の中で反響するのだ。
『迚ゥ隱槭?闊槫床縺梧イ也ク?▲縺ス縺??縺ァ縲√←繧薙↑迚ゥ隱槭′螻暮幕縺輔l繧九?縺矩撼蟶ク縺ォ豌励↓縺ェ繧九→縺薙m縺ァ縺吶?ゅ◎縺励※縺薙l繧呈ゥ溘↓縲∵怏蜷阪↑隕ウ蜈牙慍縺ィ縺?≧縺?縺代〒縺ェ縺?イ也ク??濶イ縲?↑鬲?鴨繧堤匱菫。縺励※縺上l繧九→螫峨@縺?〒縺吶?』
こめかみの奥で、翻訳型ナノマシン『パロール』が未知の言語に混乱し、それでも何とか翻訳を試みようと沸き立つ気配が感じられた。
得体の知れないものが自分の中に入ってくる感覚に、怖くなって顔を背けようとするも、気づいた時にはまるで金縛りにあったかのように体が動かなくなってしまっていた。
『縺ェ繧薙↑繧画眠菴懊?謾セ騾√r縺阪▲縺九¢縺ォ繝九Λ繧、繧ォ繝翫う縺ョ譁ケ縺ョ髢イ隕ァ謨ー繧ゆシク縺ウ縺ヲ縺上l縺ェ縺?°縺ェ縺」縺ヲ諤昴≧莉頑律縺薙?鬆??ゅ←縺。繧峨↓縺帙h蠅?阜謌ヲ讖溘↓縺ッ鬆大シオ縺」縺ヲ雋ー縺?◆縺??√〒縺阪k縺薙→縺ェ繧画ーエ譏溘r雜?∴繧九¥繧峨>髱「逋ス縺上※縲∬ゥア鬘後?菴懷刀縺ィ縺ェ繧九%縺ィ繧帝。倥>縺セ縺吶?』
その間も、彼女は耳元で囁き続ける。
しばらくすると、俺の中である変化が生じた。
心と体が離れ、自分が自分でなくなるような感覚。上手く言葉で表現するするのは難しいが……いや、ひとことで表すとしたら、自分の中でありとあらゆる感情が消え、無心に近い状態になりつつあるかのようだった。
戦闘への恐怖心、命の危機に対する臆した心、そして未知の言語に対する拒否反応……それら人間として誰しもが持つ様々な感情たちが、彼女の声を介して俺の心に侵入し身体中を埋め尽くさんとする何者かに居場所を奪われ、行き場をなくして自然消滅しているかのようだった。
いつ先ほどまで俺の体を満たしていた焦りや恐怖といった感情はすっかり鳴りを潜め、その代わり、心は恐ろしいまでに静寂を取り戻し、心臓の鼓動がやけに大きく聞こるほどだった。
アドレナリンが強制的に放出されているのか、プレッシャーや疲労は感じなくなり、長時間に及ぶ戦闘で殆ど切れかかっていた集中力は最大限に研ぎ澄まされ、靄がかかり鈍っていた思考もクリアになる。
操縦桿を握る手に力を取り戻すと、俺は機体をゆっくりと立ち上がらせた。そして目の前に佇むクリムゾンを見据え、ガントンファーを構え直した。何をすればいいのか、どう戦えばいいのか直感的に分かった。
ーーーーー
『"パラサイトシステム"、40パーセントで限定起動』
機械的で、ゾッとするような冷たい声
彼女はライの耳元で、静かにそう囁きかけた。
「コンバット・オープン」
淡々とその言葉を呟きながら、ライは静かに前を見据えた。その瞳からは、それまでの絶望と憔悴に満ちた色は完全に消え失せていた。
「何? さっきと様子が違う……?」
明らかに様子がおかしいニライカナイを前にして、アリシアは真剣そうな眼差しを浮かべた。一見すると無防備なように見えて、全くの隙のない立ち振る舞い。その風格は、片腕を喪失する以前と比較しても衰えるどころか、むしろ油断すればこちらを圧倒しかねない程のプレッシャーを放っている。
敵機から放たれるただならぬアトモスフィアを感じ取り、アリシアは余裕そうな笑みを浮かべつつも冷静に身構えることにした。
「……おっと!」
その瞬間、ライはスラスターをフルドライブさせ、アリシアへと斬りかかった。突き出されたブレードをバヨネットで凌ぎ、両者は鍔迫り合いする形となる。
「猪突猛進で単調な攻撃。でも、的確にこちらの急所を狙ってきてるね!」
ブースターによる勢いのついた打撃により、アリシアはジリジリと艦橋側へ追いやられるも、完全に押し込まれる寸前のところでローリングし、打撃の威力を後方へと逸らしつつニライカナイの背後へと回り込んだ。
「…………」
しかし、ライはそれを読んでいたかのように、素早い切り返しと共に反転すると、ローリングの勢いそのまま回転斬りをするアリシアの一撃を、ブレードで難なく受け止めてみせる。
「流石に同じ手は二度も通用しないか。でも鈍重なのを反応速度とパワーで補ってるようだけど、果たしていつまで保つかな?」
攻撃を防がれたと判断すると、アリシアは勢いそのまま大きく後方へ跳躍した。脚部のブースターを用いて慎重な着地を心がけ、そして足元へチラリと視線を移す。その場所は外見的には甲板の一角に過ぎないものの、内側の強度は最悪で、いつ崩れてもおかしくない程に腐食が進んでいた。
クリムゾンが操る身軽なストーカーならまだしも、重量型であるニライカナイともなれば、腐食箇所に近づいただけでも甲板を踏み抜いてしまうだろう。
「さあ来なさい? コケた瞬間、貴方の頭を斬り落としてあげるわ」
「…………」
バヨネットを構え直すアリシアの挑発に乗り、ライは機体をブーストさせると共に勢いよく甲板上を走り始めた。
「かかった!」
アリシアは勝利を確信した。
そして、いつニライカナイが甲板を踏み抜いても良いようにバヨネットを下段に構え直し……
「踏み抜かない!? どうして……!」
しかし、いくら腐食の上を進んでも一向に甲板を踏み抜く気配がないのを見て、アリシアは慌てた。咄嗟に素早くバヨネットを正面に構え直していなければ、ガントンファーの刃が胸部装甲を抉り取るところだった。
「敵機の重量と甲板強度の計算は完璧だったはず……まさか、この短時間で接地圧の調整を完了させたというの? なんという、なんという……!」
ガントンファーの打撃をバヨネットで弾き、アリシアはたまらず後方へ逃れる。それと同時にニライカナイも背後へと跳躍、お互いに一旦距離を取る形となる……かと思いきや、ライが向かったのは先程クリムゾンに斬り落とされた左腕が落ちている場所だった。
ライはニライカナイのつま先を細かく動かし、落ちている左腕を押し潰す。衝撃で左手がバラバラとなって弾け飛び、その中に握られていたガントンファーの予備マガジンが勢いよく宙を舞う。
「…………」
ライは空中のそれに一切目を向けるとこなく、ガントンファーから空弾倉を落とす。次の瞬間、入れ違いで弾薬がフルに詰まった予備マガジンがグリップの中にすっぽりと収まり、リロードが完了する。
「す、凄い……!」
つま先を使ってリロードをするという芸当に、離れた場所からその動きを見ていたアリシアの口から感嘆の声が漏れる。しかし、その声はまもなく悲鳴へと変わった。
「うわっ! 動きが読まれてる!?」
ライはガントンファーの薬室に銃弾を送り込み、動作が正常に作動することを確認すると即座に発砲。しかし無難に連射して弾幕を形成するような事はせず、1発ごとにアリシアの動きを予想するかの如く、慎重にトリガーを引き絞っていた。
そして、その狙いはかなり正確だった。
アリシアの動きは嘘のように見切られ、今までのローリングを用いた必要最低限の動きでの回避は困難となり、パターンを変えての大胆な回避行動を余儀無くされた。さらにここまで多様してこなかった、ガントレットを用いての防御を強いられる。
近づくことすらままならない状況。
しかも射撃の精度は徐々に向上し、やがてクリムゾンの左脚を掠めると、それを皮切りにして右腕、左腕、頭部……と、銃弾が紅い装甲を削り始めていた。
「あはははは……っ!」
トリガーを引き絞り、クリムゾンに容赦のない銃撃を浴びせながら、徐々に損傷が増していく敵機に向けてライは嘲笑を送った。その目は激しく血走り、表情は狂気の色に染まっていた。
「ハッ……どうだ! 一方的に嬲り殺しにされる気分は? 楽しいか? ああ、楽しいなぁああああ! えぇ、クリムゾンさんよお!!!」
激しい罵声と共に銃弾を叩き込んでいく。
その姿は戦闘を楽しんでいるかのようであり、オセアニア軍への武力介入において、多くの人命が失われることを忌避していた優しい少年の面影は、もうどこにもなかった
『(……翻訳型ナノマシン・パロールを介したヒューマンへのパラサイトシステムの導入。個人を形成する3つの領域、そのうちの1つであるレプタイル領域の活性化、及び残る2領域沈静化。それに伴う人格の変異を確認)』
黒髪の少女は機械の心でそれを思考した。
彼女は相変わらずライの耳元に張り付き、淡々とした様子で例の認識不能な言語を発しながら、パイロットの様子を深々と観察する。
「このっ……!」
突破口を開こうと、アリシアは銃弾の間を縫うようにガントレットを投擲。ライは飛来するそれをガントンファーの刃で難なく斬り払うも……これにより、ほんの僅かな時間だけクリムゾン機に向けられていた射線が途切れる形となる。
その瞬間、アリシアは機体をブーストさせ射線の内側へと潜り込む。迎撃のためにライは即座に格闘戦へと移行、バヨネットとブレードが衝突し、両者の眼前で激しい火花を散らした。
「鍔迫り合いの金切り音がこんなにも息吹をッ! 素晴らしい! 実に素晴らしいわ!!!」
「しつこいッ!」
ライがプラズマの刃をブレードで弾くと、クリムゾンめがけて銃口を突きつける。負けじとアリシアはバヨネットを再度振り下ろし、ガントンファーの銃身を地面に向かって押さえつけ、ゼロ距離射撃をやり過ごす。
バヨネットでの斬撃、ブレードによる殴打、そして銃撃……両者はその場から一歩も退くことなく何度も何度も、真正面から攻撃をぶつけ合い衝突を繰り返す。
「まさかこんな隠し球を持っているなんてね」
先程まで明らかに劣勢だった敵が、まるでふっきれたかのように自分と互角に渡り合えているという事実に、アリシアは子どもっぽい無邪気な笑みを浮かべた。
彼女はニライカナイとの戦闘に、今まで感じたことの無いほどの楽しさを見出し、歓喜に胸を躍らせていた。
「じゃあ、そろそろ本気でいこーか!」
そう言ってアリシアは瞳に紅い輝きを灯らせた。すると彼女の視界が前方の一点に集中、他のあらゆるものが一切映らなくなり、全ての意識がニライカナイへと向けられる。
同時にアリシアの意思に呼応するかのように、ヘッドセットの脳波コントローラーが作動。クリムゾン機のリミッターが自動的に解除され……その瞬間、攻撃のギアが格段に跳ね上がった。
ニライカナイが1回ブレードを突き出す間に、アリシアは2回バヨネットを叩き込めるだけの攻撃速度を披露し、手数の差で徐々にライを圧倒し始める。
「こいつ……!?」
絶え間ない連撃にライはガントンファーによる防御を試みる。しかし完全には防ぎきれず、気づいた時には青い装甲がズタズタに引き裂かれてしまっていた。そしてライの意識が剣に集中したところを狙ってスラスターキックによる足払い、体勢が崩れたところめがけて勢いそのまま回転斬りを放ち、ニライカナイの胸部装甲を大きく削ぎ落とした。
「ぐっ……!?」
「凄く硬いね貴方。でもこれで……ッ!」
ニライカナイの堅固な防御を崩そうと、アリシアはバヨネットを大きく振り上げる。
「大振り!? 隙を見せたなッ!」
ライはのけぞった状態からスラスターを用いて無理やり姿勢を立て直し、重く鋭いその斬撃を紙一重のところで回避してみせた。それだけではなく、ガントンファーによる下からの振り上げで、クリムゾンの手からバヨネットを払い落とすことに成功する。
これで剣は封じた、後は……!
そう思ったのもつかの間、クリムゾンの脚部からスラスターキックの際の燃焼が収まっていないことに気づき、ライの目が大きく開かれる。
「あはっ、判断が甘い!」
「がっ……!?」
次の瞬間、ニライカナイの胸部めがけて強烈な飛び膝蹴りが叩き込まれた。先ほどの斬撃で既に損傷していたこともあり、胸部装甲は原型を留めないほど無残に押し潰され、そのすぐ後ろにあるコックピットを大きく揺らした。その威力は凄まじく、ニライカナイは崩壊した艦橋の中へと吹き飛ばされてしまう。
アリシアは蹴りの反動で後方へと跳躍、高く打ち上げられたバヨネットを空中でキャッチし、甲板上へと降り立った。
「浅い。咄嗟に致命傷を避けたか……やるねぇ♪」
とはいえ、パイロットに致命的な負荷を与えることが出来たのは確実だ。今の衝撃で脳震盪を引き起こして気絶しているか、下手をすれば死んでしまったかもしれない……アリシアがそんなことを考えていると、瓦礫の中に青い光が灯った。
「クソが! うるせぇなァッッッッ!!!」
ライの絶叫とブースターの青い尾を伴い、ニライカナイが粉塵を撒き散らしながら、自力で瓦礫の中から這い出す。そして加速の勢いそのまま、アリシアめがけてブレードを振り下ろした。
「おっと、危ない危ない」
しかし、アリシアは紅い瞳でその動きを見切ると、軽いステップで舞うように回避、さらなる追撃から逃れるべくジャンプで後方へと退いた。
「チッ…………はぁー」
渾身の一撃をあっさりと回避され、ライは盛大に悪態を吐いた。すると、そこで何を思ったのか、耳元に取り憑くユーリの頭を片手で鷲掴みにして引き剥がし、まるでボールでも扱うようにして乱暴に自分の眼前へと引き寄せた。
「おいユーリ、強化が足りてねぇ……」
『…………』
額同士が擦れる程の至近距離で睨みつける。
しかし彼女は全く動じた様子を見せることなく、虚ろな瞳でライのことを真っ直ぐに見つめるばかりだった。
「何遠慮してやがる。お前の力はこんなものか?」
『…………』
「違うだろ? いいからさっさと寄越せよ」
『…………』
「足りないんなら俺の身体を使えよ。俺の全部を使わせてやる、だから……ちゃんと仕事しろよ、お前ッッッッ!!!」
『…………』
目の鼻の先に生じた激しい恫喝に、ユーリは目を逸らすことなく、たた小さく頷いてみせた。彼女のそんな様子を見て、ライは満足したように笑ってユーリの頭を手放した。
『"パラサイトシステム"、60パーセントで限定起動』
その瞬間、ユーリの身体が光に包まれると共にさらなる成長を遂げた。背丈が伸びると、顔つきや容姿はより大人びたものへと変化。今や幼い少女の姿は見る影もなくなり、青髪は毛先を残して殆どが黒く染まっている。
『機体ジェネレーター出力最大、ニライカナイの全リミッターを解除、機体動作のクロックアップ開始。近未来予知プログラム使用の為に量子演算処理システムをブースト、各駆動部への電力供給をオーバーロード。さらにパイロットの生命維持装置をカット、レプタイル領域再活性化の為にパイロットへの抗戦闘処置を実行します』
そう言って彼女は、どこからともなく透明な液体の入った容器を取り出した。
圧縮式注射器、その中身は"カクテル07"
痛み止めの役割を果たすアドレナリンを主成分とし、さらに筋力強化や心肺能力向上などの効果がある数種類の薬物を効果的に組み合わせた戦闘力増強剤。その中には幻覚剤として知られるジメチルトリプタミン(DMT)などといった非合法薬物も含まれているのだが、少量ならば使用者の認知能力をブーストさせ、戦闘を優位に進められるという効果があった。
言うまでもなく劇薬である。
乱用すれば最後、身体へ重大な悪影響と深刻な障害をもたらし、脳機能の低下による精神崩壊を引き起こす他、場合によっては死に直結することもあった。
しかし、適量であれば……
『カクテル、1番投与』
「ぐっ……!?」
網膜投影された映像の中で、ライの体に纏わり付いたユーリが彼の首筋に注射器を突き立てる。するとユーリの動きと連動するようにして、リアルでもコックピット内のギミックが作動、映像の中と同じようにライの体にカクテルを流し始めた。
「そ、それでいい……これで俺はまだ、戦える」
ライはニヤリと笑って前を見据える。
その視線の先には、クリムゾンの姿……
「……死なしてやるよ、クソッタレ」
それが、ライの発した最後の言葉だった。
まもなく彼の意思は闇の中へと呑み込まれ、けれどもハッキリとした意識がある状態のまま、レプタイル領域を構成する生存本能と闘争心に突き動かされた、まさに原始的な存在となるのだった。
「な、なにこれ……熱量が凄いことになってるけど」
ニライカナイの不穏な動きを察知したアリシアは、敵の姿をサーモグラフィーを通して確認し、その機影が真っ白に染まっているのを見て飛び上がるほど驚いた。
寧ろ、ニライカナイは炎上していた。
オーバーロードの影響で、コックピットを除く各駆動部からは火の手が上がり、熱伝導により機体全体が異常な程の熱量に包まれる。あまりの高温に機体の周囲には陽炎が生じ、まるで青い機体が空間のゆらぎを纏っているかのようだった。
ゆらぎの中で、ニライカナイの姿が引きつけを起こして痙攣するかのように振動する。その度に、鮮血の如き眼光がゆらぎの中で激しく動き回り、奇妙な残像となって機体の周囲に赤く禍々しい閃光を描いた。
さらに痙攣した状態のまま、威嚇するかのように両肩のアーマーを大きく広げ……
オオオオオオォォォォォンンンン……!!!
天に向かってニライカナイが盛大に吼えた。
その音は正確には、全身のアクチュエータや高トルク関節が超高速で稼働し、その際に生じた音同士が組み合わさったことによる、いわば単なる機械音に過ぎなかった。
だがニライカナイから放たれる強烈なアトモスフィアも相まって、まるで人知の及ばぬ怪物が発した咆哮のようであった。
「す、凄い……」
紅い瞳で動きを見切っていた筈が、逆にニライカナイの赤い眼光に照らされ、アリシアは心の底からゾクリとするものを感じた。それは彼女が生まれて初めて、本能的な恐怖を心に抱いた瞬間だった。
ォォォォォォォ……!!!!
短い咆哮と共に、ニライカナイが甲板の上を駆ける。ブースターに頼らないその動きは、鈍重な見た目からは想像がつかないほど、あまりにも身軽な疾走だった。
「嘘、まだ速くなるの!?」
紅い瞳の力を使ってようやく捉えられるそのスピードに、ここまで余裕を見せていたアリシアの声に焦りの色が混じる。電光石火の如く次々と飛来するガントンファーの刃を、辛うじてと言った様子で凌ぎ躱し捌きながら、アリシアは冷静に相手の動きを観察した。
「間違いない……このスピード、パイロットの安全性に全く配慮していない!最大で8くらいのGがかかってる筈なのに……どうしてパイロットは平気でいられるの!?」
アリシアは強烈な打撃の勢いを利用し、返す刀の要領で斬撃を叩き込むも、その時には既にニライカナイはその場から姿を消し、別の角度から打撃を叩き込もうとしていた。
「まさかこのクリムゾンが速さで負けるなんて……だったら、必要最小限の動きで対処するまでよ!」
アリシアはバヨネットを構え直し、目の前の敵へと意識を集中する。そして、紅い瞳を用いてその動きを正確に見極め、最適な防御角で打撃の威力を受け流した。
しかし、アリシアもやられてばかりではなかった。数回の打ち合いの果てに、攻撃直後に生じた僅かな隙を見つけてはニライカナイの懐に飛び込み、ガントンファーを握る手を押さえつけてみせた。
「これなら攻撃できないでしょ!」
「…………」
効果的な打撃を叩き込むには、どうしても振りかぶるなどの予備動作を必要とする。それに対し、アリシアの使うバヨネットは刀身にスパークを纏わせるだけでも、十分な切断能力を発揮することが出来た。距離を詰めることが最適な戦術であると判断した彼女は、ニライカナイの内側へと潜り込むことで打撃の威力を殺しつつ、頭部にバヨネットを突き立てようとし……
「!?」
その瞬間、ニライカナイの肩アーマーが左右に大きく広げられた。アリシアの紅い瞳が大きく見開かれる、咄嗟に攻撃を中断し慌てて後方へと退き……次の瞬間、つい先ほどまでアリシアがいた空間は、左右から飛来した鉄塊で押し潰されてしまう。
左右のアーマーを使っての挟み込み
それはまるで、肉食獣が巨大な顎で獲物を捕食するような光景だった。
2枚の耐圧殻同士が衝突する鈍い音が鳴り響く。
あと0.3秒ほど回避が遅れていれば、軽装甲のストーカーカスタムなど、いとも容易くミンチにされてしまっていたことだろう……その考えが頭の中をよぎり、アリシアはゾッとするものを感じた。
「うわ、びっくりした! まさかアーマーをそんな風に使うなんて……」
しかし、彼女に安堵するだけの時間は与えられなかった。ガントンファーの銃口がこちらに向けられていることに気づき、アリシアは回避行動を強いられる。
「でも、距離を取るとこれだ……!」
アリシアのすぐそばを銃弾が擦過する。
紅い瞳の力を使ってその弾道を正確に予測、飛来する弾丸をプラズマの刃を使って斬り落とし、脚部のブースターを吹かして再度近接戦闘を仕掛ける。
それに対し、ニライカナイはまるで両肩のアーマーを第3・第4の腕に見立てるが如く、ガントンファーでの打撃の中に織り交ぜ始めた。そして三方向からくる攻撃を1ミリの狂いもなく、精密に凌ぎきるアリシアの顔には、ここにきてどこか色っぽいものが現れるようになってきた。
「あぁん……凄い、あなた……最高よ!」
うっとりとした瞳、上気した肌、高鳴る胸の鼓動。
「なんて激しい突き上げ……その荒々しい感じ、とても素敵だよ。私、今までに感じたことのないほど貴方との戦いに夢中になれてる! 君という存在に心酔している……!」
その口からは、目の前の敵に対する最大限の賛美と共に、色気に満ちた艶やかな吐息が漏れる。
「この感情……これぞまさしく恋。なるほどね、私……あなたに恋しちゃってるみたい」
その瞬間、まるでお互い示しあったかのように右足を振り上げ、フルパワーでミドルキックをぶつけあった。それにより双方共に右脚を激しく損傷、クリムゾンは脚部のブースターが展開不能に、ニライカナイは脚底部のスクリューが稼働不能となる。
「ねぇ、もっと私を昂らせて!興奮させて!」
「…………」
「もっと私のことを乱れさせて、ねぇ!」
「…………」
「だからさ、あなたも……」
「…………」
その瞬間、ニライカナイの放ったアーマーでの薙ぎ払いが偶然にもクリムゾンに命中した。大きく甲板上を舞う紅い機体、しかし直撃と同時に後方へと飛ばれたことで威力を削がれ、ダメージは軽微だった。
その後、クリムゾンは甲板上へと仰向けに落下。
ニライカナイは起き攻めを狙うべく、急速に距離を詰め、無防備な敵機めがけてガントンファーを振り下ろした。
「……私のこと、好きになってよ」
だがニライカナイが接近するよりも早く、アリシアは倒れた状態のまま左脚を上げた。すると左脚のブースターに強烈なジェット噴射が発生、青白い炎がニライカナイの視界を塞いだ。
ニライカナイはそれに怯むことなく、クリムゾンがいる位置めがけてバヨネットを叩き込んだ。しかし、手応えがない……硬質ブレードは甲板を破砕するだけに終わった。
「…………?」
やがて視界を覆い尽くしていた青白い炎が消えた時、その場にクリムゾンの姿はなかった。ニライカナイは周囲を見回すが、どこにもその姿はなかった。
「あはっ……」
その時、背後に気配……
僅かな敵の息遣いを感じ取ったニライカナイは、振り返りざまにブレードを叩き込む。しかし、その空間には地面にバヨネットが刺さっているだけで、紅い機体の姿はなかった。
この時、ブースターの燃焼を隠れ蓑にしてニライカナイの背後を取ったアリシアは、甲板に突き刺した自身の剣を踏み台にして跳躍。青い機体が振り返るよりも早く、その背後に着地するという二段構えの行動を取り、敵を華麗に翻弄してみせていた。
「ふふっ……ぎゅーって、させてよ」
敵機を完全にロストしたニライカナイが振り返った瞬間、アリシアの伸ばした手がニライカナイの右腕に絡みつく。そのまま機体同士を衝突させる要領で懐に潜り込み、密着する形で拘束。これにより、ニライカナイのあらゆる攻撃オプションが封じられてしまう。
「…………!?」
「君の瞳、とっても綺麗だね……」
まるで抱きしめるかのように、クリムゾンの手がニライカナイの腰にまわされる。アリシアは額同士が擦り付いてしまうほどの至近距離でニライカナイのメインカメラを覗き込んだ。ツインアイから放たれる狂気に満ちた赤い閃光を恍惚の表情で見つめ、そして、まるで恋人に対して語りかけるように愛の言葉を囁く。
あまりの近さに、それぞれの頭部に設置されたブレードアンテナとセンサーポッドが、火花を散らして激しく交差する。
「…………ッ!」
「私と同じ、紅い色の瞳……野獣のように血走らせて、ゾクゾクしちゃう。あはっ……そんな目で見つめられたら体の奥底が疼いちゃって、思わずキスしたくなっちゃうよ」
アリシアの高ぶった感情とシンクロしているのか、クリムゾンのマニュピレーターに掛かる出力が急激に上昇する。それにより、紅い機体に掴まれた部位がメキメキと圧壊を起こし始める。
「…………」
拘束から脱するべく、クリムゾンの腕を払いのけつつ、ニライカナイはスラスターを最大出力で噴射。右脚を甲板に突き刺し、そこを軸にゆっくりと回転を始める。さらに遠心力が最大限に発揮されるよう、高重量のアーマーをこれ以上ないくらい広げ、やがて2機は駒のように超高速回転を始めた。
「あー、仕方ないな〜 」
あまりの遠心力に、アリシアは堪らず手を離す。
回転の勢いそのままニライカナイから距離を取りつつ、地面に突き刺さったままのバヨネットを回収し、甲板上を後ろ向きに滑って着地する。
拘束が解け敵機との距離が離れたことで、ニライカナイは回転を中断し、ガントンファーの銃口をクリムゾンに向けた。すぐさまトリガーを引き絞るも、しかし、どういうわけか最初の1発が射出されたところでスライドが下がり、それ以降弾丸が撃ち出されることはなかった。
「……?」
いや、弾切れではない。
マガジンにはまだ3分の1ほど弾丸が残っていた。
見ると、ガントンファーに装填されていた筈のマガジンが魔法のように消えてしまっていた。
「…………」
ニライカナイの眼光がクリムゾンに向けられる。
「ふられちゃった。残念♪」
そう言いつつも、アリシアは大して気にしていなさそうな様子でゆっくりと立ち上がった。右手にはバヨネットを、そして左手には……先ほど組み付いた時に抜き取っていたのだろう、ガントンファーのマガジンが握られていた。
「探し物はこれ? でも、あげなーい」
アリシアはニライカナイの視線を察すると、嘲笑と共にマガジンを放り投げた。まだ数発の銃弾が残されていたそれは、これ見よがしに放物線を描いて海に落ち、回収不能となってしまう。
「…………」
その瞬間、ニライカナイの全身に3つの小規模な爆発が生じる。その衝撃でガクリと崩れ落ち、黒煙を吹き上げながら青い機体が膝をつく。オーバーロードやクロックアップの影響で、酷使し続けていた各駆動部やジェネレーターがここに来て限界を迎えていた。
『(やはり、これでは勝てないか……)』
ニライカナイのコックピットの中で、ユーリはライの体に張り付きつつ、淡々とした様子でそう思考した。その手には予備のカクテルが握られ、平然とした様子でライの首筋に新しい薬液を注入し続けている。
『(ダメージ15744、機能を停止した部位は106、機体出力及びコンディションは最悪、ジェネレーターのパワーダウンまで残り1分。ガントンファーの理論耐久値は半分以下、さらに弾薬喪失により攻撃力は通常時の10分の1以下に減少。推進剤も残り3秒が限界……そして、この男も限界だろう、人間とはなんと脆いものなのだろうか)』
ユーリが薬液を注入する横で、ライは激しく咳き込んだ。今にも意識を失ってしまいそうなほど憔悴しきった瞳、顔面は蒼白に染まり、操縦桿を握る手は不規則に震えている。口からはゼーゼーと苦しそうな呼吸音が響き、度重なる吐血で服はドス黒く染まってしまっていた。
ユーリは空になった5本目の注射器を捨てた。
どちらにせよ、次で最後の一撃となる。
これで決めなければ、我々の運命はここで終わる。ユーリはここまでの戦闘で得られたデータから、現時点で取れる最適の行動について考え始めた。
敵は世界最高峰のスーパーエース。
使う機体も、こちらを上回る超高性能機。
生半可な攻撃では仕留めることは出来ない。
だが敵も人間である以上、意表を突く攻撃であれば僅かながら可能性がある。敵が全く想像していないであろう、意識外からの瞬間的な攻撃……
しかし、パワーダウン寸前の機体に出来ることは少ない。推進剤も残り僅か、装甲耐久値は殆どないに等しく、武装も大破寸前……このことから、ニライカナイ単独でのクリムゾンの撃墜は不可能という結論を導き出した。
では、どうするべきか……
『…………』
ユーリは呪詛を唱えるのをやめ、操縦桿を握るライの手に自分の手を添えた。すると、真っ黒だった彼女の髪が半分ほど元の青さを取り戻し、それと同時に彼女から放たれる冷酷な雰囲気も、僅かながら穏やかなものへと変化が見られた。
『マスター』
「…………」
『マスター、私の見ているものが見えますか?』
「…………」
ユーリはライの網膜の動きから、自分の声がちゃんと彼に届いていることを確認すると、安心したように両目を閉じ、再びライの耳元で呪詛を唱え始めた。
「どうやら、もう限界みたいだね?」
ボロボロになりながらも、尚も立ち上がろうとする青い機体を見てアリシアは剣を構え直した。
「さあ、かかってきなよ」
「…………」
アリシアの挑発に乗り、ライは機体を走らせる。
ヨロヨロと、満身創痍の足取りで……
しかし、それはフェイクだった。
ニライカナイの状態は最悪、今すぐにでも機能停止してしまいそうなほどダメージが蓄積していた。しかし、それでもまだ……数秒間だけならば、十分な機動性を発揮することができた。
ユーリが提示した"敵の意表を突く攻撃"
それを実行する為に、ライは機体を走らせる。
「あああっ!」
そして、クリムゾンの姿を正面に捉えた瞬間……
持っていたガントンファーを、手斧を扱う要領で投擲。腕部の全出力を込めたそれは、鋭い縦回転と共に紅い機体へと襲来する。
「おっと!」
しかし、アリシアはバヨネットによる切り上げでこれを難なく弾き返してみせた。ここで硬質ブレードの耐久値も限界を迎えたのか、灰色の刀身が真っ二つに両断されてしまう。
……まだだ!
ガントンファーを処理したことで、クリムゾンの防御が僅かな間だけ崩れる。その一瞬を狙って、ライは機体に残されたありったけの推進剤を用いて突貫、肩のアーマーを盾に見立ててのシールドバッシュを試みる。
「おおおおお……ッッッ!!!」
コックピットの中でライが絶叫する。
ニライカナイの目から赤い閃光が尾を引く。
闘牛を彷彿とさせる、力強い猛進
しかし……
「……!」
「今のは、いい一撃だったよ」
それは、あまりにも一瞬の出来事だった。
アリシアは即座に機体を立て直すと、舞い散る木の葉のような、一切の無駄のない動きでライの突貫をヒラリと躱す。そして、機体がすれ違う一瞬を狙ってバヨネットを振り下ろし、ニライカナイの右脚を膝から一刀両断した。
『条件、クリア』
「……!」
ユーリがそう宣言するのと、憔悴に満ちたライの瞳に希望の色が灯ったのは、ほぼ同時だった。
右脚を斬り落とされながらも、ライは甲板の一角に向けて必死に手を伸ばす。その瞬間、ニライカナイの掌部から牽引用のワイヤーアンカーが伸び、甲板上に転がっていた"それ"に絡みついた。
ブースターの勢いそのまま空中を舞い、腕の引きとワイヤーの巻き取りを駆使して"それ"を手中に収める。さらにアーマーの角度を調節して空中で身を翻し、甲板上へ背中から着地する。
受け身なしの落下により、衝撃でバックパックのスラスターが大破するも、そんなことは最早どうでもよかった。
「えっと……あなた、何してんの……?」
ライの行動に、アリシアは疑問符を浮かべた。
ニライカナイが拾い上げたもの、それはクリムゾンが装備していた対潜用レールガンだった。アリシアがニライカナイを海中から誘き出すために使用し、その後バトルフィールドが船上に移ったことで不要と判断し、放棄したものである。
ライは長大な銃身を持つそれを、仰向けに寝そべった状態のまま片手で保持。殆どアイアンサイトの状態でクリムゾンへと照準……即座にトリガーを引き絞った。
カチッ……
レールガンの内部からそんな音が響き渡る。
しかし、巨大な銃口から弾丸が放たれるどころか、銃身が展開するなどのギミックが作動する事もなかった。
「あー……そっか、あなたの戦ってるオセアニア軍は固定武装しかないから知らなかったんだね。その、AMAIMの武器にはアタッチメント認証ってのがあってね……要するに、敵の武器を拾ってもロックがかかってて使うことはできないの」
アリシアは紅い瞳を消して、少し呆れた様子でアタッチメント認証に関する説明を始めた。それからバヨネットを下ろし、レールガンを持つニライカナイを見つめた。
「特に、私たちウルフパックが使う武器にかけられたアタッチメント認証は完全オリジナルだから、どの経済圏が使うものよりもパターンが複雑で強固なんだ。それこそ、一流のハッカー数百人がかりでもロック解除には1ヶ月以上はかかるってくらいで……」
完全に警戒を解いた様子のアリシア
それに対し、ライはレールガンを構え続ける。
「……ってか、いつまでそうしてんの? 無駄だって分かったら、さっさとそれ離しなよ。でもまあ、最後の最後までこの私に抗おうとしたあなたの気概は褒めてあげ……」
キュィィィィィィーーーーーン
「……え?」
その瞬間、アリシアの表情が凍りついた。
甲高い機械音と共にレールガンの砲身が割れたかと思うと、ポツリポツリと長大なレール上にスパークが生まれ、増殖し、やがてレール間を虫のように這い回り、銃身を埋め尽くすほどの蠢きとなった。
アタッチメント認証の存在により、作動しないと思われていたレールガンのギミックが、どういうわけかニライカナイの手の中で正常に作動しているではないか。
「嘘……なんで、使えるの?」
アリシアは呆然としたように声を漏らす。
「…………」
『…………』
2人は無言でレールガンのスコープを覗き込む。
ライの操縦桿を握る手を、ユーリは強く握りしめた。それが合図だったかのように、レールガンのトリガーがゆっくりと引かれた。
レールガンの銃口から盛大な咆哮。
眩い輝きと共に、超音速の弾丸が射出される。
「舐めるなぁッッッ!!!」
アリシアは絶叫した。
紅い目を使わずとも、反射的にレールガンの弾道を予測。即座に回避は不可能と判断すると、その射線上にプラズマの刀身を突き出し、超音速弾の斬り落としを試みた。
その結果、バヨネットは粉砕。
バヨネットのものか超音速弾のものとも知れない小さな破片がクリムゾンの頭部を削ぎ落とし、頭とバランスを失った機体は大きく仰け反るように倒れ、甲板上で宙を仰いだ。
「…………」
ニライカナイもここでついにパワーダウンを引き起こし、機体から全ての光が失われる。ユーリの姿が消えたコックピットの中で、ライは1人、暗闇の中で意識を失うのだった。
前に別のところでニライカナイの執筆が終わったら、水星の魔女×鉄血のオルフェンズの二次創作を作ろうかなって話したんですけど……アレやっぱやめます。色々と構成を考えてはいたのですが、(水星が終わってみて)なんと言いますか、水星のシナリオがあまりにも完璧過ぎて、その中にオルガやミカを突っ込むのは蛇足だなって思いまして……。無理やりやってもいいのですが、下手すれば水星の魅力を殺しかねないので、それはいかんよな……と
まあまあまあ……
それはいいとして、境界戦機の新作もまもなく公開されるので今はそれに期待です。出来るなことならば電撃の憎き『68』や『デカブツおぶじぇくと』をカスと呼べるくらいの人気作品となって、水星に並ぶ令和のロボットアニメとなってくれることを願うばかりです。
それでは、また……