境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』 作:野生のムジナは語彙力がない
それで本作『最果てのニライカナイ』は第12話をもちまして一旦ゴールインとさせていただきます。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。続きのプラン(おまけの後日談)もありますが、それはまた機を見計らって少しずつ書いていきたいと思います。
それと今日、8月10より待望の『極鋼ノ装鬼』がスタートします!
楽しみですね! どんな物語になるか非常に興味深いです!
あと当作の出来次第では、おまけの後日談の執筆モチベも上がると思うので、是非私の執筆欲をくすぐる素晴らしい作品になってくれる事を願います!
それでは、続きをどうぞ……
『マスター、今は眠って下さい』
ユーリの小さな掌が俺の目元に近づく。
反射的に目を閉じ、体から力を抜いた。
ミシリ……ミシリ……
慣性航行が停止したことで、機体が沈降を始めたのだろう。薄れゆく意識の中で、少しずつ機体にかかる水圧が強まっていく気配を感じた。
『何も心配する必要はありません。コックピットの耐圧能力は正常に作動しています、そして我々がいるこの場所は比較的浅い海なので、理論上では着底しても爆縮が起きるようなことはありません……』
ユーリが安心させようと語りかけてくれるが、実のところ俺はそこまで怖くはなかった。数十時間にも及ぶ潜航の末に覚悟が決まっていたというのもあるが、よくよく思い返せば俺の命はとっくの昔に……幼い頃、夜の海に落ちたあの日、既に喪われていたはずだったのだ。
ここまで生きてこれただけでも奇跡なのだ。
『海』この地球上に存在する全ての生命の源であり、美しさと厳しさが入り混じった混沌の世界。そして奇跡を齎し、俺を生かしてくれたこの場所へ、ついに命を返す時が来たのかもしれない。
「…………ねえ、ユーリ」
『はい』
「……俺は、誰かの役に立てたかな……?」
『はい。マスターの活躍によって沖縄を実行支配するオセアニア軍の活動は大きく制限され、兵の士気を低下させると共に、勢力の拡大を停止せざるを得ない状況に追い込んだものと思われます』
そこで、彼女はもう1つだけ言葉を付け足した。
『ただ、戦況を大きく好転させるには至らなかったかと……』
「そっか……」
その言葉に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
つまり彼女は「まだ我々は何も成し遂げていない、だからまだ終わるわけにはいかない」……恐らくそう言いたいのだろう。俺は彼女が正直に答えてくれたことに感謝しつつ、まるで鉛が詰まったように重い頭を振って考えた。
そうだ、俺はまた何も成し遂げていない。
ならばせめて、最後まで抗ってみようじゃないか!
「ねえユーリ、眠る前に少しだけ体を動かしたい。だからシートベルトをはずしてくれないかな?」
『分かりました』
俺がそう言うとユーリは小さくうなずいて網膜投影を解除してくれた、まもなく現実世界のコックピットの中へと意識が舞い戻る。体を固定していたベルトが外され、自由の身となった俺はシートに座ったまま小さく背伸びをした。
薄暗いコックピットの中、足元は損傷箇所から侵入してきた海水によって小さな水たまりが出来ていた。俺がシートから降りると、水のはねる音が閉鎖空間の中に冷たく響き渡った。
「ありがと、ユーリ」
『いえ』
コックピット内のスピーカーからユーリの声が響き渡った。姿は見えずとも、彼女は俺のすぐ近くにいるのだろう。
「そして、ごめんね」
『……?』
そして小さく謝罪した後、俺はユーリに止められるよりも早く……シートの背中側に取り付けられたハッチを開け、その中に収められたAIユニットを素早く取り出した。
取り出した金属製の箱を両手に抱える。
これがユーリの本当の姿であり、そしてニライカナイのありとあらゆる情報が集約されたブラックボックスである。腕にズシリとくる重さだが、人間ほどの重さはない。
『マスター、何を……!?』
ニライカナイとの接続が切れたことで、コックピットのスピーカーからユーリの声が聞こえなくなる。代わりに、ユニットに内蔵されたスピーカーからユーリの声が聞こえてきた。
その声に構うことなく、俺はダッシュボードを開けて中から防水ダクトテープと携帯型救難ビーコンを取り出すと、AIユニットの側面にビーコンを取り付けテープでぐるぐる巻きにする。
『マスター、まさか……?』
「君を海の藻屑にするわけにはいかない」
テープを破るビリっとした音と共にそう告げる。
次に、開けっ放しのダッシュボードから救命胴衣を取り出す。水圧を感知すると膨らむタイプのもので、そこから伸びるハーネスをユニットにきつく縛りつけ、最後は波に攫われてしまわないようダクトテープで救命胴衣の背中側にしっかりと固定した。
「今の沖縄にはユーリの力が必要だ。いなくなるのは俺1人でいい、君だけはどうか、生きていて欲しい……」
『マスター、おやめください』
「俺の分まで沖縄を頼んだ、どうかあの島に……かつての平和が訪れますように」
『マスター……!』
ユーリの叫びを聞きながら、俺は箱の電源を切った。AIユニットの発光が収まり、スピーカーから彼女の声が聞こえなくなる。ユーリの存在感が消え失せ、暗闇と静寂に包まれたコックピットの中はやけに恐ろしく感じた。
四角い箱の中で、ユーリは深い眠りに落ちた。
その箱を抱きしめながら、俺は足元の緊急レバーへと手を伸ばす。これを引いた瞬間、コックピットハッチが強制的に開き、瞬く間に大量の水が押し寄せてくることだろう。
しかし、AIユニットに救命胴衣を固定することごできたため、海中で浮力を得た箱は上昇、やがて海面へと辿り着くことだろう。あとは先ほど結びつけたビーコンが作動し、ユーリが漂う正確な位置をRLFのメンバーへと送ることができる。
ただし、ビーコンの信号はオセアニア軍からも探知される可能性があった。もし彼らがRLFのメンバーよりも先にユーリを回収するようなことがあれば、最悪のケースとしてユーリの能力が解析され、さらにRLFの情報が彼らに漏れてしまう恐れがあった。
他にも、波の影響で救命胴衣との固定が外れて箱が沈んでしまう恐れや、そもそも救命胴衣がちゃんと役目を果たしてくれるのだとか、一応電源は切ったものの海水に浸かることでユニットがショートを引き起こし内部のデータが破壊される恐れもあるなど……考えられるリスクを上げればキリがなかった。
だが、少しでも仲間が洋上に漂う彼女の姿を見つけてくれる可能性があるのなら……いや、彼女だけは生き延びられる可能性があるのなら、俺はその僅かな可能性に賭けてみることにした。
だが、俺は……
海面までおおよそ数百メートル。コックピットに水が入り込んできた時点で、今までロクに潜水の訓練を受けていなかった俺など、水圧の影響により恐らく死ぬだろう。命からがら海面に辿り着けたとしても急激な圧力の変化でどうなるか分かったものではないし、憔悴しきった状態での漂流など耐えられる訳がなかった。
だが迷っている暇はなかった。こうしているうちに、ニライカナイは少しずつ沈んでしまっているのだ。ユーリを素早く海面に送り届けるのに、決断は早いに越したことはなかった。
「よし……」
意を決してビーコンの先端を捻りスイッチを入れると、コックピット内部がビーコンから発せられる黄色い光に包まれた。救難信号は海中からではRLFに届かないが、海面に辿り着きさえすれば正常に機能するだろう。
続いて、足元の緊急レバーをぐっと握りしめる。
怯えや恐怖はなかった。恐らく、先ほどユーリが打ってくれた薬品の影響だろう、これから死にゆくというのに、心の中は不思議なほど晴れ晴れとしていた。
「今までありがとう、ユーリといられて楽しかったよ」
胸に抱いた箱に向かって最後にそう告げ、俺は緊急レバーを勢いよく引き上げ……
「……?」
その時だった。
どこからともなく、静寂に包まれたコックピットの中に何者かの声が響き渡った。無論、俺の声でもなければユーリの声でもない、けれど俺にとってとても聞き馴染みのある謎の声。
やがて、外から差し込んできた光でコックピットの中が僅かに明るくなった。いや違う、見るとニライカナイの視界が部分的に回復したのか、メインカメラから送られてくる水中の映像がディスプレイ上に表示されているのではないか。
どこまでも続く暗い海の中、その中央に一筋の光が見えた。それは徐々にこちらへと接近し、やがて光の正体が露わとなった。
「あれは……」
それは一頭のイルカだった。しかし、皮膚はなめらかな純白、背びれは丸みを帯びた通常のそれではなく、天使の羽を彷彿とさせる巨大な白い翼となっていた。
それは水中を優雅に羽ばたきながら、力強いドルフィンキックによる驚異的な機動力を発揮して海中を進んでいる。もはや爆発的と呼んでも良い2つの推進手段を用いてあっという間に俺の前へと辿り着くと、それはコックピットの中を覗き込むようにこちらを見つめてきた。
その特徴的な姿と様子を見て、俺はこの個体が、幼い頃に出会った白いイルカと同一であると確信した。
「まさか、こんなところで……本当に……?」
思わず呆然としながらその姿に魅入ってしまっていると、白いイルカはまるで俺の無事を確認し、安堵したかのように小さく笑った……いや、少なくとも俺には笑ったように見えた。
時間にして、僅か十数秒程のことだった。
そのうち、白いイルカは満足したように目の前でゆっくりと反転し、そして暗闇の中に向かってまた泳ぎ始めた。
「待って、君は……!」
思わず、ディスプレイの中の白いイルカに向かって手を伸ばす。だが泳ぐ速度は驚異的で、あっという間に見えなくなってしまった。
「うわっ!?」
その直後、機体が激しく揺さぶられる。
突如として発生した強烈な水流がニライカナイを包み込み、機体を大きく押し上げる。そのあまりの勢いに、俺はユーリを抱えたまま必死になってシートにしがみつくことしか出来なかった。
どうすることもできず、水流に流されるまま……
やがて俺の意識は闇の中へと消えていった。
ーーーーー
午前6時13分
???
「…………こ、ここは……?」
足元の冷たさ、どこからともなくコックピットに差し込む光、遠くから聞こえてくる力強い波の音に、俺はゆっくりと意識を取り戻した。
「一体、何が……?」
朧げな意識のまま、状況を確認すべくコックピットハッチを開け、転がるように外へと這い出る。落ちた先は砂浜だったこともあり、体への衝撃は比較的軽微だった。久しぶりの地面に、まるで生まれたての子鹿の如くフラフラと両手両膝をつきつつも、力の入らない全身を無理やり言い聞かせて何とか身を起こす。
そして、辺りを見回す。
暖かい潮風、柔らかい砂、押し寄せる波の音。
夜明け前のうっすらとした世界の中で、うっそうと生い茂る緑の木々が目の前に広がっていた。
ここは島だった。
どこかは分からない、今のところ人の気配もない、だが馴染みのある雰囲気から沖縄のどこかであることだけは分かった。
背後を振り返ると、そこには浜辺に打ち上げられたニライカナイの姿。大破し、機能停止に陥った青い機体の半身は海中に沈んでおり、上半身だけが露わとなっている。
その時、水平線の向こうに強い光を感じた。
日の出により、世界は暁の色に染まる。
海の風は暖かさが増し、海面は神々しく輝き、ボロボロのニライカナイを、打ち寄せる白波を、どこまでも広がる砂浜を、暗い木々を細部まで明るく照らし出す。
「俺、なんで……生きてるんだろ?」
しばらくの間、ぼーっと日の出を見つめていると、ふと少し前まで冷たく暗い海の底にいた事を思い出し身震いした。そして命からがら助かったという事実に心の底から安堵しつつも、同時にどうして助かったのかを自問自答する。
「まさか……また、助けてくれた……?」
しかし、状況的に考えて思い至るのはやはり白いイルカのことだった。まさか1度までのみならず、同じイルカに2度も助けられることになるとは……奇妙な偶然と奇跡があったものだと、俺は心に暖かいものを感じるのだった。
「ありがとう、俺を助けてくれて……君は俺に生きろって言いたいんだね。俺はまだ、ここにいてもいいんだね……?」
そう思うと共に、俺の心に1つの決意が生まれた。あの神秘的な白イルカが生息する、美しい沖縄の海を守るという決意であり目標、そして役割が。
だからこそ、俺たちはなんとしてもこの戦争に勝たなくちゃならない。オセアニア軍は今こうしている内にも沖縄の自然を汚している。そして、それは海に関しても同様だ。
これ以上、好き勝手させるものか……ッ!
そう思い立った俺は、浜辺に力なく横たわるニライカナイの姿を見つめた。日の出特有の鋭い陽光を受け、メインカメラのモスグリーンがほんの一瞬だけ、力強い輝きを放ったように見えた。
第12話:深淵ーブライトー
END
【エピローグ】
開発コード MAILeS"ニライカナイ"
島国である沖縄での運用を想定して作られた、世界初の水陸両用・可変型AMAIM。しかし、この機体が日本のAMAIM開発史に名を残すことはなかった。
なぜならこの後、沖縄は日本より独立
武装国家"龍縄"としての道を歩むこととなるからだ。
元RLFのリーダーである仲宗根キョウヤを国家元首とし、反戦の歌よりも武力を求める民衆の支持もあって、それから1年の歳月をかけて大がかりな武装化が施されることとなった。やがて沖縄は数百機にも及ぶ量産型ニライカナイの群れに守られた、巨大な海の要塞へと変貌。そしてその勢力は、日本の九州にまで及ぼうとしていたのだった…
境界戦機外伝『最果てのニライカナイ』ー完ー