境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』 作:野生のムジナは語彙力がない
水陸両用型アメイン『ニライカナイ』を駆って、オセアニア軍の輸送艦を撃沈した主人公『喜舎場ライ』とその相棒『ユーリ』は、戦果の報告と機体の修復をするべく、RLFの母港へと帰還する。
西暦2061年。
経済政策の失敗や少子高齢化によって破綻した日本に対し、経済援助や治安維持を目的として「北米同盟」「大ユーラシア連邦」「アジア自由貿易協商」「オセアニア連合」の4つの世界主要経済圏が介入する。その結果、日本列島を舞台に勃発した「境界戦」と呼ばれる国境紛争を経て、日本の国土は4つに分割統治され、日本人は隷属国の人間として虐げられる生活を送っていた。また、日本は各経済圏によって投入されたAMAIM(アメイン)と呼ばれる人型特殊機動兵器が闊歩する、世界の最前線ともなっていた。
それは日本の南西諸島の1つ、『沖縄』でも同様だった。オセアニア連合は沖縄を大陸と日本を結ぶ中継点にすべく軍を派遣、武力による支配を画策した。オセアニア軍の参戦は戦火の拡大へと直結、小さな島国を舞台に、北米軍およびアジア軍との間で行われた境界戦では地域住民を巻き込んだ凄惨な国際紛争が繰り広げられ、民間人の間に多くの死傷者を出すという結末に至った。
さらに戦闘の余波で、沖縄文化の象徴とも呼べる首里城は三度焼失、戦争は人の心までをも踏みにじったのである。
長きに渡る紛争の末に、沖縄を手中に収めたオセアニア連合は軍備拡張を実施、ヤンバルや御嶽といった沖縄固有の美しい自然に手をかけ、垂れ流した化学物質は緑の大地と青い海を容赦なく汚染していった。さらに沖縄全域でオセアニア軍人による犯罪が横行、各地で悪逆の限りを尽くすオセアニア軍に対し沖縄の民は決起し抗議の声を上げるも、圧倒的な力を前になすすべなく弾圧され、力なき人々は泣き寝入りせざるを得なかった。
この状況を打破すべく、盟主達の手によってレジスタンス組織『琉球解放戦線』(RLF)が発足。その名の通り、沖縄の解放を行動理念とする組織の誕生に、それまで虐げられるだけだった沖縄の人々は強大な軍事力を持つオセアニア連合に対抗できるだけの力をつけるべく集結し、沖縄の地下世界へと身を潜めた。
結成から1ヶ月後……
そこに所属する俺は、適性検査の結果からまだ高校生の身でありながらRLFで製造された試作型AMAIMのパイロットに任命された。
それ以降、俺は「ユーリ」と名乗る少女の容姿をした自立思考型AIと共に、水陸両用型オリジナルAMAIM『ニライカナイ』を駆り、オセアニア軍に対して幾度となく通商破壊作戦を行ってきた。
出撃回数は今日で15回目、
撃沈した艦船の数は既に二桁に上っている。
当初は、ただ沖縄のために何かしたいと、少しでも何か力になれることがあればと後先考えないままRLFに加入した俺だったが……『ニライカナイ』のパイロットに選ばれるまでは、まさか自分が直接戦闘に参加することになるとは夢にも思っていなかった。
ただの学生である自分が……
それが正直なところだったりする。
そう、俺はオセアニア軍と戦争をしているのだ。
境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』
第2話:抵抗ーレジスタンスー
某月某日 2:30
オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)
那覇港 秘密地下ドック
オセアニア軍の輸送艦を撃沈した後、俺は人工的に作られた小さな海中トンネルを進んでいた。小型の潜水艦が一隻やっと通れる大きさの暗く狭いトンネルを、少女のナビゲーションを頼りに通り抜けて海面に浮上すると、そこは明るい空間が広がっていた。
『潜水艦モードでナビゲーションフェイズからスタンバイフェイズへと移行。機体を桟橋に接岸。マスター、お疲れ様でした』
少女は無表情のままそう告げつつ、ワンピースの裾を軽く持ち上げてカーテシーの動作をして見せると、それっきり姿を消してしまった。目を覆っていた網膜投影のバイザーが自動的に外され、手から操縦桿を握る感覚が消失する。
「…………」
疲労感に、ため息を吐く。
薄暗いコックピットの中に1人残される形となった俺は、リニアシートを稼働させ機体の後部ハッチから外の世界へと這い上がった。
「うっ……」
何時間もずっと暗闇の中に隔離されていたからか、地下ドック内に幾重にも張り巡らされた照明の眩しさに思わず顔をしかめる。平衡感覚が失われ、グラつく視界の中、ふらつきながらも無理やり立ち上がろうとすると、その時……桟橋を渡ってこちらへと駆け寄ってきた誰かに肩を支えられる。
「ライ!」
「…………?」
自分の名前を呼ばれ、俺は言葉を返そうと口を動かすも、自分が思っていた以上に疲弊していたのだろう、上手く言葉が出て来ず掠れたうめき声しか出てこなかった。
「どうした、疲れたか?」
「いや、ただ……眩しいだけだ」
小さく咳を1つして、ようやく声を絞り出す。
周囲の明るさに慣れ、徐々に目の焦点が定まってくると、俺は俺の体を支える同年代の男性……渡慶次マサヒロと目を合わせた。角刈りで明るい好青年といった見た目の彼は、工業高校で配布されるツナギを身につけている。
「そうか? ならいいや……まあ、それはいいとしてだ、こっちで傍受したオセアニア軍の通信によると、敵輸送艦3隻撃沈だってな? お手柄だな」
「それとブーメラン1機だ」
「おっと、そりゃあ凄い」
そんなやり取りをしながら、俺は頼もしげに笑う彼に肩を支えられるようにして桟橋を歩いた。陸地へと向かう俺たちと入れ替わるようにして、2人のメンテナンススタッフが桟橋を渡っていく。
「マサヒロ、もう大丈夫だ」
「そうか? まー無理すんなよ」
マサヒロの気遣いに感謝しつつ、陸地へと降り立った俺は改めて周囲を見回した。那覇港の地下をくり抜いて建造された、広大な地下空間が広がっている。
かつて沖縄県と呼ばれていたこの地を軍事支配するオセアニア軍、各地で傍若無人な振る舞いを見せる彼らに対抗するべく組織されたレジスタンス……琉球解放戦線(RLF)。その本拠地であるここは、真夜中でも昼間のように明るく、作業に従事するスタッフたちの活気に包まれていた。
「ライ、何見てんだ?」
「いや……相変わらず、ここは賑やかだなって」
「まーそりゃあな。なにせここにいる奴らの大半は、憎っくきオセアニア軍の野郎どもから沖縄を取り戻すために戦ってるんだ。時間外労働なんて言ってる暇があるくらいなら、弾丸の1発でも作らねえと……」
マサヒロは俺の肩に肘を置き、冗談交じりに告げる。
「あーあ、てか普通に考えたらウチってヤバイよな。こんな時間までオレら学生にまで夜勤させるとか……明日も学校があるってのに、ほんとブラック企業……」
「その分、給料は支払っているが?」
「……ッ!? そ、その声は……!?」
マサヒロの体がギクリと震えた。恐る恐る振り返ると、いつからそこにいたのだろうか……桟橋を操作する制御盤にもたれるようにして、じっとりとした目でこちらを見つめる、約2メートルの体躯を持つ屈強な中年男性の姿があった。
レジスタンスのリーダー、中曽根キョウヤ
緑色のタンクトップ、黒のフルレングスパンツ、鋭い目つき、強面の表情、服の隙間から一切の無駄がない鍛え抜かれた肉体が嫌でも目に入ってくる。
「き……キョウヤさん、来てたんスね」
非常に戸惑った様子で、マサヒロは一歩後ずさりする。
「さっきのはほんの冗談でして、オレは何も……」
「…………」
しかし、リーダーはうっかり愚痴をこぼしてしまったマサヒロではなく、その鋭い瞳は俺を真っ直ぐに見据えていた。その視線に少しだけ身構えていると、リーダーはゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「ライ、今回の戦闘データを見せてくれ」
「はい」
リーダーの言葉に、俺は胸ポケットにしまっていたタブレットを手渡した。ダークブルーのケースが照明の光を受け、鈍い輝きを放つ。
「ふむ……輸送艦3隻を撃沈か」
タブレットを受け取ったリーダーは、液晶画面に映る文字列をしばらくの間眺め始めた。その間、俺とマサヒロは気まずい空気を感じて僅かな間だけ目配せし合い、すぐさま視線をリーダーの方へと戻した。
「……まあいい、返すぞ」
「はい」
やがて情報を確認し終え、返却されたタブレットを受け取り、俺がそれをまた胸ポケットへ収めようとした時だった。なんの前触れもなく伸ばされたリーダーの手が、派手な音を立てて俺の肩を強く掴む。
「……ッ」
色黒の大きな手が肩に食い込み、俺は思わず握り潰されてしまうのではないかと錯覚してしまった。
「ライ、なぜ魚雷を1発残した」
「え……」
その言葉に、リーダーの方へと視線を向ける。
彼の表情は先ほどにも増して感情的な色が浮かんでいた。
「ライ……喜舎場ライ! なぜ魚雷を1発残したのかと聞いている。あの状況ならば、最後に駆逐艦を攻撃できた筈だ。敵を1人でも多く海の藻屑に出来るチャンスを、お前は棒に振ったのだ……何故だ、何故お前は敵に情けをかけるような真似をした?」
「それは……」
まくし立てるようなリーダーの問いかけに、俺はどう返していいか分からず戸惑っていると……
『マスター、私にお任せ下さい』
その時、淡々とした少女の声が脳裏に響き渡る。
正確に言えば、こめかみの部分に埋め込まれた通信用ナノマシンが信号を感知し、耳元でそれに対応した音を発しているだけなのだが……手元に目を向けると端末の液晶画面に光が灯っていた。
「ユーリ……」
俺の呟きに、端末の少女は頷きを返した。
それを見て、俺は恐る恐る端末を持ち上げる。
『リーダー様。僭越ながら申し上げますと、3隻目を攻撃した時点で、既にこちらの位置はオセアニア軍に察知されていました。あの状況下での攻撃は、逆に我が方にとって損失になる恐れがあったと推測されます』
俺が軽くタブレットを示すと、リーダーもそれに気づいたようだった。液晶画面に出現した少女は、端末のスピーカーを介して自身の意志をリーダーへと伝え始める。
「なんだと?」
『これまで、我々はオセアニア軍に対し15回に渡って攻撃を仕掛けました。しかしながら、我が方の攻撃に対し全くの無防備であった当初とは違い、対潜能力を持つ護衛艦の配備、水中への警戒強化、AMAIMを水上戦に対応させるなど、オセアニア軍は様々な対策を立ててきています』
リーダーはタブレットの少女へと睨みを効かせる。しかし、少女は全くの無表情で言葉を続けた。
『マスターが手を抜いていると思われているのであれば、それは誤りです。奇襲のメリットが失われた状態で攻撃を仕掛けた場合……敵の妨害により撃沈までに必要十分なダメージを与えられず、逆に集中砲火を受け本機は致命的なダメージを受ける恐れがありました。また、当初の目的であった通商破壊は既に完遂されていることから、これ以上の戦闘行為は不要であると言え、つまりマスターの……あの状況下でのライ様の判断は妥当であり最善を尽くしていたと言えます』
「いや、不要な戦闘ではない。オセアニア軍はいずれ我々の計画を知る事になるだろう。今の内に1人でも多くの敵兵を始末しておかねば、後々になって痛い目を見るのは明らかだ! だからこそ撃たれる前に敵を撃つ必要がある」
『では、リーダーはマスターに死ねと仰られるのですか? 彼は私と「ニライカナイ」のシステムに唯一適応した希少な存在です。そんな彼の喪失は、今の我が方にとって大きな損失ではないでしょうか?』
「…………チッ、話にならん」
リーダーは舌打ちをすると、タブレットの少女から目を逸らし、そのまま俺たちの横を歩いて通り過ぎて行く。俺とマサヒロはどうしていいか分からず無言でその背中を見送っていると、リーダーは去り際にチラリと振り返った。
「ライ、敵に情けをかけるな。オセアニア軍は何としてでも殲滅しなければならない……奴らは、悪意を持ってこの島に住み着く外来種なのだから」
リーダーはそれだけ言うと再び歩き出し、やがてその姿は暗闇の中に消えてしまった。彼の気配が完全に消えたのを確認した後、俺たちは思わずホッと息を吐いた。
「おおぅ、キョウヤさん相変わらず怖ぇ……」
マサヒロがため息混じりに呟く。
同感である、俺も静かに頷いた。
「だが、あの人の気持ちも分からなくもない……少し前に発生した大規模な境界戦の巻き添えを食らって、あの人は大切な家族を喪ってしまったそうだからな」
「ああ、『嘉手納−北谷町騒動』だったか?」
『嘉手納−北谷町騒動』
沖縄の支配権を巡って発生した大規模武力衝突のことを指す。小さな島を舞台に北米軍、極東軍、そしてオセアニア軍と、大勢の一般人を巻き込んでの三つ巴の戦いが繰り広げられた。最終的に漁夫の利を得る形でオセアニア軍が勝利したものの、この武力衝突により嘉手納町と北谷町、2つの町が灰燼に帰し、約8000名もの町民の命が失われてしまった。
この凄惨な事件を受け、かつて沖縄で勃発した『コザ騒動』の名を受け継ぎ、その悲惨さが伝えられている。
「その中で、オセアニア軍の参戦は無駄に戦火を拡大させてしまった。だから、あの人がオセアニア軍を恨む気持ちはよく分かる。俺だって家族を殺されたら、多分ああなるかもしれない。今のところ首里城が炎上した以外に大きな被害のない那覇出身の俺たちはただ運が良かっただけで、一歩間違えれば……」
そこで俺は先ほどのリーダーの顔を思い出した。オセアニア軍は外来種であると断言した彼の表情は冷静そのものではあったものの、その瞳に映る黒々とした憎悪の色は遠くからでもはっきりと感じられた。
決して、人が発していい気配ではない。
オセアニア軍を倒すべき敵とみなし、憎悪にかられながらも組織を率いていくその姿はまさしく、白鯨に足を食い千切られたエイハブ船長のようだ。いや、実際にリーダーは自身の半身とも呼べる妻子を戦争で喪っている、同様にオセアニア軍に対する憎悪と狂気が彼を突き動かしているのだろう。
「いや、それにしてもよ……オレたちの敵を倒してくれてありがとーだとか、ご苦労だったーだとか、せめて労いの言葉1つあってもいいんじゃね? ライは沖縄のために命張ってんのによ、それなのに何もあんな言い方ねぇだろ」
キョロキョロと周りを見回し、自分たち以外で誰も聞き耳を立てていないことを確認した後、マサヒロは小さく愚痴った。やはりリーダーのことが怖いのだろう。
「いや、マサヒロがそう思ってくれるだけで十分労いになってるよ。ありがとな」
「全く、ライは優しすぎなんだよ。そんなんだから色々と付け込まれて面倒なことに巻き込まれるんだ。お前、元々はオレらと同じように裏方の仕事を手伝う為にここに来たんだったな、ならパイロットだって断ることも出来たはずだろ?」
「いや、断れるわけないだろ……あんなの」
俺はAMAIMのパイロットに選ばれた日のことを思い返した。知り合ったばかりのマサヒロと共に、いつものように他のスタッフたちを手伝っていると、それまであまり面識のなかったリーダーから突然呼び出しをくらい、行ったら行ったで暗い部屋に押し込められ、リーダーを始めとした怖い顔のスタッフたちに囲まれ睨まれ、訳も分からないまま「お前はパイロットになれ」とこちらが拒否する間も無く書類にサインを書かされ……
とにかく、その時の忙しなさといえば去年やった学園祭の準備以上で、しかも、その状況は自分的にもあまり良い思い出ではなかった。マサヒロは俺の表情からそれを察してくれたようで、小さく唸って押し黙った。
「それに、俺は別にそんなに凄いことしてるわけじゃないし……AMAIMの操縦だってユーリが色々補助してくれているからこそできているってだけで、だから本当に凄いのは俺じゃなくて……」
そこで、俺は背後へと振り返った。
桟橋を越えた先に停泊した機体。パーソナルカラーは青と黒、半分が海に沈んだそれは潜水艦のような見た目をしており、機体前部にはカブトガニを彷彿とさせるアーマー、後部には大型の推進装置が2門、シルエット的にはマンタことオニイトマキエイによく似ている。
「ああ……純沖縄製AMAIM、開発コード MAILeS『ニライカナイ』。島国である沖縄での運用を想定して作られた、世界初の水陸両用型AMAIMだな」
マサヒロは俺の視線を辿って『ニライカナイ』に目をやった。すると、彼はニヤリと笑って機体の解説を始めた。
「機体前方のアーマーは片側4門、計8門の魚雷発射管を備えた耐圧殻『ウィーヴァルアーマー』、機体後部には機体のメインスラスターである大型スクリューを2門搭載、また、全身の至る所に補助推進装置が取り付けられている……
戦闘に関してはお前がやったような対AMAIM戦闘も可能だが、その真価が発揮されるのは対艦戦闘だ。部分的に超空洞技術(スーパーキャビテーション)を導入することで水中での最高速度は60ノット(111キロ)ほど、水中では誰も鬼ごっこでは勝てない、捕まえられない。そして機体に内蔵された各種対艦兵器と合わさることで、水中での華麗な一撃離脱戦法を可能にしている」
マサヒロの説明に、感心した俺は思わず口笛を吹きかけて止めた。夜に口笛を吹くとマジムン(怪物)がやってくるという沖縄の迷信を思い出したからだ。
「よくそんなにスラスラと言えるな……」
「当たり前ぇよ。何てったってオレは数少ない『ニライカナイ』の整備担当の1人なんだからよ! ……ってか、こいつの説明は整備のおやっさんから何度も事あるごとに聞かされてっからよ、すっかり覚えちまったんよ」
「整備長の金城さんか……とにかく、ユーリの補助と『ニライカナイ』の性能が良いお陰だ。勿論、いつも万全の状態をキープしてくれているマサヒロたちの腕もな」
「そうか? へへっ……そう言ってくれると、頑張って整備した甲斐があるってもんだぜ。ありがとな、ライ」
マサヒロはそう言うと、小さく笑って指先で自分の頬をかいた。その表情を見ていると、整備長から半ば無理やり覚えさせられたのではないことが伝わってくる。それを裏付けるように、マサヒロはさらに『ニライカナイ』の説明を続けた。
「その最大の特徴は、何てったって可変……」
『おいマサヒロぉ!!!』
しばらくの間、彼から『ニライカナイ』の装備や機能、その運用方法などについて説明を受けていると、桟橋の向こう側からマサヒロを呼ぶ野太い声が響き渡った。
『何してんだ!? とっとと整備おっ始めるぞ!』
「やべっ……おやっさんが呼んでる」
見ると、AMAIM懸架用のハンガーを動かす操縦席の窓から、先ほどの話に出てきた整備長の金城さんがメガホンを片手にマサヒロを呼んでいるのが見えた。
老齢で荒々しい言動が目立つが、整備という仕事に関しては実直かつ真面目であり、さらに腕が良いことからRLFの中でも最高機密である『ニライカナイ』の整備を一任されている。
俺も前に一度話をしたことがあるが、その時は慣れない操縦でニアミスし機体を損傷させてしまったことを怒られるかと思いきや、何よりも先に俺の身を案じてくれていたことから、俺は金城さんという人に対して良い印象を持っていた。
「それじゃ行かねーと、じゃあなライ!」
「待て、よければ俺も手伝おうか?」
「……おいおい、何言ってんだよ」
整備の手伝いを申し出るも、マサヒロは苦笑いを浮かべて肩をすくめてみせた。
「いや、気持ちはありがてぇがよ。お前、学校が終わってからすぐ出撃して、10時間近くも海の中でオセアニア軍の艦隊を待ち伏せしてたんだろ? いくらなんでも仕事しすぎだ。後のことはオレらに任せてライはさっさと休めよ」
マサヒロはそう言って俺の肩を掴み、基地内の宿舎がある方向に向かって軽く押してきた。
「いいのか?」
「いいって、ほらさっさと歩く」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「おう! ちゃんと休んどけよ!」
最後に威勢良く笑ってみせると、マサヒロはこちらに背を向けて桟橋の方で待つ他の整備士たちの元へと走った。しばらくの間その背中を見送っていると、金城さんの合図と共に『ニライカナイ』の引き上げ作業が始まった。
巻き取り装置の鈍い回転音が基地内に響き渡り、青と黒の機体がゆっくりと浮かび上がる。今まで半分ほど水面下に沈んでいた『ニライカナイ』全貌が明らかとなり、やがて水揚げされたマグロのような状態でハンガーへと吊るされた。
『いいかお前ら! 傷1つ見逃すんじゃねーぞ!』
「「「おう!!!」」」
ハンガーの操縦席から降り立った金城さんが大声でそう呼びかけると、マサヒロを始めとして、複数人の整備士たちが機体の周囲を取り囲み、目視による損傷のチェックを開始した。
機体の前面を覆う『ニライカナイ』のカブトガニのような耐圧殻……もといウィーヴァルアーマーが左右に分かれ、機体の内部構造が露わになる。また、それと同時に大型スクリューを擁する後部ユニットも変形し、逆関節の脚部へと変貌を遂げた。
基地内を飛び交う無数のスポットライトが『ニライカナイ』を明るく照らし、人の形をしたそれを神々しく浮かび上がらせる。
海の果てにある『理想郷』の名を冠した機体。
ネイビーブルーのツインアイが鈍い輝きを放った。
「…………」
整備の風景を少しだけ眺めた後、明日も学校があることを思い出した俺は、今のうちに少しでも体を休めておこうと『ニライカナイ』に背を向け、宿舎の方へと向かった。
ーーーーー
マサヒロから「ちゃんと休めよ」と言われたものの、結局のところ、俺が宿舎にあるベッドに身を横たえることができたのは、それから1時間も後のことだった。
長時間の作戦行動で疲弊し、フラつく感じはあった。だがオセアニア軍との戦闘の際に分泌されたアドレナリンがまだ体の中に残っていたのか、心臓の高鳴りと高揚感を覚え、どうしても眠ろうという気になれなかったのだ。
少しでも気を紛らわせるために自分の部屋でシャワーを浴びて汗を流し、火照った体をタブレットを片手に扇風機で冷却しながら、インストールしたゲームアプリを弄ってしばらく何も考えずにいると、ここに来てようやく落ち着いてきたのか、うっすらと眠気を感じるようになってきた。
しかし、これはまだいい方である。
最初に出撃した時には一晩中寝付けず、ようやく眠気を感じることが出来たのは学校への登校中で、結局、午前中の授業を全て寝て過ごしたものである。
「…………」
小さく息を吐き、ベッドの上に大の字となる。
外の喧騒も防音の効いた部屋の中までは響いて来ず、室内はシンと静まり返っていた。そこで人寂しさを感じた俺は、何気なく手にしたタブレットを天井に掲げ、黒い液晶画面をジッと見つめる。
「ユーリ、そこにいるのか?」
『はい』
タブレットに向かって呼びかけると、短い返事と共に液晶画面が灯り、画面上に二頭身の少女が姿を現した。目の前で青い髪の毛と黒いワンピースがフワリと揺れる様は、どこか儚げな様子でもある。
『マスター、何か御用でしょうか?』
淡々とした声で少女が問いかける。
彼女の名前は『ユーリ』
とある企業によって開発された自立思考型AIの少女。自らを『I−LeS』とカテゴリする彼女は、他の戦術特化型AI等にはない高度な判断能力と情報処理能力、そして人間との対話能力を有していた。
常に無表情で冷静沈着と、淡白な性格をしている。
因みに、自身のようなI−LeSを搭載したAMAIMを『MAILeS』と呼称するとは彼女の談だが、他にも彼女のような存在がこの世界のどこかにいるのだろうか……?
「……その、さっきはありがとな」
『?』
俺がそう告げると、ユーリは表情を変えることなく首を傾げてみせた。どうやら説明が足りなかったようである。
「いや、さっきリーダーに責められた時、助けてくれてありがとうって……」
『いえ、私はただ事実をお伝えしたまでです。他に何か御用はありますでしょうか?』
あっさりとした様子で何でもないかのように告げる彼女だったが、あの時、何も言い返せなかった弱く情けない俺にとっては、彼女の存在はとてもありがたいことだった。
『眠れないのであれば私めにお任せください。宜しければ動画サイトに投稿された手頃なASMRをいくつか見繕ってミックスし、その場でマスターのご気分に合わせた音声作品をお作りして差し上げますが?』
「……」
まるでカクテルを作る酒場のマスターじみたことを提案するユーリ。何事にも執着がない彼女がこういった行動を取るようになったのは、言うまでもなく俺が原因なのだが、それを語るのはまたの機会にしよう。
「いや、今日はちゃんと眠れそうだから……ただ、部屋の電気を消して欲しいかなって」
『サー、お安い御用です』
画面の中でユーリが頷くと、入口から寝室にかけて部屋中の光源が次々と消灯していく。残ったのは静かにうっすらとした風を送り込んでくる扇風機の小さな光と、手にしたタブレットから発せられる青い輝きだけだった。
『それではマスター、良い夢を』
そう言ってユーリの姿は画面上からフェードアウトする。タブレットがスリープモードに切り替わり、部屋は完全なる暗闇に包まれることとなった。
「……おやすみ」
暗闇の中に消えたユーリにそう返し、タブレットをベッド横のスツールに置くと、今まで目の奥に感じていた眠気に従い、俺は体から余計な力を抜いた。
俺の意識が消失するのに、そう時間はかからなかった。
そして気がつくと、俺は海の中を漂っていた。
暗い夜の海の中、海水の冷たさと体にかかる水圧を身近に感じられる。ユーリもいなければマサヒロもいない……本当に窒息してしまいそうになるほどの、自分だけの孤独な世界。
それが夢の中であることはすぐに分かった。
『ニライカナイ』で出撃し、長い時間海の中にいた後はいつもこうなる。聞いたところによると、機体に搭載された特殊なシステムが脳に影響を与え、無意識のうちに海中での状況をフラッシュバックさせているのだという……
…………
目を閉じて無気力に海中を漂っていると、その時、何も見えない空間の中に、ふと自分以外の別の存在を感じた。これも、いつも通りである。
…………
水中に何者かの声が響き渡る。
しかし、その『声』ではない。
身体中に水流を感じる。
徐々に何かが近づいている。
うっすらと目を開ける。
羽のあるイルカがそこにいた。
終わっちゃったな……境界戦機
舞台設定がふわふわしていてちょっと勿体無いなと思うところが沢山あって、もどかしかったではありますが、元々リアル系が好きなこともあって私的には好きでした。とあるゴミゲー(アイサガ)が最近リアルからスパロボ路線に傾倒してムカついてたのも影響しているのでしょうが…もうサ終しろよ
まあまあまあ
そういう意味では、境界戦機はちゃんと最後までリアル系なのを貫いていて良きでした。まあ、もっと派手にやってくれても良かったではありますが。欲を言えばもっとこう、いかにも量産機的感じの無骨な機体が見たかった……(ガンダムSEEDのダガーみたいな? 大量生産品の使い捨て)
そういう意味ではブーメラン、割と好きでした。
さて、境界戦機本編は完結しましたが、本作はまだ始まったばかり……終了予定の6話まで頑張らせていただきます。続きはまた1週間後くらいに、それではまた……