境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』   作:野生のムジナは語彙力がない

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Q.ガイやケイなど他のI−LeS(自立思考型AI)たちが動物の見た目をしているのに、なんでこっちのI−LeSは少女の形をしているの?

A.ユーリ『そちらの方がウケが良いと思ったからです』


第3話:海豚ーアンノウンー

7:13

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

那覇市 国場川下流域

 

 

 

国場川

沖縄本島南部に位置する島内最大の河川。運玉森一帯を源流として西に向かって流れ、最終的に那覇港へと続いている。川の長さは約8キロメートル、流域面積は約43平方キロメートル。2つの市の境界でもあり、河口部には1999年にラムサール条約に指定されたマングローブ林の干潟が広がっている。

 

その下流域に、国場川を横断する形で掛けられた巨大な斜張橋が存在していた。全長約500メートル、車社会の沖縄において混雑緩和のためのバイパスとして使われており、中央部にそびえ立つ白い逆Y字の主塔が特徴的である。

 

橋の歩道は広くレイアウトされているが、その中でも主塔の基部は開けた展望スペースとなっており、そこでは通勤や通学のために橋を行き交う人々の忙しない気配に流されることなく、国場川の雄大な景観を落ち着いて一望することができた。

 

沖縄近海で輸送艦を沈めてから数時間後……

朝、家に帰ることなく寝床にしていたRLF本部から直接学校に向かった俺は、いつものように橋を渡って主塔の基部へと辿り着いた。

 

そこから朝の国場川を見渡す。

澄んだ色をした空、高い位置を流れる雲の動きは早い。河川は沖縄特有の強い日差し受けて紅く染まり、水面には鋭さを伴ったいくつもの閃光が走り、力強くもきらびやかな朝焼けの世界を創造していた。

 

美しい景色といっても差し支えはない。

しかし、それは朝日という目くらましの補正がかかっているだけであって、実際には景色のメインである国場川は人の業によって醜く汚されていることを俺は知っている。

 

「おーい、ライ!」

 

国場川を眺めながら橋の手すりに身を預けていると、俺のやってきた方向から自転車を走らせる軽い走行音と共に、とても聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 

「ん……ああ、マサヒロ」

 

それはマサヒロだった。

俺と同様に学生の身分でありながらRLFに雇われているマサヒロは、自転車を漕いで工業高校へ向かっている途中だったのだろう、ツナギではなく学生服に身を包んでいた。

 

「おはよう。珍しいな、こんなところで……」

 

「おはよ! お前こそ、何してんだこんな所で?」

 

「いや、ちょっとひと休み……ってところかな?」

 

「おう、そうかぁ」

 

マサヒロは軽い口調でそう告げると、自転車から降りてゆっくりと近寄ってきた。そこで自転車を押すマサヒロの顔を見て、俺は思わずギョッとなった。何故なら、目の下には色の濃いクマができ、その表情は明らかに疲労の色が浮かんでいたからだ。

 

「マサヒロ、お前酷い顔だぞ? もしかして徹夜したのか?」

 

「まあな。昨日はニライカナイの整備の他にも色々あったからよ。やーやー、あんま気にすんなし。バイトとはいえ整備士の端くれだからよー、徹夜の1回や2回なんてヨユーだばよ」

 

「そうなのか? まあ……あんまり無理するなよ」

 

「そーいうライだって、でーじ顔色悪いぞ?」

 

マサヒロはそう言ってジェスチャーでアイラインを示してみせた。学校とRLFの両立でただでさえ睡眠時間が押しているというのに、それに加えて変な夢を見てしまったせいか熟睡できず、体の疲れがちゃんと取れていないようだった。

 

「全く、体は正直ってのはこういうことか……」

 

「ライ、大丈夫だば?」

 

「はは……この調子じゃ、今日は居眠り確定かな?」

 

「まあ、お互い様ってことだなぁ」

 

そうして、お互いに小さく笑った。

笑いつつ、俺が整備士たちの頑張りに感謝の念を抱いていると、マサヒロは主塔基部に自転車を停め、俺の隣に移動して手すりに身を乗り出した。一般の高校に通う俺と工業高校に通うマサヒロ、色と形が僅かに違う2つの学生服が横並びとなる。

 

「いつ見ても、この川は汚いなぁ」

 

「そうだな……」

 

マサヒロの言葉に、俺は頷いて同意を示した。

すぐ近くにラムサール条約に指定されている美しい干潟があることもあって、観光客は光に満ちた朝の国場川を綺麗だと評価するが、その水質を知っている俺たちからしてみれば、例え光に満ち溢れていたとしても汚く感じてしまうのである。長年に渡って国場川と身近に接してきた沖縄の地元民にしか分からない感覚なのだろう。

 

「確かに、かつての国場川は日本の中でも特に汚い川として有名だった。主に生活排水が原因で水質は悪く、水も濁った緑色をしていて、とても人が泳げる環境ではなかった……昔、父さんからそう聞いたことがある」

 

「そうだなぁ。だからオレらのオトーやオジィ(父や祖父)の世代が、下水道を整備して浄化槽を設置したり、流れてくるゴミを取り除いたり、畜舎を別の場所に移したり、国場川を綺麗にしようと頑張って水質の改善に取り組んでたんだけどなぁ……」

 

俺の言葉に、マサヒロが補足する。

 

「ああ。半世紀という長い年月を費やして沖縄の人たちは頑張ってきた。ここ最近になってようやく川の水も透明になってきて、もう少しで浄化が実現しようとした、その矢先に……沖縄での境界戦に勝利したオセアニア軍の実行支配と軍備拡張が始まった」

 

話しながら、俺は国場川の上流方面へと視線を送った。ここからでは見えはしないが、3キロほど川を遡って行くと、やがてオセアニア軍が建設した大規模な工業施設が見えてくる筈だ。

 

「オセアニア軍は国場川の上流……それも源流付近の山林を切り開いて、大規模な工業施設を建設。施設からは絶えず有害な化学物質が垂れ流され、そのせいで清流になりかけていた国場川の水質は一気に悪化、あいつらは沖縄の人たちが築き上げてきた努力を一瞬で無に帰したんだ」

 

俺は思わず、手すりを強く握った。

オセアニア軍が沖縄に齎したのは環境への被害だけではない。施設に近い中〜上流付近の市街地では日本の四大公害病の1つである四日市ぜんそくと似たような症状を訴える住民が続出、汚染はさらに国場川の生態系にも大きな影響を与えたほか、この近くにある水鳥湿地帯センターの報告によれば、環境の急激な変化を察知したのか例年に比べて今年は渡り鳥の飛来数が明らかに減少しているそうだ。

 

しかし国場川の水質汚染について、確かな証拠が上がっているにも関わらずオセアニア軍はこの件への関与を否定。大陸から派遣された大手の調査会社によって水質調査が行われたものの、オセアニア軍が手を回したことによって調査結果は改ざん、隠蔽が図られた。

民間の企業による調査結果は中小企業であることを理由に信用に値しないと一蹴、挙げ句の果てに、何十年も前の水質データを持ってきては「この川は最初からこうだったと」と一方的な言い分で人々の反論を許さなかった。

 

住民たちが抗議の声を上げデモ行進や座り込みをしようものなら、オセアニア軍は保有する圧倒的な武力を容赦なく投入、改善を求める人々の声は無情にも鎮圧されるのだった。

許されざるオセアニア軍の所業。俺たちはネットワークやSNSなどを用いて世界中に彼らの非道を発信し続けてきたが、日本の中の小さな島国の中での出来事だとして軽んじられ、俺たちはオセアニア連合の植民地であり隷属であることを強いられ続けてきた。

 

俺は橋の手すりから国場川を見下ろした。自分たちの真下をゆったりと流れる水は泥水のように濁っている。下流域であるここはまだ大きな変化は見られないが、それも時間の問題だろう。

 

「落ち着けよ、ライ」

 

「ああ、分かってる」

 

マサヒロが俺の肩に手を置いてくる。

俺は彼の方を見ることなく頷きで示した。

 

「今、俺たちは表立ってオセアニア軍と敵対することはできない。不用意に攻撃を仕掛けて俺たちレジスタンスの存在が明るみに出れば、奴らは容赦しないだろう。俺たちは沖縄の治安を乱すテロリストと見なされ、治安維持という名目で狩り出しが行われ、やがて沖縄全土を巻き込んだオセアニア軍との全面戦争へと発展する」

 

そうなれば、やつらはRLFだろうが民間人だろうが、日本人というだけで容赦なく銃口を向けてくるだろう。つまり、この島国の全住民を人質に取られている状況にあるということだ。

リーダーが妻子を失った『嘉手納−北谷町騒動』のような悲劇は何としてでも避けたい。なのでオセアニア軍への反攻作戦は小規模かつ短期決戦で行う必要があった。

 

しかし、オセアニア軍は強大だ。

その大元となるオセアニア連合は、日本を分割統治する他の3勢力と比較して規模と人員が劣っており、不足分を雇用した傭兵で補っている。とはいえ発足後間もないRLFとの戦力差は圧倒的であり、真っ向から立ち向かってもこちらが潰されるだけなのは明白だった。

 

だからこそ、俺たちは来たるべき時に備え力をつける必要があった。

 

「今、ウチで実働可能なのは『ニライカナイ』のみ。現状、AMAIMどころか戦闘車両の数を揃えることが精一杯ってところだからなぁ……一応、北米軍やアジア軍が残したパーツであり合わせのものを組んではいるけどよぉ、戦術特化型AIもないし、果たして使い物になるかどうか……」

 

RLF本部に数機だけ配備されたツギハギだらけのAMAIM。用意するだけ用意したようなジャンク品のことを思い出したのか、マサヒロは盛大なため息を吐くと共に肩をすくめてみせた。

 

「まあ、使えるものは何でも使うのが吉だろうな」

 

俺は肩に置かれたマサヒロの手を左手でやんわりと払いのけた。マサヒロは少し驚いたような反応を見せたが、別に彼のことを嫌っているという感情の表れだとか、そういう意味ではない。

 

「いずれオセアニア軍とは決着をつける。だが、まだその時じゃない……だからこそ、今の俺たちに出来ることは戦力の増強に努めつつ、正体不明の敵としてオセアニア軍の前に立ちはだかり、戦力の消耗と戦意の喪失を図ることだ」

 

俺は昨夜の出来事を思い返した。

『ニライカナイ』を用いたオセアニア軍輸送艦隊への襲撃作戦。これまでで15回に渡る出撃の末に、こちらの思惑通り、オセアニア軍は『ニライカナイ』のことを正体不明の『怪物』と認識するようになっていた。

 

高度な情報収集能力および情報処理能力を持つユーリからの報告によると、オセアニア軍は度重なる輸送任務の失敗で軽く兵站不足に陥っている他、全体の士気も低下し、生産能力も落ちているとの事だった。

 

しかも正体不明の存在が相手ということもあって、経済制裁などといった対抗手段を取ることも出来ず、オセアニア軍は現状を打破する手段を見出せずにいる。唯一、打開する方策としてAMAIMを対潜能力に特化させるなり躍起になってこちらを撃沈しようとしているようだが、彼らの怒りの矛先が沖縄の内側ではなく、直接『ニライカナイ』に引きつけられている内は問題ない……いい兆候だ。

 

「つまり今のところ……ライ、オレたちはお前1人だけにキツイ重荷を背負わせているってわけだよな。お前が『ニライカナイ』に乗れる、ただ1人のパイロットだから……」

 

「いや、それは構わない。ただ役職……というか役割が違うだけで、レジスタンスという意味で俺たちは一連托生であり運命共同体なんだ。重荷を背負っているのはみんな同じってこと、なら俺は俺にも出来ることをやって、この島を……俺たちの故郷である沖縄を守りたい」

 

俺はマサヒロへ視線を送ってそう告げると、彼の前にゆっくりと腕を突き出した。

 

「俺は俺自身の意志を貫く為に、そしてみんなの期待に応える為に頑張るよ。でも、その為にはマサヒロたちの頑張りが必要不可欠なんだ。機体の整備って意味で、だからさ……これからも俺と一緒に頑張ってくれるか?」

 

「……おう! 一緒にがんばろーぜ!」

 

俺の言葉にマサヒロはニカッと笑うと、突き出された腕に自分の腕を重ねてきた。頼もしい彼の表情、軽く打ち合わされた腕を通して彼から勇気を分け与えられたような気さえしてきて、俺は思わず笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第3話:海豚ーアンノウンー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その昔、俺は海で1頭のイルカと出会った。

 

 

 

それもただのイルカではない、背びれは丸みを帯びた通常のそれではなく、まるで天使の翼を彷彿とさせる2つの羽根となっており、さらにその皮膚はなめらかな純白の色をしていた。恐らくは先天的な突然変異により生まれたのであろう、奇形とアルビノを兼ね備えた、恐らくは世界にたった1頭の珍しいイルカである。

 

それは俺がまだ幼い頃の出来事だった。

その日、俺は両親と共に小舟に乗って夜の海に出た。物心つく前だったからか、どういう経緯や目的で海に出ることになっただとか、そういうことは全くと言っていいほど記憶にない。

 

1つ言えることは、俺は足を滑らせるなりして真っ暗な海の中に落ちてしまったということだ。当然のことながら、幼かった俺は泳ぐ手段など身につけているはずもなく……そのままズブズブと海中へ深くへと沈んでしまった。

 

呼吸は出来ず、視界に映るのは深淵ばかり。空間を占める海水が耳を塞ぎ、途方も無い圧迫感に苛まれ、俺の意識が完全に闇の中へ呑まれようとした……その時だった。

 

今まさに溺死する寸前のところで、何者によって体が持ち上げられる感覚。うっすらと目を開けると、どこからともなく現れた1頭のイルカが俺の体を羽根の間に挟み込み、海面へと押し上げようとしていたのが目に入った。

 

こうして1頭のイルカによって命を救われた俺だったが、やはり当時の記憶は曖昧で、どこでそのイルカと出会ったのかなどは覚えておらず、確認を取ろうにも一緒にいた両親は既に他界しており、今となっては知りようがなかった。

 

まあ、沖縄には逆に羽根のない鳥(ヤンバルクイナ)や未確認ながら人魚(ジュゴン)がいるくらいだ。今更、羽根のあるイルカの1匹くらいいてもおかしくはないだろう。

アルビノだって、希少だが有り得ない話でもない。

 

そう思った俺は、様々な情報媒体を駆使して羽根のあるイルカに関する情報を集めようとした。だが、いくら探しても羽根のあるイルカに関する有益な手がかりは掴めず、俺以外でのめぼしい目撃情報なども一切なかった。

 

そうしている内に、俺は海に対して強い憧れのような感情を抱くようになった。海……人類にとって身近なものでありながら、その殆どが解明されていない未知の世界。知らないというものは怖くもあり、そして神秘的なものだ。そして羽根のあるイルカもまた、神秘のベールに包まれた正体不明の存在である。俺にとって羽根のあるイルカとの邂逅は、そんな海の未解明な部分を少しでも解き明かし、理解したいという気持ちを高めさせたのだった。

 

こんな状況でなければ、きっと海洋調査員や水族館の職員など、海や海の生物に関わる仕事を目指していたことだろう。

 

しかし、作戦で海に出るようになってからというもの……俺は羽根のあるイルカの姿を、夢でよく見るようになった。深淵の中に白いシルエットとなって、何らかの声を伴って自分の前に現れるそれは、まるで何かを語りかけてくるかのようであった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから数日後……

俺はまたも戦いの場に赴いていた。

 

 

 

オセアニア連合のネットワークへと潜入していたユーリからの情報提供により、琉球解放戦線(RLF)はオセアニア軍の大規模海上輸送作戦が再度行われるという情報を入手。『ニライカナイ』のパイロットである俺は、リーダーからの指示を受け、これを迎撃すべくユーリと共に出撃した。

 

今日で16回目の出撃……

俺も、ようやく戦争に慣れた頃だった。

 

しかし、オセアニア軍も馬鹿ではなかった。

護衛艦に配備される対潜兵器の数を増量、AMAIMに搭載された戦術特化型AIの対潜能力に改良を加えるなど、武装面において、これまでと比べて大幅な調整が行われた。

さらに、これまで敗北続きであった15回の戦闘で得られたデータを分析し、こちらの出現ポイントと行動を予測、そして大掛かりな対潜網を構築するなどといった、戦術面において見えない敵への対抗策を講じてきた。

 

 

 

その結果、俺はオセアニア軍の猛追を受けることとなった。




注記.ユーリという名前について
本作に出てくるI−LeS(ユーリ)は、外伝 フロストフラワーに登場するユーラシア軍の将校とは一切ッ関係はありません。単に名前の日本語表記が同じだけです。もう一つ言うと発音が違う。

本作を作るに当たって公式ページやwikiをある程度読み込んではいましたが、フロストフラワーはちゃんと見てなかった……最近になってホビージャパンを閲覧する機会があり、そこでようやく気づいたという……うーん、迂闊
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