境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』   作:野生のムジナは語彙力がない

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Vtuberチップスで根間ういが当たりました。
レアリティはNでしたが、まあ嬉しいです。
(でも姫熊さんは1枚も当たらなかったよ……)

あ、のりプロはもう結構です。来すぎ……


それでは、続きをどうぞ……


第6話:遭遇ーウルフパックー

 

7:08

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

那覇市 国場川下流域

 

 

 

16回目の出撃から数日後……

その日の沖縄は、うっすらとした雨模様に包まれていた

 

東の空には眩い輝きを放つ太陽の姿を拝むことができた。しかし、それでも空の半分ほどが雨雲に覆われており、そのため周囲は夕闇のような色合いとなっている。車道は少しだけ混雑し、列を成して走る車のヘッドライトの光に照らされ、降りしきる小雨の様子がハッキリと浮かび上がった。

 

街路樹の葉や道路に落ちた小粒の雨が、聴く者によってはメロディとも雑音とも取れる環境音を奏でている。そんな無数の雨音に溢れた朝の通学路を、俺は傘も持たずに小走りで進んでいた。

 

「家を出た時には降ってなかったのに……」

 

『マスター、天気予報によると今日の降水確率は50パーセントだと事前に申し上げたはずです。なぜ傘を持ってこなかったのですか?』

 

「いや、50パーセントなんてあやふやだから。多分、大丈夫かなって……まあどっちにしろ小雨だし、これなら風邪引く心配はないから」

 

『それは結果論です、マスター』

 

制服の胸ポケットにしまった端末越しに、相棒のAIの少女、ユーリとそんなやり取りを交わしながらも、建物の影に身を隠すなり木々の間を進んだりと、俺はなるべく体を濡らしてしまわないよう学校への道を急いでいた。

 

雨の勢い自体、大したことはなかった。

雨の冷たさも気にはならない。

しかし、時折目元に落ちてくる雨粒が視界を塞いでくるのでウザったく、制服が濡れる事もそうだが、なによりもバックパックに入っている教科書類を濡らしたくはなかった。

 

ならば最初から傘を持って来ればいいだけの話なのだが、傘を持ってくると手が塞がってしまうので、何となくそれが嫌になって、まあこうやって濡れてしまうのも青春の1ページって感じがしていいかもしれないなーと、心の中で自分のミスを正当化しながら、濡れた服のままクーラーのガンガンに効いた教室で受ける授業の苦しさを想像し、何だかんだで後悔しながら、俺はため息を吐いた。

 

『ところでマスターは雨がお好きなのですか?』

 

「え? ああ、いや好きというわけではないけど……どうして?」

 

『マスターがよくご利用になる動画サイトの中で、雨音ASMRというものを見つけました。チャンネル登録している配信者の中にも、雨音ASMRなるものを投稿している方も沢山おられ、かつマスターもそういったものをよくご覧になられるようなので、そう判断致しました』

 

「あー、そういうことね。確かに雨音は聞いていて落ち着くから好きだけど、雨自体はそんなにね……こうして雨に濡れると、服や靴もびしょ濡れになるし……」

 

『なるほど、そういうものですか。では、マスターへ最適な安眠を提供するために、私がお作りするASMRでも今後導入してみようかと思います。あとは音の緩急をつけるために、マスターの好きなちんすこうの咀嚼音なども組み合わせて……』

 

「え? そんなの好きって言ったっけ? 俺!?」

 

そんなことを話しているうちに、心なしか雨の勢いが強くなっているような気がしてきた。というか体に当たる雨粒の数は、時間が経つにつれて明らかに増えている。

 

「でも、あそこまで行けば多分……」

 

雨粒が目の中に入らないよう腕を上げて視界を確保しつつ、俺は一縷の望みをかけてその場所へと急いだ。途中、水たまりを踏み抜いてしまい、靴の中に浸水してくる生ぬるい雨水にうめき声をあげつつも、走るのをやめない。

 

それから数分後……

ややあって、俺は橋の前に辿り着いた。

国場川にかかる、中央部の巨大な主塔が特徴的な全長約500メートルの巨大な斜張橋。

 

白い橋に入ると、途端に雨の勢いが衰える。

やっぱりだ、俺は安堵のため息を吐いた。

 

『……雨が止んだ?』

 

「ああ、片降いだな」

 

『カタブイ……ですか?』

 

片降い(かたぶい)

沖縄で見られる気象現象のひとつであり、晴れと雨の境界がはっきりと分かれることである。上昇気流の影響かなど詳しいことは分からないが、国場川ではそれが起きやすいのだ。

 

「まあ、にわか雨みたいなものかな」

 

『なるほど、マスターはこれを狙っていたのですね』

 

「ん、そういうこと」

 

打算的な感じではあったが、まあ、そういうことにしておこう。ユーリの言葉に、俺は力強く頷いた。

 

今まで上空を覆っていた雨雲は、国場川を避けるように流れている。そのまま橋を進むと雨はやがてポツリポツリとしたものへと変わっていき、ついに頭の上に何も感じなくなってしまった。

 

東の空に浮かぶ朝日は暖かく、濡れた体に程よく染み渡る。これなら学校に着く前には服も乾くことだろう、俺は頭や額についた雨水を手で払いつつ、白い橋の上を進む。

 

「……?」

 

橋を三分の一ほど進んだところで、俺は橋の中央部に何か光るものがあることに気づいた。主塔の根元にある広い展望スペース、それは数日前、俺とマサヒロが国場川の現状について長々と話し合った、ちょうどその場所だった。

 

視力がそんなに高くない俺は当初、塗装の剥がれた欄干か銀色の手すりが太陽の光を反射させているのだと勘違いした。しかし、吹き付ける風に合わせて光が揺らめいていることから、どう考えても無機物の動きではないと、すぐさまそれを否定する。

 

「……っ」

 

橋の中央に近づくにつれ、徐々に光の正体が見えてくるようになると、展望スペースの一角に佇むそれを見て、俺は思わずその姿に目を奪われてしまった。

 

 

そこにいたのは1人の女性だった。

 

 

紅い瞳、艶やかな白髪、雪のように白い肌

小柄で、外国人だろうか……日本人には見られない非常によく整った顔立ちは思わず見惚れてしまうほどであり、また服越しにも分かる見事なプロポーションに思わず目が吸い寄せられてしまう。

身なりにしてもこれまた特徴的で、黒と赤を基調としたインナーにショートパンツ、左右で長さの違うソックス、ブーツ、片耳に避雷針のようなヘッドセットを装着し、黒のトレンチコートを大胆に着崩したスタイルの……早い話が、彼女はサイバーパンク風のダークな装束に身を包んでいた。

 

その姿はどこか無機質的であり、自然に囲まれたこの世界の中で、彼女は明らかに異質な存在だった。いや、違う。この展望スペースという小さな空間の中で、彼女を中心として、局所的に別の世界が形成されているような気さえしてくる。

 

女性は橋の手すりに触れ、顔に物憂げな表情を浮かべ、日の出から間もない国場川を一望していた。太陽の光を受け、紅く染まった彼女の白髪が風を受けて煌びやかに靡く……橋を渡っている際に見かけた光の正体は、腰まで伸びる美しい髪が光を反射させた時に生じたものなのだろう。

 

『マスター、どうされましたか?』

 

「……いや、何でもない」

 

ユーリに声をかけられるまで、俺はいつのまにか歩みを止めてしまっていることに気づけなかった。気を取り直し、女性のことを意識しないよう再び歩み始める……しかし橋の中央に近づくにつれ、ミステリアスで独特な雰囲気を放つ彼女のことがどうしても気になってしまい、思わず目で追ってしまった。

 

そして展望スペースに到着し、彼女のことを意識しつつも、そのすぐ後ろを通り過ぎようとした時だった。

 

「……っ!」

 

突然、彼女がこちらへと振り返った。

咄嗟のことに対応できず、目を見合わせてしまう

彼女の紅い瞳が俺の姿を捉えると、まるで何かの催眠術にでもかかってしまったかのように、俺の体は動かなくなってしまった。

 

「さっきから見てるけど、私に何か用?」

 

彼女の発した言葉、それは日本語ではなかった。

いや、英語ではない。しかし、どういうわけか俺は彼女が何を言っているのか理解することができた。

 

なぜ、俺は知らない言語を……

聞いたこともない習ったこともない言語を理解できているのだろうか? 彼女から真っ直ぐに見つめられ、全く動けないことに動揺しつつも、俺は困惑した表情を浮かべた。

 

「……?」

 

すると言葉が通じていないと思ったのか、彼女は何やら、自分のこめかみをトントンと叩く仕草をしてみせた。

 

「君の翻訳装置(パロール)、ちゃんと機能してる?」

 

「あ……」

 

彼女の言葉に俺はハッとなった。

埋め込み式翻訳ナノマシン『パロール』

英語や日本語を始めとして、世界各国で使用されるいくつかの言語を網羅した翻訳装置で、持ち主が理解不能な言語を認識した際、こめかみの中に埋め込まれたナノマシンが自動的に翻訳を行ってくれるという画期的なシロモノだった。

21世紀後半になって、このナノマシンが一般的に普及したことで言語学習はより一層容易となり、言葉の壁をなくした人々は、幅広い世界進出を果たすことができた。

 

ただ一つ問題があるとするならば、発展途上国の一部地域でしか使用されていない言語や世界各地の方言などといったマイナーなものは収録されておらず、残念なことに沖縄方言も漏れなく翻訳の対象外となってしまっていることだ。

 

因みにその沖縄方言だが、2年ほど前に北海道のアイヌ語と並んで絶滅言語に指定されてしまった。最早、沖縄で本格的に方言を話せる者はおらず、今では沖縄人の言葉の節々にその名残が辛うじて見られるくらいか、沖縄歴史博物館が一般公開している言語アーカイブに残る程度である。

 

「い……いや、聞こえてるし理解もしてる」

 

今や、日本におけるパロールの普及率は30パーセントを超えている。俺がパロールを埋め込んだのはだいぶ昔の事で、いつのまにか当たり前のことになってしまい、ついその存在を忘れかけてしまっていた。

 

そのことを話すと、彼女は肩をすくめてみせた。

俺を見つめる紅い瞳が少しだけ緩んだ。

 

「それで、さっきから私のこと見てたでしょ?」

 

「なんでそれを……?」

 

「それくらい分かるよ。女は視線に敏感なんだ」

 

彼女はそう言って小さく微笑んだ。

それに対し、俺は観念したように両手を上げる。

 

「いや、その……き、綺麗だなって思って」

 

「綺麗? 何が……ああ、この景色のこと?」

 

正直に言うと、俺は朝日に照らされた彼女の姿に見惚れてしまっていたのだが、彼女はそれを朝日に照らされる国場川の美しさと勘違いしてしまったようだ。

背後を振り返った彼女は、小さく頷いた。

 

「うん、まあ確かにね……ライン川ほどの雄大さはないけど、力強い朝焼けの光に包まれたここは生き生きとしている感じがしていいよね、うん……なかなか悪くない」

 

「ライン川……?」

 

「けど……この川は汚れてるね」

 

彼女の言葉に俺は思わず反応した。

明らかにこの土地の出身ではないはずの彼女は、光に満ち溢れたここを見て、どうしてそう思えるのだろうか?

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「うん、私は目が良いからね。川の汚れとか水質の悪さとか、どうしても色々と見えちゃうんだよね。でも、これは生活排水とかの影響じゃないよね……うん、このケミカルな感じは普通に出るものじゃない。ねぇ、もしかしてこの川の上流に大きな工場とかあったりする?」

 

「分かるのか?」

 

驚くべきことに、彼女は川の様子を少し見ただけでその状態が分かるようだった。俺は思わず、この地を支配するオセアニア軍が川の上流に大規模な工業施設を建設したことと、そこから流れ出る汚染水が国場川に与える影響について彼女に説明した。

 

「んー、なるほど。オセアニア軍か」

 

「ああ……だから俺は、オセアニア軍を許すことが出来ない。多くの被害をもたらし、多くの人を悲しませ、美しい自然を汚した奴らを、いつか必ずこの沖縄から……」

 

彼女が真剣に話を聞いてくれるのを良いことに、思わず口調が激しくなってしまう。危うくRLFの活動に関することを口にしてしまいそうになったところで、ユーリがこめかみのパロールを介してエスペラント語で制止を促してきた。

 

「……すみません。今のは忘れてください」

 

「あー、気にしないで? 私はオセアニア軍……もといオセアニア人じゃないから、君がいくらオセアニアのことを愚痴ろうが私は気にしないし、通報とかしないよ」

 

幸いなことに、彼女に俺の素性が察知されることはなかったようである。俺は小さく息を吐き、なんでもない風を装って胸ポケットから覗く端末のカメラに軽く触れ、画面の中にいるユーリに「ごめん」と合図を送った。

 

「それよりも、ごめんね。てっきり私に何か用でもあるのかと勘違いしちゃった、うーん、ちょっと恥ずかし……」

 

「い、いえ……俺も勘違いさせるようなことをして申し訳ないと言いますか」

 

「なんで敬語なの? さっきまで普通だったのに」

 

思わず敬語になってしまう俺に、彼女は首を傾げた。それから改めて、俺のことを頭の先からつま先までジッと見つめ直した。

 

「それ学校の制服でしょ? 君、高校生だよね?」

 

「え、あ……そうですけど」

 

「何歳?」

 

「17……」

 

「へぇ、じゃあ私と同い年じゃない。だったら尚更、敬語とか堅苦しいのはなしなし、ほら肩の力を抜いて、もっとフランクに話しちゃってよ」

 

明るい笑顔を浮かべ、まるで最初から親しい仲だったかのように肩を叩いてくる。そんな彼女を見ていると、俺も思わず緊張が解れてくる感じがした。

 

「あ、そうなんだ……大人っぽく見えたから、俺はてっきり年上かと」

 

「え、なに? 私が老けてるって言いたいわけ?」

 

「い、いや……そういうわけじゃ」

 

「あはっ、冗談だよ。怒ってない怒ってない」

 

そう言って彼女は、いたずらっぽく笑った。

 

国場川を前に物憂げに佇むその姿と、サイバーパンク風な格好からドライな第一印象を抱いていた俺は、彼女のことをもっとクールな感じで他人を寄せ付けない女性だとばかり想像していた。

だが蓋を開けてみると、気さくでとても明るく、そして活発的な人のようだった。

 

「ん……?」

 

そんなことを思いながら、彼女の印象について考えを改めていると……何を思ったのか、不意に彼女はこちらに顔を近づけ、その真紅の瞳で何かを探るように俺の目を覗き込んできた。

 

「……ッ!?」

 

彼女とのあまりの近さに俺は身じろぎした。

しかし、彼女から目が離せない

先ほど動けなくなってしまった時もそうだったが、紅色に輝く彼女の瞳は暁の空よりも美しく、人の意識を吸い込んでしまうかのような魅力があった。

 

「君……」

 

「な、何……?」

 

「へぇ…………面白いね」

 

「え?」

 

戸惑う俺を前に、彼女は小さく笑った。

それから距離を置き、車道側の手すりにもたれる

 

「んー、どうやら迎えが来たみたい」

 

「迎え?」

 

彼女の視線を辿って見ると、黒塗りの高級車がこちらに向かってきているのが見えた。車は彼女のすぐ近くに停車し、後方のハザードランプを点灯させた。

 

「アリシア」

 

「え?」

 

「私の名前、君は?」

 

「……ライ、喜舎場ライ」

 

俺が名乗り返すと、彼女……いや、アリシアは手すりを乗り越えて車道に降りつつ、明るい笑みを浮かべた。

 

「ライ……うん、覚えた。ライ、君と話せて良かったよ。機会があればまた、どこかで会いましょ……うん、それじゃあね!」

 

最後にそう告げ、アリシアは車に乗り込んだ。

扉が閉まるとすぐさま車が発進し、後続の一般車両の中に紛れて、どこかへと走り去ってしまう。

 

「観光客……かな?」

 

『マスター、今の方は……』

 

「ユーリ、どうかした?」

 

『…………いえ、何でもありません』

 

何か言いたげなユーリのことが気になり問いかけるも、彼女はそれ以来、どういうわけか口を噤んで何も話してはくれなかった。少しばかり問い詰めようかと思いはしたものの、端末の画面上に映る彼女の無表情を見て止めることにした。

 

「おーい、ライっ!」

 

その時、背後から俺を呼ぶ声。

振り返ると、自転車に乗ったマサヒロの姿。

その体は全身びしょ濡れで、マサヒロの背後に視線を送るとそこは黒雲に覆われており、向こう側は未だに雨が降り続いているようだった。

 

「マサヒロ、おはよう」

 

「おう! おはよー」

 

「お前、かなり濡れたみたいだな?」

 

「かなりどころじゃねぇ、もう全身びしょ濡れだばよ。はっし、さっきまで大した雨じゃなかったのに、いきなり激しく降り出してきてよー」

 

マサヒロは自転車から降り、悪態を吐きつつ自分の頭や顔に張り付いた雨粒を払い始めた。

 

「はは、お疲れさん」

 

「っていうかライ、さっきここで誰と話してたば?」

 

「なんだ、見えてたのか?」

 

そういえばマサヒロは俺と違って視力が良いんだったな。そんなことを思い出しながら、俺はどう答えて良いものかと少しだけ思案し……

 

「なあマサヒロ、ドストエフスキーの『白夜』って知ってるか?」

 

「は? どすこい? びゃく……?」

 

「『白夜』海外の小説だよ」

 

「へー、どんな話なんだ?」

 

マサヒロの問いかけに、俺は小さく息を吐いた。

 

「簡単に説明すると……1人の男が悲しい出会いをする、そんなお話だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第6話:遭遇ーウルフパックー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

14:25

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

オセアニア軍総督府

 

 

その日、オセアニア軍大佐 オーランド・ウィルソンは、オセアニア軍の本拠地であるオーストリア大陸から、はるばる沖縄中部に位置する総督府へと出頭していた。

呼び出しを食らった理由は、ただ1つだった。

 

「大佐、なぜここに呼び出されたか分かるかね」

 

「…………」

 

戦後の混乱に乗じて、沖縄の至る所から徴収という名の強奪によって収集された国宝がいくつも飾られた豪華絢爛な総督室の中で、エリア07総督であるクズォルド・オーシン中将を前に、オーランドは直立姿勢のまま項垂れていた。

 

「報告は聞いているよ。敵の猛攻により君の艦隊は甚大な被害を受けたそうじゃないか。5隻の輸送艦を撃沈され、さらには多数の無人機と将兵を喪ったとも聞いている。さぞかし辛い思いをした事だろう」

 

そう言いつつも、クズォルドに相手の労をねぎらうつもりがないのは一目瞭然だった。その表情にはうっすらと嘲笑が浮かび、脂ぎった血色の悪い肌が不気味に震えている。

 

「本国でも特に優秀な指揮官と評される貴様が一方的に敗北したのだ。強大な敵だったに違いない……ところで敵の数はどれくらいだったのかね? 謙遜することはない、正直に答えてくれたまえオーランド君」

 

「……1機です」

 

「ハッ、聞こえないな。もう一度繰り返せ」

 

「たった1機のAMAIMです、中将」

 

「なんと……! たった1機? 1機だと!?」

 

オーランドが答えると、まるでこの時を待っていたと言わんばかりの勢いで中将は吹き出し始めた。それに合わせて、クズォルドの両脇を固める取り巻きの部下2人もオーランドを侮蔑的に嘲笑った。

 

「…………」

椅子に腰掛け盛大に笑うクズォルドを前に、オーランドは歯を食いしばって耐えることしか出来なかった。

 

「はぁー、こいつは傑作だ。あれだけの戦力を投入しておきながら、たった1機のオモチャを相手に輸送艦の1隻すら満足に護衛できんとは……居眠りでもしていたのかね? えぇ? オーランド大佐ぁ、それとも何かね? 君の大佐という肩書きはただの飾りだったということかね?」

 

「それに関して言い訳はしません。しかし中将、まさか貴方はただ私の失態を嗤う為だけに、わざわざ民間の航空機を手配してまで本国から呼び出したのではありますまいな?」

 

「ああ、無論それだけではない」

 

クズォルドは笑いを打ち消し、今度はオーランドを激しく睨みつけ始めた。それを見て、表情豊かなことだとオーランドは内心思った。

 

「今回の輸送作戦が失敗したお陰で、我が軍の士気は大幅に低下している。それどころか軍備拡張の為の資材すら不足しているという有様だ。この場所は元々、日本侵攻の為の橋頭堡として機能させる筈だったというのに、この状態では軍としての機能を維持するだけでも精一杯なのだ。お陰で本格的な日本への侵攻作戦も延期せざるを得なくなってしまった。その責任を取るのは総督であるこの私なのだぞ! それもこれも、貴様が輸送作戦のひとつすらロクにこなせない無能者であるからだ!」

 

「…………」

 

激しい叱責を前に、オーランドは心の中で肩をすくめてみせた。この男はいつもこの調子である、流石、親の七光りで中将という地位にまでのし上がってきただけの事はある。

聞いているふりをしつつ、悪態を呟いた。

 

「聞いているのかね、オーランド大佐! この惨状、どう責任を取ってくれるつもりなのかね?」

 

「……では、閣下は私に何をお望みなのでしょうか? 先の戦闘でまんまと大敗を喫したこの惨めな私めに! ではお茶でもお持ちしましょうか? それとも面倒で誰もやろうとはしない資料整理でも代わりにやって差し上げましょうか? 幸いなことにデスクワークは得意なものでして、恐らくここにいる誰よりも完璧に仕上げられることでしょう」

 

「貴様! 上官に向かってなんだその言い方は!?」

 

「いえ、私はただ汚名返上の機会が欲しいだけであります。その為ならば、どんな汚れ仕事だろうと引き受ける所存だということをお伝えしたかったまでであります」

 

言葉ではそう言いつつも、オーランドが発した言葉のニュアンスには忠誠心が一欠片も含まれていなかった。先の戦闘で可変型のAMAIMに自分の艦隊を壊滅状態にまで追い込まれたことが原因で、オーランドは自暴自棄になってしまっていた。呑んだくれとなってしまった彼の中に残っていたのはオセアニア軍大佐としての過去の栄光とほんの僅かなプライドだけだった。

自身の艦隊に軍上層部から信用、その全てを失ったオーランドに最早怖いものはなかった。なので名誉挽回のチャンスが欲しいとは思いつつも、この男に媚びを売ってご機嫌取りをするくらいならば、いっそのこと自分のことを切り捨ててくれた方が遥かにマシだ。先ほどからの軍人らしからぬ言葉と態度には、そんな挑発の意図があった。

 

「……チッ…………」

 

そんなオーランドに苛立ちを覚えつつも、クズォルドはデスクの中から一枚の指令書を取り出し、オーランドの前に乱暴に突き出した。

 

「まあいい。ありがたく思え、貴様に最後のチャンスをくれてやろう。オキナワ近海で我が軍に対して通商破壊作戦を展開するバニップを討伐するべく、オセアニア軍参謀本部はとある傭兵を雇うことを決定した。大佐、お前は部隊をまとめ、その傭兵の下で共同して作戦に当たるがいい」

 

「…………なるほど」

 

共同と付け加えつつも、つまり、一般兵ですらない者の配下になれということなのだろう。それは誇り高きオセアニア軍大佐として、これ以上ないくらい屈辱的なことだった。

最も、地位も名誉も全てを失った彼にとっては、そんなことはどうでもいい話だった。してやったりといった表情を浮かべるクズォルドに、オーランドはニヤリと笑ってみせた。

 

「閣下。それで、その傭兵とは一体?」

 

「聞いて驚くなよ『ウルフパック』だ」

 

「何ですと……!」

 

オーランドは驚きのあまり眉を潜めた。

 

 

『ウルフパック』

それはドイツ、バイエルン州に拠点を置く傭兵組織の名称だった。少数ながらもスーパーエースを多く抱え、一人一人が一騎当千の実力を持つ、まさに世界最強と称される傭兵部隊だった。

これまでイギリス南北戦争、ウクライナ戦線、アフリカ紛争、南ア一年戦争など、世界各地でその活動が確認され、その全てで多大な戦果を上げてきた。中でも極東戦線では、当時アジア軍最強と謳われていた黒鉄師団を、たった5機のAMAIMで壊滅状態に追い込んだ過去を持つ。

 

 

「正気なのか? ウルフパックには過去、我が軍もソロモン諸島での戦いにおいて奴らに散々煮え湯を飲まされたというのに……にも関わらず、参謀本部がよくそれを決定しましたな?」

 

「奴らは大金さえ積めば、それまでの過去やイデオロギーに関係なく働いてくれる、上層部もそれを踏まえての事だろう。そして我が軍が雇用したのはその内の1人……コードネーム『クリムゾン』なんと1億の個人価値を持つ傭兵だそうだ」

 

「1億……」

 

クリムゾンとは一体どのような人物なのだろうか? オーランドがそのとんでもない金額に驚きを隠せないでいると、その時、総督室の扉がノックされた。

 

「何か!」

 

「失礼します! 総督、『ウルフパック』の方をお連れ致しました」

 

「よし、入れ」

 

ドア越しにクズォルドがそう告げると、部下に連れられるようにして、その人物が姿を現した。2メートルを軽く越す身長、短い黒髪、色黒の肌、鍛え抜かれた体格は威圧感さえ感じられるほどで、それに合わせた特注のフォーマルスーツを着こなしている。

しかし、それ以上に驚きだったのが……

 

「お、女……?」

 

「なんだぁ、女で悪いってのか?」

 

「い、いや……そういう訳では」

 

「なら言葉を包め。軽率な発言はいつかお前自身を殺すことになるぞ」

 

「うっ……」

 

鋭い視線で睨みつけられ、クズォルドは椅子の上で怯んだ声を上げる。オーランドは自分の隣に移動した屈強な女性を見て、その身長差から、まるで自分が子どもになったような気分に陥った

 

「お前がクリムゾン……?」

 

「…………そうだ」

 

オーランドの問いかけに女性が頷く。

 

 

「いや、違うでしょーが!!」

 

 

その時、総督室のドアが勢いよく開かれ、1人の少女が姿を現した。部屋の中にいた全員の視線が少女に集まる、その中で、女性だけが「参ったな」と言わんばかりに髪をかきむしるのだった。

 

「へぇ、ここが総督室ね。うーん、色々高価そうなものが沢山あって豪華絢爛って感じではあるけど、部屋っていうより倉庫って感じ?」

 

「な……なんだこの小娘は!? なんでこんなのが我が神聖なる総督府に紛れ込んでいるんだ! 警備兵は何をやっている!?」

 

「警備兵? ああ、寄ってきたハエみたいなのは、みんな廊下で伸びてるけど?」

 

「なっ……!?」

 

驚く一同を前に、少女は体を二つに折ってその場で敬礼をしてみせた。長い白髪、雪のように白い肌、黒と赤を基調としたサイバーパンク風な格好、どこか無機質な雰囲気を感じさせる佇まい……

 

「お初にお目にかかります、オセアニア軍人の皆様。私はウルフパック所属……コードネーム『クリムゾン』こと、アリシア・ラインバレルです。以後お見知り置きを……」

 

アリシアの瞳が鋭い紅色の輝きを放った。

 

「クリムゾン、お前が……?」

 

オーランドは思わず口をポカンと開けた。

今の時代、少年兵という存在は珍しいものではあったが、その中でも突然現れたこの少女は自分が見てきた中でも特に幼く華奢で、少年兵によく見られる穢れた面影が一切見られず、とても兵士や傭兵といった類のことを生業としているようには見えなかったからだ。ふと、オーランドは地元のハイスクールに通う自分の娘を思い返した。

 

「っていうかマルタ! なんで嘘つくのさ!」

 

「チッ……大人しく車で待っていろと言ったのに、このじゃじゃ馬娘が! その方が手っ取り早いと思ったからだよ。ハッ……バレては仕方ないな。私はマルタ・アイゼンベルク。同じくウルフパック所属で……ここにいるクリムゾンのマネージャー兼、専属のメカニックマン。まあ、お目付役と言っても過言ではないがね」

 

アリシアの問いかけに、マルタと呼ばれた女性が観念したように両手を上げた。

 

「こ……この小娘がクリムゾン……? 1億の個人価値があるだと……? そんな馬鹿な話があるか! 冗談も休み休み言え! 」

 

そんな2人の様子に、クズォルドは激昂した。

いや、無理もない。彼の心境をオーランドは冷静に分析した。世界最強と名高い傭兵の1人と聞いて期待してみれば、その正体がまさかの女性で、しかも子どもであるときた。戦争をデータ上でしか知らない彼にしてみれば、酷い冗談のようにしか聞こえないのも仕方がないのだろう。

 

「ほら見ろクリムゾン、やはりこうなったろ」

 

「まあ、いつものことだよね」

 

「毎度毎度、いちいち説明するのが面倒なんだ。真実を話して面倒になるんだったら、最初から私がクリムゾンだって名乗った方が手っ取り早いだろうに」

 

「大丈夫、今すぐ黙らせるから」

 

アリシアは怒りを露わにするクズォルドを一瞥し、紅い瞳を僅かに細めた。次の瞬間、彼女の右手にはまるで魔法のようにドイツ製の自動拳銃が出現し、その銃口をクズォルドに向けていた。

これには銃を向けられた当の本人どころか部屋の中にいた部下たち、さらに彼女の一挙一動を注視していたオーランドでさえ、まともに反応することができなかった。

尋常ならざる腕前である。

 

「うっ……な、何を……?」

 

ワンテンポ遅れて銃を向けられていることに気づいたクズォルドが、ここでようやく反応する。

 

「さあここで問題です。今ここでお前を撃ち殺すのと、私がこの施設を制圧するの……果たしてどっちが簡単だと思う?」

 

アリシアは薄く笑ってそう告げると、空いた左手でトレンチコートのポケットを探り……金属の擦れる音を鳴らしながら、中から何枚にも束ねられた銀色のプレートを取り出し、クズォルドめがけて放り投げた。

 

「あー、因みに叫んでも誰も助けには来ないよ? さっきも言ったけど、ここに来るまでこの施設の警備兵は1人残らず私が倒しておいたから。そうそう、誓って誰も殺してはいないからそこは安心して? でも念のため、それは返しておくね!」

 

「な……なんだと……!?」

 

アリシアの投げたプレートの束、それはオセアニア軍兵士たちのドッグタグだった。全ての兵士が常日頃からの着用を義務付けられている筈のそれがここにあるということは……つまり、そういう事だろう。

当初こそただの小娘と侮っていたクズォルドだったが、神がかり的なアリシアの実力を目の当たりにしたことで、否が応でも己の認識を改めさせられると共に、目の前に佇む少女の恐ろしさを心の底から思い知ることとなった。

 

「き、貴様ら……雇い主に銃を向けるなど」

 

「それと勘違いしないで欲しいのだが、我々が契約を交わしたのはあくまでもオセアニア軍参謀本部であり、決してお前たちなどではない。それはあちらも了承済みだ。だから我々はお前たちの命令には一切従わない、それだけは理解しておくように」

 

「わ……分かった! 貴様らの好きにするがいい」

 

マルタの言葉に、銃口を向けられたクズォルドはただ頷くことしか出来なかった。

 

「では、お墨付きを頂いたところで我々は帰らせて貰う。そうそう、お前たちがバニップと呼ぶ可変型AMAIM討伐作戦に関する内容は、日を改めて伝えることにする……行くぞクリムゾン」

 

「では、ごきげんよう」

 

アリシアは銃を下ろし、マルタと共に総督室から姿を消した。後に残されたオセアニア軍人たちは、その後ろ姿を黙って見送ることしか出来なかった。




あとがき
この世界の言語事情はどうなっているのだろうか?

境界戦機を観ていて前々から思っていたのですが……北米、アジア、オセアニア、ユーラシアと4つの経済圏が日本に入ってきている中、それにもかかわらず共通語でもあるんじゃないかってくらい(それぞれの民族間で)言葉が通じているので、一体どうなっているのかと
まさか登場人物の全員が全員マルチリンガルというわけでもないでしょうし、翻訳装置を携行している様子も見られないし、でも言葉は通じているっぽい

そこで今より科学技術の進歩した2062年の近未来世界には、体内埋め込み型ナノマシンによる翻訳が一般的となっているという解釈をすることで、ひとまずこの問題を解決することにしました。
今回、ライが新キャラであるドイツ人と会話した際に説明があった『パロール』は「言語」を意味しています。

そして今回出てきた新キャラ、コードネーム『クリムゾン』ことアリシア・ラインバレルさん。1億の個人価値があると言われていますが、これは1億円ではなく1億ドルです。そんな凄腕のエースパイロットを相手に、ライはどう対抗するのか?
最初に6話で終わると言っていましたがもう少しだけ続けさせて下さい
それでは、また……
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