境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』 作:野生のムジナは語彙力がない
主人公(ライ)と対になる存在。いわゆるライバル(そして)
紅い瞳が特徴的な17歳の少女。傭兵部隊『ウルフパック』所属のエースで、類稀なる戦闘センスと操縦スキルを有していることから1億ドルの個人価値を持つ。パイロットとして優秀なだけではなく生身での白兵戦でも軍人顔負けの実力がある。コードネーム『クリムゾン』
ある特殊能力を保有しているようだが…
いろんな意味でライと正反対になるよう意識しました。
23:00
オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)
那覇 ー沖縄マスターグランドホテルー
オセアニア総督府で一波乱あったその日の夜……
沖縄でも有数の高級ホテルにチェックインしたウルフパックのメンバー2名は、来たるバニップ討伐作戦についての計画を立てつつ、作戦決行の時まで着々と準備を進めていた。
眩い輝きを放つシャンデリア、広々としたリビング、ベランダには露天風呂、オーシャンビュー、沖縄の幸が詰まった冷蔵庫、家具は天蓋付きのベッドを始めとした各種高級品が取り揃えられ、さらに見るからに高価そうなインテリアの数々と、何もかもが至れり尽くせりな最高級のスィートルーム。しかし、豪華なそれらに対して少しばかりも興味がないといった様子で、アリシアは照明を落とした部屋の中でベッドの上に転がっていた。
ベッドの上、彼女の傍にはウルフパック専用の戦術ラップトップが置かれ、暗い部屋の中でひっそりと青白い光を放っていた。オセアニア軍参謀本部から与えられたアクセスキーを用いて、軍内部で機密とされているバニップに関する情報にアクセスしたアリシアは、非常にリラックスした様子で横になりながら、ラップトップの画面上に映るオセアニア軍とバニップの戦闘記録を眺めていた。
外に出ていた時とは違い、黒のキャミソールにショートパンツとやや露出の多い部屋着姿。モニターの光に晒され、アリシアの白い肌が薄く光る。
「ふーん、これがバニップか……」
アリシアは先の戦闘で記録された映像アーカイブを視聴していた。オセアニア軍がバニップと呼称する所属不明のAMAIMが海上から姿を現したところで動画を止め、モニターをタップして映像を拡大した。
「へー、よく見ると結構イケメンじゃん。それに、この重武装な感じカッコイーね! えっと、この所属不明機は可変機構を有し、武装は魚雷に大口径砲と高威力なものが多く……高速潜行能力とステルス性能を活かした奇襲攻撃……そして対艦戦闘を得意としている……ん、なるほどね」
映像の中のAMAIMをじっくりと観察して、アリシアは非常に関心した様子で声を上げた。それからデータベースへ直接アクセスできるラップトップとは別に、青白い光を放つ携帯端末の画面上へと視線を移した。端末にはバニップに関する様々なデータがダウンロードされており、目を輝かせながら2つの映像を交互に眺めた。
「クリムゾン、何か分かったか?」
「んー、まあ色々ね」
様子を見に来た付き人のマルタにそう返事をしつつ、アリシアはベッドから身を起こすことなく、その場で背伸びをしてみせた。
「っていうかマルタ! 私のことアリシアって呼んでよ。今は作戦行動中でもないんだからさ、わざわざコードネーム使うとか、堅苦しくてやだな」
「そんなことはどうでもいい。それにしても単騎でこれだけの被害をオセアニア軍に与えたんだ。この性能……例のバニップとやらはどこの所属だと思う? やはり北米軍か? それとも位置的に考えてアジア軍か?」
「相変わらず無視か、はぁ……」
素っ気ないマルタの言葉にアリシアは小さく息を吐いた。それから寝返りを打って、部屋の入口のところで壁にもたれている彼女へと顔を向けた。
「んー、私は違うと思うな。可変機構を持つ機体なんて聞いたこともないし、何より構造的な特徴や外観が既存の北米軍機やアジア軍機と全然一致しないし……」
「メカニックとしてそれは同感だが、新型ということも考えられる。どこかの国で極秘裏に開発された試作機がオセアニア軍を相手に実地試験を行なっているとか……いや、新型機だとしても世界中に張り巡らせた我々の情報網に何かしら引っかかるはずだし、ロストした時のことを考えると単騎で作戦行動というのにもリスクが大きすぎるか」
「そーだよね。それになにより……」
「なにより?」
「イケメンだから! 北米軍やアジア軍にこれほどカッコいいもの作れないと思うんだよねー。いや、あっちの機能美を追求したシンプルかつ量産機的なフォルムもいいけど、個性的という意味ではこっちの方がいいね」
目を輝かせてそう告げるアリシアに、マルタは「お前の好みなどどうでもいい」と、興味なさげに肩をすくめてみせた。
「バニップの正体は北米軍やアジア軍ではないと?」
「うん、あとユーラシア軍でもないと思うね」
「では敵は誰なんだ? 同業者か?」
「まあ、傭兵に限った話じゃないと思うけどね。例えば……沖縄の反乱軍とか? 今まででよくあったみたいに、オセアニア軍のことをよく思わない沖縄の住民が団結して対抗しようっていう話じゃないかな。ほら、オセアニア軍って武力にモノを言わせて沖縄で色々悪さしちゃってるって聞くし」
「反乱軍? いや、それはどうだろうか。私が聞いたところによると沖縄の住民はオセアニア軍に対して嫌悪感を抱いているどころか、むしろ感謝している者の方が多いそうだが?」
「え? そうなの?」
意外な言葉に、アリシアは思わず身を起こした。
「ああ、一部過激派によるデモが偶に行われるくらいで、それ以外では大したことはないらしい。なんでも……100年以上も沖縄に居座り続けてきたアメリカ軍もとい北米軍を、侵攻してきたアジア軍諸共追い払ってくれたことで、住民はオセアニア軍のことを英雄として讃えているそうだぞ」
「えぇ……うーん、それはどうかなぁ? っていうか、それどこ情報?」
「主にオセアニア軍の兵士たちだ。それ以外にも、会話を盗み聞きしたところによると沖縄の住民は非常に友好的で、こちらの軍備拡張に対して最近は文句ひとつ言わず、それどころか差し入れを持ってくることもあるとか……」
「それ、本気で信じてるの?」
「話半分程度にはな」
「……そっか」
アリシアはふと、今朝の出来事を思い出した。
時間潰しの散策がてら、通りかかった大きな白い橋の上で出会った1人の学生、名前をライ……喜舎場ライといったか。一緒に朝焼けに染まった大きな川を眺めながら、彼はオセアニア軍の環境破壊や住民に対する弾圧などについて事細かに語ってくれた。
その彼の瞳は、オセアニア軍に対する強い怒りに満ちていた。
勿論……沖縄に住む人全員が全員、ライのような考えを持ってはいるというわけではないのだろう。だが、オセアニア軍の所業を踏まえると彼が否定的になるのは至極当然のことで、逆にそうでなければ頭が悪いとしか思えなかった。
「いくらオセアニア軍が意識調査をしようとしても、住民全員が口を噤めばそれまでだからねぇ……あはっ」
そう呟き、アリシアは再びベッドに身を沈めた。
それにしても、不思議な人だったな……話ついでに、アリシアは橋の上で出会った自分と同い年の男子の姿を思い出した。
「んー……また、会いたいなぁ」
小さく笑みを浮かべ、すぐ近くのマルタに聞こえないよう口元を枕で隠しながらこっそり呟いた。
「そういうわけで、オセアニア軍は北米軍かアジア軍が黒幕だと思い込んでいる。しかし、バニップは間違いなく高性能機だ。あれほどのものを作るとなると、それなりの設備や資材が必要になってくるだろう。ならば民間ではとても不可能だ」
「や、そーでもないと思うよ? だってここは元々、北米軍の支配地域だったんでしょ? でもアジア軍が攻め込んできて交戦状態に陥り、両軍が疲弊したところを狙ってオセアニア軍が介入、漁夫の利を得る形で両軍を沖縄から追い出した。多分、その追い出された時に置いてった資材や設備、オセアニア軍の接収を免れた機体のパーツなんかを使って…………んー、詳しいことはアレと戦ってから考えることにするよ」
携帯端末の液晶画面に表示されたバニップの推定カタログスペック値を眺めながら、アリシアはマルタに手を振った。
「そうか。それと暗所でそんなものを弄っていると目を悪くするぞ? それに端末やラップトップから放たれるブルーライトは……」
「何言ってんの? 私の目が普通じゃないの、マルタ知ってるでしょ」
「ハッ、言ってみただけさ」
気にした様子もなく携帯端末を弄り続けるアリシアを見て、それ以上言うことは何もないというようにマルタは小さく息を吐いた。
「そうそう……ねぇ、マルタ。今更だけどバニップって呼び方なんかダサいし、これからはローレライって呼ぼうよ。そっちの方が神秘的でかっこいいじゃん!」
「好きにしろ」
「はーい、好きにしまーす」
そんなやり取りを最後にマルタは会話を切り上げ、早々にその場から立ち去ってしまった。その際に部屋の扉が閉ざされたことで、アリシアは暗い部屋の中に取り残される形となる。
「ふわぁ、眠い……」
眠そうに目を擦りつつ、アリシアはラップトップと携帯端末に表示された情報に目をやり、そして考察を始めた。暗闇の中、薄着でベッドに寝転がりながらという、何ともやる気を感じさせられない様子ではあったものの……彼女にとって、何かものを考える時にはこれが一番良いやり方なのであった。
「それにしても……この形状」
ひとしきり考えた後、機体がボトムヘビーになっていることに気づいたアリシアは、すぐさま戦闘映像を見返し始めた。映像を何度も巻き戻しては再生し、至る所で停止とコマ送りを挟みつつ、画面上で激しい戦闘を繰り広げる青い機体をじっくりと観察した。
「とするとバニップ……いや、ローレライは」
そして、1つの結論に行き着いた
彼女は見つけたのだ。
敵の弱点を、それも致命的と言っていいものを
「あはは……戦うのが……楽しみだなぁ……」
アリシアは小さく笑うと、端末を手に持ったまま枕を抱きしめ、画面から放たれる青い光に包まれたまま、微睡みに身をまかせてゆっくりと目を閉じた。
境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』
第7話:出撃ーレイドー
3日後……
オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)
那覇港 琉球解放戦線(RLF)本部 秘密地下ドック
授業終わり、RLFのリーダーことキョウヤさんからの呼び出しをくらった俺は、帰りの会が終わると橋を渡ってまっすぐRLF本部がある那覇港へと向かった。いや、正確には那覇港の手前にある大きな建物と言った方が正しいだろう。
『リペアランド・富名腰』略してRLF。
家具家電や自動車など幅広い物を対象とした、その名の通り、いたって普通の修理屋さんである。一見すると年季の入った大型倉庫というような感じの店だが、しかし、それはあくまでも表向きの姿。それっぽく偽装された店内に入り、厳重に管理されたバックルームのセキュリティを通過し、地下へと続く階段を下りることで、ようやく琉球解放戦線(RLF)の本部に辿り着くことができる。
「来たな。よし、そこに座れ」
薄暗いミーティングルームに入ると、ギラついた視線が俺を出迎えてくれた。見ると、スクリーンの手前に大きな人影……見間違えようもない、RLFのリーダーであるキョウヤさんがそこにいた。
薄暗い中でもビリビリと感じられるプレッシャー
部屋の中に乱雑に並べられたパイプ椅子を前に、俺は後ろ側の席に座りたい気持ちを堪えて、パイプ椅子の最前列もといキョウヤさんの真正面に腰掛けることにした。
「ライ、新たな任務だ」
リーダーはそう言って手元のリモコンを操作し、プロジェクターを起動させた。旧式であるそれからワンテンポ遅れて白い光が発せられると、スクリーン上に映像が映し出される。
「オセアニア軍の新たな輸送計画をキャッチした。ただし、今度は輸送艦ではなくタンカーだ、載貨重量60万トンを超える世界最大級のタンカー『シエラ』」
キョウヤさんはスクリーン上に表示された巨大なタンカーを指で示した。
「石油……?」
「石油を満載したオセアニア軍所属のこの船が、近々沖縄にやって来るそうだ。今の時代、大量の石油など何に使うかは不明だが……オセアニア軍のことだ、ロクでもないことなのは確かだろう。とにかく奴らを沖縄に入れる訳にはいかん。ライ、お前はその迎撃に当たれ」
「ま……待ってください! リーダー!」
そこで、俺は思わず立ち上がった。
あまりの勢いに座っていたパイプ椅子が倒れるも、気にしている余裕はなかった。
「タンカーを迎撃って、つまり撃沈しろってことですよね……?」
「そうだ」
「……っ!」
リーダーの素っ気ない回答に、俺は愕然となった。
「それでは海が汚染されてしまいます! しかも世界最大級のタンカーなんて、一体どれだけの石油を積んでいると思って……」
「気にするな、ライ」
「流出した石油が海や海の生態系にどれだけの悪影響をもたらすか……それに、流出した石油の除去には数年単位の時間が……」
「何を今更、今まで散々沈めてきたではないか!」
「……っ!」
リーダーの一括に、俺はギクリとなった。
確かに、俺はこれまで何十隻とオセアニア軍の船を沈めてきた。EV技術の発達により必要最低限の燃料で運用が可能となり、環境にクリーンな輸送手段が増えている現在。それでも化学物質による汚染は承知の上で、俺は任務を遂行してきた。
しかし、今回の話はそれとは比較にならない。
「ですが、影響のレベルが…………っ!?」
「そんなことはどうでもいいッ!」
「……っ!」
怒りの咆哮と共に、リーダーの手元から何かが潰れる音が響き渡った。見ると、持っていたプロジェクターのリモコンがリーダーの手の中で粉々に砕け散っていた。
鋭い眼差しを前に、冷や汗が止まらない。
背筋にヒヤリとしたものが走った。
「ライ、お前はクソったれなオセアニアの奴らを1人でも多く始末することだけに集中しろ! 我々の理念はオセアニア軍を排除し、沖縄を奪還することにある。RLFに所属している以上、環境問題など二の次だ。余計なことは考えなくていい、これは命令だッ!」
「…………」
「話は以上だ」
「…………っ!」
掌にまとわりついたリモコンの破片を振り払い、リーダーが部屋の入口の向けて歩き始める。何か言わねば……そう思いつつも、口から言葉が出てこない。結局、リーダーが部屋から立ち去るのを、俺はただ黙って見送ることしか出来なかった。
「くっ……」
薄暗い中、1人取り残される形となる。
やりきれないものを感じつつも、俺は倒した椅子を設置し直した。ついでに床に散らばったリモコンの残骸を拾ってプロジェクターの側に集め、それからミーティングルームを後にした。
「ライ、大丈夫か?」
「……!」
ミーティングルームを出た瞬間、何者かから声をかけられる。先ほどの緊張感が体の中に残っていた俺は思わずビクリと体を震わせるも、声の主が親友のマサヒロであることに気づき、心の底から安堵した。
「ああ、マサヒロか……どうした?」
「どーしたもこーしたもねーよ。いや、悪ぃ……ライがここに入っていくのを見てよ、最初は盗み聞きするつもりはなかったんだ。けど、お前の相棒がどーしてもここに連れてきて欲しいって言ってたから……」
『はい。私の指示で盗み聞きさせて頂きました』
「ユーリ?」
『情報漏洩を防ぐべく、ミーティングルームは電波遮断が徹底されていたので話し合いに同席出来ませんでした。マスター、申し訳ありません』
胸ポケットに収めていた端末を引き抜くと、画面上にユーリの姿が浮かび上がった。いつも通りの無表情だが、その瞳はどこか申し訳なさそうな色が浮かんでいる。
きっと電波遮断を回避する為に、マサヒロが所有していた端末越しに部屋の外から俺とリーダーの会話を聞いていたのだろう。
「そっか……2人とも迷惑かけてごめん、俺は大丈夫だからさ」
「そうは言ってもだな。キョウヤさん、何もあんな言い方ねーだろ……戦ってるのはライなんだしよ。少しは考えて優しい声かけとか出来んのかねぇ」
やはりキョウヤさんのことが怖いのだろう。マサヒロは周囲をキョロキョロと見回し、それから小声でそう告げてきた。
「まあまあ、俺は気にしてないから」
「本当かぁ? ならいいんだけどよ……あと前々から思ってたけどさぁ、ライ、お前何かキョウヤさんに悪さとかしたことあるば?」
「悪さ? いや、まさか……」
俺は改めて今までの自分の行動を思い返した。
かのエイハブ船長の如きカリスマ性を持ちながらも、無愛想で過激な言動が目立つキョウヤさんに対し、何もかもが平凡な俺は苦手意識を持っていた。だからこそ対話の際には細心の注意を払って、失礼のないようにしていたつもりだ。
だから、何もないと思うのだが……
「だよな。でも、なんでか知らんけどよ……キョウヤさん、お前にだけは厳しいように見えるばよな。や、これは俺だけじゃなく、他の整備士たちもみんなそう思ってるからよ、整備主任の金城さんもそう言ってたし……だから何か悪さでもしたんじゃないかと」
「するわけないだろ、第一怖いし……」
「だよなぁ……」
俺とマサヒロは頷きあった。
リーダーの本意について非常に気になりはしたものの、それについては後でじっくりと考えることにして……今は目の前の出来事に対し、深く向き合う必要があった。
「それで、また出撃だってな?」
「ああ……今度の敵は巨大な石油タンカーらしい。オセアニア軍とはいえ、やり辛いな」
リーダーの命令に従いタンカーを撃沈すれば海が汚染される。しかし、命令に背けばどうなるか分かったものではない。どうしていいものか分からず頭を抱えていると……
『マスター』
手にした端末から、ユーリの声が聞こえた。
「ユーリ、どうしたの?」
『今回の輸送計画、何か妙です』
「妙……?」
ユーリの話を要約すると、こうだった。
自立思考型AIである彼女は、その能力を駆使してオセアニア軍の軍事ネットワークの中枢に潜入し、現在に至るまでオセアニア軍の動向に関する有益な情報をいくつも入手してきた。今回の輸送計画もユーリが見つけてきたものだったのだが、どういうわけか情報にかけられているセキュリティがあまりにもお粗末なものだったという。
今までは情報ひとつ抜き取る度に、何重にも張り巡らせたセキュリティを掻い潜る必要があった。しかし、今回の輸送計画はオセアニア軍から重要機密に指定されているにもかかわらず、外部から殆ど丸見えの状態で提示されていたとのことだった。そう、まるで「見てください」と言わんばかりに
話はこれで終わりではない。
輸送計画に護衛は付き物だが、ユーリが言うには今回の護衛はたった1隻の駆逐艦だけという。鈍重なことに加えて、ただでさえ大きくて目立つタンカーだ、駆逐艦1隻ではとても守りきることなどできる筈がなかった。
そもそもEV技術の発達した現代において、それだけの石油を一体何に使うのかについても不明である。不可解なことがあまりにも多すぎることから、ユーリの話を聞いていて俺は疑念を抱き始めた。
「罠かもしれない、ということ?」
『その可能性が高いと推測されます』
「このこと、リーダーは知ってるの?」
『はい。情報提供の際、確かにお伝え致しました。しかしながら、どうやら私の警告は聞き入れられなかったようですね』
「……そっか」
ユーリの言葉に、俺は小さく頷いた。
「ライ、どーするば?」
「……出撃する」
「いいば? 罠かもしれんし、海を汚すことになるかもしれんのにか?」
「分かってる。けどリーダーに逆らうことは出来ないし、オセアニア軍の意図も気になる。それで、もしタンカーを撃沈する必要があるのなら、その時は……」
咎は受けるつもりだ。
この戦いが終わってから、オセアニア軍から俺たちの沖縄を取り戻した、その後で……いくらでも
待ち受ける困難を予感し、俺は心の中でそう誓った。
それから2日後……
俺は様々な疑念を抱きながらも、それらを心の奥底に押し隠すようにしてユーリと共に出撃、敵の輸送計画を妨害すべく沖縄の地を離れた。
これが壮絶な戦いの始まりだとも知らず……
ーーーーー
2日後……
沖縄近海
駆逐艦サラマンドラ
沖縄近海を航行する、オセアニア軍所属の駆逐艦が1隻
「まさかまた、見知った部下たちと共にサラマンドラに乗艦し、こうして戦いの場に赴く日が来ようとは思わなんだ……」
その艦橋には、オーランド大佐の姿があった。
先の輸送作戦失敗に際し、軍上層部からの信頼を失い司令官としての権限を剥奪された彼だったが、今回、世界最強と名高い傭兵部隊ウルフパックと共同でバニップ討伐作戦を実行するにあたり、必要最低限の指揮権を獲得していた。
沖縄から本国に戻ったオーランドは、そこで自身の船であるサラマンドラを手配し、さらに散り散りになった部下たちを招集、こうして戦地に赴いていた。
「はい! 自分たちもこうしてまた、大佐とご一緒することが出来て光栄であります!」
しみじみとした様子でオーランドが艦橋の中を見回すと、その場に居合わせた副官やオペレーターたちは敬礼でそれに応じた。そんな彼らの敬礼を手で制した後、オーランドは艦橋の外に視線を向けた。
「しかし『シエラ』か……壮観だな」
彼の視線の先には、駆逐艦のすぐ隣を並走する石油タンカーがあった。しかし、小柄な駆逐艦と比べると圧倒的なスケールを持つタンカーを前に、オーランドは改めて圧倒されるものを感じた。
石油タンカー『シエラ』
載貨重量61万トン、全長480メートル、船幅70メートル、航行速力25キロ。氷山を彷彿とさせる鋼鉄の塊が穏やかな海をゆったりと進むその姿は……まるで青い芝生の上に巨大な壁が立ちはだかっているかのようだった。
「これほどの船は確か世界で2隻しか建造されていないと聞く、流石ウルフパック、よくこれほどのものを調達出来たものだ……」
「まあ、比較的安く買えたからね」
オーランドの呟きに反応するようにして、その背後から声が響き渡る。振り返ると、艦橋の入口に小柄な人影……『クリムゾン』のコードネームを持つ、傭兵部隊ウルフパックに所属する1人の少女の姿があった。
「今時、石油なんて時代遅れだし。運用するにしても遅いし目立つし燃費悪いしで殆ど無用の長物だよ、こんなの。維持コストだってかなりのものだし、解体するにしても膨大な労力と時間、それにお金がかかる……だから所有者に頼んだら、ふたつ返事ですぐ売り払ってくれたのよね」
何でもないというように告げる少女を見て、オーランドは思わず息を吐いた。中古とはいえタンカーを丸々1隻買い取れる財力、それに総督府での一件も相まって、オーランドは少女のことを『規格外』と呼ぶに相応しい人物だと、改めて認識していた。
「コンピュータ制御による自動化は一応適用されてるけど、でも最近まで港で倉庫として扱われていたものだからメンテナンスも必要最低限、今じゃ航行させるのが精一杯ってところだし、まともに攻撃を受けたらすぐに沈むだろうね」
「なら、そんなものを一体どうするつもりなのかね? まさか盾にでもするつもりか?」
「まあ、それは見てのお楽しみってことで」
アリシアは両手を広げ、ニヤリと笑ってみせた。
白髪が静かに揺らめき、紅い瞳が怪しく輝いた。
「承知した。しかし、貴公の立てた作戦についてだが……」
「ん、何か問題でも?」
「いや、こちら側としては何も異論はない……だが、本当にいいのか?」
「うん。だから軍人さんたちとはここでお別れ、あとは私が指示した通りに動いてね? そうじゃないと……多分、ローレライは来てくれないと思うから」
「ローレライ?」
「バニップのこと。そっちのお偉いさん方が勝手に名付けたそんな安っぽい呼び方するより、こっちの方がクールでしょ?」
「フッ……なるほど、同感だ」
緊張感が全く感じられないアリシアの言葉に、オーランドは肩をすくめて苦笑するしかなかった。
「マルタ、私の機体は?」
「整備は完璧だ。すぐに出られる」
アリシアのすぐ後ろに控えていたのだろう、通路上に姿を現したマルタが短くそう答えた。
「オッケー、じゃあまた後で……」
アリシアはまるで旅行にでも行くかのような調子でマルタに向けて軽く手を振ると、そのまま彼女の横を通り抜けて、颯爽と艦橋から立ち去るのだった。
本当はここでクリムゾン戦まで入れる予定だったのですが、ペース配分が上手くいかなかったので次回です。濃密な戦闘が描けるよう頑張りますので、よろしくお願いします。それでは、また……