サブタイトル気になったら変えるので二話目だなって思って下さい。
データ消えていたので焦ったけど別の所に残っててホッとした。
――小説を読む、つまりは活字を目で追いかける行為
活字で書かれた文字で情景を浮かべてその光景を想像すること。読書、閲覧、拝読、書見。文字にして言い換えれば表現は多々あるが行動は常に変わらない。本を開き文字を追い、ページを開く。そんな行動をするのは二人の人間で、年端のいかぬ少女だった。真新しい赤いランドセルたちがそのままの少女達の年齢をさす。
「そろそろ、この本も飽きちゃったなぁ……」
「……そう、それなら別の本を探したら」
一人は退屈そうにペラペラと本を捲り、向かい合うもう一人はノートで文字を書いていた。すらすらと書き慣れた様子でページの行間を埋めて、時折悩んだ素振りで辞書を開き目的の単語を探す。飽きたと言う少女はそれを眺めるがどうにもそれにも飽きたようだ。うつ伏せになれば、さらりと長いポニーテールの髪が机に落ちた。
「ねぇ、そろそろかえろーよぉ。アカリ」
「……あなただけ帰ればいいじゃない、リツ」
「だって、アカリと一緒にかえりたいもん!!」
がばり、と顔を上げて髪を振り上げて声を荒げた。癇癪を起こした子供のようだ。一気に室内に反響して辺りに虚しく轟いた。アカリと呼ばれた少女はうるさそうに耳を塞ぐ。
「……あ、」
思いのほか大きい声が出た自覚はあるらしい。しまったといった様子でリツと呼ばれた少女は顔を僅かにしかめた。はぁ、とため息を吐いたアカリが鉛筆を置いて顔を上げた。眼鏡を上げながらリツを静かに睨んだ。
「……図書室では静かに、リツ」
アカリの冷たい声がリツを咎める。二人以外に人は居ないが、それでもやはり図書室なのだ。その場所にある規律は守らなければならないだろう。アカリは特にそういうことには厳しい。常識でマナー、当たり前のそれは間違いなく正しい。反論しようものなら正論がその倍以上に戻って来るのだから堪ったものではなかった。何せ悪いことも自覚があるからそれを指摘されて聞かされるのはリツ自身が得意ではないのだ。まるで母親のようだ、とも思いながらもリツはバツの悪そうな顔で眉を下がらせた。
「ごめんってば、アカリ……!」
思わず大きい声が出ちゃって、リツは途切れ途切れにそれを言葉にして必死に頭を下げる。実際思わず出てしまった声だ、悪いことも十二分に承知している。それでも怒られてしまうのは幼さ故かまだまだ許容は出来ない。僅かに眉を顰めて泣きそうになる顔をそっぽ向けた。態度でいえば反省はしていないようにも見える。はあ、とアカリは重く息を吐き出して俯いた。
「……全く」
その手はノートを閉じて辞書を本棚に戻している。片付けているようにも思えるアカリの動きにリツの表情が明るくなった。ガバッと顔を大きく上げたリツの目がキラキラと輝く。リツの顔にアカリはどうにも弱い。弱弱しい表情を見れば許したくもなるし、楽しそうな表情を見せればこちらも楽しくなる。友人だからある程度はという思いもあるのかもしれないが。とにかく、アカリも何かするというやる気がなくなったのは事実だった。
「……帰ろうか、リツ」
「うん!!」
大体片付け終えたらアカリは微笑めば満面の笑みでリツが返した。
―――――――――――――
帰路に着きながら、リツとアカリは隣り合った。ランドセルを背負い、歩く。歩道の真横では車が勢いよく走り、その衝撃で生じた風が衣類を揺らす。木々の陰も相まって余計に涼しくも感じた。
「ねぇ、アカリ」
「……なぁに、リツ」
リツよりも短く切り揃えられた髪が揺れて此方に顔が向けられる。ゆっくりとアカリを見たリツの瞳がキラキラと輝いた。
「今日は、何処まで書いたの?」
「……読みたいの?」
「うん、勿論!!」
だって私はあなたの初めてのファンだから、大袈裟な身振り手振りでいかに自分が好きなのかを表現する。そんなリツを見てアカリは笑う。
「いいよ、途中の公園で読んでみる?」
「うん!!」
「早く帰りたいって言っていたのに?」
呆れた様子で、アカリがリツを見れば「いいから、いこいこ」と背を押して二人は歩き出した。
――帰り道も同じで、家も隣同士
所謂幼馴染という間柄の二人は何をするにも一緒だった。そうはいっても互いに違う人間でもあるから好きなモノも嫌いなモノも異なる。互いに一致する趣味と言えば、アカリの書く小説だろうか。アカリは小説を書くことが好きで、リツは彼女の書く作品のファンだった。
「……今日は、そんなに書けていないけど」
公園に入った第一声。出し渋った様子でアカリはノートを取り出す。嬉しそうに受け取ったリツはノートを開いた。文字を追うリツの目が左右に動く。瞳がキラキラしたように輝き、目尻は柔らかく弧を描いた。本当に楽しそうに読んでくれている、そう思うだけでアカリの心臓が高鳴る。ドキドキと、恥ずかしさにも高揚にも似た感覚を感じて頬が紅潮した。ああ、読まれているそんな羞恥心も蘇って普段の調子が出なくなりそうだ。
「……どう?」
熱くなった頬を誤魔化すように俯いてアカリは返答を待つ。長い沈黙の末に、リツの口が開いた。
「『どうして、逃げるの?』」
「……えッ?」
言葉を聞いてアカリは思わず聞き返す。だって、リツの発した言葉は自分の書いた台詞だったからだ。
「『どうして、避けるの?どうして返事をしてくれないの?』」
また口を開けばやはり聞き間違いではないようだ。最初に読まれている恥ずかしさは何処かへと消え失せ、唖然とした表情でリツを見た。それでも彼女の音読は止まらない。
「『わたしはただ君と居たいだけなのに』」
「『だけど、ぼくは君と違うから』」
声色を僅かに変えた。無理のない低い声、少年の声にも近いそれは音読には必要も無い筈だが感情の色すら伴った。勝手に読み上げないで、そんな怒りも消え失せて不思議とリツの言葉に聞き入った。
――……ああ、そうか
この時アカリは初めてリツが音読をしていないことに気付いた。彼女は、芝居をしているのだ。
「『君とわたし、何が違うというのかしら』」
お喋りだって出来るのに、考えていることだって一緒じゃない。切実で必死に感情を込める。そこにアカリの知るリツは居なかった。
「『確かに、ぼくは君と一緒だ』」
「『だったら、いいじゃない』」
「『だけど、駄目』」
代わる代わる切り替わる声と性格、まるで別の人が複数居るようにも思える。確かにそこには自分の書いた登場人物が目の前に居た。イメージが鮮明になって、アカリは世界にのめり込む。
「『だって、君は』……ああ!!此処で終わってるッ!!」
続きは、そう叫ぶリツの言葉で、ようやく現実に戻った。拍子抜けしたような様子で肩を揺らし、アカリの手がリツの頭を軽く叩いた。
「いたッ!」
「うるさい、そして勝手に読み上げるな」
「……うう、だってさ」
アカリの小説が凄いから、またしどろもどろになるリツの様子を無視してアカリはノートを取り上げる。手元に戻ったノートを開き文字をなぞるもやはり見慣れた自分の字ばかりがそこにあるだけだった。
「…………、」
リツはただ台詞を言っただけで、この空間の世界は変わったように錯覚した。声を入れるだけでこうも印象が変わるものなのか、いっそ感動すら覚えてそれにゾクゾクとした寒気が背筋に走る。同時に脳裏に浮かぶ小説の構想が沸き上がった。
「ええッ!!ちょっと、アカリ!!此処で!!?」
帰るって言ったじゃん、叫ぶリツの言葉にアカリは眉を顰める。
「リツ、うっさい!!」
鉛筆を取り出してガリガリと書く。今を逃せば恐らくこの構想も消えてしまう、リツの声すら煩わしい。アカリは浮かぶ脳内の構想が消えぬように思うまま筆を滑らせた。
こっち始まりで良かったやん、って思ったけどもう手遅れでござる。