【短編集】五年の軌跡   作:黒マメファナ

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第一話投稿日:2022.3.20
全6話
オリ主:常磐(ときわ)大地(だいち)
メインキャラ:弦巻こころ
本編リンク:https://syosetu.org/novel/282480/




#1:BanG Dream! 二つの星と笑顔の魔法

 春の連休が終わると、一気に季節が夏へと傾いていく。ただまだ窓を開けても入り込んでくる風はじっとりと汗ばむような風ではなく涼やかで湿度が少なく、前髪をくすぐると幾分か体温が下がるような感覚がした。

 そんな穏やかな朝の風をやや眠い顔に当てていると寝ていたベッドが動いて、そこから──契約主って言ったらいいんだろうか、ただその表現を使うと彼女が不満を顔に出すことがわかっている。

 

「おはよう、こころ」

「大地……ん、おはよう」

「今日は休みだし、眠いならもうちょっと寝ててもいいんじゃないか?」

 

 こころは寝ぼけ眼だったがふるふると首を横に振り、ただ眠そうに頭を俺の胸辺りに預けてくる。

 弦巻こころ──俺、常磐(ときわ)大地にとっては複数の意味で自分の人生を変えてくれた存在だ。バンド『ハロー、ハッピーワールド!』として、そして個人としても。

 

「前髪、変なクセつくぞそれ」

「それは困るわ」

「じゃあ離れようか」

「……困ったわね」

 

 奇遇なことに俺も困ってるんだよそれ。こころは俺に頭を押し付けてそれでも足らないとばかりに胸に頭をめりこませてくる。そんな朝の挨拶に近いルーティンをいつもよりも長く取ったものの、ジャージに着替えて戻ってくるとこころはすっかり目を覚ましたようで数分後には輝きを放つ笑顔で俺の腕を引っ張っていた。

 

「さぁ、行くわよ大地!」

「はいはい」

 

 こころとの生活は日常で溢れてる。いつも新しいこと、楽しいことや笑顔になれることを探しているこころが大切にしていることが日常のルーティンというのはなんだかチグハグな印象があるが、これは彼女にとっては立派な笑顔のための活動だという。事実としてすごい笑顔だし、そんなことを口にするとこころはこう答えた。

 

「──日常があるから、新しいことをすると楽しいのよ!」

 

 つまりはこういうルーティンの中で普段と違うことを探すのが楽しいと、そういうことらしい。実際にこころは春とは違った景色や花などの微妙であり、毎日朝に歩いていなければわからないことを発見するのが非常に上手だった。今日も家を出て早速違うことを発見したようだった。

 

「朝がすごく早くなったわね。もう太陽があんなところにいるわ!」

「そうだな、春はまだ朝焼けがキレイだったのに」

「最近だと夕方も遅くなってるわ!」

「確かに……ここから六月の後ろくらいまで長くなり続けるんだよな」

 

 夏至は六月後半、雨のためあんまり実感できない日が多いものの、そこまで太陽はどんどん地表に現れる時間が長くなる。そんなことを実感するほど、俺はこころと同じ屋根の下で生活しているのかと、長い息を太陽に向けて吐いた。

 最初は俺しかいないからという義務感と言うか、もはや推しに頼られたから嬉しくて舞い上がっていたというのが本音だ。桜が満開になるあの日、俺は常に金色に輝く太陽に連れ去られた。

 

「こころ、今日の予定は?」

「今日は大地と過ごす予定があるわ」

「あー、つまりなんだ。暇なわけか、珍しい」

「暇じゃないわ! 大地と過ごしていたら、暇だなんて言う暇がなくなるくらい時間が一瞬で過ぎてしまうもの!」

「どんだけだよ──じゃあ、映画でもどうだろう?」

「映画! 前に観に行く言ったものね!」

「はぐみちゃんはいないけど」

「はぐみとならまた観に行けるわ!」

 

 約束してしまって、叶わない約束をしたつもりだった。あのたった一回のデートでの約束を俺はこうして果たすことができるのが無性に嬉しくて仕方がなかった。

 その中にあったはぐみちゃんと三人で映画──今回はぐみちゃんはいないけれど、またあの時のように一日デートするという約束を果たすために俺たちはまた同じルートで出掛けることにした。

 

「ジャンボパフェはもう終わってしまったのよね?」

「そうだろうね」

「残念だわ、また大地と一緒に食べたかったのに!」

 

 俺は一緒に食べたというより口を開ける雛鳥と化したこころに食べさせてた記憶が強く印象に残ってるんだけどその点については彼女は覚えてくれているのだろうか。いや、そんなこと疑う余地もなく覚えてるに決まってるし、覚えてるからこそ、また一緒に食べたかったなんてことを言うのだろう。

 

「あら、今回はお揃いじゃないのね」

「あの時はライブもあったし、いやそれ以前にペアルックが思っていた以上に恥ずかしいことがわかったから」

「あたしはとーっても楽しかったわよ!」

「知ってる、今もすごく楽しそうってこともな」

「ふふ、わかってしまうかしら?」

「顔みれば一発で」

 

 嬉しそうに言い出すこころにそう返すとますます笑顔が輝いていた。結局、金色の太陽が翳ったのを見たのは前の契約が終わる直前くらいだったな。

 あの時のことはどうやらハロハピのみんなにも伝わっていたようで、俺が契約が終わったはずなのにしれっと傍にいてこころが笑顔を向けた瞬間に全て察知したように笑顔を向けてきた。

 

「空いていてよかったわ!」

「うん……ってどうした?」

「さっき、向こうの電車の中でキスしていたわ」

「……なにしてんだ朝から」

 

 こころの顔がふと不思議そうなものに変わっていてどうしたのかと思ったら、そういうことか。もう既に電車は出発して言っても届かないけれど、本当に朝からなにしてんだ。いやもしかしたら朝帰りの最中なのかもしれない、相手にどんなドラマがあるかどうかはわからないけど、でもバッチリ純粋無垢なこころが目撃してるからやっぱり朝からなにしてんだってリアクションで正解ということにしておこう。

 

「大地はああやって好きな人とキスしたことある?」

「あったかな」

「はぐらかしたわね」

「なんでわかるんだよ……あるよ」

 

 曰くこころは俺が嘘を吐いたらすぐにわかってしまうらしい。どんな高性能な嘘発見器を積んでるんだそれ。俺だって恋をしてきた立場だ、キスの一度や二度はある。以前言われた既成事実的なアレコレは一切したことがないわけだが──まぁ所謂キス止まりってわけだ。もっと突っ込んで言うとディープなのもない。

 

「でぃー、ぷ?」

「いや、知らないなら──」

「──何が深いキスなのかしら?」

「ああ、うんそうなるよな」

 

 両親が世界を股にかける人物であり、またその娘であり世界を笑顔にするという目標のあるこころに限って「Deep」という英単語を知らないなんてことはあり得ないことだった。というか単純にこころが──すごく失礼な言い方をすれば幼く落ち着きのない印象のある弦巻こころが実は勉強できるなんて思いもしないわけで。それが発見だろうが知識だろうが新しいもの好きのこころに勉強が苦手ってのも変な話だけどな、よく考えると。

 

「奥行きのあるキス、は違うわよね……でも深い、でも意味がわからないわ」

「なるべくならトーンを抑えてほしい」

「……えっちなキスなの?」

「うーん、そこで察せるのか」

「なるほど……深い?」

「ごめん、もうこれ以上はこれを見て理解してほしい」

 

 スマホに該当の単語を入力してこころに見せた。基礎的な情操教育はされている様子ではあるが、ちょっと突っ込んだ知識までは流石にないらしい。まぁ保健体育に相当する内容は覚えても性技とか愛撫の方法まで詳しく教えるわけはないよな。弦巻の両親の方針としてはその辺は伴侶に任せる、というところか。俺は偽物なんだけどねまだ一応は。

 

「これが……そうなのね?」

「リアクションとか感想を求めるなよ。俺だってしたことないんだから」

「そうね……」

 

 唇を無意識に触らないでほしい。俺がイケナイことを教えたみたいな空気になるから。しかもこんな公共の移動手段の中で。うっかりするとなんらかの罪に問われる危険性があるだろこれ。

 ──そして、こころだって人間であり年頃の女の子なんだよなということを実感した。そういうの気になるもんだよな普通は。

 

「こころ」

「どうしたの?」

「いや、話題逸らそうと思って──今日は珍しくスカートなんだな」

「ええ、どうかしら!」

「捲るのはやめなさい」

 

 やはり以前のライブに行くつもりの格好とは違い、今日はオフショルの青色のシャツの下に白いノースリーブという意地でも肩を出したトップスに下は乳白色のスカートだった。しかも短めで俺はつまみあげようとしたこころを手で制する。下に何かスパッツとか履いててもそれはそれ、これはこれ。

 

「大地も前とは格好が違うわね」

「そりゃね」

 

 俺も今日は水色のシンプルな七分丈のパーカーだった。下はこころに振り回されるのを想定して動きやすい灰色チェックのスキニーパンツとスニーカーになってるけど。でもこころの格好見ると身構えすぎだったかなと感じなくは──いやこころの場合は自分の格好で行動が変わるようなタイプとは思えないな。そもそもさっきスカートの端つまみ上げた時点で限りなくアウトだ。

 

「見えちゃったら大地は困ってしまうのね」

「本当のところはこころに困ってほしいんだけど」

 

 この子はどうして恥じらいがないのだろうか。いや恥じらいがないからそれが全部前のめりの興味に繋がっていると言われるとなんとも言えなくなってしまうけど。でもこころもティーンの花も恥じらう女子なのだから、多少はそういうのも知ってほしいと思ってしまう。これは最早親心に近い気がする。

 

「そんなことより」

「そんなこと……」

「大地は──」

 

 そこでまたこころはピタっと言葉を止めた。いつもの無邪気な笑顔とは違う、宇宙を内包するような輝きを放つ瞳でじっと俺を探るような表情で、俺の手を握ってそれを、自分の膝辺り、しかもスカートの端が引っかかるようなところに置いた。しかもわざわざ、俺の手の甲が触れるように。何を考えてるんだと戸惑っているとようやくこころの唇から続きの言葉が紡がれた。

 

「──()()()が気になるのよね?」

「な……っ」

「だって、見えちゃったら()()()困ってしまうものね」

「そ、そういう意味じゃなくて!」

 

 俺はその瞬間、自分がとんでもない勘違いをしていたのではないかということに思い至っていた。こころの頬には化粧とは違う僅かな、だけど確かな朱色が差していた。からかうというよりはまるで試すような言動に俺の心臓はやかましく鳴っていた。気になるというか、心配というか。ああもうどっちにしろ気になる──つまりは()()()()見られたら()()()()ことを肯定する要素にしかならない。

 

「ふふ、大地ったら顔が真っ赤だわ!」

「だ、誰のせいだと思ってるんだよ」

「あたしね?」

「こころだって……顔赤いよ」

「大地の赤が映ってしまったわ」

 

 なんだその言い訳、と言おうとしたところで電車は目的地の最寄り駅に辿り着いた。こころが先に立ち上がり、俺はそれについていくように電車を降りる。一瞬だけ忘れ物はないかと振り返って、扉が閉じて次の駅へと向かっていく電車を見届けた。なんというか、すっかり行きだけで体力を奪われた感覚がしたんだけど。

 

「大地〜早く行きましょう!」

「はいはい、ちょっと待って」

「忘れ物でもしてしまったかしら?」

「いや、大丈夫だと思うよ」

「それはよかったわ! 確認するのを忘れてしまったから」

 

 それはこころにしては珍しいうっかりミスだった。なんだかんだでこころは記憶力がよくてまた観察力も高い。そんな彼女が忘れ物を確認するのを忘れて電車から逃げるようにして降りた、という事実にさてはこころ自身ももしかして結構恥じらいがあったのではと予想を立てた。要するに動揺していた可能性があるのだから。

 

「こころ」

「あ……っ!」

「どうしたの? 手を繋がないとはぐれるかもよ」

「そうよね、ええ……そうよね」

 

 繋いだ手から伝わる脈が少し早いのは、俺の気のせいだろうか。少なくとも初めてデートをした時のこころはこんな劇的でまさに女の子みたいな反応をしなかった。だってあの日もずっと手を繋いでいたんだから。あの日と今のこころは明確に何かが違っていて──でもそれは俺も同じだと思う。ふたりとも変わったのか、俺だけが変わったのか、こころだけ変わったのか。当事者である俺には判別はつかなかった。

 

「さぁ大地! 今日のご飯の気分はなにかしらっ!」

「前は──ああ、ジャンボパフェ食べるからってお昼抜いてたのか」

「そうね、お買い物をしてからパフェを食べたわ!」

「……うーん、中華と洋風どっちかだな」

「それなら、あたしは中華がいいわ!」

「じゃあ中華にしようか」

「ええ!」

 

 元気に頷いて歩き出すけど場所わかるんですかね、だがこころは()()()こっちよとか言い出して俺がちゃんと地図を見せることでようやく理解してくれたらしい。あのね、探検して見つけるんじゃなくてちゃんと地図に場所が記されてるから大丈夫だよ。

 ただ、こころは一目見て理解したみたいで今度は確信めいた口調で、こっちねと俺より少し前を歩く。

 

「マップ読むのすごい早いな」

「宝の地図を見つけた時にどこにあるのか見つけられなくなっちゃうじゃない!」

「……なるほど?」

 

 なんだかとんでもない理論を展開されたけど、まぁそこは()()()と納得した。こころは宝探しとかすごく好きそうだよね、たしかに。探す過程で起きた大冒険に目を輝かせて、そしてそんな大冒険が起きると期待してきっとまっすぐ突き進んでいくんだろう。

 ──結局、周囲の他の飲食店に気をとられながらも、まっすぐ中華の専門店へとやってきた。

 

「次は、さっきのお肉のお店がいいわね!」

「まだ並んでる最中なのに気が早いな」

「だって、決めておけばまた大地と一緒にデートできる気がするもの!」

「そんな急かなくても、また来れるよ」

 

 こころの言いたいことはよくわかる。俺たちは本来二度目のデートなんてするはずはなかった。でもその叶わないはずの約束が巡り巡って今の関係を生み出したんだから。そう考えるとこころの言葉は約束というよりは宣言のようにも聞こえていた。俺はそんな彼女の横顔を見ながら今だけは、せめて今は手を離したくないと、そう思えた。

 

「こころ」

「あら、なにかしら?」

「次は、衣替えのために買い物もしたいね」

「──ええ、もちろんよ!」

「その時はさっきの店にしようか」

 

 その瞬間、こころは目に見えていつもよりも優しく、そして華やかな笑顔を咲かせた。それは表現するなら、真夏の太陽ではなくて──出逢った頃と同じ、桜の舞う青空に輝く太陽のような。そして白い雲が通り過ぎて光がゆっくりと道の向こうからやってくるような表情だった。適切な言葉を探すのは時間がかかるけれど、一番近いのは──慈愛、そう慈しみを感じるものだった。

 

「ふふ、大地はまるで超能力者だわ」

「どうしてそう思った? 俺からするとこころの方がエスパーみたいだけどな」

「だって今、大地が言ってくれたらいいのにって思った言葉と全く同じことを言うのだもの! あたしの考えてることを、見抜いているみたいだったわ!」

「買いかぶり過ぎだよ、こころが俺を──俺を理解しすぎてるだけで」

「それはつまり、大地があたしをわかってくれてるってことね!」

 

 そうなのか? いや、うん理論的にはそうなるのか。お互いがお互いのことを理解してるからこそ、無意識的に大地(おれ)ならこう言うだろう、こころならこう考えるだろう、そんな相互作用が働いて会話が成り立っているのかもしれない。それは、なんというか少し気恥ずかしくなってしまうけど。

 

「たくさんメニューがあるのね」

「中華って色々種類があるもんな」

「そうね! おっきくてまあるいテーブルが回るのは楽しいのよ!」

「なるほど、本当にああいうのって使うんだ」

 

 前で待っていた人が少なくなってきて、俺たちはメニューを店員に手渡されてそれを開いて色々と話し合う。さすがの世界を股にかける弦巻家のお嬢様、本場の中華も食した経験があるらしい。生憎、テレビやネットでしか見たことのない赤い、俺の偏見じゃなきゃ大体赤いよなあれって。そう、あの円卓の話は興味深かったけど、とりあえずメニューを決めていた。

 

「大地、この餃子焼いてあるわ!」

「え? あ、あー?」

 

 素早く調べてみると、びっくりしたけど焼いた餃子って中国だと家庭料理で、余った水餃子を再利用するために開発されたものらしい。日本じゃ餃子って言えば焼餃子のことだけど。こころは外食はほとんど海外か、懐石か友達やメンバーに誘われてファミレスくらいらしいから、ラーメン屋とか行ってなかったら驚きになるのか? 

 

「そうなのね、そういえばテレビでも餃子の特集をしていた時、焼いていた気がするわ!」

「日本は結構餃子がご当地グルメの場所もあるよね」

「そうなのね! ご当地というくらいだからきっと自信があるのね!」

「だろうね、俺は炒飯と、餃子かな、あと麻婆豆腐もいいな」

「ならあたしも大地と同じものがいいわ!」

「そんなに食べられる?」

「お腹減っているもの、大丈夫よ!」

 

 そんな雑談兼メニュー決めをしているうちに時間は順調に過ぎていき、ついに俺たちの前に誰もいなくなった。そこからすぐに二十代くらいと思われる女性店員が待っている俺たちの顔と名前を記入している名簿を確認してから、少し硬かった表情をちょっとだけ解してまた俺たちの方を見た。それはきっと隣で子どものような純粋無垢な笑顔で待っているこころと目が合ったからだろう。

 

「二名様でお待ちの弦巻様」

「はい!」

「お席へご案内致します」

「行くわよ大地!」

「わかってるよ」

 

 そのまま案内に従い二人で向かい合う席に通され、お冷を持ってきたタイミングで俺とこころは予め決めていた注文をする。それも前のジャンボパフェの時は俺が注文していたから、今回もと思った瞬間にこころが目線で制してきた。どうやら自分で注文したいのかと苦笑いをして待っているとそのまま楽しそうに、そして歌うように滑らかで聞き取りやすい声で注文をする。

 

「炒飯と、麻婆豆腐、それと餃子を全部二つくださいな!」

「全て二つ、ですね」

「ええ! デザートは後で決めるわ!」

「……かしこまりました」

 

 勝手にデザート食べることになっていた。ただこころの元気さと笑顔に、店員さんも幾ばくか素の笑顔なんだろうなと思うような安らかな表情をしていた。

 ──やっぱりこれが弦巻こころの超能力めいたパワーなんだ。誰かを巻き込んで笑顔にすることに関して、こころはごく自然に、そして勝手に行うことができる。こころは気づいているのかいないのかわからないけれど、店員さんも周囲で待っていた人たちも、こころの笑顔につられて表情が柔らかくなっていたから。そして、なにより俺が一番、そうなんだと思う。

 

「杏仁豆腐」

「どうかしたのかしら?」

「俺、杏仁豆腐がいいな」

「なら、それにしましょう! 」

「うん」

 

 こころと一緒に食事をする。今の俺にとっては当たり前のことだったけど、やっぱり出掛けた先で、というのはまた新しい特別感があるように思えた。少なくとも、俺には特別だった。

 

「こちらレシートです」

「ごちそうさま! とーってもおいしかったわ!」

「ありがとうにございました!」

 

 ──思っていたよりも麻婆豆腐の辛さに苦戦したものの、こころの炒飯と交互に食べさせ合い、なんとか事なきを得た。よくよく考えると恥ずかしいことをしていた気がする。あの時は辛さで考える余裕がなかったけど、バカップルやってた気がする。杏仁豆腐の甘さで今は中和されてるけど。

 

「それじゃあ、次は映画ね!」

「だな、今なら海外ヒーローの映画もあるみたいだけど?」

「それもいいわね、でも! 今日は観に来たものが決まっているもの、こっちにするわ!」

 

 お腹を満たした後は出掛ける前に決めていた、ショッピングモールにくっついている映画館へとやってきてきた。

 俺もなんとなく恋愛より海外のコミックヒーローがいいなとか思ったけど、こころの言う通りライト文学原作らしい恋愛小説のチケットを取ろう──としたらこころがトイレに行ったタイミングでめちゃくちゃ観やすそうなプレミアムシートなるものを手渡された。予約してくれていたんですね、ありがとうございます。

 

「プレミアムって、こういう……」

「すごいわ! 椅子がふっかふかよ!」

「すご……!」

 

 せっかくならばとシェアする用のデカいポップコーンとドリンク二つを購入し、時間になってすぐシアターの番号を入り口の人に教えてもらい、到着した俺は半券にあった番号の席に驚いた。そこは二人で座ることを最初から想定されているようで座席と座席の間にはなにもなく、他の座席と大きさもゆったり感も違う文字通りプレミアムな仕様となっていた。

 ──確かにそういう席がある映画館というのは俺も有名なのを幾つか知っていたけど、ここもそうなのかと深く考えずに座る。後から考えればまず間違いなくいつもの黒服さんの頑張りなのだろうけど。

 

「すごいわ、これなら大地と一緒に観られるわね!」

「脚も伸ばせるなんて、こんな贅沢いいのかな?」

「悪いことなんてなにもないわ! それに……あたしはまだ大地にありがとうが言えていなかったもの」

「ありがとうって?」

「あたしと一緒に居てくれることよ」

 

 一緒に居てくれるって何を今更なんだと思ったけど、こころの表情は真剣そのものだった。冷房で冷えないようにブランケットを膝に掛けて、横を見ると本当に意識するくらい近くにいて。

 いつの間にか、この距離が当たり前になってたけど──俺って本来は今頃、こころとこんな風に出掛けることもなかったんだってことを思い出した。

 

「大地は、あたしと一緒にいて楽しいと思ってくれた。笑顔になってくれた、だから──あのパーティで終わりじゃなくて本当に、嬉しかったの」

「こちらこそ、俺と一緒でこころは笑ってくれた、だから……まだ終わりにしたくないなんてわがままなことを思ったんだ」

「思ってくれて、終わりにしないでいてくれてありがとう」

 

 こころはキラキラと優しい輝きで笑顔をくれた。その輝きは証明が消えたことで見えなくなったけど、むしろ真っ暗になったことで一層、彼女の瞳の奥には無限にも思える星の光が瞬いているように感じた。

 ──次にこころの顔が見えた頃には既に、スクリーンに注目していたけど、手だけはしっかりと俺と繋がっていた。それは映画が終わるまで、いや終わってもずっとずっと、俺はこころの体温と鼓動を感じていた。

 

「こころはさ」

「なぁに?」

「どういう恋愛したいとか、考えたことある?」

「……考えたことなかったわ」

「だよな」

 

 映画の感想を言おうと思って出た最初の言葉はこれだった。恋愛には色んな始まりと、色んな過程と色んな結末がある。悲しいものや幸せなもの、苦しいものや、楽しいもの、千差万別な中でこころはどういう理想を持っているんだろうかと思ったけど、返ってきた言葉は半ば予想していた通りのものだった。

 そもそもこころは、恋愛とか結婚とかに縛られるようなやつじゃない。いつも自由に飛び回っていて、世界を笑顔にするみんなの太陽みたいな存在、それが弦巻こころ。いわば、世界そのものを愛しているのが彼女の凄さというか、悪い言い方かもしれないけど──業とでも言うべきものなんだと思う。誰かを愛するんじゃなくて、人間そのものを愛している、世界そのものを愛している、全てを遍く総てに愛を与えられるという業を持ってる。

 

「でも、そうね──不安、かしら」

「不安、ってなにが?」

 

 電車に向かって少し歩いていたところでこころがふとそんなことを言い出した。不安って何が不安なんだと困惑していたけど、どうやら恋愛に関することだということは言葉の最初で判断することができた。でも意味はよくわからない。どんな恋愛をするか、したいかという質問に不安という単語をチョイスする意図を読みかねているとこころは続きをポツリポツリと紡いでいく。

 

「あたしに不安を与えて、だからこそすっごく安心させてくれるって信じられる──それがあたしの恋愛、なのかもしれないわ」

「不安を与えるの? 相手が?」

「そう、あたしのこと好きなのか、浮気とかしていないか、嘘をついていないか、そうやってあたしを不安にさせるの」

「う、うーん、わかるような……わからないような」

 

 微妙だけど言いたいことはなんとなくわかったかもしれない。これが正解かどうかは俺にもわかんないけど、要するに相手のことをたくさん考えて、相手のことで胸がいっぱいになることなんだと思った。相手の気持ちがわからなくて不安になるくらいに想うことこそが、そしてその時間が弦巻こころにとっての恋愛なんだと思う。

 

「大地は、どうかしら?」

「俺は……逆に安心かな」

「そうなのね」

「わがままな話だけどね」

 

 俺が何をしなくても、傍にいてくれる。もちろんそこに好きって気持ちは必要だと思うしそれは伝えていきたいけど。例えば金銭とか、約束とか、そういう成約とか契約で縛らないままにそれでも一緒にいたいと思ってくれる、そういう安心感があるのが恋愛だって俺は考えた。打算も何もなくてただただ、一緒にいたいって気持ちだけで成り立つみたいな。

 

「大学生になってまで考える恋愛じゃない──子どものおままごとみたいな恋愛、でもそれが……いや()()()()()俺が考える恋愛なんだと思う」

「そう……そうなのね」

「こころ?」

「ふふ、大地は本当に──ええ、本当の本当に大地らしいわ」

 

 こころの言葉は俺のピントをズラすような、ぼやけさせるような言葉だったけれど、()()()と言ってくれたのがなんだか嬉しかった。

 ──それから、電車に乗っている間、こころはずっと外を眺めていた。俺は窓にかぶりついて外を見るこころの横顔を眺めて、夕暮れの太陽と同じ色をしたその横顔がキレイだった。あまりにキレイすぎて、目が離せなくなるほどに。

 俺はきっとその横顔を生涯忘れることはできないだろう。夕暮れの太陽は、俺にとってこれから特別なものになっていく、その始まりでもあったのだから。

 

 

 

 

 





 こちらの作品はバンドリ杯のために執筆したもので、六話と短く総文字数も14作品中13位ですが平均文字数はダントツの一位となっています。
 実はこの一話も本編の平均文字数程ありますが当時のことを思い出しながら書いているとどうしても当時の平均文字数に寄せられるのでご愛嬌ということで。
 では次回は「秘密は甘く、恋は苦く」をお送りいたします。
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