話数:38話(共通ルート+Aルート+B,Cルート)
オリ主:
メインキャラ:氷川紗夜、氷川日菜
本編リンク:https://syosetu.org/novel/232985/
──故に昂輝は、夢を視る。遠回りをしたことを後悔しているわけではない、その遠回りも愛していると胸を張って言えると自負している彼だが、二人を泣かせたという事実が彼の意識をあったかもしれない過去へと向かわせた。
「こーくん、こーくん!」
「んん……日菜……?」
「こーくん起きてよ、朝だよ」
「……ん、ああ……おはよう日菜」
「んっ、おはよ、こーくん♪」
目を覚ますとそこには一瞬だけ自分の中で自分がよく見ている氷川日菜よりも少し幼い印象を受けるなと違和感を抱いたものの、すぐにそれは溶けていった。朝の口付けを交し、明るい声を出した日菜は続けて、昂輝にとっては驚いてしまうようなことを言ってのけた。
「
「……なんとか、起きてはいるわよ」
「さ、紗夜……」
「おはよう昂輝……ん、どうかした?」
「いや……あれ、いやなんでだろう」
「こーくんまだ寝ぼけてる〜?」
どうしてここに紗夜が、そう思っていたはずの昂輝はどうしてここに紗夜がと思ったことに対して
「昂輝……?」
「はいはい、おいで紗夜」
「ん……」
「あーいいなぁ」
「日菜もおいで」
「えっ、いいの?」
「とか言ってもう来てるし」
朝が弱い紗夜を抱きしめて、甘えたがりの日菜をもう片方の手で撫でる。そうしているうちに違和感を抱いていたことすら忘れ、彼にとってのいつも通りの日常に、夏休み中に二人が入り浸っているという日常が始まろうとしていた。
しばらく三人で抱き合っていたが、やがて紗夜の意識が覚醒し始め、立ち上がる。
「先に顔洗ってくるわ」
「あたしも〜!」
「行ってらっしゃい」
姉妹が洗面所へと向かい、昂輝はその間に朝ごはんの準備をし始めていた。穏やかな朝の時間と二人の穏やかな声の色を思い起こしつつ、昂輝はトーストを焼き、スクランブルエッグを作る。ベーコンを炒め、トマトを添え、着替えも済ませた二人を待ち構えた。
「いつもありがとう昂輝」
「日菜は作る気ないし、紗夜は朝弱いからね」
「だってこーくんの料理が食べたいんだもん」
「もう、日菜ったら」
「えへへぇ〜」
日菜は大好きな姉と、大好きな彼といられることへの幸せを、紗夜は穏やかで愛おしい日常への幸せを、それぞれ昂輝の目に映した。そんな様子にまぶしそうに目を細めた昂輝の声もまた、紗夜には眩しいほどキラキラと輝いて見えていた。
紗夜はそれが途轍もない幸せを感じるものでもあった。昂輝を同じ景色、同じものを視ていたいという願いを持っていた彼女にとってその不便で、決して美しいものだけではない視界が嬉しいのだった。
「昂輝、とってもキラキラしていたわ」
「ね、最近ずっとなんじゃない?」
「ええ、それにしても欲張りよね。日菜も私も、昂輝も」
「いーんじゃない? おねーちゃんもこーくんも遠慮して傷ついちゃうよりか全然!」
「……そうね」
去年の今頃は、紗夜と日菜、昂輝の三人の糸が雁字搦めに絡まり、三人の心を締め上げ、壊そうとしていた。それを一旦切って、三年生になった今、こうして苦しくない関わりを三人にもたらしていた。
──三人で食卓を囲んだ後は、出掛ける準備をしていた。
「おや、シフトにいないと思ったらお出かけかい?」
「そーなの! みんなでデートなんだ〜♪」
「店長さん、いつも入り浸ってすみません」
「いいよいいよ、昂輝くんが幸せそうでなによりだ」
「また今度あたしたちも手伝うから〜」
「日菜はもう二度と店番しないでね」
「そうよ、あなたアイドルの自覚あるの?」
バタバタと騒がしく、そして慌ただしく出掛けていく三人の後ろ姿を見届けた店長は僅かなため息を吐いた。彼から見て、その姿は決して正しいものではない。いずれは崩れてしまうような、子どものわがままのような幸せでしかないのだから。事実として現実においても彼は一度考え直すように昂輝を諭していた。
「で、俺はどこに行くか聞かされてないんだけど」
「私も知らないけれど……」
「水族館!」
「なるほど、珍しいチョイスだね」
「日菜が出掛けるというからプールとか思っていたけれど」
「だってプールだとあたしだってバレちゃうじゃん!」
その言葉に紗夜と昂輝は顔を見合わせた。二人ともまさか日菜が芸能人としての、アイドルの自覚があったことに対して驚くことしかできなかった。それまでの日菜がやったことといえば夏休み前半に昂輝の家に入り浸り、そのせいで他のメンバーに昂輝の存在が露見するというスキャンダルを起こしていたのだった。
「それにさ、暗いところならこーくんもおねーちゃんも人に意識向けずに済むじゃん」
「……日菜」
「そんなことまで、考えていたのね」
「ありがとう日菜」
「いーって、あたしも水族館楽しみだし!」
「そういうことなら、行くわよ」
「うん!」
日菜の声はまるで宇宙に渦巻く銀河のような美しい光を放っていた。自分の気持ちによって二人が笑顔になってくれたこと、それが紛れもない嘘のない笑顔だということを日菜は知っていた。この三人に嘘はない、嘘は通じない。以前ならば昂輝が本気で嘘を吐けば誰にもわからなかったのに、今では紗夜が昂輝の色を知っている。
「あーあ、あたしも未来じゃなくてこーくんの色が視えるようにしてもらえばよかったかなぁ」
「でも、未来を視たからこそ日菜は、傍にいてくれたじゃない」
「そうそう、それに日菜は俺の眼なんて必要ないでしょ?」
「そうなんだけど、でもちょっとだけおねーちゃんが羨ましい」
「私は日菜のことがずっと羨ましかったわ。昂輝に対しても、ずっと素直に追いかけようとしていく、あなたが」
「……俺は、こんな目なんてなくても自分で道を切り開いて、ギターで、音楽に進む道を歩んでる二人が羨ましかった」
「あは、みんなみんな、羨ましいんだね」
その言葉に昂輝と紗夜は頷いた。羨ましくて、同時に疎ましかったからこそ三人は惹かれ合った。そして誰かに理解される道ではなく、本当の意味で三人がはちみつ色の光を声に乗せることのできる未来を歩むことができた。
──夢の世界で歩むように、けれど現実ではそこに更に多くの幸せが重なっているのだった。
テーマは「天才と凡才」というもので、昂輝は共感覚による色聴覚、日菜は天性の感覚によって天才的な才能を発揮できる一方で孤独感を味わい、紗夜は二人に比べれば凡人で、けれど努力と諦めない気持ちで仲間に囲まれる。そんな感じです。
私にとっての「氷川日菜」という像のルーツがここにあると思います。無邪気な破壊者、本質的な悪魔、そんな感覚です。これに比べれば「黄昏ティーチャー」のクズ教師が口にする「メンヘラクソ悪魔」はかわいい方です。
この作品は本来なら「Aルート」で完結していたんですが、初めて「どうしても日菜が幸せになってほしい」と依頼をされ、別のルートを書いた作品でもあります。
そして「願いをかなえる銀の指輪」というご都合ファンタジ―アイテムがこうも色んな活躍をしたのも単にその依頼者様のおかげです。本当に感謝しています。
次回は「アルバイトだらけの生活にも、癒しはあって然るべき。」です。今となっては随分昔の作品ですが、お楽しみに!