【短編集】五年の軌跡   作:黒マメファナ

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第一話投稿日:2020.8.16
話数:12話
オリ主:夏目(なつめ)恭介(きょうすけ)
メインキャラ:弦巻こころ
作品リンク:https://syosetu.org/novel/233473/


#5:ノスタルジー・サマー

 あの夏の日に、オレは深い悲しみと、そしてキラキラした恋を同時に体験した。大好きだった祖父の死と、弦巻こころとの出逢い。色々とありながらも、オレはこころとまた一緒にいられることになった。想いを伝えあい、一度の別れを経験したことでより強くお互いのことを想うようになったオレとこころは現在、祖母の家に泊まっていた。

 

「おはよう、恭介(きょうすけ)

「おはようこころ」

「ふふ、とってもいい朝ね」

「いやいや、朝から暑いよ」

 

 晴れ渡り、太陽の光が降り注ぐ外を眺めながらオレはこころに苦笑いを向ける。だがそこに返される笑顔はいつもどおり、外の太陽と同じ、いや入道雲すらも吹き飛ばしてしまいそうなくらいに明るい笑顔だった。一周忌の法要も無事終わり、オレとこころだけ一日長く泊めてもらうことになった。理由は──デートがしたいからだそうで。

 

「プールに行ってみたいの!」

「プール? 市民プール的な?」

「よくわからないけれど、去年は水着持ってなかったから泳がなかったでしょう?」

「……水着を持ってなかったからじゃなかった気がするけど」

 

 デートはどこがいい? というオレの問いかけに昨日、そんなことを言い出したのが全ての始まりだった。泳ぐとかなんとか考える前に何をしたのか、オレは初デートの時の記憶を思い起こして顔を引き攣らせた。それはさておくとして、だが今年も水着なんて準備してないと伝えるとばあちゃんが余計なことを横から言ってくる。

 

「なければ買いに行けばいいじゃない。今から夕飯まで時間あるのだし」

「それよ! あたしも持ってないのだもの、そこで買えば明日プールに行けるわ!」

「……そうだね確かに」

 

 反論もできなくなり、オレは諦めて買い物をすることになった。プールはというと少し離れたところにレジャー施設としての屋外プールがあるとばあちゃんに教えてもらった。何からなにまでお膳立てされた空間でありがたいような、そうでもないような、複雑な気持ちを抱きつつも、ショッピングモールへと車を走らせた。

 

「そういえば」

「なに?」

「恭介が好きなバンドの音楽、あたしもたくさん聴くようにしてみたの」

「これ?」

 

 オレが今流しているロックバンドの曲を指すとこころは嬉しそうに頷き、そして歌詞をサラサラと口ずさむ。聴くようにしてみたどころか歌詞を覚えてるのか、と驚きと感動が入り混じったリアクションをしているとこころは続けて言葉を紡いでいく。

 

「あたしも、このバンドが好きになったし、恭介のことを思い出したい時はいつも、この曲を流していたわ」

「……はは、思い出に浸るにしてはちょっと曲調が激しめだ」

「そうなのよ、会いたいって思って曲を流すと元気すぎてびっくりしてしまうもの!」

 

 確かに、スピーカーの向こうから流れる音楽はスピード感があって、ギターの速弾きがすごくて、そうじゃなくてもドラムの力強さやボーカルの目の覚めるような歌い方は、思い出に浸れるような静かな雰囲気は一切ない。そういうバンドだから、シチュエーションと曲が合ってないって思うよな。

 

「明日も、恭介の運転ね!」

「そうだね、遠出は慣れてないから危ないかもしれないけど」

「安全運転でお願いするわ!」

 

 それはもちろんと頷き、そしてショッピングモールへと到着したオレは、順調にこころに振り回されることになった。挙げ句の果てに試着するから選んでという非常に悩ましく煩悩が溢れる提案をされた。さらにオレのリアクションに気づいたこころがまるで狙っているかのような流し目と艶やかな表情をしたことで、オレは理性を揺さぶられるような、試されるようなデートを過ごして翌日のプールデートへと挑むことになった。

 

「やば……なんか緊張してきた」

 

 着替え終わって、なんとなく髪の毛をいじってそわそわしてしまう。フィッティングルームで見たとはいえ、シチュエーションが変われば気分が違う。なにせ今から来る彼女が、オレの恋人である彼女がどれだけ他人から注目を集めるかというのを、知ってるから。

 ──やがて、元気な声でオレを呼ぶのが聴こえる。声がした方向を振り返れば、そこには天に浮かぶ太陽にも負けない笑顔を浮かべた、こころが周囲の目を惹きつけながらやってきた。

 

「おまたせ!」

「い、いや……大丈夫」

「さ、早く泳ぎに行きましょう! あたし、待ちきれないわ!」

「わかった、ってちょっと、引っ張らなくても、ついていくから」

 

 白いリボンで纏められたポニーテールに、黄色いセパレートの水着の上に白いマリンパーカーを着たこころはオレを引っ張って近くにあった波の出る広いプールの前までやってくる。目をキラキラさせて、波打つ水際に立って、そしてそのままのキラキラ笑顔でオレに向かって振り返ってきた。もうそれだけでこころが何を言いたいのかわかってしまった。

 

「一番奥まで行きたいわ!」

「言うと思った。深くなってるから、浮き輪使おう」

「ええ!」

 

 事前に膨らませていてよかったと肩に掛けていた浮き輪を浮かべるとこころがその中に入っていって、手招きしてくる。

 大丈夫大丈夫、運転はお任せをなんておどけながらこころが入った浮き輪を押して、泳いでいくと波によって上下するような感覚がある。波に逆らってるから結構進みが悪くて、苦労させられるけどこころはすごく楽しそうだった。

 

「わ、すごいわ! 恭介、頑張って!」

「はいはい、行くよ!」

 

 そう言って、奥まで進んでしばらく波を楽しんで、流れるプールやスライダーなんてのもたくさん楽しんでいく。こころの笑顔はどこでも健在で、周囲のヒトも笑顔にする魔法みたいな力があって、いつも全てにおいて笑顔が絶えない状態になっていた。当然、オレも勝手に笑顔にさせられる。

 

「ちゃんと掴まっているのよ!」

「わかってるよ」

「それでは、どうぞ〜!」

 

 係員の合図で滑り出し、水の流れるコースを勢いよく下っていく。こころが目をキラキラさせながら滑って、オレは割と速度の出るスライダーに恐怖も半分感じながら、そのまま下にあるプールに滑りこんでいく。水しぶきを上げて、オレとこころは浮き上がりそして顔を見合わせた。

 

「とーっても、楽しいわ!」

「……うん、楽しい」

「それじゃあ、もう一度行きましょう!」

「やっぱり、言うと思った」

「だって、こんなに楽しいんだもの、何度も楽しまなきゃ、もったいないわ!」

「了解」

 

 オレとこころは、何度も何度も滑って、笑顔を煌めかせて──おそらく、周囲から見たらこれ以上ないくらいにイチャイチャしていたんだと思う。微笑ましげな目線とか、オレは全く気づかなかったけれど。そして、遊びすぎたオレたちは黒服さんに用意してもらったパラソル下の予約制のスペースでややぐったりとしていた。いや、オレだけか。こころはお腹が空いたらしく黒服さんが持ってきた牛串やらポテトやらを食べてエネルギーをチャージしていた。

 

「恭介、大丈夫?」

「なんとかね……」

「熱中症かしら?」

「いや、疲れただけ」

「そう、かき氷食べる?」

「食べる」

 

 椅子にぐったりしていたが、かき氷を食べさせてもらってその冷たさに息を吐いた。疲れただけとは言ったけどちょっと体温が上がりすぎていたのかもしれない、野菜ジュースがほしいなと呟くと何故か冷えた野菜ジュースが机に置かれた。黒服さん、高速移動までできるんですか。

 

「ごめんなさい、恭介」

「いやいや、こころのせいじゃないよ、ちょっとタガが外れちゃって」

「楽しかったから?」

「うん、楽しかったからだね」

 

 こころと一年離れたことを、オレはこれまでしょうがないって思ってた。間違った関係を結んだから、それを解いて、元通りにするのが正解だって思っていたから。でも、本当は寂しかったんだと思う。時々はじいちゃんのことを考えて、寂しくなって、そうなるとこころに会いたくてしょうがなくなったんだ。

 

「会いたかった、抱きしめたかった、好きって言って……こころに触れたかった」

「今はもう、触りたい放題よ」

「その言い方はなんだかいかがわしいな」

「いかがわしいことでも、あたしはいいわよ?」

「いやダメでしょ」

 

 そんな一年間を過ごして、いざこうやってまた会えて、今度は離れないって誓い合って、まだそんなに日が経ってなかったせいかすごく今まで実感が湧かなかった。もしかしたらこの夏でまた会えなくなるんじゃないかって思ってしまうくらい、こころは当たり前のようにオレに向かって笑いかけてくれるから。

 

「そんなに、あたしのことが好きなの?」

「……その訊き方はズルいなぁ。じゃあこころはどうなの?」

「すきよ、あたしにとって最高の旦那様だわ」

「気が早いよ」

「すきって気持ちに早いも遅いもないわ!」

 

 そりゃそうかもしれないけど、結婚に早いと遅いはあるでしょうとツッコミを入れたくてしょうがなかったけど、それはかき氷と野菜ジュースの冷たさにごまかされてしまう。同時に、また元気が戻ってきたところでオレはこころの頬を撫でた。柔らかくて温かい、そしてプールのせいでしっとりと濡れているその頬はオレにまた笑顔をくれる。

 

「もうちょっと遊んだら……そうだな、一緒に温泉でもどう?」

「温泉? 一緒にお風呂に入るの?」

「そう、塩素で髪とかすごいことになるし、それを落とすためにも」

「そうね、でも恭介と一緒に入れる温泉なんてあるのかしら?」

「大丈夫、なんなら水着で入りたいかな」

「いいわね! 温かいプールみたいなものね!」

「そうそう」

 

 ごめんなさい黒服さん。きっと今頃こころのために水着オッケーの貸し切りの温泉を用意してくれていることでしょう。まだ遊んで行くので焦らず頑張ってください。そんなことを考えながらこころが持ってきたビーチボールを使って、波の出るプールの波打ち際でのんびりと遊んで、ウォータースライダーに乗って、遊びに遊んでからオレたちはスタッフさんに案内をされてホテルの貸し切りの温泉へとやってきた。もともとは水着のまま来れるところで、係員もそのままお入りくださいと言っていた。

 

「はぁ〜、生き返る……」

「ふふ、疲れが取れていくみたいね」

「ね、ここなら人目も気にしなくていいし」

「恭介とくっついても、誰もあたしたちのことを見てこないわ!」

「うん」

 

 水着姿のこころを膝の間に置き、後ろから抱きしめる形で広い温泉をあまり有効活用していない形でのんびりしていた。さっきまでこころは広いわ〜と言ってはしゃいでたけど、どうやら落ち着いてしまったらしい。ばあちゃんちの浴槽は狭いから、オレとこころと一緒に入るなんてできっこないんだよな。

 

「あたしの家のお風呂なら二人で入れるわよ」

「大浴場とかあるの?」

「あるわよ」

「そりゃ、たしかに二人で入っても余裕だ」

 

 しばらくそうやって温かい温泉とこころの体温と触れ合っているという幸福感に包まれていたところで、こころが不意に身体の向きを変えてきた。それはオレと向かい合った状態で、おもむろに唇をオレの唇に重ねていく。一度のキスで一つの理性を壊すように、溶かすように、今まで会えなかった一年を取り戻すように何度も。

 

「……恭介」

「こころ」

「ここなら、誰もいないわよね……?」

「そうだね、二人きりだ」

「なら……いいでしょう?」

「むしろオレから誘おうと思ってたのに、先を越された気分だよ」

 

 こころの結婚したい発言に対して気が早いとか、なんとか言い訳を重ねているけど、オレたちが悲しみ、間違えてしまった「いつか」は確実にやってくる。だからもしかしたら、こころの言う通り早いも遅いのないのかもしれない。誰にでも平等にやってくるものであり、オレたちにとってはじいちゃんの「いつか」は、過去のものになってしまった。

 ──だけど、だからこそこうも考えられる。この時のオレにとっては未来の出来事、瀬田薫さんは事情を知った上で不敵とも言える笑みでオレに教えてくれた。

 

「確かにメメント・モリというのは一種の真実かもしれない、けれどね、かのマルティン・ルターは言った。たとえ明日、地球が滅びようとも、私はりんごの木を植え続ける、とね」

 

 いつかはやってくる。誰にも平等に。だけど、いやだからこそ、オレたちは誰かを愛するんだろう。何かのために生きるんだろう。世界を笑顔にするんだろう。そして、誰もの記憶に遺っていくのだろう。

 ──それが、それこそが、人間が唯一、いつかを越えることのできる方法なのだから。オレとこころはそんな道を、手を繋いで並んで歩いていくのだろう。この鼓動が、止まったとしても。

 

 




 テーマはそのまま「メメント・モリ」日本語で訳すと「死を忘れるなかれ」という意味のラテン語です。そしてこの作品の成り立ちそのものが、まぁ言ってしまえば実体験から来ています。後悔したことも、悲しいと思ったことも、怖いと思ったことも全て。流石に弦巻こころが現れてなんとかしてくれたわけはないですけど、でもこの作品を書くことで、弦巻こころを書くことで、向き合おうという気持ちになったのは事実です。本来はもう触れることもしないと決めていた作品でしたが、五年間のうちに生み出した完結作ということで、もう一度改めて「メメント・モリ」という言葉を自分の胸に刻みつけました。

 次回は「捨てネコじゃなくて女の子拾っちゃったんだけど」をお送りします!
 お楽しみに!
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