繁忙期の接客業はマジで、己を売る戦いだと感じてしまう。営業だって技術職だってもちろんそうなんだろうが、俺はその世界に身を置いていない以上、接客業にそんな印象を抱いて仕方がない。
作り笑いを浮かべて、毎日接客、店長業務、バイトのスケジュール管理、ノルマチェック、全てを並行してやらなきゃならないのだから、時折参ってしまいそうになる。
「
「……え?」
「いや、なんとなく……まぁ前よりは健康そうなんでいいんですけど」
「……そうか?」
そんな激務の癒やしである休憩時間を過ごしているとある日、バイトの女子大生にそんなことを言われて固まった。体重計とか乗る習慣がなくて知らねーし。まぁ家には前からあってそれで一喜一憂してるのが二人くらいいるから測ってみるのも──と思ったところで太りましたと失礼なことを訊ねられた理由に思い当たった。それは相手も同じようで。
「やっぱり、あの子の影響です?」
「……さぁな」
「ふふ、否定されないんですね」
「バイトに手を出したわけじゃねーからな」
「歳差でロリコン扱いは受けそうですけど」
バイトに手を出したわけじゃなくて、一緒に暮らし始めてからバイトに来たんだから、順番が違うわけで。そんな言い訳をしても無駄だろうけどな。
──そう、男が俺一人と女が二人の三人暮らしをしている。二人ともここのバイトで、そのうちの一人とは恋人と言うべき関係でもあった。
「年の差って、やっぱり色々違いますか?」
「……いや、恐ろしいことに」
九歳、そうそれだけの歳差があるはずなんだが、あまりに俺が子どもっぽすぎるのか、あいつが大人びているのか知らないけど、違うと感じることもない。いい歳して女子高生に主導権を握られています、なんて恥ずかしいのかもしれないが。その感覚すらも薄れはじめていることに嘆息してしまう。
「お疲れ様でーす……あ、
「噂をすれば、それじゃあ私、上がりますね」
「お疲れ様……あと美咲、仕事中とプライベートは分けてくれ」
「それ言うなら幹人さんだって」
「……お前」
「あは、ごちそうさまです」
くすくすと笑われてそんなことまで言われて、俺は嫌な顔をする。別にイチャイチャしてるつもりはないんだがと思いつつ件の九歳離れた恋人、奥沢美咲の方に視線を送る。美咲は美咲で肩をすくめて苦笑いだ。こういうところも気が合ってしまうところも、俺と美咲が同レベルになれる理由なのかもしれない。
「別に」
「なに?」
「噂広まってもいいけどな……ああいうのは慣れねーな」
「あたしも、幹人さんがロリコン呼ばわりされたりするのはいいけど温かい目されるのはちょっとね」
「それはよくないからな」
「ま、それよりも幹人さんがまだあたしが作ってあげた弁当を食べてなかったことに文句は言いたいね」
「……忙しくてな」
「だとしてもお昼に一回休憩あったでしょ?」
小言に対して俺はこういうところが歳差を感じない理由なんだなと実感した。俺はどうしようもないやつで、美咲に依存して、頼りっぱなしだから。それでも、元カノの
「……幹人さん」
「事務所だぞここ」
「わかってるけどさ……ちょっとだけ」
「疲れたか?」
「ちょっとね」
椅子を俺の隣に持ってきて頭を寄せてくる。その頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めるところに、ああ好きだなぁなんて感慨の息を吐きだしてしまう。こんなところを他人に見られたらまた何を言われるかわかんないけど、ただまぁ一応ノックしてくれる人ばっかりだから大丈夫だろうと安らぎに身を任せて時間を過ごしていたところで──そういう空気を全く読まず、ノックもせずにドアを開けるバカが入ってきた。
「おっつかれさま……あ、あ〜おじゃましました」
「……本当にお邪魔しましたね、
「ひえ、幹人さん! 美咲ちゃんが怖いよ!」
「
「やだ、やだよう! お姉ちゃんを見捨てないでっ」
空気を読まない相手は俺たちのもうひとりの同居人、喜多見美幸だった。家族ごっこをしてる三人目で、特に美咲と美幸は姉妹のように接しているのが特徴だった。ただ精神的には幾ばくか美咲の方が成熟しているような気がするから、家でのカーストは美咲、美幸と俺が変動という感じになってはいるが。
「もういいのか?」
「お姉ちゃんを見捨てるのはよくないし」
「美咲ちゃん……!」
「言っとくけど、それめっちゃバカにされてるからな美幸」
和やかな雰囲気になったところで俺は再び業務へと戻っていく。そして閉店まで仕事をこなし、待っていてくれた二人と一緒に帰るべき家へと歩いていく。最近は俺に栄転の話が出て、余計に期待と共に仕事量が増えているから、あんまり美咲のことも構えていないのが現状だった。それで寂しい想いをしてるのは、他ならぬ俺だけど。
「お疲れ様、幹人さん」
「さんきゅ」
「寝なくて大丈夫?」
「明日休みだし、ここで夜ふかししとくよ」
「そっか」
ソファに隣合って、缶チューハイで軽い晩酌をする。お酒は普段は全く飲まないがこういう時は別だ。美咲は未成年だから烏龍茶だけど。美幸は参加するとか言っといて先に寝てしまって、美咲と俺とでベッドへと運んだ。あいつも、抑圧されてきた過去があるから、ここに来て弾けだしてるんだろうな。元々は明るくてバカだってのに、ミステリアスみたいな雰囲気醸し出す詐欺師だし。
「詐欺師って、お姉ちゃん可哀想」
「いいんだよ、あいつは底抜けのバカになりたいんだから」
「そうだね、はは……確かに」
「美咲も」
「なに?」
「……いや、俺が甘えてほしいってだけだ」
「……ばーか」
楽しそうな、弾んだ声で罵られる。その返しはもちろん、唇で。二人きりの静かな空間にリップ音が響くのが、なんというか
「ちょっと苦い……」
「ああアルコールか、悪い」
「いい……大人の味」
「まだ美咲には早いけどな」
「これ、本当においしいって思う日来るのかな」
「来るよ、美咲は将来、おいしそうに飲んでそうだ。弱そうだけど」
「あたしも自分でそう思う」
それにこういう時はやっぱり美咲はまだまだ子どもなんだなと感じる。子どもと本気で恋をしようとしていることへのちょっとした嫌悪感ももちろん感じる。でも、俺は女子高生と恋愛がしたいわけじゃないし、女子高生と恋愛をしてるわけじゃない。
──相手が奥沢美咲だったからだ。美咲が同年代だろうと、なんなら年上だろうと、俺は美咲のことを好きになる。そういう意味じゃ、やっぱり誰かを好きになることに、年齢差を考えるのは時に、野暮ったいことだと感じるな。
「前は歳差が〜、JKとそういう仲だとまずい〜って、避けてたクセに」
「そん時はそん時、今は今だ」
「都合がいいなぁ」
「そうだな」
「でも、あたしはそれでいいと思うよ」
美咲の肯定は優しくて、甘えていて。愛おしさのまま彼女を抱きしめた。普段は誰にも、それこそ美幸にも見せない表情で、美咲は急に甘えるのが上手になる。前はどこかで近寄りがたいところもあったのに、抱きしめていいのか、そういう恋人らしい触れ合いをしていいのかって悩むこともあったが、今ではすっかりタイミングを把握できるようになっているのはもしかしたら前進しているのかもしれない。
「キス、まだする?」
「してほしいんだろ?」
「してよ」
「強気だな」
「前とは違うからね」
「言ったな」
美幸には申し訳ないが、結局は俺と美咲も関係を一皮剥けば割とバカップルなわけで。当然ながらその場の勢いから発展するものも存在する。それが美幸がいたとしても、気を遣っていなくなったとしても。美幸はそれを承知で一緒に暮らしてるからと言いつつもちょっと不満げにしているから俺も気にしてしまうんだが。
「あーあれ、羨ましいんだってさ」
「羨ましい?」
「ほら、カレと関係が進展しないから」
「……まだ付き合ってなかったのか」
「あたしとしてはそろそろ相手が焦れてきてると睨んでるけど」
「なるほどな」
いつの間にか、他人の恋愛に口出す余裕ができてる俺たちは、これからは俺にとっては杠葉のおかげで知り合えたかわいい義妹で、美咲にとっては一緒にいて楽しい義姉である美幸が幸せになれるよう応援することができるようになっていた。まぁなんだ、もうすぐ栄転するけど、多少は公私混同で休憩を被らせたり、仕事を二人に振ったりするとかな。
「栄転なしにならないようにね」
「そうなったら、美咲がいるからな」
「……ばーか」
甘い響きが、俺の耳朶をくすぐる。照れ隠しの罵倒は、俺にとってはもう、溢れて止まらない想いを肯定してくれるものなんじゃないかと考えることがある。そんなことを言えば当然、今度は頬を染めた美咲に同じ言葉を言われてしまうんだが。
きっとそれは、夫婦ごっこがごっこじゃなくなっても、ずっと同じなんだろう。
テーマはタイトルそのまんま。歳差とお互いの傷のせいでごっこ遊び、未満でしかなかった二人が本物になるための準備をする話でした。ここのオリキャラたちが結構お気に入りで、宮坂くんは割と……って感じですが、美幸さんや杠葉先生は他の作品、特に「黄昏ティーチャー」のオリキャラと絡ませやすくて気に入っています。
余談ですとR−18の短編が「NIGHT STORY」にある珍しい作品でもありまして、そちらではこの時系列の美咲視点がエロく楽しめるものとなってます。杠葉先生も出るよ。
次回からはいよいよ歴戦と言ってもいいほどの作品群へと移行していきます。まずは「紗夜のBはBitchのB!」です、よろしくお願いします!