アオアシラを追ってヴァイスたちがやって来たのはエリア7。背の高い草木がエリアの大半に茂っており見通しが悪い。小型モンスターが茂みの中に入ってしまえば、肉眼でどこにいるか判断するのは難しいだろう。
アオアシラも大型モンスターの中では小柄な部類に入る。そのため、やはりと言うべきか、アオアシラの姿は見受けられない。だが、ヴァイスは躊躇うことなく茂みの中に足を踏み入れペイントボールを投擲した。その直後、パチンとペイントボールが弾けた音が聞こえ、遅れてペイントの臭気が漂ってきた。
「来るぞ」
ヴァイスは茂みの中から飛び出しクレアに警告を促した。そして、すぐさま二人は散開する。
茂みの中に身を隠していたアオアシラがそれを掻き分けるように突っ走り、ヴァイスたちが今までいた場所を少し通り過ぎたところで急停止した。
背を向けたアオアシラにクレアが斬り込む。ジャンプ斬りから斬り上げ、斬り下ろし、水平斬り、斬り返し、回転斬りと片手剣の基本的な連続攻撃でアオアシラを着実に追い込んでいく。
ヴァイスもクレアに続く。前脚目掛けて飛竜刀【椿】を振り下ろし、そこから突き、斬り上げ、再び上段から斬りつけた。
対して、アオアシラも黙っているわけではない。アオアシラは後脚で立ち上がり、周囲に纏わりつく二人を蹴散らそうと鉤爪で引っ掻いた。
二人は後退してそれを回避するが、アオアシラの動きは止まらない。再び四つん這いになると、今度はヴァイス目掛けて飛び掛かっていく。ヴァイスは回避に成功したものの攻撃に転じられない。アオアシラが執拗にヴァイスを追い回すからである。
「くっ、しつこい奴だ」
突進を回避したヴァイスがそう漏らす。
突進が空振りに終わったアオアシラはその身を方向転換させるために急停止する。その隙を突いてヴァイスはアオアシラに肉薄し、飛竜刀【椿】で斬りつけた。
側面に回り込んだクレアも加わる。クレアは前脚にユクモノ鉈の刃が命中しないよう慎重に狙いを定め、後脚を斬りつける。
直後、アオアシラは後脚で立ち上がると周囲を引っ掻く。ヴァイスは斬り下がって距離を取り、クレアは盾でガードして攻撃を防いだ。
ヴァイスはクレアに生まれた隙をアオアシラに突かれぬよう援護する。臀部に向かって飛竜刀【椿】を振り下ろす。
「ガアアアアアァァァァァァァァッ!?」
突然アオアシラの身体が大きく揺らぐ。ヴァイスの一撃が功を奏し、アオアシラを怯ませることに成功したのだ。
クレアはその間に体勢を立て直し、再度アオアシラに接近する。四つん這いになったアオアシラの頭部に狙いを定めクレアは空中からユクモノ鉈を振り下ろした。
怯んでいたアオアシラも動きを見せる。クレアの一撃から頭部を守るために、強固な前脚を顔の前に迫り出した。
無論、クレアの一撃は前脚の甲殻によって阻まれる。だが、その甲殻も今回は無事では済まなかった。今まで耐えてきた斬撃の衝撃がここに来て限界に達したのだ。ユクモノ鉈が弾かれた金属音より派手な音を立て、強固な甲殻が砕け散った。
「グアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!?」
アオアシラが苦痛の叫びを上げる。
だが、その中でもクレアは無意識の内にガッツポーズしていた。あの強固な、ユクモノ鉈の刃を一切受け付けなかった甲殻を、ヴァイスの力を借りて破壊させるまでに追いやったのだ。それは、この狩猟が着実に進んでいるという証拠でもあった。
しかし、クレアにとっては更に大きなことであった。初の狩猟で、初めてモンスターの部位破壊を成功させた。それは、今後大きな自信となっていくに違いない。
同時にクレアの気持ちがこれまでになく高ぶっていく。
だが、そんな興奮した状態の中で、クレアはアオアシラの異変に気が付いた。口からは白い息を吐き出し、まるで殺意に似たような雰囲気を覚えた。クレアは直前からは一転し総毛立った。
「な、何、これ!?」
「奴が怒ったんだ。……来るぞ!」
困惑しているクレアにヴァイスが警告する。
アオアシラは後脚で立ち上がり、怒りに満ちた鋭い眼光でこちらを睨み付ける。
「ガアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
この咆哮にもアオアシラの怒りという強い感情が乗り移っている。今まで以上の気迫を見せるアオアシラにクレアは先程までの平常心を保てなくなる。
クレアの頭の中でも警戒信号がけたたましく鳴り響いている。近寄って来たアオアシラに対し、咄嗟にガードの体勢に入り衝撃に備える。
アオアシラが振りかぶっていた腕を振り下ろす。だがそれは、今までとは比べ物にならない速さで振り下ろされ、目の前の空間を引き裂いた。
段違いなのは速度だけではない。その威力も今までの比ではなかった。盾で受け止め衝撃を和らげたのにも関わらず激しい衝撃がクレアを襲う。衝撃を完全に殺しきれなかったクレアの身体は大きく後退させられてしまう。クレアも必死でつま先に力を籠め負けじと踏ん張るが、その行動も虚しく土を抉るだけに過ぎなかった。それほど、怒り状態となったアオアシラの破壊力は飛躍的に向上しているのだ。
「なんて威力……っ!」
ようやく踏み止まったクレアがガードを解く。
既にヴァイスがアオアシラに肉薄し気を惹き付けてくれている。クレアは背中を向けているアオアシラに接近し、無防備となっている臀部に向かってユクモノ鉈を振り上げた。
しかし、アオアシラはその動きを見抜いていたかのような行動を取る。その場で身体の向きだけを変え、クレアには臀部を曝け出さぬようにする。狙いが逸れ、加えてユクモノ鉈は砕けた腕甲を斬りつけてしまう。当然ユクモノ鉈の刃は通らず弾き返される。
クレアが体勢を崩したところにアオアシラが畳みかける。
先ほど同様、アオアシラが腕を振り上げる。何とか身体の自由が戻ったクレアも、ほぼ反射的に盾を顔の前に覆い被せるように突き出そうとした。だが、アオアシラの方が一歩早くクレアを捕らえた。クレアの身体はいとも簡単に吹き飛ばされ地面を転がった。
「くそっ……!」
ヴァイスは立ち位置を変え、アオアシラの真正面――倒れたクレアとの間に割り込むような位置で斬撃を繰り出した。さしものアオアシラも、ヴァイスの裂帛を帯びた斬撃の前には後退せざるを得なかった。
何とか立ち上がったクレアは痛む身体に鞭を打ってアオアシラから更に距離を取る。アオアシラがヴァイスに気を取られている間に、ポーチから取り出した応急薬で体力を回復する。一本では足りずにもう一本。これでようやく身体が楽になってきた。
空になった瓶をポーチにしまいつつ、クレアはヴァイスとアオアシラ、その両者の様子を窺った。
アオアシラは相変わらず怒り狂った様子でヴァイスにがむしゃらに攻撃を仕掛けていく。しかしヴァイスは、そのアオアシラの様相を冷やかな目で見ているようだった。がむしゃらに動いているだけでは俺を捉えることはできない、そのような雰囲気である。
アオアシラはヴァイス以外は眼中に無いようであった。それはクレアにとって絶好の好機である。クレアはアオアシラに悟られないよう背後から接近していく。その様子を確認したヴァイスが、巧みにアオアシラを惹き付け続ける。
そして、間合いに入る直前、クレアは思いっきり地面を蹴った。空中に飛び上がり、その一撃を自身の体重に乗せて放つ。クレアの狙い通り、ユクモノ鉈の一撃はアオアシラの臀部を引き裂いた。
クレアの存在を忘れていたアオアシラは戸惑いを見せる。ヴァイスとクレアのどちらを狙うか迷った挙句、ヴァイスを眼中から振り払おうとした。
だが、ヴァイスは既にアオアシラの視界から消えていた。動きを躊躇った一瞬の隙を逃さず、ヴァイスはアオアシラの背後に回り込んだのだ。
ヴァイスがどこに行ったのかアオアシラが確認していていると臀部に鋭い斬撃が放たれる。アオアシラの背後を取ったヴァイスが飛竜刀【椿】を抜き放ち斬撃を繰り出しているのだ。
クレアもヴァイスに続く。同じくクレアも臀部に向かってユクモノ鉈を振るう。
「ガアアアアァァァァァァァァッ!?」
方向転換しようとしていたアオアシラが悲鳴を上げる。二人が繰り出す斬撃の数々にアオアシラも太刀打ちできないようだ。だが、アオアシラは尚も諦めようとはせずヴァイスたちに挑みかかって来る。
怒りに任せてアオアシラが正面に捉えたヴァイスを引き裂こうとする。だが、ヴァイスも事前に斬り下がって後退していたため回避は容易だった。アオアシラは再度ヴァイスを捕らえようと動く。
クレアは再びアオアシラの背後に回り、臀部に向かって斬撃を放った。この動きはヴァイスに対する援護である。ヴァイスはその場をクレアに任せ一旦後退し体勢を整えようとする。そしてアオアシラの関心がクレアに映った瞬間、ヴァイスが再度アオアシラに肉薄した。
クレアは反転したアオアシラの腹にユクモノ鉈を捻じ込むような形で斬り上げ、斬り下ろした。そして、アオアシラが攻撃する素振りを見せるとすぐにガード体勢を取る。アオアシラは三度、その腕をぶん回しクレアを引っ掻こうとする。ブン、ブンと風を切って薙いだ鉤爪は盾に阻まれクレアを捉えるまでには至らない。
クレアもスタミナが辛くなってきた。アオアシラの攻撃を三度連続で受け止めるとなると、スタミナの消耗は無視できない。一旦後退し体勢を整えようとした時、クレアと入れ替わるようにヴァイスが斬り込んだ。
上段から斬りつけ、突き、斬り上げる。ヴァイスが放った斬撃は全て命中しアオアシラを追い込んでいく。
「……あと、少し!」
アオアシラの体力は残り僅かだとクレアは悟った。
スタミナが回復したクレアは大胆に動く。アオアシラとの距離を一気に縮め、厳しかったこの狩猟に終止符を打つためユクモノ鉈を振り上げた。
ジャンプしてから斬りつけ、そこから斬り上げ、斬り下ろし、水平斬りへと繋げる。だが、まだクレアは動きを止めようとしない。そのままユクモノ鉈を斬り返し、クレアの身体を軸に渾身の力を込めて回転斬りを繰り出した。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
クレアの雄たけびからは、その狩猟を決めにかかる意志の強さが確かに伝わってきた。その想いを乗せた一撃が、アオアシラに一閃した。
「ガアアアアァァァァァァァァッ……」
力無くアオアシラが声を上げる。そして、その巨体が遂に揺らいだ。
「やった!?」
その瞬間、クレアは確信した。
終わった。長かった狩猟がようやく終わったのだ、と。
――だが、アオアシラは、クレアの予想を遥かに超える存在であった。
「クレア、まだだ!」
突然聞こえてきたヴァイスの声。その声に我に返ったときには既に遅かった。一瞬の気の緩みが、全ての決定打だった。
「クレア、退け!」
聞こえてくるヴァイスの警告。だが、クレアは動くことができなかった。突然の出来事で、クレアの頭の中は真っ白になっていたのだ。
体勢を立て直したアオアシラが腕を振り下ろす。クレアはアオアシラの鉤爪の一撃をまともに喰らってしまい吹っ飛ばされる。受け身も取れず背中から地面に叩きつけられた。
クレアは確かに確信していた。目の前のアオアシラから力が失われていくのを。もう二度と起き上ってくることは無いのだと。そう確信していた。そのはずだった。
だが、アオアシラは地に足を着いて立っている。クレアの前に依然として立ち塞がっている。
それは、モンスターの生きることに対する漠然とした執念であった。それをまざまざと見せつけられたクレアの意識は遠退いていく。
「し、しょう……」
意識が失われる寸前、クレアは無意識にそう呟いていた。どうしてそう呟いたのか。頭が理解する以前に、クレアの意識は失われた。
遠くに聞こえてくる沢の音。風が木々を揺らす音。何気ない物音のはずなのに、それらに安らぎを覚えている自分がいる。
「……」
しかし、そんな中でも目に浮かんでくるのは自分が子供だった頃の姿。憧れの人に追いつくため、必死に努力していた自分の姿が浮かんでくる。
「――クレア……」
そんな中、自分を呼ぶ声がうっすらと聞こえてきた。
私の名前を呼ぶのは一体誰?
そう疑問に思っていると、目の前の景色が一転する。
ああ、あの時。狩場の真ん中で途方に暮れていたあの時。自分に手を差し伸べてくれたあの人の姿だ。だが、その姿は霧に紛れていくようにぼんやりとしている。そう、まるで夢を見ているかのような感覚だった。
「――クレア……!」
自分の名がもう一度呼ばれたとき、徐々に意識が浮上していくのが分かった。
視界が暗転してからしばらくして、ぼんやりと目蓋を持ち上げてみる。未だピントの合わない視界の中、自分が渓流にいるのだとようやく理解する。そして、徐々にクレアの思考回路も回復していく。
はっとなって身体を持ち上げたとき、そこにはヴァイスの姿があった。
「無事か……」
安堵したようにヴァイスが溜め息する。
クレアはヴァイスのこのような表情を初めて目撃した。その時、クレアはヴァイスが安堵した理由を理解した。途端に頭の中が真っ白になっていく。
また、やってしまった。またもやヴァイスの足手まといとなってしまった。
失敗を次に生かせ、とは言われたものの、クレアは同じ失敗を二度も冒してしまったのだ。クレアにしてみれば悔しい気持ちで一杯だ。いや、それ以上にヴァイスの足を再び引っ張る形になってしまった事実は否めない。それも、自身の気の緩みが原因という最悪の結果だ。クレアの頭は空っぽになる。
「し、師匠。す、すいません! 私が気を緩めたからまた師匠の足を引っ張ってしまって……。だ、だから――!」
ただ夢中に、クレアはヴァイスに詫びようとした。
だが、ヴァイスはクレアの言葉を遮って彼女の被る笠に手を置く。突然の出来事にクレアも言葉を失ってしまう。
「いいから、気にするな。言っただろう? 失敗は誰にでもあると」
「……」
クレアは言葉を出せない。これからヴァイスに何を言われるか不安であったというのも要因の一つだが、それ以上に申し訳無さで一杯のクレアはヴァイスに言葉を返すことができなかったのだ。
「今回はお前にとって初めての狩猟だった。そして、その相手はアオアシラだった。アオアシラを相手取るには相当苦労するだろうと考えていたが、想像以上の動きを見せてもらった」
ヴァイスが笠から手を離し、クレアと視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。そして、彼女の肩を優しく叩く。
「……今回はよくやった。辛かっただろうが、初めてにしては上出来だ。もう、十分だ」
その瞬間、クレアの身体から力が抜け落ちる。そして、今までの心苦しさが嘘のように消え失せていく。
クレアはヴァイスに叱られるのを覚悟していた。だが当のヴァイスはクレアを叱ることなく、むしろ彼女を褒め称えた。
「師匠……」
僅かに涙ぐみながらクレアがそう言う。泣くつもりなどなかった。だが、どうしてだろう。ただ自然と涙が流れてきてしまうのだ。
「泣くのはまだ早いぞ。泣くなら、せめてこの狩猟が終わってからだ」
ヴァイスはそう言って僅かに口元を緩め立ち上がる。そして、クレアに右手を差し伸べる。クレアは涙を拭うと、その手をしっかりと掴み地面に立ち上がった。
「アオアシラはエリア9に逃がした。後は俺に任せてくれ」
静かな口調でヴァイスが言う。だがその言葉の裏にはヴァイスの強い意志が込められているのをクレアは感じた。
ヴァイスはクレアの体力が回復するのを待ってエリア9へと移動を開始した。
ヴァイスが事前にペイントボールを再び投擲していたのだろう。エリア9の方向からは強いペイントの臭気が風に乗って漂っている。
ヴァイスたちがエリア9に足を踏み入れた時、アオアシラは地面に座り込んでいた。近くにあるハチミツを貪っている様子だ。
「クレアはここにいてくれ」
ヴァイスの言葉にクレアは無言で頷き、彼の後姿を見送る。
アオアシラはヴァイスの存在には気が付かず尚もハチミツを貪っている。ヴァイスはこの好機を生かし、背後から一気に接近し飛竜刀【椿】を一閃した。
驚いたアオアシラが手に持っていた蜂の巣を投げ飛ばす。そしてすぐさまヴァイスに向き直り、鉤爪でもって引き裂こうとする。
しかし、ヴァイスは危なげなく回避し再び斬撃を繰り出す。クレアの目にもアオアシラの動きは今までになく緩慢に見えた。
「そうか。アオアシラは疲労しているんだ」
先ほど怒った際にアオアシラも多大な体力を消費したのだろう。口からは涎を垂らし、身体も思うように動かせない様子である。
ヴァイスはアオアシラの突進を回避する。アオアシラも急停止しようとするが、疲労したアオアシラは身体の自由が利かない。平坦な場所で足を絡ませ地面に倒れ込んでしまう。
倒れもがいているアオアシラの臀部にヴァイスが飛竜刀【椿】を斬りつける。基本の型で斬撃を繰り出し、気を溜めていく。
「ガアアアアァァァァァァァァッ!?」
アオアシラが苦痛の叫びを上げる。
ヴァイスはここが勝負時だと踏んだ。溜め込んだ気を飛竜刀【椿】の刀身を伝って放出する。
半円を描くように一閃し、直後に逆回転の一撃を叩き込む。切っ先で二度斬りつけ、上段に飛竜刀【椿】を振り上げた。ヴァイスの裂帛の気を帯びた斬撃――気刃斬りが繰り出される。
だが、ヴァイスの動きは止まらない。
もう一撃。そう、新たに取得した必殺の一撃をヴァイスは叩き込むつもりなのだ。
身体を捻るように体勢を低くし、大上段から振り下ろした飛竜刀【椿】を再び構える。そして、自らの身体を軸として飛竜刀【椿】を横一文字に振り抜いた。その一撃はヴァイスの前方を広範囲に一刀両断し、アオアシラの臀部に銀色の軌跡が走った。
――気刃大回転斬り。それこそがこの斬撃の、太刀使いの用いる究極の一撃であり、ヴァイスが新たに習得した切り札だった。
アオアシラに気刃大回転斬りを避ける余裕は無かった。その一撃を喰らったアオアシラの身体からは力が抜け、地面に崩れ落ちる。今度こそ、アオアシラが立ち上がってくることは二度となかった。
白銀に輝く飛竜刀【椿】を鞘に納め、ヴァイスが短く息を吐き出す。そこから読み取れるのは「終わったな」というヴァイスの思考だった。
だが、クレアはそんなことはどうでもよかった。
ヴァイスの太刀捌きを改めて目の当たりにしたクレアは愕然とした。
クレアが気刃斬り、気刃大回転斬りを目の当たりにしたのは、これが初めての事ではない。だが、ヴァイスが繰り出したその斬撃は、クレアに大きな衝撃を与えた。
太刀使いではないクレアでも理解できた。ヴァイスの斬撃は優美だった。そして、絶大な威力を誇っていた。ギルドナイトとして培ってきた知識にヴァイスの技量が上乗せされた太刀捌きは、それこそ完成形と言っても過言ではないだろう。とても彼が初めてあの一撃を繰り出したとは思えない。
「さて、早いところ剥ぎ取りを済ませるぞ」
ヴァイスに促されクレアはアオアシラから剥ぎ取りを行う。
クレアの頭には、ヴァイスの太刀捌きが新鮮に焼き付けられている。その光景を思い返すだけで鳥肌が立ってきそうになる。
クレアは改めて理解した。師匠は――ヴァイスという人物は本当に凄い人なのだ、と。
それから拠点に戻ると、二人は持ち込んだ道具の片付けを行った。そうこうしているうちに、日が徐々に傾き始めてくる。
片づけをしている最中、ヴァイスは地平線の彼方に沈み行く夕日を眺めていた。
「とても綺麗ですよね」
「そうだな」
ヴァイスの隣に、一通りの片付けを終えたクレアもやって来た。
二人はそれからしばらく、何も話すことなく夕日を眺めていた。辺りは静寂していたが、二人はそれを不快には思わなかった。
「師匠」
辺りも暗くなってきた所でクレアが口を開いた。
ヴァイスがそちらに顔を向けると、そこには笑みを浮かべた――しかし熱意の籠った視線を向けてくるクレアの姿があった。
「私、これから頑張って行きます! だから、師匠。これからもよろしくお願いします!」
力強く言い切ったクレアは頭を下げる。その様子を見たヴァイスもまた、口元を僅かに緩める。
「ああ。しっかり付いてこいよ」
「はいっ!」
クレアは顔を上げ、快活な笑みを浮かべて見せる。
そんなクレアの横顔を、温かい夕日の日差しが照らし出していた。