モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE21 ~厄介な任務~

 その後、ヴァイスは何とか拠点へ辿り着くことができた。

 身体の方は痛手を喰らったが、命に別状はない。しかし、全身を土埃に塗れさせたヴァイスが拠点に帰って来ると、クレアの表情は更に不安を帯びたものへと変化した。

「し、師匠! どうしたんですか!?」

 そうやって声を上げるクレアに、一方のヴァイスは「大したことはない」と右手を軽く上げてそれに答える。

「なに、少しばかりあいつの攻撃を喰らっただけさ」

「で、でも……!」

 しかしクレアも、その様子が大したことないわけがない、と言わんばかりだ。

 実際、ヴァイスも強がっていた。クレアに無駄な心配はさせまいと平然を装っているつもりだった。だが、それも無意味だったらしい。それを悟ったヴァイスは短い溜め息を吐く。

「……心配をかけて悪かったな。いくらクレアを逃がすためとはいえ、少し無茶をしたかもしれない」

 そのヴァイスの言葉にクレアもいよいよ押し黙ってしまう。

 そう。クレア本人も分かっていたのだ。どうしてヴァイスはあの場に留まり、あえて危険な存在に立ち向かったかということを。

 何を言っても、自分のわがままにしかない。それを分かっているからこそ、クレアはヴァイスに対し何も返す言葉が無い。

 しかし、そんなクレアの心境を知ってか、ヴァイスが「だが」と言葉を続ける。

「俺はあのモンスターがギルドでも把握しきれていない未知の存在であること、そしてそれが孤島に出現する可能性があることを事前に知っていた」

「だったら、どうして――!」

「それが、俺たちギルドナイトの仕事だからだ」

 クレアの言葉を遮るようにヴァイスは言った。そして、ヴァイスは尚も続ける。

「最初に言っただろう。俺がギルドナイトである限り、クレアを同行させることのできない依頼もあると」

「……」

 今度こそクレアは何も言えなくなってしまう。

 そうだ。それはヴァイスと初めて対面したあの日――弟子にしてほしいと願い出た際に言われた一言だった。

 クレアは未熟なハンターだ。あんな危険な存在に手も足も出ないことは火を見るよりも明らかだ。いや、例えクレアが新人ハンターではなかったにしても、ヴァイスの反応は変わらなかっただろう。

 それは、クレアを守るためであり、そして自分の任務を遂行するための選択。

 あの場に残りたい。

 もう、自分のために誰かが犠牲にならないでほしい。

 守られるだけで、ただ無事を祈るのだけは嫌だ。

 だが、例えそれをクレアが願おうと、それを実現させることは許されなかった。

「師匠……」

 その心の叫びが言葉になることはない。行きようのない様々な感情を抱いていては、それしか発することができない。

 そんな時、ヴァイスがふとクレアに問いかけた。

「クレア。お前はどうなりたいんだ?」

「えっ……?」

 あまりに唐突な問いかけに、クレアも意表を突かれる。

「どうなりたい、ですか?」

「ああ。具体的に言うと、どんなハンターになりたいんだ?」

 その問いかけに、クレアは思考を巡らせる。

 どんなハンターになりたい? いや、そんなことは訊くまでもない。

 たった一つ、“あの人”に認められるようなハンターになりたい。そして、いつか共に同じ狩場で渡り合いたい。それがクレアのハンターを志すきっかけであり、いわば今に至る願いでもある。

 そんな気持ちを抱くクレアのことをヴァイスは知っている。ほんの少しばかり口元を緩めてみせ、そしてそんな弟子の肩を優しく叩く。

「その気持ちがあれば十分だ。お前は必ず強くなれる」

「師匠……っ!」

 その言葉が、クレアの心を徐々に晴らす。

「今は俺を頼れ。そして、いつか一人前になれ。その時にまた奴に、共に挑もう」

 ヴァイスの言葉に深く首肯し、そしていつものような快活な笑みを浮かべて見せる。

「はい! 改めてよろしくお願いします、師匠!」

 今はまだ未熟者だ。だが、一歩ずつでいい。一歩ずつ、着実に前へと進んで行けば、そこには道が続いているはずだ。自分の目指す、遥か高みへの道が。

 時間はかかるかもしれない。幾多の困難に遭遇するかもしれない。だが、それを乗り越えてようやく目指す自分になれるのだ。その想いを共に胸に抱き、クレアは深々と頭を下げる。

 そして、ヴァイスも「ああ」と頷く。

 改めて師弟という関係を誓い、そしてまたいつかあのモンスターに挑むことを決意し、二人は孤島を後にした。

 

 

 

 それからもう十日以上が経った。

 無事にユクモ村に帰還したヴァイスはロアルドロスの狩猟の件、そして未知のモンスターと対峙した件についてギルドマネージャーと話をした。

 そうすると、どうやら向こうもある程度のことは把握できたらしい。そのモンスターに対する何枚かの資料を、ギルドマネージャーはヴァイスに提示した。

 それに記されたことは被害状況や、どこで目撃されたなどといったものばかりで、肝心なモンスターの生態などに対する記述は予想通りのものだった。

 ヴァイスはあの短時間での対峙の間に得たこと、そして未だ未解明なことも含め自分なりにまとめ始めた。資料から得た情報も元に、それを記す。

 

 

 

銘:イビルジョー

種族:獣竜種 竜盤目 獣脚亜目 暴竜上科 イビル科

 

 発見はつい最近とされる。

 非常に凶暴な性質かつ異常なまでの食欲を擁する。この異常な食欲は、自身の生態を保つ所以である。故に一部地域では、特定のモンスターがこの活動により絶滅したとの報告も挙がっている。

 その捕食対象は、ほぼ全ての生命体。そこには自身も含まれ、共食い、また切り落とされた自らの尻尾さえをも捕食することが確認されている。

 身体つきとして特筆すべきは、全身が発達した筋肉の塊であること。故に甲殻を持つモンスターに比べ肉質は柔らかくなるが、他に類を見ない圧倒的な運動能力を実現させる。また、前述の通り捕食活動が異常に活発であるため、咬合力の発達は他の大型モンスターを圧倒する。

 怒りを露わにした際は、その全身の筋肉が活性化されることで隆起し、更なる凶暴性と攻撃が明らかとなる。

 また、その際に発するブレスに含まれる何らかの物質は、ハンターの携える武器の性能を劣化させる(厳密に言えば武器に伴う属性を封印する)。原因は不明だが、ウチケシの実を食べることにより、この症状は回復可能なのだという。

 活動範囲の特定は不可能。温暖湿潤地域を始め、砂漠、火山地帯、氷雪地帯でも目撃報告は挙がっている。

 ハンターズギルドでは、これを最重要調査対象モンスターとし、万一狩場にこの存在が確認された場合は、相応の実力が認められる者でも、狩猟許可を下さない場合もある。

 以降、ハンターズギルドでは、この存在をイビルジョー(恐暴竜(きょうぼうりゅう))と命名する。

 

 

 

「こんなところか」

 溜め息を吐いたヴァイスは、そう呟くと改めて椅子に深く座り込んだ。

 目を通した資料の中で重要だと思われるもの、そして自らの体験を踏まえた上でこれを記した。簡略ではあるが、それでも未知のモンスターの情報をここまで得られたと考えれば上出来である。

 元々ヴァイスは、これをギルドに提出する目的でこれを記そうとしていたわけではない。自身の資料としての使用を目的をして執筆していたが、しかしこれをギルドに提出しても損はあるまい。ただでさえ情報が不足している相手だ。むしろギルド側も、ヴァイスに対して情報の要求をすることは大いにあり得ることだった。

 その部分も考慮し、ヴァイスは今一度内容を読み返してみる。そうして不明慮な箇所、誤った記述が無いことを確認したヴァイスは椅子から腰を持ち上げ、そしてベッドに寝転んだ。

 仰向けに身体の向きを変え、そして目蓋を閉じる。

 思い返せば、ヴァイスがユクモ村にやって来てからまだ一ヶ月と経っていない。それこそ当初は、ただギルドの任務を全うするのだと考えていた。だが、今に至る生活は、その頃に思い描いていたそれとは全く異なる。

 赴任先で「弟子にしてくれ」といきなり乞われ、尚且つそれが昔自分が助けた少女だったなどと。そんなこと、一体誰が想像できるだろうか。今見てるものは全て夢だ、と言われても何ら不思議ではない偶然。だが、その偶然は、あの時のヴァイスが“望まなかった”ことであり、それが今こうして実現してしまった。

 本当に摩訶不思議なものだ。

 後ろめたさを覚えたあの日は、日付で言えばもう二年近く前の話だと言うのに、その記憶はまるで遠いもののようには思えない。その時の自分が、何を抱き、あの言葉を発したなどというのは……。

「フフッ……」

 自嘲気味にヴァイスが口元を緩ませる。その様子は「相変わらず馬鹿だな」とでも自分に投げかけているかのようにも見える。

 しかし、それを教える相手もいなければ、それを話そうとするヴァイスでもない。身体をベッドから持ち上げ、そして近くに立て掛けてあった飛竜刀【椿】を掴んだ。

 何かの呪縛を振りほどこうかとするように首を横に振り、ヴァイスは飛竜刀【椿】を手に持ったまま家を出た。軽い鍛錬をし、気分をリフレッシュしようとするつもりだ。

 家の裏側へと回り込んだヴァイスは、ぐるりと辺りを一見する。

 回りは木々に囲まれ、人の気配は全く無い。かと言って狭い空間ではないため、余分な気を遣わずに鍛錬に励むことができる。

 飛竜刀【椿】を鞘から引き抜いたヴァイスが、淡々とした様子で素振りを開始する。

 突き、斬り上げ、斬りつけ。太刀の基本の型とも呼べる動きを中心に鍛錬を行うのが、ヴァイスの日課だった。この日も余分なことは省き、基本の型の素振りを続けた。

 昼下がりに始めた素振りも、いつしか日が傾き始めてきた。木々の陰は伸び、その間から指す日光が飛竜刀【椿】の銀の刃を反射しその影を照らす。

「ふっ……!」

 ヒュン、と風を斬る音が静寂に響いた後、ヴァイスが肩の力を抜いた。

「今日はこんなところか」

 額に滲んだ汗を拭いながらヴァイスは言った。

 先日受けたイビルジョーの攻撃の傷は完全に癒えたようだ。太刀を振るう際に支障は無く、普段通りの感覚で身体を動かすことができた。

 今日は上々だろう。そう思って踵を返したヴァイスの目の前に、見知った顔が現れる。

「あっ、師匠。ここにいましたか」

 ヴァイスを見つけたクレアがこちらに駆け寄って来る。様子からして、どうやらヴァイスのことを探していたらしい。

「悪いな。探させてしまったらしくて」

「いえいえ、それは全然大丈夫です。それよりも……」

 ここで突然、クレアの歯切れが悪くなる。

 その様子を目の当たりにしたヴァイスも先程とは違う汗を流し始める。いつもハキハキと振る舞うクレアのことだ。こう歯切れの悪い時には、何か面倒な事を言うに違いない。たかが一ヶ月もない付き合いの中で、ヴァイスはそんなことが分かるようになってしまっていた。

 そしてクレアも、案の定“面倒な事”を口にする。

「料理、を作ってみたんですが……」

「お前一人で、か?」

 詮索するようなヴァイスの問いにクレアがこくりと頷く。

 クレア。料理。その二つの単語だけで、数日前の“あの光景”が目に浮かぶのは想像に難くない。ヴァイスもヴァイスで、クレアに対しては様々な事を言いたげな様子である。

「……それで、無事に作れたのか?」

 そもそも、こんなことを尋ねる時点で、彼女に一人で料理をさせることが間違っているのだとヴァイスも重々理解している。もちろん、あの時の出来事を振り返れば、それを尋ねずにはいられないことは確かなのだが。

 一方、そんなヴァイスの問いかけに嫌悪のけの字も見せない様子で「こ、今度こそは大丈夫です!」などと言うのだ。

 料理を作ってみた。そしてクレアは、それをわざわざヴァイスに報告に来る。ならば、次に考え得る行動はただ一つ。

 ヴァイスはそれを先読みし「分かったよ」と渋々承諾する。

「あ、ありがとうございます!」

 この反応を見れば、ヴァイスの解釈が誤ったものではないと確定される。

 どうやら、クレアの料理特訓(二回目)が今から開始されるらしい……。

 

 

 

「う、ぐっ……」

 狩猟で横腹を思い切り殴られたかのような呻き声が上がった。

 いや、それも仕方がなかろう。何故なら、二日ほど前に「大丈夫です」と言われて食べてみた料理(?)が全然大丈夫ではなかったのだから(今回は見た目的には大丈夫ではあった)。

 一体何を加えたんだ、と訊くまでもない。どうせあの彼女のことだ。何か調味料を加える際、誤って何か別の物を加えてしまったのだろう。食べた者の胃袋に、途轍もない苦痛と衝撃を与える何かを。

「くそっ、まだ違和感が残っていやがる……」

 腹部を摩りながらヴァイスは言った。

 今は集会浴場に向かって石段を登っている最中なのだが、その一歩一歩の振動で胃の辺りが痛むような気がするのだ。

 逆にどんな物を加えればこんなことになるのだろうか。これは大型モンスターにも有効なのではないか、とヴァイスは本格的に疑い始めている頃だった。

 そんなこんなで、どうにか集会浴場の暖簾を潜る。

 時刻は間も無く正午を迎えようかという時間帯だ。集会浴場にも、湯治客の他にも数人のハンターの姿が見受けられる。

 ここ最近ではハンターの姿も多少ではあるが増えている気がした。村長やギルドマネージャーが、その辺りの対策を入念に進めている証拠だろう。

「よぅよぅ、チミ。散々だったな」

 カウンター近くにやって来たヴァイスに対し、ギルドマネージャーが愉快そうな様子で言う。

「ええ、全くですよ」

 肩を竦める仕草をしたヴァイスがその場を後にする。その背後からは、尚も「ひょひょっ」と高らかで抑揚のある独特な笑い声が聞こえていた。

「さて……」

 掲示板(クエストボード)の前にやって来たヴァイスは、ざっと提示された依頼書に目を通す。

 名の知れたモンスター。はたまた資料の中でしかその名前を見たことのないモンスターなど、各種様々な依頼が今日もぎっしりだ。

 どの依頼が適当だろうか。それを常に頭の中に置き、そして様々な依頼と天秤に掛け一つを選択する。

「これだな」

 その中から一つ。悩んだ末にヴァイスは一枚の依頼書を掲示板から持ち出し、それをカウンターの受付嬢に手渡す。

「これを頼む。同行者は一人だ」

「はい、分かりました! 手続きが完了するまでしばらくお待ちください」

 そうして受付嬢が手続きを開始すると、いつものようにカウンターで酒を呷るギルドマネージャーがヴァイスに視線を向ける。

 クレアのことも、よろしく頼むぜ。ギルドマネージャーは、確かにそれを視線で伝えた。

 そして、それに答えるように。ヴァイスは口元を僅かに緩めて、そして首肯した。

 言われるまでもない。今ここに自分がいるのは、ギルドナイトとしての任務を完了するため。そして、クレアを一人前のハンターに育て上げるためだ。

 そこに迷いは無い。ただ、それだけを成し遂げればいいのだ。それこそが、自分に与えられた使命なのだ。

「はい、手続きが完了しました! 依頼の方は今日中に出発してもらえれば大丈夫ですよ」

「ああ、分かった。ありがとう」

 受付嬢から手続き書を受け取ったヴァイスが踵を返す。

 彼女との約束を果たすため。

 ヴァイスの“厄介な”任務は、まだ始まったばかりに過ぎない――。

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