「俺に採点してほしい?」
「えぇ、そうです」
若干の戸惑いを見せるヴァイスとは裏腹、グレンははっきりとした口調で言い切った。
「それにしてもいきなりだな。どうして採点なんかをしてほしいと思い至ったんだ?」
居住まいを改めて、ヴァイスはそんなことを尋ねてみる。
グレンはその質問にしばらく考え込む素振りを見せ、そして口を開く。
「――ただ単純に自分の実力が知りたいと思った。その理由では納得できませんか?」
グレンの回答は、ここでもヴァイスの予想を裏切ることになる。
確かに自分の実力を知るのに、他人の目から判断してもらうことは何ら不思議ではない。ヴァイスに採点してほしいと言ったグレンの思考も理解出来ないことはない。
ただ、それでは何かが欠けているように思えたのだ。このグレンという少年は、もっと別の何かを求めてユクモ村にやって来たのではないか。頭の何処かではそう思ってしまう。
「なるほど。そういうことならグレンの言いたいことも分かる」
短く息を吐きだし、ヴァイスはその内容に理解が及ぶことをグレンに伝える。だがヴァイスは「しかし」とその言葉に続ける。
「仮に俺が採点したとして、グレンはどうするつもりだ?」
ヴァイスが問うても、グレンは尚も真っ直ぐな視線をぶつけてくる。こちらが生半可に揺さぶろうが、その程度では動じない決意をグレンは既に持ち合わせているのだ。
グレンは臆することなく、ヴァイスの問いかけに淡々とした口調で答える。
「もちろん、その点を生かして今後の狩猟に役立てていくつもりです」
「それは、俺が適格な批評を与えられると仮定して、か?」
「ヴァイスさん、あなたの実力は正直に凄いと思います。その若さでギルドナイトにまで登りつめる実力者なんです。そんなあなたなら、俺を正確に採点してくれると考えています」
ここまで聞いてくると、話の全容も大体把握できる。
自分の実力を知りたい。それを正確に把握するには、適任となる採点者が必要となる。その適任者としてグレンが思い描いたのがヴァイスであった。故にユクモ村に行こうと決心したのだ。
グレンの言いたいことは分かった。自分の実力を知るためにヴァイスに協力を仰ぐことも一理ある。
しかし、グレンの話を聞く限りでは、彼はやはり重大な欠点を見落としているように思える。ヴァイスの思考もようやくそこまで至る。
「確かに、俺はグレンの実力を見て、狩猟の運び方や立ち回りに関しては批評できるだろう。だが、自分の欠点は自分で見つけなければ無意味だ。他人に言われてその欠点にようやく気付くようなら、それを克服するにはまだ実力が足りていないと俺は思う」
辛辣なヴァイスの言葉に、グレンも静かに頷く。その瞬間、決意の籠ったグレンの双眸が僅かに揺らぐのをヴァイスは見逃さなかった。
しかし、それはほんの一瞬だった。改めて向けられたその視線には、揺らいだ決意などどこにも存在していなかった。
「ヴァイスさんの言うとおりですね。ですが、俺はあくまでアドバイスをもらいたいと思っているだけです。多少の助言を与えるなら、それはむしろ相手にはいい影響を及ぼしますよね?」
「まあ、そうだな」
グレンにそう言われると、自分がグレンの申し出を断ろうと婉曲的に言葉を発しているように思えてしまった。
別にグレンの申し出に関して言えば、ヴァイスもそれを断ろうとする気はなかった。ただ、自分がまだ未熟だった頃に同じことを言われた時の事を思い出し、つい熱が入ってしまっていた。
「すまない、言葉が悪かったな。別に俺も、グレンの申し出を断ろうとしているわけじゃない」
自分の非を易々と認めるとヴァイスは肩を竦めた。
「取り敢えず、次回の狩猟には同行してもらう。そこでグレンの狩猟に関して思うことがあれば、俺もそれを伝えようと思う。それで大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
ヴァイスが狩猟に同行を認めると、グレンは深々と頭を下げた。
話を聞いている時から思っていたが、グレンは生真面目な性格なようだ。それを考えてみて、おそらくグレンは理論的な狩猟スタイルなのだろうと推測してみる。そうなれば、ヴァイスとしても似たような傾向で狩猟を運ぶため、グレンにも明確な助言を与えられるかもしれない。
そんなことを早々に考えていると、隣に座っていたレーナが口を開いた。
「それにしても、グレンさんも大変ですね。故郷の村からわざわざユクモ村にやって来るんですから」
「大したことじゃないよ。ヴァイスさんがここにいなければ、俺はドンドルマを訪れることも考慮していたから」
「おいおい、それは本気か?」
それを聞いたヴァイスもさすがに驚きを隠せない。
聞けばグレンの故郷の村は、ユクモ村からはそれほど遠い場所にあるわけではない。しかし、山々の間に造られたユクモ村を訪れようとするには、幾つもの山を越えてこなければならない。交通の便も芳しくないため、それほど離れた場所からでなくても、ユクモ村を訪れるには苦労する。
だが、ドンドルマを訪れるというならば、話の規模は大きくずれてくる。港のある街や村まで出た後、広大な海を横切って旧大陸に渡る。そこから陸路を進み、高大な山を登った先にようやくドンドルマに到着する。
ユクモ村を訪れるには苦労するだろうが、ドンドルマにまで足を運ぼうとするならば、その苦労は更に計り知れないものになってしまう。
しかし、偶然にもヴァイスは任務でユクモ村に滞在することになった。それを考えれば、グレンにしてみればそれは好都合に違いない。わざわざドンドルマを訪れる手間を省けるのだから当然だ。
「それ程ヴァイスさんには会ってみたかったということです。そういうヴァイスさんも、ユクモ村に留まっているそうじゃないですか」
「俺の場合は、ギルドの任務でユクモ村に滞在している。おそらくしばらくは、ドンドルマに戻ることはないだろう。仮にその機会があっても、一時的な帰還みたいなものだろうな」
「それは、精神的にかなり辛いですね。任務とはいえ、慣れ親しんだ街を出て、遠方の村にまで派遣されるんですから」
グレンが歯痒そうな表情になる。おそらく、ヴァイスの内心を想像してみて、それを自分に置き換えた時のことを考えているのだろう。
しかし、ヴァイスは辛いという感情を微塵も抱かなかった。いやむしろ、ヴァイスはユクモ村を訪れることにある種の感謝を抱いていた。
「そうでもないな。職業柄、元々遠方まで飛んでいくことは少なくなった。今回に至っては確かに辺境にまで派遣されたとは思っている。それでも、俺は満足している」
「満足、ですか……?」
「ああ。俺はこの村を訪れてまだ短いが、その中でも様々な出会いや経験をしてきた。そうして自分が置かれた状況を考えてみると、俺は恵まれているんだと改めて感じるのさ。こうして様々な人や物に触れて、その中で自分も成長できることに」
「……」
呆気に取られたか、意表を突かれたか。グレンはしばらく黙り込む。
「……凄いですね。俺だったら、そんな風には考えられられない」
「こういった任務にはいい加減慣れたからな。それだけのことさ」
ようやく言葉を振り絞ったグレンに対して、ヴァイスも淡々とした様子で答えた。
グレンもこの時、改めて思い知る。このヴァイスという人物は、やはり只者ではない。自分など遠く及ばない、遥か高みに立つ実力者なのだということを。それを理解すると、自分の力の無さには自然と“憤り”を覚える。
「まぁ、グレンはまだ深く考えない方がいい。見たところでは、狩猟を組み立てる能力は高いようだからな」
グレンの装いを改めて見直しながら、ヴァイスは彼が持つであろう才能を称えた。
狩猟笛と相性の良いペッコシリーズを選択している辺り。そして、彼の言動や雰囲気を窺う限りでは、少なくともヴァイスはグレンも秘めた実力の持ち主だと確信した。そういう意味では、まだまだグレンのような若いうちなら試行錯誤した方が伸びるに違いない。
「ともかく、今は長旅の疲れを癒してくれ。依頼に関しては、後ほど俺の方から伝える」
「分かりました」
そこまで伝えて、ヴァイスは椅子に深く座り込む。
何か伝えていないことはないか。それを頭の中で反復していく。その中で一つ、重大なことを言い忘れていたことに気付く。
「一つ確認したいが、グレンはしばらくは紅葉荘に世話になるのか?」
「いえ、泊まらせてもらうのは今日までになっています。明日には村長の方から空き家を貸してもらうことになっているので、そっちに移る予定です」
それを聞いて、ヴァイスも「そうなのか?」と尋ね返してしまう。
グレン曰く、しばらくはユクモ村に滞在する予定らしい。それを知った村長は、グレンに対し自ら空き家の貸し出しを申し出たのだという。
ヴァイスがユクモ村に居座ることになった故、当初問題視されていた専属ハンターの件については解消したのだが、それでも村長は心の広い人物だ。長期滞在により狩猟に支障が出ないことを考慮して、わざわざ空き家の貸与を申し出るなど、そうそうできることではないだろう。
「そういうことなら、明日その空き家を訪れても大丈夫か?」
「えぇ、それは全然構いませんよ」
その空き家の位置をグレンに教えてもらうと、ヴァイスは席を立った。
取り敢えず、明日の午後にそちらに訪ねることを再度確認してから、ヴァイスは二人と別れた。
帰り際、ヴァイスは教えてもらった空き家の位置を確認した。どうやら、ヴァイスの借家からほど近い場所にその家は位置しているようだ。その位置を確かに記憶して、ヴァイスは自らの借家へと身を翻した。
翌日の午後、ヴァイスはクレアと連れ立って昨日確認したグレンの借家に向かっていた。
「そういう事情で、次の狩猟にはグレンが同行することになる」
グレンがどういった人物なのか。どうして狩猟に同行することになったかを簡単にクレアに話す。彼女もまた、ヴァイスの言葉には終始興味津々であった。
「へぇ~、狩猟笛使いですか。狩猟笛を使う人とは実際に狩りに出たことがないので、どんな狩猟をするのか楽しみですね!」
訓練所でハンターの知識を培ったクレアは、他のハンターと狩場に赴いたことがあまりないのだという。教官であったシュットや、その弟子のリリーなどとはその経験があるらしいが、それ以外は少なかったらしい。片手剣を使用するクレアにしてみれば、狩猟笛という特殊な武器に興味を抱く気持ちはヴァイスも理解できなくはなかった。
「その辺りは、狩猟が始まってからのお楽しみだな……。さて、着いたぞ」
しばらく歩くと、昨日確認したグレンの借家に辿り着く。一見して彼がこちらに移ってきているかは定かではないが、午後に訪れると伝えているからには、さすがに家にはいるだろう。
取り敢えずヴァイスは扉をノックしてみる。するとしばらくして、扉の向こうからグレンが現れる。
「あぁ、どうもヴァイスさん。それと、そちらは……」
クレアの方に視線を向けたグレンが言葉を詰まらせる。
「狩猟に出る前にクレアのことを伝えておこうと思ってな。それで今日は訪れさせてもらったんだ」
「そういうことですか。それなら中へどうぞ」
二人はグレンに召し入れられ、中へお邪魔する。
紅葉荘から移ってきたばかりらしいが、彼の荷物は既にこちらに運ばれていた。狩猟に使う武具や道具が視界に入る中、それとは異なる別の物に視線が行く。
「これはバイオリンですよね?」
近くに立て掛けられてあった楽器を見てクレアが言う。するとグレンも近づいてきて、そしてそのバイオリンを手に取った。
「そうだよ。昔から音楽に興味があったから、その影響でね」
グレンの言うとおり、バイオリンの他にも多種多様な楽器が辺りに見受けられる。そうして見ると、グレンは弦楽器を好き好んでいるようだ。
部屋を一通り見渡すと、二人はグレンに勧められた椅子に腰を下ろす。そして、彼が運んできてくれた紅茶を一杯頂くと、ヴァイスが口を開いた。
「グレン、紹介する。俺の弟子のクレアだ」
「弟子、ですか?」
弟子という単語に、グレンも思わずポカンとした様子になる。
それも致し方ないだろう。ギルドナイトであるヴァイスに弟子がいるなどと言ったら、それは誰しも驚くに違いない。
「しかし、ギルドナイトであるヴァイスさんも、よく彼女の弟子入りを認めることができましたね」
「それだけ私の熱意が師匠に通じたっていうことじゃないですかね?」
横から割り込んでクレアが言う。すると、ヴァイスは苦笑いを浮かべ、一方のグレンは呆気に取られる。
「こういう性格なんだ。上手くやってくれると助かる」
クレアの扱いに慣れてきたヴァイスも、そこは気を利かせる。後日狩猟を共に行うことを考えれば、パーティー内の仲を深めておくことは重要だからだ。
「グレン・グリークだ。これから宜しく」
「クレア・メーヴィスです。こちらこそよろしくお願いしますね、グレンさん」
互いに右手を差し伸べ二人は握手を交わす。
「ところで、グレンさんは毎日のように楽器を演奏したりするんですか?」
今一度部屋に置かれた楽器を見返してみて、クレアが尋ねる。その問いに対して、グレンは頷く。
「上達するためには、やっぱり練習しないといけないから。俺も上手く演奏するようにないたいから、基本的に暇な時間は楽器に触れている時間が多いね」
「そうなんですね」
自己の技量を高める努力を怠らないグレンの姿勢にクレアも関心を示す。
一方、ヴァイスはそれとは他の点に疑問を抱く。
「だとすると、どうしてハンターになろうと思ったんだ?」
正直なところ、ハンターと兼業で演奏をするというのは、どうしてもバランスが悪いように思えてしまう。
ハンターをしているとなると、どうしてもそちらに多くの時間を取られてしまう。例え楽器の購入や手入れの資金の収入源としてハンターをしていても、それではリスクが高すぎる上、他の仕事にも当てはある。
演奏が個人の趣味なら何ら問題は無い。だがグレンの場合は、趣味の領域を超えているように思えるのだ。だからこそ、グレンがわざわざハンターをしていることに疑問を抱いてしまう。
その疑問は、グレン本人にも思い当たるところがあるのだろう。苦笑いを浮かべつつ、ヴァイスの疑問に答える。
「俺の生まれ育った村は、ユクモ村のようなギルドも設営されていませんでした。加えて専属ハンターと呼べる人もいません。いざ村の近辺にモンスターが出現すれば、村長がギルドに要請してハンターを派遣してもらっていたほどです。だから、俺は幼い頃から村の役に立ちたい。そう思うようになったんです。それがハンターを志した理由ですよ」
「なるほど。そんな事情があったのか」
ヴァイスも神妙そうに首肯する。
ギルドナイトであるヴァイスには、グレンのような人々の気持ちも理解できる。
村にギルドが設営されていないこと、そしてわざわざ別のハンターに要請を求めることは苦労を要する。そんな村の人々の役に立ちたいと、子供たちもいつからかハンターに憧れ、志すようになる。グレンもその中の一人だった。
「楽器に関しては、両親の影響で幼い頃からずっと触れ続けてきました。ハンターになっても、演奏だけは続けようと思っていて、こうしてユクモ村にもいくつか持ち込んだんです」
自宅にはまだたくさんあるんですけどね、とグレンは付け加える。
幼い頃から楽器に触れてきたグレンにしてみれば、いわば演奏というものは生活の一部と化しているのだ。ハンターになって今尚楽器に触れ続けているグレンの気持ちも、そういうことなら理解できる。
すると、ここでクレアが何かを思い付いたように手をポンと叩く。
「グレンさん。もしよければ、何か演奏してくれませんか?」
クレアが頼み込んでみると、グレンも待ってましたと表情を綻ばせる。
どうやらグレンは、ただ演奏するだけではなく、その演奏を他の人に鑑賞してもらうことも好んでいるようだ。今までとは違い、意気揚々とした口調で話をしているところを見ればそれは明らかだ。
「そうだな。もしグレンがよければ、俺も鑑賞させてもらいたい」
「ええ、全然構いません。むしろ、俺からお願いしたいくらいですよ」
三人は部屋を移動し、グレンがこれから演奏を行っていくだろう部屋に通された。ヴァイスとクレアは勧められた席に腰を下ろす。グレンは先ほどのバイオリンを持ち、二人の正面に位置付けられた譜面台に向かった。
楽譜を広げて譜面台に設置すると、グレンが二人に向かって軽く一礼する。
右手に持った弓を、ゆっくりとした動作で弦に運ぶ。口から短く息を吐き出し、そして滑らかな動作で演奏に入る。
演奏される曲はクラシック調。奏でられるバイオリンの音色は、二人の心を安らかにする。
美しく、流麗なグレンの演奏に、次第に二人は溶け込まれていった。