モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE53 ~敗走と決意~

「一旦ユクモ村へ帰還しよう」

 拠点に着くなり、ヴァイスはそう切り出した。そして、その言葉の真意を誰もが疑った。

「師匠。今、なんて……」

「そのままの意味だ。俺は、ユクモ村へ帰還する決断を下した」

 ヴァイスは、ユクモ村に帰還するということをきっぱりと口にした。だが、ジンオウガを討伐はおろか撃退すらできていない。ヴァイスの決断には、誰もそう簡単に納得できなかった。

 皆を代表して、グレンが口を開いた。

「確かに、俺たちはジンオウガに敵わなかった。でも、もう一度チャンスを下さい! 俺たちは、何としてでも、ジンオウガを討伐したいんです!」

 グレンを始め、ヴァイスがこういった決断を下したのは、自分たちがジンオウガを討伐するに値しない実力なのだと判断したからだと思っていた。それでも、ユクモ村の危機に黙って敗退するということは納得できない。だから、ヴァイスが何と言おうとも、ジンオウガの討伐を続行したかった。

 対して、ヴァイスは何も言わず首を横に振っただけだった。

「そういうことじゃない。この判断は、狩猟を開始する以前から考えていたことだ」

「狩猟を開始する以前? 一体、どういうことですか?」

「元々、ジンオウガの情報は不足していた。俺は、情報をある程度入手した上で、再度ジンオウガに挑もうと考えていたんだ。だから、そこにお前たちの実力の有無ということは、俺の判断に介入していない」

「そうだったんですか……」

 ほっとしたのか、クレアは胸を撫で下ろした。

「それに、お前たちの怪我も、ここでは応急処置しかできないからな。村で治療した方がいいだろう」

 ヴァイスの発言に三人が言葉を詰まらせた。

 確かに、回復薬で傷を回復することができるとはいえ、ヴァイスの言うとおりあくまでそれは応急処置に過ぎない。怪我の具合を考えれば、撤退という選択肢も致し方ない。

「でも、それだとジンオウガは」

 そう。一旦撤退するということはジンオウガを野放しにするということになる。ジンオウガがこの間にユクモ村へ更に接近するという危険性も十分あった。

 だが、ヴァイスは「安心しろ」と口にする。

「ジンオウガの様子を窺ったが、すぐにこの場から大きく移動する様子はなさそうだ。いざというときは、俺が何とかしてみせる」

 その言葉が全てだった。クレアを始め、手負いとなったパーティーは一度撤退することを決意した。現状を考えれば致し方ない決断だっただろう。

 拠点に置いていた荷物をまとめ、荷車へと積んでいく。

「今度こそ、絶対に成功させてみせる……!」

 次こそ、必ずジンオウガを討ってみせる。そう決意を固めたクレアの拳は、自然と力が込められていた。

 

 

 それから、三日という時が流れた。

 渓流から一旦撤退――いや、それこそ敗走とも捉えていたグレンは「はぁ……」とため息をついた。

「ジンオウガには、手も足もでなかったなぁ……」

 自室に篭もっているせいか、そういった本音も知らぬ間に口にしてしまう。それほど、ジンオウガに歯が立たなかったことが悔しいのだ。

 加えて――、

「っ痛ぅ……」

 上半身を軽く動かしただけなのにも関わらず、強打した脇腹が悲鳴をあげ思わず顔を顰めた。

 ジンオウガと対峙している際には気が付かなかったが、脇腹へのダメージは思いのほか大きかったようだ。特別に調合された薬草を塗り薬として脇腹に塗ってある。数日もすれば痛みは引くはずだ。

 痛む脇腹を押さえながらグレンは武器をしまっているボックスを開いた。

 先日のジンオウガとの狩猟で感じたのは、グレンの役割は前に出ることよりも援護に徹するということだった。へビィバグパイプは属性耐性にこそ囚われないものの、ジンオウガに対しては旋律効果は相性がいいとは言い難かった。ジンオウガとの相性を鑑みると、雷属性の耐性を高める旋律を奏でられる狩猟笛の方がいいだろう。

「よし。これにしよう」

 グレンは選び抜いた狩猟笛を掲げ、そう呟いた。

 すると、家の扉がノックされた。武器をしまい玄関へと向かう。

「ソラ……」

 そこにいたのはソラだった。ソラはおずおずといった感じで口を開いた。

「あの、グレンさん。怪我は大丈夫ですか……?」

「ああ。大丈夫。これくらい、大したことないって」

「そう。よかったです」

 ソラはグレンの身を案じて尋ねてきてくれたらしい。その心遣いは、グレンにとって嬉しかった。

「俺はともかく、ソラこそ大丈夫なのか?」

 グレンの方もソラの身を案じる。ガンナーの防具は剣士のものに比べて耐久力が劣る。ソラも何度もジンオウガの攻撃を喰らっていた。少なくとも、ソラは身体に痛みを抱えているに違いない。

 心配そうに尋ねてきたグレンの表情を見て、ソラは微笑んだ。

「わたしは大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」

「そう。それならよかった」

 グレンは安堵のため息を吐いた。しかし、グレンは同時に、ソラの笑みに僅かばかりか影があるように見えたことを疑問に思った。

「じゃあ、わたしはこの辺りで……」

 そんなグレンの疑問を知らず、ソラは身を翻しグレンの家を後にしようとした。

「ソラ」

 そのソラをグレンは引き止めた。歩を止めたソラがグレンの方に向き直る。

「俺は、またジンオウガに挑もうと思う。例え、ヴァイスさんに反対されても……。それは、クレアだって同じだと思う。でも、俺には……、俺たちにはソラの協力が必要なんだ。だからお願いだ。本当に、これが最後で構わない。だからソラ。もう一度だけ、俺たちと狩猟に出てくれないか」

 紫水晶(アメジスト)のような輝きを湛えているグレンの瞳には強い意志が篭もっていた。このグレンという人物は、心の底から自分の力を必要としてくれている。否、グレンだけではない。クレアもヴァイスも自分のことを信頼してくれている。彼らのためなら、自分の力が役に立つのなら、ソラは全力で協力しようと決意した。例えそれが、自分たちよりも遥かに強大な存在に立ち向かうことだとしても。

「はい。皆さんの役に立てるなら、わたしは出来る限りの努力をしてみせます」

 ソラはそう言い残し、その場を立ち去った。

「そうだ。笑顔でソラに『お疲れ様』って言ってやるんだ」

 そのためにも、ジンオウガを討たなければならない。もちろん、村の存続も自分たちに掛かっている。

「よし。やってやる!」

 グレンが気持ちを引き締める。

 次こそは、必ずジンオウガを討ってみせるという強い決意を胸にグレンは鍛錬を開始した。

 

 

 

「当時、ジンオウガは人間の敵う存在ではないとされた。討伐に乗り込んだハンターたちを悉く返り討ちにすることから『無双の狩人』という二つ名さえ付けられた――」

 机の上に広げられた資料の記述をヴァイスは読み上げた。その隣から、クレアがちょこんと顔を出す。

「なるほど。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことですね!」

「あ、あぁ……」

 何と言うべきか、ヴァイスはクレアの神経の図太さには感心していた。こんな状況にも関わらず、普段と同じように振舞ってみせる。実際のところヴァイスも、うかうかしていられない状況だ。これがクレアの長所だと言えばそれで済むが、今回に限ってはそれが羨ましくすら思えた。

「まるで、好奇心旺盛な子供だな」

 現実的なことを考えない小さな子供だとヴァイスが率直な感想を呟いた。だが、クレアにはその独り言が聞こえたらしい。顔をこちらに向け、クレアが口を開いた。

「別にいいじゃないですか。それに、いっつもピリピリしてるのは私らしくありませんから!」

「お前の後半の発言は同意できるが、俺の発言に対しては否定してほしかったな……」

 満面の笑みでそう返されたヴァイスは「やれやれ」とため息をつく。そう思いつつも、“好奇心旺盛な子供”という言葉でヴァイスの思考を汲み取ったクレア自体に驚嘆していたりもした。

 と、暢気なことを思いつつもそろそろ本題に移る。

「まず、ジンオウガには氷属性が有効だということ。これは間違いないだろう」

 これは、ヴァイスが直接試したことだ。ヴァイスにはジンオウガが氷属性の攻撃を嫌っているように見えた。

「二つ目は奴の攻撃だ。ガードで受け流すよりも、回避した方がいいはずだ」

「やっぱり、ジンオウガの攻撃を抑えるにはガードはあまり有効な手段ではないんですね」

 クレアがそれに同意する。

 実際のところ、クレアが愛用する片手剣の盾では完全に衝撃を受け流すことは難しい。ランスやガンランスならまだしも、あの小さい盾でガードを続けてはスタミナを浪費するだけだ。

「ああ。だが、どうしてもというなら手段がないわけではない」

「と、言うと?」

「強走薬だ」

「あっ、その手がありましたか!」

 クレアがポンと手を打つ。

 強走薬とは、使用した者のスタミナを一時的に無尽蔵にしてしまうというアイテムだ。これにより、スタミナを浪費する行動を取ってもスタミナが底を付く心配がなくなる。ガードでスタミナを消費する際には役に立つが、基本的に片手剣と強走薬を組み合わせるということは珍しい。

「強走薬を使用するかどうかはクレア自身が決めればいい。それよりも、問題は超帯電状態だ」

 攻撃力や俊敏性が飛躍的に上昇した超帯電状態のジンオウガに成す統べがなかった。この超帯電状態をどうにかしなければ、ジンオウガの討伐はまず不可能だ。

「閃光玉が有効なのはいいものの、効果は短い。おまけに、シビレ罠まで無効になる」

 閃光玉を使ってもジンオウガの動きは止まらない。そして、超帯電状態になればシビレ罠すら無効となってしまう。そうなれば、己の力量と武器を頼りに立ち回る他ない。だが、超帯電状態のジンオウガには、ろくに攻撃を仕掛けることもできない。

 落とし穴を使用するという選択肢もあるが、素材を含め持ち込める個数が限られている。更に、実際にジンオウガに効果があるのかが不明だという不安も残っていた。

「どうするべきか……」

 珍しく、ヴァイスが憮然とした表情になる。

 そんなヴァイスの様子を見ていたクレアがふと、あることに気が付く。

「そういえば、師匠。いくらジンオウガが相手でも、師匠一人なら討伐は可能だと思うんですけど」

 そう。ヴァイスはギルドナイトであり、G級の言わば一流ハンターである。聞けば、今まで何度か古龍と対峙した経験があるのだという。そんなヴァイスなら、ジンオウガは大した相手ではないのではとクレアは思ったのだ。

「ついさっき、ジンオウガの討伐に連れて行ってくれと言って乗り込んできた奴は、どこの誰なんだか……」

「そ、それは確かにそうですけど……」

 ヴァイスが意地悪く言う。

 そう。ヴァイスの言った内容こそ、クレアがヴァイスの元を訪れた理由だった。

 このまま引き下がる訳にはいかない。一人のハンターとして、ユクモ村を守るためにジンオウガを討伐しなければならなかった。

「まあ、いいさ。確かに、俺一人でもジンオウガの討伐は可能だろう。だか、それだと駄目なんだ」

「駄目? 一体、何がですか?」

「それは、ジンオウガを討伐した時にでも話すさ」

 ヴァイスはそうはぐらかし、この話を切り上げた。

 仕事机に仕付けられた椅子に座り、ヴァイスが資料を捲っていく。

 ジンオウガに関する情報は相変わらず少ない。そんな中、あるページの記述がヴァイスの興味を惹いた。

「数年前。かの雷狼竜の首を落雷の如き一閃で落したとされる人物がいた。そこから、その人物には『落雷』という異名が付けられた――」

 そこには、それだけのことしか記述がなかった。だが、ヴァイスはそれだけで全てを理解した。

「……なるほど。落雷というのはそういう意味だったか」

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。こっちの話だ」

 ヴァイスは引き続き資料に目を通していった。だが、有力な情報はこれといって見つけられなかった。

 椅子の背凭れに寄り掛かり、目蓋を閉じる。何か、有効な手段はないかと自分なりに模索してみる。しかし、これといった決定打が見つからない。

「師匠」

 不意にクレアが声をかけてきた。ヴァイスは目蓋を開き、クレアに向き直った。

「どうした?」

「よければ、その資料を私にも見せてくれませんか?」

「ああ。別に構わない」

 ヴァイスはクレアに席を譲る。資料を目の前にしたクレアは、興味津々といった様子でページを捲っていく。

 資料には、この地方に生息するモンスターからそうでないもの、別地方の文化などさまざまなことが記してある。ハンターならば興味が湧くことは不思議ではない。

「でも、本当にいいんですか? ギルド側で極秘にしなきゃいけない情報なんかも載っているかもしれないのに」

「それなら大丈夫だ。その資料にギルドが黙秘すべき内容は記されていない」

「へぇ~。なら、安心ですね」

 極秘すべき内容のものは別にまとめてある。いくら師弟関係のクレアでも、そんなものは見せるわけにはいかない。

 しかし、クレアが部屋を虱潰しにしてまでそれを探すような真似はしないことをヴァイスは十分理解していた。それもあってか、ヴァイスはある決断を下す。

「すまない。グレンのところに行ってくる」

「分かりました。留守は私に任せて下さい」

 視線は相変わらず資料に向いているが返事は良かった。

 別の部分で心配が残るところもあったが、ヴァイスはクレアに留守を任せ家を後にした。

 

 

 

 やってきたのはグレンの元だった。彼の家を訪ねたところ、ちょうど家にいたようだった。

「あ、ヴァイスさん。どうも」

「悪いな、いきなりで。今、大丈夫か?」

「ええ。もちろん。中へどうぞ」

 相変わらず手入れの行き届いた清潔感のある部屋だ。辺りを見渡せば大切そうに保管されている楽器や楽譜の数々。グレンの性格が一目で窺える。

「茶菓子でも出しましょうか?」

「いや。さすがにそこまでされると悪い。それに、今日は手短な話をするためにきたんだ」

「と、言うと?」

「グレンは、ジンオウガに再度挑みたいと考えているか?」

 予想外の問いにグレンはどう返すか戸惑った。だが、すぐに気を改め力強く首肯した。

「もちろんです。ユクモ村のためにも、そして、ソラのためにも、俺はジンオウガにもう一度挑まなければいけないんです」

 敢然と言い切ったグレンに対し、ヴァイスは素直に感服していた。

 あれだけ圧倒的にジンオウガに痛めつけられ撤退した。だが、グレンは失意に苛まれることなく、自らの決意を貫こうとしている。その姿は、明らかに数ヶ月前グレンとは違っていた。

「ヴァイスさんは反対するかもしれない。でも、俺は何としてでもヴァイスさんについて行きたいんです」

「そうか……」

 ヴァイスは静かに言った。少しの沈黙の後、ヴァイスはグレンにある問いかけをした。

「グレン。覚えているか? 俺がグレンに対して、何がお前を突き動かすのか、と問いただしたときのことを」

「ええ。覚えています。絶対に忘れるわけがない……」

 それは、グレンがヴァイスたちと初めてパーティーを組み、狩猟した際のことだ。ヴァイスがグレンに対し、何が故に狩猟をしているのか問いただした。

「あの時、グレンを突き動かすものは漠然としたものだった。だが、今は違う。今のグレンには決意がある。この村を守りたい。ソラの力になりたい。そういった強い決意がお前を動かしているんだ」

「俺の、決意……」

 あまり釈然としない様子のグレンだったが、その言葉の重みは十分に理解していたようだった。

「もちろん、クレアも、ソラも、俺だってそういった決意をしているつもりだ。でもな、ソラはおそらく迷っているはずだ」

「ソラが迷っている?」

「自分勝手な理由でハンターを辞めようとしている人間が、この村を守る資格があるのか。ソラにはユクモ村を守りたいという決意があっても、それは漠然としていて簡単に揺らいでしまう」

 決意の揺らぎ。それが、ソラが自信を失った根本的な理由ではないかとヴァイスは言った。

 ソラには、道を示してくれる人がいなかったから。決意は揺らぎ、自分を見失い、そして自信までも失った。閉塞した感情は、ハンターを辞めるという結論を出させた。それが、今のソラの姿なのだと、グレンは今更知ったのだ。

「グレン。お前には、ソラの道を示してほしい」

 ヴァイスは簡潔に述べた。あまりにも唐突な一言に、グレンは驚きを隠せなかった。

「そ、そんなこと俺が……。だったら、ヴァイスさんの方が適任じゃあ――」

 今まで、こういった役目はヴァイスがこなしていた。というよりも、先輩であるヴァイスがクレアやグレンに助言をするのは当たり前だ。もちろん、ソラに対してもそうするべきであろう。

 だが、ヴァイスは「それは違う」と首を横に振った。

「ジンオウガの出現という俺の誤算で、こうやって押し付けてしまっているのは申し訳ない。だが、今回は俺では駄目なんだ。だから頼む」

「ヴァイスさん……」

 グレンは戸惑いを隠せなかった。

 ジンオウガを何とかしなければならないのは変わらない。だが、ソラの力になるということは、より一層の努力をしなければならなくなる。

 本当に、自分がソラを導くことができるのか自問する。

 だが、答えはすぐに出た。

「やります。俺は、ソラの力になる。そう、決めましたから」

 それは、自分が幾度となく口にしてきた言葉だ。だが、それもこれで最後だ。今度こそ、ソラの力になってみせる。

 ソラの苦しむ姿を、もう見たくないから。自分と同じ思いをさせたくないから。グレンはそう、誓ったのだから。

「ありがとう。感謝する」

 ヴァイスが礼を述べる。

「ジンオウガの方もあまり猶予はない。おそらく、あと二日が限度だろう。明日、俺の家で色々と確認を行いたい」

「分かりました」

 無理ばかりを押し付けているグレンには申し訳がない。ヴァイスの役目は、ジンオウガの対策を練ること。そして、グレンたちの手助けを出来る限りすることだった。

 ジンオウガから村を守ること。ソラの道を示してやること。すべきことは多く、それも時間は限られている。

 ヴァイスは、遣り切れない思いを噛み締めつつ、グレンの元を去った。

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